その小川は、曲がりくねって集落の中ほどを貫くように流れていた。流れの早さは緩やかで、所々、石畳で取って付けたような洗濯場が設けられ、そこにはいくつかの洗濯板が置いてあった。
ここは、集落の中心にある広場。広場の真ん中には、俺たちを縛り付けていたあのネコ地蔵が鎮座し、その地蔵を取り囲むかのように、集落中から集まったアイルーやメラルー達がいた。皆一様に地蔵の方を向いており、祭司が来るのを待っている感じであった。遠くから眺める感じではあったが、ネコ地蔵の頭部には花輪を。前座にはお供え物として、マタタビが何束か置かれているように見えた。
ミルクの案内で最後列に来た俺たちは、そこで腰を据え、ミルクはミルクで長老を呼びに行ってしまう。なんだか騒めく雰囲気ではあったが、ヒソヒソ話を掻い摘んで聞いてみると、大体の者達はあの遺跡群の解放について語り合っている感じであった。
「この有様をみる感じ、よほど儀式とやらがあいつらにとって大切なんだな」
儀式開始前の光景を見て、ケインが感想を述べる。
「祝いの儀式と言うくらいだから、きっとそうなんだよ」
「ま、俺にはどうでもいいけどな」
何をするにしても、早く終わってくれさえすれば、俺としてはどうでもよかった。しかし、サユリはそう感じてはいなかったのだろう。
「そんなこと言わないでユウトさん。この際、体験できるチャンスはこの一度きりかもしれないですし。せっかくだから……」
「そこまで言うなら。う〜ん……まぁ、いっか。お前もそう思うよな?」
そこでケインに同意を求めた。一方、ケインはあのチャチャブーとの戦いからの疲れなのか
「って、おい!」
とツッコミを入れる傍、当の彼は鼻提灯を膨らませ、いつの間にか爆睡していた。しかもイビキをかいて。
「あっちゃ〜、寝ちゃってるね」
「まぁ、疲れたんだろ。そっとしとこうぜ」
胡座かきながら爆睡するケインをよそに、俺とサユリは長老が来るまでの間、待つことにした。ところが、あまり時間が経たないうちに、背後から何者かが近づいてくる気配を感じ、俺は、ん? と振り向く。
するとそこには、なんとミルクがいたではないか。いつの間に来たんだろう? そんなことを思っていると、ミルクは傍にぶら下げている竹筒から
「こら‼︎ 何寝てんだにゃ!」
語気を強めケインの頭に、ゴツンッ! ピッケルの先端を軽く叩きつけた。当然、彼はびっくり。軽く叩いたとは言え、先端が尖っているだけにその痛さはかなりあったらしく、頭を抱えうずくまる。
「ッー! イテテテ。な、なんだ? 一体」
流石のケインもこれには、完全に目を覚めざるを得なかった。突然の頭痛に訳がわからず戸惑うケインに、ミルクは続けて叱咤する。
「大事な儀式なんだにゃ」
そこで彼はミルクの声に気付き振り返って、驚きの一声をあげる。
「おっ! いつの間に」
「いつの間にじゃないにゃ! しっかりするにゃ」
そう言い残すと、プンスカ怒りながら俺とサユリの間に入り、そこで座った。長老が不在の中、ミルクだけが戻ってきたことに、サユリは尋ねる。
「ところで長老さんは?」
すると、ミルクは前方を見つめながら答える。
「大丈夫だにゃ。そのうちもうすぐ来るにゃ」
(そのうちに、ねぇ〜)
儀式の主催者なのだろう。なかなか来ないとなると、多分、それなりに身支度しているのかもしれない。そんな風に思う中、今まで騒めいていた式場が、突然、静まり返った。皆が一様に前方に鎮座するネコ地蔵へと注目することから、俺たちも自然とそちらの方へと向く。
