魔王と勇者のいない世界に英雄は必要ですか? 作:てつろう
約5000字あります。
平和な世界
(フロランス視点)
「はぁ……はぁ……早く、早く逃げないと……!」
私は城の中を走り回り、彼から逃げていた。今隠れているここも直に彼の手が回る。彼に追いつかれてはいけない。もし、彼に捕まってしまったら私は……!
息を切らして、咄嗟に近くの部屋のドアを開ける。中は物置きのようになっていて、いらない物が散乱していた。私はすぐに近くに置いてあった木箱の陰に隠れ、息を潜める。
ガチャ、と扉が開く音が聞こえた。彼がやって来たのだ。
私は口に手を当てて、息を殺す。彼が部屋内を注意深く調べていく音が聞こえ、心臓の鼓動が私の耳を支配していた。そして、足音が私の隠れている木箱の前で止まり……、
「フロランス女王、そこで何をしているのですか?」
フロランス、と私を名前で呼ぶ声。観念して顔をゆっくりと上げるとサイモンが立っていた。そう、私が逃げていた"彼"とはサイモンの事だ。
「……私はフロランスじゃありません。……人違いです」
「流石にその言い訳は無理があるでしょう」
苦し紛れの言葉も効果がなかった。彼は、私がこれ以上逃げないように私の手首をしっかり掴む。そもそも私が何故、彼から逃げていたかというと……、
「私が今日フロランス様にやって頂く仕事の書類を持ってきたら、急に逃げ出してこんな物置に隠れて……。一刻も早く今日の分の仕事を片付けないといけないのですよ」
私が彼から逃げていたのは、一言で言えば、仕事をしたくないから。私が女王になって以来、日々の責務に追われ、私は毎日に嫌気が差していた。
「私はもう働くのは嫌よ! 毎日毎日書類仕事ばかり! 少しは私を休ませて!」
「そんな
私は現在、十五歳。お父様が亡くなったのも、国民の前で酷い演説をしたのも、もう三年も前の話だ。と言ってもあの時と変わった事は、私の身長が少し伸びた事くらいで……、いや、もう一つ変わった事がある。私はニヤリと顔を歪ませて、
「……サイモン、私から離れないと怪我をするかもしれないわよ……? 私はこれまでに数え切れない程のスキルを身につけてきたもの。この意味が分かるわよね?」
「?、……一体何を企んでいるのですか?」
勝利を確信した私は、クツクツと笑い声を漏らす。私の不気味な様子にサイモンは少し後ずさりしたように見えた。今がチャンスとばかりに私はスキルを発動する!
「これが私の新たなスキルよ! 見てなさい、《
《
「ふ、フロランス様!? こんな狭い部屋で急に走ったら……!」
サイモンが私を止める声が聞こえたが、既に遅かった。私が発動したスキルのせいで、目にも止まらぬ速さで私は走り出す。
そしてその勢いのまま私は顔面から壁にぶつかった。
「へぶっ!」
私は断末魔のような声を上げて、顔を押さえて
「い、痛っ……!」
意気揚々としていたあの時の私は消え去り、今では涙目になっていた。滑稽な私の様子を見ていたサイモンが
「だ、大丈夫ですか?」
「……聞かないでください」
ぷいっと私は顔を逸らす。こんな所を彼に見られたくなかった。そして暫く気まずい沈黙が流れた後、
「フロランス様、今日の仕事をする気になりましたか?」
「……はい」
私は今度こそ観念して彼について行った。
+
サイモンに連れられた後、私がお城の公務室で、興味のない書類を眺めること三時間。
「ね〜え、そろそろ休憩にしましょう? 仕事ばかりしていると、頭がおかしくなっちゃうわよ〜」
同室で作業をしているサイモンに打診する。もうとっくに私の集中力は切れており、ただ書類に目を通しているだけで、ぼんやりとしていた。
「フロランス様……、女王ともあろう方がそのような様子ではいけませんよ。普段から規範的な行動をしてないと、いざという時にボロが出るものです」
サイモンが露骨に顔を
「はいはい、分かったわよ。説教は後にしてちょうだい」
「はぁ……、何ですかその態度は。そもそもフロランス様は女王以前に人として問題があり過ぎます。私の忠告をまともに聞いた事が今まで何回ありましたか? この前、私が注意した事もフロランス様は───」
彼の説教が始まった。彼は私の家臣となってから、事ある毎に私の行動やら仕事に対する姿勢やらを注意してくる。内心うんざりしながらも、彼の言葉に耳を傾けた。
「───ですから、普段の行動が大切なのです。先程フロランス様が使ったスキルにも、同じ事が言えます。確か《
実は、さっきの《
「だって仕方ないじゃない。私は毎日、仕事したり遊んだりで忙しいのよ。そもそも《
「遊んでる時点で、さほど忙しくないと思いますが……。まぁ戦闘に必要とされるスキルも、今はあまり重宝されていませんからね。魔王が討伐されてから、モンスターの数が極端に減ったからでしょうか。平和な世の中になったものです」
そういえばさっき見た書類の中に、冒険者の数が激減していると書いてあった気がする。モンスターがいなければ、それを討伐する冒険者も必要ないという事だろう。
「……さて、もう充分休憩できましたか。今日は最低限、新たに施行する法案の承認と、フロランス様の新たな家臣になる方を任命する書類に目を通して頂かなければいけません。そろそろ仕事を再開しましょうか」
「休憩って……。サイモンが説教をしてただけじゃない」
私のささやかな文句に彼は笑顔を見せることもなく、私に仕事を促す。仕方なく私が仕事に戻ろうとすると、窓から見える空の景色に、見慣れない物が映った。
「あれは……? ねえ、サイモン。あの空を飛んでいる物は何か知っているかしら?」
