谷風が靡く中、俺とケインは切りたった谷間を慎重に歩いていた。一歩踏み外せば谷底へとまっしぐらであり、谷底には轟音を立てて流れる川があった。たかが仮想世界だってのにやけにリアル感が半端なく、正直、足がすくみそうになる。
万が一にでも落ちたら、まさかのキャンプ送りに……。なーんて、そんな恐怖が込み上げてきて、加えて、後ろからケインのこわばった声が聞こえてくる。
「おーい!! ちょっとまってくれよー!」
さすがの俺でも、この状況で振り向くわけにも、また、答える気にもなれなかった。懸命に一歩一歩踏み出していく。それだけで手いっぱいだった。――とそこで、細道上にあった砂利をうっかり蹴り落としてしまう。それはまっしぐらに谷底へと落ちていき、そのまま激流へと飲み込まれて姿を消す。
その様子にゴクリと唾を飲み、一段と気を引き締める。ガ二股で歩きつつまた一歩一歩と歩いて行き、ようやく広い足場へと出る。
やっとのことで落ち着ける場所に出た。俺は心底安心する。ケインの方へと向き直って言う。
「慌てなくていいからゆっくり来いよ」と。
「言われるまでも……」
そのあと何やらぶつぶつ言っていた様だが、時折なびく風に遮られ何を言っているのか皆まで分からなかった。そして、 ようやくケインも、俺と同じ場所に出る。
「ふー、やっと落ち着ける場所に出たぜぇ」
「お疲れさん」
彼の肩を軽くポンと叩く。
「ほんっと、やばい道だったぜ。二度と通りたくねえな、正直」
それには俺も同感であったが、それには答えず、
「目的の場所は、えーとあそこだな」
目線で採掘ポイントを確認する。採掘ポイントと言ってもひび割れた巨大岩がある場所であるが、その場所に行けば、ピッケルアイコンが表示されるのは確かであり、今までの採掘ポイントだってひび割れた場所に行けばちゃんとそのアイコンが表示されていた。だから、その経験もあって確信はちゃんとあった。
早速休息モードに入ろうとしているケインに俺は呼び掛ける。
「おい、行くぞケイン」
渋々と言った感じで
「もう、行くのかよ。しょうがねえなあ」
「別に疲れたわけでもないだろう?」
「まあ、そうだけどよ。あんな危険な場所歩いて来たんだからさ、ちっとは心の回復ってもんをしたいぜ」
「それを言うなら、う~ん、じゃあ少しだけだぞ」
本当は急ぎたかったのだが、ここはやむなしと俺はそう判断を下すのだった。そう、急ぐ理由。それはあの情報(リオレイアの情報)があるからだ。いくら陸の女王と呼ばれるとはいえ、空を飛ぶことには変わりはない。それを考えれば、こんな岩場でも遭遇する可能性だって十分あり得る。もし、こんな岩場で遭遇すれば、こちら側が大変不利な状況で危険度が一気に跳ね上がる。それもあって、できるだけ急ぎたかったのだ。
先を急ぎたい気持ちを抑え、ここはケインに合わせる。そうしたなか、ケインは景色を見渡しながら感想を述べる。
「ふぅ~。にしてもだ。いい景色だなあ。そう思うだろうユウト?」
「あ、ああ、まあな」
俺がそわそわしているのを感じてか、
「どうしたんだ? そんなそわそわして」
「いやあ、何と言うかだな。クエスト出発前にリオレイア情報見ただろう。それがどうも気になってな」
「うーん、まあ、確かにリオレイア情報は俺も見たけどよ。だからって、そんなすぐには遭遇しないだろうよ」
「う~ん、まあそうなんだろうけどさ。でも、もしもの場合ってもんがあるじゃんか」
「もしもの場合ねえ……。ま、そん時はそん時だろう」
「はあ~、楽観的だよな、お前」
呆れてこれ以上何も言えなかった。
「だってそうじゃねえか。リオレイアってのがどういったものなのかは俺は知らねえけどよ。それを考えたって切りがないぜ。それよりもさ、景色見てみろよ。崖っぷち渡っているときは余裕なかったけどよ。改めて見ると絶景だぜ、こりゃあ」
どうせ、最終的には俺頼みだろうなこいつ。そう思って、はあ~とため息が零れる。とはいえ、俺もケインに言われたとおり景色を一望してみると、確かにこれは絶景であった。こういう余裕、多少は必要なのかなあ。なんて心のどこかで思ったりもした。
それからというもの、俺たちは景色を十分に楽しんでいた。
やがて、雲の一団が優雅に流れてきたころ、ケインが口を開く。
「……ところでよ、ユウト」
「あ?」
「確かこの辺に採掘ポイントがあるとかないとかみたいなこと言っていたよな」
「え、まあ……って、聞いてたんかい!」
耳に人差し指を指しつつ
「小耳にはさんでいたもんで、な」
