王戦物語~聖剣抜いたのでヒロインみんなを笑顔にします~   作:ビスマルク

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愛の熱

 

 シオン・エース、ジュリア・デュース。この二人の関係を一言で表すのであればそれは「鏡合わせの正反対」という言葉が正しいだろう。それは容姿も性格も境遇も含めた上でだ。

 

 シオンの生まれは貧民街、スラムだったがジュリアの生まれはヤランリ王国の富裕層だった。上層部と上手く繋がり甘い蜜をすすりながら他者を虐げてきた家の生まれ。

 

 それ自体が悪いことではあるかもしれないが、そんなのはどこの世界でも同じだろう。能力があるから、運が良かったから、能力のない運の悪い相手を餌にして肥え太る。ジュリアにとって生まれながらにそうだったが故にそれが当然として認識していた。だがその歪さも同時に理解する知能を彼女は幸か不幸か持っていた。

 

「ああ、馬鹿ばかり」

 

 彼女は常にそう言っていた。こんな生活をしていれば必ず恨まれ、どこかで破綻しこの家は沈むだろう。そんなものに巻き込まれるのはごめんだった。

 

 だから行動をした。ヤランリ王国で伝統的だった槍を持ち、自身を鍛えた。何かが起きた時必須になるのは武力だと分かっていたから。この生活がいつまで続くかも分からないのだから。早く早く早く、とにかく間に合えと努力を重ねていった。強者と弱者がいつ入れ替わるか分からない状況など怖くて怖くて仕方ないとばかりに。

 

 結論から言って彼女は間に合わなかった。生まれ育ちの運はよかったが、その後の没落速度に彼女の努力は追いつけなかったのだ。

 

 家は燃やされた。雇っていた使用人達は逃げ出した。両親は殺された。そしてジュリアは蹂躙された。今まで餌にされてきた者達にその尊厳を踏みにじられていく。

 

 口々に叫ばれる怨嗟の声。それに晒されながら彼女は折れかける心をその高いプライドで耐え続ける。折れてたまるかと歯を食いしばりながら、いつかこいつらを殺すと決意しながら。

 

 そんな非日常が日常に変わりかけていたとある日、その場にいたジュリアを「飼っていた」人間全員が殺されて彼女は助けられた。『槍王』の使いだと名乗る騎士に助けられた彼女は、しかし復讐相手が消えたことに愕然としていた。

 

 生きるのには目的が必要だった。彼女にとっての目的は自身を蹂躙した者達をその手で殺すことだけ。だがそれは永遠に不可能になったのだ。

 

 シオンは生きる目的を持っている。母を守るという目的を。

 

 ジュリアは生きる目的を失っている。復讐相手を殺すという目的を。

 

 どこまでも正反対で、どこまでも相容れなくて、何度も何度もぶつかり殺したいほど腹が立ちながら、その姿に少しだけ憧れたという事実をジュリアは決して認めない。

 

 生きる目的を失った少女は、ただ二度と蹂躙される側にならない事だけを願いながら力をつけてシオン・エースと対峙する。全ては自分の為に、彼女を生贄にすることだけを考えて。

 

 弱者は蹂躙されるものという理念を掲げて両手に双槍を振るい続ける。

 

 

 

 

「死ぃねぇ!!!」

「この程度では死ねん!!!」

 

 火花が散る。藍色の髪と茶色の髪がたちどころに立っている場所を交換するかのようにコロコロと入れ替わる。攻守もまた同じように変わりながら戦いは続く。

 

 『陽炎』による幻はあくまでサポートにしかならないとジュリアは理解していた。魔道具である槍によってその幻を自由に動かせるが、それに物理的な破壊力はない。ただの囮にしかならない以上ジュリアは自身の手でシオンを倒さなければならない。攻め続けなければ、主導権を握り続けなければどこかで逆転されるという事を彼女は理解していた。

 

