モンスターハンターアルカディア   作:ぷにぷに狸

112 / 132
5章:ガルド湖の戦い・7話

 いつもと変わらない風景、普通なら息抜き程度でしかない風景なのだが、今度ばかりはそうは行かなかった。遠方に連なるフラヒヤ山脈を見つめながら、カデットは想い馳せる。

 

 どうするべきか?

 

 と。言うなれば、

 

 変わるべきか? そうでないのか? 

 

 或いは、

 

 踏み出すか否か。

 

 だ。

 

 ま、そんなところ。

 具体的には、ケイン達と共にフラヒヤ山脈へ。新たな旅立ちへ出向くか?

 

 或いは、

 

 現状維持で変わらない生活を送るか?

 

 そんな按配であったのだ。

 明確に転機となったのは、あの時。……そう、あの時だ。ケイン達が、まさかフラヒヤ山脈から帰還したのを目にした、と言う時。

 それまではフラヒヤ山脈からの帰還はあり得ない。それも、調査名目で奥地まで。そして、そこから帰還すると言うこと自体があり得ないと思っていたからだ。

 フラヒヤ山脈にはアイツ――ティガレックスがいる。村の風評被害の要因となっていたであろうドドブランコをブラフとして。

 ティガレックスと遭遇したらお終い。しかも、どこを縄張りにしているのか定かではなく。

 そんな恐怖の現実があるからこそ、自分の中では確固たる常識としてあったのだ。

 それに思い出したくない、ティガレックスのことを思えば。

 手にした愛銃(ライトボウガン)――クックアンガーを強く抱きしめる。まるで、それはお守りを肌身離さずかのように。

 

「こんなとこにいたんじゃな」

 

 後ろからしゃがれた声が聞こえてきた。声に反応して、軽く向く。

 

「ご主人様……」

 

 しかし、すぐに目を伏せた。なんだか、理由はないんだけども、バツが悪そうな気がしてならなかったのだ。

 オムラ村長は、そんな彼女をじっと見つめて、それから僅かながら笑みを浮かべた。

 

「悩み事、あるようじゃのぅ」

「……」

 

 正直、その言葉を前にして、返す気にもなれなかった。しかし、

 

「さしずめ、歩み出すか否か、彼らと共に。……そんな塩梅と言うことかのぅ?」

「っ! どうしてそれを」

 

 抽象的ではあるが、まさに図星。これには疑問を持たざるを得なかった。だが、オムラ村長の表情は変わらない。変わらないで、それでいて――

 

「顔に書いてあるのよの」

「顔、に?」

「そうじゃて」

 

 そして、そう言いながら、カデットの隣へと歩み寄った。共に同じ景色を見る中、

 

「久しぶりじゃのぅ、この景色を見るのは」

 

 と、郷愁に勤しんだ。

 一方、そんなご主人を尻目に、カデットも同じ景色を見んばかりに前方の景色へと視線を移す。

 もしかして、なのかも知れないが、ご主人様は自分の心境を見透かしているのかもしれない。

 あの言葉を聞いた瞬間、そんな気がしてならなかったのだ。だけど、短い間とは言え、慣れ親しんでいる間柄。別に不快には思わなかった。

 そう思うだけに、この際、打ち明けるべきなんじゃないのかと。そう考えずにはいられなかった。のだが、

 

「私――」

 

 と言いかけたところで

 

「どうじゃ? カデット。この際、ティータイムとかは?」

「ティータイム? ですか?」

「そうじゃ、ティータイム。まずは腰を据えてからの方が、話しやすと思うてじゃて」

「……」

 

 (腰を据えて……。か〜)

 

 確かに、座りながら話す方がリラックスできるような気もしなくもない。ただ、それと同等、この山脈の景色を眺めながらでもリラックスはできていた。

 

「嫌かな?」

「あっ、いえ。私は特に……」

「なら、そうしようかのぅ」

 

 結局、なし崩し。二つの選択肢はあったのだが、吟味する前にオムラ村長の言われるがままとなってしまった。

 ただ、踵を返す中、もう一度フラヒヤ山脈に視線を投げかけたカデットは、こうも思った。

 

 (別に、ご主人様の家からでも拝められなくはないか……)

 

 と。

 

 鉄製のお盆の上に紅茶を濯いだカップを二つ乗せて、オムラ村長はこちらに向かって歩いてきた。

 カデットは慌てて

 

「そ、そんなそこまでしなくても……」

 

 しかし、

 

「別にいいんじゃて、このくらい」

 

