揺れるランタンを引っさげて、未だに夜の街を探し回っていた。時を同じくして、ケインも既に探し回っている頃合いだろう。なんとなくだが、想像していた。
けれど、未だに彼から連絡がないことから、きっとまだ見つかっていないに違いなかった。しかし、今はそんな事をあまり思う余裕はない。と言うのも、いくら街中を隅々探し回っても、彼女――サユリが見つからないからだ。次第に、まさかなぁ、と嫌な予感が湧き出て、心中、焦り始めていたのである。
そうした中、時間経過と共に湧き出てくる焦燥感に駆られ、俺はいつの間にか、街外れにある桟橋まで来てしまった。
月明かりに照らされ、ある意味、幻想的な光景を醸し出す桟橋。対岸にはポツポツと仄かに灯りがついた村が見えていた。
近くには立札が立てられており、歩み寄った俺は、対岸の村がココット村だと認識する。
(まさかな……)
否が応でも、流石にサユリがこのミナガルデを出て行っちゃったんじゃないかと思ってしまう。それもそのはずで、桟橋前まで来た俺の眼前には、〝ココット村方面へ″と表示されており、通行可能を示すアイコンまでもが表示されていたからである。
そう言うこともあって、ますます不安になる。しかし、ソロでのクエスト経験が未熟な彼女のこと。不安になる反面、きっとまだいるはず、と言った何処希望的観測があった。
桟橋を渡り橋の中頃に来た俺は、小川を背に、手摺りに背中を預ける。雲がかった満月を茫然と見つめながら、腕を組み、その心中を吐露する。
「はぁ〜。……ったく、どこへ行ってしまったんだ、サユリは……」
どうしようもない心配だけが、無常にも募っていく。白い吐息を吐いた後、向き直って真夜中だけあって暗い小川を見る。暗い水面に月光を靡かせて、その小川は深淵の闇へと流れていた。
暫くして……
諦め地味た思いが募ってくる中、俺は、再度、溜息を漏らし目線を来た道へと向けようとした。――と、その時、桟橋下から物音が聞こえた。物音はどうも小石を踏ん付けたような感じの音であった。
「ん? 誰だろう?」
普段、目にすることはない桟橋下。もしかして、サユリがいるのだろうか? などと期待を滲ませて桟橋下へと続く階段へと向かった。
階段を降りた先、桟橋下は一種のアーチ状の下水路みたいになっていた。当然、中は真っ暗で誰がいるのか分からない感じであった。恐る恐る近づく中、中からなんと一匹の見覚えのあるアイルーが出てきた。
「……み、ミルク⁉︎ なんでここに?」
首を傾げる。対してミルクの方も、こちらに気付く。視線と視線が合い
「あっ、ユウト!」
そして、一拍置いて思い出したらしく、語気を強めこちらに向かって歩いてくる。
「あっ、そうだにゃ! 一体、どこへ行ってたにゃ? ほんと、捨てられたかと思って心配したにゃ!!」
「え!? もしかして、探してたのか?」
驚きを隠せない俺。ミルクは当然と言わんばかりに応える。
「そうだにゃ!」
指摘されやむなく詫びれる。
「そ、それは悪かった。で、でもさぁ。寝室のテーブルの上に、きちんと書き置きしたはずだぜ。サユリが寝室からいなくなったから、彼女をちょっと探しに行ってくると」
しかし、ミルクはその自身の心配から言い訳無用と言わんばかりに詰め寄る。
「そんなの知らないにゃ。それに、ただ謝ればいいと思ったら大間違いにゃ!」
そして、俺の足元にやってくると、ありったけの思いをぶつけんばかりに、
「この、バカバカバカバカバカ……!!」
ポカポカポカポカポカ……
と脛を叩き始めてしまう。思うに、俺の想像だが、きっとミルクは寝室が暗かったこともあり、円卓上に置いた書き置きのことは気付いていなかったのかもしれない。もし、そうだとしたら、知らないのも無理もないか……。
