本来、この物語はもっと違うテクストだったと。
かつてあった薄暗く、わかりにくく、進展の遅いストーリーと。
透き通った明るい青春の、わかりやすい、進展の早いストーリー。
……しかしそれは同一の舞台で行われていた。
BlueArchive Vol4 カルパノグの兎の開幕まで視点を戻そう。
これまでの演者が去るわけではないが。
演目を見る観劇者からみえることはない。
角度が異なれば、異なる真実が見えるものだ。しかし……
複雑な構造は透き通った光を浴びて、影を伸ばしてゆく。
光源が影の中を知ることはない。
理解することも、また。
本来対処する側の組織が起こした事件を、本来対処するべきではない組織が解決し、その後始末のため、本来対処していたはずの組織の一員、つまり不知火カヤは動いていた。
ヴァルキューレ警察学校、公安局のオフィスへと。
SRT特殊学園所属、RABBIT小隊のおこした子ウサギ公園立てこもり事件の事後処理のため、不知火カヤ防衛室長は訪れる。
そこで、ついに出会った。
「初めまして、ですね。先生」
カヤは思う。まさかこれほどかかるとは、と。
「キヴォトス連邦生徒会所属、防衛室のカヤと申します。行政委員会の中における、安全保障周りを担当している者です」
“防衛室……?”
そしてその表情、言葉、透けて見える精神状態を注意深く観察して、こうも思った。
もしやと思っていたが……
「なるほど、あまりご存知ないようですね?
リン行政官からお話など聞いたことはありませんでしたか?」
“ごめん、あんまり……”
純粋に能力をか、あるいはほかに目的があったのかはわからないが……
あくまで連邦生徒会の一部、あいつの手足として用意したのだろう、と。
「まあ、リン行政官は口数が少ないですものね」
そしてそれは七神リン行政官も同じらしかった。
最低限の情報すら知らされていないということはつまり……
知る必要がないか、知られては困るのか。
カヤは笑みを戻し、明るげにいった。
「ではご挨拶を兼ねつつ、少しだけご説明しましょうか」
そばでみている公安局長、尾刃カンナの視線、そして沈黙を感じた。
当然のものだ、受け入れる。
「キヴォトスの行政を担う連邦生徒会は、まず主な組織として行政委員会を持っています。
ここが主要な業務を担当しており、財務室、調停室などの計11個の区分けで構成されています」
……表情から察するに知らないらしい。
すこし付け足しておくことにした。
「そしてこの行政委員会とは別に存在する組織が、リン行政官の管轄である特殊な統括室。
この統括室と、11個の区分けから成る行政委員会の2つを合わせたものが連邦生徒会……そう思っていただければおおよそ問題はないかと
私は防衛室を担当しています。キヴォトスの安全を脅かす勢力から、生徒たちや市民を守る組織です」
“なるほど、説明ありがとう。大変そうな仕事だね”
その言葉を聞いて、カヤは思った。
おや……本心から言っているのか?
この時点まで、カヤは注意を切らさずにいた。
過去の職務経験は、この先生という人物が、特に演技をこなしているようにはみえないと告げている。
これまでの連邦捜査部……シャーレと称するほうが通っているが、その動きを知る限り。
この先生という人物は、現場で活動する人間、それも書類の流れを見る限り統括室が丁寧にサポートしている重役だ。
しかも学園自治区関係者とずいぶん仲がいい。
そんな人物が、行政委員会の、防衛室の重要性をわかる、とは……
複雑に思いながらも、カヤは口をふたたび開く。
「いえいえ、私はあくまで責任者的な立ち位置で、あくまで指示をするだけですから。大変なのはそこにいるカンナさんのように、実働部隊の方です」
本心からのことばだった。
連邦生徒会長失踪が認知されてから、キヴォトスの治安はいつまでも良くならない。
しかし、それはコップの膨らんだ水面のように、あふれだすことがない。
アルマゲドンは近い。近いが、決して今日明日のことではないだろう。
マクロ的視点から治安を監視する防衛室長として、これは当初の想定よりはるかに良い。
本当に、感謝している。
だからこそ、カンナ公安局長の態度は受け入れるべきなのだ。
この沈黙と視線を。
「たしかに連邦生徒会長が失踪して以来、色々と不安要素が増えていくのではと思っていたのですが……
それもシャーレが色々と担当してくださっていますから、おかげさまで、私たちの負担もさほど増えていません。
この場を借りて、あらためてお礼をさせてください」
“ううん、こちらこそ。ところでひとつ聞きたいんだけど……
SRTやヴァルキューレは、防衛室の担当?”
