オムラ村長が用意してくれた一室と言うのは、畳10畳程になる特別室であった。
仄かな蝋燭の灯りが薄暗さを滲ませるこの部屋。村長曰く、〝ギルド作戦室″だそう。特別なことがない限り立ち入ることはできないそうだ。
そんな部屋にて、ケイン達猟団の面々とドーラ、ライラの鍛冶職人チーム。そして、カデットとオムラ村長が長テーブルを挟んで集っていた。
何をしようも、彼らの目的はただ一つしかない。それは、ユウトとセツナ、2人の救出だった。
長テーブル上には、羊皮紙で描かれた大きな地図が広げてあり。ざっくばらんに描かれた地図には、所々、重点箇所と思いしき場所に、簡素な○印が赤字で付けられていた。
前のめりで地図上に乗り出すオムラ村長の手には、木製のスティック棒が握られていて。
「と言うと、お主らが見たと言うのは、この場所なんじゃな?」
と一つの地点に棒先を当てがい、ケイン達に確認の意味を込めて尋ねた。皆が注視する中での数秒の沈黙。
しかし、それを経てその問いに答えるは、自前の生態マップと卓上の地図を見比べるレイナ。
「そんな感じですね〜」
と一言前置き。そして、棒先に示された箇所には、近辺に小屋マークがある森林地帯から抜けた場所だった。とは言え、大雑把に描写された地図だけに、森林地帯からは数百メートル離れていることには変わらないと思う。
それくらい、距離感が適当になっているのは、否めなかったが……。
「とすると……」
示された箇所から、見た方向に向けて直線上に描く。その先、そこには大きな山間を挟んで対岸の山脈にて、もう一つの小屋が中腹に描かれていたのを目に。
「この小屋で違いないな」
何処確信めいたケインが、自信ありげに述べてみせた。
「けど〜。その小屋は、もぅ〜」
「まぁな」
レイナの言いたいことは知っていた。だけど、その家屋が破壊されたとは言え、位置的には間違いなかった。
「ふむ〜、なるほどな〜」
思うところがあるのか、オムラ村長は難しい表情を見せた。
「村長、どうした?」
腰に手を当てたまま気さくな態度で、ドーラが気にかける。他方、カデットは主人の目線の先を辿り、何かを察したらしい。
「ご主人様、やはり」
「え、ええ? やはりって。何かまずいことでも」
状況が読めないケインは、一人、無駄にあたふたする。
「ちったぁ、落ち着けよ」
とJ.O。
「豚頭」
「ちっ」
しかし、それ以上は場の雰囲気から堪えたみたいだ。やがて、オムラ村長が動く。
スティック棒をある場所まで導くように稜線伝いになぞり、やがて尾根に入ってその場所を。2回ほど、トントン、と軽く叩くその場所は、大きな大湖だった。
「2人が無事でいるなら、恐らくこの場所――ガルド湖に来るだろうのぉ」
「ガルド湖? その場所に?」
とケイン。全体を把握できていない彼に教えるかのように、カデットが解説に入る。
「脇道はいくつかありますが、小屋から続く道は、大雑把に言って、この稜線に繋がってます。ご主人様、スティック棒を」
「うむ」
受け取る。それで、小屋近くの稜線を棒先で示した。示して――
「この稜線に、です。そして――」
間延びしながら、棒先で稜線をウネウネしながらなぞり。そして、ある箇所に来れば
「自ずとこの尾根から下ることになり、そこから辿れば、いずれこの大湖に来るはずなんですね。……分かりました?」
「あ、ああ。なんとなくだけど理解したよ。てか、詳しいんだな?」
う、うん……。思わぬ指摘を受けたのか、そこで軽く咳払い。
