王戦物語~聖剣抜いたのでヒロインみんなを笑顔にします~   作:ビスマルク

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幕間 ただのアリシア

以前、私はトーマさんのことを羨ましいと思っていました。自分らしく在れるその姿が、それを受け入れてくれる人がいることが、その全てが羨ましくそして妬ましいと思っていました。

 

 私は聖女で彼は剣王、同じ人生を縛られた存在のはずなのにその在り方の違いがどうしても認めきれずその言葉や行動に苛立ってしまいます。それを隠しきることが出来ていたのは皮肉ながら聖女として生きてきた半生があるからでしょうか。

 

 でも、羨ましいと言ったがそれを撤回します。撤回せざるを得ない光景が目の前にあるのですから。

 

 羨ましいと思うのは「自分もそうなりたい」と考えるからですが、今の彼の姿を羨ましいと思うことは私には出来ません。

 

「ッァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!」

「大声を出して己を鼓舞する。その在り方はよろしいですが、戦場においては自身の位置を知らせることになります」

 

 右手一本で握った聖剣で団長さんに襲い掛かっているトーマさんの姿は、酷く痛々しかったです。その全身は傷だらけで、血まみれで。最早赤くないところを探す方が早いと思わせるほどの大怪我をして。

 

 私達が今いるのは夢の世界で現実ではありません。だけどそれは痛みがないこととイコールではないし、骨が折れればその部位は動かせません。ましてや呼吸が止まれば酷く苦しむことは間違いないでしょう。

 

 事実彼の左腕はあらぬ方向に曲がっていますし、時折せき込みながら血を吐いていることから気管に血が入り込むほどの傷を負っているのでしょう。

 

 それでも彼は格上である騎士団長に立ち向かう。いいや、立ち向かわないと終わらないから立ち向かわされているのです。

 

「シャッ!!!」

 

 トーマさんは右手に持った聖剣を黒く光らせ、次の瞬間団長さんに向けて投げつけました。投げつけられた聖剣を叩き落しながら懐に入り込もうとするトーマさんに大剣を振り下ろします。

 

 地面ギリギリになるほど体勢を低くして大剣を彼は躱しました。そのまま滑り込むように団長さんの股の下を滑り抜けて手を聖剣の方に向けると、闇魔法の引力と聖剣の能力の相乗効果で通常より遥かに早い速度でトーマさんの手の中に聖剣は戻りました

 

「ぬっ!?」

「ラァ!!!!!」

 

 さらに股の下を潜り抜けたという事は聖剣の通り道には団長の足があります。トーマさんの手の内に聖剣が戻る際、団長さんの足を斬りつけて動きを遅くするというこれまでに見られなかった策を使い、少しでも自身に有利になるよう、この鍛錬のクリア条件を達成しようと足掻いているのが分かります。

 

 そのまま脚を傷つけ血の赤で彩られた聖剣をまるで馬のように跳ね上がって団長さんに向けて振り上げました。それに後退して避けた団長さんですが、それでも無傷とはいかずに胸から勢いよく血を噴出させて眉をしかめます。

 

 本来は鎧で守られているはずですが、この鍛錬中はお互いに防具なしで戦っています。そのせいで凄惨な光景が目の前に広がり、血の臭いが辺り一面に広がって嗅覚が麻痺してしまいそうで。

 

 そんな中で身長差のある二人の男性は互い以外を目にいれずに剣を振り回してぶつけ合っています。

 

 でもいくら魔法で強化していても力の使い方は団長さんの方が上でトーマさんは何度も叩きつけられています。地面に、大木に、ぶつかって血を吐きながら追撃を避けるために即座にその場を離脱して。

 

 次の瞬間には大剣が叩きつけられ、一瞬反応が遅れれば死ぬことは間違いない攻撃で。

 

「ゼェー……ゼェー……」

 

 息を荒げながら、それでも戦意を失わず聖剣を向ける彼を、私はもう羨ましいだなんて思えません。

 

 私が聖女になると決められたのは幼少期から。光属性の魔法を自由に扱えるように過酷な鍛錬をしてきました。魔法を使うというのは一朝一夕に何とかなるという者ではありません。

 

 魔力を認識し、それを操る感覚を覚えて、その属性にあったイメージを持たないと使えない物。特に光や闇属性の魔法はイメージが難しいとされている為そう簡単に使うことは出来ません。相反する属性ですが、使用難易度は変わらないのです。

