モンスターハンターアルカディア   作:ぷにぷに狸

132 / 132
2章:空の王者・1話

 眼下の山間。一際大きな山の山頂にて、ようやくポッケ村を視界に捉える。正直、やっと辿り着けた。普通に、そう思うなら、ほっと胸を撫で下ろしたいところではあった。

 道中、あの古龍――クシャルダオラに再遭遇するかもしれない。そう警戒していた最中だ。

 自然な気持ちであり、それはまさに、身の危険からようやく解放された感じで気が緩みすぎて、かえって無駄な怪我をしてしまいかねない。

 そんな例えに近いくらいの安堵感と言っても、差し支えないのだろう。

 だけど、現実は違った。身の危険からの解放と言った観点とは全然別な。どちらかと言ったら、人間関係のギクシャク。

 それに近い感じを抱いていたからだ。このまま、条件を科された依頼を蹴れば。それはそれで、単純な話、自殺まがいの身の危険に敢えて首を突っ込まずに済むからだ。

 けれど、それとは引き換えに、到底、受け入れたくないものを受けざるを得ない。

 軍隊まがいな猟団同盟。そこに参加するのだけは、俺自身の性格・考え方からして絶対に嫌だからだ。

 ちなみに、

 

〝条件付きの依頼“

 

 とはどういうことか?

 

 それはまさに、まさにであって――

 

「あと30分。遅くて、1時間と言ったところだな。……セツナさん、約束は覚えてますよね?」

「え、ええ。覚えているわ、ハッキリと。なんならこの場で、記憶の齟齬がないかどうか、話してもいいけど?」

「いえ、そこまでしなくとも。ただし、この約束は、場合によっては蹴ってもいい。それだけは補足しときたくてね」

「なら、敢えて、この話を――」

 

 と言いかけて、マルグリットは、

 

「ただし、……分かりますよね?」

 

 ……そこから先は、聞く気にもなれなかった。ハッキリ言って、不快。その二言に尽きるからだ。不快だけに、誰にも聞こえないよう、軽く、ちっ、と舌打ちする。

 

「ったく、セツナの奴。これじゃあ、全部、俺が悪いみたいじゃないかよ。リオレウスくらい、俺1人で」

 

 そう、リオレウス。条件付きの依頼とは、まさに、リオレウスの討伐の成功の有無。

 討伐成功なら、猟団同盟、とかいう、クソみたいな溜まり場に入らなくても。

 逆に、万が一にでも失敗なら、同盟への参加。そのことを指していたからだ。

 しかし、そもそもの話、マルグリット達の協力を得ての下山。それをしなかったら、こんな話、出てなかった。出ていなかったのである。

 

「何が、〝この世に、バーターで成り立たない物はない“だ」

 

 くだらない。くだらなすぎて、逆に反吐が出そう。

 

 俺が一番嫌う言葉であり、価値観であった。

 

 そんなものの為に……。

 

 振るいどころのない〝不快感“と言う名の怒りを、握り拳に溜めるしかなかった。

 

それから暫くして……

 

 蟠りが漂う中、俺たちは遂に、ポッケ村へと帰還を果たす。到着してからは、特にこれと言った深い話はなく。

 解散を経て、ビックスやウェッジと言った、セツナ達にとっての助っ人みたいな人達と簡単な挨拶を交わして、それぞれの帰路へと着いた形となった。

 マルグリットらと、こうして離れることができたことに、俺自身、どことなくほっとしたような気分になれた。

 そんな中、セツナの声が聞こえて来て――

 

「行かなかったの?」

 

 声のする方を見れば、俺を含めた一団からやや距離を置いて、バツが悪そうにして小さく見えるカデットの姿がいた。

 彼女がまだ、未だに俺たちと同行している辺り、正直、意外であったが……

 他方、セツナの問いかけに、なせが後ろめたそうにしながら黙っている姿が見てとれた。

 

「別にいいんじゃね?」

 

