向かう先は決まっている。手元の資料を見なくても……。ただ、数枚程度の資料を拝読すれば、どことなく違和感があった。
確かに彼女は、息子を失ってから酷く憔悴していた。憔悴していて、それだけをとって見れば、自殺の線は十分ありえただろう。
しかし、本当にそうだろうか……。
なにぶん、不可解な点が幾つかあるだけにだ。その最たるものは、直後のデスゲーム開幕だ。
不幸な事件だけに、あまり因果関係を持ちたくはないが、結局、考えなしにはいられなかったのだ。
それに、資料から読み解くに……。
「もうすぐで着きます」
「分かった」
警官のドライバーの報告に、さりげなく返した。〝神宮寺宅火災事件報告書″と書かれた資料を閉じ、そのまま手提げバックにしまう。
車窓から覗けば、例のマンションが見え。それでいて、一目瞭然と言うべきか。ブルーシートで覆われた部屋が目に入った。
火災規模はかなりのものだったことが伺われる。それだけに、数部屋に至るまで、ブルーシートが何重にも重なるようにして貼られていた。
現場に近付いていくにつれ、何台ものパトカー、消防車。そして、人集りが増えてきた。
特に消防車に関しては、鎮火した後でも、なぜか残っていることに不思議でならなかった。
現場に到着すると、冠木堅は早速車から降りた。直後、鼻に焦げ臭い微かな異臭が鼻を突く。
鼻元を庇い、捜査官が集う場所へと向かう。
「あ、先輩が来ましたよ」
こちらの存在に気付いてか、先に現場に来ていた後輩の彼女――
手で返されただけに、軽くこちらも、や〜や〜、と手を軽く振って返す。それから、歩み寄ってからに、話し込んでいた皆が自分の存在に気付いて、一同、敬礼をした。
「お疲れ様です、冠木刑事殿」
皆を代表して、捜査官の1人が挨拶をする。うむ、とこちらも返して問う。
「で、状況は?」
すると、その捜査官は
「だいぶ酷い有り様でしたが、なんとか確認が取れそうな遺留品は幾つか回収しきれたところかと」
「見てもいいかな?」
「ええ」
手招きで案内される。そして――
「こちらです」
と、広げられたブルーシートへと案内された。整然と並べられた遺留品が目に入り、どれもこれも焦げている有様が印象として刻まれる。ただ、確認取れただけあって、一応、原型に支障をきたすところまでには至ってなさそうだった。
種々雑多とある中、やはりと言うべきか。一つの遺留品に目が入った。
「VRS、か〜」
資料やらニュースやらで予め事前情報は得ていたが、実物を見るのは初めてだった。
そんな中、
「先輩、現場検証に行きませんか? 遺留品だけ見ていても、多分、何も始まらないので」
「え? あ、あ……」
それもそうだな。と思った。そして、そこへ向かおうとして、何か思いついたように、先程の捜査官に尋ねた。
「あ、そうだ。一つ聞きたいことが」
「え? なんででしょうか?」
いきなり振られたことに、戸惑う様子を見せる。が、しかし、
「君、中の様子を見て、どんな印象を持ちましたかね」
「え? 印象って、ん〜……」
そこへ、片桐日向が声をかけた。
「先輩、何を油売っているんですか? また、いつもの詮索ですか?」
と。指摘されたことに、ハッとなり
「おっと、これは失礼。やはり、なんでもないです。あまり、気にしないように」
「は、は〜」
最後に難しい表情を見せてはいたが、それ以上は構わず踵を返し。冠木堅は、後輩に連れられて例の部屋へと向かった。
エレベーターは機能していた。火災の影響は受けなかったらしい。火元の神宮寺宅へ向かう中、エレベーター内の狭い個室で後輩と2人きり。沈黙が漂っていた。
けど、それを破ったのは冠木堅の方だった。向かう先の僅かな暇を使う。
「気になってはいたが、何故、現場に消防車が来ているんだろうかね。消火はすでに終えたとは思うが……」
すると、
「点検です」
と一言。
「点検? 何を」
と返し、後輩は
「間接的に聞いた形なんですが、火災の影響で下の階の部屋まで影響が出たらしく、それで」
「巻き込まれた感じ、そうなのか?」
「ええ。でも、詳しくは分からないです。ただ、今のところ、建物自体を支える柱には影響は出ていないようで」
「そうか」
直後、ポンー、と、軽快な機械音が優しく響く流れるや、目的の階層に辿り着いた。エレベーターから出る。
すると、目の前にブルーシートを被せられた複数の部屋。数人の捜査官。そして、2人ほどの消防隊員が目に入った。
捜査官は現場検証に励んでいるように見えるが、消防隊員達はなんだか彼らを見守るようにして立ち尽くしているように見えた。
彼らの元へと向かう。向かう中、次第に足元の床が焦げ色に変色している場所へと踏み込んで行った。