 一方『毒槍』を扱うシオンもまた攻めあぐねていた。トーマという例外を除けば彼女の毒はかすり傷でも体内に染み渡り五感を奪うことが可能だ。だが当然常時発動とはいかず魔力を消耗し続ける。長期戦になれば毒による勝利は消えてそこに残るのは傷を負ったシオンと無傷のジュリアという事になりかねない。同じように『毒煙』を広範囲に広げるのもなしだ。ジュリアの速度は速くその予兆が見えればすぐにでもその場から下がり、結果としては魔力を大量に消費したシオンだけが残ることになる。

 

「くっ!!」

 

 後ろから迫る双槍に対処すべく槍を振るう、幻だった為すり抜けた。体勢を崩した瞬間に死角から双槍が迫る。体勢を崩した状態をさらに崩すように転がってそれを避ける。地面に双槍が突き刺さりそれが実体のある本物だと理解して一気に駆けだす。『陽炎』によって作られた幻が行く手を阻むように目の前に出現するがそれを無視して突っ込む。

 

「チィ!!」

 

 だが一瞬だけ視界がふさがれた瞬間を見逃さずにジュリアは再び自身と重なるように幻を生み出す。どちらが本物か判別できなくなったシオンは舌打ちしながら勘に従い一人だけを狙い最速の突きを放つ。今度はジュリアが舌打ちしながらその槍を双槍で防ぐ。

 

「このっ、馬鹿猪が……!!勘も野生動物並なの!?」

「私程度で獣ならばトーマ殿は一体どうなるのだろうな!!!」

「ッ……!!そんなの、ただのケダモノで十分でしょ!!!」

 

 身体能力ならばシオンの方が上。じりじりと押し込まれて近づいてくる『毒槍』に冷や汗を流しながらジュリアは必死に考える。目の前の女の心をへし折る方法を。

 

 それさえ達成できればいい。そうなれば勝敗さえどうでもいい。どうせ目の前の女が絶望に染まればその身体は『槍王』の物になるのだから。この女のいつまでも灯っている目の光りもまたあのバケモノに乗っ取られて消える。

 

 それが少しだけ嫌だと考えている自分に気付かず彼女は自身にとって最善と思える方法を取った。

 

「ど、っけぇえええええええええ!!!!!!!」

「なっ!?自分から!?」

 

 押し込まれてくる『毒槍』に自ら顔を突き出すように力を込めて押し返す。そのまま突っ込めばジュリアの頭をシオンの槍は貫くだろう。共に切磋琢磨した者にそれが出来る程シオンの心は強くも弱くもなかった。だからその穂先を少しだけずらし、ジュリアは賭けに勝ったと笑みを浮かべる。

 

 頬に『毒槍』を掠めながらも押し返した勢いのまま双槍を振るう。避けきれずに二つの傷を負うが、どう考えてもシオンよりジュリアの被害の方が大きい。

 

「はっはっ……はっはっ……!!」

 

 口を開き必死に呼吸しながら、徐々に身体を毒が蝕んでいく事実を受け入れながらまともに動けるのはほんの少しだけという現実に向き合う。その上で後はこちらの目的を果たすだけとも。

 

「『王槍抜錨』……!!!」

 

 双槍のうち、一本が闇に染まるように黒くなっていく。その一本の槍を中心に闇が染み渡るように地面にも広がり全てが黒に染まる。

 

 当然その闇はシオンの立っている場所にまで侵食し、本能がそれを危険だと警鐘を鳴らす。このままこの闇に踏み込めば間違いなくまずいことが起きることを。すぐにその場から離れようとする。なりふり構わずジュリアに背中を見せてでも。

 

「逃がすかぁ!!!!!」

 

 噴き出した闇がシオンに絡みついていく。シオンにつけられた傷口を目指して、その体内に入り込もうと蠢き手足を拘束されて槍を振るうことも出来ずに彼女は飲み込まれていく。

 

「が、ぁ、ああ、あああア、あアアああアアああアあアアああアああアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああァ!?!?!!?!!!!?」

 

