モンスターハンターアルカディア   作:ぷにぷに狸

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5章:ガルド湖の戦い・10話

 スタミナゲージを気にしつつも、俺は走り続けた。向かう先は悪戦苦闘するノブ公達の場所。

 

 ―― 1秒たりとも無駄にできない――

 

 そんな強い思いに押されて走り続けていた。でも、正直、そんな気持ちとは正反対として、今の装備・技量では太刀打ちできないであろうティガレックスを前にして、怖くてたまらなかった。

 修羅場までの距離は、目算で数百メートルと言ったところか。団員達の掛け声が度々訊こえてくる。

 

「なんとかして、あいつを引き剥がさないとおっさんが持たないアル」

「この野郎――! いい加減、離れやがれ」

 

 などなど。一方、全く声掛けずとも、矢を大量に浴びせ続けている様子から、小狼も必死である様子が伺えた。

 他方、レイナさんも癒しの音色を頻繁に奏でつつも、なんとかノブ公のスタミナ切れを防ぐのに手一杯。

 これらを総合的に見ても、他に打つ手はなく。肝心の轟竜はこの際、1人を完全に葬り去ろうと無我夢中であった。

 はっきり言ってこのままでは持たない。俺は唯一の打開策を編み出し、走りながらワイヤーガンに手を当てがった。

 ガジェットの射程距離は、最大数十メートルと言ったところか。命中精度を高める上でも、どの道最大限、接近するしかない。

 ――と、そんな中である。

 ティガレックスの攻撃予備動作に変化が。片方の前脚を一歩引かせて体全体を半分だけ捻る動作。まるで、何かを溜めるかのような予備動作。かと思えば、次の瞬間――

 

 ブォオオオ――ン??

 

 スライディングのような摩擦音を立て、その場で大回転。余りにも強烈な勢いを前にして、嗚咽を漏らすや否やガードを破られてノブ公は吹き飛ばされてしまった。

 相当な威力なのだろう。数メール吹き飛ばされるや、地を何回も転げ回った。

 

「や、ヤバい! おっさん??」

 

 J.Oが溜まらず叫ぶ。同感、直感的に俺もこれには流石にまずいと思った。転げ回り無防備に倒れ込んでしまったノブ公。そこに、ティガレックスからの追い打ちを受けたらと思うと。

 

「くっそ! やむを得ない」

 

 すかさずガジェットを構える。距離にして、100メートル圏内と言ったところか。いくらなんでもギリギリ届かない。

 届かないが、しかし――

 

「いっけー??」

 

 と叫ぶや否や、俺は引き金を引こうとした。――と、次の瞬間、

 

「っ!」

 

 と、意表を突かれたかのように、直感的に引き金を引くのを躊躇ってしまった。

 

 なぜか?

 

 それは動向、動向だ。追い打ちを掛けるかに見えたティガレックスの動向に、想定外の動きが見られたからである。

 その場で動かず。グイッと長い頭だけをある方向へと振り向くその仕草。まるで、煩わしさの要因を探さんとばかりに見えたその仕草の先。その視線の先には――

 

「えっ」

 

 思わず驚愕する小狼の姿がそこにいた。声につられてそちらを向く小凛。彼女は本能的に危機感を抱いたに違いない。

 

「逃げるネ?? 小狼!」

「シャオネー!」

 

 即座にボウガンを収納するや、弟の手を鷲掴み。そのまま引っ張り込むような格好で小狼を連れて走り出す。

 一方、対するティガレックス。執拗に煩わし攻撃を仕掛けていた獲物を逃すはずもない。

 2人が急いで逃げると同時期に、猛烈な勢いで追いかけ出す。立ち所に窮地に陥る姉弟。

 

「レイナさん?? 笛を!」

 

 ノブ公が叫ぶ。更に追いかけ始める轟竜の軌道上にいたJ.Oは、無謀なことに突撃し

 

「うぉおおおー?? 止まれつってんだ!」

 

 勢いに乗じてハンマーを振り上げようとした。だが、

 

「ぶふぉ!」

「J.Oさん!」「あのバカ」

 

 レイナとノブ公の声が重なり、方や当のJ.Oは、ティガレックスの突進から繰り出される衝撃で、ものの見事。軽く蹴散らされてしまった。

 

「く、くっそー!」

 

 間に合うかどうかはわからない。分からないが、しかし、全速力で走り始めた俺は、ティガレックスと小凛達の間に割って入り。

 そして――

 

 バシュー??

