魔王と勇者のいない世界に英雄は必要ですか? 作:てつろう
20日ぶりに投稿です。今回は約4500字あります。
「フロランス様、今日のご自身の演説は納得いくものでしたか?」
私が演説を終えて控え室へと向かう道中で、サイモンが私に尋ねてくる。私は、先程の演説の緊張が未だに残っているようで、心臓の鼓動がドクドクと鳴っていた。
「完全には納得してないわよ。サイモンが作ってくれた原稿も、殆ど読むことなく終えたのだから。……でも、最後は自分の言葉で演説出来たし、初めての演説にしては上出来じゃないかしら。サイモンもそう思うわよね?」
「いえ、今日のフロランス様の演説は史上最悪の出来と言えるものです」
「ええっ……!?」
頑張って演説したのだから、多少は褒めてくれるだろうと期待した私の心は見事に打ち砕かれた。彼は私の驚いた様子を見て、小さくため息をついた後に、言葉を続ける。
「フロランス様、演説で自分がやってしまった事がどういう事か分かっていますか? 貴女は国民を脅したのですよ。こんな事態は前代未聞です」
彼の声と表情には、怒りが含まれているような気がした。私も彼の怒りに負けじと言い返すそうとするが、
「た、確かにそうだけど……。で、でも、私は国民達の英雄になろうとして……!」
「それで国民を脅したと? いいですか、フロランス様。貴女がお父様の遺言を果たす為に頑張っている事は知っています。ですが、それは国民には関係がありません。公の場に私情を持ち込まないでください」
「うぐっ……」
すぐに彼に否定されてしまった。演説が失敗に終わったばかりの私に容赦なく正論を並べ立てる。心無い彼の説教でまた泣きそうになっている自分が腹立たしかった。
「でも……、今日はよく頑張ったと思いますよ。まだ貴女は十二歳ですし。改善すべき所は多々ありますが、これから努力すればいいだけの話です」
もしかして私を慰めているのだろうか。彼の顔はまた無表情に戻り、その気持ちは分からない。
「それと……フロランス様自身の事について、気になる事があるのですが」
彼は、話題を変えるように言葉を続けた。また何か良からぬ事を言われるのではと、私は身構えながら彼に目を向ける。
「演説中に放ったあの黒いモヤは何ですか? 国民を脅す時に使ったあの"スキル"の事ですよ」
「あー……、あれですか……」
私の不安は空回りしたようだ。その事について彼に聞かれるだろうと私も予想はついていた。
「そもそもフロランス様は"スキル"についてご存知ですか? 今まで世間の情報を知らされずに箱入り娘として生きてきたと聞きましたが」
「……スキル? 名前はお父様から聞いた事があるけれど、詳しくは知らないわ」
私の言葉を聞いて驚いたように目を見張るサイモン。薄々分かっていたが、私は世間の事に疎いらしい。
「今日からフロランス様は女王に即位したのですから、これくらいの事は知っておいた方がいいでしょう。少し長くなりますが、お聞きください」
控え室へ向かう途中だが、彼は一度立ち止まり、私の方に体を向ける。私も彼につられて歩む足を止めた。
「この世にいる全ての人間は、様々な才能を持っています。それは、圧倒的な攻撃力を誇る《剣術》の才能や、どんなに重傷の人をも治療する《医術》の才能、最高級の武具を作る《鍛冶》の才能など。
これらの才能は潜在的なもので、殆どの人は自分の才能が何かすら知らないまま死にます。ですが、長年自分の才能のある分野を追究していると、ある日突然、力が目覚めるような感覚に襲われる事があります。
力が目覚めた人は通常では有り得ない力を手にするのです。剣を振るっただけで地面にヒビを走らせたり、呪文を唱えるだけで人の傷を治したり、決して壊れない防具を作ったり……。
どういう原理でそんな事が出来るのか、それは彼らにも分かっていません。いつしか人々はこの人智を超えた才能に名前を付けました」
そこまで言うと、彼は一拍置いて、
「それが"スキル"です」
端的にそう述べた。
「私が使った《
しかし、フロランス様が先程使ったスキル。……あれは私のスキルである《殺気》と酷似していました。これは偶然なのですか?」
真っ直ぐに彼の目が私を貫く。彼の返答に言葉を濁すのを
彼に私のスキルについて話そうとしなかったのには理由がある。私のスキルの事は他の人に言ってはいけないと、生前、お父様に強く言われていたからだ。
「……もちろん、偶然なんかじゃないわよ。私は貴方のスキルを意図的に"真似"したのだから。
……でも、悪いけれど、私のスキルについては言えないわ。このスキルを他の人に言わない、とお父様と約束したもの」
私にとっては、お父様が全てだ。お父様との約束を破ってはいけないし、お父様が悲しむような事をしてはいけない。それは、お父様が亡くなった今でも変わらない。
「……貴女はこれからずっと
「……はい?」
彼のトゲのある言い方に苛立って、私は彼を睨みつけてしまった。
「これはあくまで私の推測ですから気を悪くしないでください。今のフロランス様は、まるで勇者様に洗脳されているかのようです」
私がお父様に服従していると決めつけるような言葉に、演説の時とは別の理由で鼓動が早まる。
