モンスターハンターアルカディア   作:ぷにぷに狸

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5章:託された想い




5章:託された想い・1話

 

 ふぅ〜

 

 吐き出された白煙が、モワモワ〜と宙に消えていく。季節も霜月だけに、風が吹いてきては肌寒さを感じてやまない。片手をポケットに突っ込んだままIQOS(タバコ)を加え一服していた船橋社長は、そこで身震いをした。

 

「うう……、にしても、寒いな〜」

 

 吐く息が白く見え、その寒さが目に見えて伝わってくる。ここは、東京・AE支社の屋上庭園(ガーデンフロア)。屋外に設けられた植物たちで囲まれた、いわば社員たちにとっての憩いの場であった。しかも今は船橋社長ただ一人。つまり、貸切状態であった。

 百何十Mにも及ぶ高層ビル群が立ち並ぶ東京の夜景が美しく見える中、スカイツリーだけがその存在感を誇張するかのように聳え立っていた。その光景を眺めながら、船橋社長は心の底で後悔していた。英知を結集して開発されたMHA・Oをデスゲームにさせ、それにより多数の犠牲者を出してしまったこと。そして、例の火災事件で犠牲者を出してしまったことである。

 どちらも仕方ないとは言え、何か打つ手立てはあったのではないだろうか。ふとそう考えてしまう。そうした中、

 

「参ったな……」

 

 ポツリと、心中をそう吐露した。

 ぼーと眺める中、後方よりスライドドアのどこか空気が抜けたかのような開閉音が聞こえてきた。このことにより、誰かが入ってきたと思うが、別にそちらを見る気にはなれなかった。こちらに向かって歩いてくる中、その者は言う。

 

「まだいたんですね、社長」

 

 言いながら、船橋社長の隣へと来る。そして、彼と共に夜景を見ながら、その者は続けて話す。

 

「捜査の件、お疲れ様でした」

 

 しかし、気遣うように語りかける者に、船橋社長は素っ気ない返事をする。

 

「いや、別にそんなお疲れ様を言われるようなレベルをしたわけじゃないよ」

「そうでしたか。でも、事情聴取、10時間以上もされたんですよね?」

「確かにな。だが、それ以上に罪悪感と言うか後悔というか。とにかくそんな思いが勝っている感じだな。正直なところ」

「罪悪感、ですか……」

 

 そう言うと、その者は再び目線を夜景へと向けた。そのことを分かっているのだろう。彼は何も言わなかった。都会の雑多な音色以外の沈黙が、二人を包み込む。そんな中、船橋社長は問いかける。

 

「ところで君こそ帰らないのかね? 馬場くん。妻子が待っているんだろう?」

 

 部下を気遣うように尋ねる船橋社長。しかし、馬場は少し疲れた表情を浮かばせて否定する。

 

「はい……。ですが、帰りたいのはやまやまなんですが、私もここで一旦、一服しようかと。流石に長時間の事情聴取やら残業やらで疲れたので」

 

 そう言うと、馬場は愛想笑いを浮かべた。

 

「そっか……。でも、あまり遅くならないようにな」

「ですね。そうします」

 

 再び流れる沈黙。その中で見慣れた夜景が飽きたのか、そこで背伸びをし首を何回かゴギゴギさせほぐすと、振り返って手摺におっかかった。IQOSを再び口に当て、ふー、と煙を吐く。

 目の前に見える出入り口。その向こうには、支社の本ビルがラオシャンロンの如く聳え立っていた。船橋社長はそんな圧倒される本ビルを眺めながら、心境を吐露する。

 

「……今回の一件で思ったんだが、辞任しようかなあと考えているだな」

 

 すると、馬場は少し驚き船橋社長の方へと向く。

 

「辞任⁉︎ こんな時にですか?」

「いやいや、すぐにではないよ。今回の一件が収束した後にだ」

 

 それを訊いて、馬場は落ち着いたのか肩の力を抜く。

 

「あー、なんだ。驚きました」

「すぐに辞任すると思っていたのかね?」

「はい、こんな状況なので、私はてっきり」

 