「い、一応、これでも、元ハンターなので」
その真剣な表情たるや、何処、プライドみたいなものが見え隠れしていた。いくら、元、とは言えど。
「でもよ、爺さん」
とJ.O。続けて
「何処、問題があるような面、していたぜ?」
「ちょ、ちょっとJ.O」
いくらなんでも言葉遣いが。そう言わんばかりに、小凛が注意を促そうとした。
しかし、オムラ村長は構わないみたい。掌を見せて彼女の言葉を遮った。遮って、間髪入れず
「確かにのぅ、指摘通りじゃて」
「じゃ、問題が」
と同じく、少なからず気になっていたケインが前のめりになる。村長はゆったりとした気持ちになるべく、一呼吸置いた。
「ガルド湖……。フラヒヤ山脈最大の湖なのじゃが、今ではもう、そこに辿り着く術がないのじゃて」
「え?」
すぐに行けないの? 半ば期待していたのに〜。
詳しい話を聞かないと分からないが、その一言を前にして落胆しかけた。オムラ村長の続きとして、カデットが理由を語る。
「私が代わりに説明します。皆さん、フラヒヤ山脈は天候の変わり目が激しいのは、当たり前ですが経験済みですよね?」
「そ、そんなの言われなくても」
「なら、そのことを鑑みて答えは簡単です」
「簡単?」
「そ、簡単。答えは異常気象による猛吹雪の末に、経路が閉ざされてしまったからです」
「なんだよそれ。だったら、最初から行けないじゃん。なんで、あたかも、今ではもう、とか言って前は行けた、みたいな言い回しするんだよ」
「それは……」
と言葉を詰まらした。見かねたオムラ村長は、ここぞとばかり代弁する。
「カデットに訊いても無駄じゃて。なにせ、最初からこの村に居たわけじゃないからのぅ。要するにじゃ、前のフラヒヤ山脈の天候は今の天候と比べて、比較的に穏やかだったからの」
「つまり、違った⁉︎ 違っていた? ってこと? どう言うことネ」
しかし、食ってかかる小凛とは対照的に、冷静沈着のレイナは憶測を並べて問うた。
「つまり〜、アレですか? 今の天候は、本来の天候ではないと」
「うむ」
そこで、状況が読めるようになってきたと言う訳だ。話の流れに乗る感じで、横から口を出す。
「てことはよ。今の天候は、何か要因があってのことだろう? きっかけとか分からないのかよ」
「うむ〜……」
そこで、オムラ村長は両腕を組んで考え込んだ。そして、木椅子から降りると、杖を携えて一つの古びた本棚へと。そのまま、横一列、整然された数冊の中から指先でなぞり探し始めると、一冊の本を迷うことなく取り出した。
本は分厚い。まるで大きな辞書にも見える本を、両手で抱えては、せっせと歩き。
そして――
ボンッ
長テーブル上に、少なからず埃を舞い上がらせて置いてみせた。
「これは?」
とカデット。彼女が見つめる本の表紙には、山脈を象ったような文様が刻まれていた。
パラパラ巡りながら
「伝承の本じゃよ」
と一言。あるページに行き着くや
「あったあった、これじゃ。これじゃよ、フラヒヤ山脈の言い伝えに関する伝承が記載された文献が」
「文献?」
気になったケインは、指定席から降りてオムラ村長の下へ。同時に、場の者達も見せ物を楽しむかのように、村長を中心に集まってきた。
皆の注目が、例の文献へ向く。その中で、オムラ村長は読み始めた。
「〝未来永劫に渡り眠れる神、フラヒヤの奥地に住まうけり。悪しき者の到来する時、神は目覚め、フラヒヤを嵐で閉ざすだろう″じゃと」
「神? 眠れる?」
その神とは一体、何を指すのだろうか?
