序章:青き鳥竜種の群れ
さすがにこれは煩わしいと思ったけれど、だからと言って特に疲れは感じなかった。むしろ探す手間が省けた。そう思うくらいである。
俺はランポスの群れに囲まれていた。囲まれたと言っても、せいぜい5匹程度なのだが……。
何が煩わしいかというと、こいつらは、何かとすぐに飛んだりステップしたりとちょこまか動き回るからだ。そんな奴らが群れでいるわけだから、面倒臭いことこの上なかったのである。とはいえ、クエストクリア条件なのだから仕方ないっちゃ仕方ないのだが。
【クエスト名】 青き鳥竜種の群れ
【クリア条件】 ランポス5体を討伐せよ
これが今回の
あ~あ、と俺はそう心の中で落胆していた。とは言え、討伐しないと始まらないわけであり、さっそく俺は背に背負った
一方、それを受けてか、ギャーギャーギャーギャーと耳をつんざくような雄叫びをあげてくる。あいからずのやかましいモンスターだなあとか思っていたら、間をおかずして、群れの一匹が先陣切ってこちらに向かって来た。その様子をみるや迎え撃つかのように、こちらも踏み出していく。
互いお間合いが縮まって行くなかで、腰ほどの高さもある草むらをかき分け、泥渋きを立てる。そして、ちょうどいい間合い。いわばこちらの攻撃範囲内へと入った頃、向かってきていたランポスは動きを止めるや否や、その鋭い牙をぎらつかせ一撃を見舞いしてきやがった。だが俺は、そんなあまっちょろい攻撃動作なんて気にも留めず、力の限り大剣を振り下ろす。
同時に振り上げた互いの一撃。一塊の肉塊を叩き切るがごとく、振りかざされた大剣の重量に耐えかねて、大量の血渋きとともに斬り飛んでしまう。返り血を浴びるなかで、俺はふいに肉を断つ瞬間のなんとも言えない感触に一時酔いしれてしまう。
けれど、そこでハッとなって正気に戻す。いかんいかん。と、首を振って大剣をしまい、再び身構える。――とそこで、背後から草むらをかき分け近づく足音がしてきた。しまった! もう一匹いたのか。焦るや否や、ふいに後ろを見やる。
前方のランポスの動向を気にしつつ、徐々に近づく気配に固唾を飲んで神経を研ぎ澄ます。そして、背丈もある草むらが揺らいだ。
――とその時、
「うわっ!」
いきなりバシャンッと音を立てるとともに、何者かが滑りながら姿を現す。中世ヨーロッパの兵士が着こなすような、金属製の甲冑を着こなした狩人が姿を現したのである。名はケイン。本名、ケイン=フレンディアこと俺の相方だった。
「なーんだ……」
ランポスかと思ってびっくりしたじゃねぇか。相方の姿を見るや否や、胸をなでおろす。
「なーんだじゃねぇーよ、もう」
ぶつくさ文句っぽいことを吐き出しつつ、よっこらせと立ち上がり、ケツについた泥を払いのける。
「結構、探し回ったんだぜ。こっちの身にもなってみろよ」
はあはあ、と肩で呼吸しながら言う。大分走り疲れた様子だった。この事から、俺がランポスを探すのに夢中になっている間、ケインのヤツ、どうやらおいてけぼりを食ったみたいだった。
「わりぃ~な。つい夢中になっていたみたいだ」
ここでケインは
「ったく、お前みたいにベテランじゃないんだからな」
続けてこう付け加えてくる。
「一時どこ行ったんかと思ったぜ」
「すまんすまん。でも、スキルは使わなかったのか?」
その金属製の甲冑――ルーキーシリーズならあるはずだと確信して言う。自動マーキングスキルがあることを。そう、マーキングスキル。ターゲットとなるモンスターや自分も含めたハンターの位置を生態マップ上で常時知らせてくれるありがたーいスキルのことだ。
「スキルって、なんのだ?」
「なんのだって。確認していなかったのか?」
「そんなの知らねぇよ。スキルって言われても」
どうやら知らなかったみたいだ。それゆえ、防具購入前の予備知識(付加されるスキル関係)のことを知らないで今に至ってきたらしい。よくそれで今までクエストこなしてきたよな。はあ~とため息をこぼし、しょうがねぇなあと心の中で呟く。どうやら一から説明する必要があるみたいだ。そう思って、口を開く。
「あのな、スキルってのはな――」
だがそこで、一匹のランポスが隙ありと言わんばかりに、ケインの方へとよっていくのを見かける。
「あ」
それを受けて、
「あ、って、なんだよ」
俺が見ている方向へと目をそらす。――とその直後、ランポスがケインめがけて爪を立ててくる。危うく食らいそうになったものの、驚いてケインが尻餅をつき、運良く空を切った。
「ななななんだー!!」
焦った様子で
「あっち行け、行け。近寄るなー!」
