不知火カヤ(精神的超人)   作:ふぁっしょん

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 不知火カヤが失踪から復職し、一週間が経過。
 七度ユキノは、いくつも思うことがあったが……
 それを押し殺していた。

 たとえば、カヤは精神的な不調を隠せなくなりつつある。
 部隊指揮官である不知火カヤはいつも、動揺を隠せないような苦しいときでこそ、笑顔を保っていた。そういう性癖なのではないかと小隊長たちで噂したほどだった。
 しかし書類やNEWSなどでカイザーについて見たときですら、平静を保っていられないように見えた。 

 たとえば、カヤは長期的な余裕を失いつつある。
 防衛室長としての不知火カヤはいつも、ヴァルキューレやSRTの消費リソースを最低限確保できるようにと、どこまでも尽力していた。使わないリソースをカイザーに提供することで、必要なものをなんとか用意しようとしていた。
 しかし新しい計画を見ると、代替可能な余裕を考慮せず、単純な足し引きで用意している。

 たとえば、カヤは政治的な接触に無遠慮になりつつある。
 官僚としての不知火カヤは、政治的な動きをなるべく見せないよう、ゆっくりと物事を進めていた。連邦生徒会長がいる頃は一切見せず、いなくなってもなお、一見すればわからないよう偽装していた。
 しかし連邦生徒会内部やカイザーの高官と接近し、その動きを隠そうとすらしていない。

 だが……ユキノはこれまでを知っていた。
 不知火カヤは連邦生徒会長の腹心であり。
 ヴァルキューレやSRTの正義に対して並々ならぬ想いを持つ軍人であり。
 キヴォトスの平和と安全保障を維持するため力を惜しまない官僚であり。
 そしてなにより、どんなときでも最悪を想定する指揮官だと。

 業務分配などのマネジメントについては専門分野といえる。
 これまでとの差異は確かにあるが、急激な変化が必要なタイミングではある。
 きっと、なにか考えがあってのことなのだろう、と思った。
 特にリソース管理を失敗するなんてことはありえない、とも思っていた。

 だがユキノは、カヤが今心身ともにどれほどのダメージを受けているのか、本質的な部分で理解することができていなかった。


吊された女(12)/Blue Archive Vol.4 Ch.2 page.7

 連邦生徒会会議室。

 会議開始から八時間以上が経過。

 不知火カヤは、どこかふわふわとした気持ちだった。

 

 復興するために、なにが必要なのか。

 これまで気にしていたようなことを無視して用意した災害およびSRT復興計画は、吐き気を催すほど甘い。

 あらゆるしがらみを無視して組み立てたのだ、当然だ。

 

 シャーレに隠されていた手紙と文書は、リン行政官に対する疑念を一層深めたが、D.U.が大きな被害を受け、サンクトゥムタワーが崩壊した今、連邦生徒会内部で争っている場合ではない。

 カイザーがまたなにかしでかす前に、カイザーの力を使ってD.U.を復興し、それからカイザーを排除しなければ……

 不知火カヤは、それを実行することにした。

 

 カイザーに再接触する不知火カヤがいた。

 カイザー・ジェネラルとの会談中にもかかわらず、NEWSにカイザーインダストリアルの名前が出たことが気に入らず、舌打ちとともに電源を落とす。

 だが、D.U.の復興のため、市民や生徒の生活のためには、カイザーがなければ……

 

 FOX小隊へ指示を出さない不知火カヤがいた。

 本来やっていたことをやらず、FOX小隊がRABBIT小隊に接触するというリスクを受け入れ、ただ放置する。

 だが、SRT再建のため、FOXの正義のためには、RABBIT小隊がいなければ……

 

 そして、連邦生徒会の不知火カヤがいた。

 後ろ暗い輩を脅しつけ、あるいは簡単に動く輩を操って。

 リン行政官の本当に根も葉もない悪評を流すことで、ソースもない噂で簡単にすぐ動く日和見主義の怠け者を先導し、連邦生徒会全体を統率しようとするカヤが。

 それはリン行政官にいざというとき従わない者たちを、統率し管理しようとするカヤでもある。

 

