全てが闇の底。どす暗い闇が、心を絶望と言うもの染め上げて充満していた。
思い出すだけで、精神崩壊を来す。ただでさえ、頭の中から恨み辛みの怨嗟が聞こえてきそうなだけに。
いや、聞こえて来る。それも、幻聴となって……。
有象無象の怨嗟がセツナの心を、ぼろぼろの心を我が物顔で蝕んでくる。
俺の人生、どうしてくれるんだ!
人殺し??
キチガイ令嬢!
悪魔ー??
などなど……。
いや、
いや、
いやいや、
いや、
「いや――??」
バサッ??
数多な怨嗟に堪えきれなくなっただけに、布団を跳ね除け起き上がった。
はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、……
胸に手を添えれば、動悸がしまくっていることを感じざるを得ない。
「ゆ、夢……」
改めて悪夢であったことを認識させられる。
これで何回目だろうか?
寝る度に襲われるだけに、気が滅入りそうだ。案の定、両手を見れば、収まっていたはずの掌も、今では小刻みに震えまくっていた。
「だめ、全然寝れない……」
目を瞑ることさえ怖くて出来ない今、このまま朝まで待つしかないように思えた。実際、窓辺の方を見れば、やや夜明けが近いことを知らせてくれている。
は?
思わずため息が漏れた。震える掌、ギュッと握り締め、敢えて、ぼー、として何も考えない。いわば、無心、と言う状態に持っていく。
ふと、改めて窓辺を見た。
月明かりが仄かに差し込んでいて、空が暁へと移り変わりつつある光景が目に映り。それがある意味で、幻想的な印象を描いていた。
ここにいれば安心。あとは何も考えないだけ……
現実世界で言えば、まさにニート。その言葉が似つかわしいくらい、セツナの心は摩耗し切っていたのだ。
ピコーン……
ん?
視界の片隅に、新着メッセージのアイコンが表示される。
なんだろう?
指先でアイコンを摘み、手元に持って来ては、メッセージを開こうとして――
っ!
瞬間、恐怖が脳裏を過り。途端、警戒心が込み上げた。
このメッセージが、もし誹謗中傷なら?
触れられず震える指先に、躊躇いが見られた。まさに二者択一だ。触れるか触れないか、だ。
触れないで引っ込めば、そのまま何もない。何もなくて、前に進めない自分がいるだけ。
本当のことを思えば、その方が今のボロボロになった心にとって楽なのかも知れない。
だけど、それで良いのだろうか?
なんとなくだが、心の隅っこではダメなような。ダメ、と言うか、情けない自分に負けたままで悔しいような。
そんな気がしなくもなかった。
「……っ!」
目を見開き、意を決した。指先でクリックしては、メッセージを開いてみせた。
すると、そこに書かれたるは、事務的な一言と、想定外な言葉が綴られてあった。
『郵便物が届いています』
それだけ、それだけであったのだ。
「郵便物?」
珍しいとは思った。なにせ、この世界においては、そんな郵便物なんて回りくどいことはまずしないから。
もし、届け物があるなら、直接、本人のメールに添付されて来るからである。
「なんだろう……」
不思議な感じがしたまま立ち上がったセツナは、そのまま玄関先のポストへ足を運んだ。
ポストアイコンをクリックし、そして、受け取り。その荷物とやらは、丁寧に折り畳まれたフードコートと一枚の手紙があった。
棚上にフードコートを置いて手紙を開くと――
〝私達は信じているよ。ドンドルマ・東大通り、商店街路地裏にて待っているから″
私達?
