王戦物語~聖剣抜いたのでヒロインみんなを笑顔にします~ 作:ビスマルク
プロローグ 聖女様は見た
ソードリア国王、『剣王』トーマは現在王都から離れた地で療養していた。つい先日あった前回の『王戦』で脇腹を抉られるという大怪我を始めとして身体中がズタボロになった為王都に戻ることも出来ずにここで回復を待つことになったのだ。
とはいえ傷自体はもう癒えている。『聖女』アリシアの献身的な治療の甲斐もあり内臓の欠損もなく失った血も戻ってきている。トーマ自身はもう帰ってもいいんじゃないかと思っているがそれは彼に好意を持っている二人の少女が止めた。
止めた理由は緩やかにトーマと過ごしたいなどと言う私的なものではない、わけではないがそれがすべてではない。はっきり言うとトーマは働き過ぎなのである。政治のことをいつまでも分からないままではいけないと執務以外の時は勉強するし、騎士団での訓練にも必ず参加するし、誰かが連れ出さないと遊んだり休んだりすることもないワーカーホリック。
生来の真面目さ、責任感がそうさせるのだろうが傍から見ていれば心配になるレベルの激務。身体も頭も心も休まる時がないのでは?とはトーマを知っている人間全員の意見である。
だからこの機会に一度思いっきり休んでもらおうと大臣達が決めた結果がこの療養期間である。流石は『剣王』がいない時期にぶん回していた人間達ばかり、問題なく仕事は回ることを手紙で読んだトーマは休むことを決めたのだった。
そしてそのトーマと言えば……。
「ほれ、食え。あーん」
「あ、あーん」
「……は、恥ずかしがんなよ。こっちまで恥ずかしくなるだろ」
「無茶言わないでよ。子供の頃とは違うんだよ?」
この世の天国を味わっていると思えるほどに穏やかに過ごしていた。
いつも仕事で着ているメイド服を脱いだ幼馴染のヒカリに甲斐甲斐しく世話をされてこのままだと駄目になるんじゃないかと心配になる生活。ただしどちらの顔も赤くなっておりそのうち羞恥心とかでやめることになりそうな光景。
どちらかが風邪を引いたときなどは昔からこんな風に互いの世話をしていたが、今の立場になってからはめっきりそういうこともなくなっていた。体調管理も仕事の内と徹底されていた影響もあっただろう。
ヒカリはあーんしているのを恥ずかしがって赤面しているが、これはこれで幸せだと思いつつ文句もなく林檎をトーマの口に運んでいく。トーマはそれを口で受け止めるが、流石に子供時代と今とでは反応も変わるものだ。もうすぐ成人するという男が好きな相手とはいえ、いや好きな相手だからこそそういうことをされれば恥ずかしくなるくらいにはまともな感性を持っていた。
だからこそこういう昔と同じような穏やかな時間は二人にとってはかけがいのないもので……。
「…………ずるい、私もやりたいです……」
それをドアの向こうから見ていたアリシアは羨望の目でヒカリを見つめていた。
初めて出会った時からそうだったが、アリシアとヒカリの仲は良く今では親友ともいえるレベルだ。トーマのスタンスと立場のこともあり恋愛に関してもライバルというよりあの天然口説き男をどうするかで相談するくらいで。
それでもたまに普通の女の子のように好きな人と寄り添っているヒカリを見てそうなりたいと嫉妬してしまうのがアリシアだった。
「よしっ、私も私にできることをしましょう!!」
とはいえそこからなんらかの悪感情には行かないのが今の彼女だが。少し前とは違い自分に対して肯定的になれた彼女はヒカリとは違う方向性を見つけようと胸の前で手を握り気合いを入れた。
「…………でも私に出来ることってなんでしょう?治癒は違うでしょうし……」
『聖女』として様々な人を癒してきたし、トーマの傷も時間をかけて治している。それは確かにアリシアにしか出来ない事だった。だがそれは『聖女』としてのアリシアだ。彼女は今、アリシアという個人として何かをしたいと思っていた。
「……アンタ、何やってんの?」
「ふぁっ!!?」
うーんうーんとドアの前で悩んでいた彼女の後ろからそんな声が聞こえ軽く飛び跳ねるように驚き、声がした方を見てみればそこにいるのは新しく『槍王』になったとされるジュリア・デュースだった。
現在のヤランリ王国では旧『槍王』側とされる甘い蜜を啜り続けていた者達を処罰する方針が進められている。長い間そうやって生きてきたその派閥は今の不十分なヤランリ王国の法でも違法な行為を取ってきた。その為法的には何の問題もないのだがそれに対して抵抗してくる者がいるのも当たり前だろう。
だから本来であれば『槍王』を継ぐことになったジュリアがその先頭に立ち旗頭として動かなければならないのだが、身体を乗っ取られたことによる影響が残っている可能性がある為未だこの地に残らなければならなかった。