 

 引き金を。勢いよく射出されたワイヤー先端の鉤爪は、垂直に飛行。射程圏内か否かは不明。命中率も芳しくない中、その弾丸は――

 

 ズブッ

 

 微かに鈍い音を立て、見事、脇腹に命中。遂に奴を捕まえた。が、直後、

 

「のわっ!」

 

 片腕が引きちぎれんばかり、強引に引き摺り込まれた。

 

「ぐほ、あぶ、うぶ、ぶ、ぶぶ、……」

 

 まるで馬車で市中引きずり回れるかのような有様。顔面スライダー宜しく、大量の雪を浴びまくる結果を招いた。だが、それでどうにもならなくなったわけではない。

 腹ばいスライダーの状態の最中、なんとか片手でワイヤーガンの巻き戻しトリガーに当てがい。

 

 ギュルルル――ンー……??

 

 高速でワイヤーの巻き戻し開始に成功。一気にティガレックスへと接近し始めた。

 なんとか途中で体勢を立て直し、そこで雪面を蹴って大ジャンプ。走り回るティガレックスの背中にへばりつくことに成功した。

 何をすべきか分かっている。ワイヤーガンのガジェットを購入する際に同時購入した鉄蟲糸。翔蟲と呼ばれた強靭な糸を放出する特殊な虫を利用した、操竜を繰り出すために欠かせない代物。

 その代物を持ってして、俺は今、ここぞとばかり活用するのだ。成功すれば、逃げ惑う小狼達への追撃を阻止。それどころか、ある程度、この凶暴竜を操り人形の如く扱い放題できるのだ。とは言え、どの道、最終的には倒しきれないのは分かっていた。

 だから、操れる駒に、こいつを奈落の底へ追い落とす。下手すれば自分も道連れになるかも知れないリスクはあったが、この方が確実な対象方法だと睨んでいたのだ。

 ブッ刺さった鉤爪が外れる前に、鉄蟲糸をガジェットを装備した反対の手甲から解き放つ。無数の翔蟲が糸を引きながら四方へと飛来し、ガッチリと鉄蟲糸を張り巡らした。

 

「よしっ、これで」

 

 まさに操り人形宜しく。俺は操り手となった。手早く、鉄蟲糸の束を掴み思いっきり引っ張り込む。

 後ろから得体の知れない引力を感じて、今、まさに小狼と小凛の2人に襲い掛かろうとしたティガレックスが嗚咽を漏らしてのけ反った。そのままバランスを崩してひっくり返りそうとしたが、そこは意地でも抵抗しようと体勢を立て直そうともがく。

 

「ユウト」

 

 と小凛。

 

「早く逃げろ! コイツは俺がなんとかするから」

「でも……」

「何してんだ?? 早く」

 

 威勢に押されるがまま、彼女は弟を連れて走り出した。遠くへ行く2人。暴れ狂うティガレックスを抑え込んでいく中、瞬間、瞬間、周囲に目配せをする。

 そして――

 

「あとはコイツをどうにかして……」

 

 苦渋の面持ちを浮かべつつ自分までバランスを崩しそうになるのを堪えて、強引にある方向へと導こうと必死になった。

 無理をしようとも、現状、討伐はおろか、撃退すらままならない。ならば、方法は一つしかないだけにだ。

 ――と、そんな中である。

 

「助太刀するにゃ!」

 

 どこからともなく、ジャムの声。――とほぼ同時に

 

「よすにゃ??」

 

 この声は??

 

 途端!

 

 カキ――ン―……??

 

 突如、鼓膜が破裂せんばかりの弾ける音爆が、周囲に響き渡ったのである。

 

 ギャ――??

 

 聴覚に敏感なティガレックスが、狼狽えた。俺は叫んだ。

 

「馬鹿野郎?? 余計なことを!」

 

 直後、

 

「のわ!」

 

 意表を突かれんばかり、俺はティガレックスの大バックステップを前に、体勢を崩してしまった。

 

 ドスンッ??