サユリを探す中でこんな目に遭うとは。
はぁ~。
自然とため息が漏れ、彼女の応対、どうしたらいいものか戸惑ってしまう。――とそこで、ふいに目線を下水路の中へと向けた俺は、そこでもう一人、動く影を目にする。
「……誰かいるのか?」
問いかける。すると、人影は立ち上がり、こちらに向かって歩いてくる。月明かりに照らされ、人影の正体がサユリだと知る。
「サユリ!? どうしてこんなところに? ……一体何があったんだ、急にいなくなって。ほんと、探したん――」
言い切る前に、サユリの表情が険しくなっていることに気付いた俺は、そこで思わず口を閉ざす。そして、次に発した言葉が――
「……サユリ……」
表情が険しいサユリのこと。俺はその場にしゃがみこみ、未だにポカポカポカと叩き続けるミルクに、頼み込むように語りかける。
「なあミルク。悪いけど、ここはサユリと二人っきりになりたいから、先にログハウスに戻ってくれないかな?」
しかし、訊く耳を持てなかったミルクは、無我夢中と言った感じでやめようとはしなかった。仕方なしに俺は、一呼吸を入れ、彼女の両肩に両手をそっと添え優しく語りかける。
「突然いなくなって本当に悪かったよ。この通りだ」
懇願するかのように手を添える。一方、その真剣な態度に惹かれたのか、流石の彼女も冷静さを取り戻す。
「本当に悪かったと思っているのかにゃ?」
「ああ、ほんとだ。だからさ……この通り」
今度はミルクが、渋々と言った感じでため息を漏らす番だった。
「そこまで言うなら」
「だったら」
「ただしだにゃ!」
そこで釘をさすかのように告げる。
「本当に心配したんだからにゃ。ただでさえ、未だにDIONとのトラウマを引きずっているからに――」
「分かった分かった。今後はニ度と離れないように。見捨てるような真似はしないようにするからさ」
「それ、ほんとかにゃ……」
そこで俺の心中を疑わんばかりにジト目になるミルク。しかし、俺が
「ほんとだってば! 本当にほんとう……」
と立て続けに捲し立てたことにより、これ以上、詮索しても無意味と悟ったのだろう。ミルクはやれやれと言って、今度こそ俺の要望に訊く耳を持った。
「で、何の話だにゃ?」
「あ、ああ。そうだな」
ニ三回咳払いをし、気を取り直して先ほど言ったことを復唱するかのように告げる。
「ここは先に、ログハウスに戻ってくれないかなと。ちょっとサユリと2人っきりになりたいから」
すると、ミルクは後方にいるサユリと俺とで、交互に目配せした後、状況を悟ったのだろう。両目をそっと閉じ
「わかったにゃ。……じゃ、それなら先に返るにゃ」
そう言うや否や、ミルクはその場を去って行った。俺は去りゆくミルクを見ずして
「ありがとな」
とだけ言った。
「……さて……」
今度こそサユリと、と言った感じで向き合う。ゆったりとした歩みで彼女の元へと向かう。――がそこで、突然――
「こないで!!」
ビクッ!
ふいに語気を強めて、彼女らしからない態度で拒まれたことに驚く。
「サユリ……」
「……その様子だと、どうやら読んだみたいだね」
「ああ、察しの通り読んださ」
「だったら分かるでしょ! ……私が……なぜいなくなったのか?」
「正直、全部把握したわけではないさ。……ただ、その反面、ほっとけるような感じでもなかったから」
「ほっとけるような感じではなかった? どうして?」
どこか必死に問いかけるサユリ。俺は思いやりのある言葉一言で言い表す。
「……俺たち、仲間、だろう? だからさ」
しかし、
「仲間? だったら、なんで手紙の通りに私をほっとかなかったのさ! こっちは旗めいわ――」
そこで言い切る前に、俺は語気を強めて自分の本心を打ち明ける。
「ほっとけるわけないじゃないかー!!」
ビクッ!!
