神は彼らをためして、彼らに自分たちが獣にすぎないことを悟らせられるのである。
人の子らに臨むところは獣にも臨むからである。すなわち一様に彼らに臨み、これの死ぬように、彼も死ぬのである。彼らはみな同様の息をもっている。人は獣にまさるところがない。すべてのものは空だからである。
不知火カヤ防衛室長のものとなった、連邦生徒会長代行のオフィスにて。
2人の少女がひと時の休憩を楽しんでいた。
カヤの業務がひと段落したので、FOX小隊への説明のため呼び出したのだ。
「ふふっ、午前の日課を終えて飲むブルーマウンテンの味は格別ですね」
不知火カヤは上機嫌に呟いた。
睡眠は取れなかったが、連邦生徒会長代行の引継ぎの大部分を終了したのだ。
七度ユキノは無言でちびちびとコーヒーを舐めている。
「この淡い酸味と爽やかな香りは、コーヒー豆を高温で加熱した後、均一な強度で挽いてこそ得られる風味です」
いつぶりだろうか、この風味は……
その味わいに気分が上がっていく。
「……人の扱い方も同じ。無くなることを恐れて火を加減してしまえば、酸っぱくて渋い雑味が混じってしまいます」
カヤは急遽用意した治安維持条例を思い返した。
カイザーPMCの無駄に多い人員を管理可能な程度に分散させるため、やたら多くしたものを。
あれだけあれば、あとで緩和することで、強化したヴァルキューレの権限に対する不満を抑制できるだろう。そもそもカイザーが出した粗を突ける可能性だって大いにある。
「今は変化に適応できず、あちこちから雑音が聞こえてきますが……
時間が経てばキヴォトスの市民も理解することでしょう
適度な自由と適度な規律。それらがどれほどの美味なのかを……」
(まあ、ちょっと趣味に走り過ぎた感じはありますが)
「……リン行政官の支持勢力を弱め、カイザーコーポレーションに処罰調整の見返りに支持を仰ぐ。カイザーPMCは無力化。
……おおよそ計画通りです」
ちょっと主導権を握るのが荒っぽくなってしまったが、どうせリン行政官は戻ってくる。
それまでが勝負だ。
「このまま周囲に借りを作り、早急にD.U.を復興し……」
(そしてSRTを復興……ああ、どうしよう)
カヤは困り、言いよどんだ。
シャーレが、新体制におけるSRT特殊学園のテストケースとして成立してくれれば、代行の座にいるうちに確実な見通しをたてられた。だがそんなことはなかった。
FOX小隊は疲弊している。SRTの復興はようやく現れた光だ。
それがどういう状態なのかはっきりと知らせるのは……あまりにも惨い。
しかし、そこで都合よく連絡が入った。
防衛次長からだ。
アイコンタクトでユキノは返事してきた。
通話を繋げる。
「カヤ室長……いえ、連邦生徒会長代行。
お忙しいところすみません、折り入ってご報告がありまして」
「防衛次長、どうされましたか?」
カヤはユキノを見て思う。
いまはちょっと……
「急用でないなら後にしてもらいたいのですが」
「申し訳ございません……ですが、これ以上対処を遅らせるわけにもいかず……
お忙しいのは重々承知しているのですが、リン行政官が不在のため今ご報告させていただければと……」
ユキノはただ、カップを抱えている。
カヤは、ひとまず聞くことにした。
「……仕方ないですね、何ですか?」
「今日の午前11時頃、北麓中央線で現金輸送列車が武装した強盗にハイジャックされ、行方不明になっています。
通常の業務プロセス通りなら、生徒会長代行が交通室に連絡して非常列車制御システムを稼働し、近隣自治区に協力を要請することになっているのですが……」
カヤは納得した。
「なるほど、強盗によるハイジャック事件ですか……
……列車ハイジャック事件?
どうしてそんな重要なことを今になって報告するのですか?」
(防衛室連絡マニュアル通りなら、公共交通機関で起きた重犯罪が解決不能の場合は即連絡と書いてあったはずですが……)
「し、しかし室長、今日の午前中は連絡を受け付けないと仰っていたではありませんか……
それに列車のハイジャックは、月数回は起こる日常的な事件でして……」
(そういう問題じゃないんですが……あれ?)