 

 だからこそ私にはわかります。聖剣を媒介に使っているとはいえ既に魔法を使い始めている彼は才能があると。だけどそれ以上にこの環境が使わざるを得ない状況に追い込んでいるのだと。

 

 使いこなせなければ死ぬ。いいえ、死んだら最初からやり直しになるのですから死ぬ以上の恐怖が魔法を発動させているのでしょう。

 

 それはどれだけの痛みと死を積み重ねれば辿り着く境地なのでしょう。何も出来ずに殺されたこともあったのに、どうしてそこまでまだ抗えるのかが不思議です。

 

 私が聖女になる為にした努力を、剣王になってしまった彼はこの短い期間にこなせなければならない。それは過酷過ぎて見ているだけで吐き気を催すほどで。

 

「ダッ!!」

「ムッ!!?」

 

 トーマさんは折れている左腕を遠心力を使って無理矢理振るいました。その手の中からは無数の砂利が、身体強化された力で投げつけられます。

 

 流石に折れた左手の中は意識の外だったのか団長さんは咄嗟に大剣を盾にしてそれを防ぎました。

 

 しかしそれは視界を塞ぐというトーマさんの目的を最低限達成させ、その隙に強化された身体能力で木の上に飛び移ります。その姿はまるで猿のように、木々の中に隠れながら枝と枝の間を飛び回りまわっていました。

 

 軽快そうなその動きとは裏腹に、その顔には脂汗のような汗が滲み出ていて見たことのない苦痛の表情を浮かべていました。

 

 それもそうでしょう。私の目ではほとんど見えることはありませんが、トーマさんは折れた左腕を固定することもなくまた右手で抑えることもせずに動き回っているんですから。それは左腕がプラプラ自由になっているという事で、遮蔽物の多い木の上を移動していれば枝などに当たってしまう。

 

 痛いのに、苦しいはずなのに、彼は動き回って団長さんの隙を見つけるか作り出さなければならない。それはあの痛みの中でもずっと頭を動かし続けないといけないという事で。

 

 最近まで一般人だったあの人に、それはとても難しいはずなのに。弱音の一つも吐かないで。

 

 私にはそれが同じ人間の思考だとは思えず、恐怖心さえ抱いてしまいます。それはこの戦いの間決して変わることはないでしょう。

 

 そんな私の心とは裏腹に状況は動き続けました。

 

「ほう」

 

 いくら動いても団長さんに隙が出来ないと考えたのか、トーマさんは木々の間を飛び移りながら枝を斬り落としていきます。当然斬られた枝は団長さんに向かって落ちていきました。

 

 それらを避けることも大剣で受けることもせずに、当たってはまずい目などを最低限守りながら団長さんの視界は上を向きました。

 

「ッ!!!!!!!」

 

 その瞬間、木々の上にいるはずだったトーマさんは団長さんの後ろにあった森の中から飛び出してきました。

 

 しかし未だに枝は落ちてきて、私はどういうことか分からず上に視線を向けます。そこには上空に木の枝の塊が存在し、そこから枝がポロポロと落ちているではありませんか。

 

 後ほど聞いた話によると、団長さんの目を上に向けさせるために飛び移る中で少しずつ枝を集めていたそうです。そして闇魔法を込めた聖剣を中心に引力で枝を吸い付かせ、上げられた身体能力で可能な限り空に向かって聖剣を投げたそうです。

 

 当然聖剣は落下してきますが、手から離れた瞬間から弱る引力から脱した枝は徐々に落ちて自分がまだ木の上にいると錯覚させて視界と思考を木の上に移させたそうです。

 

「やりますな」

 

 トーマさんは隠し持っていた短刀で団長さんを刺そうとします。ギリギリで気付いた団長さんはそれを避けることも出来たのでしょうがそうはせず刺されます。

 

「チッ!!」

「遅いですぞ!!!」

 

 刺した瞬間トーマさんは驚愕の顔を浮かべ咄嗟にその場を離れようとします。しかし回避が遅れてしまい団長さんの大剣が振るわれて、ギリギリで手の内に戻ってきた聖剣を盾にしようとしますが、それも間に合わずに。

 

 彼の顔は切り裂かれて顔が赤に染まります。

 

「グッ、ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!?!!?」

 