 闇が飲み込まれていく。シオンの体内に収まっていく。傷口から体内に闇が入ったことを示すようにその身体中に葉脈のような不気味な文様が広がっていく。体内から犯されていくことを表すかのようにシオンの両目から涙がこぼれ止まらずに流れ落ちる。喉が裂けるような叫びを上げながら魂が圧迫されていく。

 

 

『――――あの子供を騙し続ければ私は』

『ああ……誓おう……。貴様の願いである平穏な生活をこの『槍王』が約束してやる』

 

 

 記憶が流れ込んでくる。槍王と母と慕った女の姿が。それはトーマから聞いたことであったが、改めてみせられるその光景に自分が騙されていた事実を確認させられる。その姿が襤褸切れを纏っただけの、何も隠せていないような姿であることが分かる。何の抑揚もない平坦な声は、娘として扱う者を何も思っていないことを示している。

 

 心が折れかける。

 

 

『完全にあの娘は私を信用している。魔法にも問題はない』

 

 

 『槍王』の記憶が津波のように押し寄せる。母を騙った女が見たこともない無表情で自身を騙していることを告げる。そこには何の感情もなく、ただ仕事をこなしてるだけの「奴隷」の姿が見える。

 

 心が折れかける。

 

 

『何故あの子にそこまで執着してるのですか。候補者ならば他にもいるでしょう』

『貴様が知る必要はない。情に絆されたか?』

『そんなことは、ありません。引き続き役割を果たします』

 

 

 『槍王』に対し直訴する今のあの女とほぼ同じ姿。その目には迷いが浮かんでいるようだがそれを押し殺して自らの仕事を果たそうとしている。それ即ちシオンを騙すこと。

 

 心が折れかける。

 

 

「ガアアアアアアアアア!?!!あああああああああああががぁああがあああああああああ!!!?!あががっがががあああああいぎぃいいいいいいあ!!?!!!!!??!!アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアあぁあああああああああ!?!!!!?!!!?!??!?!?!?」

 

 塗り替わる、塗りつぶされる。魂が奥底に沈んでいくのが分かる。絶望が目を覆い闇を深めていく。どこまでも自分は道化だったのだと認識させられる。全ては無駄だったのだと、最初から願いなど何一つ敵わなかったのだと。

 

 全てがどうでもよくなり――――声が聞こえた。

 

 あの女の声が、現実から聞こえる誰かの声と重なる。誰が何を言っているかすら最早認識できない。目の前は闇に染まっており何も見えない。誰が何をしているか認識することも出来ない。

 

 そのはずなのに、背中から熱さを感じる。抱きしめられているという事が分かる。なくなっていたはずの感覚が呼び覚まされる。こぼれている涙の熱さを頬が感じて、自分が今泣いているのだとシオンは認識できた。

 

「―ン!!―――オン!!シオン!!!シオンッッ!!!!!」

 

 聞こえる、あの女の声が。自分を騙し続けてきた憎むべき女の声が。

 

 憎いはずだ。母の立場を奪ったあの女が、どうしようもなく憎いはずなのに。叫ぶように呼ばれる自身の名前にどうしようもなく安堵してしまう。

 

「駄目っ!!!飲み込まれたら駄目!!!!貴女はこれから幸せになるんだから!!!!私が貴女に貰った分、ううんそれ以上の幸せを!!!これから貴女の人生が始まるんだから!!!!!その為なら私は死んでもいい!!!貴女に殺されたってかまわない!!!!だから、生きてぇ!!!!!!!!!!!」

 

 流れ込んだ記憶の中の淡々とした声とも、普段の緩い声とも違う激しい叫び。それがこの人の本来なのかと思い、彼女を何も知らないことをようやく知る。

 

「貴女に出会えて私は幸せだった!!!今までの人生で、誰にも愛されなかった私が貴女に愛される幸せを教えてもらった!!!それは本物のシエルの愛を奪ったのと同じだけど、恥知らずな私はそれを受け入れてしまった!!!その罪は変わらない、だから貴女に殺されてもいい!!!奴隷に戻ったってかまわない!!!!何をされたって後悔なんてするはずもない!!!!!」