アリシアは事前にトーマが「もしもシオンが乗っ取られた場合」のことを考えてその時の対処を頼んでいた為に魂の異常も見抜けるようになっていた。ただしそれは光魔法の極限と言える『聖女』のアリシアだからこそ出来ることであって同じことがそうそう何人も出来るわけではない。
要するにジュリアにもしも何か異常が起きた場合なんとか出来るのはアリシアだけ。だからこそ未だに彼女はここにとどまっていた。
「は、はわわわわわ……!!」
「何慌ててんのよ?とりあえずどきなさい、中に用があるし」
「だ、駄目ですっ!!今は邪魔しちゃいけません!!」
「邪魔?」
その言葉に疑問を覚えたジュリアを手招きして薄く開けたドアの隙間から中にいる二人の様子を見せる。それで納得したのか彼女はなるほどと呟いたのだった。
「確かにアレは邪魔になるわね。それじゃ邪魔してくるわ」
「えっ!?なんでそうなるんですか!?」
「だってなんか嫌な気分になるし」
理由は分からないが仲睦まじいトーマとヒカリの様子を見ていると胸の奥がムカムカしてくるのでそれを解消する為に突撃しようとするジュリアを何とかアリシアは押しとどめる。
流石に治療で借りを作っている相手に強くは出れないようでジュリアは深いため息を吐きながらその手に持っているバケットを残念そうに見た。その視線に気付いたアリシアもまたそのバスケットに目がいき、それが何なのかなんとなく察した。彼女がなぜ急に不機嫌になったのかも。
「それって、トーマ君へのお土産ですか?」
「同じ新参者の『王』としての話を聞きに来たんだからそりゃ簡単なお礼くらい作るわよ。対価がなくてまともな話が効けないなんてこと避けたいしね」
(この人もしかして自分の気持ちに対してまだ気づいてないんでしょうか……?)
「何よその目、生暖かいものを見るような目をして。最近レイラまで同じような感じで見てくるんだけどなんか私の顔についてるの?」
何かを察して、微笑ましいものを見るような目を向けられてその視線から逃げるように顔を背けるジュリアは未だに自分の中の感情に折り合いを付けられていない。棚から牡丹餅、瓢箪から駒、そういう流れで『槍王』になり、その上でトーマを見ると湧いてくる気持ち悪く、それでいて暖かい何かの正体が何かわからない彼女は思わず苛立つ。そしてその気持ちを全てぶつけてきたのが手に持っているバスケットの中身だ。
「なーんで趣味のお菓子作りするだけでレイラからもライラからもそんな目で見られなきゃならないのよ」
「お菓子作り!!!」
「……急に何?耳元でいきなり大きな声出さないでほしいんだけど」
耳を抑えながらキンキンとした声の影響を抑えようとするジュリアを見ることなくアリシアの脳内が激しく回転していく。
ヒカリは料理が苦手だ。縫物も剣術も、何でも容易くできてしまう彼女だったが料理だけは適性がなかったのかまるで出来ない。味の許容値という物が広い彼女は大抵の物は毒でなければ問題なく食べれる。だからこそなのか、それとも決定的に才能がないのか彼女の作る物は基本雑だ。
材料の切り方も、煮込む時間も、味付けも全て適当で出来上がる物は味が薄いか濃いかの両極端。それを自覚している為かヒカリは料理をしようとはしない。今もトーマの為にと手元で林檎の皮を剥いているがそれさえも手間取り、果肉の多くを一緒に斬り落としてしまって出来上がった物は酷く不格好だ。
ちなみにトーマは手先が器用なので同じことをしようと思えばウサギも問題なく作れてしまう。長年その器用さを見てきたヒカリが「アタシがやらなくてもトーマがいるからいいや」と投げ出したのも彼女の料理が改善されない理由だろう。
とにかく、今のアリシアに重要なのはヒカリが絶対に出来ないことを見つけた事。一度見つけたからこそ後はもうとにかく突っ走るのが彼女の本質を表していた。恋に真っ直ぐなアリシアに回り道など存在せず、迷わず目の前の人材に教えを乞うことを決めた。
「ジュリアさん!!私にお菓子の作り方を教えてください?」
「…………なんで???」
疑問の声を残しながらも借りがあるアリシアに押し負けて調理場に連行されるジュリアは手元のバスケットの中身を考えて少し溜息をつくのだった。
「アイツら何してんだ?」
「さぁ……?」
なお、そのやり取りは最初から最後まで部屋の中にいた二人に知られていたことを彼女達はまだ知らない。
第三章開始……!!
この章は完全に平和です
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砂糖吐きそうな青春ラブコメ