「ずっと疑問に思っていました。何故フロランス様はそれ程までに勇者様との約束を果たそうとするのか。それはきっと貴女が箱入り娘として生きてきたからなのでしょう。フロランス様にとって密接に関わる人間は勇者様しかいなかった。だからフロランス様は、亡き勇者様が貴女の行動をどう評価するかしか考えてないのでしょう。
女王になる決意を固めたのも、演説で急に英雄になると宣言したのも、勇者様が喜ぶかどうかが全てなんですね。国民の事はどうでも良かったのでしょう」
「…………」
認めたくない彼の言葉が、どれも矢のように私の心に刺さった。私はお父様の操り人形だとハッキリ言われているような気がした。
「私は勘違いしていたのかもしれません。フロランス様に人を労る心があると思っていました。でも、貴女が考えてるのは常に亡き勇者様の事です。断じて国民の事ではない」
本当に人の心がなかったのは、私の方だったと、彼は暗に告げているのだろうか。私の心の中に負の感情が溜まっていくのが分かった。
「…………」
ここで怒りに身を任せてはいけない。それこそ彼の言う事が正しいと認めるようなものだから。私は深呼吸して心を落ち着かせてから口を開く。
「……サイモン、貴方は結局私に何を言いたいの? ただ私の事を説教して満足なら永遠にやっていればいいわ。ただ私をあまり怒らせない方がいいわよ……」
深呼吸したのに、それでも彼を挑発するような言い方になってしまう。
「フロランス様を怒らせる気など毛頭ありません。私はただ貴女にスキルの事を話してもらいたい。それだけです」
この男はこれで悪意なく私と話しているつもりなのだろうか。表情を変えないから、彼がどう思っているのかもよく分からない。
それに、私が彼にスキルの事を話すのはお父様の言いつけを破る事になる。出会って一日も経っていない彼に、私のスキルを言ってはダメだろう。
「フロランス様は今まで勇者様に頼りきって生きてきました。……ですが、もう貴女のお父様は帰ってこないのです。いつか貴女はその事実を受け入れなければなりません」
「……そうね」
彼の言う通りだと分かっている。今の私はお父様に囚われたままなのだろう。でも、私にとって父親に頼りきった生活はとても心地が良くて。ずっと、この生活が続けば良かったのにと思ってしまう。
「フロランス
彼が私に対する呼び方を変える。彼が私に何を言おうとしているか、その一言だけで分かった。私がこの国の女王としてどうあるべきか聞いているのだろう。
「…………」
お父様の事を暫く考えた後、私は言葉を紡ぐ。
「……そうね。貴方にだけ私のスキルを教えてあげるわ」
暫く悩んだ末、私はお父様の言いつけを破る事を選ぶ。お父様に囚われたままではいけない。私はもう子供のままではいられないのだ。
「私のスキルの名は《
私は、止まっていた足を進めて、話しながら控え室へと向かう。サイモンも私の隣を歩いて、私について来た。
「《
そう、彼の言うように、演説中、私はサイモンが使ったスキルを
「ええ、このスキルは一度見たものならば、自由に使う事ができるわ。お父様の《
どんなに優秀な人でも、一生で使えるようになるスキルは三つ程だ。だが、私の《
「フロランス様はそのスキルの異常さを分かっているのですか? スキルとは普通、その道を極めた者だけに送られる神のギフトのようなものです。それなのに、見ただけで他人のスキルを習得できるなんて……。貴女は人類史を覆すスキルを、たったの十二歳で身につけたのですよ」
お父様が私にこのスキルを隠すように言いつけたのも、このチートな能力が理由だろう。他の人に、私の強力なスキルを知られれば、私を誘拐してスキルを悪用しようとする人が出てくる可能性もある。私が箱入り娘として育てられてきたのも、私の身の安全の為なのだ。
「一応、私が他の人よりちょっと優秀な事くらい、分かってはいるつもりよ。だからこそ、お父様も私にあの遺言を残したのだと思うわ……」
『英雄になってくれ』という遺言は、私の実力を考慮した上での事だったと思う。単に、私がお父様の娘だからという理由だけではないはずだ。
「……ねぇ、サイモン」
「はい」
彼の言葉を聞いた後も、私の考えの大半はお父様の事だった。今でも私は、お父様の死を受け入れきれてないのだろう。
「……お父様は確かに帰って来ないわ。……でも、人との約束は守らないといけないと思うの。たとえ、本人がもうこの世に居なくてもね。これは洗脳なんかじゃない、私自身の意志よ」
お父様との約束を果たして、英雄になる。いつその約束を果たせるか分からないけれど、これだけは私の変わらない目標だ。
「……そうですか。私も少し言い過ぎてしまいましたね。私も女王様の力添えになるので、何なりと頼ってください」
彼と話している内に、気づけば控え室の前へと着いていた。最初にここへ来た時の不安や心配は、今はもうない。
「フロランス様、午後からは隣国の首脳へ挨拶に行かなければなりません。心の準備は大丈夫でしょうか?」
「ええ、大丈夫よ。だって、私はこの国の───」
サイモンの質問に私は迷いなく答える。
「───女王だもの」
こうして、私はこの国の女王になったのだ。