 リン行政官の派閥は強固だ、打ち崩すことはできないしやりたくもない。

 しかしカイザーと連携することを決定し、後に排除するため、今は親カイザー派閥が主導権を持ち、あとで反カイザー派閥が主導権を持つ必要があった。

 つまり今は、反カイザー派閥であるリン行政官の支持勢力を弱め、親カイザー派閥であるカヤ防衛室長が主導権を握らなければ。

 ただでさえ、役員内でカイザーに対する処罰方針はかなり分かれている。

 いざ排除するとき連邦生徒会内部で戸惑うなんて冗談じゃない……

 

 

 ハイネ体育室長とアオイ財務室長の雑談が聞こえる。

 

「ねえアオイ先輩……この会議、まだ終わんないの?

 僕らお昼も食べてないんだけど」

 

「まだよ、議題があと3つくらい残ってるでしょう。

 開始から今でちょうど8時間32分15秒……

 この程度のマラソン会議、防衛室ではいつものことでしょう?

 お昼はさっきのおにぎりで我慢して」

 

「おにぎりなんてもらってたっけ……」

 

(そうだ……いつものこと、こんな会議なんて。

 いつもまとまらない。

 いつも……

 なんでこんなに頭が回らないんだろう?)

 

 

 困惑しながら、いつものような表情を保とうとしていて……

 そのとき、小さな声が聞こえた。

「……カイザーコーポレーションの影響力を踏まえ。

 罰金の請求のみで片づけるというのも……」

 

(なにを言っている?

 お前たちはなにを言っているんだ?)

 

 不知火カヤ防衛室長の意識が少し、浮上した。

 あたりを見ると、ハイネ体育室長はモモカにスナックをねだっている……

 皆、限界が近い。

 

 

「……どうやら、これ以上議論を続けるのは難しそうですね

 主席行政官。今日はここまでにして、後日再開するのはいかがですか?

 みなさんも、少し考える時間が必要でしょうから」

 

 カヤ防衛室長として、リン行政官に発言した。

 あんなことを言うなんて、おかしいに決まってる。

 カイザーを罰金だけで片づけるだと?

 

 いや、カイザーは経済的に……

 市民や生徒の暮らしを考えると……

 だから、私が処罰調整のために……

 

 

 リン行政官が応えた。

「……わかりました。

 本日は一旦閉会としましょう。

 続きはまた、明日行います。

 みなさん、お疲れ様でした」

 その姿を見て、カヤ防衛室長は思う。

 

(……リン行政官も、疲弊している。

 声をかけなければいけませんね)

 

 

 不知火カヤ防衛室長は会議室から出て、リン行政官を追う。

 廊下に、彼女はいた。

 ため息がひとつ、聞こえた。

 

「……予想はしていましたが、思ったより難しいものですね」

 その呟きにカヤは思う。

 やはり、疲弊している。

 休憩を取るべきなのだ。

 あるいは、もっと……

 

「お疲れさまでした、首席行政官」

「ああ、防衛室長。

 そちらもお疲れさまでした」

 

 リンがふり向く。

 くまが酷い、せっかくの綺麗な肌が台無しだ。

 

「いえ、ただの雑談です。

 それにしても、先ほどは本当に大変でしたね……」

「いいえ、そんなことは」

 

 そうは言うものの、かなり疲労していることは間違いなかった。

 ずっと、未曽有の大災害が起きてから、最前線で動いているのだから、当然だ。

 そうだ、例の災害が起きてからも……

 

「……役員のみなさんには、本当に困ったものです。

 議論する場だというのに、揃いも揃って自分の言いたいことばかり……

 全員の意見を考慮しなければならない首席行政官が、どれだけ悩まれていることか、心中お察しします」

 

 リンは、疲れを隠せない表情でこう返した。

「仕方ありません。こうなったのは私の責任でもありますから。

 少しずつ、時間をかけて役員を説得するしかないでしょう」

 

 少しずつ?

 時間をかけて?

 

「……わざわざ役員の同意を求める必要があるのでしょうか?」

 

 カヤは、その言葉にどうしようもなくいやになって。

 なにもかもがいけないと思った。

 

「あなたは統括室の首席行政官ですが、連邦生徒会長の代行でもあります。

 連邦生徒会長代行の権威を使って役員に命令すれば、手間取ることなく仕事をこなせるのでは?」

 

 私という敵が、カイザーという敵が、いまもいるのに!

