モンスターハンターアルカディア   作:ぷにぷに狸

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5章:ガルド湖の戦い・3話

 その家屋は一階建であり、丸太のような壁を幾重にも施された木造建築されたものだった。

 三角屋根には雪が積もっていて、屋根下には氷柱までができていた。中には、伸び過ぎて氷柱になっているのも、何本か見られていて。

 勿論、小屋自体、無人であり、かつ、使われた形跡が殆どなかった。それは外だけではなく、薄暗い中もそうである。

 しかも、その内装ときたら、まさに空っぽ。何も変わった物が置かれているわけではなかった。

 ものの抜け殻と言わんばかりである。

 

「あの2人は?」

「拓也とサヤカなら、周辺を散策しているところだね」

「そ」

 

 想像するに越したことはないと思うが、収穫なんてないかもね。

 

 期待はできそうになかった。

 

「どうする? このままでは、ただの休憩所しかならないけど」

「そうですね……」

 

 確かに。このままでは、一泊するにしても不足している物がありすぎる。必然的に考えれば、何かを施さないといけないのだが……。

 それもそのはずで、カデット達が特に1番重要視しているのはキャンプ道具。これに他ならないからであり、それがないことには、肉焼きセット一つで仲間と共有することができても、それ以外。モンスターよけの焚き火、こんがり肉以外の食料、そして、……あとはなんだ……。

 今は思い付かないが、とにかくそれらがいることは確かなのだ。

 

「どうした? ぼーとして」

「あ、エルザ。ちょっと考え事。必要な物がなんなのかをね」

「必要な物……。ん〜、てか、カデットが分からないとなると、こっちとら思い付くにも限りがあるな。団長は、何かこの件に関して教えてくれなかったのか?」

「アメリアが?」

 

 彼女から、ね〜

 

 少し思い出してみた。分団になる前の、彼女とのやり取りで。見識に関しては、おそらく彼女の方が深いことから、ハンターとして、当然のように教わったはず。

 だけど、どちらかと言ったら、愚痴のように聞かされているのが印象的だったから、知識を享受された印象は薄かった。

 

「その感じだと、忘れてたりするな?」

「私が? ま、まさか〜」

 

 思わず取り繕ってみせたが、エルザの指摘はまさに図星に近かった。そんな中、遠くの方からサヤカの声が訊こえてきた。

 

「おーい! おーい! なんかいるよー!」

 

 なにかいる?

 

 エルザと顔を合わせ、互いに頷くや、カデットはエルザを連れて小屋の入り口から裏側へと向かった。

 

 そして……

 

 小走りでそこに行くと、拓也とサヤカがいた。それで、サヤカの方は、草むらの向こうに指を刺していて。もう片手には、横長い手頃な木板を掴んでいた。

 

「あ、来た。副長、あそこ、あそこに誰かいる」

 

 彼女の隣に来て、草むらの方を見つめた。薄暗い茂みが奥まで続いているが、その誰か? とはどこにいるのか分からなかった。

 

「気のせいでは?」

 

 サヤカの言動を悪ふざけと捉えたエルザが、軽くツッコミを入れる。

 

「ほんとだよ、ほんと。いるんだってば!」

「カデット?」

「見てくる」

 

 ここからではよく分からない。カデットは茂みの中へと入った。

 

 ガサガサガサガサ……

 

 葉音を立てながら突き進んで、そこで足元に気配。

 

 っ!

 

 まさにドキリッ。そのまま進めば、そこにいた小人を蹴飛ばして進むところだった。

 

「爺さん?」

 

 心臓が飛び出るくらいビックリしたものの、ここは冷静さを取り繕って話しかけた。

 

「お〜、こんなとこに来るとは珍しいのぅ」

「いや、別に珍しくも。寧ろ、珍しいと言うか、すごく怪しいのは爺さんの方なんですが」

「確かにのぅ」

 

 他愛無い会話をするのが久々なような気がした。まさしくそこにいたのは、薪割りを背負った竜人族の小柄な爺さん――山菜ジジイがいたからである。

 

「結局、見つけたんかー?」

 

 拓也の声が聞こえてくる。

 

「まぁね。山菜ジジイがいました」

「山菜、ジジイ?」

「ほら、やっぱりいたじゃない」

 

 自信満々に威張るサヤカの声がした。

 

「それで、ワシに何の用かのぅ?」

 

 言ったそばから選択肢が現れ――

 

▶︎設営クエストに挑む

 

・ねだる

 

・特に用はない

 

 の三択が表示された。パッと見て思い出した。キャンプ設営するには、山菜ジジイからだと言うことを。

 

「それでは――」

 

 と言いかけて、横からサヤカの声が。

 

「ちょっと待って!」

 

 え?