そして、一拍置いた後、1匹の小柄で老いぼれアイルーが姿を見せた。ネコ地蔵から若干距離が離れていたためかよく見えなかった。が、あのアイルーは間違いなく長老だろう。そう判断した。
長老は杖を付きながらゆったりとネコ地蔵の前へと歩み寄ると、両手で杖を抑え一礼。それに倣うように、一同全員が一礼した。場の雰囲気から思わず、俺自身も一礼してしまう。
何秒間か頭を下げた後、長老は杖を立てかけ1束のマタタビを手にすると、なにやらブツブツ言いながら天を仰ぎ出す。そして、突然声を荒げたり、再びブツブツと言いだしながら何回か繰り返していく。
黙って見守る中、疑問に思ったのだろう。胡座をかいて退屈そうな表情を浮かばせるケインがそこにいた。
「さっきから何してんだ? あの爺さんはよ」
すると、すかさずミルクが口元に人差し指を立て
「しー! 静かに。儀式中だにゃ」
と黙らせた。一方、ケインと同じ気持ちを抱いた俺は、胸中、確かに気になるな、とぼやく。しかし、今は彼女の言った通り大事な儀式の最中。終わったら尋ねてみるか、と考え黙した。
暫く長老の儀式が行われたが、ここで一段落したのだろう。始める前と同じくまた一礼すると、手にしていたマタタビの1束を元の位置に置き振り返った。一同が礼を終えると、儀式が終わったのか、立てかけていた杖を手にしてこちらへと振り向く。
皆に向け何やら諭すように話すが、なんて喋っているのか分からない。それどころか、元からの声が小さいこともあり、全然理解できなかった。そのことにより、さっきから疑問を抱いていた俺はミルクに尋ねる。
「結局、長老、最後になんて言っていたんだ? 儀式中に何ブツブツ呟いていたのも気になったけど」
するとミルクは、どういう訳か周囲の目を気にしながら俺の耳元で話す。
「故郷に再び平穏な日々が訪れますように、だってにゃ」
「なるほどねぇ」
それを聞いて理解した俺は、儀式中に何をブツブツ言っていたのかも大体イメージが湧いた気がした。一方、ミルクとの会話を見ていたのだろう。サユリとミルクは揃ってこちらを見ていた。
「なーにがなるほどねぇ、なんだ?」
ケインの質問。俺は要約して答える、それも一言で。
「平穏な日々がまた来ますように、だってさ」
「ふーん、なるほどね。……な〜んだ」
興味が薄れたのか、彼はその場で大の字になって寝転がってしまった。まさに、つまんねぇの、と言わんばかりに。一方、サユリはどこか共感したよう。
「モンスターの襲撃で散々な目に遭ったって言ってたもんね。そう願うのもわかる気がするかも」
そこでミルクが、うんうん、と頷き
「そういうことだにゃ。ほんと、理解者がいてくれて嬉しいにゃ。どこかの〝無関心男″と違ってにゃ」
「おいおい、無関心男ってなんだよ。ちゃんと質問してたじゃないか。それに住処を取り戻す努力だって」
そこで半信半疑になったのか、ミルクはどこか意地悪そうにふ〜ん、とジト目で返しただけだった。そのこともあり、
「う、うう……」
と疑われたことに言葉を詰まらせた。そんなやり取りする中、場にいた住民たちが儀式が終わったことに解散していくのを目にする。各々が帰っていく中、長老と数匹のアイルーやメラルーだけが残りこちらに歩み寄ってきた。
一方、サユリも俺の目線に気付いてか、目線を辿る形で長老たちの方へ向いた。
「あ……」
思わず発せられた一言。口論に近い形で言い合っていたケインとミルクもその声に気付いてか、歩み寄ってくる長老たちの方へ向く。