ユウトと違い、モンハンに関しては知識不足が否めないケインは、〝神″とは何を意味するのかさっぱりだった。
J.Oも分からない様子。
「翻訳はないのか?」
「翻訳、のぅ」
言われてオムラ村長は、文献全体に目を通して見た。方や側から見ていたケイン達も、読もうと目を走らせた。
しかし、文献自体、独特の形象文字で書かれているだけに、読もうとしたところで無理があった。故に村長頼みしかないのが歯痒い。
仕方なしに、固唾を飲んで見守る。見守り続けて――
「ん〜、特に神を意味する具体的なものは描かれてなかったかのぅ」
「ち、なんだよ」
「こらっ、J.Oぉ」
「仕方ないだろう」
小凛の指摘に、苛立ちを覗かせた。2人のやりとりを尻目に、
神、神、か〜。ユウトだったら、何を連想するんだろうか。あいつがいたらな〜。
ここには居ない、遭難中の親友に想いを馳せてみた。
「と、ともかく。話を戻しましょう。私達が向かわなければならないのは、どの道、ガルド湖なのですから」
「そうだにゃ。その神とやらに拘っても仕方ないにゃ」
「……」
レイナとミルクの指摘に、J.Oと小凛、2人は自分達の話を一旦脇に置いて、とりあえず今後の方針について頭を切り替得ることに。皆が注視する地図に目を落とした。
「他に打つ手はないのですか? ご主人様」
「打つ手、のぅ。……可能性としては低いが、なくはないのじゃがな」
「あるのか! 打つ手は」
希望の光を見出したのか。身を乗り出したケインの瞳が輝く。けれど、その態度にオムラ村長の反応はイマイチ。
「そんな期待した目で見ないでおくれ。あるにはあるが、低いのじゃて」
「……分かったよ」
言われて、やや冷静になるよう心がけた。
「で、その可能性とはなんなんだ? 村長さんよ」
「うむ。それはのぅ、何十年も前に、ワシら村人が総出で築き上げた里のことじゃて」
「里? あの山脈にか?」
「そうじゃ。……ん〜、里、と言っても隠れ里みたいなもので、本来の役割は忘れてしまったが、ともかくそれがあるんじゃて」
「隠れ里、ね〜。でもよ、それがあるとして、そこからどうやってガルド湖に行けるんだ?」
まさに率直な質問だった。そもそも、湖への道が塞がっているのだ。見つけたとして、行ける確証なんてないように思えるが……。
「抜け道があるんじゃて。ガルド湖へのな」
「抜け道⁉︎」
思わぬ言葉を聞いて、意外性を見出す。横を見れば、今まで沈黙を守っていた小狼も、期待の表情を浮かべていた。
けれど、案の定、とでも言うべきか。
「だけど、始めに言った通りじゃ。今はどうなっているのか分からんし、見つけられる可能性も低い。それに、これと言ってはなんだか、恐らく無人になっているはずじゃ。モンスターの住処になっていても不思議ではないのぅ」
「そ、それでもさ。可能性があるなら」
「う〜む〜……。しかしじゃな〜」
難しい表情になる。余程、おすすめ出来ない。そんな印象が見え隠れしていた。
「ところで村長」
「ん?」
「先程の会話から察するに、前に使っていた。って言う認識はあってもいいんだよね?」
「そうじゃが」
「お母さん?」
ライラが不思議そうにドーラを見つめ、ドーラとしては、何か思うところがあるのだろう。その表情は、真剣そのもの。娘の問いには答えず、そのまま続きを話す。
「と言うとだ。何のために里が作られたのか? そして、なぜ今は使われなくなったのか? この2つが成り立つとは思わないかい?」
「ん〜、確かに。考えられなくもないですね。……ご主人様」
「確かに。じゃが、今となってはさっぱりじゃて。ただ……」
「ただ?」
オムラ村長の含みに、少しだけ興味を抱く。ケインを中心に皆がオムラ村長を見守る中、オムラ村長だけは、黙ったまま再び離席。
杖を使いながら向かう先は――
「あの〜、村長さん?」
「爺さん?」
レイナとJ.Oが揃って呼ぶ中、そのまま退室してしまった。