「……日常的?では、これまでリン行政官も仕事の合間に何度もこのような対処をしてきたということですか」
「はい、そうです」
防衛次長がそう返したのを聞いて、カヤは頭を抱えそうになった。
思わずため息が漏れる。
「はぁ……」
(なんでこんな簡単な業務そのまま放置していたんですか、リン行政官……
私なら強引にでも改善するところですよ、一人になにか起きたらなにも対処できないなんて状況は!要は権限を代行しか持っていないから問題なのであって……)
そしてこらえた。
「……わかりました。交通室には私から連絡を入れておきます。
防衛次長はヴァルキューレ警察学校の生徒たちと協力し、犯人を逃がさないよう近くの駅を封鎖した上で、容疑者の特定にあたってください」
「あの、それがですね……」
「……まだ何か?」
「今までそういったことを担当していた公安局長と公安局の生徒は命令不服従で謹慎中でして……
加えて施工された行政命令により、警備局の生徒はほとんど検問で席を外していますので、ハイジャック事件に対応できる人員が残っていません」
その言葉に、カヤはすこし硬直した。
(確かに行政規則を施工しましたが、それは告示で、市民に対する行政行為だけです。
現状においては、特別権力関係に服するようになったカイザーPMC職員に対する命令以外は出していないはずなんですが……
まさか自主的に検問を?警備局の生徒は真面目過ぎる……
正式な書面にないことは各自判断という私の方針が悪いんですかね。
……いや、次長たち防衛室職員の管理不行き届きでは?
そもそも公安局が機能不全ですか!?ストライキのことは認識していましたが、また増えたんですか……)
こらえ、防衛次長に告げる。
「非番の人でも生活安全局の生徒でも良いです。たとえば警備局の生徒を呼び戻すなどして、何とかして人員を集めるように。
そして対処できないときは何があっても報告を挙げてください!
あなたの、次長という仕事はなんだと思ってるんですか……
自分の職務を果たすことも大事ですが、職務を果たさせることこそ、補佐の最も大事な責務です。
自分の立場を忘れないでください」
「そ、早急に対処します!」
通話が切れた。
カヤは思わずため息をつく。
(防衛次長には、私が管理しきれない部下の手綱をしっかり握ってほしいところなんですが……そして対処できない場合抱え込まない!そこが玉に瑕なんですよね。
ああ、それにしてもなんでこんな単純な権限を、連邦生徒会長代行以外が行使できないまま放置しているんですか、リン行政官。
いくらなんでもですよ)
「はぁ、代行の仕事がこんなに面倒だったなんて……
交通室、少し大丈夫ですか」
通話をかけると、モモカが出てきた。
「カヤ室長?こんな時間にどうしたの?」
「室長ではありません、連邦生徒会長代行です」
「どっちも大して変わらないよ。で、どうしたの?
もうすぐランチの配達が来るから、手短にして欲しいんだけど」
「……今はランチの話をしている場合ではありません。
先ほど防衛次長から連絡を受けました。
北麓中央線で現金輸送列車1台がハイジャックされ、行方不明だそうです。
直ちに非常列車制御システムを稼働し、近隣自治区に協力要請を出してください」
「うーん……
めんどくさいなぁ」
「は、はい?今なんと……?」
モモカはスナックを頬張った。
「だって列車のハイジャック事件なら、すぐには解決できないでしょ?
どうせ長引くんだし、ランチしてからゆっくりやればいいかな~って」
(私は朝食すら取ってないんですが!?
コーヒー以外水と栄養剤しか飲んでないんですが……!?)
カヤはその言葉を押し殺した。
「……今、どれだけ深刻な状況なのかわかっていないのですね?
それともサボるつもりですか?
であれば、職務怠慢容疑で拘束されても仕方ありませんよ」
「お好きにどうぞ~
私も働かずに済むなら万々歳だよ
ああ。言っておくけど、キヴォトスの運行表をイチから書き直すのはかなり大変だよ。
今交通室の役員を追い出したら、ひどい目に会うのはカヤ室長だろうね、ふふ……」
「……モモカさん、あなたがもし……」
「あ、ランチが来た!
んじゃ、また後で連絡するね~」
通話が切れた。
「……
ふう……」
不知火カヤは目を細め、笑顔で、穏やかな声を出した。
最近、おかしい。なぜ平静を保てないのだろう……?
「……こんな些細なことで怒ってはいけません、カヤ。
あなたは今、キヴォトスの代表。
皆に尊敬される連邦生徒会長の代行なんです」
カヤは自分を諭した。
「落ち着いて……理性的に問題を一つずつ解決していかなければ……」
コーヒーを飲もうと手を伸ばしたそのとき。
そしてまた連絡が入る。
「今度はなんですか?」
「……やけに気が立っているわね、連邦生徒会長代行」
アオイ財務室長は訝しげに尋ねた。
それに気を取り直してカヤは言う。
「ああ……財務室長でしたか。
気にしないでください。代行業務を請け負った初日からいろいろと業務をこなしていたので、少し疲れているだけです。
財務室長は常識人ですから、私を困らせることはありませんよね?」
アオイはちょっと困った顔になった。
「それは……どうでしょうね。
連邦生徒会長代行が今日の午前中に財務室に提出した、新規行政命令施工に伴う追加費用請求書のことだけど……」
「はい。新体制を作る上での必要経費ですので、よろしくお願いします」
費用請求書を財務室に届けるのは、基本的に役員になりたての生徒がやることだ。
カヤはその経験がなかったので、いろいろと不安だった。
「……却下よ、すべて」
「な、何故ですか?」
「確認したところ、請求額の明細がすべてアラビア数字で書かれていたわ。
偽造や誤読の危険があるから、漢数字で書かれていない請求書は処理できないの。
あと、捺印も滲んでいて名前が正しく読めないわ。
このままじゃ正式な承認を得たといえないから……
全部やり直してちょうだい」
「あの……ええっと、アオイ室長……?」
カヤはいろいろ聞きたいことがあった。
たとえば中身に関しては何も言うことがないのか、とか。
ほかの書類は特に却下されなかったのか、とか。
だがそれを押し殺して、ひとつお願いした。
「本当に申し訳ないのですが、今は公務で手が離せない状態でして……
今回だけ例外にして頂けませんか?
