魔王と勇者のいない世界に英雄は必要ですか?   作:てつろう

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約4000字あります。


お城に帰りたい

 

 

城から出たそこは混乱の渦だった。人が激流となって逃げ惑い、泣き声や叫び声が飛び交っている。私はその激流に逆らうかのように、剣を片手に騒ぎの中心地へと走る。つまり、あのモンスターがいる所だ。

 

モンスターは図体がデカいだけあって、走りながらでも、位置がよく分かった。その緑の巨体は十メートル以上あり、周囲の家よりも一回り大きい。

 

昔、本で見たことがある。あれはオークという種族だ。筋肉質な体で棍棒を振り回し、人を襲うモンスター。実際に目にするのは初めてだった。

 

私は今からあの巨大なモンスターと戦わなければならない。恐怖のせいか嫌な汗が体にまとわりつく。不安を打ち消すように歯を食いしばって、私が敵の元へ激走した、その時、

 

ドゴオオオン、という大きな地響きが轟いた。地面が揺れ、周囲の建物が震える。私はバランスを崩して転び、走っていた勢いで地面を転がった。

 

 

「……っ痛いじゃない! もう、一体何なのよ!」

 

 

体のあちこちがズキズキと痛むが、今はそんな文句を言っている場合ではない。早く、敵のオークがいる場所へ向かわなければ。そう思って、チラリと音のした方を見ると、

 

オークがもう一匹いた。しかも、その図体は最初のオークよりも大きい。先程の地響きは、オークが地上に叩きつけられた時の音だったのだと、空の飛行船を見て悟った。あの飛行船から二体目のモンスターが降ってきたのだ。

 

 

「はぁ……はぁ……、なんで……なんで急にこんな事に……!」

 

 

私は立て続けに有り得ない事が起こりすぎて、パニックになっていた。国民の悲鳴とオークの足音が私の頭の中に響いてくる。

 

さっきまでは愚痴をこぼしながら仕事をしていたのに、今ではこの有様だ。まだあの時の方がずっと幸せだった。公務室で、最後にしたサイモンとの会話を思い出す。

 

『あの時、フロランス様はこう言いました、私はこの国の新たな英雄になるつもりです、と。今こそその約束を果たす時では?』

 

先程のサイモンの言葉が私の心を蝕んでいく。なぜ、あんな約束をしてしまったのだろう。こんな地獄を見るくらいなら、英雄になんてなりたくなかった。

 

こちらにオークの足音が近づいてくる。時間がない。今この瞬間にも敵は暴れている。私は立ち上がり、地面に落ちた剣を拾って、前にいるオークを見据えた。

 

今はもう英雄になるとか、そんな事は考えていなかった。早く敵を倒して、もう帰りたい。お城でいつもの毎日を過ごしたい。

 

 

「……《爆走(ばくそう)》、《剣術(けんじゅつ)》」

 

 

私は二つのスキルを同時に使い、前にいるオークへ一目散に駆ける。神経が研ぎ澄まされ、敵の動きがゆっくりに見えた。私は一気に間合いを詰め、オークを斬る。文字通り、真っ二つに。

 

オークが上半身と下半身に別れて地面に倒れる。そのままオークは動かなくなったかと思うと、体が霧のように消えていった。

 

モンスターは他の動物達とは異なり、普通の物質で出来ている訳ではない。だから、一度命を断ってしまえば、体が霧のように消えてしまう。私が倒したオークも跡形もなく、綺麗に消え去った。

 

初めてモンスターと戦ったが、一撃で倒してしまう程、私は強かった。流石、勇者であるお父様の血を引き継いでいるだけの事はある。

 

 

「……すごい」

 

 

ボソッと声が聞こえた。後ろを振り返ると、女の子がポツンと立っていた。十五歳の私より少し幼い。

 

 

「え……あ……ありがとう……?」

 

 

私は自分のスキルを秘密にしている為、今でも関わるのはごく僅かなものだけだ。勿論、同年代の女の子と喋った事は一度もない。少し緊張して声を発した。

 