 

 横を向けば、いつの間にかサヤカと拓也が。遅れてエルザまでもが来ていたことに、少しばかりドキリとした。

 

「ね〜ね〜、クエスト受ける前にだけど、ねだる、の項目。気にならない?」

「ねだる、の項目だ?」

 

 と拓也。続けて

 

「何をねだるんだよ?」

 

 しかし、その意図は明かさず

 

「まぁまぁ、いいから。……ね、副長、いいでしょ?」

「いいでしょ、って。だいだい、ねだるにしても――」

 

 とここで、意図せずに選択をしてしまったのか

 

「いいじゃろう。……ほれ、これな」

「あ、いや、私は別に」

「じゃ、私が受け取る」

「あ、ちょっと」

 

 横から割り込むようにサヤカが前に。山菜ジジイの掌で光ブツを受け取った。――で、この反応。

 

「な〜んだ、薬草か」

 

 落胆した。

 

「大したことないね」

 

 とエルザ。拓也もそれに倣った。

 

「ねだるだけ、無駄かもな」

 

 だけど、ここで意外にも、食い下がる彼女ではなかった。

 

「次、ないの? 爺さん」

 

 共有メニューだけに、副団長の許可なしに再び、ねだる、を選択。

 

「仕方ないのぅ。……なら、これはどうかのぅ?」

 

 と光るブツを。すかさず受け取ったサヤカは、

 

「煙玉? は〜、こんなの何に役立つの」

「サヤカ、何を欲しがっているの?」

 

 何かに付けてピリピリしていそうに見えたのか、エルザが真意を確かめようとした。

 やや恥ずかしいのか、それに少しは躊躇うように見えたが、やがて手にした木板を見せて

 

「欲しいのよ、これに使う道具が」

 

 と強調してみせた。

 

「欲しいって、それってその辺に落ちていた角材じゃん。何に使うんだ?」

 

 と拓也。

 

「彫るのよ」

「彫る? それにか?」

「そ。だから」

 

 と再び〝ねだる″を選択してみせた。

 

「仕方ないのぅ」

 

 と山菜ジジイ。またもや腰の辺りを弄った後、掌の中で光るブツを見つめてため息。少し名残惜しそうな印象を湛えた後、

 

「ほら、これならどうじゃ? 本当は大切にしたかったものじゃがのぅ」

 

 あげてきた。早速、受け取るサヤカ。

 

「やった〜! これが欲しかったのよ、これが」

 

 爺さんの気も知れず、大喜びをしてみせた。

 

「何を貰ったんだ?」

「あ、拓也。木彫りナイフだよ、木彫りナイフ。もの木板に刻みたいものがあったから」

「へ〜、刻みたい物ね」

「な、何よ!」

「なんにも」

 

 一方、エルザはというと、ただのNPCに過ぎない山菜ジジイに対して珍しく、同情の念を向けた。

 

「よかったの? 大切な物だとか」

 

 しかし、

 

「別にいいんじゃて。今となっては娘さんが喜ぶ姿が、何より愛おしくてのぅ」

「気が早いんですね」

 

 カデットが付け足した。

 

「で、どうするんじゃ? この後」

「あ、そうそう。私達、クエストを受注するんですよね。設営したいがために」

「なるほどのぅ。なら、(メニュー画面を)再び出すまでもない。クエスト、受注しとくわいな」

 

 直後、

 

『設営クエスト、受注しました』

 

 のメッセージが眼前に表示された。

 

「ありがとうございます」

 

