光を色彩が遮った。
影は消える。
光が戻り、また影も戻った。
それは同じ影といえるのか。
「カヤちゃ~ん」
「なんですか、連邦生徒会長」
「カ~ヤちゃ~ん!」
「……わかった、なんなの?」
「えへへ、あのね……」
「ぐ……う……!?」
(……なにが……いや、まて。
いつまで眠っていた!?)
不知火カヤは目を覚ました。
強い頭痛と、まるで神経がむき出しになったような、鋭敏な感覚。
そして、直前までの記憶が彼女を襲い。
跳ね起きようとして、しかし拘束帯に止められた。
視線を向けると、カヤはベッドに拘束されているらしかった。
朦朧とする意識が続き、やがて治まってきたころ。
足音が近寄ってくる。
「あまり激しく動かないほうがいい、カヤ。
お前は十数発の銃弾を急所に食らい。
さらにその後薬剤を投与され、かなりの時間、自意識を失っていた……
だから、あらかじめ言っておく。
しょうがなかったんだ」
七度ユキノの声が聞こえた。
カヤはさび付いた喉を無視して声を出す。
「ぃ……いま、どこまで、すすんだ?」
「どこまで」
ユキノの顔が見えない。
首が、動かない。
「なにも……
なにも、お前の心配することは起きていない。
カイザーは行政権などを維持することに失敗し、キヴォトスは依然連邦生徒会の手にある……
その際いろいろ問題があったが、すぐ解決した」
(なにをいっている?
カイザーは……あの状況で、失敗?
あの状況ではリン行政官が動けるわけも……)
ため息がひとつ。
「本当に、いろいろあったんだ、カヤ。
そしてそれはもう終わった。
終わったんだ」
ユキノはそして、カヤのそばへ行き。
拘束帯と、繋がっていた管や器具を外した。
「冷静さを保って、情報を確認してくれ。
……私は少し離れる」
カヤは全身のけだるさを押し殺し、体を起こす。
タブレットを受け取った。
そして、ユキノは部屋から出ていった……
シャーレ内に隠されていた文書を奪取することに成功
カイザーがサンクトゥムタワーの権限を奪取。
キヴォトス各地に未曽有の災害が発生。
サンクトゥムタワーが物理的に消失。
……
七神リン行政官の不信任決議案。
それに伴う連邦生徒会の麻痺。
災害に対処するための身動きが取れなかった。
……
問題を解決したのはシャーレの先生。
カイザーが確保していたオーパーツを使い解決。
学園自治区関係者とリン行政官ら一部高官がそれに協力。
……
連邦生徒会は災害発生地域を早急に再生することを決定。
D.U再開発にはカイザーが関わる予定。
防衛室長宛ての連絡は……
(なんだ、これは)
なにもかもが、わけがわからなくなって。
カヤは何度も、何度も読み返した。
そしてしばらくして……
ようやく理解した。
(なんで……)
なにもかもが、ただ過ぎ去ったことを。
まるで何事もなかったかのように。
(私たちがいなくとも、平和は守られた……それはいいこと)
カヤの両腕に力が入る。
(私たちがいたから、こんなことが起きた……それは悪いこと)
カヤは歯を噛みしめた。
(なんで……なんで)
そして、これまでのすべてに意味はなく。
不知火カヤの貫いてきた正義は、もう終わったのだと思った。
息を吸い、吐いて、見開かれた目を閉じようとして。
しかし閉じることはできず、ただ荒い息が続く。
(私も、カイザーも、そのまま?
追いかけられてすらいない。
そんな、そんなことが……
許されちゃいけない。
絶対に、許されるなんてことは)
だが、実際のところ、カイザーも防衛室長も、連邦生徒会から悪い意味で捜索されている形跡がないことは、資料を見る限り明白だった。
ただ、カヤ防衛室長の安否が不明だから、捜索されている。
それだけだ。
(どういう……どういうつもりで!?
私が疑われていない?カイザーまでもがそのまま?
痕跡がないから、サンクトゥムタワーが物理的に吹き飛んだから……
未曾有の大災害が発生したから……
そんな理由で……!?)
ありえないことが重なり合うように思う最中、しかし現実にそれは存在し続けていた。
不知火カヤ防衛室長の業務内容は、いつもと変わらない。
今まで通りの権限が確保されている。
まるで何事もなかったかのように。
「ぅ、うそ」
何度確認しようと、事実は変わらない。
カヤもカイザーも、災害発生前のままだ。
「……ほんとうに?」
……カヤは、しかしこらえていた。
自らのアイデンティティが崩壊してもなお。
不知火カヤ防衛室長として、だんだんと冷静さを取り戻しつつあった。
いくつもの疑問点がある。
それを自己解決するだけの思考能力がまた、戻りつつある。
(カイザーを、すぐに始末しても、放置してもいけません……
あそこは経済的にかなり根深いところまでつながっていますし。
雇用関係の労働者が、この状況で、失職しては……
そもそも復興にかかるリソースが……)
(私にかかるであろう疑惑はいくつもあります。
ヴァルキューレを装ったカイザーPMCの私兵の存在……
シャーレを捜索したFOX小隊の痕跡はまだ消せていない……
失踪の原因についても、説明責任が……)
不知火カヤの心の底で叫ぶものがある。
こんなことが許されてはいけない……
しかしカヤは、それを押し殺した。
(そうだ、シャーレ内部で発見した書類……
見ないと)
ドアを開いて、カヤはユキノを捜す。
「酷い顔だぞ……」
幸い、すぐ見つかった。
「発見した書類のことなら、ここにある」
そして見た。
カヤは知った。
連邦生徒会長の引継ぎ書類は、シャーレに隠されていたことを。
カヤ宛ての手紙を読んだ。
(……
……これは。
……これは、遅すぎますね)
その懐かしい筆跡に、思わず笑みがこぼれる。
「ふふっ」
いま手元にあるのは、連邦生徒会長不在時の業務分配内容について、連邦生徒会長自らが記した引継ぎ書類だとわかった。細かなところまでリソースを再分配したものらしい。
流し見てみる。なるほど、失踪当時に発見されていれば、おそらくこれまでの混乱と関係者の困惑は、おおよそ解決できただろう。すでに連邦生徒会長失踪から一年が経過しているというのに、その内容は素晴らしいと言わざるをえなかった。さすが連邦生徒会長だ。超人的手腕すぎて惚れ惚れする。
ところで、連邦生徒会長代行はカヤ防衛室長が行い、リン首席行政官がその業務内容の大部分を補佐?