 

 強烈な衝撃と共に大量の雪煙が周囲に舞い上がるのを目撃。本能的に嫌な予感がビビッと神経を刺激。

 その危機感から、ややしゃがみ込むは両耳を塞ぎ。かと思えば、音波が、いや、衝撃波とも言うべきか。強大なバインドボイスをモロ直近で喰らう羽目になってしまった。

 

「うげ?……」

 

 と堪え兼ねて嗚咽を漏らす。

 その迫力はもう、強いて言えば、大砲の発射音。或いは、戦車の発射音を耳を塞がずして直で聞いてしまったくらいの酷いレベル。

 あまりにも酷い咆哮音をモロに受け、意識が朦朧。そのまま半ば気を失いかけてしまう程であった。

 だけど、間髪入れるか入れないかの間隙。咆哮をぶちかましてくれたティガレックスの次の動作。その動作による足元からの感触を通し、間一髪、意識をより戻すことに成功した。

 しかし、再び鉄蟲糸の束を纏めて鷲掴みするには時すでに遅く。操竜を繰り出す直前、すでに攻撃予備動作態勢に移行していたティガレックスには、通用するはずもなく。

 強靭な片側後ろ足を蹴るや否や、

 

 ギュルルル――??

 

 と、目にも止まらない早さで大回転。

 

 くっ

 

 強烈な遠心力を前に体が投げ出されそうになった。

 

 もし、もしだ。

 

 万が一にでも、ワイヤーガンの鉤爪だけの状態だけだったら、どのくらい吹き飛ばされていたか分かったものじゃなかったと思う。

 場合によっては、致命的なダメージを負いキャンプ送りも辞さない。そのくらいヤバい瞬間でもあった。

 すぐさま立て直す。

 

 ――今度こそ――

 

 口に出さずとも、心中意気込んで、ワイヤーガンの鉤爪を脱着。そのまま操竜へと踏み切ろうとした。

 ところが、

 

 ??

 

 ガジェットから空回りしたような音が。その音を証明するかのように、放ったワイヤーが巻き取られる気配がないのだ。

 

「ど、どういう――。……のわっ」

 

 怒り狂ったティガレックスに、ガジェットの不具合で困惑する俺に考える隙を与える余地なんかない。

 突然、一目散に突っ走り出す轟竜に、今度こそ体勢を崩した俺はなされるがまま、半ば体を放り出されるような格好となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 標的を逸らされたことに安堵したのも束の間、事態はもっと深刻になった。暴れるティガレックスを相手に防戦一方だったノブ公も、轟竜が向かって行った行く末に、驚愕の色を浮かべていたと思う。

 

「ユウト――??」

 

 思わずセツナは叫んでいた。そして、声だけでなく、脚も本能のまま走り出していた。

 彼女とノブ公だけ、ではない。その場に居合わせていた者達も、2人と同じ方向を。きっと、ユウトの窮地を目撃したに違いなかった。

 

「追いかけるぞ??」

「うん」

 

 親子揃って走る。

 

「なんか、さっきのやべ?ぞ。おい」

 

 とJ.O。それに応えるは、小凛。

 

「状況が分かるなら、さっさと走る??」

「分かってるって! んなこと」

 

 彼女に急かされるがまま、J.Oも慌てて走り出した。

 

「私達も」

 

 レイナの一言に、小狼とオトモ達取り巻きも走り出す。

 

 スタミナ切れを起こさないギリギリを狙うかのように走り続け、途中、ホットドリンクを飲み干し気を改める。

 ティガレックスの姿はもう見えない。見えないが、確実にガルド湖周辺、半円状に生い茂る森の中へと入って行ったのは分かっていた。

 だからこそ迷わない。ただただ、追いかけるのみだった。

 そうした最中、茂みの一本木に横たわる人影を目撃。

 

「あれは……」

 

 走りながら双眼鏡を手に。早速、双眼鏡越しで遠方を見据えた。

 

「……け、ケイン?」

 

 思わず顔を顰める。一方、その一言に触発される形でノブ公が言う。

 

「彼がいるのか?」

 

 と。

 

「うん。でも……」

 

 そこから先は敢えて言わなかった。言わないだけに、なんだか様子が変だったことに心配になった。

 

 そう……

 

 ケインは木に背を預けて横たえている。呆然とした様子にも見え、まるで心身毛弱しているかのように弱って見えたのだ。ユウトのことが心配でならなかったが、ひとまず彼の元へと走り寄った。

 

「どうしたの? 何があったの?」

 

 と第一声。他の者達も遅れてやってくる中、ケインは心ここに在らずと言わんばかり、ポツポツと話始めた。

 

「何もできなかった。何も……」

「え?」

 

 意味深な言葉ではあったものの、それだけでは当然分からず。そんな中、横からレイナが驚きの声を上げた。

 

「た、大変です! ケインさんの体力が」

「え?」

 

 彼女に言われて、ケインの体力ケージに目を通す。言われるまで気が付かなかったが、

 

 なんと! 