 一応、礼をしといてと。早速、クエスト内容を見た。達成条件がいくつか記載されていたが、これらに言えることはただ一つ。全て小屋前の収集ポイントに持って行くことだった。

 

「じゃ、ワシは収集ポイント()の場所で待つからのぅ」

 

 その言葉を残して、小屋の方へ。茂みを避ける形で歩み始めた。

 

「じゃ、早速……」

 

 依頼品とやらを集めに掛かろうとした。――とそこで、

 

「あー、ちょっと待って副長」

「サヤカ?」

 

 不思議そうに拓也が見守る中、

 

「これ、一緒に刻むのやらない? 先に」

 

 と強調して見せてくるは、あの木板。正直、木板に木彫りナイフを手にして、何を刻むと言うのか? 疑問でしかならなかったけども。

 だけど、サヤカの表情はワクワク感が溢れていた。

 

「別に、少しの間なら」

「やった〜! じゃ、小屋の方へ行こう」

 

 はしゃぐ子供のように、一人で勝手に茂みを突き抜けて行った。

 

「何を嬉しそうにしているんだろうな?」

「さ〜」

 

 2人は揃ってカデットと同じく、サヤカの気持ちに疑問符が付いたようだった。

 

 切り株の上に木板を置いて、木彫りナイフを手にしたサヤカは云々と唸るばかり。描きたいものがないのであれば、別にしなくてもいいんではないのか?

 側から見ていてそう思っていたのだが、

 

「あ〜、もう! 思いつかないよ。拓也、何かいい案とかある?」

「そんな俺に言われても。言い出したの、サヤカからだし」

「は〜、だよね」

 

 肩透かしを喰らったみたく、肩を落とした。ペン回しのようにして木彫りナイフをクルクル遊び回して、難しい顔をして木板と睨めっこは続く。

 飽きてきたエルザが、退屈してきたのか。一言、吐き捨てた。

 

「くだらない」

 

 気持ちは分からない訳ではなかった。カデットとしても、早いとこ終わらしてクエストの依頼を済ましたかったからである。

 

「カデット。サヤカはほっといて、先に済まさないか?」

「そうですね〜、そうしましょうか?」

 

 正直、埒が開かないだけに、ここは拓也に任せてエルザと共に踵を返そうとした。

 ――とここで、いきなりサヤカが叫んだ。

 

「あー‼︎ もう、めんどくさい! これでいいや、これで」

 

 え? 何?

 

 思わず振り向く。すると、ようやく閃いたようで、木彫りナイフを滑らかに走らせる彼女の姿がそこにあるではないか。

 

「な、なんだよ! 唐突に声を張り上げやがって」

 

 しかし、拓也の指摘にも意に介せず、サヤカの彫刻は止まるところを知らなかった。

 そして、

 

 ガリ、ガリ、ガリガリガリ、……

 

 と削る音を奏でる中、遂に木面に描写した文字が浮かび上がった。

 

「よし、これでいいや。……どう? 〝グーク響奏局、ここに集う″。いいでしょう?」

「いいでしょ。って、結局、そのまんまじゃないかよ」

 

 グーク響奏局――。

 

 分団とは言え、この猟団に属していることには変わりない。変わりないが、何というか……。

 どことなく読んでみても、ありきたりのような感が否めなく。表情には表さないまでも、内心、苦笑いしてしまった。

 同じく、拓也自身もそう抱いていたのだろう。発した言葉と共に引き攣ったような表情が滲み出ていた。

 

「なによ! なんか、文句でもあるの?」

「べ、別に文句なんか……」

 

 歯に着せねような物言いに負けて、続く言葉をフェードアウトしてしまった。他方、外野にいたカデットは

 

「別にいいんではないでしょうか? サヤカが納得するなら」

 

 とフォロー。

 

「ほら」

「ほらって……、言われてもな〜」

 

 頭を掻きながら、拓也は返答に困ったみたいだ。そんな中、軽くため息をしたエルザは、何かから解放されたみたく

 

「ようやくだな」

 

 と疲労感を滲ませて、一言発するに留めた。ささっと彫刻ナイフを収納し、描いた木板を持ち上げて――

 

