モンスターハンターアルカディア   作:ぷにぷに狸

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1章:悪夢の祭典・2話

 目をそっと開けると、そこには木製の回転人形(イャンクック)がゆっくりと回り続ける見慣れた天井があった。しばらくの間、ぼんやりとその回転人形を見つめていたが、どこからともなく床を履く音が聞こえてきたため、思わず起き上がって周囲を見渡す。

 すると、箒を手にした可愛いネコが、掃きながらよちよちとこちらに近づいて来るのを見かける。NPCにしては、なんとも愛嬌感漂うその懸命な姿。なーんて思いつつ静かに見守っていると、その視線に気が付いたのか、箒を壁に立てかけ、〝ニャーニャー〞とか言いながら、その猫――給仕ねこは歩み寄ってくる。

 だいたい3歩手前で立ち止まり、両手を前に組み律儀正しく

 

「ご主人様、お帰りなさいだミャ!」

 

 と一礼する。

 ログインする度に何回もされる仕様の挨拶。普通なら、たかがNPC。たかが、仕様上の挨拶だとか思い、された挨拶なんて気にも留めないプレイヤーが多いだろう。無理もない。それは゛慣れ〝という人間が持つ特性――いわば゛順応〝から来るものだから。

 ようするに、初回ログイン時はその世界観や世界の住人ことNPCの感情表現の豊かさに驚くが、時が経つに連れてそれにすら当たり前のように感じ、やがてはNPCからされる挨拶も、システム上の『仕様』だからという理由とかでいつの日にかしなくなってしまう。――という事なのである。でも俺は、例え順応したとしても、された挨拶は返そうと思っている。なにせこれは、俺自身のポリシーでもあるからだ。

 

 だって当然だろう?

 

された挨拶を返したほうが、相手にとっては気持ちいはずだし。 まあ、相手というのは、心持たないNPCだが……。

そんなわけで、やや間を置いていたが、俺は自分のポリシーに従って軽く

 

「よぉ」

 

 と、そう返す。そして、今回開催されるフェスタにはどんなことをするのか前々から気になっていたこともあったので、ここで訪ねてみる。

 

「ココア、フェスタのスケジュールを頼む」

「わかったニャ」

 

ウィンドウ画面を隣接するかのように表示させて、――と、そこで

 

「思ったけど、ご主人様は今回のフェスタでは、各拠点で開催されることはご存じかニャ?」

「言われなくても知っているさ。雑誌(特報! アルカディア通信.COM)、見たからな」

「そうだったかニャ。それなら話が早いニャ」

 

すると、メニュータブから予定リストを表示させる。

 

「じゃあ、簡単にガイドするニャ」

「ああ、頼む。――と思ったけど、やっぱり今は時間がないから、説明はいいや。そのかわり、リスト表だけでも転送させてもらえないかな?」

「時間がない? 急ぎの用事でもあるのかニャ?」

 

 頭に軽く手を当て

 

「まあな。ダチが待っているんで」

「そうだったかニャ。それなら仕方ないニャ」

 

 とか言ったあと、影で

 

「せっかく、はりきって説明しようと思ったのに、ご主人さまったら……」

 

 とかなんとかぶつくさ言っている感じだったのを目にする。俺は、ん? と気になって首をかしげる。

 

「何か言ったか?」

 

 しかし、給仕ねこことココアは

 

「いやいやいや」

 

 と、 手を振り、少なからずごまかすような素振りを見せた。

 

「ご主人様には関係ないニャ。それよりも、これがそのリスト表ニャ」

 

 と、はぐらかすかのように、ココアはリスト表を転送させてくる。直後、受信リスト表に新着メールを示す『NEW』アイコンが表示されたのを確認。やや、内容がとても気になっていたものの、まあーいっかと切り替え、いつも行いっているアバター動作確認を行ってからリストへと手を伸ばす。

 さっと手を振ってメール内容を確認しささっと軽く読み上げると、ウィンドウ画面を閉じ、サッと立ち上がった。そして、仮想の空気をめいっぱい吸い込み、よしっ、と気合を入れる。

 

「どうやら、今回もマッチングは良好みたいだニャ」と給仕ネコ。

「まあな」

 