 

 ケインの命のバロメーターは、残り数ミリしか残っておらず。ケージの色も赤く。あろうことか、状態異常をきたしていた。

 

「お、お前まさか??」

 

 何かに気付いたかのようにJ.Oが反応。

 

「まさかって? どういうことネ」

 

 すると、ミルクやジャムに寄り添われつつも、

 

「想像通りだぜ、豚頭」

「豚頭って! っ、い、いや、そうじゃなくて。お前、無謀なことをしてよくキャンプ送りにならずに済んだよな」

「それは、褒めているのか? 褒められたもんじゃないがな」

「べ、別に褒めてなんか……」

 

 しかし、意味が通じ合った2人。団長としては、これ以上、黙っていられる訳がなかった。

 両腰に手を当てがい

 

「どうやら、小馬鹿にできるくらい余力ありそうね。……訳を話して」

 

 すると、ケインはやや俯き加減でバツが悪そうに話す。

 

「訳もなんも。……てか、余力なんてないものだよ」

「いいから」

「分かったよ。じゃ――」

 

 ――と、その時である。

 

 ドシンッ??

 

 っ!

 

 茂みの奥。そこから、何か硬いものにぶつかったかのような大きな衝撃音と振動。突発的にそれらが、同時に伝わって来たのだ。

 

「な、何ごとにゃ」

 

 突然の事態に慌てふためくバター。ミルクやジャムも、口で言わずとも困惑しだした。唯一、ブレットだけは冷静に徹し、分析思考を張り巡らしていたようではあるが。

 

「ユウト……」

 

 ぽつり、と呟く。そして、スクッと立ち上がるや否や、無心に走り出した。

 

「あ、おい! セツナ」

 

 父の声。しかし、振り切って――。

 

 茂みを掻き分けていくうちに、視界の向こうが鮮明になってきた。同時に暴れ回る音も地響きと共に伝わってきて。で、茂みから出かかった矢先、セツナは目を丸くした。

 岩壁の手前。右往左往して激しく岩場に全身叩きつける中、ティガレックスの背上で、なんとか絡まったワイヤーを外そうと必死になるユウトがそこにいたのだ。

 

「ユウト??」

 

 セツナは叫んだ。

 

「っ! せ、セツナ」

 

 声に気付いてこちらを向く。しかし、

 

「っ! こっちに来るな?? 早く逃げろ??」

「逃げろって言ったって、ユウトはどうするのよ? その状況じゃぁ」

「俺のことは構うな。だから――、っ! く」

 

 小賢しい存在を力技で吹き飛ばそうと、ここに来てティガレックスが大回転をかましだす。

 間一髪、背に抱きついき事なきを得たが、とてもじゃないが1人でどうこうできるようには見えなかった。

 

「は、早く……」

 

 大回転の衝撃を受け、その悪影響により半分、意識が朦朧としていた。セツナ自身、1人でなんとかできる状況ではない。

 そう自分に言い聞かせて、仲間を呼びに踵を返そうとして――

 

 っ??

 

 目と目。すなわち轟竜の目と彼女の目。それが合ってしまい。その瞬間から、頭をもたげ出したかと思いきや

 

「しまっ――」

 

 直後、強大なバインドボイスが迸った。鼓膜が破れんばかりの怒号。そこから繰り出される衝撃波。それらをモロに受けて吹き飛ばされた。

 

「セツナ??」

 

 ユウトの叫び。その間、ドスファンゴにでも撥ねられたかのように、数メートル吹き飛ばされ。やがて、地を何回か転がり込んだ。

 

「う、ううう……」

 

 うめき声が漏れて、視界を開けるや、その視界一杯に突撃してくるティガレックスが垣間見えて――

 

 (やられる――)

 

 死を覚悟した。――とその時、

 

 グイッ!