当然の質問だ。カヤは答える。
「そうですね。ヴァルキューレ警察学校については基本、私たち防衛室の指示で動いているのですが……
SRT特殊学園は防衛室どころか、行政委員会の管理からも離れた少々特殊な組織です」
そして、昔を思った。
「ご存知かと思いますが、ここキヴォトスの各学園自治区は基本的に、連邦生徒会の干渉をさほど受けません。そして各自治区には治安を担当する組織があります
例えばゲヘナ学園で問題を起こした生徒は連邦生徒会ではなく、ゲヘナの風紀委員会によって罰を受けますよね?」
各学区をまたにかける大規模な犯罪組織は、連邦生徒会長が現れる前、野放しにされていた。
大きな組織の末端ほど、無遠慮に動いた。
「しかしそれ以外の場所……例えばD.U.もそうですが、そういった場所での犯罪は基本的に、ヴァルキューレの管轄となります。
ですがその生徒が別の学園自治区へ逃げたり、どこかの生徒会と結託したりすると、逮捕が難しくなってしまうのです」
捕まえたところで隙間をすり抜けていく奴らの、いつものような日々を思う。
脳裏によぎるのは、悪態、そして笑み。
それはいまも残っているが……
あの頃と比べると、随分とマシだ。
カヤの表情が硬くなった。
「その場合も勿論、できる限りすぐに対応できるように動いてはきましたが……こういった後手の対応には限界がありました
そのために生まれたのが、SRT特殊学園」
そうだ。そのためにいたのだ。
FOX小隊も……
「彼女たちは連邦生徒会長によって、犯罪が発生した際にはいつどこであっても即時の対応が許されています。
そのためSRT特殊学園の選抜は非常に厳しく、エリート集団となっています。装備もキヴォトス最高レベルです」
カヤは努めて平静を装った。
細めた目と笑みを保ち、声色は穏やかに……
「その結果の一つとして、SRT特殊学園の3年生部隊――通称FOX小隊は以前、キヴォトスの長年の悩みの種だった災厄の狐、ワカモを逮捕することに成功。それ以外にも次々と順調に成果を挙げていったのです……
……連邦生徒会長が、失踪するまでは」
先月、サンクトゥムタワーにFOX小隊は潜入し、機密書類を調査した。
その際、いくつかの問題が発生し、FOXの無許可の行動作戦が発覚。
彼女たちの名声は地に落ちた。
信用を失ったFOX小隊は、いまや追われる身となってしまった。
擁護する意見は、少なくとも主流ではない。
「連邦生徒会長が失踪してしまったことにより、SRTに関する責任の所在は宙に浮いてしまいました
そうなっては非常に危険な火薬庫も同然……そんなSRT特殊学園について、責任を取ろうとする者は現れませんでした。
私たちとしても、どうにかしようとは思ったのですが……彼女たちのその最先端の装備ゆえに、投入のタイミングや扱いも難しく……
SRT特殊学園は結果として、身動きが取れなくなってしまったのです」
“それで、閉鎖することに?”
その言葉に、カヤは慌てて返した、
「もちろん、それだけが理由ではありません。
連邦生徒会長が帰ってこないと決まったわけではない、SRTは存続しておくべきだ……そういった意見も、連邦生徒会の中にはありました。
私もまた、そのような意見を持つひとりです」
少し語りすぎたことを自覚したカヤは、話をそらすことにした。
「……ですが、自分たちの存続が脅かされているのでは……と気づいたのでしょうか、FOX小隊が動きをみせたのです」
“FOX小隊……
さっき言ってた、最初にワカモを逮捕した小隊?”