「さて、どうしようかな? これ。何処かに飾りたいんだけどな〜」

 

 とかなんとか。小屋を見つめながら手頃な場所がないか、視線を右往左往。しかし――

 

「ま、いいっか。先にやるべきことがあるんだしね」

 

 ここに来て肝心な用事を思い出したのか、彫刻済みの木板を切り株に立て掛けるに留めておいた。

 処遇は後回しにしよう。そんな感じなんだろう。

 

「いいよ、副長」

「ようやくですか?」

 

 正直言って、カデットもエルザと同じく、退屈を重ねていた身。精神的な疲労が少しだけだが溜まっていた。

 

 

 

 

 必要な物リストを挙げるとしたら、木の端材、粘着草、石ころ、ツタの葉。そんなところであった。そんなところであり、このリストに記載された各素材の必要個数というのは、カデットとサヤカに当てられたものでもあった。

 つまるところ、拓也とエルザとは、別行動で動いていた訳であり。なにせ、クエスト開始直前に見たリストにおいては、その個数は平均すれば20から25前後。効率的にやるとしたら、2グループに分けた方が得策だった訳だ。

 そんなこんなで採取に没頭していたが、ここで頃合いを見計らって離れて散策するサヤカに向かって、進捗状況を尋ねてみた。

 

「そっちはどうです?」

「あと、2つかな。ツタの花と粘着草で。そっちは?」

「同じようなものです」

「そっか〜、そうだよね」

 

 お互い、収集状況から言って然程でもない様子。なんとなく分かってはいたのだが、ツタの葉と粘着草。特に粘着草に限っては、なかなか入手が難しいものであった。

 

「それにしても……」

 

 と呟く心中。

 

 あの2人はうまくやっているのだろうか?

 

 エルザはともかくとして、めんどくさがり屋の拓也は依頼を投げ出しそうな気がしてならなかった。

 多分だけど、3:1の割合でエルザが一人でかき集める羽目になりそうな。そんな想像がしてならなかったのだ。

 指先でサッと虚空を切り、画面表示。その流れから、チャットメニューを開いた。進捗状況が気になるだけに、一言添えよう。そんな心配りである。

 

 それから、数分が経過して――

 

 徐々にだが、違和感を抱き始めた。

 

 送信直後は夢中で採取しているだろうな〜

 

 とかなんとか勝手な憶測をしていたのだが、やや時間を置いて冷静になって見れば、受信したら効果音がなることをふと思い出したのである。

 しかも、それだけではない。効果音と同時に視界の隅にて、手紙アイコン上にて〝NEW″と表示されることも。

 それらを考えた時、意図的に無視する以外に気付かない訳がないのだ。ましてや拓也とエルザ、2人に送っただけに。

 

 嫌な予感がする――

 

 採取作業を取りやめ、サヤカに向かって真剣な声音で呼び掛けた。

 

「サヤカ!」

「ん?」

「ここは一旦、戻りましょうか?」

「?」

 

 え? なんで?

 

 そんな感じに意外なコールを前にして、驚いた表情でこちらを向いた。のだが、その直後、

 

「っ!」

 

 カデットのただ事ではない険しい表情を見て本能的に察したのだろう。同調するかのように

 

「……うん」

 

 頷いた。以心伝心した後、サヤカも作業をやめて――。その直後、

 

 きゃ――‼︎

 

 っ!

 

 突然、ただごとではない悲鳴が、茂みの向こうから反響したように訊こえてきたではないか。

 ――とほぼ同時に、遠方からこちらに向かって、衝撃波を感じらんばかりの大型モンスター特有の咆哮(バインドボイス)までもが聞こえてきたのである。

 瞬間的に

 

 まずい‼︎ 2人の身に。

 

 しかし、危機感を覚えたのは、サヤカも同じらしく

 

「副長」

「うん」

 

 2人は顔を示し合わせた後、全力疾走で悲鳴と咆哮のした方へと走り出した。

 それはもう一直線に真っ直ぐ。障害となる得る茂みなんてものともせずに、猪突猛進の如く突き進んで行く。

 枝葉をそこからじゅうに引っ付かせて、そして、悲鳴と咆哮が入り混じる方向――小屋エリアと抜け出した。

 瞬間、その光景を前にして、目を疑わんばかりの有り様がそこにあって。まさしく戻った2人が目にしたのは、

 

 なんと! 