長老たちがゆったりと歩み寄ってくる中、付き添いのアイルーが小走りでサユリの元へと先にやってくる。そして、彼女の耳元で何かを囁いた。対する俺は、翻訳スキルを持っていないだけにそのアイルーが何を囁いたのか分からず、気になってサユリに尋ねる。
「なんて言ってたんだ?」
すると彼女は
「う〜んと……」
とあやふやな返答を返すのみ。そうこうしている中、長老たちがやって来て、にゃーにゃーと喋り出す。当然、何を話しているのか分からなかったが、そこはサユリに代わってミルクが通訳に買って出てくれる。
「儀式に付き合ってくれてありがとうだってにゃ」
続けて
「本当は宴にも付き合ってくれると嬉しいけど、用事あるのなら、残念だけど仕方ないにゃだって」
寂しそうに話すミルク。俺とサユリは、どこかすまなそうに答える。
「悪いな。用事なかったら付き合ってあげても良かったけど」
「私も……」
長老たちと俺たちとの仲介役を担っていたミルクは、そこで長老に俺とサユリが言ったことを伝えると、長老は頷くだけに留まった。
「さて……」
そこで俺は周囲を見渡した。夜の帳が下りてこようとしているのか、辺りは暗くなりつつあった。画面を表示し時刻を確認すると、大分、いい時間にもなっていた。
「長居は無用だな」
「もうそんな時間か? ……あ、大分暗くなってきたな」
「そうだね。私たちもそろそろ帰ろっか」
「だな。……じゃ、悪いけど、俺たちはそろそろ……」
そこでミルクが、突然声を上げる。
「ちょっと待つんだにゃ!」
踵を返しかけていた俺は、思わず、え⁉︎ と驚き踏み止まった。そして視線の先、そこには何かを思いつめていそうなミルクがいた。その様子に、彼女を気遣うよう形で長老が歩み寄る。互いに何かを相談し合っているように見えるが、サユリの方を向いても、当の彼女は、さぁ、と言った感じでわからない様子であった。
そして……
やがて話がまとまったのだろう。ミルクは自分の思いを貫き通す感じで言った。
「それでも構わないにゃ」
と。一方、その態度にどこかため息交じりで肩を落とす長老は、何やらニャーニャーと一言二言話すと、視線をこちらに向けた。話し終えたミルクは、数歩こちらに歩み寄ると、改めて意を決し思いを告げた。
「ボクも連れて行ってほしいにゃ」
このことにより、思わず俺たちは、えっ!? と各々顔をしかめてしまう。何を言い出すかと思えば、連れて行ってほしいってどういうことなんだ? と頭の中を?マークでいっぱいにしてしまう。
けれども、思うに、親切にも俺たちを見送ってくれるのだろう。そう捉えることにした。そのこともあり、俺と同じ考えでいたのだろう。ケインが当てずッぽに応対する。
「あー、つまりは見送ってくれるってことだな、俺たちを。だったら、そいつはありがたいな。じゃあ――」
しかし、ミルクの反応は違った。
「違うにゃ! そう言う意味で言っているわけじゃないにゃ」
これにはさすがのケインも言葉を詰まらせてしまう。表情を固まらせたまま動かなくなってしまう彼の傍ら、同じく俺も、一体どういう意味なんだ? とますます分からなくなってしまう。そうしたなか、サユリが気遣うように語りかける。
「ミルクちゃん……」
言ったそばから、やや俯きかげんだったミルク。しかし、顔を上げて思いを告げる。その小さな手は強く握って。
「ボク、……今まで君たちと共に奮戦してみて思ったのにゃ。君たちならきっと大丈夫だろうって。だから……」
一拍置いて
「ボクを仲間にしてほしいにゃ!