 船橋社長は僅かに笑みを浮かべ、彼を安心するように話す。

 

「ははは、大丈夫さそこは。責任は重大だが、やることを丸投げしてまで辞任はしないさ」

「ですよね。それを訊いて安心しました」

「はぁ〜、しかしなぁ……」

 

 そこで笑みを消すと、一変してうつむき暗い表情を見せた。振り向き再び夜景を見、そして、夜空を見上げる。途方に暮れている様な仕草の後に、心の内を話す。

 

「私は思うんだよねぇ。社長に就任して以来、数年。いくらその実績を積み重ねようと、今回の悲惨な事件を起こしてしまった今、もはやその資格はないんじゃないのかと」

 

 馬場に言い聞かせるような感じであったが、当の彼は黙って話を聞くだけなのだろう、何も言わなかった。最重要幹部として、そして、長年連れ添った仲として、きっと、船橋社長の悩み事を受け止めるつもりなのかもしれない。

 構わず船橋社長は話を続ける。

 

「だからなのかもしれない……」

「と言うと?」

 

 ちらっと視線を馬場に向けた後ーー

 

「せめてものケジメ、その為だけに今はあえて辞任しないのかもな。辛いけど」

「引き際は辛いですね。立場は違えど、想像に越したことはありません」

 

 そう言うと、馬場もまた振り向き、船橋社長と同じく両腕を手摺に乗せ夜景を観賞。ポケットを弄りIQOSを取り出すと、彼もまた吸った。互いに白煙を、ふー、と吐き出すと、まったりな時が流れていく。

 

「ところでだが、君はどうするのかねぇ? 私はこの一件が片付き次第辞任するけど」

「……そうですねぇ」

 

 自分はどうしたいのか。馬場は自分の気持ちと向き合うように、胸に手を当てる。

 

「……私も辞任ですかね。幹部としてでなく、一社員として。でも、まぁ、思わなくても、いずれその道を歩む形になりますけどね」

「そっか……」

 

 それだけ言うと、どこか寂しげな表情を浮かべた。船橋社長としては、今回の一件で自分だけでなく幹部クラスの辞任もま逃れないことは頭では分かってはいたが、いざ、こう話されるとより辛いものがあった。

 そんな中、馬場は改まって船橋社長の前に立つと、姿勢を正す。一方、その様子に気付いた船橋社長も彼の方へと向く。面と向かって馬場は、社長就任以前からの仲であったことから、彼なりの最大限の気遣いをした。それもあってか、胸に拳をあてながら威勢よく。

 

「こんな時にアレですが、この馬場 響。社長退任後もどこまでもお伴します。だから……、何というか、自分だけ抱え込まないでくださいね」

 

 一方、その言葉を受け、船橋社長は、ふんっ、と鼻を鳴らすと、何処笑みを見せて感謝を述べる。

 

「そこまで言わなくても。……でも、ありがとうな、気遣ってくれて」

 

 そして、懐を弄ると、続けて

 

「でも、まあ、それに……なんだ。辞任した後でもやり続けないこともあるけどな。被害者家族への謝罪の他に、な」

 

 そう言いながら、一枚の紙切れを取り出し見つめる。紙切れは部分部分ではあるが焦げていた。しかし、肝心な筆跡部分までは焦げておらず、なんとか読める範囲以内で残っていた。紙切れを見つめある思いに耽る船橋社長。馬場は気になって問う。

 

「その紙切れは何です?」

 

 すると船橋社長は、

 

「ああ、これか」

 

 そう言って、馬場にも見せた。一字一句目を通して、誰の物なのか気付く。

 

「この文書は……」

「そうだ、彼女のだ」

「神宮寺さんの。……でも、そんな物、どこにあったんです?」

 

 すると船橋社長は、焦げた紙切れをギュッと握りしめ振り向くと、寂しげな表情を浮かばせる。

 

「……握っていたんだよ、肌身離さずな。ずっと」

「まさか、あの状態になってまで」

「そうだ。そのくらいこの紙切れは大切なものだったんだよ。神宮寺は……」

 