今度はサユリが驚く番だった。思うにサユリ自身も、俺がこんな風に言うとは思ってもいなかったのだろう。彼女は眼を丸くしていた。
すっかり固まってしまう彼女に、続けてトーンを一段と落として言う。
「ほっとける訳ないだろう、あんな手紙見せられて。それに、これは俺の勝手な憶測でしかないけど、……サユリ、お前、何か抱えたものを隠しているだろ? それも人に言えないような」
「う、うう……」
それを言われ、一瞬だけ狼狽動揺をしてしまう様を見せる彼女。しかし、俺を、……いや、俺たちを心配させまいか、表情を引きつらせて必死になって誤魔化す。
「そ、そんな訳ないよ。……ただ、一人になりたかっただけで。……そ、そう一人に。ほら、たまに夜風に当たりたい時あるじゃん。それ――」
「それ、嘘だな」
「え?」
皆まで言わせず、突然俺からの指摘に固まってしまう。そんな彼女をよそに、今度は理論的に俺が話す。
「口では誤魔化せても、表情見れば大体察しがつくさ。だってお前、とてもただ単に夜風に当りに来ただけって顔、してないもん」
核心を突かれさらに狼狽てしまうサユリ。
「そ、そんなはずが……」
とか言って自然と後退りしてしまう。表情を痙攣らせる彼女をよそに一歩前へ出た俺は、さらに指摘する。
「まぁ、嘘だと思うならそう思えばいいさ。ただ、これだけは言わせてもらうよ。……心配している、とな」
最後は気遣うつもりで一言添えたつもりだった。しかし、サユリに対しては逆効果だったらしい。
「別に、心配されなくても……」
彼女の言葉が小言のように聴こえてきた。それ故か、あまり聴き取れなかった俺は、耳を立て尋ねる。
「え? 何か言ったか?」
するとサユリは、語気を強めて答える。それも感情をぶつけるかのように。
「だ・か・ら! 別に心配しなくてもいいって、言ったのぉ‼︎」
「っ! んなこと言ったって、お前は俺の――」
反論し切る前に、
「だから。……それ以上、私に、構わないで‼︎」
言った後、踵を返すや、サユリはその場から、突然、下水路の方へと逃げ出す。一方、俺は彼女の唐突な行動に慌てふためき、呼び止める。
「お、おい! ま、待てよー」
しかし、サユリは制止を聞かずと言ったところ。脇目を振り向かず全力で逃げ出す彼女に、俺は
「ったくもぉ」
と文句を吐き出し、仕方なしに追いかける。
そして……
タンッ、タンッ、タンッ、タンッ、……
下水路内、足音を響き渡らせて、俺は逃げるサユリを追いかける。下水路内は暗闇に包まれて足元が覚束ない感じではあったが、遠くに月明かりに照らされた出口が見えていたことから、迷うほどでもなかった。
「待てよ! 待てってば‼︎ おい、待てって‼︎」
下水路から出た先、ようやく伸ばした手がサユリを捕まえる。が――
「離して、離してってば。いや! 離して‼︎」
思いっきり振り払われてしまう。こちらに背を向けながら、立ち止まって胸の内を語りだす。
「ほんと、ほっといてよユウト! 私は大丈夫だからさ」
「んなことないだろ! 俺から逃げ出している地点で」
嘘がバレバレなこと。一目瞭然だった。何も言わないサユリに、続けて語りかける。
「それに俺だけじゃないぞ。ケインだって、お前のこと気にかけて――」
「うるさい‼︎」
っ!