「現場検証、ご苦労」
と一言発し、それに気づいた捜査官がこちらに気付いて作業を一旦中断した。
「お疲れ様です、刑事殿」
そして、2人の消防隊員も、続けて会釈して、自分たちの所属する消防局名と名前を持ち出し、自己紹介した。
ブルーシートで覆われた中を歩いていく。
「状況は?」
と一言発すると、入り口前に居座っている捜査官が報告する。
「かなりの遺留品は回収できましたが、なにせ、火災の規模が規模なので、床が不安定な感じです。場合によっては、陥没する場合も」
「ふむふむ……」
先程の事前報告と照らし合わせてみる。確かに整合性はあるようだと考えに至った。
「ところで君」
「はい?」
「安全は確保しているのかね?」
「そこは大丈夫です。中の者が未だに現場検証しているので、今のところ目立ったトラブルはないかと」
「なら、いいが」
そう言い残すと、冠木堅は、そーと、焦げた壁面に手を当てがった。塗装面が完全燃焼しているのか、簡単にポロポロ剥がれ落ちていく。
(この感触だと、ガソリンか何かを使った? ……いや、そこまでしなくとも……)
考察に耽る。
「どうしたのですか? 先輩」
「え⁉︎ あ、ああ。ちょっと思索に耽っていてな」
そして、改めて手を止めていた捜査官の方へ向く。
「中に入っても宜しいかな?」
「一応、大丈夫だと思いますが……」
と、そこへ、1人の消防隊員が声を掛けてくる。
「なら、私が同行しましょう。中の者には伝えているので大丈夫ですが……」
「分かった」
すると、片桐日向も
「私は?」
と申し出るが、しかし……
「いや、君はここで待っていてくれ」
「で、でも……」
そこへ、2人目の消防隊員が申し出て
「安全を確保したとは言え、部屋の中は大変危険です。できれば、入る人数は少ない方が宜しいかと」
「……分かりました」
「すまないな、片桐」
「いえ。そんな……」
「では、行こうか?」
その言葉と共に、冠木堅は1人の消防隊員に案内されるような形で部屋の中へと入った。
………
……
…
(この臭いは……)
異臭が鼻腔を強烈に刺激する。やはり、防臭マスクがないだけに、かなりのキツさを感じずにはいられなかった。
「マスクをもらえないか?」
と尋ねると、
「やはり、キツイですか?」
「ちょっと、しんどいですね、これは」
「なら、これを差し上げます」
そう言われて、消防隊員から簡易用のマスクを貰う。礼を述べると、冠木堅は、早速、つけた。
ふぅ〜
(鼻が利くだけに、かなりきつかった……)
そう、臭い……
その臭いとは、まさに灯油の臭いだったのだ。それも、かなり強烈にした感じの。消防隊員の方は平気なのか、マスクはしてなかっただけに、自分だけ辛い思いを感じずにはいられなかった。
しかし、少しだけ奥に進めば捜査官がせっせと作業している姿が目に映り、彼らはマスクをして作業していたのが目に映った。
「自分だけではなかったんだな」
恐らくだとは思うが、消防隊員の方は火災現場を渡り歩いているだけあって、こうした刺激臭に対して臭い慣れしているのだろう。
そう想像するに越したことはなかった。
「足元、気を付けてくださいね。所々、床が脆くなっていますので」
「分かりました」
言われて確かにと思う。なにせ、床は真っ黒に焦げ、節々に穴が空いていて。鉄板が敷かれているだけあって、歩ける場所が制限されていたから。
鉄板の上を渡り歩くだけあって、まさに平均台の上を歩いているような錯覚を覚えた。
「では、私はここで待っていますので。くれぐれも鉄板から降りるようなことはしないでくださいね」
「分かりました」
そう応えると、捜査官各自はそれぞれ黙々と作業に取り掛かっているだけに、残るは自分だけの時間となっていた。
鉄板の上を渡り歩く。それも慎重に……
全くもって不慣れであった。それだけに、心に余裕が生まれにくい状態。他に目が行きにくかった。だけど、少しだけ広い場所に辿り着けば、なんだか少しだけ安心した。
(ようやく部屋一面を眺められる)
胸を撫で下ろし、自分にそう言い聞かせた。一息ついた後、天井から壁面にかけて、そして、奥の部屋の方を見つめていく。
第一印象からして、およそ7、8割型真っ黒に焦げていて。火災の凄まじさが改めて物語っていることを感じずにはいられなかった。
火災当日に、瀕死だったとは言え、よく神宮寺さんは助けられたと思う。まさに奇跡、その言葉が相応しいくらいだった。
右手でそっと壁面に触れてみる。ポロリと欠けた壁は、火傷には至らないとは言え、未だに熱を持っていた。
「こんな状態になっても、未だに構造自体問題ないか……」
ポツリと呟いた。
ん?