気迫のこもった告白。それを受け、一時は圧倒されてしまう俺たちであった。が、俺は確認するかのように言葉を返す。
「お、オトモアイルーって……」
「ダメかにゃ? やっぱり」
「いや、ダメってわけではないけど。う〜ん、……本当にいいのか? あの時、前に雇い主に捨てられた過去があるとかないとか言っていたような気がするんだけど。うる覚えだが」
曖昧な記憶の糸を手繰り寄せる感じで俺はそう言った。と言うのも、サラっとだけだったが、住処を取り戻すクエスト中、そんな事を口走っていたような気がしたからだ。もし、そうなら俺たちの仲間に加わること自体、常識的に抵抗があるとは思うが。だがしかし、ミルクの決意は変わらなかった。
「うる覚えも何も、それは本当のことだにゃ。それに、辛い過去は今でも多少なりとも引きずっているにゃ。けど、君たちの同胞を愛でる言動やボクを一人のハンターとして扱ってくれたとこを鑑みて、君たちと一緒なら安心できる。決して裏切ったりしないんじゃないのかと確信したにゃ。だから……」
「ふ~ん、なるほどね。でも、それってなんだか随分と買いかぶられたもんだな。この短い期間で」
「何とでも言うがいいにゃ。とにかくボクはついて行くにゃ、君達と」
そこでケインが、やあやあと大手を振って仲介に立つ。
「まあ、いいじゃないか、減るもんじゃないし」
続けてサユリも
「私も、ケインさんの言う通り賛成かな。仲間が増えると言うのは心強い感じがするし。それに、なによりも……」
そこで彼女は、おもむろにミルクを抱きしめると、スリスリ~と頬をこすりつけた。まるで愛でるようにだ。
「可愛いし~」
「こらっ! やめるにゃ~」
否応なくスリスリされるミルク。抵抗するも、その力強い包容力の前にはなす術がなかった。そんなサユリとミルクのやり取り。そして、ケインの意見を聞いた俺は、半ばため息を漏らす。
「まあ好きにしろ。もう、とやかく言ってもしょうがないみたいだからな」
するとミルクは期待を込めた眼差しを俺に向け
「ほんとだかにゃ?」
それには何も答えない俺。代わりにサユリが言う。
「やったね、ミルク」
「うん、嬉しいにゃ」
2人は揃って喜んだ。一方、外野にいたケインは、説き伏せる感じで俺に話しかけてくる。
「ほほえましい光景だな」
サユリとミルクを見つめながらそう呟く。対して俺は、特に取り繕うわけでもなく思っていたことを話した。
「別にどうでもいいんだけどな」
「だったら……」
「買い被りすぎなんだよ、あのアイルーは。……まあ、でも、本人がそう決めたんだから別にいいんだけどさ」
そう言い残し、夜空を仰ぎみた。流れ星が、キランッ! と一筋流れるのを目にすると、俺はサユリとミルクの方へと向き直った。
「おいっ、じゃれてないで行くぞ。時間も時間だし」
そこで思い出したかのように、サユリはハッとなって我に返り――
「あっ、そうだったね」
そして、長老たちの方へと向くと
「結果的にお世話になったのかどうか分からないけど、本当に楽しかったです。ありがとうございました」
そう言って頭を下げ礼を述べた。そして、頭を上げた頃、何やら長老が、ちょっとお待ちなさい、とでも言うように、杖を突きながらよちよちとこちらに歩み寄ってきたのを目にする。
(なんだろう?)
