魔王と勇者のいない世界に英雄は必要ですか? 作:てつろう
約3000字あります。
ここは教会。お父様の眠る棺の前で私は手を合わせる。勇者の死後、お父様の為に建てられたこの礼拝堂は、魔王を倒した人の墓とは思えない程閑散としていた。
「やはりここにおられましたか、フロランス様」
声だけでサイモンが来た事が分かった。彼のコツコツという足音が大理石の床によく響く。昔はパイプオルガンの音がよく鳴っていたこの教会も、今では何の音も聞こえない。
「勝手に城から出てはいけませんよ……、と言いたい所ですが、今回は大目に見ましょう。あなたが困った時に頼りにしている方は一人しかいなかったですからね」
祭壇の向こうにあるお父様の棺を見つめる彼。彼の目には懐かしさと哀しみが交錯していた。この広い教会でお父様の死を悼んでいるのは、私達二人だけだった。
「この教会を見ると、みんなお父様の事を忘れてしまったかのようね……」
「もう勇者様の死から三年"も"経っていますから。フロランス様は熱心にお父様の元へ通っていらっしゃいますね」
「まだ三年"しか"経ってないのに、お父様の事を忘れる訳ないわよ」
その時、パイプオルガンのくぐもった高音が聞こえる。祭壇横のパイプオルガンの前に、いつの間にか神父らしき人がいた。彼が演奏しているようだ。
「まだこの教会でも演奏をしているのですね。確かにまだ三年しか経っていないようです」
私は神聖な音楽に身を委ねる。久しぶりにパイプオルガンの音を聞いたが、この演奏中は誰にも邪魔されない時間だ。私はこの時間が実は好きだったのかもしれない。
そんな私を現実に引き戻したのは、サイモンのたった一言だった。
「敵国から連絡が来ました」
私は目を開いて、演奏ではなく彼の言葉に耳を傾ける。
「……内容は?」
「一言で言えば、『謝罪と和解の場を設けたい。我々の国に来てくれ』だそうです」
果たして相手国の言葉を信じていいものか。私は考え込む。そして、チラリとサイモンが手に持っている手紙を見た。あの手紙が相手国から来た連絡だろう。
「……他に分かっている事は?」
「……今回の事件には関係ない事です」
「いいから言いなさい」
言いたがらないサイモンに全て報告するように強いる。
「……この手紙を寄越したのは、敵国の王女と思われます。確か十五歳程の少女だったはずです」
十五歳、私と同い年だ。この前のオークの襲撃の首謀者は彼女なのだろうか?
「他には……、他に相手国についての情報はないのかしら。どんな些細なことでもいいわ。全部報告しなさい」
「はい、今回のオークの襲撃。その指示を出した人は王女ではなく、別の政治的権力を持った人によるものでしょう。そもそも十五歳の王女が突然敵国を攻撃しようとは思わないでしょうから。ですからその王女は今回の事件には無関係……」
そこまで言ってサイモンは言葉を止める。何かを確認するように私をじっと見た。
「……こんな事を聞いてどうするのですか」
誤魔化しが効かないような目だった。
「話し合いで解決するべきかどうか決めるのよ」
「……もし、話し合いで解決できない場合は?」
「…………」
もう彼に出会ってから三年も経っている。数年来の付き合いの彼は、私の心の奥底を察したようだ。
「私がどんなに敵国の残忍さを伝えようと、どんなに敵国の素晴らしさを伝えようと、彼らが私達の国を攻撃した事実は変わりません」
「分かってるわよ……」
私は自分がこれから下す決断を正当化できる言葉をサイモンから聞きたかった。つまり、戦争を始めるかどうか。ただ手を汚しても許される理由が欲しかっただけなのだろう。今だって、私の手は少し震えている。重大な決断を前にしているからだ。
「やはり子供であるフロランス様には、荷が重すぎたかもしれません。あなたの代わりに私やモルガンが手を下す事もできますが……」