改めて天井を見つめれば、天井付近に、何やら白くて小さい破片が張り付いているのが目に映った。
気になっただけに、手を伸ばして取ってみる。ぺりぺりと剥がして取ったものは、何かの紙切れ。
しかし、すぐにその正体がメモ書きの一部と分かった。メモには、こう書いてあった。
〝後のことは頼みます″
と。
「なんだろう……」
意味深な文面だけあって、少々、気になった。文面から察するに、誰かに委ねているニャアンスを醸し出しているように見えるが……。
「そこの君」
と作業中の捜査官に尋ねる。が、夢中になっているようで、一回では気付かず。冠木堅は歩み寄ってからに、ポンポンと軽く叩いた。
「なんでしょうか? ……って、冠木刑事殿!」
彼の一言で、その場に居合わせていた捜査官達がこちらに気付いた。気付いて、スクッと立ち上がると、全員、敬礼した。
冠木堅は、いいよ、いいよ、と宥める。
「すみません、気付かなくて」
と悪びれた様子を見せるが、しかし、冠木堅は
「別に謝らなくとも。それよりも、このメモ書きを見てくれないかね?」
と、手にしたメモ書きを見せた。その場に居合わせていた捜査官達も、彼の元に集う中、尋ねられた捜査官は不思議そうに言う。
「このメモは?」
と。
「あそこの壁の隅にへばりついていたものだ。恐らく、熱風か何かで舞い上がったのかもしれないな。それより、このメモ書き、どう思うかね?」
「ん〜、どう思うと言われましても、恐らくこれは誰か宛に書いたものかと」
「そうですか。やはり、そう思うのですね」
この時、自分が感じていたことと同じだったことに、間違いはないと確信した。
すると、もう1人の捜査官は言う。
「この書き方だと、手書きに見えますね。いかにも、パソコンを介したように見えますが」
「ほほ〜、なるほどですね」
意外な側面を訊いて、これまた腑に落ちる。
「鑑識に回しましょうか?」
「いや、このメモ書きは私が預かろうと思う。見るからに、他に気になる箇所はなさそうだし。それに、このメモ書きを見ながら、考察に耽たいしな」
「そうですか。でも、もし、鑑識に回したいとあれば、いつでも待ってますので」
「ありがとう。……さて、私はこれにて失礼するかな」
踵を返した。と、直後、部屋の外にいた片桐日向から声が掛かる。
「先輩! 遺留品から新展開があったと報告が」
「お! おやおや、これは。……では、私はこれにて」
捜査官達に対して手をかざし、その場を後にした。
部屋を出た。すると、片桐日向から、早速、より具体的な報告を受けた。
「遺留品近くにいた捜査官からの報告により、VRSが起動できたとの報告が」
「起動? 壊れてはなかったのか? 焦げ付いていただけに」
「それが、案外、中の基盤は無事だったようで。その証拠に、基盤と共に保冷剤が入っていたと」
「保冷剤? ……保冷剤。と、ともかく、遺留品のある駐車場へ急ごうか」
「はい」
早速、エレベーターへと向かった。
半ば焦げたVRSのベッドギアは、USBケーブルを介しつてパソコンに繋がれていた。
パソコン画面には、解析ツールを用いているのか、数多のプログラミング言語とUIが、所狭しと表示されていた。
冠木堅には分からない、専門外だから。ただ、これだけは分かる気がしていた。
解析は半ば成功できたのだろうと。それがもし、勘違いかも知れないが、だけど……。
「冠木刑事が来ました」
捜査官の1人がプログラマの1人に告知する。冠木堅と片桐日向は、パソコンと睨めっこするプログラマに歩み寄った。
「お疲れ様です、刑事殿。解析は7、8割型成功したところです。あとは、エラーが多発して、これ以上は踏み込めない感じで」
「分かった。で、解析の結果、どんなことが?」
「ひとます、ログインした者。ログイン先、くらいかと。あとは……」
「あとは? とは」
「いえ、これは今のところなんとも言えませんが、ログイン時刻が分かったことには変わりないんですが……」
言葉を濁すことに、冠木堅は違和感を抱いた。何かを話すことに躊躇っている。そのように見えたから。
そんな中、率先して片桐日向が前に出た。
「すみません、ちょっとパソコンを拝借していいですか?」
「あ、はい。別にいいですよ」
躊躇いがちだったとは言え、プログラマの彼女は片桐日向の方へとパソコン画面を向けた。
