王戦物語~聖剣抜いたのでヒロインみんなを笑顔にします~   作:ビスマルク

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偽物の家族

 

 風呂場で予期せぬ会合をした僕は思わず固まっている。湯気でよくは見えないがそこにいるのは間違いなく女性であり、その声もまた女性の物。

 

 こんな所を誰かに見られでもしたら僕の社会的信用は地に落ちる可能性は大きいし、それ以上にヒカリに説教される可能性が高すぎる。間違いなく風呂場に誰かいるのか事前に確認しないと危険だって言ってくるし、それが正論だと分かってる僕には反論すら出来ないだろう。

 

「トーマ様、貴方にしたい話があります」

 

 僕がそんな現実逃避をしているところに再びかけられたその声に戻りたくない現実を直視しないといけなくなる。

 

 目の前にいるのはタオルを身体に巻き付けて裸体を晒さないようにしているシエルさんで間違いない。そこにはいつもシオンとの間に見せてる天真爛漫な姿はなく、その表情は「無」を張り付けたように温度も感情も感じない。

 

 モデル体型のシオンとは違いその身体は小さく、触れれば壊れてしまいそうなほど華奢で。風呂場の床に正座している彼女はその髪の色さえなければシオンと親子だなんて信じられないほどタイプが違う。その肌は健康的な白さではなく、もはや病的な白と言っていいほどで魅力よりまずは心配を生み出す。それが彼女に対する保護欲を強くするのだろうか。

 

 だがそれ以上に目立つのはその白い肌に刻み込まれた暴虐の証だろう。蚯蚓腫れと言われるそれは彼女が今まで受けてきた経験を物語っている。ヤランリ王国ではこんなことがまかり通るのかと思い、自国の平穏さを改めて自覚する。そしてシオンが彼女を常に心配して気を配っている理由がよくわかる。

 

 エルフの血を引いているからだろうか。彼女からはどうにも神秘的な印象を感じてしまう。それも今のように無表情を保っているとその感じ方は余計に強くなっていく。普段は天真爛漫な笑顔で隠されていたそれは見る者全ての目を惹きつける様で。

 

「私は、貴方方に嘘を吐いていました。そしてあの子にはもっと辛い真実を隠していた」

 

 あの子とはシオンのことだろう。シオンがシエルさんを心配していたようにシエルさんもシオンに気を配っていたという事か。

 

 だが嘘とは何なのか、その内容は僕が思った以上のことで。

 

「私はシオンの母親ではありません。あの子は暗示でそう思わされているだけなのです」

 

 僕にはその話を詳しく聞く以外の選択肢はなかった。なかったのだが……。

 

「その前に身体洗わせてもらっていい?」

「………………………………」

 

 そんな呆れた目をしないでほしい、「この人に任せても本当に大丈夫だろうか?」なんて目で見ないでほしい。このまま湯船に浸かったら汚いし、そのまま立ちっぱなしだと風邪ひくし。

 

「はぁ……分かりました。ではさっさと洗うので座ってください」

「えっ、いや自分の身体は自分で……」

「早 く 座 っ て く だ さ い」

「はい」

 

 凄い威圧感だ。この威圧はまるでブチギレた時のヒカリと同等と言っていい。つまり僕に対して効果抜群であり僕は彼女に逆らうことは出来ないという事だ。

 

 言われた通り彼女が促した先にある浴室用の椅子に座る。流石に前は自分で洗うと固辞したところそれは納得してもらえた。シエルさんは後ろから僕の髪を洗い始めながらその口を開いて事情を話し始める。

 

「私は元々ヤランリ王国の者ではありません。出身はバサルニカ教国になります」

「バサルニカ教国ってことは……例の『狂王』の?」

「はい、その通りです。あの国の主な産業は「人売り」なので」

 

 それは、初めて聞く話だ。人売りという事は奴隷として売買するという事か。このソードリアでは長年禁止されていた奴隷制度に人身売買に恐怖心を得ると同時に、何故そんな国が未だに存在できているのかが不思議になる。

 

「ソードリアは平和で、穏やかで、人が優しく人にやさしい国です。ですがこの国は豊かだからこそ外の世界の恐ろしさが見えていない。それは悪いことではないのでしょう、本来ならば」

「だけどそうじゃない、と。これから先外に目を向けなければならない時が来ると言ってるんだね」

「はい、その通りです。そしてそれまでのタイムリミットはトーマ様が思うより早く来るでしょう」

 

 前回と今回の『王戦』の申し入れの期間が短いことを言っているのだろう。バサルニカ教国出身の彼女がヤランリ王国にいたという事はあの国も人身売買を是にしていることになる。