 星星が煌めく夜空を見上げて、神宮寺のことを思う船橋社長。そうしたなか、馬場も同じく寂しげな声音で呟く。

 

「彼女、……残念でしたね」

「ああ、全くだ。こうなる前に何か手を打てば良かったと、しみじみと後悔するよ」

 

 そう言いながら、船橋社長はあの日のことに思いを馳せる。

 

 そう、あの日……

 

 それは社員寮火災事件が起きた日のことであった。

 

 

 

 

 東京・AE支社社員寮火災事件当日――

 

 各機関への要請や事務手続きなどを済ませた船橋社長は、自家用車を飛ばし急いで大学病院へと向かった。幸いなことに駐車場は満車じゃなかったので、到着時に無駄な時間を取らずに済んだ。老体に鞭を打つかのように駆け足でエントランスへと向かった後、受付へ。そこで搬送された神宮寺は、今現在、別病棟にある集中治療室にて、緊急手術を受けていることを知る。

 焦る気持ちがあったが、流石に院内は走るわけには行かない。だがしかし、集中治療室へ向かうには、エレベーターやら本棟から別病棟へと繋がる連絡橋を通ったりする必要があり、その間の余計な移動時間がかえって焦燥感を掻き立てられてしまう。

 ようやく集中治療室があるフロアに辿り着いた船橋社長は、案内掲示板を頼りに集中治療室へと向かう。途中、行き交う看護婦やら医者やらとすれ違い、すれ違いざま、彼らの話を小耳に挟んだ。そして、内容から察するに神宮寺の容態のことを話しているんだろう。皆まで聞かずとも、彼らの暗い表情から神宮寺の容態が思った以上に芳しくないことが伺えた。

 

「ここか……」

 

 そう呟く船橋社長。彼の前には〝集中治療室″と書かれた扉が廊下の向こうにあった。ここまで来るのに、かなり時間を浪費してしまったと感じながら、近くの受付窓口へと向かう。

 

 (……不在、なのかな〜)

 

 誰もいなさそうな受付事務所。船橋社長は覗き見るように中を見渡すと、仕方なしに呼び鈴を鳴らす。

 しばらく待つ中、そこで誰かが船橋社長を呼ぶ。

 

「あの……、もしかして船橋さん、ですか?」

 

 呼ばれて向く船橋社長。そこには、中年で小太りのおじさんが立っていた。思わず答える。

 

「ああ、そうだが」

 

 すると、その男はどこか見知った感じで接してきた。

 

「ああ、やっぱりそうでしたか。私、神宮寺さんの親戚の者です。この度は見舞いに来て下さりありがとうございます」

 

 ペコリと会釈。しかし、船橋社長的には、気安く話しかける資格なんてあるわけないと言った罪悪感みたいなものがあったためか、遠慮がちに答える。

 

「そんな礼を言われるような資格なんて……」

 

 しかし、その親戚の男は掌をひらひらさせ合いそう笑いを浮かべる。

 

「いいんです、いいんです。来てくださっただけでも」

 

 そして、彼は先ほどまでいたであろう待合室に船橋社長を案内させる。

 

「ささ、どうぞ中へ。神宮寺さんの手術は大分かかるみたいですよ」

 

 気安く接してくるその親戚。船橋社長は出会ったばかしの彼にどこか怪しい感じを抱きながら、手招きされた。

 待合室では男女数名ほどがいた。子供からお年寄りまでおり、子供はまだ幼いのかじっとしていられず、そわそわした様子で今にも騒ぎだしそうな感じであった。そうしたなか、船橋社長を案内させた親戚の男は、船橋社長を中へと手招きさせた直後、そばにいた中年の女性が彼の元へと歩み寄り、早速耳打ちをする。

 彼女から小言で何を話しているのかさっぱりであったが、周囲の人たちから発せられる雰囲気から、どうも歓迎されていないようなオーラが放たれていた。

 そのことにより、船橋社長はバツが悪くなり――

 

「やっぱり、私は――」

 