「どいつもこいつも、私のことを気にかけてからに。鬱陶しいよ、ほんとに……」
「ほんとに……なんだ? 言ってみなよ。いや、吐き出してみなよ、心の内をよ!」
すると何を躊躇うのか。拳を強く握り彼女は押し黙る。一方、そんなサユリに溜息を付き肩を落とした俺は、歩み寄り小さく囁く。
「なぁ、無理するなって。……俺たち、仲間だろう?」
すると――
「うるさい!」
叫ぶや否や、振り向き様に何か刃物のような凶器を振り回す。思わず、うわっ! と驚き後退り、頬に擦り傷。紙一重で交わす。
「うるさい! うるさい! うるさーい‼︎ それ以上、私に優しくしないでってば‼︎ 」
荒ぶる感情を吐き出さんばかりに叫びきった彼女。呼気を荒げて肩呼吸しながら、こちらを睨む。しかし、その目には、涙が滲み出ていた。
肩呼吸しながら、続けてなんとか言葉を絞り出す。
「……はぁ、……はぁ、……はぁ、それ以上、優しくされると、……はぁ、……はぁ、もう、堪えられないの、現実に。……だから……」
「現実ってなんだよ! 分かんないよ。詳しく教えてくれよ!」
しかし、彼女は俺の問いを頑なに拒む。一旦、呼吸を整えて。
「言えるわけないじゃない‼︎ 言える訳……」
視線を泳がせて、半ば俯いてしまう。サユリの心境がよく分からなかった俺は、ランプを地面に置く。
「それ、言っていることが矛盾しているよ。それに――」
「いいじゃない‼︎ 私がそうしたいんだからさ」
「よくないよ! こっちはこっちで心配なんだぜ。だからさ――」
「来ないで‼︎ 」
っ!
歩み寄ろうとする俺に対し、サユリは刃をこちらに向け威嚇。その表情からは、本気で刺そうと言う殺意で満ちていた。しかし、そのナイフを握った手元を見ると、小刻みに震えているのが垣間見れていた。
それ故に、彼女のことを思い覚悟を決めた俺は、やや躊躇いながらでも手を伸ばしつつ歩を進める。
「来ないで! 来ないでよ! ……いや、来ないで……」
「……サユリ……」
しまいには俺の覚悟を知り、動揺して後ずさってしまう。拒み続けるサユリをよそにそれでも歩を進める中、ふと彼女の後方に目線を向けた俺は、そこで段差があることに気付く。
「あ! 危ない‼︎」
「えっ⁉︎」
突然の警告に驚くサユリ。時既に遅く。一歩下がったことにより
ズルッ!
段差に足を掬われてしまう。あっ、と声にもならない声を漏らしバランスを崩してしまい、対する俺は後方に倒れ込みそうなサユリの手を間一髪で掴む。が、俺もまた支えきれず――
「うわ!」
彼女につられて段差を転げ回る羽目に。
ドコドコドコドコ……。
ドンッ! ……グサッ!
くっ!
サユリを庇いながら何段も転げ回った先、地面に叩き付けられると同時に、自分の胸をナイフが突き刺した。自然と苦痛の表情を浮かべつつ、彼女の安否を気遣う。
「……だ、大丈夫か? ……サユリ?」
問い掛ける俺に、サユリは静かに目を開け――
「う、うう……。わ、私は、確か……。っ! いやー‼︎ ユ、ユウトー‼︎」
「そ、その様子だと無事、……みたいだな。……よ、よかった……」
堪え難い眠気が急に襲われて、否応なく俺の意識は、深淵の闇の中へと消えていった。
冷た!
なんだ、一体?
