先回りするには多少なり大変だった。と言うのも、彼らの予測進路を読まなければならず、予測が外れればそれこそ追いつけない上に彼らの危険性もさらに増す可能性だってあったからだ。とはいえ、俺の予想通りの進路を辿ってくれたから、それこそ一手間かけて辿り着いた意味があった。
眼下の茂みの中へ隠れるべく、俺は段差を利用して20mほどの崖を降りていく。
マップを表示させケイン達の位置を把握した後、ペイントボールを手に時を待つ。そうしたなかで、俺は万が一リオレイアとの戦闘になった際の想定を思い浮かべてみせる。その中でレイアとの戦闘は何も今回が初めてではない。それに一度、BT時に打ち負かした経験があると自分に言い聞かせ、自信をつけさせていく。とはいえ、恐いと言えば恐い。BT時の状況と今の状況が全然違うという観点から、一度のキャンプ送りが死を意味する以上、死への恐怖は少なからずあった。けれど、だからと言ってここで踏みとどまるわけにはいかなかった。今は作戦通り、事を運ぶのみだと気を引き締める。
やがて、遠くから駆けてくる音とレイアの幾度にも及ぶ咆哮が轟いてくる。もうすぐ来る。俺はじっとその時を待った。
そして……
俺の目の前を団員の面々が横切っていく。それも大事そうな卵を抱えた状態で懸命に走りながら。手にしたペイントボールを力強く握りしめ、タイミングを窺い、やがて、俺の目の前をレイアが横切った。
今がチャンス!!
そう言わんばかりに、俺は思いっきり
(よしっ、うまくいった)
心の中で独白する。周囲を見回すレイア。俺はその間に、ケイン達に作戦通り実行せよとメッセージを送りつけた。うまくやってくれるだろうかあいつら。俺は願った。とりあえず、レイアが再び動き出さないことを祈りながら、ケイン達から返信が届くことのをただ待つ。できれば戦闘は避けたい。そう願いながら……。――がしかし、状況は最悪の展開を見せてしまう。返信が来ない中、レイアは何事もなかったかのように、走りはしなかったものの歩を進め初めてしまう。このままではいずれ団員の面々と再び遭遇しかねない。俺は少なからずそう危機感を覚えた。けれど、とりあえず今は、返信を待つ間にもレイアの後を追跡することにした。
……とはいえ、一向に返信が来ない状況に、俺はしびれを切らし始めていく。一体何があったというのだ、あいつらに。正確なことは分からないが、俺が思うに、きっと団員達とサユリ達の間でうまく事が運んでいないのだろう。仕方なく、トークでケイン達に呼び掛けてみた。
ところが、一向に繋がらない。俺はやけくそになり何度も何度もかけなおしてみる。――が、それでも駄目だった。
「どうしたんだよ、ケイン」
心配になってきた俺は、とうとう我慢の限界を超えレイアの足止めをするべく立ちあがった。――とそこで、受信音が鳴りケイン達から返信が来た。
メールを確認する。すると……
〝わりい、手間取ってしまったよ。とりあえず、こっちはなんとかなったから戻ってこいよー〞
との内容だった。俺はそれを受けて一安心し、ケイン達のいる洞窟へと向かう。
洞窟で団員達と2人との合流はできたものの、互いに自己紹介はまだの様子であったが、そんな事よりペイントマークが表示するところを見る限り、レイアが洞窟近くをまたうろついていた。野生の勘なのだろうか、不運にも嗅ぎつけて来てしまったのである。とはいえ、これ以上はこちらに来る様子は無さそうなのでひとまずは安心であった。
「……」
互いに気が進まない中、重苦しい空気が漂う。誰が先に言い出すのか、互いにタイミングを窺っている感じではあった。
そうしたなか、雰囲気に堪えかねたのかケインが口火を切ってきた。
「ああ、何と言うか。この際だから、互いの自己紹介とかどうだろうか……」
それを聞いて、団員たちは互いの顔を見合わせる。サユリもどことなく思うところがあるのか、口元をまごまごさせていた。しかし、俺としては別にどうでもよかった。他者と慣れ合う気なんてなかったからである。