「小耳って……」
休息モードに入ろうとしていたあのタイミングで、良く聞こえてたよなあ。とか思い、ケインの地獄耳に多少驚く。
「こう見えても、俺、結構、耳いいんだぜ」
「耳がいいって。はあ~、よくしゃべる上に耳が効くとはな。驚いたというか羨ましいというか……」
「羨ましい?」
「まあな。俺、こう見えても、他の奴と関係を持つの苦手なんだ。それにしゃべるのもあまり得意な方でもないしさ」
「ふ~ん、でも……」とそこで、俺の額に指をこつんとつき
「知識だけは俺よりもあるじゃん。それは俺にはないぜ」
「知識だけはって……」
少々苦笑いしてみせる。
「まあ、それなりにあることはあるけどさ……」
何が言いたいのかというと、ずばり、他者との関わり合い。ケインみたいに誰彼かまわず相手にするような関わり方は極端だとしても、俺にはそれが欠けている、ということなのだ。
「じゃあ、ユウトは何がいいたんだ?」
「そう、何と言うか、こう、他者への関わり合いって言うかなんというか……さ」
「ふーん、でも、そんなのってなんとかなるじゃん」
「なんだよそれ! まるで俺の悩みがノリで解決するみたいな言い方じゃんかよ」
思わずそうツッコミを入れてしまう。困り果てたような表情を見せるケインは、うーん、としばし悩んだ末に開き直ってこう答える。
「つまり、あまり考えなくてもいいってことだよ。はなっからなんとかなる! そう言うことだ。それよりもさ、先の話」
と言葉に詰まってしまったのかここで話を例の話――採掘ポイントがどうたらこうたらの件に強制的に戻してしまう。
――が、俺はここで引き留める。
「おいおい、待てよ。まだ話が終わっていないじゃないか」
しかしケインは、この話にはうんざりしたのか
「しつこいぞユウト。気にしすぎだよ、お前は」
「だってよぉ」
「だってじゃねぇ。気にしすぎは良くないからな」
そう言われ、俺は少々唸るものの、結局、そのまま渋々黙った。その様子を見て、ケインは再び話を戻す。
「それよりもさ、さっき、採掘ポイントがどうたらこうたらとか言っていたじゃん。それって、どの辺なんだ?」
「あっちだよ。あっち」
と俺は亀裂の入った岩場の方を指さす。指先を辿るようにして、ケインは指示したポイントのあたりを凝視する。
「あれか? あの亀裂の入った?」
「そうそう」
しかしケインは、どこか腑に落ちないのか
「うーん、どうもこうも亀裂だけで何もないように見えるけど」
「あるさ。そこに行けばピッケルアイコンが自動表示されて、ちゃんと採掘できるようになっているから」
「へぇ~」
どこか半信半疑な口調でそう答えると、
「じゃあ、俺が行って確かめてくるよ」
とおもむろに立ち上がって見せた。俺は信頼されていなさそうなケインの態度にやや業を煮やすと、わざと興味がなさそうに
「じゃあ、行って確かめてくれば」とだけ答える。そして、しばしの後、いきなりケインが何やら驚く。
「う、うわあ、なんだこりゃあ。うえ、ぺっぺ」
少なからず気になった俺は
「どうした?」
と振り向く。
リサーチアイコンで〝クモの巣を手に入れました〞と表示されていると同時に
「こんなもんいらねえよ」
とどうやらクモの巣にひっかかったみたいだった。ようやく払い落したケインは、そこで
「ったく、クモの巣とかなんでこんな場所にあるんだよ。全然気付かなかったぜ。しかも勝手にゲットしましたとか。クモの巣なんか何に使うんだか? こんなもんいらねえのになあ」
「一見要らなさそうでも、ベテランの目からすれば使い道あったりするんだぜ」
そう言いながら俺はケインに歩み寄る。
「落とし穴、って知ってるか?」
「まあ、なんとなくは。いわゆる罠ってやつだろう」
「そうそう、って、ド素人にしちゃあ、良く知っているな」
「ずっと前に晃から落とし穴はトラップツールから作るんだとかっていうことを聞いた覚えがあったものでな」
「ふーん。なら話が早いや」
「話が早いって。こんなゴミみたいなアイテムとなにか関係でもあるんかよ」
そこで俺は考えが甘いなあと、ウィンクしながら〝ちっちっち〞と指を振るう。
「だからルーキーには分からないんだよなあ」
さすがにこれには、聞き捨てならないと思ったのか、ここでムキになる。
「じゃあなにか、こんなゴミみたいなアイテムと関係でもあるって言うのか!」
「大ありだとも。晃の言っていたことを思い出してみろよ。落とし穴の調合材料はトラップツールと何だったのかをよ」
そう言われケインは両手を組み、うーんと唸りつつ思い出して見せる。