 

 と、力強い何かに引っ張られて茂みの中へ。代わりに人影が彼女の前へと飛び出して来た。

 

「ここは通さん??」

 

 直後、

 

 バガギ――ンー……??

 

 くっ!

 

 凄まじい金属音を響き渡らせ、ティガレックスの攻撃を凌いで見せたのだ。一瞬誰? かと思っていたが、すぐに分かった。

 

「パパ??」

「ぐぬぬぬぬ……??」

 

 押し込まれそうになっているのか、ジリジリと後退しざるを得なくなっていた。

 ――と、そんな中、

 

「俺も加勢するぜ! おっさん」

 

 そこに現れたるはJ.O。ガンランスの大楯で悪戦苦闘を繰り広げるノブ公の隣へとやって来るは、共に抑え込みに掛かったのだ。

 呆気に取られるセツナ。後ろから友の声がする。

 

「大丈夫? セツナ」

 

 振り向いた。

 

「レイナ……」

 

 差し出される彼女の細手。心強い仲間の応援、ユウトを助けたいと思う気持ち。その手を掴むことを躊躇う理由などなかった。

 立ち上がるセツナに、レイナは言う。

 

「ここからは、反撃よ。彼を助けるんでしょ?」

「……うん」

 

 憔悴のケインのことをチラッと気にはなったが、今はユウトを暴れ回るティガレックスから解放させることに専念した。

 意を決したセツナの行動は早い。ティガレックスの攻撃を凌ぐのに手一杯のノブ公とJ.O。2人と対峙する轟竜を大きく迂回するかのように前へと躍り出ようとする。

 

「セツナ!」

 

 その娘の姿に、ノブ公は心配の声をあげた。が、敢えて応えなかった。

 

 (今度こそ、ユウトを助けるんだ)

 

 その一心で。

 ティガレックスの背後に回り込み、間合いに気をつけては叫んだ。

 

「今、助けるから??」

「あ、危ないだろう? 俺なんかのために」

「そうよ、俺なんかのために。ユウトを助けに来たんだから、あたし」

「ば、馬鹿野郎! お前まで巻き込まれちゃ――」

「そう、あたしはバカよ。バカだけどほっとける訳ないでしょ!」

「せ、セツナ……」

 

 それ以上、言葉のやり取りするだけ無駄だった。無駄であり、セツナはティガレックスの動向に警戒をしつつ、いい策がないか岩壁を見渡した。

 

 (一時的でも、ハメ技に持っていければ……)

 

 しかし、岩に食らいつかせるだけのハメ技では心許ない。全身、拘束して数分間、動きを止めるくらいでないと。そのくらいの時間は必要があったから。

 そんな中――

 

「あれは……」

 

 一箇所だけではあるが、ふとして目に留まる。そう、亀裂。亀裂があったのだ。幅は、目測で五メートル前後と心許なかったけれども。

 だけど、ケチケチしていられない。

 手早い操作で、画面表示からチャットを開く。暴れ回っているだけに、声は届かないと思っての判断から。

 

「お願い、気付いて……」

 

 そして、メッセージを送るだけでない。この亀裂を利用して強引に嵌めるべくして、双剣を抜刀。

 一撃離脱(ヒットアンドウェイ)の原則に則り、深追いしないようちまちま攻撃を繰り出しては離脱を心掛けていく。

 

「セツナさん、加勢するわ」

 

 声が聞こえて来た。離脱した側から、声のした方へ見る。

 

「レイナ」

「メッセージ見たわ。あの亀裂に嵌めるんでしょ?」

「そう、ありがとう」

 

 声が届いたのだ。セツナは嬉しかった。

 

「注意を逸らすだけでいい。そしたら、あたしが陽動するから」

「分かったわ」

 

 攻撃の手をやめて、いつでも陽動できるよう体勢を立て直した。何回か狩猟笛の叩く音が聞こえたかと思うと、

 

 ブォーン、ブォオーン!

