モンスターハンターアルカディア   作:ぷにぷに狸

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4章:秘めたる思い・10話

 

 コン――

 

 岩にぶつかる鹿威(ししおど)しの音が、砂利で敷き詰められた庭全体に響き渡る。

 幾重にも線引きされた砂利の庭の中頃には池が。その池には何匹もの鯉が優雅に泳いでいた。

 心が和むような水流の音色。それに耳を傾けては、手にした熱々の緑茶を啜って。それから、卓上に茶碗を置いては、ため息を一つした。

 

「懐かしいわね、この感じ」

「いいだろう?」

「まぁね」

 

 ホークの問いかけに、素っ気なくそう返した。喫茶店の名前らしからぬ和風の光景。その光景を前に、いつの間にか大切な彼――縁朋也のことなんて、ふと瞬間、忘れそうになっていた。

 そのくらい、不思議と自分の心が穏やかになっていることに、今更ながら驚かされていた。

 そんな篠崎博士の隣席で、ガツガツと肉を頬張るは緒方純。

 

「この肉、ほんとうめぇ〜な」

 

 とかなんとか、フォークとナイフを器用に操り無我夢中で食らいつく有様である。

 

「おいおい緒方。そのこんがり肉、3人分で出したんだぞ。1人で食い過ぎだっての」

「あ〜、分かるよホーク。だけどよ、うめぇ〜んだ。これが」

 

 その有り様、まるで周りは眼中にないようだ。見かねたホークは、半ば呆れて

 

「ったく〜。……すまんな篠崎、もう一品、頼もうか?」

「え? い、いや、あたしは別に、そこまでガッツリいくタイプじゃないから」

「そお?」

 

 メニュー表を取り掛けたホークは、そのまま手を引っ込めてしまった。後に残るは、肉にガッツク緒方。飲みかけの緑茶を再び啜り出すホーク。そして、庭全体を眺める自分がいた。

 

「それにしても、静かだね〜。この喫茶店」

 

 店内の雰囲気を味わう中、思わず感想が漏れ出た。

 

 無理もない。

 

 普通、喫茶店といえば、人が集まり賑やかな印象がある。それだけに、この喫茶店は特別な感じがしてならなかったのだ。

 その感想に応えるかのように、ホークはゆっくりと飲み茶碗を卓上に置いた。

 

「今更ながら、言われてみれば確かにな。……たぶん、この流れているメロディーが、そんな感じにさせるんだと思うぜ」

 

 言われて耳を澄まして見る。すると、どこか落ち着いたような。まったりとした和風メロディーが、緩やかに聞こえてくるではないか。

 思わず聞き入れてしまう音響。そこにこの和風の内装が相まって相乗効果を発揮していると思えば、

 

「なるほどね〜」

 

 自然と腑に落ちた。そこへ、ホークが自慢げに話し始めて――

 

「こう見えても俺、日本文化、結構、好きなんだぜ」

「へ〜、通りで」

 

 こんな和風チックの喫茶店を選ぶ理由。そして、そのまま常連になる理由。それらの言葉を鑑みて、安易だったかも知れないが、ようやく合点がいったような気がした。

 

「だけどな〜」

 

 とそこで、やや表情に翳りがで始め、残った緑茶を全部飲み干すと、懐かしい過去を思い出すかのように庭を眺めた。郷愁の念と言ったところか。

 

「やっぱり。また、行きてぇな、日本」

 

 寂しさを浮かべては、ポツリとぼやいた。なにせ、もう、二度と帰国できるか分からないから。

 元を辿れば、前政権からやらかした敵基地先制攻撃たる武力侵攻。中華連邦と言う独裁国家を前にして脅威を抱いたその前政権は、中華連邦と日本との間に緩衝地帯を設けんばかりに馬鹿なことをしたわけであり。

 ネオ・ジパング、と言う名の傀儡政権を樹立させるはずが、当然ながら失敗。結果、大規模な反撃を受けフォッサマグナを境界に東日本領・西日本領と分断。

 東日本はフリーダムが、西日本は中華連邦が支配すると言う分割統治をする羽目になった訳だ。

 しかしながら、当然、事態はこれでは治らず。分割統治に異議をなす者たちが西日本領奪還のために戦果を招き入れ、分割統治にした際になされた休戦協定は、瞬く間に崩壊。東西における泥沼戦争へと突入。