 と言いながら踵を返そうとした。だがそこで、先ほどまで案内していた彼から慌てて呼び止められる。

 

「ああ、待ってください船橋さん」

「だがしかし……」

「すみません、場所が悪かったみたいですね。居場所を変えましょう」

 

 するとその親戚は率先して待合室の扉を開けると、船橋社長を誘導した。外へと出た後、中の様子を気にかけちらっと視線を向けたが、直後、その男から

 

「あまり気にしないでくださいね」

 

 と言われ、すぐに彼の方へと視線を向けた。しばし歩いて行った後、曲がり角を曲がった船橋社長は、男から指示される。

 

「あの場所で話し合いましょう」

 

 そう言って指示した場所。そこはテーブルを挟んで置いてあるソファーに薄型TVがある、いわば談話スペースであった。ついでに言うと、自販機も置いてあった。さっきまでの嫌悪感丸出しの雰囲気が立ち込めていた待合室と比べると、こっちの方がまだましなくらいである。

 歩み寄ってソファーに腰を据えた船橋社長。座り心地はまずまずと言った感じでちょうど良かった。一方、親戚の男は自販機に歩み寄ると

 

「飲み物、何がいいですか?」

 

 と尋ねてきた。一方、背もたれ越しに振り向き、

 

「どんなものがあるんだ?」

 

 と、自販機を見た船橋社長は聞き返す。

 

「コーヒーにジュース、それとお茶、くらいですかね」

 

 ごく一般的な飲み物であった。

 

「じゃあ、コーヒーにしようかな。でも、何でそこまで気を使うんだ? わざわざ」

 

 自分の飲み物。そして、船橋社長の分であるコーヒーを選びながら、彼は訳を話す。

 

「なぜって、そんな大した理由はないですよ」

 

 ジョー、とコーヒーが注がれていく中――

 

「ただ、私は見舞いにわざわざ来てくれる方を嬉しく思っただけです。それにわざわざ来てくださる方を、悪い目で見るのは失礼かと思いしてね。……はーい、どうぞ。熱いから気を付けてくださいね」

 

 そう言うや、彼は親切にもコーヒーを自販機から取り出し、船橋社長にゆっくりと手渡す。

 

「……どうも」

 

 慎重に受け取る。男は自分の分であるお茶を手にしながら、船橋社長と向き合う形でソファーに腰を据えた。船橋社長はゆっくりとカップの淵に口元を移すと、ふーふーと冷ましながら、一杯を味わいながら飲んだ。

 

「おっ、これはコクがあるな」

 

 コーヒーに関しては無知であったが、なんとも言えない苦味のある味わいをかみしめた。最適な好みと言うわけではないが、これはこれでうまい。

 

「アメリカンブレットですよ。適当に選んだだけですが、口に合ったみたいで良かったです」

「まあ、一番の好みと言うわけではないがな」

 

 ここはにこやかにそう返した。湯気が立つコーヒーの一面に自分の顔を映しながら、船橋社長は頃合いを見計らって肝心なことを尋ねてみた。

 

「ところでさっきから思っていたんだが……」

 

 お茶を飲みながら、視線だけをこちらに向けて

 

「ん?」

 

 見つめられたまま、続けて話す。

 

「私とどこかで面識でも? 最初に会った時からなんだか知っているような感じだったので」

 

 すると、その親戚の男は何口かお茶をグイッと呑むと、手にしたお茶をテーブルに置いた。そして――

 

「知っているも何も、私は神宮寺さんの親戚ですよ。当然、彼女からあなたのこと、写真を通して教えてもらったし、それに何より有名じゃないですか。ネイチャーにも載っていましたよ、大体的にデカデカと」

 

 そう言うと、彼は懐からペラペラの紙のような携帯用端末――ペーパータブレットを取り出した。画面をスライドさせロックを外すと、ささっと軽快に操作。お気に入りからあるサイトを表示させ、こちらに見せるとともにある箇所を指さす。

 

「ほらっ、ここに、ね」

「……確かに。……ふんっ、なるほどな、どうりで」

 