「前、失礼しますね、先輩」
そう言いながら、訝しげにしていた冠木堅の前へと徐に出た。出て、今度は片桐日向がパソコン画面と睨めっこし始めた。
「色々とごちゃごちゃしていますね〜」
と一言感想を。そして、分かるところを、一点だけ取り上げた。
「ログイン? でも、書いてある数字から、これって、多分、西暦、ですよね〜?」
「ん? 何かわかったのかね?」
「あ、先輩。これです。この箇所」
指差した箇所に焦点を合わして
「2350.0602……、この書き方だと確かに……」
そこで、プログラマは応えた。
「実は、私が言いたかったのはそこなんです。どうにもこうにも違和感しかなくて」
すると、片桐日向も同感だったらしく
「同感です。もし、これが本当に年月日なら、おかしいですし。まるで、未来からログインしたみたいな書き方ですし」
「そうなんです。今は、2104年。となると、2350年と言うことは、今から250年くらい先の未来から、と言うことになりますし」
そこで、あれこれ推測に耽っていた冠木堅が論理的に語り出す。
「となるとだな。実際にVRSからログインした人物は、神宮寺本人ではなく、未来から来た〝誰か″。それも、……ん〜。やはり、飛躍すぎるな」
自分で言っておいて、改めて常識的にあり得ないとさえ思えたのだ。だけど、そうでないと辻褄が合わない気がして。
どうにもこうにも腑に落ちないのである。同意見とみなしたプログラマが、代わりに応えた。
「分かります」
と。続いて
「私もそう思っていたので。ただ、そうなると、神宮寺さんが自殺を図った理由が成り立たないんですよね。未来から〝何者か″が現代の。それも、なぜか神宮寺宅にあるVRSにアクセスして。方や、同時刻に神宮寺さんが焼身自殺を図った。この事実関係を」
「ん〜……」
自分でもその観点に行き着いてはいたが、相手から言われると、やはりどうにもこうにも理解し難い迷宮に落ちたような錯覚に陥ってしまうのだ。
「どうします? 先輩。この難事件」
「ちょっと、この案件は保留にしたい気分だな。さすがの私でも……」
「ですよね」
「とまぁ、そう言う訳だ」
「そうですか。ん〜、なら、データをコピーして手渡しましょうか?」
「ああ、その方が助かる」
「分かりました」
USBをポケットから取り出す。そのまま、パソコンに繋ぎ、解析データをコピーし始めた。
冠木堅は深いため息を吐いた。考えれば考えるほど、常識とかけ離れているだけあって、理解が追いつかない。いや、理解できない。できようもないだけに、オーバーヒートしそうだったから。
だからこそ、あまり深く考えないよう、一旦、深呼吸して落ち着かせることに懸命になったのだ。
そんな中だ。
「一点、一点だけ確認してしもよろしいかな?」
「あ、はい。なんででしょう?」
「その解析データ。……ん〜、ログデータと言うべきなのかな?」
「あ、はい。確かにログデータには代わりないですが」
「その〜、何というか、そのログを偽装する、なんてことはないだろうか?」
「ログデータの偽装? ですか?」
「そ、そうだ。例えるなら、イタズラに、或いは、何かのアリバイ作りのために書き換えた結果、その2350年と言う適当な年代を当てはめた。なんてことは〜」
「その線ですか〜。ん〜、ログを偽装することは出来なくはないです」
「ならっ」
「ただ、それならそれで偽装した痕跡として、〝fake″と書かれているはずなんですよね」
「フェイク?」
「そうです。あくまでログデータの解析なので、その辺り、きちんと表示されるんですよね。ただ、この場合……」
と再びパソコン画面と向き合って
「それがないんです。文字検索もかけてはみたんですが、その検索結果も0件で」
そこで、片桐日向が結論を述べる。
「つまりは、偽装工作は施されていないと」
「ようは、そう言うことです。私とて、偽装していたなら、すぐに見破れますし。それにこんな違和感を抱くまでもなく」
「ですよね」
「ん〜、偽装した線は、なしか〜」
「はい」
そこで、先程、入手した紙切れを取り出してみせた。紙面のメモ書きとパソコン画面に書かれたログデータ。両方とも比較してみせた。
そんな折、プログラマの女性が疑問を投げかける。
「その紙切れは?」