 と気揉みするカデットを前にして、オムラ村長は自嘲気味に拒んだ。

 何か手伝うことはあるのか? とさえ思ってはいたが、仕方ない。肩の荷を下ろして、一旦、落ち着くことにした。

 

「味には少し自信があるかもじゃが、いかせん久し振りだからのぅ」

 

 言いながら差し出されて、カップの中を覗けば

 

「紅茶……」

 

 僅かな波紋を残して揺らめく、茶褐色の紅茶がそこにあった。湯気から香りが漂い鼻につけば、香ばしいハーブの香りが感じられる。

 

「特産、と言うわけじゃないがな」

 

 そう言いながら、対面式にオムラ村長も丸椅子に腰を据えた。カップを手にしたカデットは、僅かに間を置いた後、一口だけ啜り、口の中を湿らせて――

 

 (なんだろう……、なんだか、不思議な感じがする)

 

 特段、体にはなんともないのだが、人から作ったものを久しぶりに味わっただけに、心が和むような感慨を抱かずにはいられなかった。

 思わず、ホケ〜、としてしまう。

 

「どうじゃ?」

「え? あ、あ、う、うん。……美味しいです」

「それはよかった」

 

 そして、オムラ村長もまた、一口啜り――

 

「うん、久々にしては上出来かのぅ」

 

 納得いく自己評価を下した。ふと、カデットの方に目を向けて

 

「ん? どうしたのじゃ? ホケ〜として」

「あ、言え。……ただ、人から作ってくれたのを味わうのが久しぶり過ぎて。なんだか〜」

 

 思わず心境を吐露。

 

「ま、無理もないかものぅ。ほとんど家事をしてくれてたからな」

 

 理解を示してくれた。二人の間に、いっときの穏やかな時間が流れる。紅茶による付与効果なのかどうかは分からないが、体の芯から温まる感覚に包まれた。

 

「我ながら、なかなかの美味だったのぅ」

 

 自慢げに感想を述べ、カップを茶卓の上に置いた。少し遅れて、カデットも飲み干し、茶卓上にカップを置いて――

 

「なんだか、こうして二人っきりで穏やかな時間を嗜むのも久しぶりですね」

 

 随分とリラックスしながら、言葉を紡いだ。

 

「じゃろ? たまにはな〜、と思ってな」

「確かに、悪くはないです。……それに――」

 

 ふと窓辺を見れば、そこからは見慣れた山脈の景色も拝めて

 

「ここからでも」

 

 一言添えた。

 

「随分と気に入っているみたいじゃのぅ」

 

 村長が問い、それに対して、カデットは、

 

「それもあります。……それも」

 

 意味深な言葉だけを残した。その胸中には、やはりと言うべきか。

 

「葛藤、しているんじゃな」

「え、ええ。まぁ……。正直言って、揺らいでいるんです。あの時から」

 

 心を見透かされたような言葉に乗せられるがまま、心境の一旦を口にしてしまった。でも、不思議とは思わなかった。

 村長とは短い間なのだが、いかせん、四六時中、共にいて、共に慣れ親しむようになった仲。

 例えるなら、じいちゃんと孫娘のような間柄のよう。分け隔てようがなかったからかも知れない。そんな気がしていたから。

 

「そうかいな」

 

 そして、

 

「ま、力になれるかどうかは分からないがのぅ。それでもいいなら」

 

 まるで言葉でおおっぴらに広げたようなもの。けれど、詳しくは分からないはず。……筈なのだが、そう前置きしてくれるだけでも、ありがたかった。

 

「仰る通り、私、迷っているんです。彼らがあの山脈から無事に帰ってきた時から」

「彼らとは? もしかして、あの若者(ハンター)達のことか?」

「ええ……」

 

 口では言わなかったが、心の中ではさすがだなぁと思った。そして語り始める。

 

「ご主人様は私の境遇、わかるでしょ?」

「まぁ、聞いた限りの範疇、100%ではないがな」

「十分です。……十分。……アイツがいる限り、今までは無事に生還できた猟団なんていないと思っていましたから」

「ん? アイツとは? もしかして、白き獣のことかのぅ?」

「あれ? 言いませんでしたっけ?」

「記憶が間違えではなければがのぅ」

 

 その言葉を受け、カデットの表情に意外性が滲み出た。

 

「そ、そうですか」

 

 やや肩透かしして、落胆した。

 

「すまないじゃて」

「あ、いえ。別にいいんです。たぶん、私の思い違いだと思うので」

 