冷感を感じたのを境に、徐々に意識が戻りつつあった俺は、薄らと目を開けてみる。ぼやけた視界が鮮明になっていく中、目の前にはサユリの顔が。それも涙を零し、泣き弱っていた顔が目に入る。
「……サユリ……」
優しく囁く俺に、彼女は鼻をすすりながら疑問を投げかける。
「どうして? ……グスンッ、……どうしてなの? なんでそこまでして……」
切ない表情を浮かべるサユリに、軽く息を吐く。
「どうしても何も、ほっとけなかったからさ。最初に異変に気付いた時から、心の片隅でずっと、な」
「……異変、って……?」
首を傾げる彼女に、具体的に指摘する。
「ふらつきさ。2回もあったじゃん。一昨日の夜の時と気球に乗ってミナガルデに戻ろうとした時と」
「……」
この事により心当たりあるのか、サユリは俺から視線を外し口を噤む。俺はそんな彼女に、続けて自分の思いを告げる。
「それにこの
核心を突かれたのか、サユリは僅かばかり表情を痙攣らせ動揺を見せる。本人は必死に隠していたみたいであったが、俺には丸見えであった。
「……そこまで分かっているなら……」
「ほっといて欲しい? 一人で抱える程辛いことはないと思うぜ」
「……でも……」
何かを躊躇う様子。俺は促すよう囁く。
「もう、いいんじゃないか。だって俺達、仲間だろ? 仲間なら辛いこと、一つや二つ、打ち明けてもいいはずだぜ」
「……うん……」
問い掛ける俺に、頷いたサユリは、両眼を瞑り、暫し黙した後、
「……じゃあ、約束してくれる? 何があっても受け止めてくれるって」
「勿論! 言ったことは最後まで責任持つつもりだ。だから話してごらん、俺達に、な」
「……うん。……わかった……」
想いを訊いてどこか安心したのか、コクリとそう小さく頷いた。
(全てを受け止めて見せるさ)
豪快に言い切った俺は、彼女の頭を、ポンポン、と優しく叩く。サユリは涙数滴、頬に伝わらせた後、意を決して自らに置かれた現状を告白する。
「……怖かった。……このことを話すのが、とても怖かった」
ただただ黙って訊いて頷く俺。受け止める姿勢に、サユリの口からポツポツと積年の想いが溢れ始める。
「私ね、……本当は元々一人ぼっちだったの。……でも、勘違いしないでね。これでも、親友と呼べる友達は一人だけいたの。そう、一人だけ……。でも、それは前の話。自分に置かれている状況を勇気出して話したのを境に、その親友はいなくなっちゃったんだ」
「なんでだ?」
素朴な疑問であった。彼女は疑問に応えるかのように、胸の内を語り続ける。
「病気。私の患っている病気のことを話したんだ」
(病気? もしかして)
勘付くのと彼女が話すのが、ほぼ同時だった。
「ALS、って知ってる?」
「ALS? ……んー、どこかで聞いたような……」
記憶の糸を手繰り寄せてみる。確かに何処で聴いたような病名なのは間違いないのだ。ただ、病名だけでなく、それ以前に医学にはやや疎かった俺は、朧げながら答える。
「確か……、難病……」
「筋委縮性側索硬化症……」
「え?」
「難病に指定された膠原病の一種。私が患っている病気の名前だよ」
そう述べると、サユリは人差し指でさっと動かし空を切った。膝枕されながら見つめるその先、ウィンドウ画面が表示されるや、自身のモニタリング画面へと切り替わる。目線を動かしていく中、色々な項目がこと細かに記載されているのが見れた。
そうしたなか、一箇所だけ、気になる項目――本名と実年齢が書かれた項目に目が止まる。
「……佐々木……由里?」
ポツリと、何気なくつぶやく。実年齢は10歳と確認した俺は、初めてサユリが年端もいかない少女だと言うことを。自分よりも年下であることを知った。
「ここを、見て……」
そう言われ、彼女が示した個所を見た。色々と視線を動かし確認する中で、あることに気付く。
「これは……」
「そう、体調を示すバイタルモニター。そして、グラフの横に示すS Ⅳは、最終段階のステージ4。つまり――」
「末期……」