誰のことを指すのかさっぱり分からなかった。が、この文面を見る限り、セツナのことを知っている誰かであることには変わりなかった。
ふと、脳裏に過ぎるは、親友のレイナ。でも、こんな朝早くに……。
「まさかね……」
とても信じられそうになかった。
でも……。
不思議と気にはなった。理由なき気持ち。気味が悪いわけではない。
なんと言うか……
一言で言えば、
〝縁″
そう、何かの縁、という概念。そう感じがしてならなかったのだ。
手紙をしまうと、再びフードコートを手に。そのまま、バサッと羽織れば、だぶだぶ感溢れる自身の体形とは割に合わないサイズ違いが滲み出た。
しかし、それもほんのひと時。ゲームシステム上の調整で、体格に相応しいサイズへと変化した。
あとはマイハウスから出るだけ。それだけで、あとは宛先不明ではあるが、目的の場所へ足を運ぶのみ。
ところが、ドアノブアイコンに指先を近づけたはいいが、そこで寸前のところでピタリッ。
本当にいいの? 本当に。外へと出れば、あの地獄が待っているのは火を見るよりも明らかなのよ。
もう1人の自分が直前になって囁いたのだ。セツナは視線を震わせて、物凄く迷った。
迷って
迷って
迷いまくって。そして――
とうとう意を決した。
薄明かりの中、ドンドルマの街は未だに静寂に包まれていた。その中を、フードコートで全身を包みながら周囲を警戒して小走る。
一つ一つの角に行き当たるごとに、向こう側を覗き込む。そのくらいセツナは、人目を警戒していた。
なんと言っても恐ろしい。出会い頭にこちらの素性がバレてしまったと思うと……。
ふと、想像してしまったのか、恐怖の余り身震いしてしまった。
ともかく建物の陰を利用して――
黒衣のフードコートだけに背景に溶け込める。それを理由する手はなかった。
暫くすると、例の大通り――東大通りに出た。やはりと言うべきか、人の気配はなく鎮まっている。それはNPCも例外ではなくて。
「よし、このまま……」
陰になりそうな箇所はほぼなかったが、人気が全くない印象を伺えているだけに、少し安堵していた。
そして、商店街。とある路地裏近くに足を運んでみて。
「ここかな?? 他になさそうだし……」
他に路地裏に入れそうな箇所は、今のところ見つかっていない。これは勘でしかないが、ともかく入って見ることにした。
――で、入ったはいいが……
「気味悪ぅ?」
建物に挟まれているようなもので視界が悪く。そして、それだけに何が出るのか予測できないだけに、不気味悪かった。
それはもう、まるでお化け屋敷の様相を醸し出す感じにだ。
「あの?、もしもし??」
恐る恐る問いかける。そして、数メートル進み、角を通り過ぎたそこで、
――っ!
口を手で抑えられて、突然の口封じ。
「……??」
思わず暴れ出すが
「しー、静かに!」
え?
何処で聞き覚えのある声音。ピタリッと大人しくしたセツナの前に、自分と同じフードコートを着た人物が現れる。
「脅かしてすまない」
そう言ってバサリッ、フードを払えば
「お、お父さん?」
それから、手で口元を押さえていた張本人も現れて
「ごめんね、いきなりで」
「レイナ。 ……お父さん、これは一体……」
揃ってフードコートで身を隠すように現れたノブ公とレイナに、思わず戸惑った。
「とりあえず、マイハウスから出したかったのよ?。あまりにも心配でね。でしょ?」
「親でありながらすまないな、レイナさん」
「いいのよ、それくらい」
「あの?、これはどう言う……」
「それはね。……」
レイナはノブ公を見て。対するノブ公は、セツナに一言。
「猟団を作ろうってな」
「りょ、猟団??」
「そ、猟団」
しかし、今の心境を思えば
「む、無理言わないで!」
振り向き完全拒否。そして――
「お父さんもレイナも分かるでしょ? あたしの気持ち。なんでこんな時に、平然と」
「平然ではないさ」
「じゃぁ、なんで?」
すると、レイナが慰めるように優しく甘い口調で語りかけ始めた。
「私達、話し合ったのよ?。このままでいいのかなぁって。確かに昨日は地獄のように辛かったわ。そして、塞ぎ込んじゃいそうだった。けれど、このまま立ち止まって、絶望の闇に沈み込むより、ね??」
「気持ちは同じさ、セツナ。だけど、時間が経つに連れて動けないより、それでも前へと進まないとダメなんじゃないかって結論付けたのさ」
「な、何よ、それ? 2人とも、全然説得力ないよ! 分かっているの? 踏み出した先に、あの地獄が待っているのよ!」
「覚悟の上さ。出ないと、こんなことしないからな」
「だったら――??」
ガバッ!