 

 頭部がティラノザウルス、体はトガげのような姿をした巨大で獰猛な飛竜。頭部から全身にかけて漆黒を纏ったような、煤だらけのティガレックスが。

 しかも、その顎門(アギト)には、恐るべきことに仲間の1人――拓也が咥えられていたのである。

 咥えた口からは黒煙が垂れ漏れていて。恐らく竜撃砲を放つと同時に餌食にされたような印象が伺えられた。

 他方、目線をずらせば、恐怖を堪えて必死に対峙するエルザの姿が目に映り。悲鳴の正体は、案の定、エルザだとすぐに確信に至った。

 しかしその直後、

 

 キャ――‼︎

 

 隣でサヤカが、恐怖のあまり悲鳴。対するカデットも、目を疑う光景にほぼほぼ頭が真っ白になり唖然としてしまっていた。

 そんな中、微かな苦し紛れの声。

 

「……げろ!」

 

 え?

 

 もう一度、そちらを向く。咥えられ動けないであろう拓也からの声が、仲間を逃がそうと懸命に叫んでいたのである。

 徐々に減っていく体力ゲージ。見るに堪えなかったカデットは、そのか細い声を訊いて突発的に

 

 ――助けにいかなければ――

 

 団を束ねる立場ゆえに、その強い使命感が恐怖を押しのけカデットは彼を助けるべく動き出したのだ。

 

 踏み出した一歩。

 

 しかしそこで、その拓也は限界を超えて振り絞るかのように叫んだ。

 

「逃げろー‼︎」

 

 と。

 

 っ!

 

 怒声を前にして、思わず立ち止まってしまう。――とここで、その声に反応したティガレックス。

 咥えていた拓也を強引に噛み砕き霧散と化したエフェクト片を撒き散らすと、未だに動けないでいたエルザに目を向けて、ものの1秒足らず。

 声を上げる余裕すら与えずして襲いかかり――

 

 バクンッ!

 

 と捕食。その二度の光景を目の当たりに、限界を超えて堪らず

 

「きゃ――‼︎」

 

 と恐怖のあまり悲鳴を上げてしまった。さらにその恐怖は、本能的に全身を突き動かして。

 

「ふ、副長! ま、待ってよー‼︎」

 

 もはや、自分のことで手一杯。慌てふためくサヤカを残して、一目散にその場から走り出した。

 

 そう、一目散……

 

 その言葉に相応しいくらいに、周りの景色、地形、肉食モンスターの縄張りなど。

 もう、こうなれば全てにおいて関係ない。それくらい身に迫る危険から逃れたい。その一心しかなかった。しかなくて、それでいて――

 

 走って、走って、走りまくって……

 

 そして、いつの間にか。

 

 はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、……

 

 スタミナゲージを切らしたまま走り続けた結果、まともに呼吸することさえ困難なくらい息が上がっていた。しまいには、力尽きてその場にへたり込んでしまうだけに。

 

 どのくらい逃げたんだろうか? 

 

 正直、皆目、検討がつかなかった。疲労困憊から頭がぼ〜としていて、全くと言っていいほど思考が働かない。

 雪面に背中を預けて空を見上げれば、針葉樹林の木々の間から、どんよりとした雲が濃い黒色に染まりつつあって。

 ふと気になって、仲間の方へと意識を向けてみれば

 

「サヤカ、大丈夫です?」

 

 しかし、すぐに返事はない。多分、彼女も息が上がって声が出ないだろう。そんな思い込みが先に浮かんできた。

 

 だけど……

 

 冷静になっていくにつれ、自分の脈動以外、しーん、としていることに気が付いてきて。

 そのせいか、やや心配に。

 

「サヤカ?」

 

 返事がないことに気になって、上体を起こして振り向いた。見渡す限り誰もいない。

 

「サヤカ、サヤカ? ……どこ? どこにいるのです? ……っ! まさか⁉︎」

 

 嫌な予感が脳裏を過ぎる。

 

 逃げ遅れたのではないのだろうか?