サイモンはそこで言葉を止める。さっきまで演奏をしていた神父がこちらへと歩んでくるのが見えたからだ。気が付けば既にパイプオルガンの演奏は止んでいた。
「お二人とも、女神様にお祈りに来られたのですかな?」
「いえ、勇者様の追悼に来たのですよ」
私の代わりにサイモンが神父に答える。震える私がまともに答えられないとサイモンは察したのだろう。
「なんと……! 追悼に来るとは珍しい。きっと亡き勇者様も天国で喜ばれている事でしょう」
「お父様が……?」
お父様が天国で喜んでいる。それはただの信仰でしかないだろうけど、私にはそれが真実のように聞こえた。
「人間は死んで終わりではありません。人は死ぬと、肉体と魂が切り離され、天国から私達の様子を見る事ができます。勇者様もずっと私達の事を見ているのですよ」
お父様も私の事を見ている。私がこれから下す決断を、天国から見ている。
「ですから、少しでも勇者様の魂が安らかになるように、私達は善い行いをしなくてはなりません」
敵国に反撃するのは善い行いだろうか。お父様は今の私を見てどう思うか。お父様の事を考えると、私の手の震えは自然と止まっていた。
「サイモン、敵国は和解したいと言っているのよね?」
「ええ、自分達の国に来てくれと。……まさか、フロランス様?」
私がお父様の為にとる選択はもう決まっていた。どんなに悩んでも、結局私はこの結論に至るだろう。
「こちらから反撃はせずに、相手国の和解に応じなさい。三日以内に敵国に赴く支度をするわよ」
私は立ち上がり、礼拝堂の出口へと向かう。お城に帰って用意をしなくてはならない。
「お待ちください! 敵国に行くとなるとそれ相応の警備体制を敷かなければなりません。兵士達の要人警護の訓練、《医術》のスキルを持った人の手配など……。準備には最低でも二週間はかかるかと」
すぐにサイモンが付いてきて、後ろから諌言を入れる。だが、私の意思は変わらない。
「兵士の警護も《医術》のスキルを持った人も必要ないわ。私が直接行けば全て解決でしょう?」
私は強敵とされるオークを一撃で葬ってしまう程に強い。私の警護など必要ないのだ。その上、私は回復魔法も習得したばかり。私一人で全てが解決してしまう。
「まだ敵国が本当に和解をするつもりなのかも分からないのですよ。それなのに、一国の女王様が敵国に直接赴くなんて……! 敵国へ行く人は他の人でも良いでしょう」
他の人でも良い、という彼の言葉を私は聞き逃さなかった。歩みを止めて彼を厳しい目で見る。
「それは犠牲になるなら私じゃなくて、他の人の方が良いという意味かしら?」
「い、いえ…………」
私が冷静な声で問い詰めると、サイモンは言葉に窮した。
「国民を守らずには、女王を名乗れないわ。今回の事件の責任は私が引き受ける。これは決定事項よ」
「……また超法規的措置を使うつもりですか?」
「サイモンの態度次第よ」
彼はまだ納得してないようで、私に尋ねてくる。
「超法規的措置は法を逸脱した行為。そんなに何度も使えるものではありません。フロランス様もご存知のはずです。つまりそれは、はったりですね」
「…………」
彼の言うように、私は超法規的措置を使うつもりはない。サイモンが相手国との和解に賛成しないなら、私は戦争を始める覚悟もできている。
「私を止めるつもり?」
「最初は止めるつもり
「フロランス様なら、敵国と交渉しても相手の口車に乗せられるだろうと思っていました。でも、今のあなたは、あの時の演説から少しは成長しているのかもしれません。さっきの、はったりを聞いてそう確信しました」
彼は私を子供扱いしていない。私の実力をちゃんと見ている。
「当たり前じゃない。だってもう、あれから三年"も"経ったのよ」
私達は礼拝堂から出てお城へと向かう。足取りは重かったが、私はもう礼拝堂へは戻らない。何も変わってないと思っていたが、三年という月日は私を変えていたのかもしれなかった。
もっと努力します。