え?
レイナによる突然のハグ。傷付いてボロボロになった彼女の耳元に、小さな声で囁きかける。
「辛かったよね。本当に、辛かったよね。あんな地獄を目の当たりにして」
そこへ、ノブ公も続けてセツナ、レイナを抱き包むように大きくハグ。
「お前なんかを1人になんかさせないさ。なんだって、同じ思いをしているんだからな」
「お、お父さん。……レイナ」
「ごめんなセツナ、辛い目に遭わせて」
「私達がいるから、大丈夫よ。セツナ」
「……ぅ、ぅ、ぅぅぅ?」
地獄を味わいボロボロになった心。それをこんなにも、優しく包み込み癒してくれるなんて。
溢れる涙は、もはや止めることさえ出来なかった。我慢する必要がない。本能的にそう感じた瞬間から、感情が爆破的に溢れ出し。その勢いは、声高にして号泣するに至った。
それから程なくして――
〝ありがとう″
その感謝の一言。それを述べるだけしかないくらい、セツナは2人に感謝していた。
「こめんね。レイナ、お父さんも。辛いのはあたしだけじゃないよね」
「何を言うか。娘を慰めるのは当然じゃないか」
「そうよ。だって、私達、親友じゃないの?」
「なんだかその言い方、お母さんみたい」
自然と笑みが溢れた。
「ふぅ?」
「どうしたの?」
「いや?、なにさ。元気になってくれて、安心したと言うかさ」
「そうね?。ノブ公さんからは話を聞いたけど、相当散々だったみたいだから」
「なにさ、そのくらい」
「でも、2人ともありがとうね。あたしなんかのために」
ふんっ、
ノブ公は気安く鼻で笑うだけに留めた。
「それにしても、この後、どうするの? 猟団作るにせよ、色々と問題、あるんでしょう?」
「まぁ、な」
そこで考え込み始めた。その様子だと、無計画のようにさえ思えた。が、レイナはアイデアを一つ。
「街から離れるのはどうかしら?」
「街って、このドンドルマから?」
「そ。どの道、クエスト受注を沢山する必要があるんだけど、この街にいては目立ちやすいと思ってね」
「確かにな」
父も、これにはすぐに頷いた。一方、セツナも、これには同意見だったのだが、
「でも、どこに?」
疑問を投げかけた。と言うのも、大きい街だと必然的に人が多い。となると、自ずとこちらの素性が割れてしまうリスクが大きいと考えていたから。
そんな思考が働く中、
「そうね?、ココット村とかはどうかしら?」
そっと提案。
「ココット、ココット村、か?。確かに、あの辺境の村なら、大衆の目が晒されるリスクは少ないな」
しかし、
「ちょ、ちょ、ちょっと待ってよ!」
慌てふためくセツナ。2人は彼女の方を見た。
「確かに、あそこは辺境の村だけど、よく考えてよ。そもそもここはゲームの中よ。辺境の村だからって、安易過ぎない?」
「ん?、そうね?。そこを考えると難しいわね」
「でしょ? だから、もっとよく考えてよ」
「セツナ……」
どことなく憐れむ父の表情が目に映る。きっとノブ公としても、どう言葉を返していいのか分からないのだろう。言葉一つに留まった。
――とそこで、
「あら? まずいわね」
何かの気配を感じたのだろうか? レイナが表通りの方を気にし始めていた。
「どうしたの?」
レイナの様子を気にしてか、セツナも彼女の視線の先を見た。いつの間にかであろうか。
日が出始めていて、それに伴い一通りも疎らながら増えているのが垣間見えていた。さらに付け加えれば、こちらの様子を伺う2人の人影の姿も。
「参ったな。場所を変えるか?」
向こう側はこちらの姿は漠然としない様子ではあったが、いずれにせよ見つかるのも時間の問題だった。
「うん……」
やむを得ない選択肢だけに、ここはひとまず父の言う通りにした。
紆余曲折には変わりないが、結局、この選択肢になりざるを得なかったと言えよう。
落ち着く場所がなくなってきた今、彼女らは乗船場に立ち寄っていた。勿論だが、3人ともフードコートで素性を隠している。
時折と言うか、かなり怪しまれてはいる方ではあるが、素性が完全にバレるよりかは、まだマシな方ではあった。
周りのひそひそ話が気になる。それがセツナにとって、居ても立っても居られない。それだけに、落ち着かなかった。
なんでこの選択を選んだんだろう?