「どうしたんだ? 村長さんはよ」
疑問を投げかけ、皆を見つめる。しかし、カデットを除いて誰一人として、村長の意図が分からない様子。戸惑い、押し黙るみんな。
その中で、放って置けなかったカデットは
「私、ちょっと行ってきます」
「カデットさん」
思い詰めた彼女までもが、退室してしまった。後に残る微妙な静けさ。その雰囲気に堪えられそうになかったケインは、やがて――
「なんだよ、もう〜!」
戸惑いと苛立ちを滲ませた。
「どうしたんでしょうかね〜、2人とも」
「私に訊かれても分かんないネ」
「ですよね〜」
レイナ、小凛も気になるようだ。そんな中――
「あ〜あ、お開きか? なら俺は、退屈凌ぎに散歩しに行くが」
ガタンッ
「ちょっとJ.O、待つんだにゃ」
いきなり立ち上がる彼を見て、バターが慌てて止めに入った。
「だって来ないじゃないかよ。しかも、無言でいなくなるし」
「で、でもにゃ……」
――とそこで、小凛の一声。
「あ、戻ってきた」
声に反応してか、皆の視線がJ.Oとバターからそちらに向く。方ややり取りしていたその2人も、そちらに向いて――
「爺さん、どこ行ってたんだよ? 黙って去るから、俺としては――」
「すまんのう、ふと思いたったのじゃて。これについてな」
言いながら歩み寄るなり、卓上に一つの首飾りを置いた。首飾りは何かのやや三日月を模したような牙? 或いは、欠けた爪の一種を思わせた。
「先代から受け継がれてきた竜の爪じゃて。言い伝えでは、飛竜の爪、だとか」
「竜の爪? これがどうしたんだよ」
「先代の話では、隠れ里に2度と行かないことへの戒めらしいのじゃて」
「なんだそりゃ?」
里の件と竜の爪、これらに共通する物でもあるのだろうか?
ふと、そんな漠然とした疑問が湧いた。だが、マジマジと首飾りを見つめるうち、自分も似たような物を持っていることを思い出して
「あ、そう言えば俺も――」
アイテムリストを表示。項目から例の痕跡を選ぶや、同名の痕跡として、それを掌に出現させてみせた。
「ほら、これ。そいつと同じだろ?」
それはまさに、同じ竜の爪。廃墟と化した最後の設営地で入手したブツだった。
「ほんとじゃぁ。お主、これをどこから?」
その様子たるや、村長は驚いた模様。掌にある痕跡をガン見して問う。
「廃墟の小屋からだよ。廃墟の」
「廃墟?」
「地図で言うなら、ここですね〜」
そう言いながらレイナが示すところは、まさにユウトとセツナがいた小屋? が見えた地点近辺の森林地帯の中の小屋だった。
その流れから、その時の小屋の状況を混じえてケインは語る。
「そ。まさに、文字通り廃墟みたいだったぜ。なんて言うか、大型モンスターか何かが暴れたような感じで、瓦礫の山、みてぇ〜な」
「そうですね〜、そんな感じです」
「ふむ〜、なるほどな」
どこか腑に落ちるところでもあったのだろう。何回か頷き返す素振りを見せた。そんな中、
「あれ? カデットさん?」
ミルクの声が聞こえて、ケインを含めて皆がそちらを向いた。
「な、なんでもないです。ですが、ちょっと、席を外しますね。外の空気を吸いたいので」
そう言いながら、何処よそよそしそうに退室してしまった。
「どうしたんにゃろう?」
「分かんね〜」
他方、J.Oも分からないみたい。さ〜、と言った感じにノーコメントだ。一方、レイナは気になることでもあったみたい。
「なんだか。顔色、悪かったみたいに見えたけど……」
「顔色悪い?」
「一瞬ね。でも、気のせいかも知れないですし。きっと気分転換だと思う。この部屋、広そうに見えて、案外〜、狭い感じがするので」
「そ、そっか〜。狭い、狭いね〜」
天井を含めて周りを見回すと、彼女の意見にここは一つ、変な憶測をせずにそのように理解するに留めた。
「で、どうするよ。話を戻すと、ユウトと団長を探すんだろう?」