「別に、どうでもいいだろう。そんなこと……」
そのことに素早く反応してか、ケインが「おいおい、それはちょっと言い過ぎじゃあ」
と気まずそうに声をかける。
俺はそっぽを向いて、これ以上の関わり合いを否定した。とりあえず俺の頭にあったのは、サユリの目的を果たせたことだし、とっととこのクエストを無事に終わらせることであった。そんななかで、団員達との自己紹介なんざ、どうでもよかったのだ。
場の雰囲気が気まずい中、サユリがここぞとばかりに声を上げる。
「あ、あの……」
当然ながら、皆の視線が彼女に集中する。思わず押し黙りそうになったサユリであったが、ここは堪えて話を続ける。
「じ、自己紹介。やっぱり、必要なんじゃないでしょうか。この先、切り抜けてBCへと向かうにしろ、互いのことを知っていないと事が運ばないと思うので」
続けてケインもここぞとばかりに付け足す。
「そ、そうだよな。確かに。会ってすぐにしなかったこっちの問題もあるけれど」
「うんうん」
それを聞いて、団員たちはまたしても顔を見合わせる。そして、団員の一人が声をかけてくる。
「ああ、ちょっといいかな……」
俺も含め、場の全員が彼に注目する。
「この際なんだけど、サユリの言った通り自己紹介した方がいいってことに賛成するよ。んでもって、僕の名はケイ。よろしくな」
差し伸べる手。ケインは
「お、おお」
と応え、その手を握った。そして、ついでにといわんばかりに
「あんたも」
と俺にも差し伸べてくる。俺は気安く握れるような達ではなかったので、無視してやることにした。ケイは少々残念そうな表情を浮かべたが、気を取り直し、元の位置へと戻った。
続いて、筋肉質な体系で背にランスを携えた巨漢が、ちらっとだがサユリを気にしつつも挨拶をしてくる。
「吾輩の名はグインだ。ああ、えーと、だな……」
そう言いながら何か罰が悪そうに、頭を掻きながらちらちらとサユリを見つめ出す。一方、彼女もまた、どことなく複雑な表情を浮かべていた。この場における2人のやり取り。俺はグインとサユリの間で何かあったのだとなんとなく勘付いた。とそこで、自己紹介がまだであった3人目の団員が、やあやあとしゃしゃり出てきた。
「ま、いいじゃないか、グイン。私の名はテツP。よろしくな」
「お、おいおい」
とグイン。テツPは彼の耳元でささやく。その後、何を囁いたのか、グインは渋々と言った表情を浮かべてこれ以上何もしゃべりだすことはなかった。
「じゃ、今度はこっちからだな。俺の名はケインだ。よろしくな」
明るく振る舞いながら彼は自己紹介をする。俺はこの流れ的に、仕方ねえなあとか思い、諦めた後、続けて応える。
「ユウトだ」
団員の皆がよろしくな的な返事を返すのを聞き、俺はとっとと今後どうするのかを思案し始めた。そうしたなか、ケイは言う。
「それにしても、今後、どうしようかねぇ~」
彼となんとなく相性がいいのか、それとも元からの性格なのか、ケインがそれに応える。
「とりあえず、BCへ戻るにせよレイアが問題だよな」
唐突的な気安さから吃驚したのか、ケイはやや動揺する。
「あ、ああ。そ、そうだよね」
「いずれにしても……」
と、何やら思案していたテツPが、二の腕を組みつつ思っていたことを口に出す。
「レイアを追っ払ないことには、辿りつけそうにもないことだけは確かだ。問題は誰がそれを引き受けるかってこと」
その考えを聞いて、う~ん、と場のほとんどが唸る。無理もない。誰が行くにせよ、命を落としかねない危険性を孕んでいたからだ。
そうしたなか、グインが堂々と挙手する。
「吾輩が行こう」
しかしそこで、テツPが彼の肩に手を当て待ったをかける。
「気持ちは分からんでもないが、罪滅ぼしで行くのならやめておけ。な」
「だが、しかしよ……」
サユリとグインとの間で何があったか分からないが、罪滅ぼしがどうたらとかで勝手に自己犠牲にされては、正直、気分が悪い。そう思ってか
「ここは俺が行くよ」
「おいおい、ユウト」
「ユウトさん……」