 それから、卓上の空のカップを見つめて――

 

「ティガレックス、ティガレックスのことです。ご主人様はご存知ですか?」

「ティガレックス? ん〜、確か前に文献でちらほら見かけたような。じゃが、それが……、いわゆるお主の――」

 

 コクリッ

 

 言うまでもなく頷いて見せた。それから、

 

「ま〜、そんなとこです。そして、奴は私の全てを変えてしまった存在」

 

 その表情からは、ティガレックスへの恐怖、仲間を見捨ててしまったことへの罪悪感。団長に合わせる顔がないこと。

 それらが混ざりに混ざり合った複雑な心境が、顔に現れていた。言うべき時が来た。でも、どこから話すべきか悩んだ。悩んで、悩んで、それから、重たい口を開き始めた。

 まずは経緯から詳しく。これは前に話したような気もした感じも否めなく、復習を兼ねて語るような形で。

 次はその話の路線から感想を味つけるかのように肉付け。淡々と話し終えると、いつの間にかご主人様の表情は、両目を閉じたまま一段と穏やかになっていた。

 

「辛かったろうに」

 

 その一言、その一言だけがカデットが打ち明けた心境への返事だった。とてもじゃないが、NPCとは思えなかった。

 久々に人間性を感じたような気がして、若干、驚きを見せてはいたが、やがてカデットの気持ちは涙と共に楽になっていった。

 

 あれからだいぶ時間が過ぎた。だいぶ、と言うのは、カデットの主観でしかなく、実際には2時間くらいだろうと思われる。

 短時間のようで長いひと時。心の荷を下ろすには十分であった。

 一人でいたカデットは椅子から立ち上がった。そして、窓辺の向こうへ視線を向けると、因縁の山脈を前に少しだけ再び俯いた。

 だけど、先程とは違った。今の自分は落ち着いている。あとは、どうするべきか決めるだけ。それだけ、少し前向きになっていた。

 部屋中を歩き回りオムラ村長が見当たらない。

 

「ご主人様……、何処へ」

 

 そして、外出しようとした。その矢先、玄関先で――

 

「あ、ご主人様」

「お、カデット。……気分はどうじゃ?」

「だいぶ、楽になったかもです」

「それはよかっわい」

 

 それから玄関を跨いで入る。両手には巻物が握ってあり、カデットは少しばかり気になった。

 

「あの〜、今までどこに?」

「え? あ〜、ギルドじゃわい」

「ギルド?」

「そうじゃて。下山届の確認印を押さないといけないと思っての。一応、これでも管轄する立場じゃてな」

 

 そう言いながらすれ違う。よちよちと歩いて行く先、そこは先程までカデットと談話していた席であり、オムラ村長は指定席のように元の椅子に腰を掛けた。

 羊皮紙が擦れる音を奏でながら、巻物が広げられる。遅ればせながら特段やることがなかったカデットも、ご主人様の元へと歩み寄った。

 

「う〜む……」

 

 何か思うことがあるのか? 唸るような声を上げて、懐から木製の天丸型印鑑を取り出した。

 席に座り対面すると、カデットの目線は村長と同じ目線の先にある広げた巻物へと向かう。

 

「それは?」

「ん? あ〜、これか? これは入山下山者リストじゃな。リストと言っても、書いてあるのが猟団単位だがのぅ」

「猟団、……単位」

 

 書いてある文字が独特で読めなさそうである。ま、無理もない。なにせ、サッサッと筆先で落書きしたようなヘナヘナ象形文字の如く、適当にあしらわれていたから。

 羊皮紙の内容を見つめる。そんか彼女をよそに、落胆の色合いを濃くしてオムラ村長は心境を吐露。

 

「にしても、調査開始して以降の生還率が酷く低いわいな。やはり、これ以上の犠牲を出す訳にも行かないとなると、断念しざるを得ないのかのぅ」

 

 項垂れる姿が、視界の脇にちらりと映る。このままでは読めない。自身が予め習得していた翻訳スキル。役に立つかどうか分からないが、試しに使ってみた。

 

 〝読み込み中……″

 

 数秒を経たのち、変に書き添えられた読めない文字が、案の定、翻訳されてきた。スキルを得た甲斐がここでも役に立つとは。

 予想通りの結果に、嬉しさが込み上げる。

 早速、黙してリスト一覧を上から下にかけて、読み解いて行く。入山下山した時刻。それから、猟団名と、……

 

 っ!

