王戦物語~聖剣抜いたのでヒロインみんなを笑顔にします~ 作:ビスマルク
血みどろになる鍛錬期間がようやく終わり、『魔霧の森』から出る日がやってきた。最早時間の感覚がなく、あとどれくらいで終わるのかと一日千秋の思いでいたがいざ終わりとなると少しだけ名残惜しくも……ならないね。
今すぐここから帰りたいよ。正直言って耐えきれたことが奇跡だよ本当マジで。リチャード団長にヒカリに対して同じ鍛錬させたら絶対許さないって言っちゃったし。
幸いヒカリの方はキャロルが担当してくれたらしく、厳しくはあれど血は流れない平和なものだったらしい。
対してこちらは血がドバドバ流れるし、死に慣れるはそれに慣れちゃだめだから死に対する恐怖心を刻み込んだりとスパルタを超えるスパルタだった。強くなれたことは間違いないけれどもう一度やれと言われたら絶対に嫌だと断言するレベルでヤバかった。
「さて、それじゃあ行こうか。よし、それじゃあ全員荷物持ったね。忘れ物はないように。ほらキャロルも早くして?」
「なんで私が一緒に行くこと前提で話してるの???」
「こんな所に引きこもってたら精神おかしくなるからね、仕方ないね。おかしくなった結果こっちに襲い掛かってこられてもマジで困るし」
これに関してはマジで言ってる。こんな夢か現実かごちゃごちゃになりそうなところに長年いて何の影響もないなんて希望的観測は僕には出来ない。
はっきり言ってキャロルは滅茶苦茶強い。強いからこそ彼女がそのままここにいてトチ狂ったら止めるにも相当な被害が出るだろう。そうなる前にここから離さないと手遅れになる。
「キャロルが狂った場合止めるのはソードリアの騎士団だけどそしたら絶対被害が大きくなるから事前に防いでおきたい、というのが剣王としての判断だね。僕個人としては」
「個人としては?」
「こんな霧の中でずっと一人でいるなんてことしてほしくないから。せっかく仲良くなったのにもったいないって話じゃないし」
結局個人としての意見の方が強いのだが、これくらいの我儘が許されるくらいの酷い目に合ったので許してほしい。
しかしそれでも彼女は住み慣れたこの土地から去ることを渋る。その気持ちは最近住み慣れた故郷から引き離された僕にもよくわかる。
だから最後の手段を取ろう。
「な、なによ怖い顔して。そんな顔したって駄目よ、私にはここから出ない理由があるんだから―――」
「王城には最新魔道具の研究している子がいるよ。割とマジで天才だからあんなものやこんなものが山ほどあるだろうね」
「何してるのさっさと行くわよ。私に荷物はいらないわ。どうせ戻ろうと思えばすぐ戻れるし」
「なにコイツ、餌を落とした瞬間群がってくる鯉みたいに勢いよく食いついてきた……」
そう言ってあげるなヒカリさんや。僕には彼女の気持ちがすごくすごーくすごーーーーくよくわかる。
僕も彼女も趣味は違えど求めるものへの熱意は全く変わらない。彼女には理詰めするよりも欲望に訴えかけた方が話も早いしその後の調子もよくなるのだ。
「トーマ様は流石ですね」
「褒められても何にも出ないよ。あっ、おやつに持ってた甘い木苺食べる?」
「お前もお前でチョロくない??」
だって僕のこと褒めてくれるのアリシアくらいだし。団長も度々褒めてくれはするけど血だらけで倒れ伏してるところに、みたいな感じだから僕はよく話を聞けてないし。
「ヒカリも僕のこと褒めてくれてもいいんだよ?」
「お前調子に乗ると間違いなく失敗して痛い目に合ってるからやだ」
僕への理解度高いなぁ。でもそんな失敗した覚えはあんまりないんだけど……。
まぁなんにせよこれで連れ帰る全員が集まった。体感時間で1年くらいここにいた気がするけど実際は多分1ヵ月経ってないんだろう。
ギリギリまで粘るのは流石に嫌だし、早くここから抜け出したい気持ちの方が強い。ぶっちゃけもうトラウマになってる可能性の方が高いと思うので。
「帰るまでが遠足か……何事もなければいいけどな」
「フラグ立てるのやめてヒカリさん???」
いや本当何もなく帰れればいいんだけど……。そう遠くない道のりだし大丈夫だよね?