ケインとサユリが心配そうに言う。正直、俺だって不安だ。けれど、この場で奴と渡り合えるのは多分俺しかいない。――とここで、ケインが意見を述べてきた。
「あの……。いいかな」
「なんだ? ケイン」
グインが不思議そうに尋ねる。
「代替案かどうかは分からないけど、レイアが去るまで待ってみるとかはダメかな」
「ああ……。その案があったか」
しかし、グインがケインの案を否定する。
「そいつは無理だと思うぜ」
「どうしてだ?」
とケイン。グインは
「あれよ。あれ」
と指を立てて、大事に置いてある卵の方を指して、
「あの卵がここにある限り、レイアはあの場で居座り続けると思うぜ」
卵を横目に、団員たちは気まずそうに押し黙ってしまう。さらに拍車をかけるように、ケインも言う。
「そもそも、なんであんなものを持ってきてしまうんだよ。こうなることくらい分かっているじゃ――」
「分かっているさ!!」
テツPが声を荒上げる。
「分かっているとも。でも、クエストクリアにはどうしても必要だったんだ。だから」
「う~ん」
考えを聞いて困惑してしまうケイン。返答しようにも何を言ってよいものかと悩んでしまう。俺はこのままだと埒が明かないと思い、こう切り出す。
「飛竜の卵をどうするかはそっちの勝手だ。ただ、今問題なのはレイアがいることだろう。だったらそいつを狩らないと、どの道先に進めないじゃないか」
「まあ、確かに……。結論的にそうなるけど」
腕を組みつつも、ケインは何となく納得してしまう。一方、サユリは何か言いたそうな表情を浮かべていた。どうしたと尋ねるケインに、彼女はグインに詰め寄った。それも物凄い勢いで。
「ねぇ、どうしてあの時、見捨てていったの?」
グイと彼の胸ぐらを強く掴むサユリ。彼女らしくもない行動に、俺たちは吃驚する。一方、グインは虚を突かれたのか、
「うっ、それは……」
とどこか後ろめたさを感じずにはいられない様な表情を浮かばせる。
「ねえ!! ねえってば!」
その姿には、団員達と再会してから胸に秘めていた思い(見捨てられた=裏切られた、ことへの怒りや悲しみ)が垣間見えていた。何があったのかは、詳しくは分からないが。
頬を伝う一筋の涙になんか目もくれず、彼女はさらに詰めよっていく。そうしたなか、見かねたケイが、ここで説得に出る。
「まあ、落ち着けよ。サユリ」
ところがサユリは、今度はケイにも詰め寄っていく。
「何が落ち着けよ!! 3人共私を見捨てたくせに!」
そう言うや否や、記憶を辿るかのように語りだす。
「私、全部思い出したの。団長が犠牲となったあの時のことを」
それを聞き、ケインがそっと言い出す。
「教えてくれないか。何があったのかを」
深呼吸して冷静さを取り戻した後、サユリはポツリポツリと話しだした。
そして……。
サユリから語られた話には、確かにそれは怒るよなあと共感する場面も多々あった。経緯を追って話せばこうなる。
サユリの所属している猟団〝肉球カフェ〞は、リアルで知り合ったりSNSで知り合ったメンツで構成されていること。みな団長のジード以外、MHA・Oに対してド素人であり、デスゲーム事件が起きてからというもの、危険がなさそうなクエストばかりして気長にハンターライフを過ごし続けていたとのこと。
そんななか、ブルファンゴ討伐に挑戦したのが運の尽きだったらしく、討伐しようとした際、周囲からも現れたことから群れをなしていたことが判明しそのまま乱戦状態へ。戦いの最中、サユリを庇うかのようにして団長は犠牲となり、そのことが引き金となってサユリを置いて自分たちだけでどこかへと逃げてしまったとのことであった。
特にグインは、団長ジードを失ってからというもの、残るテツPやケイを連れて一目散にその場から逃げてしまったことから、彼女のグインに対しての怒りや悲しみは相当なものであることが窺えた。そう話された中で、ケインは心のうちが零れたかのように
「なんともまあ……」
と一言零す。