 その見出しを、そして、そこに掲載されている写真を見るや、船橋社長は男の言っていることが理解できた。と言うのも、その見出しには、こう記載されていたからだ。

 

 〝世界初のフルダイヴ型VR、ここに爆誕!!〞

 

 と、目を引くような感じに。そしてその見出しの下には、何人かの社員名と社員の顔触れが載っていたからであった。素性が見えたことで、船橋社長はどこか安心感を抱き、ほっとした気持ちになる。

 

「分かってもらえたみたいですね」

「一応はな」

 

 熱々のコーヒーを一口二口飲み、両手でそっとカップを持つ。

 

「私、実を言うと、こう言った科学雑誌には興味がありましてね。こう言った関連のものとか、チェック済みなんです」

 

 そう言うと、タブレット画面からお気に入りフォルダを表示。そこには、初刊辺りは見当たらなかったものの、シリーズごとにネイチャーが何十巻にも追加されていたのを目にする。そのことにより、船橋社長は思う。この者、相当なマニアなのだと。そして、自分を知ったのも、必然的だったことも納得した。

 

「随分、好きなんですね、ネイチャー」

 

 にこやかな表情を浮かべて

 

「それはもう。……でも、昔から今ほどかなり好きだった訳ではないんですけどね」

「と言うと?」

 

 ちらっと待合室の方へと視線を動かしてから、俯き加減でどこか照れくさい感じで理由を述べる。

 

「神宮寺さんの影響が一番ですかね。それと彼女を通じて知った篠崎さんの影響も含めて。二人が入社してからと言うもの、脳科学分野を中心にありとあらゆる科学が飛躍的に進歩して、大体的に取り上げられるようになって。そして、その頃ですかね、今ほど熱が入り始めたのは」

 

 それを聞いてなるほどなぁと船橋社長は理解した。確かに彼の言っていることには一理あるからである。きっと二人が入社してなかったら、今頃、こんなに世界中から注目されるような多国籍企業にはならなかったと思う。

 だからなのかもしれない。二人には感謝してもしきれない思いがあるのは。だけど、今回の火災事件を踏まえると、本当にすまないと思うし、それのことに胸が締め付けられるような気持ちにもなる。本当、助かって欲しい。ただそれだけを心の中で祈っていた。配慮が足りなかった自分たちの思慮のなさを形にするように、謝罪する。

 

「すまない、このような事になってしまって」

 

 しかし、その男は

 

「いや、いいんです。他の親戚はどう思うと、こればかりは致し方なかったと思うので」

「そうですか……。でも、意外と冷静なんですね」

 

 すると、その彼は船橋社長の言葉を否定するかのように返す。

 

「いえいえとんでもない。正直、私自身も今回の件で動揺してますよ、内心は。ただ、神宮寺さんとは家系的に遠い親戚だと言うこともあるのか、目に見えて動揺するまでには至らないだけです」

 

 (遠い親戚か……)

 

 心の中で呟く。聞いている感じ、何回か面識はあるみたいだが、そこまで親密的な関係じゃないのかもしれない。

 

「そっか……」

 

 と呟くようにぼそりと言った後、

 

「でも、の割には彼女の影響を受けてたことをおっしゃっていましてたけどね」

 

 すると男は、はははっ、と愛想笑いを浮かべて

 

「確かにね。でも、実際に会ったのは、多くて3、4回くらいですけどね。影響を受けたきっかけは、たまたまネイチャーに親戚(神宮寺)がいたからであって」

「それで目を惹かれたと?」

「まぁ、そんなとこですね」

「なるほどねぇ〜」

 

 大体のことを理解した船橋社長は、そこでソファーに踏ん反り返り再びコーヒーを啜った。

 

「……さて、どうなったかな?」

 

 何を気になったのか、そこで男は徐ろに立ち上がった。向いた先が待合室の方であったため

 

「手術ですか?」

 

 向いたまま

 

「ええ、様子が気になったもので」

「そうですか。……なら、私も」

 