「あ、そうそう。そうだったな。オムラ村長、話を纏めるに、まずはその隠れ里を見つけないといけない。そうなんだよな?」
「ま〜、省略すればそうなるんじゃが。今しがた話した通り、見つけるのは容易じゃないぞ」
「分かっているって〜」
ま〜、なんとかなるさ。
ケインとしては、猟団の面々。特に頼り甲斐のありそうな副団長ことノブ公のおっさんがいるのだ。きっと大丈夫なはずだ。
そんな腹づもりで心の底から信じていた。それはまさに、心強い見方を得たかのように。
けれど、よくよく冷静になって考えれば、無根拠に近いことには変わりはない。それでも、そう思わずにはいられなかった。
「皆も、その認識でいいのかのぅ?」
「異論はねぇな」
「ボクもにゃ」
「それしかないならネ」
こぞってJ.O、ミルク、小凛が了承。ドーラ、ライラ、ノブ公以外はそれでOKした。
ほぼ全会一致したところで、今まで様子を伺っていたノブ公は、ようやくそこで口を出す。
「で、話はそれで纏まったのか? なんだか、俺を除いて勝手に話が進んだようだけど」
「おっさん……」
「俺から一つ、副団長として言わせてもらうけど、確証はないぞ。ただでさえ、天候の変化が目紛しい中、隠れ里を見つけるかどうか」
「そ、それは……」
それはまさに、虚を突かれたようなものだった。見落としていたのだ。フラヒヤ山脈は天候が激しいことを。
それに、言葉を詰まらしたのは、何もケインだけではなかったようだ。皆の表情を見れば、静まった場の空気が漂うのも無理もなかったから。
誰一人として言い返さない中、トドメとばかりに
「反対だな、俺は」
そして――
「確証を得られないまま、隠れ里を探すことには。皆をこれ以上、危険に晒す訳にはいかない」
「し、しかしよ。おっさん、それでは――」
「だが、反対とは言え、何もしない訳にはいかないのも道理」
「なら――」
そこで、副団長は動いた。
「村長」
「なんじゃ?」
「確か、隠れ里には、ガルド湖への抜け道があると言っていたよな?」
「そうじゃが……」
「おっさん?」
「となるとだ」
不思議そうに見つめる小凛を尻目に、ノブ公は村長からスティック棒を借り、その棒先を持ってしてある地点を指した。楕円を示すそこは、
「ここがポッケ村、……で、ここがガルド湖。つまり、抜け道があると言う観点を当て嵌めれば、両点の間に、その例の里が何処にある。と言うことだな」
「あ〜、確かに」
軽く説明を受けた上で、理屈は、なんとなくだが理解できた。要するに、その2点の間の何処に里がある訳であり、実際の登山ルートを当て嵌めれば、自ずと見つけることが可能と言う訳だった。
そのことを踏まえるに当たり、事はうまい具合に行くかに見えた。がしかし、そこでレイナが釘を指した。
「でも〜、中間地点には雪原地帯がありますよぉ?」
そこは、まさしく最初の関門。ガルド湖を迂回するように登って行く先にて、中規模程度の雪原地帯が広がっていたのである。
このまま雪原を通過した先には、最初の設営地。しかし、そこはガルド湖には辿り着けそうにもなく。
かと言って、雪原通過する際に天候が荒れれば、瞬く間にホワイトアウト。里を見つける余裕は、一瞬にして消え去るのは目に見えていた。
だけど、そこは何か妙案があるのだろう。
「確かにな。だが、……ドーラ、アレはないか? ゴーグル関係の。記憶が正しければあったはずなんだが」
「ゴーグルかい? なくはないけど、でも、吹雪に対応しているかどうかまでは保証できないよ」
「そこだよ、まさしく」
「え?」
「特注だよ、特注。人数分作れないかな?」
「そんなこと言ったってな〜」
悩ましい限りなんだろう。困った顔をしながら頭を掻いた。だけど、横からライラがきっぱりと断言。
「あるよ。今のところ一つしかないけど、試作品のなら」
「ライラ、あんた……」
