モンスターハンターアルカディア   作:ぷにぷに狸

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5章:託された想い・7話

 

 グチャ、グチャ、グチャ、グチャ、……。

 

 泥で塗ったくられたような獣道を、汚い音を奏でて歩いていく。踏み締める度に飛び散る泥が、新調したばかりのグリーヴを汚くしていき、今ではもう、見るに堪えない泥靴と化していた。

 今はまだ、真冬真っ只中の12月半ば。

 寒冷期だけに肌寒い霧が湿地全体を覆い尽くし、辺り一面、雪が降り積もっていた。ゆえに洞窟ならまだしも、外にいるだけでホットドリンクが欠かせないくらいかなり寒かった。

 

「にしても、さめぇ~な、おい!」

 

 身震いしながらケインが弱音を吐く。当然、堪らずといった感じで、ホットドリンク2杯目。グビッと飲み干した。

 

「あまり使いすぎるなよ。数限りあるんだからさ」

「分っている、分かっているよ。そんなこと言われるまでもなく」

「だったら……」

「仕方ねぇだろう。ネコ飯で発動した食事スキルが、ロクでもないスキルだったばかりに」

 

 それを訊いて思い出した俺は、ケインの不運さを認めて、あ~、と一言漏らした後、ため息をする。

 

「確かにな……。あれはなぁ……」

 

 そう、アレである。

 

 ネコ飯……。

 

 ログハウス常駐のキチンアイルーが、これからクエストに出かけるプレイヤー(ハンター)に向けて腕により卯をかけて振る舞う料理のこと。手持ちの素材を組み合わせることによりできあがるであろう一品料理を選択。出される料理の旨さは千差万別であるものの、その食事から得られるスキル効果を目当てに活用することが多い。

 食材の組み合わせでできあがる一品料理から得られるスキル効果について、ある程度知っていた俺は、きちんと考えていたが故、寒冷期特有の肌寒さ対策は十分であった。

 けれど、その一方で、ケインはというと、スキル効果どうこういう以前に一品料理のネーミングだけに目がいってしまい、結果、ネコ飯に関しての知識はある程度あるにせよ、俺ですら予想できない事態に。寒冷期対策どうこう以前の場違いなスキル効果を得るに至ったのであった。

 

 思うに自業自得。

 

 そう言ってしまえば、確かにその通りに片付いてしまうが……。――とそうした中、ケインが話題を切り替えてくる。

 

「ところでよ、ユウト」

「ん?」

「今回のクエスト、サユリちゃんはよかったのか?」

「え? あ、ああ。そのことなんだけどな」

 

 とそこで、俺はなぜ彼女が今回のクエストに参加しなかったのか、経緯を交えて説明する。

 

「本当はサユリも連れて行きたかったんだが、なにぶん、最近、体調が良くないみたいで。それに今回のクエスト、依頼内容を見る限り、今までよりも難易度が高いみたいだから彼女の体調も考慮して留守番してもらったのさ」

「ふ〜ん、なるほどね。どうりでな」

 

 案の定、と言った感じで、サユリの容態を気にしていたケインは、俺の説明に理解を示したようであった。しかし――

 

「ただな……。本当のことを言うと、できれば今回のクエスト、見送りしたかったんだよね。あの時、絶対に一人にはさせないとかなんとかで約束しちゃったからさ」

 

 そう、約束……。

 

 ハロウィンイベント最終日の深夜、サユリと二人っきりになった際に交わした約束のこと。絶対一人にはさせないとかは、多分、口では直接言ってはいなかったとは思うが、それっぽいことを言ったのは間違いないはず。だから、自分への戒めとして、彼女の傍にいつまでもいたかったのである。

 

「まぁ、それを言うなら無理もないわな。でも、許可してくれたんだろう?」

「許可、と言うか……」

 

 そこで、本クエスト出発前。彼女とのやり取りをした光景が脳裏を過ぎる。

 

 

 

 

 ログハウス玄関先にて、俺たちを送り出すサユリ。ケインが先にログハウスを後にする中、俺も彼に続けて歩み出そうとする。が、やはり後ろ髪引かれる感じが拭きれないためか、踵を返して振り向く。

 

「やっぱり、本当にこれでよかったのか? なにも、HR(ハンターランク)昇格目的でなくとも……」

「うんうん、いいの。確かに、今は体調があまり良くないよ。事実、昨日なんか夕飯の最中、一時的とはいえ、意識失うことがあったくらいだから」

「だったら――」

 