と言わんばかりにサユリが小首をかしげる中、彼女の前に来た長老は、羽織っている衣の裾から何かをまさぐり始めた。俺たちが見守る中、長老は裾から何か光る物を取り出し、彼女に手渡す。
「これは……」
呟くサユリ。一方、何を貰ったんだろう? 俺は不思議そうに思った。うんうんと頷く長老に、サユリは眼前に画面を表示さ何かを確認。再び礼を言う。
「ありがとうございます」
礼を言われた長老はどこか済まなそうな表情を浮かべてはいたものの、別れ際の挨拶において、気を取り直し、わずかばかりの頬笑みをたたえて礼を返した。
〝無事に依頼を達成しました″
依頼品用ボックスにネコタクチケットを納品した俺は、これでようやくクエストを終えたんだなあと実感する。灯火を焚いたBCの周辺がすっかり暗闇に包まれる中、よく戻れたもんだなあと自画自賛。同じくケインも俺と同じ思いを抱いたのだろう。
「にしても、よく帰れたもんだなあ、俺たち。もう少し遅かったら、完全に道に迷って帰ってこられなかったぜ」
「それ同感。夜中に道に迷ったなんて想像したくないな〜」
そこで携帯ランプを携えていたミルクが、自慢げに話す。
「でも、それもこれもボクのおかげだにゃ。このランプのおかげで助かったんだし」
「ほんと、そこは助かったよ。ありがとうな、ミルク。ユウトもユウトでそう思うだろう?」
いきなりフラれて、しどろもどろになってしまった俺は
「あ、ああー。まぁ、な」
とだけ答えた。サユリは感謝感激のごとく
「ありがとうね、ミルクちゃーん」
と全身でミルクをハグすると、またもや頬をスリスリ。当のミルクはいやいやと抵抗する。
「だから、それはやめるにゃ〜」
と、逃れるように。一方、そんなことを尻目に、俺は画面を表示させ時刻を確認。パーティー開催までの時間が、準備する時間も含めてあまり残っていないことを知る。
「どうやら長居は無用だな。到着してそうそう悪いけど、早速、気球飛ばす準備を手伝ってくれないか?」
弾かれたかのように、サユリが我に返る。
「あっ、そうだったね。ケインさんも、早く」
言ったそばから気球がある裏手へと向かう俺に続いて、小走りで追いかけるサユリ。ケインも彼女を追いかける形で向かう。続けて、置いてかれそうになったミルクが慌てて呼びかける。
「まってにゃ~、2人とも」
そうしたなか、テントをぐるりと半周し裏手に来た俺。そこは灯の明かりが届きにくいのか、薄暗かった。だが、仄かな光の中から浮き出る気球は、確かにそこにあった。早朝、俺たちが乗ってきた気球。繋がれた四本のロープがそれぞれ杭に固定されてあったのを確認する。
出発アイコン出現の条件を満たすべく、俺は一つの杭へと歩み寄り、2人と一匹に杭を抜いてもらうよう呼び掛ける。
「杭の方を頼む」
すると、要領を得たのか、ケインとサユリが答えた。
「了解」
「わかったー」
と杭に手をかけて。一方、ミルクは何のことか分からなかったようで、戸惑いの表情を浮かべた。
「杭って?」
疑問符を浮かばせるかのようにケインとサユリを交互に見守りながら。しかしそこで、サユリが親切なことに、杭とはこれだよ的な感じで教えてくれたので、
「あー、これのことだにゃ。了解にゃ」
と理解した。けれど、アイルーだけに杭を抜くだけの力はなかったらしく、歯を食いしばりながら弱音を吐いた。
「う~んっ、これはボクには厳しいにゃ」
と。一方、そんなミルクを見かねた俺は、とっとと杭を抜くと、ミルクの方へと歩み寄り――
「仕方ないな~。ど~れ」
とミルクを脇に。彼女が頑張ってもびくともしなかった杭に手をあてがった。直後、再び眼前に表示されたケージ。俺は杭の柄を掴み力いっぱい持ち上げようとする。ケージが徐々に溜まって行き、100%に達したところで、スッポンッ! と飛びだすような勢いで杭は抜けた。間髪入れず、俺はサユリとケインに杭が抜け終えたのか尋ねる。
「そっちはどうだ?」