 とJ.O。特段、気にする様子がない者。その反面、レイナやミルクらみたく、少なからず気にかける者と、半々な塩梅でそれぞれ反応を見せたようだ。

 まあ、俺自身はと言うと、前者に近い立場ではあったけども。各々が反応を見せる中、ようやく黙していたカデットが口を開く。

 

「やはり。迷惑なら、このままいなくなります」

 

 との遠慮。この言葉に、レイナは

 

「あらあら、別にいいんですよ。私達は別に……」

 

 遅ればせながら、セツナも

 

「そんな畏まらなくても。別に、あたしら、追い出すつもりなんてないから」

 

 しかし、カデットは

 

「いえ、いいんです。そもそも、私なんて、あなた達とは違い、部外者でしかないので」

「部外者って……」

 

 言葉に詰まるセツナがいた。思うに、ここで言う部外者とは、団員ではない。あくまで赤の他人でしかない。

 そう言うニャアンスを指しているのであろう。そう考えなくもなかった。けれど、

 

「それを言うなら、俺やケインも似たような者だな」

 

 と切り出して。からの

 

「正式に入団、したつもりがないからな」

 

 と自分ならではの、立場を鮮明にしたつもりで言ってみせた。この発言に、ケインは慌てて問い直してみせる。

 

「おいおい、ユウト。それ、どういうつもりだよ? 俺たち、てっきり――」

「〝メンバー入りした“そう思いたいんだろう?」

「そうだけどさ〜」

「表面上はな。ケインがそう解釈するなら、別にいいさ。だけど、俺はそうじゃない。ある程度、距離は置いているだけに、そのつもりはない。それだけのことさ」

 

 そして、改まってカデットに目を向けると

 

「それで、あんたはその後、どうするつもりなんだ? 団と再会しないなら、今まで通りにするつもりなのか?」

 

 しかし、カデットの答えは、

 

「私は〜、……暫くご主人様のとこにいます。でも、そのあとは、分かりません」

 

 まるで、将来像が描けない。その様子を醸し出していた。俺自身は彼女の将来なんてどうでも良かったけど、たぶん、ジレンマに陥っているのかも知れないのだろう。

 要するに、合わせる顔がない、ってことなのかもな。

 

「なら、うちの団に来ないかネ? 村長のとこに居ても、何も変わらないアルヨ」

「おねぇちゃん⁉︎」

 

 姉の意外な言葉に、小狼は驚いたようだ。

 

「意外ね。あたしも、どことなくそう感じていたから。……カデットさん、良かったら暫くの間、あたし達のとこにいない? 部外者だろうとなんだろうと、結局、うちの団、関係ないからさ」

「しかし、先程言いましたが……」

 

 ――とここに来て、どこからともなくオムラ村長の声が聞こえて来た。

 

「いいじゃないか?」

 

 声に反応してからに、「この声は」と振り返ったカデットは一言

 

「ご主人様……」

 

 俺も含めて、村長の方へと向くや、杖をついた小柄な姿を見せる老人がそこにいたのを視認。

 

 いつの間に⁉︎

 

 そんな気付きがあった。オムラ村長は、ゆっくりと落ち着き払ったかのように、続けて語りかける。

 

「これもまた何かの縁。断る道理もなかろうて」

 

 仏のような笑みを浮かべるのであった。

 

「カデットよ、いつまでもわしのところにいても、何も変わらんぞよ」

 

 促す村長に、しかし、カデットは躊躇うように

 

「ですが、ご主人様、1人では」

 

 と反論しかけて。だが、村長は彼女の元へと歩み寄るや否や、肩に軽く手を乗せて、満足そうな笑みを浮かばせる。

 

「もう、十分じゃて。十分、助けになったわい。それに、あくまでも、わしは数多くいるNPCの1人でしかない。プレイヤーのお主が気を使う道理は、そもそもないのじゃぞ」

 

 確かに。人間のような振る舞いをする姿をしていようと、やっぱり、村長もまた、ミルクやジャムみたいなオトモ同様、感情があるように見えるNPCでしかないんだよな。

 彼の言葉を受けて、俺は改めて否応なく認識するに至った。

 

 カデットもまた、同じ認識を抱いたのだろうか?