 そう言って、ボックス前へと歩み寄っていく。ログイン時はいつも下着姿になっていることもあり、ボックス前で表示された箪笥アイコンをクリック。様々な服がマイリストとなって表示されている中、フェスタにはタキシードがちょうどいいだろう。そんな考えがよぎったこともあり、ランポス・タキシードを選択。システムの特性もさながら、瞬時に蒼と黒褐色の縞模様が入り混じったタキシードへと着替える。

 その後、容姿をチェックするべくリスト下段にある鏡アイコンをクリック。眼前に等身大サイズの鏡が現れ、見た目を確認する。

 すると、隅から隅まで見比べてみて、いいような感じもするが誰かの意見を取り入れたくなってしまう。う~ん、まあまあと言ったところだなあ。フェスタにはちょうどいい格好だと思う。が、NPC(ココア)だからまともな意見は返ってこないよなあ、とかなんとか期待はしていないものの、なぜかここでココアに確認をとってみることにした。どう思う? と。

 一方、それに対し、ココアはというと――

 

「フェスタにタキシード。うーん……」

 

 やや間を置いて、考え込んだあと

 

「普通なら、私服でフェスタに行くのだけど。……何かに参加するのかニャ?」

 

そう、可愛らしく、その華奢な小首をかしげる。 俺はその質問に対し、

 

「結果発表に参加しようと思って」

「結果発表……」

 

 と、首をかしげる。――が、思い出したかのように、頭上に゛!〞アイコンを表示させ

 

「ああ、BT(ベータテスター)披露宴のことだニャ」

 

「まあな」

 

 と、相手がNPCだということにも関わらず、照れくさくも頭に手を当てて

 

「一応俺、BT(ベータテスター)だからさ。フェーズ1の」

 

 そう解釈する。ココアは、納得したかのように

 

「ああ、なるほどニャ」

 

  続けて

 

「それなら、その格好(ランポスポス・タキシード)でも悪くないと思うニャ。ただ、いくらなんでも出歩くくらいは、私服のほうがいいと思うがニャ」

 

 そう意見を述べてくれた。本当のところ、NPCだからまともな返答は返ってこないだろうと期待はしていなかった。けれど、こうも意外と答えてくれるなんて思ってもみなかったと。俺は心底関心してしまう。その証拠に、意外だなあ……と心の中でボヤいてしまう。

 

「会場に、更衣室でも準備されているのか?」

 

 と確認。すると、ココアは

 

「あるニャ。収納機能付きボックスが、各参加者ごとに割り振られているニャ。そこで済ませればいいと思うけどニャ」

 

「そうか……」

 

 給仕ねこの意見に、俺はしばし考え込んだあと、もう一回マイリストを表示。ランポスタキシードを変更して、私服へと着替え直した。 最後にアクセサリは装着しようかどうか迷ったが、とりあえず付けないでおこうと思い、そのままメニューを閉じる。

 さてと、こんなものかあ。身支度を済ませ、玄関前へと立ち――

 

「いってらっしゃいニャ」

 

 気持ちよくココアに見送られ、俺は玄関扉を開いてドンドルマの街へと出る。すると、周囲にはすでに喧騒とした雰囲気に包まれていた。そう、月下のドンドルマはいつも以上に賑わっていたのだ。 |MHA・O《モンスターハンターアルカディア・オンライン》の正式サービスがこれから開催され、それと同時に公開記念祭がこれから始まるのだから、皆、一様に楽しい表情を浮かべているのだ。

 私服を着た者、防具を着込んだ者、衣装に包まれた者。それぞれ個性豊かに柄を整え、買い物客として行き交っていた。

 買い物を済ませた先はもちろん、メゼポルタ広場。あそこには花火鑑賞ができる席がある。開幕直後に打ち上げられる花火。それを皆で買い物したあとに見ようと思っての客人(プレイヤー)たちであった。

 けれど俺にとっては、そんなことは今はどうでもいい。この騒然とした街中。賑わう渋谷のスクランブル交差点のようにめちゃくちゃ混み合っていて、ほんと、気分が悪くなりそうであった。 このままでは、車酔いみたいに人酔いしそう。俺は早々と街の外へ、メゼポルタ広場へと続く桟橋の方へと向かった。ふぅーと、肺に溜まった空気を吐き出し気分を落ち着かせる。ここまでくれば大丈夫だと、自分に言い聞かせて。