「確か……ネットとかじゃなかったっけか」
「大当たり。じゃあ、そのネットの調合材料は?」
「えーと……、確か、ツタの葉と……クモの巣だったような……あっ」
そこでクモの巣が重要だということに気が付く。
「そう、そういうことだぜ」
「確かに。今気付いたけど、トラップ的には重要な要素だなクモの巣は。でも、調合の上に調合って……なんかめんどくさそう……」
「確かに。でも、めんどくさそうに感じるのは初期のころだけ。後々になってくれば、材料だって十分そろってくるだろうし、今だけだよめんどくさいのは」
はあ~、と肩を落とすケイン。
「今がめんどくさい次期だってことか。なるほどねえ」
「大事な要素の1つであることには変わらないからな。さてと」とここで俺も立ちあがる。いつまでもゆったりとしているわけにもいかないからだ。
「じゃあさっそく、採掘ポイントへ向かおうぜ」
ケインを連れて、共に採掘ポイントへと向かった。――で、いくつかの段差を越えてその採掘ポイントに辿りついたわけであるが、
「ピッケルアイコン出たはいいけど、どうすればいいんだ?」
とケイン。手早く操作してピッケルを手にすると、俺は親切にこう答える。
「アイテム一覧からピッケルを選択して、そのピッケルで亀裂めがけてカツカツやればいいんだよ」
言われて、ケインは何やらウィンドウ画面をあれこれと操作。その末にピッケルをうまく出現させ手に。そして、これまた言われたとおりに亀裂に向かってカツカツし始める。一方、俺もケインとほぼ同じタイミングでカツカツやり始めた。
一回一回カツカツするたびに色んな
そうしたなかで、鉄鉱石は少なからず手に入ってきた。確率的にいえば、多分40%と、まあまあといったところである。
沢山のアイテムが得られる中、やがて資源が尽きたのか、ピッケルアイコンは消滅した。時を同じくして、ケインもカツカツをやめ
「あれ、〝なにもありません〞だって」
「どうやら資源が尽きたみたいだな。どうだ、そっちも鉄鉱石、まあまあでただろう?」
「でたっちゃでたけど、もうちょっと欲しかったよな」
「そう言うと思っていた。採掘ポイントは他にも色々とあるから大丈夫だよ。多分」
「多分、って……」
「あるよ、きっと。根拠はないけど」
そう言いながら、周囲をきょろきょろと見渡す。思うに、
「ほらっ、あった」
「え、どこだよどこ」と指さした方向をきょろきょろと見つめる。
「ほら、そこに。あのツタの葉が垂れ下がっているあたりに」
言われて
「うーん」
といぶかしげな表情を浮かべる。どうも良く見えていないような感じなのだろう。そう思った俺は
「まあ、ともかく俺についてきなよ」
と新たに発見したその場所へと先導していくのであった。
それからというもの、俺たちは色んな採掘箇所を掘り出していった。リオレイアと遭遇する危険性があるということをすっかり忘れてしまうほどに夢中になり、探しては採掘しまくったわけである。やがて掘り出しきった俺たちは、それぞれ鉄鉱石がどれくらい溜まったのかを確認し合おうとしていた。
「えーと30個ってとこか。まあまあだな。そっちはどうだ?」
「んー、20個。ちょっと少ないような感じだな」
「20個。十分だよ。そのくらいあれば」
防具やら武器の強化素材として、今回欠かすことのできない鉄鉱石。大体の目安としては20個くらいあればいい。とどのつまり、ケインの鉄鉱石はまんま目安通りの個数ってわけである。
頃合いを見計らって、下山しようと呼びかけようとする俺。あー、と口を開きかける直後、ケインが何かを発見したらしく声が上がる。口を開けたまま
「おいっ、なんか洞窟っぽいのがあるぞ」
指さすケイン。その先には、ぽっかりと口を開いたほら穴があった。人が余裕で通れるほどの大きさであり、その場所は、ここから若干遠くの崖下に位置していた。
洞窟の奥は真っ暗であり、近づかないと奥が良く見えなかった。なんだか、嫌な予感が頭をよぎる。
「やめておこう。帰るぞ、ケイン」
しかしケインは、興味を引かれたのか、「ちょっと俺、少しだけ覗きに行ってくるわ」と、勝っ手に崖を降りて行こうとしていた。さすがに俺は慌てて呼びとめる。
「おいおい、待ってって」
「いいじゃないか。ほんの少しだけだよ。ユウトも気になるだろう」
「気になるも何も……」
とそこで、リオレイアの情報があることをふと思い出した俺は、続けてこう付け加える。
「リオレイアの情報が入っているんだ。あまりむやみに……って、おいっ!」