すると、2人とも無言のうちに親指を立てグッドサイン。このことにより、俺は無事に杭が四本とも抜けたこと確認する。どうやら問題ないみたいだな。そう思った俺は、その2人に呼び掛ける。
「じゃあ、早速帰ろうぜ。ミナガルデに」
「だな」
「うん」
そして、俺も含め3人と一匹は気球に搭乗。出発アイコンを表示させると、行き先の項目よりミナガルデを選択。気球内に炎を燃え上がらせて、上空へとゆっくりと舞い上がった。直後、床に押し付けられそうな感覚が押し寄せる。けれど、そんな大したものでもなかったので、あまり気にも留めなかった。だが、ミルクは違った。彼女はこの床に押し付けられそうな感覚に堪えかねてカ、床に全身をピタリと磔にされたまま、不自由を強いられていた。
「うううう……」
呻くミルク。どうもこうも傍から見て、苦しそうに見えた。けれど、一旦上がりきれば、その感覚も自然となくなるだろう。そう思い、視線だけを送った後、何も言わなかった。一方、そうしたなか、満点の夜空に心を奪われていたサユリとケインは、そこで感嘆を漏らす。
「うわ~、きれーい」
「すげぇ~な、おい」
つられて俺も景色を一望。暗闇の大地がどこまでも広がってるな中、星々が彩る幻想的な夜空が広がっていた。仮想世界であることには変わりなかったが、それはまさに現実世界の夜空を見ているようなもの。思わずうっとりしてしまう。
――と、そんな中、ゆっくりと上昇していた気球は、一定の高度まで上がったのだろう。昇っていく感覚がなくなり、ゆるやかな航行を始めた。
一方、そのこともあり、先程まで潰れていたミルクが立ち上がり、ふぅ〜、と息を吐く。
「どうやら昇りきったみたいだにゃ」
「ねぇねぇ、ミルクちゃんも満天の星空を見てみない? 結構、綺麗だよ」
堪能していたサユリがミルクを誘う。対してミルクは、興味が湧いたのか
「ボクもみたいかも」
と期待を込めて言う。サユリは星空を見たいと答えたミルクに答える感じでその場にしゃがみ込むと、彼女に背を向けた。
「じゃあ、肩車。ほらっ、乗って」
背丈が小さいミルクに気遣うように、おいでと言うサユリ。ミルクは遠慮なく彼女にまたがった。立ち上がりざまに一時バランスを崩しそうになりやや慌てるが、すぐにバランスを取り戻しサユリの頭に掴まる。そして、満天の星空を拝んだミルクは、NPCらしくもない屈託な笑みを浮かべ堪能する。
「うわ~。ほんとだにゃー」
続けて共に夜空を拝む中、
「……ありがとうにゃ」
と、礼を言った。サユリとミルクのコンビを傍から見ていた俺は、その光景にどこか和むような感慨を抱く。そんななか、ケインがどこか期待を込めて声を上げた。
「おっ! 見えて来たぜユウト。ミナガルデの明かりがよ」
言われて思わず振り向いた俺。彼の指し示す方向を遠望した俺は、そこで暗闇に染まる山々の間を点々と小さいながらも明るく輝く街並みを拝む。気流に乗ってそっちの方へと漂いながら航行する気球。さっと指先を動かし到着時刻を表示させた。
(残り20分か……)
思ったより早く到着しそうかもな。そんな気がした。そう言うこともあり、その間の時間をつぶすような形になってしまうが、サユリに訊きたいことがあり尋ねてみる。
「ところで思ったんだけどさ」
するとサユリは、な~に? と言った感じで向く。対して、そんな彼女に俺は続けて言う。
「長老からなに貰ったんだ? ありがとうとか言っていたから、ちと気になってな」
言われて、一旦、ミルクを肩車から降ろすと、どこか遠慮がちに答える。
「あー。いや、別に大したことないよ。ただ、返してもらっただけだから、肉球スタンプ」
「肉球スタンプ?」
やや遅れて
「あー、なるほどね。メラルーに盗られてたやつか」
と思い出す。そう言えば、意表突かれて肉球スタンプ、2枚ともメラルーに盗られていたんだなあと。それもあってか、
「そうそう、それ。でも、盗った本人が同胞だけに、長老さん、結構責任感じちゃったみたいで、済まなそうだった」