 

「こ、これは⁉︎」

 

 まさに目を丸くした。それはもう、目を疑うような光景であるだけに。

 

「ん? どうしたのじゃ? そんな驚いた顔をして?」

「え? あ、いえ。……なんでも」

 

 内心、動揺が走ってはいたが、思わずその場を取り繕ってしまう。

 

「ま、無理もないじゃろうて。その表情から察するに、山脈からの生存率が極めて低いから、多分、そんなところじゃろうな」

「え、ええ、ま〜」

 

 しかし、その本心は、別のところにあった。あって、それでいて、こうも勘ぐりたくもなったのだ。

 非現実的なのかも知れないが、彼らが生きているのかも知れない、と。〝彼ら″とは言うまでもない。サヤカとエルザのこと。

 そして、そのカデットが驚いたのは、自分達が元々所属していた猟団――グーク響奏局が、入山下山共にリストに上がっていたことであったのだ。

 だけど……

 

「ご主人様、これ以上の詳細はないんですか?」

「詳細? どうしてじゃ?」

「あ、いえ。……」

「……、遠慮せんで言って見なされ」

「わ、分かりました」

 

 そして、

 

「下山リストに載っている猟団関係者の帰還者人数。それが知りたくて」

「帰還者、人数? 気になるものでもあったのかのぅ?」

「ええ、ま〜。特に私自身が所属していた猟団関係で」

「猟団関係、のぅ〜。……あっ、そういえばカデットや。お主、あの猟団に所属していたのじゃったな」

「あの猟団って?」

「ほれぇ、あの猟団じゃ。……あの〜、なんじゃったっけかな?」

「グーク響奏、ですか?」

「そ、そうじゃ、それ。それの〝分派″と言う肩書きで入山したっとよのぅ」

「そ、そうですが。でも、なぜ、それを?」

 

 さすがのカデットも、これには不思議に思わざるを得なかった。別に調査クエストの際、大体的に本猟団名は書いてなかったから。

 あくまで分派と言う形を取っていただけに、まるで本猟団名を大体的に取り上げるような物言いになったのか? 

 そこが気になったのである。事実、あまり団名を印象に残らないようにしたつもりだっただけに。

 

「有名、じゃからかな」

「有名? ……特に私達は何もやっては」

「小耳に挟んだじゃわいて。あの猟団は、〝響奏″と書いてあるだけに、定期的にハンター達を活気付かせるために、グークの被り物を被って演奏しているとかで」

「っ! あー、確かに」

 

 今更ながらにふと思い出した。分派になる前に、ドンドルマの広場で演奏会みたいなことをしていたことを。

 だけど、そこまで有名になっていた。なんて、思いもよらなかった。なにせ、両手で数えるくらいしかやった程度だし。

 

「でも、そこまで有名でもないかと」

「そうなのか?」

「ええ。事実、分派ができる前はほんの数回くらいしかしてませんでしたし。何も、この地で演奏なんかは――」

「してたわい」

「え?」

 

 思わず目を丸くする。

 

「していた、が、少し忙しそうにはしてたがのぅ。で、その後じゃて、山脈に足を踏み入れたのは。事実、確か、この入山・下山リストに――」

 

 小さな指でリストを上から下にかけてなぞる。そうしたなかで、すかさずカデットは訊いてみた。

 

「それって、まさかとは思うんですが、私達の分派が入山した後からですか?」

 

 すると、オムラ村長は

 

「そうじゃてな。……お、あったあった、これじゃ。きちんと入山下山リストに載っているわい」

 

その間、カデットは悟ったような気がした。ただ100%確証を得た訳ではない。それでも、エルザやサヤカはティガレックス襲撃を乗り切り生還したのでは? と。

 鑑みるに、確認せねば。自然とそんな気持ちを抱いた。

 

「どうしたのじゃ?」

「あっ、言え」

 

 (確かめないと)

 

「ただ、……ただ」

 

 しかしその反面、

 

 ――合わせる顔がない――

 

 2人を見捨ててしまっただけに、そのような負の気持ちが湧き立ったのだ。そのことを察したのかは分からない。

 

「ま、任せるわいな。どうやらその顔じゃと、わしはいない方がいいみたいじゃからのぅ」

 

 ゴトンッ

 

 席を立つ。

 

「あ、い、いえ。そんな……」

 

 しかし、その言葉には耳を貸さず。オムラ村長は何処へと行ってしまった。ただ一言。

 

「よく考えるんじゃてな」

 

 それだけを残して……。

 

 

 

 

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。