行き先はココット村。他に行く当てがなく、辺境の村の方が晒されるリスクがないと言う判断を結局持ったまま、選択肢が限られての帰結で今に至っていたのだ。
「毎度ありがとうございました」
店員の声が、ノブ公の背の向こうから聞こえて来た。
「3枚分買った。早速、行こう」
セツナとレイナ、揃って頷く。
そして……
簡易式の気球船に乗り込んだ後、間を置かずして飛び立つ。3人乗りボートのような形式に、気球が備えられた簡易式気球。
それが見る見るうちに上昇し、ドンドルマの街並み全体を徐々に映し出していく。
その中で残される3人だけの空間。誰の目線も気にすることがない空間だけに、セツナ達は気を許してフードを払った。
「よ?うやく、一息がつけれるわね?」
思わず本心が溢れたレイナに、ノブ公もまた、両腕を広げて羽を伸ばす。
しかしその一方、セツナだけは先行きが不透明なだけに、完全に羽を伸ばせる心境にはなれなかった。
これから、どうしよう……。
消し去ったはずの不安感が、執拗に燻っているようにさえ感じられる。
「どうしたの? セツナ」
心境が表に出てしまったのだろう。暗い表情を察知してか、レイナが気にかけてくれた。
「あ、うんうん。なんでも……」
とりあえず、その場凌ぎで取り繕って見せた。
「にしても?」
空を見上げてぼやくノブ公が、どこか宛のない旅人のような面持ちを醸し出していた。醸し出しては、色々と思索に耽りだす。
「とりあえずココットに行くだろう。それから、ギルドに登録して、宿構えて。そんでもって――」
「どうしたの、パパ?」
「あ、いや、なんて言うかな。これからのことを考えてたのさ。猟団を立ち上げるにせよ、順序、つうものがあるから」
「そうね?、確かに」
ふくよかな頬に手を添え、レイナはノブ公の意見に乗じたようだ。この様子に対して、セツナは意外性を露わに。
「え? 2人とも考えていなかったの? 後先のこと」
「ま、ま?な」
「え、ええ?……」
両者ともに返答に戸惑いを隠せないでいた。
「呆れた。話を付けていなかったって。結局、あたしを引っ張り出しただけじゃん、それって」
「で、でも?、ずーと、引き篭もるよりかはいいでしょ?」
「それはそうだけど……」
もう、ここまで来たら引き返せないだけに、なんだか諦観だけが込み上げて来た。
「まぁ、せっかくだ。それにもうすぐでココット村に着く。そしたら、さっさと手続き済ましてログハウスでじっくりと今後について話そうぜ」
「ま、ま?。パパがそう言うなら……」
そこまで言われたからには、具の字も出す気はなかった。
――ココット村。
ドンドルマから程よい距離にありながら、ミナガルデに近接するような位置にある辺境の村。
航路で言うならば、両方の街の中間に位置するこの村では、何というか、春風を醸し出すかのように点々と桜の木が咲いていた。
幾重にも舞い散る花びら。それらを堪能しながら、セツナ、ノブ公、レイナは発着所に降り立つ。
「それにしても、長閑ですわね?。まるで田舎に来た感じ」
「レイナ、それ言うも何もないけど。まさにど田舎だから」
「あ、そうでしたわね?。私としたことが」
今更ながらに、表情をやや赤らめた。
「にしても、本当に田舎風情だな。もう少しプレイヤーが立ち寄ってもいい筈なんだが」
え?