忠告している間にいそいそと崖を降りて行ってしまうケイン。ったく、興味が湧いたものには目がないんだから、と渋々俺もついて行くことになった。
崖下まで伸びていたツタの葉を伝って下りて行き、段差をいくつか越えてようやくケインに追いつく。さっきいた場所から100Mあるかないかといった場所であるが、間近にきたせいか、洞窟の入り口は中型モンスターが一匹余裕で入る程大きかった。それゆえか、奥がうっすらとであるが見えようにもなった。時折中から吹く風が、何かの気配を感じずにはいられない不気味な音となって響いてくる。
「なんだか、マジで嫌な予感がする。やっぱ、やめようぜ、ケイン」
「ただの風だろう、こんなの。せっかく来たんだから、中を覗いて行こうぜ」
「いや、しかし……」
「何をそんなに怯えているんだよ。ユウト。らしくないぞ」
「いや、怯えているというわけでは……」
「どうみても怯えているじゃん。」
「うーん、そこまで言うなら」
すっかりムキになってしまう俺。モンハンとしてのプライドが、俺を駆り立ててしまう。――というわけで、俺とケインは、しばし中を散策することにしたわけである。そんな中、開けた場所にきたせいか、薄暗いものの視界がはっきりとしてきた。――とそこで、巨大な影を俺は目撃する。影の正体ははっきりとはしないが、どことなく蠢いているようにも見え、何か、かものすごく嫌な予感を感じずにはいられなかった。
「結構広いと思ったら、なーんだ、ランポスが2、3匹いるだけかよ」
ぽつりとそうつぶやくケイン。その一言から察するに、どうやらやばい巨影には気付いていない様子であった。期待外れなのか、肩を落とし軽くため息をするケイン。俺は巨影の存在をケインに知らせるべく、小声で呼びかけた。
「おい。おい、ケインってば」
「あ? なんだユウト」
「あれ、あれだよ。あれ」と巨影の方を指差す。ケインはその方へと見やる。
「なーんだ。ただの影、じゃないか」
ったく脅かすなよ。と言いたげな表情でやれやれと両掌を上げる。――が、そこで何かに気が付いたのか
「影?」
といぶかしげな表情を見せ、再び振り向く。そして、今度はケインが俺に小声で呼び掛ける。
「あれって、ただの影なんだよな……」
声に震えが入っていた。俺は想像していたことを話す。
「だといいんだけどな」
「おいおい、それってどういう――」
その時、謎の巨影の先端から零れ火が出た。零れ火は仄かな明かりとなって、巨影の正体を半分明らかにさせる。半分というのは、頭部だけということであり、実のところ、頭部だけでもその正体が飛竜だということを思いっきり明らかにさせていた。緑色の飛竜。リオレウスと対をなす〝陸の女王〞と呼ばれるその飛竜は、まさに受付嬢が危険として忠告していたモンスター、リオレイアだった。相手が大型モンスターだと言うこともあり、ケインは
「なんだか、まずい気がするな」
「まずい気がするんじゃなくて、まずすぎるんだよ。ともかく、そうっと、ここから抜け出すぞ」
「あ、ああ。そうだな」
俺たちはそーうと、そーうと後ろ歩きをしながら洞窟を抜けだそうと試みる。そうしたなか、元からいたったランポスらは、お構いなしにギャアギャアと甲高い声を上げる。リオレイアが目覚めるとまずいと思った俺は、しーしーと無駄な注意を促す。のだが、もっと悪いことにランポスたちの中の一匹が、寝ているリオレイアに近付いて行った。
おいっ、やめろ。やめろ。あっちいってろ。と心の中で叫びつつ、身振り手振りで、注意をそらそうと俺とケインは必死になる。――が、そのことが仇となったのか、転がっていた小石を踏みしめてしまった。しまった! と思うのも束の間、リオレイアはランポスたち以外の何かの存在に気が付いたのか、そこで目を覚まし、じろりとこちらを見つめる。その瞬間、時間が止まったかのように氷漬けとなり、俺たちは動けなくなってしまう。
脳内を〝や・ば・い″の3文字が埋め尽くし、小声で俺はケインに語りかける。
「そーと、退くぞ。そーとだ」
「おっけー」
張りつめた中、俺たちは意思疎通を図ると、そーとそーと後ずさりを試みる。――が、それはリオレイアの咆哮によって途端に破られた。
咆哮の直後、猛然と突進してくるリオレイア。俺は思いっきり叫ぶ。
「に、にげろー!!」
「う、うわ――!!」
一目散に駆けだし、洞窟を一気に抜け出す。そして、断崖絶壁もお構いなしに飛び降りまくり、襲い掛かってくるリオレイアから逃れるべく、流れの激しい渓流へと飛び込んだ。