 

 

 

 

 ここはドンドルマ郊外。緩やかな弧を描いたアーチ状の桟橋の上。俺はそこにいて一休みしていた。ちなみに、ケインとの待ち合わせ場所もこの場所。あとは気長に待っているだけなのだ。

 ドンドルマの方から聞こえてくる賑わいを無視し、耳を澄ませば静かに聞こえてくる川の音色に耳を傾ける。ぼーとしている中、ふと対岸にあるメゼポルタ広場へと顔を向ける。霧が僅かに出ているのが見える。

 霞がかった対岸。それは鬱蒼と生い茂る樹海エリア風に、まるで迅竜(ナルガクルガ)でも姿現すのじゃないのかと錯覚するくらいに不気味な雰囲気を醸し出していた。暗殺で獲物を確実に仕留めることを得意としている奴のこと。霞がかったこの場所に置いては、まさにその例えが的確であったくらいに。

 けれど、そんな不気味な雰囲気をいい感じに裏切るかのように、買い物を済ませたプレイヤーたちがほどよくメゼポルタ広場方面と歩いていくのをちらほらと見かける。 まったくもって、怖くないのだろうかこの人たちは、と呆れて感心してしまう。

ウィンドウ画面を開き、時間を確認。9時10分。もうじき約束の刻限(9時30分)になろうとしていた。ウィンドウ画面を閉じ、遠くに連なる山々を見渡し、そして、ドンドルマの方へと見やる。

 そのなかで、市街中心からだいぶかけ離れているせいなのか、連なる建物の中で一際目立つ石造りの建物――大老殿が見えた。あと、赤と緑の旗――リオレウスとリオレイアを印象づけた大きい旗が、大老殿にて掲げられているのも見えた。石造りの階段から上り、たどり着くことができる大老殿。あの雑誌(特報! アルカディア通信COM)の情報によれば、HR(ハンターランク)250以上――いわば上位クエストにたどり着いた者が入室を許される場所だという。確かな情報とはいえ、HR250……。気が遠くなるランク数でもあった。でも、大長老にお目にかかれば、マイハウス及びゲストハウスに魅力あるオプションを追加できるクエストが受けられるのも確か。そういう情報を見たこともあって、いつの日にかお目にかかってみたいものだ、と期待を込めてしまう。

 そうした中、一陣のそよ風が肌をなでるように過ぎ去っていく。何かの知らせでもあったのか、ドンドルマ方面から2頭の草食竜(アプトノス)が姿を現す。なんだろうかと思い様子みると、その背後には高級そうな東洋風馬車があるのを見かける。馬車は2頭のアプトノスに引かれ、メゼポルタ広場方面へと向かっていた。このまますれ違うことには間違いなかったので、そのまま様子を見る。

 すると、すれ違いざま、シルクのレース越しに中にいた人が垣間見えた。一瞬だったけれど、真ん中に上品な令嬢を挟み、二人のスーツ姿の男が座っていたのが見えた。

流し目でその様子を捉え、去りゆく馬車を見送る。――とそこで、馬車が止まった。思わず

 

「ん?」

 

 不思議に思って見続けてしまう。すると、中からスーツ姿の男たちが、馬車から降りてきたではないか。二人のうち一人がウィンドウ画面を出現させ、何やら簡単な操作を行う。直後、簡素な足場が現れ、続いて中から先ほどの令嬢がゆっくりと降りてくる。

 二人の男――いや、紳士たちに向かってなにかの指示を出し、続いて身振り手振りで何かを口ずさむ。馬車といい令嬢といい。さっきから気になっていた俺は、そこで耳を立てて盗み聞きしてみる。

 

「君たちここで待っていて。すぐ済ますから」

「かしこまりました」

 

 その二言だけの会話が聞こえてくる。 そして、それぞれのスーツ姿の紳士たちが配置に着く頃、なんとっ!  その令嬢はこっちにやってくるではないか。さすがに訝しげに思い、やや身を引き締めてその場でとどまってしまう。

 こちらに向かってゆったりと歩み寄ってくる令嬢。その姿はどこかしら凛とした容姿が覗えてやまない。やがて、俺の3歩前で立ち止まると

 