楕円形の白い物体が気球のように膨らんでいて、下部にはプロペラが付いている。窓に張り付いてその見慣れない物体に釘付けになっていると、私の隣に立ったサイモンが教えてくれた。
「あれは飛行船でしょうか。最近、諸外国で発明されたばかりの空を飛ぶ乗り物ですよ。最新鋭の技術が結集して作られた物のようで、私達の国ではまだ開発できていませんが」
乗り物という事は、あの白い物体の中には人がいるという事だろうか。お城の窓から下の方を見れば、私の城の使用人達が、飛行船に向かって手を振っている。
「へぇ、世界にはそんな素晴らしい物があるのね。私もその飛行船とかいう乗り物に乗ってみたいわ」
「まぁフロランス様は女王ですし、いつかは乗る機会が訪れますよ。……しかし、あの飛行船はどこの国の物でしょうか。勝手に私達の国の空を飛んでいますし……。領空についてのルールを定めた国際法は、我が国ではまだ正式には承認してないとは言え、勝手に他の国の上空を通るのは、マナーが悪いですね」
サイモンがさっき言っていた
「さぁ、いい加減仕事を始めますよ。女王にしか出来ない仕事が沢山あるのですから」
サイモンは私から離れ、自分が作業していた机へと歩いていく。だが、私は空を飛ぶ飛行船から目が離せなかった。
「ねぇ、サイモン。何だかあの飛行船、様子がおかしいわよ?」
「飛行船は初めて見る乗り物ですからね。不思議に思える事もあるでしょう」
「飛行船の下の部分に穴が開いているわ。ただ人が乗るだけだったら、あそこに穴を開ける必要はないわよね」
「…………、フロランス様、今は仕事に集中してください」
「ねぇ、その穴から何かが出てきたんだけど、大丈夫かしら? あのままじゃ、国民達にあれが落ちてきてぶつかるわよ」
「それは…………、え?」
私の言葉を聞いて暫く固まったサイモンは、慌てたように立ち上がり、
「!? フロランス様! 気をつけて!」
次の瞬間、ドゴオオオンという地響きがした。その衝撃で窓ガラスが震え、部屋が揺れる。私は立っていられなくなり、その場に倒れ込んだ。
「ひっ……!」
突然の轟音に私は縮こまって怯えるばかり。ぎゅっと目をつぶり、揺れと音が収まるのを待つ。
「なな、何が……一体何が起こったの……!?」
私はすぐに窓から外の様子を見る。飛行船の真下にあった家が倒壊していた。ここから倒壊した家までかなり離れているが、飛行船から落ちてきたモノの正体はハッキリと分かった。
モンスターだ。人間を襲う巨大なモンスターが飛行船から降ってきたのだ。
「ど、どういうこと……!? なぜ急に空からモンスターが降ってくるのよ! 知能のないモンスターが飛行船を操るなんて有り得ないはずなのに……」
世間知らずな私でも、これが異常事態だと分かる。凶悪なモンスターが街中に現れたらどうなるのか。お父様が作った平和な世界が壊れようとしていた。
「さ、サイモン! どど、どうすればいいの……! このままだと私の国民達が……!」
何のスキルも持たない人間がモンスターと戦える訳がない。モンスターと戦えるのは、戦闘に関連するスキルを持った冒険者達だけだ。だが、その冒険者も今では数が激減している。この国でまともに戦える人は、殆どいない。もう、この国は終わりだ、と私の心が絶望に覆われようとした時、
「フロランス様が行くしかありません」
隣に立っていたサイモンが言った。
「……私が行くってどういう事よ。まさか私にあのモンスターと戦えと言っているの? 私はモンスターと戦った事なんて一度もないのに」
「あの時の演説を覚えていますか。フロランス様が女王になって初めてした三年前のあの演説を。まさか忘れていませんよね?」
忘れる訳もない。国民を脅すという前代未聞の失敗をした演説は、今でも鮮明に覚えている。
「そ、そんな昔の事を言い出して何よ……。まさか、また説教するつもり……?」
私の言葉を聞いたサイモンは一瞬顔をムッとさせたが、すぐにいつもの調子を取り戻して、
「違いますよ。あの時、フロランス様はこう言いました、『私はこの国の新たな英雄になるつもりです』と。今こそその約束を果たす時では?」
よくそんな昔の言葉を覚えているものだ。あの時の私は、お父様との約束を果たす事しか考えていなくて、そのせいで演説での大失敗を犯したのだと思う。
もうお父様の死から三年の月日が経った。一人娘である私は、お父様の死から立ち直りつつある。今となっては、生前のお父様の顔すら正確に思い出せない。
「そうね……、私はずっとあの約束を忘れていたみたいだわ……」
だが、彼の言葉であの約束を思い出した。国民達との約束ではなくて、お父様との約束を。
「国民達の避難、および増援は私の方で手配します。時間がありません、すぐにモンスターの討伐を!」
彼の言葉を聞くと同時に、私は足に力を込める。身体中の意識が左右の足へと集中した。そのまま私が一歩踏み出すと同時に、私の足が瞬時に回転する。そう、《
普段から使ってないスキルは、上手く使いこなすことが出来ない。サイモンはそう言っていた。だが、今の私は一切の迷いなく、スキルの扱い方が分かった。一挙手一投足、全てが私の感覚で動いている。
何故こんな事が出来るようになったのか。サイモンの言葉があったからか、或いはモンスターの襲来で国民達が危険に晒されているからか。そのどれも正しくないだろう。
ただ英雄になる、という強い想いだけが私を突き動かしていた。何年経っても私の本質は、あの日から変わらないようだった。
ちょっと冗長になってしまいました。次からは気をつけます。