 とてもじゃないが、混迷を極めた日本に住めなくなった篠崎博士達は、アメリカの知人とその関係機関の伝を借りて、半ば亡命し、紆余曲折を経て、今、こうした立場に至る訳だった。

 だからなのだろう。ぼやいたホークの気持ち、かなりの部分で同情が拭えなかった。

 1人を除いて、篠崎博士とホークの間にしんみりとした空気が漂う。そんな空気を変えるべく、話題を切り替えた。

 

「ところで、ホークは最近、どんなことをしているの? 広報に回されてからさ」

「どんなことって……。な〜に、つまらないCM作りさ。あとは、科学雑誌(サイエンス)の新刊作りとか」

 

 そこで、いつの間にか話を聞いていた緒方純が口を挟んできて

 

「新刊作りって、アレか? あのラボにある大規模システムの」

「まぁな。だけど、参ったものだよ。あの事故がなければ堂々と作製に意気込めたんだけどな。親父というか、CEOと言うか、そんなことは承知の上で、記事やらCMやらの作製を押し付けて来るんだぜ。ほんと、困ったものだよ」

「まさに、悩みの種、ってやつ? キツいな〜」

「だろう。ましてや、親友の縁までもが犠牲になっている状況下だけにさ」

「そうね……」

 

 今更ながら縁朋也のことを思い出してしまった篠崎博士は、再び不安感に苛まされそうになった。その気持ちが、無意識にうちに表情に現れてしまったのだろう。

 

「おっとすまね〜。息抜きの最中に、嫌なことを思い出すようなことを喋ってしまって」

「べ、別にいいのよ。別に」

「だ、だけどよ……」

 

 心配したホークを前にして、気丈を振るわんばかりに笑みを浮かべて返すに留めた。その様子から、やや心配であったものの、ホークはそれ以上、詮索することはなかった。

 その代わりとはなんだが、

 

「ところで、こう言ってはなんだが、あいつの方は容態、どんな感じなんだ? あまり近況を聞かないから、少しは聞き(かじ)ろうと思ってさ」

「上馬のことか?」

 

 と緒方。

 

「そうそう。どっちかと言ったら、そっちの方が重症だからさ」

 

 そのホークの問い掛けに、今度は篠崎博士が代弁。

 

「彼女なら大丈夫かな。ただ、容態は安定しているとは言え、未だに肝心のソウルライトが肉体から部分的に隔離されたままだから、当然、意識はまだ戻ってないけどね」

「……そっか〜。なら、そこまで気にすることないか」

「そうそう」

 

 少なからず気を揉んでいたであろうホークは、博士の言葉を聞いてか、肩の荷が降りたみたい。真剣な眼差しが柔らかくなったような気がした。

 それもそのはずで、この件に至ってしまった事件からずっと尾を引いていたこと。研究部から広報に飛ばされてからと言うもの、顔を合わせる機会が激減してしまっていたからだ。

 そのことだけに、再会前から彼女の容態が分からなくなっていたことで気を揉んでいたことを、予め間接的にだが耳にしていた。

 それゆえにか、予想通りって感じに、改まって問い掛けるように念を押してきて

 

「だけどよ、分かるよな?」

 

 しかし、篠崎博士は掌をひらひらさせて気安く

 

「大丈夫、心配ないって。何かあったら、すぐに連絡するから」

「なら、いいんだけどさ」

 

 篠崎博士の言葉を訊いてか、半ば乗り出していた体を沈めてすっかり一安心したらしい。それ以上は、上馬のことは話題に出さず。もう気に止むことなく、残りの時間、存分に店内の雰囲気に浸った。

 ただ、その一方、ひとまずホークを安心させたとは言え、篠崎博士自身、表には出さずとも、思い起こしてしまえば、内心、どこか穏やかではなかった。

 縁朋也、そして、彼女こと上馬(うえま) 香奈美(かなみ)。2人に言えることだが、あの問題のD.Mコードに縛られている以上、そのコードの動向全てにおいて、お互い運命を握られているのは間違いなかったわけであり――。

 篠崎博士は、いつの日にか2人が無事に解放されて目覚めることを切に願っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2105年、寒風が吹き荒れるフラヒヤ山脈より――

 

 隠れ里を後にしてから暫く、まさかこんな事態になるとは思ってもいなかった。

 手元に地図を表示しているとは言え、ますます視界が悪くなっているのは否めない。

 正直、この暴風の中、自分のことで精一杯。後ろからついてきているであろうセツナのことを気にする余裕はなく。

 それを気にしていたら、自分の身に何が起きるか分かったものではなかった。

 