「うん……。それも心臓まできてしまっている段階」
「そ、そんな……」
(心臓までって……)
訊いて青ざめていく。嫌な予感が脳裏を過ぎる中、サユリはそれに拍車を掛けるように症状を伝えてくる。
「病気自体、全身の筋肉が次第に動かなくなってくるからね」
「つ、つまり、心臓まで来ていると言うことは……」
「えへへ、……あと、もって最大2ヶ月くらい、かな」
「えへへって、……それ、笑い事じゃないよ!」
「え⁉︎」
意外な言葉をかけられ、意表を突かれたサユリは思わずキョトン。そんな彼女をよそに起き上がり、サユリと真正面と向き合った俺は、必死に心の中へと問い掛けるように、勢いよく彼女の肩をさする。
「なんで? なんでもっと早く言わなかったんだ‼︎ そんな重大なことを! こっちはこっちで、それなりに心配したんだぞ‼︎」
身を案じるあまりか、しまいにはあらん限りの感情をぶつけてしまう。さすがのサユリも、この怒涛の勢いの前に狼狽。気持ち的に縮こまってしまう。
しかし、なんとか勇気を絞り出してーー
「うっ、うう……。だって、だって! 今までこのこと、怖くて言えなかったんだもん‼︎ うう……ぐすんっ」
しまいには半泣きになってしまう。我に帰った俺は、ついカー、となってしまったことを後悔すると共に、彼女が今までいい出せなかった心情を察する。
「……すまなかった。そ、そうだよな。言え出せなかった事情あるって言っていたもんな」
反省の思いを伝えた。一方、どれほど心配していたかを思い知ったサユリは、涙汲んだ目を擦る。
「うんうん、こちらこそごめん。……そうだよね。病気の事、半ば諦めていたからつい人ごとのように苦笑しちゃったけど、ユウトにしたら、心配するのは当然だよね」
「まぁ、ついでに言うと、何回かふらついていた時あったから、何かあるんだなあ、とは感じてたけどね。でも、心配はしてたのは間違いないな。……話してくれないか? 何があったのかを」
結果的に詮索みたいになってしまったが、仲間として悩みを聴いてやると公言してしまった以上、する必要はあった。サユリはその場で立ち上がると、階段へと向かう。階段を登っていくサユリについて行く俺は、彼女の口から真相を聴かされる。
「……私ね、先程、前に親友がいたって言ったじゃん」
思い耽るサユリに、ああ、と一言。続けて
「でも、その当時は、今みたいに酷くはなかったんだ。今みたいに、ね」
階段を上りきった彼女は、そのままゆったりとした足取りで桟橋へと向かう。向かう中、話は続く。
「だから、その唯一無二の親友とも何気ない交流もできたんだ。元々、内気気味な性格だから、いてくれるだけで嬉しかった。けど……」
そこで俯きかげんで暗い表情になると、桟橋前で立ち止まった。そして、一拍置いた後、その重い口からは、辛い出来事が赤裸々に語られる。
「楽しかった時間は、あの時を境に終わっちゃった……」
「あの時?」
問い掛ける俺に、月夜を見上げて
「うん。あの時……、主治医から病状を聞かされた時から。……ユウト、なんて言われたと思う?」
考えてみたが思いつかない。きっと、悪い知らせだとは思うが。熟考する前、ほぼ間髪入れず、サユリはその答えを告白する。
「時期に立って歩けなくなるって。思った以上に、進行が早くて。……だってさ」
まさに余命宣告告げられようなもの。振り向く彼女の表情は悲しみで満ちていた。何も答えない。……いや、何を答えてやればいいのか分からず、俺はただ黙りつつ心の中で頷いた。
「……でも、なんとなくだけど分かっていたんだ。自分の病気が治りそうでないことくらい。……だけど、いざ、面と向かって宣告されると、辛いものがあったなぁ。それに……」
やや一呼吸置いて
「それ以上に辛かったのが、その親友にこのことを話すことだったんだ。こんな自分を、
「それで?」
「答えはYES。病気のこと、ちゃんと受け入れてくれた」
「よかったじゃん。……こっちなんか、てっきり良くない返事が返ってくるものかと……」