 

 何年もシオンと過ごしてシエルは変わった。愛を知らなかった彼女は愛を与えられ、愛を与えることを知った。だけどその愛は偽物の自分が彼女に与えていいものじゃないと思った。

 

 それでも「母さん」と呼んでくれる少女に愛を向けて、愛を注いで、愛で満たしてあげたかった。自分の貰った幸福の万分の一でも彼女に返したかった。幸せになってほしかった。例えその未来に自分がいなくてもいいのだと、その為ならば恥も外聞も何もかも捨てて『剣王』に縋りつくほどに。

 

 自分の魔法である『信言』を全開にして、魔力どころか生命力を捧げてもいいとばかりにシオンを繋ぎとめようと必死に彼女は叫ぶ。

 

(ああ、あああ……―――かあ、さん)

 

 『槍王』の記憶のようにシエルの記憶が抱きつかれた背中から流れ込んでくる。その感情と共にシオンの身体を満たしていく。身体中をその熱が覆っていく。

 

 共に過ごした時間を思い出す。闇に覆われていた感情が蘇る。例えその関係が偽物から始まったものだったとしてもその全てが嘘だったわけではないのだと。

 

 シオンは母の代わりになってくれた彼女を愛している。だって時折本物の母の姿を思い出すことがあったのだから。その違和感をずっと持っていて、それでもシオンはシエルを愛していた。何かが違うのだと思っていても彼女から与えられた愛を信じていた。あの時間がとても心地よかったことを覚えている。

 

 熱に浮かされていた時、看病されていた時。彼女が静かに泣いているのを見たことを思い出した。いることを信じてもいない神に祈っていたことを覚えている。それだけで愛の証明には十分だ。

 

「なんでっ!?なんで『王槍』の闇が、はじき出されて!?」

 

 ジュリアの叫びから自分が闇に抵抗出来ていることを認識した。飲み込まれかけていた意識が現実に戻ってくる。絶望する必要がどこにあるのかと証明するかの如く叫びながら闇を押し返した。

 

『あの人はずっと苦しんでたよ。悩んでて、本当のことをいつ言おうかと迷って、それでも君が耐えられなかったら『槍王』に乗っ取られるかもしれないって思って何も言えなかった』

 

 トーマの言葉を思い出す。その直感が教えてくれた事実を思い出す。

 

『自分がどうなってもいいと言ってた。君に永遠に呪われて憎まれようとかまわないって。大好きな人に憎まれてもいいなんてどんな覚悟なのか僕には分らない』

 

 その言葉の全てが二人を心底から心配していることが分かる。

 

『どんな結末を迎えようと、それは衝動的に決めることじゃないと思う。事前に考えて、どうしたいかを決めるべきだと思う。それがどれだけ難しいのか分からないし、相談に乗ることも多分できない。自分自身で決めなきゃいけない事だから』

 

 自分の手の届かない心の話。何も出来ないことに歯噛みしながら、それでも最良の未来を願っていたあの姿を見て。

 

『シオンがどんな結論を出すかは分からない。だけど一つだけ、確かなことを言わせてほしい』

 

 本当に背負わなくていいものを背負わせてしまったのだと、懺悔と感謝の念が溢れてくる。

 

『シエルさんは君を愛してるよ。本物も、偽物も』

「ああ、それは絶対だと、今なら信じられる」

 

 闇が祓われる。手に持った槍を振るい、背中に抱き着いて涙を流している二人目の母(・・・・・)の姿を確認して心からの笑みを浮かべることが出来た。

 

 自分は愛されているという確信をもって、熱の戻った身体に力を入れてこれまで以上の戦意に満ち溢れて敵を見据える。

 

「大丈夫だ、母さん。私はもう大丈夫だ。母さんの愛があると知れたから、私の心はもう折れない」

 

 偽物の関係も、本物の愛があれば受け入れられる。そう確信して彼女は、シオン・エースは母を守る為に槍を構えた。

 

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