 そこで、言葉を遮るようサユリが自身の胸中を語り出す。とてもとても、なんとも言えない歯痒さを声音に滲ませて。

 

「でも、私なんかの為に遠慮してクエスト攻略、諦めて欲しくない。だってあの時、言っていたじゃん。狩人王のトロフィーを取ることって。目標として」

「っ⁉︎  おいおい。それ、よく覚えてるな〜」

 

 1ヶ月くらい前、何処で俺が話した目標のこと。自分では、さり気なく言ったはずの言葉であったが、覚えていたことに自然と関心してしまう。

 サユリは頭に手を当て、照れ臭そうな仕草を見せた。

 

「えへへ。あの日のこと印象に残っていたから」

「大したもんだ。……はぁ、分かったよ。そこまで言うなら」

 

 彼女の自分への図らい。意志の強さを感じた俺は、ある約束を取り決める。

 

「でも、正直、俺がいない間、何があるのか心配だけどな。……だから、2つほど約束してくれるか? 俺たちが戻ってくるまでの間、必ずここで待っていてくれること。そして、何かあったら、すぐに連絡する事」

「うん……。分かった」

 

 ここは素直に応じてくれた。その後ろからケインの呼ぶ声が聴こえてくる。一向に話が終わらない俺に対して、気になっているであろうケインの元へと。サユリへ、別れ際の挨拶を交わしたのち、ログハウスを後にした。

 

「――とまぁ、こんな感じにクエスト出発前の約束を交わしたんだ」

「なるほどねぇ」

 

 経緯を説明しつつ脳裏を過ぎった光景から現実へと戻ってきた俺は、ようやく彼に事の顛末が伝わったことに何処となく安堵した。しかし、いくら約束を取り決めても、後ろ髪引かれる気持ちは拭きれない。

 

「だけどな〜。ミルクが寄り添ってあげているとは言え、サユリのことを考えると、とっとと早くクエストクリアしてログハウスに戻りたいんだよね」

 

 腕組みしていたケインが、同情してうんうんと頷く。

 

「分かるよ、分かるよその気持ち。俺だって心配だからな」

「だったら」

「やる事は一つ。とっとと終わらせようぜ、このクエスト」

「だな」

 

 どの道、決まってはいたが、これで改めて共通の認識を得られた俺とケインは、早速と言わんばかりにクエストの詳細を開いて確認。依頼内容に隈なく目を通す。

 

緊急調査クエスト名:瘴気満ちる湿地帯

依頼内容:

本狩場となるクルプティオス湿地帯では、場所にもよりますが、とても澄んだ空気で満ち溢れており、穏やかな生態が築かれていました。私達書士隊も、その湿地帯の生態調査を行う上で重要な場所として利用してきました。ですがここ最近、安全地帯として定めていた調査区域(クルプティオス・西湖水エリア)まで瘴気の影響が出始め、まともな調査ができません。お願いです。瘴気拡大の原因を究明してもらえないでしょうか?

 

 とのこと。

 

「ざっくばらんに目を通してみたけどよ。ようは、つまり瘴気拡大の原因調査、ってことだよな?」

「まぁ、そんなとこだな。……にしても、内容見るからに、んー、一筋縄ではいかない気がするな〜」

 

 圧雪で硬められた盛り土を踏みしめながら、面倒臭い予感を呈する。

 

「一筋縄ではいかない?」

「ああ」

 

 そこで俺は、クルプティオス湿地帯の生態系について、ネットやら雑誌やらで得た知識を頼りに解説を入れる。

 

「元々、この辺のエリアでは、雨天時は瘴気の発生源となる沼地は、雨の影響で毒素が抑えられて、ただの泥溜まりか、あるいは、湖水になっているんだよね」

「え? てことは、晴れの日は?」

「そう、その逆。沼地から毒素が湧き出て瘴気が発生すると言うことだな。ただ……」

 

 そこで、結論を急いだのか、

 

「なら、単純じゃないのか。瘴気拡大の原因は、そこにあるとかでは」

 

 と、勝手に解釈に至る。しかし、俺の見解は違うとこにありーー

 

「いや、そうでもないかもしれない」

 

 そう述べるや、降り積った雪を拾い上げた。粉雪とまではいかないものの、若干、パサパサとしたしっとり感のある柔らかい雪質であった。そんな雪を見つめながら、考えを述べる。