 

 それがこちらに情報が流れていないという事は恐らくは表立ってではなく裏側で繋がっている可能性が非常に高い。そのことを僕達は知らないという事は情報を掴むことすら出来ていない。

 

 そもそも僕はバサルニカ教国のことを荒れているという伝聞でしか知らない。あそこはそう簡単に入り込むことが出来ないと言われ、無理をするなと上層部の判断がされている。まさか人身売買をしていたとは夢にも思わなかったが。

 

「バサルニカ教国は一つの宗教によって成り立っています。その教義も単純なもの。それ即ち強き者に従え。弱者は支配されるために存在するということです」

「だからこそ、教国最強が『狂王』として君臨している、と」

 

 頭を洗われている僕は後ろにいる彼女がどういう表情をしているのかは分からないが、その声からして少なくても笑顔ではないという事だけは分かった。

 

 シエルさんは静かに僕の頭の泡を洗い流し、話の続きを始める。

 

「その通りです。あの王はその強さだけは他の追随を許しませんがその頭は控えめに言っても悪いです。周囲が好きかってやろうが、自身の享楽を満たすことしか頭にはありません。そしてその享楽の中には強者を屈服させること、すなわち他国の『王』との死闘とその先にある勝利を望んでもいます」

「それ絶対こっちも無関係ではいられない奴だよね???」

「そうですね」

 

 そんなおっかない奴に狙われるなんてたまったもんじゃない。たまったもんじゃないが……僕の家と家族に手を出すというのなら死に物狂いで足掻かざるを得ない。

 

 この情報だけでも値千金、彼女の望むことを叶えてもいいレベルだ。だがまだ話は序盤でどういった事情があるのかまるで僕は把握できていない。

 

「冷えてはいけません。湯船に浸かりましょう」

「うん……。話の続きを、お願いしても?」

「はい、聞いていただければ幸いです」

 

 共に濁り湯に浸かる。互いに身体にタオルを巻いている上温泉からくみ出したお湯は濁っている為その裸体は見えない。

 

 だけど僕にはそれを残念だと思えるほどの余裕はなかった。

 

「バサルニカ教国では強者になる素質のない者は皆奴隷にさせられます。奴隷は愛玩用に売られるか、それとも炭鉱など危険のある場で働かされるかその末路は様々で一番マシなのは他国に秘密裏に売られることです。私もまた奴隷としてヤランリ王国に買われました」

 

 平和な世界しか知らない人間にとってそれはショックな話だ。まるで他の世界の話に聞こえてしまうが、実際にそういう人生を送ってきている人が目の前にいる以上信じないわけには行かない。嘘かもしれない、そんなことを思わせないほど彼女の言葉は迫真に迫っていた。

 

「私が買われたのは今からおよそ5年前。希少な魔法を持っている、それだけがあの国に買われた理由です。あの頃のヤランリ王国には……いえ、あの頃の『槍王』にはその魔法が絶対に必要でしたから」

「シエルさんの、魔法……」

「希少属性『信言(しんげん)』」

 

 希少属性、それは聞いたことのない単語だ。魔法は専門外なので仕方ないかもしれないが、それでは済まない日が来たのかもしれない。

 

 僕のそんな感情が顔に出ていたを鏡越しに見えていたのか、僕の全身を洗い流しながら彼女は話を続けた。

 

「魔法は基本的に一人一つの属性を持っています。トーマ様で言えば『闇属性』となります。闇もまた希少ですし、実戦で使える人間はほとんどいないと思います。ですが希少属性は更に珍しく、突然変異だと思われる程にその数は少ない上、それを使いこなせる人間は更に少ない」

 

 炎や風、水や土に雷が基本属性だと聞いたことがある。その上で光と闇が珍しいとも。後者の二つに当てはまるのがアリシアや僕だ。

 

 シエルさんが言っていた通りこの二つを実戦で使いこなせる人材は少ない。あのクラリスちゃんですら珍しいと言い切るくらいには。だが希少属性はその上をさらに行くらしい。

 

「シオンの『薬』もまた希少属性です。あの子の力はトーマ様も知っているかと」

「うん、どんどん五感を奪われて行ったからね。でもあれは本来の使い方じゃないんでしょ?」

「はい、薬も過ぎれば毒となる。それを利用してあの子は戦闘時、毒としてその力を使っています。この希少属性の魔法を持っている者は基本的に『魔王』の統べる国に集められているらしいのです」

 

