鍛えられた武術に、呪術が勝てるわけないだろッッ‼︎ 作:チチメカ
ニコチンが煙る匂いがする。これは…
「硝子か…?」
「お、目が覚めた?」
体の痛みは無かった。今回の五条の記憶ははっきりしている。あの男にボコボコにされた上で、気絶してしまったのだ。また、敗北したのだ。
いつかの夜に初めての敗北を期してから、五条は自分の土台を見失いかけていた。幼い頃から最強の術式を持ち、最強と持て囃された男。呪術界で負け知らずの男が、殺す気はなかったとは言え非呪術師に負ける。
「……クッソ…」
開いた目を、もう一度自分の腕で覆い隠す。
「最強」の自分を取り返す戦い。これに、五条は負けた。その現実に目を背けたかった。
しかし
「お、やっと起きたのか坊主」
この男はそんな事など、知らなかったのである。
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呪術高専京都校。
わざわざ東京に帰るのも難だとして、4人は京都で一泊する事にした。
四人+運転手の合計5人の京都校に向かう道中に、会話という会話は存在しなかった。運転手の世間話の様なものが一言二言あっただけだ。家入も夏油も、一番うるさい五条に限っては一度も口を紡ぐことはなかった。ただ、手に顎を乗せて窓の外の景色を、呆然の眺めていた。
京都校に着いた四人は京都校の門を潜った。その時、まるで待ち伏せていたかの様に、一人の女性が四人に話しかける。
「……本当に静かになってる」
「……歌姫か」
五条は、猫背になった体のまま顔だけを上げて、その女性…歌姫を見る。
「呆れた。たった二度負けたくらいで拗ねてるの?」
「うるせぇよ歌姫。雑魚には俺の気持ちなんざ分かんねぇ」
「敬語!あと、誰が雑魚だッ!」
どれだけへこたれても、口の悪さは変わらぬと、そう思った歌姫であったが、その五条の後ろを歩く一人の大男に目が止まる。
「おうおう、若者は元気があっていいのぉ!」
「…大鬼強さんですよね」
「そうじゃ。お嬢ちゃん、
まるで、そこら辺にいるただの爺さんの様に話しかけてくる男。呪力と言うものは明らか一般人レベルである。しかし、この男。あの
「お話を聞いてもよろしいですか?」
「ワシの話か?別に構わんが……それより、あの話は守ってくれるんじゃろうな?」
「……"あの話"?」
歌姫は三人に目を向ける。
五条は下を向いたまま、夏油は知らぬ存ぜぬと空を見ている。
「私達は彼の衣食住を保証する代わりに、一緒に着いてきて貰う約束を結んですよ…」
家入が、申し訳なさそうにそう話す。
それを聞いた歌姫は、大きくため息を吐いたのであった。
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その後、「お話」という名の「尋問」を大鬼は受けた。名前、年齢、好きな物などから、妻はいるのか、職についているのか、あの山で何をしていたのかなどの事まで。最初は、元気そうに答えていた大鬼も、終盤になるとグッタリとして、机に屈しながら、質問に答えていた。
「では、次にー
「いい加減にしてくれェ」
疲れ果てた様に、大鬼は叫んだ。時計を見ると、尋問開始から早三時間が経っており、既に日も完全に落ちていた。
「…流石にやめましょうか。」
「よし!飯じゃ!」
「やめる」の一言を聞いた瞬間。先程の疲れはどこへやら、元気そうにそう言い放ち、扉を開いて外へ出ていった。風を切る程の速度で、移動した大鬼を見て歌姫が唖然としていると…
「あぁ!忘れておった!」
急にドアから大鬼が顔を出す。
「な、なんでしょう…」
「あの坊主たちの事なんじゃが…」
「あぁ…五条と夏油の事ですか?」
「うむ、実はな彼奴らが何故か落ち込でおってノォ」
「はぁ…」
「理由がわからんくてな、お嬢ちゃん何か知らんか?」
歌姫は質問を通して理解していた。この男は「ただ力が強すぎるだけの老人」であると言うことを。つまるところ、武術を最大限極めただけのただの人間であり、その本質は近所にいるお節介好きのお爺ちゃん。
この男は、純粋に二人を気にしていたのだ。
「……あの二人は、自分たちを最強だと思ってたんです」
「ほう、『最強』とな?まぁ、あれくらいの歳ならそれくらいの自惚れくらい…」
「いや、実際に最強でした」
「…ほう」
「呪術界については、もうお話ししましたよね。彼らはその中でも特別クラスに強くて、まともに負けたことは一度もなかったんです」
「そうか」
「だから、多分拗ねてるんだと思います。一度負けた時、復讐のために探し回ったって聞きますし」
それをため息混じりで歌姫が言うと、大鬼はそうではないのではと疑問に思う。
歌姫に感謝を伝えると、大鬼は二人のいる食堂へ足を運ぶのであった。