話の経緯といい河川での悲鳴と言い、これらのことを踏まえると納得がいくものがあった。とはいえ、さっきから泣き出している彼女をほっとくわけにもいかず、俺はサユリの肩に手をそっと置いた。
「そう言うことなら怒るのも無理もないよなあ」
涙をすすりつつも、彼女は
「しばらく一人になっていい?」
「ああ」
そう言い、サユリは洞窟の奥へと歩いて行った。
「で」
とグイン達の方へと向き直って
「この落とし前はどうするんだ? あんたらは」
問いただす俺にケイが、肘でついついっとグインの腰をつっつき、一言添える。
「おいおい、グイン。どうするんだとか言われたけれど、どうするんだ?」
「それは……」
お前もだろうケイ。俺はそう心の中で毒づいた。てか、この問題は、あいつら3人の責任なのだが。
しばし押し黙ったままのグイン。俺はそれを見かねてここではあとため息を突いた。――とそこで、彼の口から
「吾輩、行ってくるよ」
「えっ。行って来るってグイン、どう彼女と向き合うんだよ?」
「とにかくもかくにも、ここは謝るしかねえ。謝って謝って、それから……」
そんな彼をケイは慰めるかのように、その手を彼の肩に置いた。
「分かったよ、グイン。俺も一緒に逃げたって事実は変わらない。だから一緒に行くよ。お前もそう思うだろうテツP」
「僕は……」
だが、しかし
「いや、行くよ。一緒に」
そう言ってテツPも同意した。こうして3人は互いに頷くと、サユリのもとへと向かった。
一方で、始終見ていた俺なのだが、正直言って早くこういう問題を済ましてほしいと思っていた。というのも、こんなところでいざこざなんて御免だったからだ。目の前に頭の痛い問題があったからだ。
「さて、どうするかな」
団員達とサユリとの問題関係を済ませている間、俺はレイア対策を考え始める。いずれにせよ、レイアを追っ払ないことには、無事にBCへは辿りつけない。それは確かなことでもあったし、それができるのも俺しかいないだろうとさえ考えていた。ま、団員達の実力は未知数である点には変わりないが。とりあえず、ケインに俺の考えを聞かせてみる。
「なあケイン」
「ああ。何だユウト」
「ちと、これからのことで俺に考えがあるんだけどな」
「どうせ、レイアを一人で狩ろうと言う話なんだろう、お前のことだから」
先を越して言われてしまったことに、やや渋面になってしまう。
「まあ、極端なこと言えばそうなるんだけどな」
「ダメダメ、いくらお前がトライアルマスターであるとは言え、危険すぎるぞ。今回ばかりは」
「今回ばかりって。つい先ほど俺が囮をやったばかりなんだけどね」
「まあ、あれはしょうがないけどよお……」
そう言いながらケインは頭を掻く。否定する理由で困っているのだろうか、彼の表情はやや困っていた。
「しょうがないも何も、今回も俺の出番以外ないだろう。っでさ」とここで話を本筋へと戻す。
「レイアを追っ払った後で、でなくても俺がレイアの気を引きつけている間でもいいんだが、とりあえずサユリ達を誘導してくれないかな。頼む」
「まあ、そのくらいならいいんだが……」
「ありがとう。っで、次いでと言っては何だが、誘導する際に飛竜の卵を手放すよう説得してくれないか? あれを持っていては逃げられようにもないし、それに俺なんか口下手だから説得なんてきついしさ。ケインならと思ってな」
「ん~、説得……」
しばし考えた後、ケインは応える。
「分かった。とりあえず、できる範囲でやってみるよ」
「ありがとう。恩に着るよ」
しかしそこでケインは、釘をさすように言ってきた。
「ただしだ!! ただし条件がある」
「条件?」
「そうだ、条件だ。それも単純なもの」
「いいから言ってみ」
「それは……」
やや間を置いた後「決してキャンプ送りにならないこと。強いて言えば、無事に帰って来い。それが条件だ」
「確かに……」
単純明快な答えだった。しかしある意味、一番大切なことでもあった。俺はこう添えておく。
「肝に銘じておくよ」
「ああ、そうしてくれよ」
そんなやり取りをした後、俺はサユリ達が帰ってくる前に洞窟を後にした。