 

 スクっと立ち上がったカデットは、来た道へと戻ろうとした。――のだが、少しだけ走ったところで、見えない壁に阻まれたかのようにそこで立ち止まってしまった。

 頭では引き返さないと。そう理性が働くのだが、心と体は一心一体だけに、前へと進ませてくれないのである。

 その理由は簡単。一言でいい表せれば、まさに

 

 〝恐怖″

 

 どうしようもないティガレックスと対峙した時の恐怖が込み上げてきて、本能的に引き返すことができないのである。

 その典型例であろうか。両足が、

 

 ガクガクガクガク……

 

 と震えていて、今にもその場ですくみそうになっていたからだ。下手すれば、その場で腰を抜かしてしまいそう。そのくらいのレベルであった。

 しかし、

 

「……。っ!」

 

 悩んだ末に決意、踏みとどまらなかった。

 

 もしかしたらサヤカの身に……

 

 それを考えたら、恐怖よりも勝るであろう罪悪感と後悔。それが尾を引くのは火を見るに明らか。

 そうなれば、一生、それらを引きずってならなければならないのだ。想像するに悍ましいこと。

 そのことが故に、目の前に立ちはだかる恐怖を打ち破らんばかり、自分の心と体に鞭を打っては再び走り出したのだ。

 

 それから程なくして……

 

 引き返せば引き返すほど恐怖が増していく。無理もない。いくら決意したからと言ったって、火中の栗を拾うようなもの。身を危険に晒すことになるだけに、ビビらないわけがなかった。

 雪面を踏みしめていく音を奏でながら、小屋へと向かって走り続ける。その中で、スタミナゲージが尽きかけそうになる度、何度でも立ち止まっては、息を整え。再び走っては息を整えと繰り返し繰り返し一息を挟んだ。

 そうこうしていくうち、案の定とも言うべきか。遠方から気配が伝わってくるのを肌で感じるようになってきて。カデット自身、その恐怖心も最高潮になってきた。

 例えば、時折、反響してくる咆哮。地を蹴散らしていくような疾走。そして、金属がぶつかるような効果音。それらである。

 特に、金属音に関しては間違いない。サヤカ、サヤカだ。あの狩猟経験が浅い彼女が、これよがしと抵抗しているに違いない。

 そう感じずにはいられなかったのである。

 

「サヤカ……」

 

 早く助太刀せねば、彼女の身が。

 

 心の底から〝焦り″の2文字が、間欠泉の如く湧き出てくる。向かえば向かうほど激しくなっていく戦闘音。そして、その合間に突風のように襲いかかる咆哮。

 肌で感じずにはいられない。まさに、戦いは熾烈を極めているものだと。

 その最中、周りの針葉樹とは別種の大木。逃げる最中に気が付かなかったその大樹の前を通過しようとして――

 

「副長⁉︎」

「え?」

 

 唐突に声が。その場で立ち止まれば、大樹の根元にぽっかりと空いた洞穴にて、なんと! あのサヤカが体育座りでちょこんと身を潜めていたのである。

 

「サヤカ、生きていたの?」

「当たり前でしょ、副長! 全くぅ〜、いくらなんでも私を――」

 

 皆まで訊かず。衝動的な嬉しさのあまり、思わず――

 

 ガバッ!

 

「え?」

 

 強く抱きしめた。抱きしめて、それでいて感極まり――

 

「よかった。本当によかったよ、サヤカ。私はてっきり――」

「副長……」

 

 もはや嗚咽が止まらなかった。

 

 なぜかって?