 

 そのことには返す言葉に困っているように見えた。だけど……

 

「一晩だけ、考えさせて下さい」

 

 どこか思うところがあるのだろう。すぐに決断するには至らなかった。至らなくて、踵を返すや、俺たちの前から、どこかへと立ち去ってしまったのだった。

 

 カデットが皆の前から消えた後、オムラ村長は悪びれた様子で言葉を漏らす。

 

「なにか、気に触ったことでもあったかのう?」

 

 すると、ミルクが

 

「そんなことはないと思うにゃ」

 

 と励ましの言葉を投げかけて。続けて、ジャムもまた、ミルクに続けて話しかける。

 

「思うに、人生の決断、と言うことじゃないかにゃ?」

 

「人生の決断、決断、か〜」

 

 ケインもまた、思うことがあったようで、独言を呟いた。俺は、彼らしくもない言葉を気にして

 

「らしくないな」

 

 との一言。だけど、ケインは、具体的なことまでは踏み込まずして

 

「いや、なんでもないさ。なんでも」

 

 それ以上のことは口にはしなかった。だけど、人生の決断、と言う側面に関しては、俺もまた、ある意味、同じことが言えるのかもしれない。

 猟団に入団したつもりはなかったけど、振り返ってみれば、半ば、入団しているような感じになっていたから。

 だからこの際、決断して正式な入団も、申し出てもいいんじゃないかと。

 

 だけど……

 

 そうなれば、決定権は団長たるセツナが決める方針に従うしかない。今までもそうだったのかも知れないが、正式に入団したとなれば、より一層、そうなることは避けれそうにない訳で。

 

「ん? どうしたユウト?」

「え? あ、いや。ちょっとな」

 

 すっかり考え事していた様子が顔に出てしまったようだ。J.Oに指摘されてしまったようだ。

 

「ともかく、ログハウスに戻りましょう。こんなところにいても仕方ないし」

「それもそうだな」

「そうですね」

 

 セツナの意見に、ケインやレイナが応じ。俺たちは一旦、村長と別れて拠点としているログハウスに戻ることになった。

 

 

 

 

 ログハウスに戻ると、今までの登山の疲れが一気に噴き出したような。そんな感じが出たのか、皆がそこらじゅうに体を投げ出した。

 これ以上は、動きたくねー、そんな様子でぐったりとしている。けれど、俺とセツナ、それにレイナとノブ公はそこまでもなかった。

 セツナとレイナ、それにノブ公は、長テーブルへと向かい、それぞれ今後の方針について話し合う様子みたいだから。

 一方、俺はというと、彼らと離れた丸テーブル席を確保するや、ココアか何かないのかと、食材ボックスを漁ってみたりした。

 食材ボックスには色んな物が入っていた。魚や肉、米や、それ以外の具材と多種多様なものが。

 だけど、肝心な飲み物系は、そこまで多くはなくて。めぼしいものとして、とりあえずかぼちゃスープがあったので、それにすることにした。

 ポットにお湯を入れて、コンロに表示されているバーナーアイコンをクリックする。

 そんな中、その様子に気づいたバターが、声をかけて来る。

 

「何か作っているのかにゃ?」

 

 それに対して俺は、素っ気なく

 

「バターか。ちょっとしたスープさ、スープ」

 

 しかし、それを聞いた小凛が、口を挟んできて

 

「なんなら、この際、私達にも欲しいネ」

 

 続けて、J.Oも

 

「丁度いいや、俺も」

 

 だけど俺は、そんな要望を跳ね除けるように

 

「そんなの、自分でやれよ。スープくらい」

 