しかし、安心したのも束の間、彼女の口から意外な言葉が掛けられる。
「うんうん、そうじゃないの。問題はその後で……」
「その後?」
ややしかめた表情をしながら、疑問を投げかける。対してサユリは、涼しい顔をしながら反芻。その様は、まさに物思いに耽るかのようだった。
「そう、その後」
向き直り、再び歩き出す。桟橋の中ほどまで歩いていき、手摺に二の腕を添えると常闇を眺める。ちょうど月明かりがサユリを優しく照らす中、
「ある日ね、朝礼で担任の先生から自分が患っている病気について話があったんだ。ほんとは親友と自分だけの秘密にしたかったけど、多分、両親の配慮からその話が伝わったと思うんだ。勿論、分かりやすく説明してくれたこともあって、病気に対する理解がみんなに浸透するのが早かった」
どこで問題になり始めたのだろうか。少しだけ疑問に思いつつ、ここまでの話を聞く中、いい流れのように解釈できた。
「それで、その頃からかな。クラスのみんなが私を気遣い始めたのは。こんなに優しくされたのは、生まれて初めてだったよ。でも……」
そこで表情が暗くなり
「そんな毎日を繰り返していくうちに、次第に親友との距離が離れ始めっていった。唯一心を開ける親友だったからこそ、距離感が広まっていたことを感じ始めた私は、なんとか修正を試みた。最初はうまくいくかのように見えていたけど。でも……」
「ダメだったのか?」
しばし間を置いた後、一言。
「……うん……」
月光に照らされ、水面に映っているサユリ。まるで鏡の中の自分に話しかけるようにして、続きを語る。
「でも、それでも、溝を埋めようと必死だった。もうダメだと分かっていてもね。……で、その中で、私、その親友に置かれた立場について、分かっちゃったんだ」
「と言うと?」
「彼女、……私と同じ一人ぼっち。友達と呼べる親友が、自分しかいなかったみたいなんだ。病気が故に周りからちやほやされるようになっていく私。一方、周りから影が薄い存在として見られていた彼女。……もう、彼女の中には、私に対する妬みしかなかった。でも、ちやほやされていても、私が唯一親友と呼べるのは彼女だけだったから、屋上に呼び出された際、自分の思いをありたっけぶつけたよ。それも誤解がないようにね。だけど……」
そこで、上を向いて深いため息をもらすと、
「なんて言われたと思う? ……サユリちゃんばかり周りからちやほやされやがって。……デクの棒みたいになっていくあんたなんか、早く死んでしまえ‼︎ 大っ嫌いだー‼︎ だってさ。そんで……、それでね。その翌日、その子は屋上から飛び降り自殺していたのを発見されたんだ。……へへへ、参っちゃうよね。面と向かってそう言われた挙句、自殺されちゃうなんて」
こちらを向いて今にも泣きそうなのを堪え、それを隠すように無理に愛想笑いを浮かべる。俺はもう、そんな苦痛に堪える彼女の姿を見ているのが辛かった。ゆったりとした足取りでサユリに近付いた俺は、彼女を優しく包容。頭を優しく撫で
「ユウト?」
と疑問を浮かべキョトンとするサユリに、囁くようにして語りかける。
「よしよし。……ありがとな、話してくれて。とても辛かったろうに」
その瞬間、堰を切ったかのように、サユリの両眼から幾度となく涙が溢れ始めた。その様は、辛かった積年の思いが弾けたかの様なもの。泣きながら、なんとか声に出す。
「う、ううう……、ユウト……」
「もう、いいんだ。いいんだよ、我慢しなくて」
「……ぐすんっ、私ね、怖かった。……とても怖かったんだ、病気のことを話すのが。……話したら、もう一緒に、クエスト、行けなくなるんじゃないかって」
「はぁ〜、バカだな。んなことないって。体調にもよるけど、2度と行けなくなるわけないじゃん」
「それにね。……それに、……ぐすんっ、それ以上に、その話しをすると言うことは、友人から浴びせられた言葉。そして、死なせてしまった過去を思い出すことになるから、それが嫌で病気のこと……」
「ああ、分かるよ。分かる、言いたいことが」