ぶんぶんと振り回し、やみくもに追い払う。一方、俺の方にも、ランポスが向かってきたみたいだった。それも2頭と、向こうも考えたみたいに。俺は走り込んだ。泥で滑りそうになるが、そこは気に止めない。
「ふんっ!」
間合いに踏み込むや否や、俺は気合いを入れて大剣を振りかざす。しかし、それを見切ってか、狙った獲物は交わしてしまう。ところが向きを変えて狙って来るのに、2、3秒ほど出遅れてしまう。俺はそこを逃さなかった。チャンスだと思い、横へと薙ぎ払いその一頭を見事に仕留め上げる。
――とその時、
「ッ!」
と、もう一匹の動きを見逃していたこともあり、食らってしまう。
不意を突かれた軽い一撃。直後に表示された体力ケージが、1割ほど削られてしまうのを垣間見てしまう。が、そこは気にも留めずに俺は次の一撃を加えんと気合いで大剣を振り上げる。――そして、攻撃直後により動けないでいたランポスは、そのまま大剣の餌食となった。
納刀し、額の汗をぬぐう。静かに長く息を吐き出し、改めて体力ケージをみやる。脈動を感じて、茫然とみやる体力ケージ。残りケージはまだまだあるが、余裕あるとは言い切れなかった。
゛命がかかっている″
冗談抜きでリアルにそうであった。まさに現実世界の俺の体は、死の装置に繋がれベット上に横たわり、一方、意識はこの神がかり的なクオリティーを誇る仮想世界に囚われていたのであった。
もし、ここで体力ケージバーの残量が尽きれば、同時に俺の命も死の装置によって消え去るであろう。
小説のなかじゃあるまいし、まさかなあ。そう思う人もいれば。安全な製品である証しを込めたマーク゛SGマーク″が表示付けられたこの装置(死の装置のこと)に限ってまさか。そう思う人もいるかもしれない。
ま、いずれにせよ、普通なら信じがたいものである。だが俺は、……いや、この世界に囚われている俺たちは認識が違っていた。これは本物だ。紛れもなく命に関わる一大事だと意識して、この世界と向き合っていたのだ。と言うわけで、どのみち体力ケージの残量を0にするわけにはいかない。俺は気を抜こうとする心を黙らせ、意を決して呼吸を整える。
「えいっ、ていっ、おりゃあ――!」
気合い声と共にブッシューと血飛沫をたてて、ランポスの断末魔が聞こえてくる。思わずケインの方を見て思う。どうやら苦戦しながらも、うまく仕留められたようだ。
「はあ、はあ、はあ。やったぜユウト」
しかし、もう一匹がケインの方へと走っていく。そこは見逃さなかったケインは、すかさず斬りかかろうと踏み出す。――が、
「のわっ!」
ずるっとまたもや足を滑らせ、そのままバシャーン。前のめりで倒れ込み、今度こそ泥だらけとなってしまう。
「ちちちー」
膝を抱えて立ち上がるケインをよそに、問答無無用と言わんばかりにランポスが爪を立てて襲い掛かる。その様子を見ていた俺は、危なっかしい彼を見てられず、駆け出す。
「ひぃ―‼︎」
と手をかざすケイン。鋭利な爪をかざすランポス。俺は強く地面を踏みしめると、ランポスの横っ腹めがけ一撃を見舞ってやった。
「ふぅ~、間一髪だったな」
「助かったぜユウト」
「さっきから滑りすぎだっての。ったく」
とツッコミを入れて手を差しのべる。その手を取り、よっこらせと言わんばかりに立ち上がると
「そこはさーせんでした」
謝罪。続けて言い訳っぽく
「でも、仕方ねぇだろ。どうにも雨天時の
「それは関係ないと思うけどな」
「そうかなあ」
と腕を組み考え込む。
「それよりもいいのか?」
「何が?」
そう言うので、俺は、あれあれ、と言いながら、時間経過と共に消え行くランポスの死骸たちに向かって親指をたてる。それを見て、ケインは、あっ、と思い出したかのように慌てて駆け出す。
やれやれと、心のなかでため息をつく俺。ふぅう~と息がこぼれた。消え行く死骸たちを横目に見ながら、腰に手を当てて空を見上げる。――とそこへ、遠くからケインの声が聞こえてきた。
「おーい、ユウトもハギハギしないのかあ」
と。
そう言われてもなあ。正直、余っているんだよなあ、素材、と、心の中で呟く。
「別にいいや」
と、それだけ答えてやる。
静かに息を吐き、ふと空を見上げる。どんよりとした雲が覆う中、一筋の光――夕日が差し込んでくるのが見える。
もうすぐ晴れ渡るな。そのような予感を感じて、森丘の風景を一望する。
そうしたなか、俺はふいにあの時のことを思い返してみた。
そう、あの時のことを……。
それはちょうど今から1週間前の出来事でもある。1週間前……。それはこのゲームがリリースされ、同時に公開記念祭が行われた日。そして、全てが終り全てが始まった日でもあった。