「あ、ああ、これか。これは先程の神宮寺宅で偶然拾ったものだ。本来、鑑識にかけるべきなんだが、今しばらく紙切れに書かれたメッセージと睨めっこしたくてな」
「そうですか。……ちょっと見せてくれませんか?」
「あ、ああ。いいとも」
「ありがとうございます。では、失礼して……」
そうして、メモ書きの紙切れをプログラマの女に渡して上げる。彼女は口に出して読み上げてみせた。
「後のことは頼みます、ですか……。意味深な言葉ですね」
そして、彼女もまた、他にも手掛かりがないか、色々と視点を変えて紙切れを観察してみせた。
「お返ししますね。ありがとうございました」
紙切れのメモ書きを受け取った。そのまま胸ポケットにしまう傍ら、プログラマは感じたことを口にする。
「見るからに、パソコンで打った文字のように見えました。ただ、よくよく見ると、やはり文字が歪んでいるだけに、手書きには間違いなさそうですね」
「やはり、君もそう思うんだね」
「ええ」
まさに、同意見だった。――とそこで、今度は片桐日向が疑問を投げかける。
「ふと、思ったんですが、その〝後は頼みます″って、誰に宛てたものなんですかね? 筆跡鑑定すれば分かると思いますが」
「ま〜、確かにな」
「いずれ、かけるんですよね? 先輩」
「当然。ある程度、睨めっこした後にかけるつもりだ」
「ともかく、私から言えることはそれだけです。すみません、力になれず」
「いや、いいんだ。こちらこそ、ありがとうございました」
そして、その場を後にする。
「どうしますか? 先輩」
「そうだな〜」
今後のことについて、決めあぐねる。どうするべきか、本当に悩ましいとこだとさえ思う。
後輩の言葉には敢えて応えずと言ったところか。ふと、目線を変えれば、陳列された遺留品たちだった。
徐に歩き出す。片桐日向も先輩の動向を注視しているようで、何も言ってこなかった。歩み寄ってからに、その場にしゃがみ込んだ。
くまなく目を通す。ま、一言で言い表せば、そこまで多くない。両手で数えるくらいの程度だ。だが、それでも、ほとんどが真っ黒げに焦げている。
区別できるのは、今のところVRSのヘッドギア(やはり、ヘルメットというべきかな?)。
それと……
「これは、写真立て? かな」
肝心な写真の部分は真っ黒に焦げていて、なんだか分からなくなっていたが、ともかくそれっぽい物に目が入った。
片桐日向もその写真立てっぽい物に、目線を合わせて物を言う。
「恐らく……。なんの写真かまでは分かりませんが、フレームの中に紙面が入っているとなると」
「だよな。ん〜……。もし、もしなんだが、これが記念写真だとするならばだ」
「親しい誰かと写っている、そんなところですか?」
「ああ、その可能性だ。……あ、そうとなれば、身内にこの件を事情聴取すれば何か手掛かりが掴めるかもしれないな」
「確かに。ただ、あくまで可能性ですけどね。この写真が記念写真ならば、と言う前提で」
「ま、そう言うことだ」
「なら、辺りましょうか?」
「だな」
方針が固まり、2人揃って踵を返した。――と、ここで、何かを思いついたらしく
「あっ、そうそう」
そして、振り返ってからに、話し込んでいた捜査官達へと歩み寄っていく。歩み寄ってからに
「忘れないとは思うが、この件で分かったこと。全て報告書にまとめておくようにな」
「あ、はい。わかりました」
「それと、あとになるが……」
と胸ポケットから、例の紙切れを取り出し。取り出しては
「この遺留品、あとで鑑識に回すつもりだから、私からの報告も忘れずに」
「了解です」
「では、私と片桐は、これで失礼するよ。じゃ」
「お疲れ様でした」
1人の捜査官に続き、一拍遅れたとは言え、一同、帰りの挨拶を迎えてくれた。踵を返したからに、再び後輩の方へと歩み寄る。
「では、行こうか?」
「はい」
向かう先が決まり、2人は早速、パトカーに乗り込んだ。火災現場を後にして、向かう先は神宮寺幽奈の親戚。
何か分かるかもしれない
そんな淡い期待が少しだけあった。しかし、そのこととは別にして、冠木堅の脳裏には、あのログデータが未だに焼きついていた。
〝login:2350.0602.AS→AS(SA)″
訳すれば、
〝ログイン日:2350年6月2日……″
あとのAS→AS(SA)の意味はよく分からなかったが、ともかくそのような解析データ。気になって仕方なかったのだ。