仰って頂いた問題については後ほど……」
「ダメよ。
たとえ連邦生徒会長代行でも例外はないわ。
リン行政官だって、いつも自分で修正していたの」
「そ、そんな……」
(というかリン行政官、よく間違えていたんですね……)
「修正は今日中にお願いするわ。でないと、申請そのものをなかったことにするわ」
「で、ですが今は……」
カヤは机を見て、悩む。
(確かに私が悪いんですが、さきほどの問題を顧みるに責任者や権限の整理を早急にしないと、雪だるまのように膨れ上がってしまいます……
しかしあれは、カイザーPMCが治安維持活動において活動する際、行政としてなにかしらの対応するための余裕として欲しかった費用……
現在の予算でもなんとかなりますが、最悪を考えると……)
「明後日まで……明後日まで待っていただけませんか?」
アオイは目を閉じていった。
「…………明日まで。これ以上は無理よ」
そして通話が切れた。
「まったく、揃いも揃って全部で……!?」
(すべての連絡で新しい課題が発生するなんて……
というか、アオイ財務室長、こういう問題になれた様子でしたね……)
「どうして周りにまともな人が一人もいないのでしょうね」
連邦生徒会長代行の業務が一年前からほとんど変わっていないことを悟って、カヤは困惑した。なぜ誰も彼女に、何も提案しなかったのだろう。
そして思わずつぶやく。
「リンの人望はいったいどこへ…………!?」
まずい、ユキノがいるんだった。
ユキノはちらりと、こちらを見ていった。
「……何か問題でもあったのか」
カヤはなるべく普段通りを装った。
「いいえ、なんでもありません。
問題はどれも、私が出る必要のないものばかりですし。
ただ少し、まともに仕事もできずトラブルばかり起こす部下の事を嘆いていただけです。
私の思う通りに動いてくれるのは、あなたと小隊員だけですよ」
ユキノはカップを膝にのせる。
「……命令通りに作戦を遂行するのが、私たちの仕事だ。
武器は自ら判断しないからこそ、価値がある」
「……ふふっ、だから私はあなたのことが好きなのです」
「……ところで。
SRT特殊学園には……いつになったら戻れるんだ?」
カヤは、ふたたび動揺した。
さきほど言葉に詰まった話題を蒸し返されてしまった。
SRT復興にはまだまだかかる、かもしれない。でももしかしたら……
そんな、残酷なことをしたくはない……
とりあえず、ごまかすことにした。
「……それは今、重要なことですか?
いいえ、違うでしょう?
今、最も大事なのは、防衛室の支持を上げ、実権を握ること。
私が連邦生徒会を掌握した後なら……すぐです!
仕事の順序を忘れないでください」
ユキノは目を伏せた。
「……失礼した」
それを見たカヤは語りかける。
「心配はいりません。
私は、あなた達の価値を真に理解しています。
あなたはただ、私の命令に従っていればいいんです。
あなたの小隊員のために。
そして……あなたのかわいい後輩のために」
「……了解」
そこにノックの音が響く。
返事も聞かずに役員が入ってきて言った。
「連邦生徒会長代行、大変です!」
カヤは辟易した。
ユキノを見ると、もう物陰に隠れているらしい。
「……色々ありすぎて、もう大変と言われても驚かなくなりましたね。
今度はまた何ですか?」
「それが……
人材資源室長が部下に襲撃されました!」
「な、なんですって!?」
カヤは驚いた。
その姿をユキノは、じっと影から見ていた。
防衛次長は気弱なので、ここ一年の怖いカヤ室長をみていて、ちょっと畏縮しちゃってます。かわいそうですが、それで動けなくなるのはいけないですよね。
かわいそうなので次はいいところちょっと出します。
前言撤回したくないのでカヤがなるべくいい感じにルート分岐するよう努めているんですが、カヤが有能さを保ったままいろんなところに接触しすぎてまずいことになってます。
カヤがカイザーを生殺しにすることに成功している。これが重要です。
具体的には次わかります。