 頼るなよ。そんな気持ちを込めて吐き捨ててしまった。そんな態度に、小凛は、ちぇ〜、と残念そうに。

 だけど、逆にJ.Oは食い下がるつもりもなくて。徐に立ち上がるや否や、俺の元に歩み寄って来た。

 

「別にいいじゃないかよ。スープくらい、作るの楽勝なんだしよ」

 

 と肩に手をやって来る。馴れ馴れしいんだよ。と思ったが、悪気がないことくらいなんとなく分かっていただけに、一つため息を吐いた。

 振り払おうとした手を納め、

 

「ったく、仕方ないな。次いでだ、小凛にも作ってやるよ」

「やった〜」

 

 渋々っはあったが、とりあえず俺を含め3人分は作ることにした。

 それから、出来立てのスープを一口啜り、ひとまず気分を落ち着かせた俺は、談話し合うセツナ達を見据える。

 小耳に挟むような感じではあったが、リオレウス討伐に関する事案だと言うことくらい、話をかいつまんで見ても理解できた。

 

「なんだかな〜」

 

 バツが悪そうな気分になる。自分の心境を除けば、こうなったのも、全て自分のせいではないかと感じずにはいられないのだ。

 正直、リオレウスくらい。セツナを巻き込まんでも自分一人でどうにでもできそうな感じがするのだ。

 それもそのはずで。なにせ、リオレウスを相手にせんでも対等な火竜――リオレイアを一人で討伐した、と言う実績があるからだ。トライアルマスターの称号を持っているのが、なによりの証拠だけに。

 なのに、なんでこうもセツナ達が……

 無視できなくなり、思わず横槍を入れてしまう。

 

「話の途中から割り込んで悪いんだけどさ」

「ユウト?」

 

 気づいたセツナを皮切りに、一同の視線が自分に集中する。その中で

 

「リオレウス討伐に弱みを握られているのは俺のせいだと言うのは分かっているんだからさ。何も、俺の尻拭いのために、あんたらが関わらなくていいんだぜ」

「それ、どういうことよ?」

 

 俺の言葉に、セツナが食いつく。しかし俺は、

 

「そのままの意味だよ」

 

 即座に言い返した。

 

「そのままの意味って。何、自分一人で、カタをつけようと思っているの?」

「そうだ。リオレウスくらい、俺にとってはな――」

「バカじゃないの?」

「なんだと⁉︎」

「だから、バカじゃないの? ってこと。いくらなんでも無謀よ、無謀」

「無謀ってなんだよ。それに、俺には実績くらいある」

「実績? なによ、それ?」

 

 すると、俺はメニュー画面を表示・操作しながら

 

「トライアルマスターって知らないか?」

 

 とか言いながら、根拠となり得るものを表示させてみた。キラキラとした勲章。高難度クエストをソロでクリアした証を讃える偉大なる勲章が、堂々と存在感を醸し出す。

 その光景に、周りの視線に熱が籠ったかのように、他の団員達が各々感嘆を漏らすのが聞こえて来た。

 流石にケインだけは、予め知っていたこともあってか、そこまで驚きはしなかったけれども。

 

「なかなかやるな。早々、取れる物じゃないのに」

「パパ!」

「あ、いや、ごめん。つい――」

 

 開発者として嬉しいのか。娘に指摘されたとは言え、ノブ公の表情が緩んだかのように見えた。

 

「ったくも〜」

 

 当然のように文句が出た。

 

「で、トライアルマスターだっけ? そのくらいは知っているわよ。滅多に取れたものじゃないから。だけど、だからと言って――」

「許可する訳がない。そう言いたいんだろう?」

「っ! 言いたいことが分かっていて、結構。分かるんなら、あたしの気持ちくらい理解できるよね?」

「理解も何も。リオレウス討伐の有無で、あのマルグリッド(野郎)の下に加わるかどうか関係してくるとなると、納得できないんだよ! こっちは」

「そ、それは、あたしだって……」

「なんなら、契約、反故にすることくらいできるだろうよ?」

「そ、それは……」

「? なにか断れない事情でもあるんかよ?」

「……」

 