「なんじゃこりゃあ!?」
「げぇ!?帰ってきおった!?ち、違うぞ!!儂のせいではないからの!!!」
「嘘吐けお前のせいだろ」
はい、『魔霧の森』からようやく帰ってきたと思ったら王城が青透明なぬるぬるしてる液体状の触手に包まれていました、多分スライムだと思われる。一緒にいる三人もまた絶句してる。
絶句していないのはこれがどんな状況になってるのかその魔眼で完全に把握している魔道具マニアクソ強エルフだけだった。ちなみにそのエルフはというと。
「すっごいわねこれ!!取り込んだ物が徐々に表面に現れてるけど、これもしかしなくても身体の中で生成してるの!?今は王城の素材だけだけど、使い方を考えたらとんでもない生物型魔道具じゃない!!」
「おお!!よーわかったの!!これこそ儂が1ヵ月の期間で思いつき作り上げた取り込んだ物をコピー生成して作り出すスライム。略してトリコピスラちゃん!!!!」
「1ヵ月でこれを作り上げるその才能と発想力と、それを止められない情熱に僕は驚きだよ。言っておくけどこれ褒めてないからね?」
「すみませんすみませんすみません!!!こいつを止められなかった俺が悪いんです!!!ほらお前も謝れって!!!」
「にゃあ!?頭を掴むな!!せっかくセットした髪が!?」
常識を持っているエリウス君と常識を才能と情熱と交換したクラリスちゃんの喧嘩が始まる。まぁエリウス君の方が普通に強いというか、クラリスちゃんが研究ばっかで運動しない為毎度負けるのだが。
でもこのやり取りを見てたら和んできた。あぁ~~~、いいカプ補充なんじゃ~~~~。もう僕は許した!!この光景だけで許した!!!体感時間一年間頑張った結果この光景が見れたなら人生に悔いはない!!!
「尊い……尊い……ああ、素晴らしきかな幼馴染喧嘩ップル……お世話好き少年と生活能力ゼロ少女のやり取り……素晴らしい……」
「駄目だこりゃ。トーマはもう使い物にならないからアタシらで何とかするしかないぞあれ」
思わず膝を突き両手を合わせて拝みだしてしまう。本当に供給が少なくて辛かった……!!これだけで本当に幸せになれる……!!
それはそうとこの触手どうすりゃいいんだろう。王城の門を通るまで全く気付かなったのもおかしな話だけど。
「あー、周囲に見えないよう映像管理する魔道具も使われてるわねこれ。この王城を囲むように設置されて、外からはこれが見えないようになってるわ。しかも魔力効率も非常に良く、優れた魔法使いが一人いれば問題なく長時間使えるレベルの高性能。誰がこんなものを……」
「あっ、それ儂がトリコピスラちゃん作る時に片手間で作った奴。暇つぶしに剣王様の修行風景でも見たいと思って遠隔で見れる送信機と空中に映し出せる用の受信機作ったんじゃけどな。ある程度作ったところでエリウスがスラちゃん作るの邪魔してきそうじゃったから映像改竄機能付けて作り上げた」
とんでもない物を片手間で作るのはやめていただきたい。いや本当なんでそんなものを作り上げられるのこの天才。
しかし隠蔽工作にこのレベルとは、ストッパーがエリウス君だけなのはまずいかもしれない。もっと常識のあって、何か騒動が起きても止められるような人が欲しいな。
ちなみに魔法研究室の職員の数は20人程度だが、そのほぼ全員がクラリスちゃんと同類なので彼らに止めることを期待してはいけない。
彼らは予算を超過することはないが、依頼された物を予算半分以内で作り上げてその後余計な物を作り上げるのが典型的なパターンだとその後デプロン大臣から聞いた時は無駄な優秀さに驚いたものだ。
エリウス君がそのうち倒れそうだし、何とか常識人な……出来ればカプ厨的に見てて癒しになるような男女が欲しい。
「むごっ!?」
「ありがとうトーマ!!!本当にありがとう!!!ここに来れて私幸せよ!!!!この」
未来に思いを馳せていたら急に腕を引っ張られ、気付けば顔がキャロルの胸の中にいた。しかもその頭を彼女が両腕で抱きしめてるせいで離れようにも離れられない。