 ここでまた他の王が関わってくるのか。『王戦』というシステムがあるが、それでも防衛力を上げたいのか、それともほかに理由があるのか。

 

 今まで見えてこなかった世界が姿を現らして不穏な空気がどんどん増していき、冷や汗が流れていく。

 

 だがまだ肝心なことを聞いていない。どうして彼女がヤランリ王国に買われたか、それを聞くまで意識を飛ばしている暇はないのだから。

 

「5年前、それはシオンの本当の母親が死んだ頃です」

「死んだ……?」

「はい、シオンの母は今の私のようにあの子の従者として生きていました。それでも長年の無理が祟って病に倒れてシオンの看病もむなしく、死にました」

「それは、あんまりな話じゃないのか?だって、シオンの今の様子を見る限り彼女は本当にお母さんを愛して」

「はい。槍王最有力候補にまでなったのも母親に良い生活をさせてあげたいから、それが一番のモチベーションです。ですがその根本が崩れてしまった、彼女にはもう槍王にふさわしい強さを得る理由がなくなってしまった」

 

 それは残酷な事実だった。シエルさんがシオンの本当の母親じゃないと言ってから僅かでも想像しなかったわけではない。それでもこんな現実を頑張り続けた彼女に言えるのだろうか?

 

「『槍王』は困りました。その頃には既に次の槍王をシオンに決めていたそうだったのですから。でもあの子に強くなる理由はなく、それほど時間も立たないうちに崩れ落ちるのは目に見えています。だからあの王は私を、私の『信言』を必要とした」

 

 その狙いは分かっている。現状を見ていれば簡単に分かる。だがそれを本当にやろうと考え、実行に移した人間がいることが信じられずにいた。

 

 人間はここまで残酷なことを出来るのかと。

 

「私の魔法は、私が魔力を込めて口にした言葉を相手に信じさせること。ただ、それだけの魔法です。ですがその効力は絶大。現在私の力のほぼ全てを常にシオンに使っているので他の人にはあまり使えませんが」

「その力で、シエルさんをシオンの死んだ母親だと思わせようとした?」

「その通りです。そしてその目論見は上手くいったのでしょう。それは今を見ればよく分かることかと」

 

 それは予想通りで、だけど聞きたくなかった真実で、人の感情を弄ぶ行為に対して怒りを抱き拳を握り締める。爪が掌に突き刺さり痛みが生じるがまるで気にならない。

 

「シオンは再び強くなり始めました。その上であの子の母親との認識とのずれを少しずつ少しずつ変えていくことを命じられ、私はそれをこなしていった。私がエルフの血を引いているというのもあの子の本当の母親、本物のシエルさんの話です。私はただの人間の奴隷ですから」

「えっ、それにしては神秘的なほど綺麗だと思ったんだけど……」

「トーマ様、今は冗談を口にしないでください。そんな空気ではないはずです」

 

 冗談のつもりはないのだが……確かに今口にすることではないのか。彼女の言う通り多少空気が読めてなかったことは事実なので素直に謝罪する。

 

「……あの子の母親への認識を変えました。本物のシエルさんはオレンジ色の髪にエルフの血の影響か少し耳が尖っていたらしいのですが、その思い出を私の魔法で塗りつぶす。ただあの子にとって一番印象に残っていた喋り方や性格の認識までは弄れず、そちらは私が真似をすることでボロを出さないようにしています」

 

 だから素顔の彼女と普段の彼女はその性格がまるで違うのか。こちらが本来の姿であり、いつも見せていたのはシオンを騙すためのもの。

 

 だけどそこで疑問に思う。どうしてそこまでしないといけないのかと。

 

 確かに現在の『槍王』は高齢だと聞く。後継者を選ぶために人を集め鍛え上げているほどに『槍王』は足掻いている。

 

 シオンの話を聞くところによるとそれでも『槍王』になるほどの人間はおらず、その大半が『槍王』の親衛隊となり特区と言われている場所に住んでいるらしい。

 

 その数は多い。確かに資質はシオンの方が高いかもしれないが、それでも彼女より強い者が大勢いるというのもまた事実で。シオンがいないのならばその親衛隊か、他の槍王候補に継がせればいいのではないかと思う。

 

 だけどそんな僕の疑問はシエルさんの次の言葉で一気に覆された。

 

「『槍王』は500年以上前から生きています」

 

 それはあまりに信じがたい事実だった。それなのに僕はその言葉を事実なのだと信じてしまいそうになる。これが恐らく彼女の魔法の効果なのだろう。

 

 そしてここから先がヤランリ王国の本当の闇なのだと直感が僕に囁いた。

 

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