 その指摘。その指摘は、彼女にとって痛点だったのか? 言葉を詰まらせているようだ。

 けれど、俺には関係ない。特に、入団した、と正式に申し出ている訳ではないだけに、尚更だから。

 そんな中、これ以上、見過ごせないと思ったのか? ミルクがしゃしゃりできた。

 

「もう、良さないかにゃ。セツナさんだって、何か言えない事情ある訳だし」

 

 仲介したつもりなのだろう。しかし、このことが、かえって、俺の感情に、火を注ぐ結果を招いた。

 

「なんだよ! こんな時に。ミルク、お前はどっちの味方なんだよ!」

「そ、それは。……どっちもにゃ! どっちもで、これ以上、見過ごせないと思ったからにゃ」

「それ、仲介役を引き受けたつもりでいるのか?」

 

 ミルクのどっちつかずの態度にイライラが募る。

 

「ありがとうミルク。……ユウト、納得がいかないなら、出て行ってもいいんだよ。強制はしない」

 

 その言葉に、皆がざわつく。相当、驚いたようだ。

 

「セツナさん、それはあまりにも」

 

 親友のレイナが、言い過ぎではないのか? と皆を代表するかのように発言の撤回を求めた。

 けれど、口から出た言葉は、後に引けない。

 

「ああ、いいよ。出て行ってやるよ」

 

 元々、集団と馴れ合う気は無いのだ。俺は皆の前から立ち去るように踵を返す。――と、ここで一つ、心残りがあってか、去り際にケインの方を見る。

 

「お前は来るよな? ケイン」

「お、俺か⁉︎」

「なんだよ、その態度。……まさかお前⁉︎」

 

 彼はどう言う訳か迷っているようだ。それもそのはずで、俺とセツナ達。両者、どちらを選ぶべきか、視線が右往左往していたらだ。

 

「まあ、いいよ。お前はこの件には関係ないからな。ただ、俺はお前の決断を期待しているからな」

 

 それだけを言い残し、迷うケインを尻目に自室へと戻った。

 

 

 

 

 一人、もくもくと身支度を始める。その最中、俺は思う。後悔はないはずだと。自分に言い聞かせるようにして。

 けど、その一方で、ケインがあんな風に迷うとは、正直、意外だった。てっきり、俺についてくるのは、当然だと認識していたからだ。

 しかし、迷うことはない、ないはずだと。自分の判断は決して間違っていないと、懸命に雑念を振り払うように、身支度に集中していた。

 

 ふぅ〜

 

 一息つく。纏めるものはまとめた。あとは、ケインが来れば……。

 

 そんな淡い期待をしていた。

 

「来るよな」

 

 不安がどこかしらあったが、こればかりは信じるしかなかった。とは言え、これからどうするべきか。

 目指すべき目標は決まっている。決まってはいるが、その一歩が決まらないのが問題であった。

 ケインと二人で最終クエストを攻略し、晃との約束を果たす。そのような目標。

 けれど、現実問題、さすがにケインと二人で目指すのにも限界はあるよな。

 

 ――って、俺は何を考えているんだろうか? 

 

 そんな理屈だと、やっぱり団を離れることは現実的ではない。それでは、自分の判断が誤りだったと自分で認めるようなものじゃないか。

 俺はかなぐり捨てるようにして、自分で思い至ったその線を排除するのに必死になった。

 そんな中である。背後からノック音が聞こえて来た。堪らず、俺は反応する。

 

「ケインか? ったく、心配したよ」

 

 しかし、俺の言葉を裏切るように、別人の声が聞こえて来た。

 

「いや、違う。すまない、ノブ公だ。ちょっといいかな?」

「おっさん⁉︎ ……ったく、なんだよ。それに、例のあの話ならごめんだからな」

「そのことでなんだが。一つ、これだけは、君に知って欲しくて」

「知って欲しくて、ってなんだよ。ここで話せばいいじゃないか」

 

 ところが、彼は

 

「そうはいかないんだ。言葉では、どうも納得いかせるようなものではないから」

「なんだよ、それ。……もういい。ケインはどうした? あいつなら、俺の気持ちくらい分かって――」

 

 次の瞬間、俺の気持ちを遮るように、すかさずノブ公は――

 

「彼は来ないよ」

 

 と断定。

 

 え?