 

「……なんでそんなに強いんですか?」

 

 

女の子はこれだけの騒ぎの中、逃げる事もせずに私に聞いてくる。不自然なまでに動じない彼女が何だか不気味だった。

 

 

「え、えっと……。スキルがあるから……、あ、スキルの事は詳しくは言えないのだけれど……。ま、まあ……普段からきちんと訓練をしているからよ」

 

 

嘘である。今日もサイモンに普段の行動が大切だと説教をされたばかりだ。私は、小さな女の子に誤魔化して答えた。

 

 

「…………」

 

「その……貴女、大丈夫? こんな所で突っ立ってたら危ないわよ。お父様やお母様はどうしたの?」

 

 

あまりにも女の子が動じないので、私は心配して尋ねる。彼女は指を差して私に教えた。

 

 

「そこにいます」

 

 

女の子が指を差した方。そこはオークが飛行船から落ちてきて家屋が壊れたのか、瓦礫が散乱していた。とても人が入れる隙間などない程に粉々になった屑で埋め尽くされている。

 

 

「…………こ、この下にいるの……?」

 

「……生きているはずです。早く瓦礫をどかしてお母さん達を助けてください」

 

 

私は動けなかった。瓦礫をどかしたら見てはいけない物が見えてしまうかもしれない。女の子の絶望した顔も、瓦礫の下の両親も見るのが怖い。

 

 

「……残念だけど、あなたのご両親はもう……ダメよ」

 

 

私がハッキリ伝えると女の子はもう何も喋らなくなる。さっきまで両親が居たであろう瓦礫の方を黙って見つめたまま、動かない。その沈黙が、ますます状況の悲惨さを浮き彫りにしていた。

 

今も相変わらずオークの足音が聞こえる。まだ戦いは終わっていない。目の前の少女の他にも救わなければいけない人が大勢いる。

 

 

「私、もう行かなきゃいけないわ……。あなたも強く生きて」

 

 

私は彼女の事を置いて、二体目のオークの元へと走る。英雄になりたいと願って、私が見たかった景色はこんなものだったのだろうか。私の頭にあの女の子の顔が張り付いて離れなかった。

 

 

 

 

飛行船から降ってきたモンスターはあの二体のオークで全てだった。そのどちらも私が一撃で倒してしまったが。そして、私がオークを討伐した後の国内は、

 

 

「おーい! ここに怪我人がいる! 瓦礫をどかすのを手伝ってくれ!」

 

「このままじゃこの人は危ないぞ……。早く回復魔法を使える人を呼ぶんだ!」

 

 

一般市民と兵士達が協力して、負傷者の救助に当たっていた。私はその様子を遠くから呆然と見ている。もう人を助ける為に動く気力は残っていない。城に帰りたい。

 

 

「お嬢ちゃん、酷い顔をしているが……大丈夫か?」

 

 

声のした方に目をやると中年のおじさんが立っていた。何か答えようとするが、上手く言葉が出ない。

 

 

「…………」

 

「……隣、座るぞ」

 

 

彼は、私が女王である事を知らない様子だ。私が無言のままなのを確認したおじさんは、私の隣に腰を下ろして話す。

 

 

「もうモンスターはいないから、怖がらなくていいぞ。元冒険者として戦えると思ったが、既に誰かがモンスターを倒したみたいだな」

 

「冒険者……?」

 

 

おじさんが元冒険者だと言ったのを、私は聞き逃さなかった。冒険者になれるのはスキルが発顕した者だけ。このおじさんも何かしらのスキルを持っているはずだ。

 

 

「あなた、スキルが使えるの!? か、回復魔法は使える!? 瓦礫の下敷きになっている人がいるの! すぐに助けないと……!」

 

 

私は声を大きくして、おじさんに縋り付く。あの女の子の両親を救えるかもしれないという僅かな希望を逃したくなかった。

 

 

「そいつの容態は? 息はしているか? 脈はあるのか?」

 