 そう言うや否、船橋社長も飲みかけのコーヒーをテーブルに置いて、同じく立ち上がる。彼も言っていたが、確かに手術の成否はかなり気になるもの。船橋社長は男と共に、待合室の方へと角から覗き込む形で様子を伺った。

 すると、廊下の先の待合室前にある集中治療室にて、一人のドクターが立っていたのを目にする。しかも、集中治療室の入口までもが開いたままで。もしかして、手術、終わったんだろうか? そんな感じが見て取れた。一方、親戚のその男も、同じ気持ちだったのかそっちの方へと気になって歩き出した。

 気になっていた船橋社長は、彼について行く中、さっきほどいた待合室の方へと顔を向ける。すると、待合室の中は誰もいない。このことにより、やっぱり手術は終わったんだろう、と察した。ところが、先にドクターの話を聞いていた親戚の男は、そこで態度を豹変。何やら慌てた感じで集中治療室の中へと先に入って行ってしまう。

 何が起きたのだろうか。船橋社長はどこか暗い表情を浮かべ、元気なくうなだれているドクターに話しかける。

 

「すまないがそこの君。手術の方はどうなったのかね?」

 

 すると、しばし間を置いた後、言いずらい心境を持ちながらでも、なんとかして声を絞り出す。

 

「……終り、……ました」

「じゃあ」

 

 どこか期待を込めて言う船橋社長。その心境は、もしかして神宮寺は助かったのか。というものであった。しかし、次なるドクターの言葉が、希望を絶望へと変色させる。

 

「いえ……し、ぱいに終わりました」

 

 それを聞いた瞬間――

 

「えっ!」

 

 となり、周囲の時間が凍りつく感覚を覚える。さっきなんと言ったんだ? なんて言ったんだ。そんな問いが頭の中でグルグルと回る。そしてそれは、まさかの最悪な事態を予想するものへと変わって行った。しかも、それが現実となったかのように、集中治療室内で、親戚たちの泣き叫ぶような声が響き渡った。

 

「幽奈――!!」

「神宮寺さ――ん!!」

「どうして、どうしてなんだよ――!!」

 

 等々……

 

 嗚咽ともいうべきそれらの声達。我に返った船橋社長は、ことの深刻さに、まさか、と言った焦燥感に駆られ、集中治療室へと飛び込むように入って行った。走るのは禁止であるはずの集中治療室。そんなものなんて目もくれず部屋の中を医療器具にぶつかりそうになりながらでも駆け、そしてそこで見たものは、なんと!! 変わり果てた神宮寺幽奈の姿であった。

 水色の手術着を着こなす彼女。一見して、やけどは無事に完治したかに思われた。だが、よくよく見ると、手術着の襟の影に隠れてはいたが、胸の辺りがまっ黒けに焦げ付いており、両腕に関しては、透き通るような人工皮膚で覆われてはいたが、その人工皮膚の下には骨にまで達しようとせんばかりの深いやけどの痕がくっきりと残されていた。他にも挙げればきりがないくらい、やけどの跡が残っており、もはや見るに堪えない状態と化していた。

 神宮寺の遺体から思わず目をそむけてしまう船橋社長。そうしたなか、ふと視線が彼女の手元に行ったとき、ある物が握られているのを目にする。

 

 (これは~)

 

 心の中で呟き、大事そうに握られているある物をそっと手に取ってみる。そしてそのある物というのは、くしゃくしゃに丸め込まれていはいたが、何かの遺言みたいなものであった。所々焦げ付いてはいたが、読めなくはなかったので確認するついでに目を通してみる。遺言はある種のメッセージみたいなものであり、こう書かれてあった。

 

 〝愛する息子・晃へ。あなたの大切な思い出を守るため、私はここに捧げます〞 

 

 と、所々焦げた一枚記念写真と共に。ちなみに、その記念写真には彼女とその息子・晃の2人が仲良く映っていた。どこで撮った写真なのかは見る感じ定かではないが、晃がまだ幼いように見えることから、どうやら最近の物ではなさそう。

 まあ、いずれにせよ、この写真は自分が持つべきではないと考えていた船橋社長は、この写真は親族が持つべきだと判断し、彼らに手渡そうとする。

 