「久しぶりね」

 

 しかし、レース越しに誰なのかと認識しづらかったこともあり、誰だろうと思って俺は問う。

 

「あんたは?」

「あたしよ、あたし」

 

 そう言って微笑むと、ヒントと成り得るような事柄を並べて見せる。

 

「東京・AE支社の令嬢で、本作の看板娘(ローラ)役と言ったら……」

 

 令嬢とローラ役。この二つのキーワードを元にしばし考え込んだ後、彼女のアバター全体を見てから、少しだけレース越しから映る顔を確認すると

 

「ああ、あのときの」

 

 とそこで俺は、相槌を打つと共に1年ほど前、東京ビックサイトで一度出会っていたことを思い出す。そして、彼女こそこのモンスターハンターアルカディア・オンラインの開発ディレクター・篠崎直哉の娘――――篠崎刹那だということも。

 ま、いずれにせよ、ローラ役と言うこともあり、ユーザーの間では知らない人はいないくらい有名なアイドルなことにはかわりなかった。

 

「どうやら思い出したみたいね」

「まあね。1年ほど前で、ほんの少ししか会っていなかったから、思い出すのに時間かかったよ」

「でも、よかった。思い出してくれて」

「たまたまさ。そのアバターの仮装がもう少し凝っていたら、セツナ本人だよと言われても、全然ピンとこなかったよ」

 

 と指摘する。

 ちなみにそのアバターとは、1年前に出会った時の容姿のままだったとのことを指す。偶然、前回と同じ姿だったこともあり、それで思い出すきっかけにもなったのだ。

 

「そうなのね、ふふふっ」

 

 そう手を口元にあてがい、軽く微笑む。

 

「仕事中の格好よりもこっちの方が気が楽だったけど、正直、挨拶がてら、自分のこと思い出してくれるかどうか少し心配だったからね」

 

 続けて一拍置き、そこで思いっきり背伸びをすると、歩み寄って手摺上に腰を据える。靡く風がさらさらとした栗色の長髪を優しく奏でるなか、河川を眺めて言う。

 

「それにしても、良くできているわねぇ~」

「ふ~ん、珍しいな。同じ社員なのに、そんなことを思うなんて」

「だって当然でしょう。部署が違えばそうなるもん」

「部署ねぇ~」

 

 社内事情を知らない俺からすれば、どうもこうも府に落ちないものであった。社内関係者なら、普通、今作のクオリティーくらいとうに慣れてしまい当然だと思っていたから。

 

「あたしは広告部なの。開発部のことなんて知らないもん」

「なるほどね」

 

 と、詳しい事情は知らないが、一先ず納得しておく。その反応に一時渋面になるものの、、わざとらしく咳払いをし仕切り直す。

 

「ま、ともかく。部署ごとに知らないことも多々あるってことよ。それよりも――」

 

 こちらを見て話題を切り替える。

 

「今回は3人で来なかったのね」

「えっ、あ、まあ。今回は事情がね」

 

 とはぐらかす。正直、やや言いずらかった。ケインはともかくとして、もう一人の方は、あんなことがあったなんて言い出せなかったのだ。と言うのも、思い出すだけで辛かったから。俺は封印していた記憶を隠すようにして答えた。

 

「ケインとはこのあと待ち合わせなんだ。で、晃はちょっと野暮用なんだと」

「ふーん」

 

 特にこれ以上は詮索してこなかった。

 

「ま、人それぞれだもんね。それよりも――」

 

 とそこで思い出したかのようにそう言うと、おもむろに近寄ってきた。行きなり何なんだと、思わず呻き声を漏らし身構えてしまう。――が、思わず眼下を見れば、それが見えてしまっていた。そう、豊満な〝胸の谷間〞ってやつが。思わず俺はゴクリと唾を飲み込み、目線を彼女の方へと向ける。思うに、多分、記憶に焼き付いてしまったと言えよう。仕方ない、仕方ない……。一方、セツナはそのことに気付いていないのか、そのまま切り出す。

 

「フレンド登録してみない」

「フ、フレンド登録?」

 

 普通にしゃべり返えしてしまったのか、セツナは後ろに控えている紳士たちを気にしてちらりと振り返る。

 

「しー。聞こえるじゃない」

 