 まさに誤算。

 

 改めて思うが、フラヒヤ山脈の天候の目まぐるしさは、常軌を逸していると言わんばかりである。

 ふと、そうしたなか、俺は里長が言っていたことを思い出す。なぜかは分からない。ただ、長が言っていた

 

〝古の龍の神″

 

 つまるところ、解釈するに古龍。その古龍が絡んでいるからではないだろうか? そんな気がしてならなかった。

 

「うわっ!」

「あ?」

 

 後ろから驚きの声が聞こえて、振り返った。

 

「大丈夫か?」

「な、なんとか。だけど、歩きづらいよ、ここ。別ルートにした方が良かったんじゃない?」

「別ルートって……」

 

 改めて地図に目を落とす。大雪原が広がる一面のど真ん中に三角マークの現在地が、ぽつ〜ん、と記してあるのみ。

 人差し指、親指を使ってスワイプ。縮図にしては、スライドさせて隠れ里を地図上に表示。そこを起点として、別ルートなるものを探ってみた。

 だけど――

 

「諦めな」

「え?」

「だから、ない、ってこと。てか、今、だだっ広い稜線を下山しているんだぜ。どの道、一方通行しか思えないけどな」

「そ、そんな〜」

「見るか?」

 

 落胆するセツナに、生態マップを手渡そうとした。だが、

 

「いいよ、別に。あたしも、薄々、気付いていたから」

「じゃあ、なんで?」

「……す、少しだけ、楽をしたかったのよ。こんな悪天候にならなければ」

「なんだよ〜、それかい」

「それかい、って、どう言う意味よ?」

「どう言う意味も何も、そんなの決まっているだろう? 俺だって、同じ気持ちだよ」

「……は〜」

 

 半ば睨むように威勢を張っていたが、やがて無意味に思えたのだろう。肩を落としては、ため息を一つ漏らした。

 それから一言、諦め顔で

 

「だよね〜」

 

 と項垂れた。その様子を前にして気持ちが同じだけに、諦観へと引きずられそうになる。

 そこで俺は、改めて地図を見た。――で、ショートカットで現在地に戻して、それからこの先、

 

 本当に何もないのか?

 

 はたまた、

 

 それともあるのか?

 

 先を見通すような形で、興味本位にスライドしてみせた。――とそこで、行き着く先には森が。その森が、八を描くように狭くなりつつある峡谷を埋め尽くさんばかりに広がっていたのを目にしたのだ。

 少なからず、今よりもマシに思えた俺は、後ろにいるセツナを励ます。

 

「どうやら、諦めるのはまだ早いみたいだぜ」

 

 と。しかし、当然ながら

 

「なんでよ?」

 

 訝しんできた。訳を説明するべく、再度、手渡してみる。すると、今度はきちんと受け取った。受け取っては、

 

「……確かに」

 

 一目瞭然と言ったところか、すぐに理解したようだ。

 

「そんな訳だ。ともかく、そこまで頑張って行こうぜ」

「……うん」

 

 再び歩き出した。

 

 先程よりも視界が悪くなってきた。それだけに、離れ離れにならないよう、今まで以上にセツナは、俺との間隔を開けまいとして必死について歩く。

 一方、俺はと言うと、前方より、ブリザードの中、次第に陰が鮮明になってきたのを認識してきた。地図通りなら、間違いなく森。そう捉えていいだろう。

 

「セツナ、森、森が見えてきたぞ」

「ほんと? もう、こんな吹雪、こりごりなんだけど」

「恐らく間違いないさ。だから、もうひと頑張りだ」

「もうひと頑張りね〜」

 

 その言葉には、少なからず疑念が滲んでいた。

 

 それから、ザクッ、ザクッ、と積雪を踏み鳴らしながらもう暫く歩く。

 

 やがて、50m圏内。陰の正体がはっきりとしてきて。ここまで来れば、いくら視界が悪かろうがどんな森なのか認識できた。

 一言で表すなら針葉樹林。薄暗さを湛えた針葉樹林が、奥の奥まで広がっていた。

 

 ここまで来れば

 

 早る気持ちが抑えきれない。

 

「セツナ、急ごう!」

「うん」

 