 

 俺は思わず戸惑った。続けて、そんな心境を尻目に、ノブ公は事情を話す。

 

「事情を知ってからに、すごく悩んでいるよ。場合によっては、後悔が残るくらいに、ね」

「はい? それはどう言う――」

 

 言ったそばから、反射的に体が動いた。動いて、その勢いのまま、ドアノブに手を当てがい、そのまま扉を開けてしまった。――とそこで我に返り、自分のした行動に、しまった! と思い、固まってしまう。

 頭が真っ白になる中、

 

「やっと開けてくれたね」

 

 とノブ公。続けて、

 

「てっきり、このまま突っぱねるかと思っていたけども」

「う、うるさい! で、説明ってなんだよ」

 

 この際だ。その彼が言う説明とやらを、渋々、聞くことにした。半ば、大した理由なんか無いだろう。

 そんな軽い気持ちではあったが……

 

「簡単な話でね、契約書にサインされたのさ」

「は? 契約書にサイン?」

「これを見てほしい」

 

 そう言うや、ノブ公は眼前にて指先で空を切ると、画面表示し、そこから色々とメニュー画面を切り替えていくや、一つの書類を取り出した。

 

「契約書と言っても、同意文書みたいなものだけどね」

 

 そう言いながら、俺にその書面を見せて来た。俺は一目見て、理解に苦しむ。

 

「は? 協力同意書、なんだこれ?」

 

 それから、要約の項目を見て、ますます理解に苦しみ。挙げ句の果てに、セツナがサインした箇所を見つけた。

 ただ、一つだけ理解したのは、この同意を反故にした場合、ペナルティとして、ギルドに違反報告し、何かしらの罰則処理をさせることであった。

 

「内容、理解してくれたかな?」

「ちっ、理解も何も。なんでこんなクソみたいな文章にサインなんかしたんだよ?」

 

 すると、今度はノブ公の後方からセツナの声がして来て。まるで、最初から聞いていたかのように、事情を打ち明けて来た。

 

「仕方なかったのよ」

「っ! セツナ」

 

 思わず顔を顰めた。そんな俺をよそに、続けてセツナは

 

「下山に協力するなら、その同意書にサインしろ! って、迫られて」

「は? 迫られた? そんなもの、断ればいいじゃないかよ。断った上で、共に下山すれば済む話じゃないか」

「そうもいかないのよ」

「そうもいかない? なんで」

「それは……」

 

 言いづらいのか、言葉を詰まらせた。しかし、その代わりノブ公が訳を話してくれた。

 

「強いて言えば、ギルド絡みなんだな。この案件は」

「ギルド? なんでそんなのと? 大体、マルグリッド()とギルドにどんな関係があるって言うんだよ」

「普通はそう思うよね。でも、彼の場合、違うみたいなんだ。詳しいことは分からないが、ギルド公式の紋章を所持している辺り、どうやら後ろ盾にギルドが一枚絡んでいるようでね」

「詳しいことは分からないって。実際、それ絡みで何か言って来たのか?」

「いや、特に。ただ、先程言ったことを含ませるように、一言、分かるよね? とだけね」

「は〜、なんだそりゃ。威ってことかよ。で、それにビビってサインしたってことか?」

 

 すると、今度は噛み付くように、セツナが強気の姿勢で反論して来た。

 

