王戦物語~聖剣抜いたのでヒロインみんなを笑顔にします~   作:ビスマルク

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幕間 『王』の残骸

 

 ヤランリ王国、太陽の光の当たらない王宮の奥底にソレ(・・)はいた。闇の中の僅かな光でさえ認識できる程に輝く金色の瞳には、過去にあったであろう温かさはなく、ただのシステムのように佇む。

 

 長く無造作に伸ばされた髪は長年何の手入れもされていないのにもかかわらず金色に輝き、その光は一切が陰らずに存在し続けている。皴一つない肉体も、少女と言えるほどの幼さすら感じる容姿は可憐と言えるだろう。近くに置かれた槍よりも低い身長も合わさり玉座に座るには不釣り合いと言ってもいいかもしれない。

 

 ただ一つだけ。開かれた両の目だけは老成しており、生きてきた年月がどれほどのものか想像さえできないほどの闇を感じさせた。

 

 その眼下には親衛隊と、次期槍王候補と呼ばれている少女たちがいた。その場にいる者は全てが女性であり、それはこの国において女王こそが絶対でありその代わりがいないという考えから。上に行けば行くほど強くなる女尊男卑を蔓延らせる要因の一つだった。

 

「そ、槍王陛下。も、もうしばらくお待ちください。そ、そうすれば必ずソードリアにシオンを返還させることが出来るでし」

 

 目にも止まらない速度、そういうのは安いかもしれないが実際に見てみればこれ以上に恐ろしい光景はないだろう。この場にいる全員は今と昔の違いこそあれ度槍王の座を争うほどの猛者達のみ。その全員が今の今まで口を開いていた外交官の首を跳ねた槍の軌跡すら見ることが出来なかった。

 

 椅子に深く座り、首から上が突き刺さった槍を手元に置いて、肘掛けに肘をつき手を顎を乗せている女傑――――『槍王』アリア・ゼロは静かに口を開き言葉を発する。

 

「遅い」

 

 その一言だけでその場にいる全員の身体が震える。鍛え上げられたその自信も勝ち抜いてきたという自負も何もかも吹き飛ばす圧倒的なまでの実力差。

 

 ただ一言を発しただけ。それだけで空気が一段と重くなり、空気が肌にへばりつくような錯覚を覚えるほどに居心地が悪くなる。

 

 アリア・ゼロは眼下にいる配下に目も向けずに虚空に話し掛ける。かつていた誰かに向けているのか、それとも誰にも聞かせる気のない言葉が聞こえてしまっただけなのか。それは誰にも分からず、かと言って目の前にいる王に聞き返すほどの命知らずもいなかった。

 

「我のこの肉体はもう既に限界が近づいてきている。この国を守る為の力が衰え、槍の冴えも既に目も当てられないほどの脆弱さとなっている。それなのにも拘らずなぜ我の次の身体はこの場にない?」

 

 誰も認識していないのに、誰かに語り掛けるその言葉に怒りはない。あるのはただただ純粋なまでの疑問のみ。それは『槍王』としてあり続け、そして歪んでしまったが故の人間性の欠如。

 

 自分の肉体を捧げるのを嫌がるという人として当たり前の事実を『槍王』の残骸になった彼女は理解できていない。

 

 国という体裁を守る為に存在し続けて、肉体を入れ替えるごとに始めはあった罪悪感も消え失せて残ったのは『槍王』というシステムのみ。ただただそこに象徴として存在し続ける狂気の塊。何をしたいかも、何をすべきかも忘れ去りただ存在する事を、生きることだけのみに執着した末路の果てがそれだった。

 

 それでもこの場の誰も『槍王』を止めることは出来ない。視認することも出来ない槍の動き、間合い外の対象をその場から動かずに殺す技量。そしてそれを行っておりながら何の感情も持たないその在り方に決して勝つことは出来ないと理解しているから。

 

 己が一番かわいいという人間らしい感情からも、純粋な勝機という観点からもこの王を止めることは決して出来ないという客観的な事実を長年突き付け続けられた者達に抗う気力などあるはずもない。

 

「ジュリア・デュース。次の『王戦』は貴様が行け」

「了解しました、王よ」

 

 ジュリアと呼ばれたその場にいる人物の中で最も背の低い少女が槍王の言葉に返事を返す。シオンと言う最有力候補を打倒した『剣王』と戦う事が無茶というのは分かりつつ、それでも目の前の化け物と戦うことの方が嫌だという気持ちが強かった。

 

 何が琴線に触れて殺されるかもわからないという極限状態に常に晒されるストレスはいかほどのものか余人には想像すら出来ないだろう。それでも現状で勝ち目が薄いことは彼女も理解している。

 

「王、申し訳ございませんが一人では勝てぬかもしれません。故に他の候補を加えて団体戦を申し込みたいと思います」

「よい、好きに使え。何としてもシオン・エースの心をへし折るのだ。それが出来れば連れて帰ってこれぬともよい。あとは貴様に任せる」

「分かりました」

 