 ぬかるみに嵌まりそうなくらい柔らかい積雪を強引に踏み締め、俺とセツナは共に走り出した。

 ――と、その時である。

 

 ヒュゴ――‼︎

 

 巨大な空気鉄砲の直撃を受けたような猛烈な突風が、俺とセツナに向かって、突如、襲い掛かってきた。

 

 くっ

 

 上体を保てず、そのまま仰け反り。その勢いでもってして吹き飛ばされそうになり、なんとか身を捩って半転。匍匐の姿勢で、間一髪、凌ぎ切った。

 

「ふ〜、あぶっね〜」

 

 反応が一歩遅ければと思うと、恐ろしい限りである。

 

「セツナ、大丈夫か?」

 

 念のために呼びかけてみた。ところが、

 

「……」

 

 と、返事がなく

 

「セツナ?」

 

 匍匐姿勢のまま、気になって振り返ってみた。すると、

 

「ん? セツナ⁉︎」

 

 そこには彼女の姿がなく、雪面が広がるのみ。一瞬、訝しんでは見たが、途端、嫌な予感が過ぎる。

 

 まさか、吹き飛ばされたんじゃ……。だけど無理もない、あの猛烈な突風だ。飛ばされてもおかしくない。

 そう勘繰った俺は、突風が収まるのを見計らって、すぐさま立ち上がった。立ち上がっては、手早くアイテム画面を開いて、それから双眼鏡を取り出した。

 視界も視界。吹雪いているだけにそこまで遠くは見れなかったが、それでも近間を懸命に見渡した。

 

 しかし……

 

 ちっ

 

 と舌打ち。と言うのも、案の定と言ったところか。影らしい影が見えなかったからだ。

 

 遠くに飛ばされたのだろうか。

 

 不安を抱いた俺は、

 

「おーい‼︎ おーい‼︎ ……」

 

 安否を確かめるべく、声高に叫び続けた。叫び続けて、そして、それは不安感から焦りへと転じてきた。

 まずはチャットでメッセージを送ってみる。それから、数分間待機。――が、当然のように返信なく。

 やはり、何かあったに違いないと、ホットドリンクを飲んだ後、ホワイトアウトの渦中へと再び身を投げ出した。

 瞬く間に視界ゼロへとなっていく中、当然のように寒風が強くなっていく。だが、構わない。セツナを見つけ出すのだ、必ず――。

 そんな感じで必死に叫びながら探し回り、それから――

 

「くっそー、どこにいるんだよ」

 

 痕跡すらないことに苛立った。この辺り周辺は際立ったような崖なるものはない。あるとしたら、緩やかな傾斜があるだけ。まさに、神隠し、そう言わんばかりだ。

 

 探し回っても見つからない。

 

 やがて、変えることができない現実を前にして、焦りから絶望感へと転じ始めてきて。

 とうとう、歩きながら打ちひしがれそうになってきた。

 

「どこ行ったんだよ、ったく〜」

 

 堪らずと言ったところか、心の声が言葉となってこぼれ落ちた。――と、その時である。

 

 ボサッ!

 

「のわっ!」

 

 踏みどころが悪かったのか。突如、底が抜けたかのように、足元が崩壊。瞬く間に浮遊感を伴って、否応がなく俺は奈落の底へと落下した。

 

 

 

 

 ……冷たっ

 

 突如として、ヒヤッとした刺激が頬に当たり、埋没していた意識が呼び覚まされる。

 視界には大きく裂けた氷結の天井。その裂け目の向こうには、外の光が積雪の薄膜から溢れ見えていた。

 

「俺は確か……」

 

 裂け目の天井を見つめながらぼやく。そして――

 

「そうだ。俺はクレパスと気が付かずに……」

 

 どのくらいの高さは皆目検討はつかない。だけど、相当な高さから落下したのだろう。

 裂け目の向こうに見える外の光からここまでの高さを目測するに、そう感じずにはいられなかった。

 起き上がっては、下を見た。柔らかい積雪のクッション。このおかげで、不幸中の幸いと言ったところか。

 無駄なダメージを受けずに済んだのだろう。視界に表示された体力ゲージには、影響が出ていなかった。次いでに生態マップを表示して、現在地を確かめてみる。

 しかし、パッと見た印象で分かった。否応なく分かってしまったのだ。

 

 現在地がないことを――

 