「この写真は、どうやらあなた方が持っていた方が――」

 

 ところがそこで、

 

「あなたのせいだ」

「えっ!?」

 

 いきなりの言われよう。思わずそうキョトンとしてしまう。愕然とする中、その身内は立て続けに捲し立てる。

 

「いや、あなた達のせいだ‼︎ 娘(の幽奈)が亡くなったのは」

 

 そして、処置台越しに怒濤の如く迫ると、いきなり船橋社長の胸ぐらを鷲掴みに。そこで更なる怒声をかまし出す。

 

「あ・な・た・方が‼︎ もっと娘の心に寄り添っていれば、こんな事にはならなかったんだ‼︎ どうしてくれるんだよ! 返せよ、返せよ――‼︎ 娘を――‼︎」

 

 怒声を撒き散らされる上、抑えきれない感情をぶち当てるように、首を激しく揺すりまくる。当然、船橋社長はその間、まともに呼吸ができないわけであり――

 

「く、くるじ~」

 

 と悶え苦しむ。まともに訴えを聞けない状況下、堪らず首を絞めている手を握り逃れようと抵抗。その際、ハラリッと手にしていた遺書を落としてしまい、ひらひらと舞う中、船橋社長の足元に落ちた。

 そうした中、自分と先程まで談話していた男が堪らず、制止しにかかる。

 

「や、やめるんだ‼︎ 神宮寺さん。その男を責めたところで彼女はもう……」

 

 鷲掴みしたまま、

 

「もう、がなんです! こいつが、こいつらがしっかりと娘に寄り添っていればこんなことにはならなかったんだ! 絶対に」

「い、息が……」

 

 もはや限界に近かった。首を絞められ、意識が遠のきそうになる中、その男は更なる説得を試みる。

 

「だからもうやめるんです‼︎ それ以上締め続けてたら、本当に死んじゃう」

 

 幽奈の父は睨んだまま、船橋社長と男を交互に見定めると、船橋社長を一際睨み付けた後、仕方なく解放した。解放された船橋社長は、ようやくまともに息が吸えるようになったことに、ぶっは――! と大きく深呼吸をした。

 踵を返し、父はそばにあった台へと歩み寄ると、思いの丈を吐き出さんばかりに、チクショ――‼︎ チクショ――‼︎ チクショォォォ――‼︎ と二、三度叩きつけた。

 やりせない思いを抱きながら、乱れた襟元を正す中、説得させた男は話す。

 

「すみません船橋さん。こんな目に合わせてしまって」

「いや、いいんだ。私にはそのくらい仕打ちされても仕方ない立場なんだから」

 

 そう言いながら、足元に落ちた遺書を拾い上げる。

 

「しかし、だからと言って……」

 

 だが、船橋社長は、それ以上、かける言葉はいらないとばかりに首を振り手で制した。この事により、男は続きを言いかけた言葉を噤んでしまう。けれど、最低限、これだけは言わなくてはと思ったのだろう。ちらっと視線を身内の男に向けた後、

 

「なら、悪い印象を受けないようこれだけは言っておきますね。神宮寺さん、普段はあんな風に怒らないんです。それが今回、あんだけキレたのには訳があって……」

 

 本人には聞こえないよう、敢えて処置台を回り込み、船橋社長の元へと。彼の耳元にて、重要案件だと言わんばかりに小言で告げる。

 

「実は今回ので、孫の晃くんだけでなく、二人の娘を亡くしているんですよね」

 

 この事により、疑問を抱いたのか

 

「二人? それは初耳ですね。姉か妹か、がいるのですか?」

 

 すると彼は

 

「姉が一人。名前は……確か……」

 

 しかしそこで、二人の会話が聞こえていたのだろう。

 

「その話はよせ! 九条さん。もう過ぎたことなんだから」

 

 と叱られてしまう。その事により仕方なく口を噤む九条、船橋社長はそれ以上は詮索しなかった。代わりに手にしていた遺書を彼に見せる。

 

「ところで、この紙なんですが……」

 