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五条と夏油は机に片腕を置いて、無言でいた。
ただ、机の上や食堂の片隅をふと眺めては、思考を加速させていた。
しかし、そんな時間も一人の男の登場で、終了する事となった。
「よお、坊主ども」
浴衣姿の大鬼が、二人にニカリと笑顔を見せる。夏油はまるで興味のなさそうに、五条は舌打ちをして大鬼を見た。
「話でもせんか?」
「する話なんてねぇよジジイ」
「いや、悟。あの強さの秘訣とか聞いた方がいいんじゃないか」
「まぁまぁ、いいじゃないか」
そう言って、二人を挟む机の正面に椅子を引っ張り、大鬼が座る。数秒の沈黙の後、大鬼が呟いた。
「悩んどるんじゃろ」
「は?」
「え?」
二人は大鬼を凝視する。
「わかる、わかるぞ?わしにもその気持ち、十分わかる。わしも若い頃は…」
「うるせぇよ、自分の若い頃の自慢話でもして、気持ちよくなろうとでもしてんの?そんなんなら…」
「『最強の俺たちが無力な筈の非呪術師に負けた』」
五条の口はピシャリと止まり、夏油は自身の目を見開く。
「青いな。やはりこの程度の悩みか」
フンと、五条に鼻息をかけて、二人に向けて言い放つ。
「わしだって六十余年生きとるんじゃ、てめぇら若造の悩みくらい既に乗り越えとる」
「貴方は…大鬼さんよりも強い人なんているんですか?」
「ん?おったぞ。ワシの親父じゃな。言っておくが親父も呪術師なんかじゃないぞ」
「嘘だろ…」
五条は、天井を見て信じられぬと思考を半分放棄する。着いていけるか、こんな男が何人もいるだなんて…五条はその事実を受け入れることは出来なかった。
「坊主ども、お前達は何故戦う」
ふと、二人に大鬼は問いかけた。
閉じた目を、細く開けては、大鬼に向い夏油が答える。
「弱者救済」
「ほう、お前さんは強者気取りか?」
夏油は、感情に身を任せ椅子から身を乗り出す。
「…ッ!非呪術師は呪力を持たない!呪霊に襲われるばかりだ…だから私達呪術師が彼らを守らないと…」
「落ち着け、別にその信念を否定したわけではないじゃろ」
「じゃぁ!」
「だが、その信念はあまりにも脆いな。自分なら救えるとの思い上がり、自分の戦闘の理由を他者に依存する虚弱さ。まさに青臭い坊主じゃ」
そう言って夏油をギロリと睨みつけ、大鬼は話を続ける。
「『弱者救済』素晴らしい大義に聞こえる。実際素晴らしいもんじゃろう。だがな、自身が救う救わないを選べる立場にあると自覚しているからこそ、それを言うことができる」
「……実際そうだろう!非呪術師は」
「だから、それが思い上がりと言っとるんだろうがッ!」
目を見開いて、口をつぐむ。
「非呪術師だから?呪術師だから?救う?救わない?神にでもなったつもりか?なんだ、お前は神なのか、お前の一存で非呪術師は救われなくなるのか?」
「いや…そんなことは言ってな」
「使命感に苛まれておるんじゃろ、自分の決めた使命に従って、強者であるから選ぶんじゃ。非呪術師を救う。いや"救ってあげる"」
「おい、お前そろそろやめ」
「これを神気取りと言わずしてなんと言う?」
「……」
目を見開いたまま、夏油は力無く椅子に身を預ける。自身の目元に手をつけて、口をまたつぐんで下を向く。
「おい、傑に謝…」
「お前さんもじゃ」
「は?俺ぇ?」
「『慢心』じゃな」
「慢心ン?」
「一度目も、二度目も、慢心が滲み出ておったわ」
「…それが?」
「お前さん。ワシが本当に殺す気じゃったらどうする気だったんじゃ?」
「……」
敗北…いや死いう言葉が五条の頭によぎる。最強…故の慢心。しかも、相手は非術師の一般人。
五条は何も言い返すことはできなかったのである。
「坊主ども。いいか、よく聞いてろ」
二人がゆっくりと顔をあげ大鬼を見つめる。
「こいつは"挫折"じゃ。お前さんらが、自惚れて、自分の力を過信しすぎた結果のものじゃ」
二人は何も言わずに、その言葉を受け入れる。
「なに、別に悪い事じゃない。逆に、今挫折しておいて良かったと思え。挫折とは、失敗の後自分を反省したからこそ起きるものじゃ。本番…生死を分ける戦いだとか、自分の未来の大きな分岐なんかで失敗したもんは…もう戻れなくなる。チャンスなど無くなる」
大鬼は二人の目を見て、優しく微笑む。
「挫折しない人間は、まともな人生を送れなくなる。蓄積された慢心や自信は、大事な所で失敗した結果、自分の未来を破壊する事になるからな」
京都の夜。
二人の青年に一人の老人が、昔話をする様にそう言うのであった。
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闇落ちの芽は早々に摘んでおきたい思いがある…