SRT特殊学園やヴァルキューレ警察学校の権限を強化し、カイザーなど外部勢力に対抗するための態勢を整える?
(……いまさら)
「いまさらっ……!
いまさら、いまさら!
こんなものがあったって!」
カヤは書類と手紙を叩きつけるため、握りしめようとして、しかし。
両手が震え、できなかった。
(もう、SRTはありません。連邦生徒会内部の大多数がその存在意義を疑問視しているのに、どうやってまた用意すればいいんでしょうか。
ヴァルキューレ警察学校とその下部組織は名実ともにぼろぼろ。市民からの信用はないに等しい。どうやって強化した権限を納得させるんでしょうか。
リン行政官の連邦生徒会内部における信用度はかなり希薄。不信任決議案が出ています。どうやって今の業務内容と権限を、代行が維持するのでしょうか……
……私は、どんな顔で、頼めばいいの?
SRTも、ヴァルキューレも、リン行政官も、誰もを、私は……
どうすれば……
私は……これをどうすればいいの?)
そして、手紙を丁寧に畳んで、机のうえに置いた。
不知火カヤは噛みしめていた。
ある事実を。その実感を。
(
もう、帰ってこないんだ)
「私は……」
思わず声が漏れる。
それを聞いたのか、ユキノは言った。
「あらかじめ言っておく。私たちFOX小隊は、あなたに従う」
それを聞いたカヤがゆっくりとふり向くその前に、ユキノは告げた。
「その書類と手紙が何であれ、私たちは……
いや、私は、お前のことを信じる。
なにをするのであっても」
その言葉を聞いて、カヤは考えた。
今、キヴォトスは混乱している。
だんだんと、すべてが落ち着いていくだろう。
これから、どうなるのか。
どうすればいいのか。
ただひとつ、間違いのないことがあった。
(このままだと連邦生徒会は崩壊します。
カイザーの手によってか、自らの手によってか、学園自治区の手によってかはわからないですが、少なくとも。
いままでのように動かすことは、だんだんとできなくなるでしょう)
この状況は変えるほかない。
だが、変えられるのか……?
(変えなければなりません!
しかし無理です。この状況で過去と同じ動き方で、連邦生徒会を運営!?
そもそもカイザーを排除したうえでD.U.を再生するなんて、無理がありすぎます!
サンクトゥムタワーがないと、行政委員会の動ける範囲なんて……
ただでさえヴァルキューレの評判は最悪なのに、どうやって治安を維持すれば。
失職者が武装蜂起を起こしかねない状況で、治安を無視!?)
それを、官僚としての不知火カヤの思考は、否定した。
これはさすがに無理がある。
防衛室長としての経験が語る。
ここまでいってしまったものを同じように保つなど……
しかし、カヤは諦められなかった。
もし、ここでやめるとしたら。
これまでのすべても。
これからのなにもかもまで、めちゃくちゃだ。
あらゆる面で負担がかかった彼女の精神は、しかし折れることがなく……
やはり、こらえた。
ただ……
(私……
私に
いや、そんなことを考えている場合じゃない。
……そもそもあの女は超人じゃなかった。
超人みたいなだけ。
私が超人になれば、あいつにできなかったことだってできるはず。
私が、自分の確立した意思をもって……
……変なこだわりなんて捨てて、復興することに専念すれば。
きっと、前みたいに、あいつがいたころみたいに、できるはずだから)
不知火カヤは決めた。
ユキノはカヤの言葉を聞く。
「私は、SRTを閉鎖するべきじゃなかった。
もっとなにか、できたはずなのに……」
「カヤ……」
この一年間、不知火カヤと七度ユキノはともに行動してきた。
ほかのFOX小隊員よりも、小隊長として長い時間を。
しかし、こんな弱音を聞いたことは、一度もなかった。
「SRT特殊学園を復興させる。
D.U.を復興させる。
そうすれば、きっと……」
カヤはそういって、立ち上がった。
しかし、ユキノはその影に隠れたものを、見透かすことができていなかった。
(そうだ、なにもかも元通りに。
あいつがいたころみたいに。
それよりももっと……)
カイザーが連邦生徒会の高官を手に入れて、情報を絞り出さないわけがないです。
そういうわけで一週間くらい、(たぶん)昏睡してもらいました。
ユキノがカヤ呼びするくらいには心配してます。
原作でもめったにないことです。
書類の存在は、原作の描写的に手紙だけとは考えにくいことと、原作カヤの超人すぎる業務処理能力を補うため、用意しました。
どことはいいませんが、財務室長が内容に口出しできない改革案を一発で出す。
たとえ準備期間があったとしてもおかしい。
よほど連邦生徒会全体の業務を理解していなければ……
ところで連邦生徒会長失踪の真相は?
いや、それより直近の問題が深刻か……