「ビビってなんか無いわよ! ビビってなんか。ただ、団員の安全を考慮した上で、仕方なくサインしただけよ」

「は〜ん? そうなんだ」

「疑うつもり?」

「疑う? なんでそんな、疑わないといけないんだよ」

 

 そして、ノブ公は

 

「ま、いずれにせよ、そう言うことだ。ある程度、分かってくれたかな?」

「分かるも何も。なんだか、バカらしくなった気分だ」

「なら――」

「おっと! 待ってくれ」

「え?」

 

 即決しなかった俺に、ノブ公は僅かにキョトンとしたようだ。

 

「一晩だけ考えさせてくれ。俺自身の気持ちと向き合いたいから」

「分かった」

 

 セツナもまた、それには同意したようだ。

 

 そう、一晩だけ。事情は分かったんだけど、どうにも心の整理がつかなかったから……

 

 

 

 

 その後、ポッケ村のギルド支部へと一人で赴いた俺は、受付令嬢から規約文とやらを貰うことになった。

 どうにも、気になっていた。マルグリッドとギルドの関係に関して。だが、どんな繋がりがあるのかまでは分からない。

 彼に直接聞くしかないとは思うけど、聞くこと自体、かなり抵抗があったから。

 だから、分かる範囲のことだけは把握しようとは思う。

 それだけに、その一歩として、規約文と言う物を手に入れた次第なのだから。

 時間帯は夜中と言ったところか。まばらに雲はあったが、天候も良好だけに星々が輝いて見えていた。

 寒冷地だけに、時折吹き付ける夜風が顔を強く刺激する。

 

 ログハウスに再び戻る。

 

 誰もいない。最初はそんな印象であったが、円卓を挟んだ木椅子の片方に腰をかけて一息付いたところで、何の用なのか? 徐にケインが部屋から出てきた。

 

「ユウト……」

「ケイン。……どうした?」

「いや、聞きたいのはこっちだぜ。そんな防寒具を着て」

「あ、これな。……ちと、ギルドに行っていたんだ」

「ギルド? まさか、一人でクエストにでも――」

「バカを言え! そんなつもりなんかねぇよ」

「じょ、冗談だよ、冗談。でも、お前らしくないな。モンハンに関しては、知識が膨大と自負していたのにな」

「へ、買い被りすぎた。確かに知識に関しては人並み以上だとの自覚はあるつもりだ。場合によっては、博士クラスくらいなんかなあと想像するくらいにな。でも、あくまで、人並み以上だ。俺だって分からないこと、一つや二つあるってものさ。それに――」

「それに? なんだ?」

「あ、いや。強いて言えば、これさ」

 

 先程、手に入れてきた規約文とやらを、画面からチョイスしてみては、円卓上に広げるように提示してみせた。

 パッと見た印象で1から2秒弱。顔を顰めて反応、

 

「なんだこれ?」

 

 まるで、得体の知れない物を見るように、相棒は抵抗感とやらを意思表示させてみた。

 しかし俺は、素っ気なく返すに留める。

 

「規約文だよ、規約文」

「規約文? ……あ、確かに。どうりで」

 

 言われて、ようやく気付いたようだ。

 

「でもよ。こんなのギルドから持ち出して、一体、どうするつもりなんだ?」

 

 当然のように、不思議そうに見つめてきた。

 

「確認したいことがあってな」

「確認したいこと? 規約にか?」

「まぁな」

 

 それだけを言い残すと、何十項目に区分された中から、

 

 該当箇所がないのか? 

 

 或いは、そうでなくとも、

 

 気になるような箇所がないのか? 