 

 重低音が響き渡り始めた。数十秒を経て、一方的にこうげきを繰り出していたティガレックスが、音に気付いてか、その手を止める。

 そして、聴覚が優れているだけにこちらの存在に気付いた。

 

「レイナ」

 

 演奏をやめて逃げるように指示を出した。急いで収納した彼女は、全速力でその場から離れる。

 

 (さ?、来なさいよ。一泡吹かせてやるんだから)

 

 ジェスチャーを繰り出し、さらに挑発を仕掛ける。彼女の背後には亀裂がある。ギリギリまで持っていけば。

 身を挺した行動。ティガレックスは次なる獲物を確実に葬るべく食らいついて来た。地を這うようにして、巨躯が迫って来る。

 ギリギリのタイミングまで引き寄せて

 

 そして――

 

 (今だ??)

 

 明後日の方向へ。僅かな助走をつけて身を投げ出した。直後、その場にティガレックスの巨体が強襲。

 勢い余って亀裂に頭から突っ込み、そのまま強引にも幅を削り取るや、自ら深みにハマってしまった。

 

「よしっ!」

 

 狙い通りだけに指鳴らしをした。まるで落とし穴に嵌ったかのように、奴は必死で抜け出そうともがき始める。だが、その亀裂を駆使したハメ技は、想像以上にティガレックスを苦しめた。

 例えるなら、グルグル巻きに縄で全身を拘束したかのように。まさに、落とし穴以上の効果を与えたようだ。

 

「今なら」

 

 背後から接近して尾から背中へと登ろうとした。――とそこへ、突然にして

 

「待ってアル!」

 

 呼び止められたことに、思わずセツナは振り返った。こちらに駆け付けて来る小凛と小狼の姿が目に映る。

 

「2人とも……」

 

 そして――

 

「一旦、待つネ。あのままでは、いつハメ技が解かれるか分からないネ。だから、うちらで一回、麻痺状態に持っていくね。だから――」

「……分かった」

 

 念には念を。憂を晴らす意味合いでも、セツナは小凛の言葉の意図がすぐに飲み込めた。

 

「小狼!」

「うん」

 

 2人はそれぞれの武器を構えた。小狼は麻痺ビンを装填。小凛は麻痺弾を装填し、そして、間髪入れずして集中放火を浴びせ始めた。

 その様は、まるで蜂の巣の様。時折、稲妻が走り始めている様子から状態異常攻撃は効いているみたいであった。

 いつでも飛び出せる様に身構えるセツナ。一方、ユウトはもがき続けるティガレックスが落ち着くまでの間、敢えて絡まったワイヤーを無理して外さないでいるみたいであった。

 

 やがて、……その時が訪れた。

 

 規定値に達した模様。遂にティガレックスは麻痺状態に陥り、全身痙攣し始めたのである。

 一秒たりとも無駄にしない。すかさず飛び出した。飛び出しては、尾にしがみつき、よじ登り始めて、それでいて――

 

「お待たせ」

「ったく、無茶しやがってからに」

「それは、こちらのセリでもあるよ。無茶して操竜なんかするから」

「う、うるせぃ!」

「あ?、照れているんだ?」

「んな訳――」

 

 ガチャリッ!

 

 音を立てて、ガジェットを取り外すことに成功した。

 

「ほら、取り外せた。さ、行こう!」

「……、わかったよ」

 

 素直になれないのか。ユウトは頬を赤らめつつ、自分の後に続いた。そんで持って、巨躯から2人して飛び降りて、その場を後にしようとして、その矢先――

 

「ん?」

 

 目の前に小石が転がり込む様子に、思わず立ち止まってしまった。小石は一個だけでない。後に続けて転がり込んできたのだ。思わず崖の方を見たセツナは、その瞬間、唖然とした。

 まさに、

 

 〝崩落”

 

 大小様々な岩が目の前に転がり込んできたのであった。恐怖で瞳が見開かれては動けない。

 ――と、そこで、

 

 ドンッ??

 

「きゃ??」

 

 重いっ切り突き飛ばされた。

 

「ユウト??」

 

 一瞬だが、彼の姿が目に映る。

 

「くっ」

 

 ガラガラガラガラガラ……??