 

 生きてた。生きていてくれたから。だから、それ以上のないくらい嬉しかったのだ。他方、サヤカは抱きしめる彼女の行為に戸惑っていたであろう。

 しかし、当の本人――カデットは、そんなことなんてどうでもよかった。それくらいである。

 

「く、苦しい〜。ふ、副長……」

「あ、ごめんなさい」

 

 強すぎたようだ、解放してあげた。一方、解放されたサヤカは、溜まった空気を吐き出すかのように、軽くため息をつき。

 一拍置いて、カデットは頭に浮かんだ疑問を投げかけてみた。2つの疑問、それは――

 

「それにしても、どうやって? あと、向こうの戦闘は?」

 

 一方、ふぅ〜、と胸に手を当てると、サヤカは少々苛立ちを隠せない模様。

 

「苦肉の策、爺さんから貰った煙玉で。あと、向こうで戦っているハンターとは関係ないよ。てか、副長、酷いよ! 一人で先に逃げるなんて。てっきり見捨てられたかと思ったんだから」

「ご、ごめんなさい。こ、怖くて……」

「言い訳無用! 二度としないでよね」

「……わかりました」

 

 自分の行いに悔いてか。上司的立場であるにも関わらず、シュンとして俯いてしまった。

 無言の空気が流れる。そして、先に口を開いたのはサヤカ。その表情には、すでに苛立ちはなく

 

「……でも、正直、ほっとした」

「え?」

「だって、来てくれたじゃん。こうして」

「サヤカ……」

「嬉しかったんだ、私。もし、来てくれなかったと思ったら、凄く不安で怖かっただけに? だからさ」

「……」

 

 複雑な心境。それだけに返す言葉が出なかった。そんな気持ちが顔に出てしまったのだろうか。

 

「もう、しけた面しないの。例え腑抜けても〝副団長″でしょ?」

「ですが……」

 

 後ろめたさを引きずりながら、視線をある方向へとずらした。その視線の先は来た道、小屋のある方向。

 その心中とは、自分だけ逃げてしまった罪悪感、それだけではなかったからだ。

 首を傾げるサヤカ。カデットの顔を覗き込み、そして、後ろ髪を引かれていそうな視線の先を辿って――

 

「拓也、エルザ、のことね? 副長」

「え? どうしてそのことを」

 

 まさに図星だった。驚くカデットに、サヤカは一言

 

「目線」

「目線?」

「そ、目線。見つめてる方向を読んだから。あと一つ付け加えるなら、その悲しそうな顔だね」

「……ふっ、完全に読まれてしまいましたね。私としたことが」

「それは違うと思うよ」

 

 え?

 

「私だって気持ちは同じだよ。表面上は明るく振る舞っているけど、内心、あの2人を失ったのは堪え切れないんだよ。だってさ、……だって……」

「涙」

「え?」

 

 指摘され不思議に思ったサヤカは、そっと目元に手を添えてみた。カデット目線ではすぐに分かってはいたが、当の本人――サヤカは、今更ながら気付いたのだろう。いつの間にか泣いていたことを。

 

「あれ? あれあれあれ、なんで? 隅っこに押し込んでいたのに」

 

 当然のように戸惑っているようだ。カデットは優しく包容してあげ、サヤカは彼女の胸の中で心のあるがまま泣き叫んだ。一方、カデットにとっては感謝しかない。

 

「ありがとうね、サヤカ。私の代わりに」

 

 しかし、答えは返ってこなかった。でも、別に良かったのである。自分の気持ちは彼女が体現してくれたのだから……。

 

 そして、束の間のひと時を得て――

 

「ありがとうね、副長」

「いえいえ、礼なんて。寧ろこちらから礼を言いたいくらいです。ありがとう、サヤカ」

「そ、そんな畏まられても」

 

 目元はまだ赤い上、カデットの思わぬ言葉を受けて、どこか恥ずかしいのだろう。頭を掻きながら、自然と口元が綻んだ。

 目をゴシゴシしながら気を取り直そうとするサヤカ。彼女をよそに耳を傾けてみれば、未だに遠方――小屋の方からだが、激しい戦闘音。時折、小さく反響してくる咆哮が、耳奥へと空気を震わせて伝えていた。

 

 どの道、長居は無用かもですね。

 

「そろそろ行きましょうか? サヤカ」

「そうだね、副長」

 

 日が暮れてゆく中、唯一の設営地に引き返せないのはもどかしい限り。しかし今は、野宿覚悟でも安全地帯へと移動するのが先決。それだけに、2人は、早速、立ち上がって――

 

「逃げたぞー‼︎」

 

 え?

 

「え?」

 

 逃げたって?