 誰の同意を求める必要もないのに!

 私を拘束して、カイザーを拘束して、あのうるさいだけの役員どもを拘束して、全部……

 いや、そんなことがあってはいけない。

 だからこんな迂遠な手段を使って……

 

 リンが呟いた。

「権威、ですか……

 それは毒の入った聖杯のようなものですよ、防衛室長。

 たしかに便利な切り札かもしれませんが、使えば使うほど自分の身を滅ぼします。

 自分の意見と違うからと言って、権威を掲げて他人を抑圧することはできません」

 

 カヤの耳は、最後に小さくつけられた言葉を聞き逃さなかった。

 

「それに私自身……代行業務が十全に行えているという自信もないですし」

 

(お前はなにを言っているんだ?)

 

 不知火カヤのなにかが弾けた。

 リンはこちらを見ていない。

 端末を操作して連絡を出す。

 後ろ暗いやつは今すぐ来いと。

 すぐに来い。でなければ片づける。

 

 

「はぁ……

 ……やはりあなたには、連邦生徒会長代行の資格がありません」

 

 カヤは、自らの拳銃を取り出した。

 リンの背に突きつける。

 

「……

 ……防衛室長、これはいったい?」

 

「リン、あなたのことは以前から目障りだと思っていたのです。

 能力なんて微塵もないのに、連邦生徒会長の信頼を独占して……

 連邦生徒会長代行になった後も、周囲の意見を集めて物事を進めようとするだなんて……

 そんな衆愚政治みたいなやり方では何も解決しません

 キヴォトスは、超人(連邦生徒会長)によって指揮されるべきなのです」

 

 リンはいつものようなすまし顔で言った。

「……連邦生徒会長は今も行方不明なのですよ、不知火室長。

 そして、彼女の居場所を守るのが首席行政官の役目です」

 

 カヤは、思わず笑った。

「ふふっ、本当にそうでしょうか。

 実はあの日、シャーレの地下で面白いものを発見しましてね。

 それは、隠されていた連邦生徒会長の手紙です」

 

 リンが問い返してくる。

「連邦生徒会長の……手紙……?」

 それを聞いたカヤは、気が付くと目を見開いていた。

 

「ええ。この手紙によると、連邦生徒会長が何か起こったとき、行政官ではなく防衛室長に代行業務を依頼しようとしていたようです。

 つまり、連邦生徒会長代行になるべき人物は。

 あなた(七神リン)ではなく、(不知火カヤ)である、ということ」

 

「それは、一体どういう……」

 

 カヤは一瞬戸惑った。

(リンは、中身を知らない?

 いや、だとしても……)

 

「……ところで、どうしてこんなに重要な手紙が、シャーレの地下室に隠されていたのでしょうか。

 連邦生徒会長が失踪した当時、シャーレに出入りする権限を持っていたのは七神リン、あなただけでしたね。

 そして、この手紙を隠すことで最も得をする人物も、あなたです」

 

「……それが連邦生徒会長によって書かれたものだという証拠はあるのですか。

 筆跡鑑定を要求します。

 連邦生徒会長自らが作成したのなら、サインも……」

 

「もちろん、真偽の確認は重要です。

 連邦生徒会長室に残されていた、あのメモのように」

 

 カヤは思い返す。

 ああ、連邦生徒会長執務室にあったとかいうメモ……

 そのメモとやらはいつまでたっても筆跡鑑定が通ったと聞かないが。

 ろくな文量もない、書類未満のメモが。

 いつまでたっても、真偽不明のままか。

 もう発見されてから一年以上が経過しているんだぞ……?