思わぬ言葉に、セツナは首を傾げた。
「パパ、それ、今言う? あたし達の立場分かっているの?」
「ああ、分かってるさ。ただ、一開発者としての着眼点を言ったまでだけどな」
「ふ?ん……」
ノブ公の言葉に疑念を抱いたセツナは、訝しむようにジト目を投げかけた。
「な、なんだよ。その目は?」
「別に」
「別にって……」
そこで、傍から見ていたレイナは、ふふふ、とほくそ笑んだ。
「レイナ?」
「なんでも。ただ、親子だな?、って」
「お、親子って……」
彼女の何気ない言葉に、セツナはたちまち頬をりんご色に染め上げた。
めちゃくちゃ恥ずかしいんですけど?。
親子そのもの以外何者でもないだけに、それを指摘され、心から思ったことが恥ずかしいあまりに口に言い出せなかった。
だけど、そこを利用してなのか。ノブ公ことパパは、軽々しく一言添えた。憎たらしいことに。
「ま、半ば反抗期だけどな」
「ちょ、パ、パパー??」
恥ずかし過ぎるあまり、両拳を握り締めて詰めかけた。何せ、プライベートをこれ以上、ベラベラ喋らせるわけには行かないと思ってからに。
しかし、その当のパパは、残念ながら別に気に求めていないようだった。
それ故か
「ほんじゃ、早速、ギルドへ行こうか」
「そうですね」
「あっ、ちょっと!」
完全スルーされた挙句、勝手に話を進められ。置いてけぼりをワンクッション食らったセツナは、慌ててついて行った。
その間、レイナとノブ公の会話を邪魔せんとばかりに、必死にノブ公に詰め寄ろうとしたのは言うまでもなく。
それから暫くして――
強者共が集い合う酒場にて。ノブ公とギルドマスターの爺さんとの交渉が行われる中、落ち着き払ったレイナとは対照的に、セツナは周囲の人の目が気になっていた。
無理もない。
なにせ、今居る酒場。てか、集会所では、数人のハンターがグループを作って屯していたからである。
全員が全員、プレイヤーではないことは分かるが、それでも気になって仕方なかった。
それはもう、こちらの存在を向こう側が気にしているかしてないかは関係なしにだ。
まさにソワソワしてしょうがない。
「セツナ」
「レイナはいいよ。だって、あたしらとは、直接、関係ないんだしさ」
「それはそうだけど?。でも、そんなソワソワしていたら、返って怪しまれると思うけど?」
「だ、だって?」
――とそこでだ。
「よし、終えた。一応、住める手筈は付けたぞ」
「ま?、それはよかったですぅ?」
「だろう」
だが、セツナは見抜いていた。
「ちょ、ちょっと待って!」
「え?」
2人の視線がセツナに向く。しかし、彼女は勢いのまま指摘。
「さっき、一応、とか言わなかった?」
「ま?、言ったけど。それが?」
「それが、じゃないよ。どう言うことなの? 一応って」
その
一方ノブ公は、鬼気迫るセツナを前にしてたじろぎ、一言添えた。
「あ、後払いだよ、後払い。そんな顔するなよ、セツナ」
「え? てことは、それって、もしかして?」
「足りなかったってこと? パパ!」
「あ、う、うん?。ま?」
心苦しい表情を見せながら告白。堪らずセツナは、自分達が置かれている状況を鑑みて
「バッカじゃないの?? それって、間借りしているのと同じじゃん」
先の先を見越して自分を誘った訳ではなかったことに、怒りを通り越して呆れてしまった。
ココット村に来るなら来るで、すぐに落ち着ける場所があると期待していただけに。
これでは、気を休めないままクエストで稼ぐしかないではないか。またしても私事ではあるが、こっちはこっちでまさにお尋ね者みたいなもの。