「まあ、無理もないかもな。村の長だけに」
――と、そこで、ミルクが改まって面と向かう。
「そこはボクからも謝っておくにゃ。同胞が悪さしただけに悪かった、ごめんなさいにゃ」
ぺこりと律義にも頭を下げる。まあ、俺としては、どの道、盗られた本人であるサユリ次第なんだけどな。そう他人事のように思った。
「そんなあ、ミルクちゃんが謝らなくても。それに盗られた物もきちんと帰って来たんだし、もういいよ」
「ん~……そこまで言うなら……」
器量が大きいサユリのこと。ミルクは少々遠慮がちではあったが、どこか安心した表情を見せた。とは言え、なんだか微妙な雰囲気が続く。そこで俺と同じく傍から見ていたケインが一声をかける。パチンッ! と手を叩いて。
「はいっ、この話はここまでだな。続けててもしょうがないし」
「まあ、俺は関係ないけどな」
俺は知らないけどと言った感じで、そっぽを向く俺。サユリはにこやかに返す。
「そうだね」
それを皮切りに、場の雰囲気が和やかになって行く。そして、そこから先導する形で場をし切る。
「じゃあ、改めて自己紹介な」
続けて、そこで一旦咳ばらいをしたミルクが先に言い出す。
「改めて、……今日からお前らのオトモアイルーになったミルクだ。よろしくだにゃ」
「ああ、よろしくな。……てか、誰のオトモになったかは知らないけど」
「まあ、そこは後々決めていくつもりだにゃ。とにかく以上だにゃ」
そして、3人と一匹の注目がサユリに集まり、サユリはやや緊張して自己紹介を始める。
「あ、ああ私はサユリです。まだまだ初心者だけどよろしくね」
続けて――
「俺はケインだ。サユリちゃんと同じく初心者だけどな」
「ユウトだ。……自己紹介は以上だな」
サッと軽く、クールに決めた。ところが、ケインは俺の自己紹介が不満だったのだろう。
「おいおい、それだけかよ!」
「そ、それだけって。他に何か言うことあるのかよ?」
すると彼は、う~んと、とか言って何か追いつく限りのことをポンポンと言い並べた。
「ほらっ、あるじゃないか。経歴とか腕前とか。それにしょうご――」
瞬間、ヤバイと思った。どうでもいい情報さらすんじゃねえ。恥ずかしいだろうが!! と言わんばかりに声を荒げる。
「あ――!! それは言わなくていい。わかった、分かったよ」
渋々、他のことを話す羽目になってしまう。そして、ミルクと同じく咳払いをして気を取り直すと、仕方なくネタばれと言うべき勢いで口を開く。
「経歴は順を追って話すと、ベータテストからやり込んでいる感じだ。そして、腕前については――」
そこで、サユリの様子が変なことに気付いた俺は、気になって声をかける。
「ん? どうしたサユリ?」
すると彼女は、全身激しく震わせていきながら、それでも首を横に振って
「う、うんうん。……なんでも……ない……から……」
とか言って無理強いアピール。が、直後、その我慢の限界だったらしく、
バタンッ!!
事切れたかのようにその場で崩れ落ちた。このことを受け、突然のことに俺は、あわてふためき叫ぶ。
「お、おいっ!! サユリ! サユリ――!!」
必死に彼女をさする俺。しかし、サユリは何も反応しなかった。
「一体どうしちまったんだよ? サユリちゃんはよ」
さすがのケインも、突然のことに戸惑う。そのなかで俺はあることが脳裏によぎる。
「……もしかして」
そのつぶやきを訊いたケインは
「もしかしてって。何か心当たりでもあるのか?」
一方、ミルクも
「一体全体どうしちゃんだかにゃ。突然倒れちゃったりして」
と一人勝手に慌てふためく。
「ああ、なんとなくだが、あの時も……」
そう、俺の脳裏によぎったのは、本クエスト出発前夜でのサユリの異変。そのことであった。と言うのも、まさに前回と今回、大体同じ症状であったからだ。
サユリが意識を失い、そのことで俺たちが必死に呼びかける中、俺たちの乗った気球は、ただただ気流の流れに乗ってミナガルデへと向かっていた。