 

「しかし……今の連邦生徒会に、あなたの言葉を信じる人が、果たして何人残っているのでしょうね?」

 

 これまで連邦生徒会内部に対する影響力で、リン行政官は証拠があろうがなかろうが、その代行という地位を保ってきた。

 だが、もう違う。

 連邦生徒会の半数を占める日和見主義者は、もはやほとんどがリン行政官に対して消極的反対派だ。リンに忠実な輩は確かにいるが、その影響力はそれほど大きくない。

 そのなんともいえない事実に嫌になったこともあるが……

 今に限っていえば、カヤに有利に働く。

 少なくとも調査をごまかせはしない。

 

 

 カヤはそこで、廊下を通る足音が近いことを確認した。

 呼び出した後ろ暗い役員たちが、ようやく来たのだ。

 

「……まさか」

 

 やってきた役員は空気を察し、リンに後ろから近づいた。

 リンがそれに反応したのを見て、カヤは告げる。

 

「七神リン行政官、あなたを公文書毀棄および職権乱用の疑いで緊急逮捕します。

 連邦生徒会役員規定第78条に基づき、連邦生徒会長代行の職務は調査が終了するまで停止されます。

 手紙の真偽はともかく……

 当面の間、新しい連邦生徒会長代行が必要になってしまいましたね」

 

「……すべて、あなたの計画だったのですか。

 連邦生徒会長が帰ってきた暁には、全てが白日のもとに晒されますよ」

 

 あまりの見当外れな言葉に、カヤは……

 なんだかおかしくなってきて、笑いをこらえられなかった。

「ふふっ、むしろここまで事態を放置していたあなたの方が責められるのでは?」

 

 リンは、黙った。

「……」

 

 

 それをみたカヤは視線を外し、後で掃除する予定の役員に告げた。

「それでは皆さん、首席行政官を丁重にお送りしてください。

 ああ、その後、続けて監視をお願いしますね」

 

 そいつらは笑顔で言った。

「はい、防衛室長様!」

 

 カヤもまた、笑顔で見送った。

 そしてその背中が見えなくなってから、歩き出す。

 

 あらゆる作業を行う必要があった。

 特に、書類を製作する作業が。

 連邦生徒会長代行がいなくなれば、あらゆる業務が停止する……

 それを防ぐため、ただちに引き継がなければならない。

 

 それから、様々な問題に、当面の対処をしなければ。

 調査が終わるまで少なくとも一週間はかかるだろう。その間にも、代行がやるべきことはいくつもあった。

 もしリン行政官がシロであったとしても、業務を再編成することが絶対に必要だ。

 なにせ、もうサンクトゥムタワーはないのだから……

 このままでは連邦生徒会長失踪が発覚した直後のような混乱が、また発生しかねない。

 

 しかしカヤの手元には都合よく、超人(連邦生徒会長)が考えた行政改革の計画書があった。

 これを参考にすれば、いままで滞っていた業務をかなり効率化できるはずだ。

 いや、それだけにとどまらない。

 もっと、もっと効率的に、D.U.を復興するために。

 もっと、もっと、もっと……

 

 

 ただ、カヤはこの時忘れていた。

 なにもかもを知れるわけではないということを。

 自分のことでさえも。




 一週間寝たきりだったあと、リハビリもせず職務復帰し、そこから一週間ずっと前のような長時間労働を続けていたところ、限界を迎えてしまったカヤでした。

 カヤは紙面でしか知らないことですが、最終編一章で不信任決議案が通って連邦生徒会が麻痺したのは、アオイ財務室長らの視点だと、非常対策委員会を強行したタイミングでカヤと先生が行方不明になったからです。あと怪しい取引の形跡も。
(Blue Archive Vol.F Ch.1 page.9参照)
 状況証拠が揃いすぎていたため通ったのであって、リン行政官派閥の支持が減ったためではありませんでした。

 カヤ(超人)は、集団における支持をうまく理解できていません。
 知ったことが本当に事実なのか、裏付けることが当たり前だったからです。
 根も葉もない噂なら、簡単に見破れると思っています。裏付けもないのに信じるなんてありえない、という感覚があります。残念ながらそんなことはないです。

 原作であの一枚絵を見たとき、カヤがなぜ一人で銃を突きつけたのか疑問でした。
 もし計画的にリン行政官を拘束するなら、会議のあとに役員を待機させて、リンがお眼鏡に叶わないとわかったら合図を出し、すぐ複数人で取り囲めばいいからです。会話は不要でした。
 私は時間稼ぎの必要があったのだと解釈しました。もし合図を送ってもすぐ集まらないとわかっていたなら、会話の存在や役員が現れたタイミングも納得がいきます。
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