 

 俺は、綿密に目を凝らしながら、しらみつぶしに目を光らせて行った。とは言え、字が細かい。細かくて、少しでも気が緩めば、取りこぼしが出てきそうな。

 そんな錯覚を抱かしてしまいそうだった。ケインが見守る中、実際に該当するかどうかは別として、ある項目に目が行った。

 

違反(ペナルティ)事項……」

 

 そこには、ギルドの契約に違反すればどんなペナルティが下されるのか? 記載されてあった。

 一方、俺の反応を見てか。ケインは声をかけてくる。

 

「なにかあったのか?」

 

 と。

 

「まぁな」

 

 と返して、

 

「……強いて言えば、ここ、ここの欄」

 

 指をある箇所に指した。

 

「……ん、ペナルティ事項? ここが?」

 

 疑問を持つ彼に、俺は

 

「繋がりがあるかはハッキリとは分からないが、押さえておくべき事案かとね。あの野郎に関してな」

「あの野郎? ……あ〜、もしかしてアイツか?」

 

 すぐには反応しなかったが、俺が指摘したことを、ケインは辛うじて理解したようだ。

 

「気にしていたのか?」

「当然だ。でないと、こんな面倒な手間はかけないさ」

「ま、ま〜。確かに。……しかしよ、ペナルティ事項なんか見て、抑えるべき事案ってなんだよ? まるで、規約に抵触するかどうか吟味しているように見えるぜ」

「規約に抵触も何も、場合によってはそれだよ」

「は? どう言う――」

 

 さすがのケインも、これには看過できないようで、前のめりになった。でも、それでも、俺は冷静さを欠かさなくて

 

「まだ、ハッキリとしたことではない。ないが……」

 

 一拍置いて、その後――

 

「(マルグリッドの)野郎が、『分かっているよね?』と言った意味の裏と、このペナルティ事項とに繋がりがあるような気がしてならないんだよな。まるで、……そう、契約を破った場合、ギルドからペナルティが下されるからね。と言われたような気がしてな」

「ま、まさか〜」

 

 その反応からして、相棒は信じられないようではあった。

 

「信じるかどうかは自由さ。でも、俺にとっては妙に引っかかるんだよな。それにケイン。お前もノブ公のおっさんに言われたんだろう? セツナの事情を」

「そ、それは……」

「その反応、やっぱりな」

「で、でもよ。考えすぎだぜ、考えすぎ。確かに、団長と言うかセツナは、契約書を書かされたとは聞いたさ。本人も仲間のことを想って契約に署名したとは言っていたし。契約にサインしたからには、今更なかったことにはできないと思っているって話だ。だけどよ、俺に言わせれば、猟団同盟のリーダー、だっけか? そうだとしても、彼もまた、大勢の中の一プレイヤーに過ぎないんだぜ。ギルドを動かす権限なんて、まさかのNPCじゃあるまいし……」

「あるまいしー、だろう? あくまで」

「え、え、う、うん、ま〜」

 

 意外な反論に、ケインは言葉を詰まらせたようだ。発言がしどろもどろになった。

 だけど、特に気にするつもりはなくて

 

「まぁ、いいさ。ケインはケインだしな」

 

 とってつけたように返した。

 

「それ、どう意味だよ!」

 

 看過できない。そんな顔をしてみせたが、しかし俺は

 

「そのまんまってことさ。……それより――」

 

 再び規約分に目を落とすと、ペナルティ事項を読み返すや、緩やかな表情が一変して真顔に。

 マルグリッドの野郎とギルドにどんな関係があるのかまでは知らないが、万が一のことを考えれば、この猟団(蒼天の翼)には選択肢はないのかも知れない。

 重点事項と勝手に位置付けた箇所に、俺は目を見張ったから。

 

そう、この猟団には選択肢はない

 

 それは、俺が団を抜けようとしてもだ。ペナルティには、列記としてやばい内容が記載されていたから。

 成功の是非の有無によらず、リオレウス討伐クエストを蹴り契約違反とギルドが正式に認定してきた場合として、

 

ペナルティ内容:

全装備品・全アイテム類・全資金、クエスト受注権のいずれかのうち、どれか一つを没収する。

 

 と書いていただけに、万が一、該当したとなれば、その被害は火を見るより明らかなくらい甚大な被害を被ってしまうことが、懸念としてあったから……

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。