 口元に人差し指を立てて注意をするセツナ。俺は頭に手を宛がって、やや言葉に詰まりつつも軽く謝る。

 

「ああ、わりぃ~、わりぃ~。でも、いいのか? 社員と一般ユーザーの間ではフレンド登録はよくないんじゃ……」

 

 確か、どこかで見たマニュアルだとそんなこと書いてあったような。と記憶を辿りながら、そう言ってみた。でも、セツナはお構いなしと言わんばかりに告げる。

 

「いいの、いいの。あたしが言うんだから間違いなし!」

「いいのかよっ」

 

 顔を覗き込むセツナに、この時俺は彼女のことを誠に勝手だなあと思った。と言うのも、いくら令嬢とは言え、同じ社員なことには間違いないからだ。だって、そうだろう? 組織内のルールなんだろうと思うから、普通そう思うはずなんだし。でもま、素人が言うのもなんだけども。と心のなかで付け加えておく。

 

「いいのよ。それにこれは、2人だけの秘密ってことにしちゃえば問題ないはずだし」

 

 素人の俺からしてみれば、これ以上、何も言えなかった。ため息をもらし言葉に詰まってしまう俺をよそに、セツナは何を焦り始めたのか。続けて、しつこく問い詰めてくる。

 

「で、どうなの? するの? しないの?」

「う、うう……。そ、それは……」

 

 唐突な勢いに押されたことで、思わず精神的に追い詰められてしまい、ますます悩みだしてしまう俺。ルールどうこうは彼女がきっぱりと言い切ったせいでもはや考える余地はなくなってしまったものの、元からケイン以外の他人と関わることに否定的だった俺は、ここにきて口を固く閉ざしてしまう。というのも、他人と関わるとロクなことにならないと言ったことが頭の隅にあったからだ。いわゆる一種のこだわりみたいなものなのかもしれないが、それでもその考え方を捻じ曲げるなんてことはできなかった。あの1年前のできごと以来ずっとそうしてきたのだから。そう、1年前。友人を失ったあの日からずっと。

 すっかり黙り込んでしまう俺を見て、さらに機嫌を損ねますます焦り出したのか、セツナはさらに表情を険しくする。

 

「もぉー、何か言ってよ! だんまり禁止ぃー!」

 

 苛立ちを露わに激しく桟橋をバンバン踏みつける。おいおい、とさすがに人目に就くじゃないかと焦った俺は、ここで説得を試みてみる。――が、セツナはそんな俺の態度ににらみを利かせてくる。

 

「うっ、なんだよ」

 

 とここで、いきなりぐいっと接近し、乱暴にも胸元をグイッと引っ張ってくる。激しく揺さぶりながら言い放つ。

 

「もぉー、全部ユウトが悪いんだからね」

「何を? ううっ、く、苦じいぃ……」

 

 首が締め付けられ、苦し紛れに言う。その苦しむ俺の姿を見て、セツナはここで解放する。

 

「はあ、はあ、はあ……」

「どう? 答えは出た?」

 

 さすがに首を絞めつけられるのは御免だった。渋々と呼吸を荒げつつ観念して答える。

 

「わかった。わかったよ」

「じゃあ、交渉成立ね」

「交渉成立って、俺まだ何も決めてないぞ」

「じゃあ、どうするの?」

 

 迫られる決断。絞められたことも含め、意図するところが見えない中、圧倒的な理不尽の前に諦めて答える。

 

「わかった。登録するよ」

「じゃ、決まりね」

 

 笑みを浮かべ、上機嫌となるセツナ。本当のとこ、俺は気が進まない気分だったが、そんなの知ったこっちゃあないだろうなあと諦めてしまう。

 一方、終始タイミング見計らいつつも見守っていた第三者の紳士たちは、ここに来てようやく口を開く。はっきり言えば、遅すぎる対応であった。

 

「あの……、大丈夫ですか?」

 

 これに対して、素早くセツナは、俺がしゃべるより先に場を繕ってしまう。

 

「大丈夫、大丈夫。ただ、ジャレ合ってただけだから」

 

 続けて、ねぇ、と間髪入れずに振ってくる。これに対して、行きなり振ってきたことに意表を突かれてしまった俺は、動揺して思いもしない言葉が出てしまう。

 