 

 崩落しまくる最中、一か八か。ユウトはセツナのいる場所と真反対へと飛び退ったのだ。

 土埃と粉雪が舞い上がり、景色が一変する。彼の姿が見えなくなっただけに思わず

 

「ユウ――、っ??」

 

 と叫ぼうとした。しかし、矢先、そこに現れたるは無事な彼の姿。その姿を見て安堵の息が漏れた。

 

「あっぶねかった?。そっちの方は無事か?」

「あ、当たり前でしょ! 当たり前。さっき突き飛ばしたくせに」

「なら、何よりだな」

 

 そんなやり取り。しかし、そこにはお互い無事が確かめられたことに、胸を撫で下ろす場面でもあった。

 崩落によるティガレックスの完全なる生き埋め。危険がさった様な空気を感じ取ったかの様に、オトモ達と小凛、ノブ公、J.Oが揃いも揃って歩み寄ってきた。

 

「無事で何よりにゃ」

「まさに、間一髪だにゃ」

 

 ジャム、バターが口々に声を揃えた。

 

「無事で喜ばしいところ悪いが、ひとまず、ここから離れよう」

「おっさん……」

「確実に仕留めた訳ではないのだ。危険極まりないことこの上ないとな」

 

 確かに。一安心したい気持ちはかなりあった。が、現実問題、かのティガレックスはこんな崩落による生き埋め如きでくたばる訳ないのだ。それを考えるに、心を落ち着かせようと、何度も何度も深呼吸を繰り返した。

 この場にいる者、皆が踵を返し元来た道を歩み出す。そんな中、最後尾にいるであろうミルクの声がした。

 

「ブレット?」

 

 ん?

 

 思わず気になり、少しだけ後ろを向く。ミルクが向いている方向には、ブレットがいて。そのブレットは、何やら崩落現場を気にしている様であった。

 

「嫌な予感がするにゃ」

「嫌な予感にゃ?」

 

 と、ここで推理するかの様な仕草を。

 

「推測するに、急いだ方がいいと見たにゃ」

「急ぐって。そりゃ?、まだ、生きている訳だし」

「そうなのにゃ。確かに、そうなのにゃが……」

 

 ――と、ここで

 

「なんかあったのか?」

「あ、ユウト。……あれ」

 

 そう言うや、ミルクとブレットのやり取りを指差した。つられるようにして、彼はそちらを見ると

 

「何してんだ?」

 

 と疑問を。――と、その直後である。崩落した岩山全体がモゾモゾと蠢き出したのを目撃。

 

「ま、まさか??」

 

 異変に気付いたのは、何もユウトだけではなかった。セツナ自身、言わずもなが、危機感を抱いたのである。

 

「あ?。何が、まさか? だってか」

 

 とJ.O。彼につられて先頭の面々も、後方へと気にかけた。

 

「ま、まずいにゃ!」

 

 先陣切って、一足早く動いたるは、ミルクとブレット。一目散にこちらに向かって逃げてきたのだ。

 

「セツナ??」

「うん」

 

 何をするべきかは明白だった。

 

「みんな逃げて――??」

 

 叫んだ。――と、直後、盛り上がり現象を見せていた岩山が噴火の如く破裂。雪煙や土煙を混じえたような霧の中から、

 

 なんと!

 

 両方の凶眼を光らせ、あのティガレックスが姿を現したのである。しかも、それだけでないこともすぐに察知した。

 霧の様な有り様を纏わせる中、翼脚に赤みがかっていて。それはもう、すでに怒り状態、を意味していた。

 睨む目線と目が合ってしまい、第一声、特大バインドボイスがセツナ達を急襲。その場にいる全員を心底震え上がらせた。

 

「くっそ?」

「ユウト!」

「俺がなんとか時間稼ぐ。だから、お前は皆を――」

「……」

「ここの団長だろうが!」

「わ、分かった。分かったから、どうかキャンプ送りにだけは」

「ったり前だろうが?? 俺を含めて、ここにいる者達の中から犠牲者だしてたまるかってんだよ。だから――」

「じゃあ、約束ね」

「ああ、約束だとも。あと、ケインを頼むな? あいつ、俺を出すけだそうとして無茶したからさ」

「分かった」

「任せたぞ」

「うん」

 

 そして、その言葉を残して走り出す。やるべきことは分かっていた。全員を避難させるために、走り出したのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ガルド湖から少し離れた小高い丘。その丘の上から、湖水周辺の森、その森の中の騒動を傍観する1人の少女が静かに見下ろしていた。

 

「遂にこの時が来ましたね。あの時の借りを返しに」

 

 それはもう、宿命に立ち向かう様な風格を漂わせていて。まるで、そこに覚悟が備わっていたかのような凛とした表情を、端正な顔立ちから醸し出していた。

 少女は意を決して、ようやく歩き出す。

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