「はい、そうです。
先月のことですが、FOX小隊が突如として連邦生徒会を襲撃。
SRT特殊学園の閉鎖を進めようとしていたメンバーを襲撃し、逃走しました。
結果として、サンクトゥムタワーの一部施設が全焼。連邦生徒会のメンバー数人が怪我を負い、入院となったものもいます」
そしていくつかの機密書類を持ち出すことに成功したわけだが。
しかし、どれだけのダメージを受けたのかは、思い出したくもない。
FOX小隊も、警備担当だったヴァルキューレ警備局も。名も、実もだ。
あらゆる面で大きな損害だった……
「行政官はその後、SRT特殊学園に関する話し合いを様々な方向性で広げようとしましたが……」
それは本当に様々な方向性でだった、今更過ぎたのだ。
管理されていない実行部隊がいたるところを嗅ぎまわっていたと、そう認識した後ろ暗い輩は恐慌状態に陥り、SRTを徹底的に引き剝がそうとしている。
もとよりいないものを剥がすため、自分の肌をちぎる勢いで。
「続けてRABBIT小隊もまた、連邦生徒会に銃口を向けようとしました。先日の公園での件です。
こうなればもう、連邦生徒会の他のメンバーもきっと……」
不知火カヤは笑みを戻した。
「……先生。キヴォトス各地における先生の活躍は、耳に入っております。」
ある頼み事をするために。
「RABBIT小隊はこのままですと学籍データが抹消され、どこの学園にも所属できないまま、当てもなく彷徨うことになってしまうかもしれません。
彼女たちはSRT特殊学園の過酷な入学試験を通過した、紛れもないエリートたち。
その能力が無為に捨てられてしまうのは、かなりの損失……」
彼女たちが、その能力を捨てるだけならばまだいい。
まだ汚れのない彼女たちをどう使うかは、初めに拾いあげた勢力が簡単に決めることができる。
どう使うか、どう捨てるか。それは組織の方向性によって決まることだ。
使わせないためには、手の届く範囲に置かなくてはならない。
「よろしければ、彼女たちを説得し、ヴァルキューレ警察学校に編入するように勧めていただけませんでしょうか?
そこで前向きな答えが貰えそうであれば……私の方でも学籍データを抹消しないように、急いで各位を説得することも可能かと思います」
“それは……”
「説得が難しいことは承知しています。しかし」
“説得の難易度って言うよりは……”
え?
“生徒たちが望まない進路を、強制することはできないよ。”
……なるほど。
「なるほど、それはそれは」
こいつ……取り込む気か。
「そうですね。彼女たちもそれぞれ、夢を抱いてSRT特殊学園に入ったはず……
その願いを無為に捻じ曲げるのには気が進みません。連邦生徒会長が戻ってきた時に、何と言えばいいのかも分かりませんし……
本来であれば、連邦生徒会の名誉にかけて重い処罰をという話があったのですが……」
不知火カヤは明るく言い切った。
「まあ、原則なんて知ったことではありませんね!」
「ぼ、防衛室長……?」
カンナ公安局長の視線が突き刺さる。
「あら、失礼しました。
流石に今のは忘れてください」
だが無視する。
不知火カヤ防衛室長として発言する。
細めた目、笑顔、明るい声で。
「先生、私たち行政委員会・防衛室は、シャーレに積極的に協力いたします。
ですのでどうか、あの子たちが夢を追い続けられるように。助けてあげてくれませんでしょうか?
RABBIT小隊の処分については、先生にお任せします。
シャーレに置いて見守るというのもあるでしょう、好きにさせるという手もあるでしょう……その点については、先生のご随意に。
SRT特殊学園を復活させて戻ってもらうということだけは難しいのですが……」
“私が決めちゃって大丈夫なの?”
カヤは笑った。
「はい。こう見えて私、結構行政委員会の中では信頼があるので。
他のメンバーに、借りを作ったということにしておきましょう。
エリートの未来に比べれば、これくらいは安いものです」
カヤは先生に少し歩み寄って、言った。
「では先生、彼女たちのこと……よろしくお願いしますね?」
そして思った。
動かなければ。
別々の物語が重なり合い、奇妙な像を生み出しています。
同じ位置が示されようと、光と影は交わらず。
そのずれが全く別の姿を見せます。
何も知らないRABBITを懐に収めようとする(ようにみえる)姿勢をみて。
いろいろと決意した不知火カヤ防衛室長。
FOXを付近に呼び寄せます。
なんかすごい雰囲気を感じたFOXは先生に接触します。
冷静じゃないですよ、どうみても。
あとはVol.4 CH.1を状況と重ね合わせてみればいいかも。
さて、カヤの本音が漏れた部分に気づきましたか?
かなり先生と正直に話していたカヤは、いくつかの認識を晒しています。
たとえば連邦生徒会長についてですね。
失踪からVol.4開始まで、半年以上経過していることは確かです。犯行声明すらなんにもない状況ですが、まだ信じています。
もしかして……と。
それはそれとして、現状を打破するためには、自分が動かないといけないとも思っていました。
そこが不知火カヤ(超人)のいいところでもありますね。
自分の確立した意思を貫くからこそ、哲学的超人です。
それがいいことにつながるかはさておき。
次は最終編序盤です。
わざわざ挟んだのは、さきほど語ったカヤの無意識的な部分が重要だからです。
彼女は理屈で行動を決めがちですが、それでも無意識に信じている。
連邦生徒会長は生きているし、正義のために行動しているのだと。
それだけで十分ですよ。