 つまり、どう言うことかと言うと、現在地を検索した側から、先程までいた雪原が表示されるのみで、肝心の現在地を示す三角マークが非表示になっていたのだ。

 要するに、特定不可能。その最たる要因は、恐らく非公開コースこと、今いるクレパスの中にいることが考えられた。

 本来は入れない禁止ゾーンであり、俺は運悪く入ってしまった。そんな感じなのだろう。

 けど、現に来てしまったのだ。非公開コースもへったくれもないんだがな。とは言え、

 

「参ったな」

 

 ともかく進むしかなかった。どこかで地上に出られる筈だと信じて。

 

 それから、数刻を経て――

 

「河の音?」

 

 遠くの方で聞こえてくるは、緩やかな水流の響き。俺は確信した。この音を辿れば、クレパスから出られるんじゃないのかと。

 実際には根拠はない。だけど、そんな直感めいたものが湧いたのだ。縁側の奈落に気を付けながら、歩く足を早める。

 立ちはだかる氷塊。その下部に当たる部分にて、くり抜けられた小穴。そこを匍匐前進で、なんとか自力で通過してみせた。

 

 そして――

 

「ここは――」

 

 クレパスの中とは言え、そこは広大な空間が広がっていて。俺はその光景を間近で見て、匍匐の姿勢のまま息を呑んだ。

 まさに、唖然としてしまうだけに――、だ。スクっと立ち上がり、それでいて改めて見渡す。

 雪解け水が小川となって、3箇所、左右。それから、今いる場所辺りからと流れてくる。

 そして、その3箇所の小川は、広き空洞の中頃に当たる湖水へと繋がっていて、一つに集約されていた。

 そんな中、

 

 ん?

 

 湖水の右側、小丘となって積もった積雪の上、そこに倒れた人影があることに気が付いた。

 

「まさか⁉︎」

 

 俺は走った。走って、走りまくって。それで――

 

「セツナ!」

 

 呼びかけと共に体をさすった。

 

「う、うう……」

 

 どうやら、今まで気を失っていたらしい。ゆっくりと目を開けた。頭に手を当てながら起き上がり、それで

 

「ユウト……。確かあたしは、あの時、突風に煽られて……」

 

 朧げな記憶を辿るかの様に、ポツポツ口にし始めた。

 

「まぁ、ともかく無事で何よりだよ。立てるか?」

「立てるか、って、そんなの決まっているわよ」

 

 無傷を誇るかの様に、スクっと立ち上がって見せた。

 

「別に、ただ単に心配しただけじゃないかよ」

「何か言った?」

「別に何も」

 

 強情な奴だな〜

 

 愚痴は心の中にしまうことにした。

 

「ともかく、ここから地上に出ないことには変わりないわね。で、気になったんだけど、この広大な空間は何?」

 

 空間をぐるりと見回しながら、いきなり疑問をぶつけてきた。だけど、当然ながら分かるはずもなく。

 

「んなこと言われても。寧ろ、逆に訊きたいわ」

 

 そう切り返し、そして、確認の意味も込めて、再度、生態マップを開いてみせた。

 またしても、現在地が非表示。かに思っていたが、どうやらそうでもなかった模様。地形構図が切り替わっていた上に、きちんと今いる場所が表示されてあった。

 地図上に記載された広間。丁寧なことに、湖水とそれに連なる小川が筋を描く様に刻まれていて。

 湖水から伸びる下流方面の小川の先には、どこへと繋がるかは不明だが道が刻まれていた。

 思うに、この道こそ地上に出る唯一の道。その様な気さえした。そうした思索の中、何かを見つけたのだろう。

 

「ねぇ、ユウト。ちょっと……」

「あん、どうした?」

 

 手招きする仕草に、思わず連れられて歩み寄る。

 

「これ」

 

 と示したところ。そこには、モンスターの

 

「痕跡?」

 

 その場でしゃがみ込んで、剥ぎ取りナイフを持ち出しては採取してみた。すると、

 

『〝竜の唾液痕″を入手しました』

 

 とのメッセージが。しかも、よりにもよって、痕跡の種類が、マーキングに区別されていたのだ。

 

『まさか……」

 

 今までの記憶を辿るに、全く持って嫌な予感が脳裏をよぎった。

 

「どうしたの?」

 

 とセツナ。

 

「ここを早く出よう、奴が戻って来る前に」

「奴って? あ、ちょっと待ってよ」

 