 

 思わず2人は顔を見合わせて――。

 だけど、遠方からだが、明らかに何かが近付いて来るのを。その何かとは想像するまでもなく。

 ティガレックスがこちらに向かって来る気配を、地響きを通じて感じずにはいられなかった。

 瞬間、本能が告げた。

 

 ――逃げなければ――

 

 と。

 焦りから、徐にサヤカの手を握り、

 

「行こう!」

 

 しかし、

 

「だ、大丈夫だよ」

「え?」

「だから、大丈夫だよって。この木が守ってくれるから」

「な、何を言って――」

 

 ふと視界に両足が。サヤカの両足が、滅茶苦茶小刻みに震えまくっていたのを目にしたのである。

 まさに金縛り。迫り来る死の恐怖を前にして、身動きすら取れないでいたのだ。だが、このままでは……。

 

 くっ

 

 歯を食いしばり腹を決めたカデットは、力強く引っ張り、金縛りから解放しようとした。

 

「ちょ、な、何をするの副長‼︎」

「だから、早くここから――」

 

 その直後だ。

 

 ミシミシミシミシ……

 

 ティガレックスが直前まで迫って来たのだろうか。隠れ蓑として利用していた大樹全体が、枝を破るが如く不気味な音を立てると共に、全体が根本から傾き始めたのである。

 

 倒れる!

 

 本能が告げ、咄嗟にサヤカを庇って根本の洞穴から彼女と共に脱出しようとした。

 が、しかし

 

 バッ

 

 え? サヤカ

 

 何を思ったのか、掴んだ手を振り払われた。そして――

 

「生きて」

「何を?」

 

 ドンッ

 

 疑問に思った側から思いっきり体当たりされ、洞穴の外へと弾き出されてしまった。

 体当たりされた勢いで、しまいにはバランスを崩して転んでしまうカデット。

 しかし、すぐに体制を立て直し振り向く。が、時すでに遅く。

 

 バリバリバリバリ……

 

「バカ‼︎ サヤカ!」

 

 そして――

 

 ドシーンー……‼︎

 

 なんてことだろうか。引き返すこと叶わずして、体当たりで弾き出されたカデットは無事に、サヤカは倒れた大樹の下敷きとなってしまった。

 土埃と粉雪が混ざり合って舞う中、犠牲となった仲間の名を叫んだ。

 

「サヤカ――‼︎」

 

 しかし、その直後、倒れた大樹の陰から轟竜の視線が。思わず目と目が合い睨まれては、

 

 ドキリッ

 

 サヤカと同じく、金縛りにあったかのような恐怖から声を押し殺してしまった。のだが、数秒経つか経たないかの間隙より。瞬間、耳をつんざく勢いで、まるで大型大砲の発射音の如く凄まじい咆哮が放たれ。

 堪らず、咆哮からなる衝撃波をモロに喰らったカデットは、そのまま交わすすべなく。

 煽られては数mぼど吹き飛ばされてしまった。雪面を何度も転げ回っては

 

「う、うう……」

 

 呻き声を上げながらヨロヨロと立ち上がる。けれど、そこで視界に入るは、自身の体力ゲージ。

 あの一撃を前にして、9割型削られていると言う衝撃を目の当たりにした。ありえないくらいのダメージ量を前にして、

 

 ――殺される――

 

 の単語が心の中を埋め尽くし。それゆえに、もはや彼女の頭にはサヤカを助ける余裕はなく。

 

「ひ、ひ、ひぃ〜‼︎」

 

 小さな悲鳴を上げるや否や、頭で考えるより先に体が反応。地を転げ回るかのように、その場から逃げ出した。

 猛追して来るであろうティガレックスから逃れたい一心、ただただそれだけ。もはや、一心不乱のように走ったのだ。

 転げ回るかのように下山する中、時には崖から転落したり。時にはボロボロの吊り橋を無理矢理にでも渡ったり。或いは――

 しかし、目指すべき場所は一つしかなかった。

 

 そう、ポッケ村……

 

 その麓の村まで、夜中ぶっ通しで逃げ続けた。まさに、死にたくなかっただけに。

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