王戦物語~聖剣抜いたのでヒロインみんなを笑顔にします~ 作:ビスマルク
アタシの幼馴染は昔から変わっている。端的に言うと馬鹿なのだが、頭自体は悪くないのに行動がおかしいので評価の言葉を間違えているのかもしれないが。
それでもそれ以外の表現が見つからないのでやはり馬鹿という事でいいのだろう。
出会いなんてそんな大層なものはない。物心ついたころには一緒にいた気がするし、それがいつごろからなのかも覚えていない。
覚えていることと言ったら昔から他人の幸せそうな顔を見るのが大好きだったという事くらい。笑顔が好きだと言って泣いてる誰かの傍によくいたことを思い出す。
「なんでトーマ君は、そんなことしてるの?」
幼い頃のアタシはそんなことを聞いた気がする。それは単純な興味だったのか、それともアタシを放っておいてそんなことをしている幼馴染への子供染みた怒りからだったのか。
「だって、悲しい顔を見てると僕も悲しいもん。どうせ見るなら笑った顔の方がずっといいよ」
アイツは子供らしくない苦笑いをしながら、子供らしい舌足らずさでそう言った。
そんな風に言われてまるで幼馴染が大人みたいに見えて、自分が子供なのだと言われているようでしばらく拗ねた記憶とセットなのでアタシにとっては苦い思い出だった。
アタシは昔から腕っぷしが強く、身体も年齢も自分より大きい相手にも嚙みついていた為友人と言えるのはトーマくらいだった為寂しかったのも覚えている。アイツには絶対に言わないけど。
アタシの世界は両親と、アイツとおばさんおじさんで完結していた。村人は少なくなかったが、人と接することが苦手だったアタシにとってその人達がいればどうでもよかったのだ。
「お前のご両親が死んだ」
だから、そんなことを言われても嘘だとしか思えなかった。
いつも通り二人は自分の畑に行き、帰ってくるものだと思っていたから。
食い詰めた他の村の奴が山賊になり、襲撃してきた結果殺されたなんて信じたくなかったし信じられなかった。
それからしばらくのことはほとんど何も覚えていない。両親の残した家の中で引きこもって何日もぼーっとしていたのは間違いないが。
アタシは村の連中にとって力が強く、それでいて我も強かったので扱いにくいことこの上なかったのだろう。村に存在している孤児院に、という話も聞いたが断固拒否したことだけは非常に印象に残っている。
家から無理矢理引っ張り出そうとした大人をぶん殴って拒否したとも聞いた。その荒れ具合にアタシを家から離そうとする奴もいなくなり、もう放置して勝手にすればいいという考えが主流になったと後から聞いた。
「ヒーカーリーちゃーん!!遊びましょー!!!」
それでもアイツはいつも家の外から声を掛けてきた。もちろんそんなものは無視していたし、耳を塞いで聞こえないようにしていた。
トーマと接していると仲のよかった両親のことを思い出して辛かったから。アタシの狭い世界を構成する人達がいなくなったという事実を認識して苦しくなるから。
「うるさい!!トーマなんて嫌い!!嫌いだからあっち行け!!!!」
その能天気な声が許せず、散々怒鳴っていた。子供らしい罵詈雑言を延々と言い続けた。
心配してくれたであろう、元気になってほしかったのだろう、アイツをずっと嫌いだと言い続けた。
それはどれだけアイツの心を傷つけたのか分からなくて。それでもアイツは毎日のようにアタシの家に来ては遊びに誘って来た。
「今日は星が綺麗だよ!!」
「今日はねー、なんと虹が見えたんだ!!」
「アララさんとこのワンちゃんが夫婦になっててさ。そのワンちゃん達って昔は仲悪くていつも喧嘩してたのに何かきっかけがあったのかいつの間にか仲良くなって子供まで作ったんだって!!今じゃいつも一緒にいるおしどり夫婦ってやつだね!!!!」
そんなことを引きこもったアタシに延々と語って、それら全部を無視しているのに家の外からアタシに聞こえるくらい大きな声で、能天気そうな声でずっと言って。
アタシはそんな幼馴染が嫌いになっていた。アタシがこんなに苦しいのになんでアイツは毎日毎日能天気に、楽しそうなんだと見当違いな怒りを抱くくらいに。
アイツの父親が、アタシの両親が殺された時に一緒に殺されていたことを知ったのは偶然だった。
偶然、本当にたまたまその日は家から出ていた。食料がなくなったから探していたのかもしれなかったがよく覚えていない。
覚えているのは村人の会話だけ。
「あの子もお父さんを亡くしたのに、いつまでもあんなことを……」
「いつも笑っているらしいわよ。泣く様子もないんですって。ちょっと気味が悪いわよねぇ」
「引き籠ってる子の所に毎日毎日通い詰めて、お母さんの手伝いまでしてる子にそれはないわよ。目だって赤いし、どこかで泣いてるのかも……」
その会話が耳に入った瞬間、アタシは走り出した。
トーマを探して村中探した。何を言うべきかなんてわからなかったけど何かを言わなければならない気がして。
だから、走って探して疲れて、それでも休むことなくただ探し回ってようやく見つけたのは二人でよく遊び場にしていた森の近くの丘で。