 叫ぶ彼の顔をよく見れば、傷自体は浅かったのでしょう。だけどその左目は潰されてしまい視界が半分消えました。

 

 私にとって想像もできない痛みだったのでしょう。今まで必死に我慢していた痛みさえも思い出したのか彼は涙を流しながらのたうち回ります。

 

「倒れ伏している暇がありますか?」

 

 凄惨、そうとしか言えない光景に、それでもなお団長さんは追撃を仕掛けます。トーマさんは勢いよく振り下ろされる大剣をゴロゴロと転がって何とか躱しました。

 

 大剣が振り下ろされた場所は大きな跡になっており、今のトーマさんでは受け止めることなどできなかったでしょう。あの状態でなお彼は思考を止めていないのか、それとも本能的に受けきれないと悟ったのか。

 

 どちらにせよこれまで積み重ねてきた戦闘経験がいよいよ実を結んだと言えるのでしょう。それでもなお、目の前の偉丈夫には届いてはいません。

 

「ぐ、ぎっ……!!はぁ……はぁ……!!!」

 

 ボタボタと血と涙が混ざった液体を目から流しながら彼は聖剣を構えます。あと一撃、それを団長さんにいれることが出来れば治療を受けられ、少しの休憩も得られる。

 

 それだけが彼を今動かしているのでしょう。それでも焦って動こうとしないところを見るに、考えて動かなければ団長さんには届かない差があると悟っているからで。

 

 これまででありとあらゆる奇襲や奇策を使っていたけれど、もうその引き出しもないのでしょう。聖剣の力で底上げされた身体能力はトーマさんの方が上ですが、それ以外は団長さんが上回っているのですから。

 

「ハッハッハッハッ…………ハァアアアアアアアアアア!!!!!!!!!」

 

 息を整え彼は動きました。何の予備動作もなく走り出し、団長さんの間合いに入る寸前に思いっきり上に跳ね上がりました。その口にはいつの間にか短刀、ナイフが咥えられていました。

 

 当然私に見えたという事は団長さんにも見えているという事で、何の囮もなしに飛び出したトーマさんに対して彼は悠々と構えます。

 

 上からの攻撃は苦手だと以前言っていたことを覚えています。大剣を振り回すのに苦労するからなのでしょう。ただそれを考慮しても愚直に上に飛びあがるというのは素人目からしてもまずいと分かりました。

 

 そう思った瞬間、団長さんの顔に赤い何かが大量に降り注ぎます。

 

 血です。トーマさんは持っていた聖剣をさらに上に投げて口に咥えていたナイフでもう動かせない左腕の根本、肩を思い切り突き刺していました。

 

 当然の如くナイフを抜いた左肩からは血が吹き出し、落下地点にいる団長さんを赤く染めます。

 

 視界を阻まれた団長さんに、手に戻ってくるという能力で即座に聖剣を戻した彼はそのまま振り下ろしました。

 

「うぐっ!!」

「ぬあっ!?」

 

 見事聖剣は団長さんに刺さりトーマさんは休息と治療を手にします。

 

 しかし着地のことを考えていなかったのか、地面に激突して周囲に嫌な音が鳴り響きました。再びどこかの骨が折れたのでしょう。

 

 最早呻くことも出来ない彼は蹲って血と涙を流しています。

 

「ふぅ……ふぅ……、では一旦休憩に入ります。聖女殿、陛下の治療を」

「わ、分かりました!!」

 

 その言葉にすぐさま動いてトーマさんの治療を行います。全身傷だらけで、最低限動かせるようにするだけで10分は過ぎてしまうでしょう。

 

「あ、ありがと、ね……」

 

 それでも彼は私に対して治療のお礼を言って、笑顔さえ浮かべて。

 

 そんなトーマさんに対して私はどうしてこの優しい人がこんなに傷付かなければいけないのかわからなくなって、泣きたいのは彼のはずなのに、思わず泣いてしまって。

 

 でもそれは彼を心配してだけのことじゃなくて。

 

 こうなっているのが私じゃなくて良かったという醜い心も確かにあって、私はそれがとてつもなく嫌でした。

 






苦痛に耐えながら頑張る主人公の姿は美しいと思わんかね……


書いてて超楽しかった


評価感想くれるとテンションぶち上げで続きを書けますのでよろしくお願いします!!!!
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