何かするたびに人の目が気になり、こちらの素性が割れたら何を非難されるか分からない恐怖を背負っているだけにだ。
無計画、無神経さに、あのままマイハウスに引き篭もっていれば良かった。
酷く後悔した。流石の怒声に周辺の目を気にするレイナ。方やぺこぺこと娘に謝るパパの情けない姿。
そんな歪な構図が、そこにあった。すぐさま状況を見て、慌て説得に走るレイナ。
「セツナ、気持ちを抑えて。流石に周囲から」
「え? ……あっ」
彼女に言われて、ハッとなって我に返ったセツナはすぐに周りを見た。フードコートで素性を隠しているとは言え、皆の興味がこちらに集まっていることに、途端に危機感。慌て一回咳払いするや否や冷静を取り繕った。
それから、改めて周囲を警戒しながら小声で訊ねて――
「で、いくら足りないの?」
「え? あ、えーと、2000z弱かな。それに、二日くらいは間借りできる感じだ」
「二日、ね?」
少しは猶予がありそう。その言葉を受け、流石に鳴りを潜めた。
「ま?、いいわ。でも、ちょっとは計算してよね?」
「分かった、分かったって」
もう、ため息しかできなかった。ひとまずセツナ達は、そのログハウスで一旦身を置くことにした。
未だにトラウマを抱えている中で、無理にマイハウスから出てここまで来たのだ。どうにも、落ち着ける場所が欲しかった。
「全く?」
これで、ため息つく? つきそう? 的な場面は2回目と言ったところか。ため息すればするほど、幸せが逃げるとかなんとか。
そう思えば、ここはグッと我慢することにした。
「ほんじゃ、行こうか」
セツナの態度に頭が上がらないのか。苦笑いだけに留めていたノブ公を先頭に、そのログハウスへと早速向かった。
――で、場面は切り替わってログハウス前。当のセツナは、そのログハウスを見て思わず表情を引き攣らせていた。
そもそも、公開祭を終えて2日目の今日。いきなり買えるログハウスなんて高が知れているのはずなんだけども、どうも想像通り過ぎてそうなりざるを得なかったのだ。
つまり、どう言うことかと言うと。まさに――
〝小屋″
と言うのは分かるが、それも物置小屋。廃屋に近いような。或いは、打ち捨てられた古屋。そう例えても不思議ではないくらい、古びたログハウスだったのだ。
「ね? これ、いくらで取引したの?」
「え? ん?、17000ゼニかな。特売セールだったもので」
「そ」
「でも?、見るからに廃屋ですよね、これ。大丈夫なんです??」
「まぁ、一応な。財布事情を説明して、見合う物件ないか訊いたら、このくらいしか余ってない。って、爺さんが言っていたからな」
「ふ?ん……」
なんだろう。自分でも分からない苛立ちが、自然と込み上げて来た。
「セツナ?」
心配そうに言うレイナ。
「ねぇ、父さん」
「ん? なん――、っ??」
途中で言葉を切らした。きっと察知したのだろう。セツナが得体の知れない苛立ちを抱いていることを。
だけど、それを必死で隠すように。それも表情に出すまいとしてわざとらしく笑顔を作り、そして、ノブ公の方を見た。
見て――
「買うんだったら、もう少しまともな物が良かったな?。こんな古屋でなくて」
「は、はい……」
凍てついた場の雰囲気が、まさにピークに達した瞬間であった。
その後……
ログハウス(もどき)の内装は、ガラクタ塗れだったのは言うまでもなく。
ノブ公と共に整理整頓に励もうとしたレイナは、初っ端からセツナに止められ。司令塔役は当然セツナが。
そして、完全に下っ端となってしまった & 購入責任者であるノブ公が、片付けの8から9割り型をする格好になってしまった。