「あ、ああ。そうなんだ。じゃれてたんだ」

 

 この直後、あーあ、やっちまったよー。と心のなかで嘆く。が、時すでに遅く、あとに引けない状況となってしまう。マジで自分にとって、口は災いの元だと思い知らされた瞬間でもあった。それゆえ、紳士たちは、これ以上は何も言って来なかった。

 情けない情けないと思うなかで、セツナは早速と言わんばかりにウィンドウ画面を開く。

 

「俺としたことが……」

「よしっ、これでOK」

 

 続けて

 

「こっちの送信終わったから、次、ユウトの番だよ」

 

 項垂れつつも、俺はサッと手を払う感じでウィンドウ画面を開く。やる気のない手つきでささっと操作し、セツナからメールを受領、登録し、送ってやる。勿論、その間、体全体で後ろにいる紳士たちからウィンドウ画面を隠して行ったのは当然である。いくらセツナが(ルール破りを)了承したとはいえ、いけないことにはかわりなかったからだ。送ったあと、俺は念を押すように告げる。

 

「言っておくが、あんまりしつこくトークしてくんなよ」

「しつこくも何も、それはこっちが決めることだからユウトには関係ないのぉ」

「そ、そんな~……ガクし」

 

 セツナのあまりにもひどい言い分に、俺はひどく愕然となった。そうしたなか、ここで時間を告げるかのように、紳士たちの一人が告げてくる。

 

「お嬢様、そろそろミーティングの時間が」

 

 行きなり呼ばれたことに驚いたのか、ここで紳士たちの方へと振り向く。やや驚いた表情を見せて

 

「えっ、あ、わかったわ」

 

 それだけを告げ、再び向き直って目一杯背伸びし、やや残念感を醸し出す。

 

「あ~あ、とうとう時間になっちゃったわねぇ~」

「行ってこいよ」

「そうするわ」

 

 それじゃあ、とだけ言い残し、セツナは紳士たちにつられて馬車に乗り込んでいった。手綱がひかれ馬車がゆっくりと動き出す。そして、車窓から体を出すや否や手を振って

 

「またね」

 

 一方、俺も手を振って返した。やがて、遠ざかっていく頃、見送っていた俺としては、彼女にさんざん振り回されたこともあり、ここにきてため息を漏らすと共に無駄に疲れてしまう。

 やがて霧の中へと馬車ごと姿が消えていったあと、ウィンドウ画面を開き、登録リストを見てやれやれ、と呟く。1年前と変わらないよなあアイツ、と両手を腰に据えて思い返す。

 ほんと、苦手なタイプってわけでもないが、多少はこっちの身を考えてほしいものである。そう心から思っていた。そんななか、セツナと入れ替わる格好で、メゼポルタ広場方面からケインが走ってやって来た。よくよく見ると、慌てた様子。一息ついたあと、息を切らしながら心配そうに言う。

 

「はあ、はあ、はあ……。まったくぅ、全然来ないから心配したぜ」

 

 その言葉を聞きき、ここに来て俺は思い出す。セツナと話し込んでいたからすっかり忘れていたが、俺にはケインとの約束があったのだと。

 

「話し込んでいてすっかり忘れてました。すんません」

「まったく。もう忘れるなよ。こっちはどうしたんだろうかと心配したんだからな」

「ほんとに、ご免なさい」

 

 はあ、とケインはため息を漏らす。

 

「まあ、いいや。それよりも、さっきの馬車は、もしかしてあれか?」

「もしかしてでなくて、その通りだ」

「はあ~、やっぱりな」

 

 やれやれと首を振る。どうやら、ケインもケインで、セツナのことは分かっていたみたいだった。それゆえに

 

「どうりで、遅くなったわけだ」

「ま、そんなところだ。言い訳臭いけど」

 

 鼻で息を吐き、ケインはおもむろに近寄って、

 

「ま、半分は言い訳だけどな」

 

 とか言い、人差し指で俺の額を軽く小突く。続けて、愉快そうに誘う。

 

「それよりも、行こうぜユウト」

 

 つられて

 

「あ、ああ。そうだな」

 

 俺たち二人はそう呼び合うと、まっすぐに会場(メゼポルタ)に向けて歩み出すのだった。

 

 

 

 

 

 

 

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