もはや手に取るように伝わってくる。同情してしまうくらいに。それもあってか、俺自身も目が涙で霞んでならないのだ。自分の胸に顔を埋めて、サユリは話を続ける。まさにあらん限りの積年の思いを吐き出さんばかりに。
「そんで、……それでね。親友が自殺した翌日、そのショックから体調を崩したんだ。病気が悪化した疑いがあるって言われて、そのまま入院に。そんで、……それでね。入院中も段々動けない体になっていくもんだから、毎夜毎夜、悪夢にうなされていくようになって、気が付いたら現実逃避するかのようにVRに入り浸りしていた。そしてそこで、ふと思ったんだ。この
「現実は甘くはなかった」
「……うん……」
そして、俯いたまま体を離したかと思うと、すっかり希望が失せてしまったかのような感じで、元気がない薄ら笑いをしてみせた。
「それに、もう、ダメかもしれない。……ユウト、見たでしょ? (私が)倒れたの、2回も。……もうね。……もう、堪えられないの、私」
そう言い残すと、溢れる悔しくて怖くて悲しいようなごちゃ混ぜな感情を抑えることなく、再び嗚咽を伴い泣き出してしまう。全てではなかったが、彼女の想いを受け止めた俺は、サユリの背中に手を回し優しく抱きしめる。
「確かに、俺たちにはサユリに置かれた状況をどうにかすることはできない。トラウマも含めてな」
「はぁ〜。やっぱり、そうだよね」
そう言われるや否や、案の定、そう言われるのが分かっていたかのように、そこは素直に納得したようであった。しかし、間を置かずして、俺は付け加える。
「けどな、サユリ。そんな無力な俺たちでも唯一できることがある。なんだと思う?」
「唯一、できること?」
思い当たる節がないのか、目元を赤くしながらキョトンと首を傾げる。そんな彼女に、俺は希望の光を照らさんばかりに敢えて一言、優しく添える。
「そう、できること。 ……それは、一緒にいてあげられること。それも、最後の時まで、な」
「っ!」
その瞬間、思いが直に心に響いたのか
「う、うう……。ありがとう、ユウト」
先程とは打って違い、嬉し涙を流して感謝した。そんなサユリに、俺は抱き寄せて繰り返し語りかける。
「もう、一人じゃないんだ。一人じゃ……」
頭を撫で、繰り返し繰り返し宥め続ける。それはもう、サユリの気が済むまでずっと……。
そして、暫しの時が流れて――
サユリが落ち着きを取り戻しつつあった頃、抱き合い感傷に浸っていた俺とサユリの前に、何処からともなく風に乗って聞き覚えのある声が聴こえてきた。
「お! いたいた。こんなところにいたのか。探したぜ、ほんとに」
その声に先に気付いたのか、サユリが声のした方を見て反応する。
「あ⁉︎ ケインさん」
俺もまた、彼女の視線を辿るようにして後方を見やる。が、向き直り念のために気遣う。
「もう、いいのか?」
しかし、すっかり元気を取り戻していたサユリの返答は、僅かばかり照れ臭い表情を見せながらも、すで決まっていた。
「うん。……ありがとうね、ユウト」
「言っておくが、さっきも言っだけど、お前はもう一人じゃないんだ。だから、辛いことがあったら遠慮なく頼っていいんだぜ。だって俺たち、
「……うん、そうだね。フレンド、フレンド」
こうして、何事も気兼ねなく話せるようになったサユリは、本当の意味で狩友になれたと思う。少なくとも俺はそう感じた。ちなみに、後から来たケインには、俺からの
ケインは、最初、病気のことについて、半信半疑であったけれど、サユリから見せられたバイタルモニターを見せられ、かなり青ざめた様子だった。
けれど、話を聴くうちに、次第に親身に聴くようになり、彼女の想いを受け止めたみたいであった。
とまぁ、こんな感じで、俺たちは今度こそ分かり合える仲となった。
ほんと、このまま楽しい時間が続けばいいのに。マジでそう思えたくらいにな。
でも……
サユリが患っていた病は、そんな楽しい時間を今にも奪おうとしているかのように、死の音を奏、着実に迫りつつあった。