「合間を見て作っていたんだ。ただのゴーグルでは、吹雪には対応出来ないんじゃないのかって。だけど、やっぱり素材が足りないんだよね」
「素材?」
「そ、素材。氷結石の粉、が」
「氷結石の、粉?」
思わずボヤいたケイン。全然聞いたことがなかっただけに、やや眉間に皺を寄せて難しい顔をした。
氷結石、の間違いじゃ〜
とか思ったりはしたが。
「確か……」
そこでノブ公は、心当たりでもあるのだろうか。メニュー画面から調合リストを開いてみせた。
サ、サ、と軽くスライドさせて行き、一つの項目に行き着いたのか。そこでストップさせてみせた。
「????、には、なっているが、多分、この調合素材で間違い無いだろう」
「団長さん、何か分かりましたの?」
「レイナさん。……ま〜な。氷結石と研ぎ石、この調合で作るものだとね」
そして、1、2回、何回かタップした後、調合完成を意味する効果音が。
「やはりな。こんな感じに……」
そう言って皆に見せ、そこには、きちんと氷結石の粉が生成されてあったのを目にした。
「確かに……」
これには頷くものがあった。
「なら、大丈夫そうですね〜」
頬に手を添えながら、レイナは笑みを浮かべた。
「特注券はわしが人数分用意しとおこう。ドーラ、それでいいかのぅ?」
「私は構わないよ」
同じくライラも頷いた。
――こうして、フラヒヤ山脈再出発における道筋がなんとか立てられ。まさしくそれは、展望というべきものでもあるかのようなものとなった。
けれど、ライラ曰く、ゴーグルは完璧なものでは無いと釘を刺された。
あくまで吹雪対策の一環。新ゴーグルを装着したからと言って、視界が劇的に良くなる訳ではないと言われたからだ。
勿論、ホワイトアウトになれば、ゴーグルを装着していようが関係ない。だけど、吹雪の最中、視界が2割り増しで少しでも良くなるのなら、無いよりかはあったことに越した訳ことはなかった。
そのことを鑑みて、村長から特注券を直接受け取ったドーラ。親娘が懸命に作業に励み新ゴーグル完成までの間、どの道、明日まで待つことになり――。
鍛冶屋との交渉を経て、少しばかり作戦会議後の余韻で雑談をした後、そのまま会議は解散となった。
「ったく〜、どこ行ったんだ? アイツ」
村の中を一人で彷徨うはケイン。そして、その相手とは、まさしくカデットだった。本当はどうでも良かったのかも知れないが、どうにも気になり、放って置けなかったのだ。
自分でも不思議である。これも性格のうちかも知れない。
は〜
思わずため息が溢れた。
「これじゃあ、俺がアホみたいだ」
村中、探し回る滑稽な姿を客観的に見れば、まるで不審者のようなら気がして恥ずかしかった。でも、その一方で、心配にもなる。
外の空気を吸いに行くだけ、と告げておいてそのまま戻って来ない。時折、オムラ村長やドーラ達に訊いて見たけど、収穫は得られなかった。
特に、オムラ村長は少しばかり気にはしていたみたいだ。話によれば、何処抱えているように。或いは、何か思い詰めているように見えたそうだからと。
「思い詰めている、か〜」
彼女のことは、対面する機会が少ない。だから、あまり事情とかは知らなかった。知らなかったのだが、なんて言うか……。
「あ〜も〜‼︎」
放って置けないタチだけに、自分自身に対して苛立ちが募ってしまう。
そして、見上げれば曇天の空。今夜は雪が降りそうな気がして。それで、目の前を見据えれば、ひときわ高い丘が視界に入った。
「丘、か〜」
一本の木の生えた丘。ケインはふと思った。
あそこなら全景を見渡せるだろう。彼女の居場所も……
その丘へと向かった。
そして――
螺旋状の階段を登ること暫く。登り切った先で待っていたのは――
「あっ、いた」
と一言。そう、目の前にいるは、行方知れずになっていたカデットだった。
「こんなとこに〜。ったく、どこ行って――」
「ここはよく見えますね」
え?