 青ざめていただけに、彼女の静止を振り切って下流方面へと歩き始めた。歩きながら、俺の行動の意味が分からないでいたセツナは、問い詰めて来る。

 

「ねぇ、……ねぇってば! ねぇー!」

 

 ガシッと肩を鷲掴み。流石に立ち止まりざるを得なかった。

 

「一体、なんの痕跡を見つけったって言うのよ。それにこんなにも急ぐ理由って」

「マーキングだよ、マーキング」

「マーキングって? ……っ! まさか⁉︎」

 

 ――とそこで、奥から、のし、のし、のし、と重たい足音が聞こえてきた。瞬間、危機感を抱いて

 

 しー‼︎

 

「え? あ、ちょ、ちょっと!」

 

 彼女の手を掴むや、近くを見渡し。それでもって、すぐさま来た道を戻っては張り出した氷壁の陰にて、共に隠れた。

 混乱するセツナは、苛立ちを募らせて

 

「いきなり何をするのよ」

 

 だが俺は

 

「しー、静かに。奴だ、奴が戻って来たんだ」

「奴って……。っ!」

 

 彼女にも不気味な足音が聞こえたらしい。すぐさま口に両手を充てがっては、息を潜めた。

 一方、不気味な足音は止まることなく、近づいて来て――。

 

 やっぱりか。

 

 壁際から覗き見る前方、角からグイッと鼻先から顔全体を覗き出すは、

 

 なんと! 

 

 俺たちを散々窮地に立たせやがった轟竜こと、ティガレックスだった。白い鼻息と唸り声が、獰猛さを象徴しているかのようであり、身を潜める俺とセツナにプレッシャーを与えて来る。

 現地点で見つかれば、戦闘は避けられない。そして、撃退はおろか、逃げ切れる確証はないに等しいのは日を見るより明らかだった。

 緊迫した空気が張り詰める。そのまま、湖水の方へと過ぎ去ってくれることを願うばかり。だが、その思いはなかなか届かない様だ。

 俺たちと少し間合いを開けたところで、何を思ったのだろうか。そこで立ち止まってしまったのだ。

 非常にまずい事態である。こちらを振り向かれたらと思うと――。

 

 ドキ、ドキ、ドキ、ドキ、……

 

 高ぶる緊張感は、内なる心音までもが聞こえて来て。見つかった場合を覚悟した。

 

 匂いを嗅ぐ仕草……。

 

 それに加えて

 

 雪面を観察する仕草までも……。

 

 違和感を抱いたのだろうか? 当然だろう。何せ、この場所は、奴の巣、と大方想像していたからだ。

 暫く硬直状態が続く――

 

 そして……

 

 気のせいだと思ったのだろうか。ティガレックスは何事もなかったかのように、湖水の方へと、のっし、のっし、と再び歩み始めた。

 以心伝心で俺とセツナは頷く。頷いては、恐る恐るティガレックスの来た道を辿り始め。

 最初は恐る恐る逃げていたが、ティガレックスとの距離を取るに連れて、その足も早歩き。やがて、全速力で走り始めて。

 とうとう、恐怖から解放された俺とセツナは、洞窟を抜け出すに至った。間髪入れず、近くにあった蔓を使って張って登り詰めては、みしみし、と軋む様な音を立てて崖の上へ。

 そこで、ようやく命拾いしたことを認識するや、

 

「あ〜あ、かなりやばったぜ」

 

 と翼を広げるかの様に大の字になって、その場に寝転がった。一方、後から遅れて登り切ったセツナもセツナ。

 そこで四つん這いになり、

 

「ほんと。一時、どうなるのかと思ったよ」

 

 げっそりとした表情を浮かばせては、うっすらと安堵の笑みをこぼした。

 呆然と眺めれば未だに曇天とした空。しかし、今は先程酷く吹雪いているわけではなく。

 霧が少しかかってはいたが、遠方を見渡すのにそこまで支障が出ているわけではなかった。

 そして、起き上がってその遠方を眺めれば、小山の山頂にて目指すべき場所――ポッケ村が。

 その手前には、三日月の草原地帯を描いたガルド湖が見えていて。

 

「ユウト……」

「ああ、分かるさ。もう少しだな」

 

 どの道、ガルド湖を介さないといけないが、ポッケ村はもう目前。無事に村へと帰還できれば、ケイン達が待っているはずだと。

 半ば疲れてはいたが、そのことに想いを馳せれば元気が少なからず湧いて来そうであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

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