胸はないが、それでも女性特有の柔らかさといい匂いに頭がくらくらしてくる。というか『魔霧の森』に似た香りのせいでトラウマを思い出して意識が遠くなりそう。
身体から力が抜けて抵抗できずにいるのでもう為すがままになるしかない。ただこれがあの鍛錬のご褒美だというのなら頑張った甲斐もあったというものではないだろうか。
「くっついてんな、隙間から見える口元が笑ってるの見えてるぞドスケベ」
「うん?なによヒカリ。トーマとくっつけて羨ましいの?じゃあはい、あげるっ」
急に解放されたと思ったら突き飛ばされて柔らかいものに顔ごとダイブする。鍛えられたことで上がったバランス感覚で転ぶことはなかったもののその柔らかいものを思いきり掴んでしまう。
そしてこの柔らかくいい匂いがするものに対して僕は覚えがあった。この感触を以前も僕は味わったことがあった。
そろそろと視線を上げてみれば、そこには白い肌を真っ赤に染めたヒカリが映る。この状況を作った魔道具マニアクソ強エルフは他には目もくれずトリコピスラちゃんに向かって走っている。もう少し状況という物を考えてほしい。
「ヒカリさんヒカリさん。違うんっすよ、これは僕の意思じゃないというかどっちかというと事故であって僕の意思は介在していないというか」
「…………分かってるよ。だからそんなビクビクすんなって。流石にこれでお前に怒るのはどうかと思うし」
「優しみ……優しみが身に染みる……」
僕の幼馴染は昨今の暴力系ヒロインとは一味も二味も違うという事を見せつけてくれる。とはいえこのままの体勢でいれば今度こそ殴られるのですぐに離れる。
とりあえず話題を変えようとトリコピスラちゃんに視線を移し、どうしたものかと悩む。とりあえず人的被害は出ていないし、王城がボロボロになってるわけでもないがそれでもこれじゃ城に入るのにも苦労しそうなのでどうにかしたい。
幸い城下町は天才クラリスちゃんの発明品のおかげでこの状況を知らない為騒ぎにはなっていない。しかしこの世界で初めて見るモンスターっぽいものがまさか味方によって作られるとはな……。
剣は通じるのか微妙だし、魔法も僕は二種類しか現状では使えないので微妙。王城に絡みつけるほど大きい為何をするにしても大掛かりになりそうで非常に困る。
「と、トーマ様!?トリコピスラちゃんさんがこちらに!!」
「えっ?」
「あっ、言い忘れておったがトリコピスラちゃんは魔力量の多い者に襲い掛かる傾向があるぞ。まぁ襲い掛かるというか遊んでほしいというだけなんじゃが」
どうするかを考えていたらいつの間にかトリコピスラちゃんの身体の一部が僕に巻き付いていた。男の触手プレイって誰得だよ。そんなことを考える暇もなく持ち上げられて連れ去られていく。
クラリスちゃんの言う通り遊んでほしいだけなのか命の危険は感じない。その為パニックになることはないし、持ちあげられて移動するのもジェットコースターを思い出して意外と楽しい。
意外とヌルヌルもしていなく、冷たいクッションに似た感触で気持ちいい。ただそんな呑気なことを考えていたのは僕だけだったらしく。
「トーマ放せやヘンテコナマモノが!!!!斬り刻んで千分の一の大きさにしてやるよぉ!!!!!」
「その意気や良し。陛下、少しお待ちを。すぐにこれを成敗します故に」
「待って!?まだ何の解析もしてないのに!!それにこの子がいれば食糧問題とか色々と解決しそうなのよ!!!」
「そうじゃそうじゃ!!スラちゃんは儂のペットなんじゃ!!!餌だってあげるし散歩にだって連れていくから!!!」
「そう言いながら最終的に世話をするの俺になるだろ!!!」
「そ、そんなことよりトーマ様を助けないと!!!!」
うーん、まさに阿鼻叫喚というか。襲われてる本人より周囲が慌てるってのもままある事だよなぁ。僕としてはこのままでも問題はないわけだが。
それでもこの騒がしさが僕にとっては日常になるのだと思うと、少しおかしく感じた。この光景を守る為なら僕は戦えると、改めてそう思った。