 

彼は私の言葉を聞くと直ちに質問してきた。私はさっきの光景を思い出す。一瞬あの女の子の顔が浮かぶが、すぐに頭から追い払って答える。

 

 

「……()()息もしてないし……、脈もないわ」

 

「……それなら無理だな。回復魔法が使えるのは生きている奴だけだ。死んだらもう生き返ることはないし、そもそも俺は回復魔法が使えない」

 

 

ハッキリと言われて、私は地面に手をついて倒れる。あの女の子の両親はもう助からない。残酷な事実に私は奥歯を噛み締めた。

 

こんな事になったのも、全部飛行船から降ってきたオークのせいだ。モンスターさえいなければ、私達の平和な日常は壊れなかった。

 

 

「モンスターさえ……モンスターさえいなければ……あの人達は助かったのに……!」

 

 

私は無力感に打ちひしがれ、拳で地面を叩いた。どうにもならないと理解しているのに、何かに当たりたくて仕方がない。ゴツンとした痛みが、現実の辛さを私に突きつけた。おじさんはその様子を見て、

 

 

「敵はモンスターじゃない。ヒトだ」

 

 

地面に倒れている私の横で、そう呟いた。私の怒りを否定されたような気がして、彼の顔を見上げる。

 

 

「あの飛行船を見ただろう。知能のないモンスターが飛行船を操れる訳がない。あれは、ヒトが操縦しているはずだ」

 

 

ずっと疑問に思っていた事だ。なぜ、飛行船からモンスターが降ってきたのか。

 

 

「どういう事よ……?」

 

「どこかの国の誰かが、俺達の国に攻撃してきたって事だ。あの飛行船もオークも個人が扱えるものじゃない。国家レベルの攻撃だ。要するに、これは戦争だ」

 

 

戦争。勿論その言葉は知っている。でも、本当の意味は何一つ分かっていなかった。人が死ぬという当たり前の事さえ、私は理解していなかった。突然、敵が襲ってきて、何の理由もなく殺される。そんな事も分かっていなかった。

 

 

「……何故戦争なんかするの……? こんな残虐な事をするなんて、人の心がないわよ……。あの女の子も……、何も失わなかったはずなのに……!」

 

 

人を救えなかった悔しさや、敵への怒りが私の心に渦巻いて、ぐちゃぐちゃになっていた。それらの感情が私を押しつぶそうとするのを、懸命に堪えていた。

 

 

「……何故戦争をするかって、それは───」

 

 

おじさんが何か言おうとした時、

 

 

「回復魔法を使える人が来たぞ! 《医術》のスキル持ちだ!」

 

 

誰かがそう声を上げた。遠くを見れば、魔法の杖を持った女性が、兵士の先導で、怪我人が集まっている所へ案内される。どうやらあの人が回復魔法を使える人のようだ。

 

 

「……まだ幼いお嬢ちゃんに、こんな事を話してもしょうがないか……。だが、ようやく《医術》のスキルを持った人が来た。これでもう一安心だな」

 

 

そう言うと、おじさんは立ち上がり、

 

 

「じゃあな。俺はもう行くぞ」

 

 

地面に座ったままの私に言ってきた。

 

 

「ど、どこに行くのよ?」

 

「お城だ。今日は女王様に挨拶に行く予定があるからな。こう見えても俺は結構偉い人なんだぞ?」

 

 

その女王様ってもしかして私の事だろうか。こんなおじさんと会う約束なんてあったかしら……。

 

 

「お嬢ちゃんの事もきっと女王様が救ってくれるはずだから、あまり心配するなよ」

 

 

その女王様は目の前にいる私なのに。私はそんなに強い人間じゃない。私を当てにしないで欲しい。

 

おじさんは私に背を向けて、お城へと向かう。私は相変わらず地面に座ったまま動けなかった。お城に帰れば、女王として民を救わなければならない。さっきまで、城に帰りたがっていた私は、もう城に帰ろうとはしなかった。

 

 

 






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