 それっきり『槍王』は目を閉じ言葉を発さなくなった。いう事はもうないという意味だとこの場の全員が理解し玉座の間を静かに、それでいて急いで去る。一刻も早くこの場から出ていきたいとばかりにその足は決して止まらなかった。

 

「……………………」

 

 ただ一人残された玉座の闇の中でアリア・ゼロは静かに目を薄く開ける。金色の瞳は何も映さずかつて見た光を目の前に思い出す。決して忘れられない『不変』の思い出。彼女がまだ未熟だったころの時代を、確かにあったはずの光景を静かに、宝物でも触れるかのようにおずおずと手を伸ばして。

 

「剣王……早く、会いたいよ。何を犠牲にしても、何を差し出してでも、もう一度だけでいいから……会いたいよ、トーマ」

 

 名前だけでも美しいと言わんばかりに、それまでとは違う感情の籠った声を出して、それっきり彼女の玉座には何の光も音も出なくなった。

 

 

 

 

 

 

 

「あーもう最悪っ!!!!なんで私があんな奴のことを取り戻しに行かなきゃならないのよ!!!!」

「仕方あるまい。そうしなければ次に『槍王』にされるのは我々かもしれんのだから」

「それもムカつくわよ!!!最有力候補になればどうなるかなんて想像も出来ない馬鹿を迎えに行くのも嫌だけどそれ以上にあんな気持ち悪いのに乗っ取られるなんて御免だわ!!!」

「それに関しては同感だ。『槍王』になるくらいなら死んだ方がマシという意見もあるくらいにはな」

 

 『槍王』に命じられた当人であるジュリア・デュースは荒れに荒れてその短く切り揃えた茶色の髪を振り回しながら王宮の柱を思いきり蹴り飛ばし、その石柱に罅を入れながらそんなことは目にも入らないとばかりに叫ぶ。

 

 エース(一番)ではなくデュース(二番)を狙い、その狙い通りその座を勝ち取った彼女は優秀であり、真正面からの戦闘で本気で戦おうと思えばシオンにも勝てると自負し、内心シオンを見下し愚かだと笑っていた彼女だったがその実力が高いことは認めていた。

 

 シオンに勝つことは出来るだろう、だがシオンに実際勝利した『剣王』トーマと真正面から戦って必ず勝てるなどと思い上がれるほど彼女は己惚れていなかった。むしろ戦ったら高確率で敗北すると確信しているほどにその戦術眼は優れている。

 

「協力してもらうわよレイラ。シオンの心が折れず、私が死んだら次はトレイのアンタなんだから」

「分かっている。ここで断るほど愚かではない。あの『槍王』が何かの気まぐれで私を奪おうとする可能性も否定しきれない。一番確実なのはシオンを生贄にすることだったんだが」

「あんのクソ女狐がぁ……!!あの添え物奴隷のクソ女狐が絶対に仕組んだんだわ。シオンが国外に出るように口八丁手八丁で誘導して……!!」

「アレは間違いなくシオンに入れ込んでいたからな。『槍王』になるという事がそういうことだと分かれば躊躇いもなく賭けに出るだろう。その結果見事賭けに勝ち、この国から出ていけた」

「何が賭けよ!!!あーもうふざけんな!!!大人しく生贄にでもなってればいいものを!!!!あの奴隷女狐はシオンを縛る鎖だったのに、その鎖がアイツを逃がしてどーすんのよ!!!!」

 

 普段から苛烈な性格をしているジュリアだったが、それでもここまで余裕のない態度は非常に珍しかった。身の丈以上の槍を自由に操り、魔法を組み合わせることで圧倒的破壊力を実現させることも出来る彼女がその魔法の制御も忘れて王宮を歩きながら破壊していく。

 

 だがそれも仕方のないことなのだろう。シオンがいない今、次に『槍王』にされるのはデュースである自分なのだから。自分の生存を賭けて、文字通り死に物狂いで戦わなければならない。

 

「私はあんなのになりたくない……!!せっかく実質この国のトップに立てる所だったのに、こんな所で蹴躓くなんて絶対にごめんよ……!!」

「場合によってはライラも使わなければならんな。我々二人だけで戦った場合『剣王』とシオンの二人があちらからは出てくるだろう。目的を達成出来ないわけではないが不確定要素が出てくる可能性があるのは否定しきれない」

「ライラも使って三対三の状況に持ち込むわけね。確かにアイツの魔法は団体戦に向いてるし……やらせるか。戦いたくないとか言い出したらぶっ潰す」

「良くも悪くも奴にそこまでの自意識などないだろうよ」

 

 他者を見下しつつ、それでもこの国の頂点に近い二人はともに歩き続けながら計画を建てていく。全ては自らの幸福を迎えるため、不幸を押し付ける為。

 

 どこまでも人間らしい感情のままに生贄を求めて血塗られた道を歩いていく。

 

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