 差し出せれた遺書。九条は黙って受け取ると、裏表を確認した後、所々焦げ付いた写真をマジマジと見た。

 

「ふ〜ん、これは本来、神宮寺さんが受け取る物ですね」

 

 そう言った後、神宮寺さんの方を見てその様子を察した後

 

「しかし、今はそれどころでないみたいです。なので、船橋さん、しばらくの間ですが、熱りが冷めるまで預かって貰っていいですか?」

「私なんかが?」

 

 視線を神宮寺さんに向け、暫く思い悩んだ後、意を決して答える。

 

「分かりました。ですが、本当にいいんですか? あなたが預かっていた方が」

 

 しかし九条は、

 

「いえ。さっきも話したと思いますが、私は神宮寺さんとは遠い親戚の立場。それなりの関係でない私よりも、亡き彼女と共に勤めていてそれなりの関係を築いていそうなあなたが持つべきだと思います」

 

 遺書を返され

 

「そうか……」

 

 それだけ答える。

 遺書を懐にしまい、再び彼女の遺体に目を通す。改まって、両手を合わせお参り。どうか安らかに、そう念じた。そして、これ以上この場所にいても、遺された遺族の方々を不快にさせるだけかもしれないと思った船橋社長は、そこで九条に声をかけようとした。――とその時、ポケットにしまっていたスマホのバイブレーションが鳴るのを感じる。

 誰からだろう。そう思いポケットに手を入れつつ、片手を上げ九条に一言言う。

 

「ちょっと失礼」

 

 黙って頷く九条。船橋社長は申し訳ない程度にいそいそと集中治療室から退室。待合室入口のそばまで来たところで、画面をまともにみずして慌てて着信に出る。

 

「船橋だ」

 

 すると相手は、凄く慌てたような。それも、まるで切羽詰まったような感じの声音で言ってくる。

 

「柳原です。社長、大変です!! COMが、COMが」

「COMがどうしたって?」

 

 問い返す船橋社長に、柳原は具体的なことを述べず返す。

 

「とにかくニュースを見てください。自分が言うより断然分かりますから」

 

 上から目線の彼らしくない態度に、船橋社長は、えっ、となり顔をしかめる。訊いた感じ、ただ事ではない何かを訴えているような節があったので、電話を切らさないまま仕方なく談話スペースへと向かう。ペーパーTVがあるので、歩み寄って電源をON。製造会社のロゴマークが何秒間表示された後、ニュース番組が映り、そこで船橋社長は予期せぬ事態を目の当たりに。先ほどの、えっ、とは比較にならないくらいに顔をしかめ、今流れているニュースを理解することができなかった。というのも、そのニュースにはなんと――

 

 〝モンスターハンターアルカディア・オンラインのゲームマスターを担うAI、COMが暴走!? 何千万人ものプレイヤーを人質に取る前代未聞の事件が発生!〞

 

 と、喋るニュースキャスターの下に大体的に誇張するかのように表示されていたからであった。まったくと言っていいほどに理解できない事態に、船橋社長は思考が働かない。ゆえに、唖然としたままスマホを落としてその場で突っ立ったまま固まってしまう。そうしたなか、無情にもスマホからは幾度となく柳原の社長を呼ぶ声が何度も聞こえてきた。

 

 

 

 

 時は遡って現在――

 

 夜空を見上げながら、船橋社長は言う。

 

「――と、そんなことがあったんだな。あとはてんやわんやで色々あって、今に至る感じだな」

「なるほどですね」

「ま、今はICPOに捜査・協力を任せている感じで、少しは落ち着いているがな」

「でも、正直なところ、信じられなかったですよね? まさか完全無欠なはずのΩセキュリティーに守られているCOMが暴走するなんて」

「全くだよ。起きた時は思考が働かないくらい唖然としたさ」

 

 そう言った後、船橋社長は手にしたIQOSを口にくわえた。ほんと、あの時は、な……。ぼんやりと眺める夜景。吐き出された白煙は綺麗な輪となって宙を静かに漂う。

 

 

 

 

 

 

 

 

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