「ひぐっ、うぐぅ……おとうさぁん……なんでいなくなっちゃったんだよぉ……」
その丘で、トーマは泣いてた。一人でずっとこうしてたんだろう。
足元の地面にはまるで雨が降った後のように涙で染みが出来ていた。
アタシは知らなかった、知ろうともしなかった。こうして一人でずっと泣いていた奴がどんな気持ちで毎日のようにアタシを元気づけようとしていたのかを。
一度でもその顔を見ていたなら、いつも父親に撫でてもらっていたという黒髪の荒れ具合から何があったか想像できていたはず。
一度でもその誘いに答えていたなら、アタシと違うその黒い瞳が涙を流し続けたことで真っ赤になっていたことに気付いていたはず。
おばさんもきっと忙しいのだろう。大黒柱がいなくなった酒場を一人で切り盛りする準備をしてトーマに構う余裕がなくなっていてもおかしくはない。
だから、最初に気付くべきはアタシだったんだ。アタシがこいつの無茶に気付くべきだった。
でも自分のことしか考えていなかったアタシはこうして実際に見るまでそんなことにすら気付かなくて、きっと辛かっただろうにそれを押し殺していたことも知らなくて。
「なに、してるの」
謝ろうと思った。「ごめん」と一言言おうと思っていた。慰めようと思っていたのに、そんな考えとは裏腹に口から出たのはそんな言葉で。
声を出したことでこちらにやっと気づいたのかこっちを驚きながら振り返ったアイツの目は予想通り真っ赤だった。
「なんで!!お父さんが死んだって言わなかったの!!!なんでそんなに泣いてるのに毎日アタシの所に来たの!!!なんでいつも馬鹿みたいにへらへらしたことばっかり言ってたの!!!!」
しばらく会話をしていなかった弊害か、堰を切ったようにそんな言葉が口からまくしたてられる。
そんなことを言いたいわけじゃないのに、思ったことがそのまま口から出ていく。
それがどれだけ彼の心を傷つけるのかも想像しないで、想像できないで、ただただ彼の行いを並び立てて怒声をぶつけていく。
どれだけそんなことをしていただろう、気付けば呼吸は荒く息切れをしていた。今日はまだ流していなかった涙を、いつもとは違う理由で流しながら。
その涙の理由を、アタシ自身分からないまま流し続けて。
「だって、ヒカリちゃんまで、いなくなっちゃいそうだから」
「はぁ……はぁ……。……なに、言って……」
「嫌だよ、いなくなっちゃ。僕、ヒカリちゃんの笑ってるところ大好きだもん。ヒカリちゃんが笑ってると、すごく嬉しいんだよ」
「だから」、その言葉の先は続かなくて。それでも言いたいことを言えてスッキリしたのか彼はクシャっと笑って。
「ヒカリちゃんも泣いてる……。僕達、一緒だね」
「っ……!!」
「でも、ヒカリちゃんが泣いてるなら、僕が笑って笑わせに行くよ。だって、ヒカリちゃんは笑ってる方がずっとかわいいもん」
「な、んで……そこまで!!」
「ヒカリちゃんが笑ってると、僕も嬉しいんだ。泣いてると、僕も悲しい。一緒にいるなら、一緒なら、ずっと笑っていてほしいもん」
その言葉に、両の瞳から流れ出ていた涙が熱いことを認識した。これまで流していた涙は冷たかったのに、この暖かさはきっと彼の優しさに触れたからなのだろう。
誰も分かってくれないと思っていた悲しみを分かってくれた。それは救いだった。
誰も傍にいてくれないと泣いて諦めていた。彼はずっとすぐそばにいてくれた。
自分が苦しい時に、誰かを想って涙を我慢してずっと笑っているのがどれだけ強いことなのかこの時初めて知った。
きっとトーマがいなければ、私は本当に一人になったんだと思って全部捨てて一人で生きていくととっくに決めて両親の思い出から逃げるようにあの家から出ていっていただろう。
どこかで死んでいるか生きててもこんな風に涙の温かさを思い出すこともなかった。
「……アタシが、アタシが笑っていたら、トーマは笑ってくれるの……?」
「ヒカリちゃんが笑ってなくても、僕は笑うよ。ヒカリちゃんが笑ってくれるように。僕は笑わせられるかわかんないけど、笑われるくらいならできると思うから」
違う、トーマが笑われることなんて許せない。
だって彼は馬鹿だけど、こんなにも優しくて、色々と考えて、それを一人で実行して。
実際それを見た村人からおかしな子だと言われててもそれをやめなくて、幼馴染一人の為にそこまでやっていつも反応もないのに諦めないで。
「トーマは、ばかだね」
それが悔しくて、アタシの為に頑張った結果がそんなのなんて許せなくて。
だから笑った。自嘲を含んだ笑顔だったけれど、涙を流しながらも目の前の彼に笑いかけて。
それを見たトーマはきょとんとした顔で涙を止めて、先ほど言った通りアタシの不格好な笑顔を見てその顔を大きく破顔させた。
アタシの幼馴染は馬鹿だ。それはずっと変わらない。
今も昔も言ってることの半分は理解できないし、なにに興奮して喜んでいるのかなんて三割も理解できない。
それでもアタシはアイツの傍にいる。
アタシの笑顔が好きだと言ったアイツの笑った顔が、アタシは好きなのだ。