遮られてキョトンとするケインに、カデットはひらりと振り向いた。
「すみません。いつの間にか長居し過ぎてしまいましたね」
「あ、い、いや〜。俺は別に……」
思いがけない一言。それを言われて、頭を掻きながらよそよそしく戸惑ってしまった。彼女は笑みを浮かべ、再び前方の景色へと振り向き――
「思うところあったんです。あの会議の最中に」
「思うところ?」
「……竜の爪、廃墟の小屋から拾って来たんですよね?」
「ま〜、そうだけど。それが?」
「……正直、思うところがあるんです。その小屋で」
「それって、つまり……」
勘繰ってしまいそうだった。カデットは小屋が破壊された理由、何か知っているんではないのかと。
だけど、その答えはこちらから聞き出す気は無かった。なんだか、自然に任せた方がいいような。
そんな感じだったから。
すぐには答えは言わない。遠回し的に想いを打ち明けた。
「こんなことを打ち明けるつもりは、当初、全然思いませんでした。だって、調査名目でフラヒヤ山脈から無事に生還した者は、私以外にいませんでしたから。でも……、貴方が二人を残して無事に下山したのを目の当たりにして、私自身、徐々に心境が変わり始めたのですね」
「やはり、そこまで――」
「ですね」
入山してから奥地に至り、そして今、こうして無事に下山したまでの経緯を鑑みれば、異常気象の荒っぽさは脅威と言わざるを得なかった。
それはもう、場合によっては生還することなんて、奇跡に相応しいのかも知れない。
あの時、ノブ公達に出会わなければ、高確率で小狼や連れのオトモ共々と運命共同体の如く、雪山でのたれ死んでいたはずだから。
「でもよ、カデットも無事に帰還できたから、今こうしている訳だろう? 連れの仲間は、今、どうしているのか知らないけど」
すると、彼女は冷淡な言葉を一言。
「全滅しました」
「え? 全滅って」
「文字通りです。私以外、全滅と言う意味で」
「そ、そんな……」
あまりにも素っ気ない。しかし、真剣味を伴った言葉。その言葉の重みを知ってか知らずか、ケイン自身、やや動揺しざるを得なかった。
だけどその反面、前にもほぼ同じ境遇の狩友の少女――サユリとの出会いと別れを経ていただけに、もし、それが本当なら、気持ちは凄く分かるような気がした。
「どうしましたか?」
「あ、いや。なんて言うかな、前にも同じ境遇の
「そうですか。……ふっ、なんだか、シンパシーを感じますね」
「え?」
そこでカデットは、翻ってこちらを向いた。向いて、それでいて徐に歩み寄り、
「え、あ、あ、いや、ちょ、ちょっと……」
たじたじする彼をよそに目の前に来ると、瞳を覗き見た。
顔を近っ
と思ったが、やや表情が和らぐと一言添えてカデットは
「何処となく寂しく、優しい瞳をしてますね」
え?
思いがけないない一言、返す言葉がなかった。それはまさに、心を見透かされたような言葉を前にしたかのように。
そして、カデットは淡々と話し始める。
「この際、打ち明けようと思います。……あなたなら、安心できそうなので」
「あ、安心できるって……」
何をもってして安心できるのか。それはよく分からなかった。だけど、それとは別にして、何処となくこそばゆかった。頬を指先で掻く中、対面機会も少ない相手から、思わぬ言葉を貰うなんて、と。
「えーと、どこから話しましょうか? ……そうね、アレは確か〜」
それはまさに、トラウマを抱える自分と向き合うかのような語り部口調。その言葉は、ある種の人生観を伴っていた。