 

「雪質にもよるんだが、降り積った雪は雨天時と同じく、これまた瘴気発生をある程度、抑える役割があるんだよね」

「んー、と言うことはつまりアレか。本来、瘴気発生が抑えられている条件だと言うのに、どう言う訳か、それが拡大してきていると」

「まぁ、そんなとこだろう。だからある意味、厄介かもしれない、このクエスト」

「うわ〜。なんか訊いた感じ、先が思いやられそうな予感が」

 

 肩を落とし、どことなく項垂れた。

 

 それから暫く歩くこと数十分……

 

 緩やかな傾斜を登っていき、森林地帯をようやく抜けた俺たちは、遂に一面広がる湿地帯へと出た。しかし、湿地帯に入るに当たって立ちはだかるは崖。

 

 そう……。

 

 3階建ログハウス分の高さのある崖を、降りる必要があった。眼下に広がる湿地帯を眺めながら、生態マップを開く。

 

「どうやらここが、中央灌木エリアみたいだな」

「灌木エリア? の割には、木々があまり見られないけど」

 

 彼が言うのも無理はなかった。と言うのも、この開けた湿地帯には、所々、低木はあるにはあるけど、目に見えて片手に数える程度。数本しかなかったからである。名前らしがらない印象を醸し出していた。

 

「多分、……アレのせいかもしれないな」

「アレ?」

「ほら、アレだよアレ。あの薄紫掛かったモヤみたいなのが」

 

 再度言われて、指で示した方を見る。しかし、そのモヤとやらは、消えたり現れたりと繰り返し曖昧な様相を湛えているのか。ケイン自身、視認するのにやや時間を割いてしまった。

 

「あー、アレか。あれねぇ、あのモヤーとしたのが」

「そう、それだよ」

「にしても、よく見つけられたな」

「まぁな。雪景色と照らし合わせた際に、何かあるなあと思ってたら、なんとなく見つけられたからな」

「へ〜。……で、どうするんだ? これから」

 

 今後の方針を訊かれた俺は、改めて手元に表示されたままの生態マップに目を落とす。指先で現在地を示し、目線で例の目的地である調査区域までの道のりを辿り確認する。

 

「どうやら例の目的地に行くには、ここを通過する必要があるみたいだな。……ん? どうした?」

 

 すると、変顔していたケインが突如――

 

 ふぇえ‼︎  クション‼︎

 

 盛大なクシャミを撒き散らした。しかも、鼻水を凍らせて。このことにより、流石に引いた俺は、思わず一歩、後退りしてしまう。

 

「おいおい、大丈夫かよ? なんなら、一回、出直した方が……」

 

 しかし、ケインは頑なに拒否。両腕で体を抱きながら身震いしつつも、そこは強気に応える。

 

「いやー何、これくらい大したことないよ。それに、ネコ飯のスキル効果、暫くすると消えるんだろう?」

「消えるというか……」

「え? まさか消えないのか?」

「一般的に考えれば、それが消えることがないんだよね」

「えええ!! マジかよ、それ」

 

 思いがけないことを言われてしまい、さすがのケインも動揺を隠せない。俺にしてみれば、ケインが得てしまった食事スキル――〝ネコの冷感スキル〞は、本クエストにしてみれば環境に適さない場違いなスキル。どちらかと言ったら熱帯環境下で適したスキルであるのだ。

 けれど、そもそもこういったスキルの類いは、確か他の食事スキルとは違っていたような気がしなくもないというか……。

 だからそういうこともあり、最後に曖昧な返答を付け足しておいく。

 

「マジ……というか。俺もその辺、あまり詳しくないんだよね。なにせ、今作で初めて追加された特殊な食事スキルだった気がするから」

「おいおい。なんだよ、それ。モンハンにかけては博識だったんじゃないのかよ」

「博識も何も、買い被りすぎだよ。確かに俺は詳しいけど、かといって万能じゃないぞ」

 

 これを受け、ここまではっきり言われてしまったのか、彼は肩をすくめた。

 

「……だよな。でも、特殊スキルなら、いつかは消えてくれることを期待したいかもな。なにせ、このまま寒いのも辛いし……って、ん? なんだこれ」

 

 眼前に何か表示されたのだろうか。訝しい表情を見せる。一方、その様子に気になった俺は、そこで尋ねてみる。

 

「どうかしたのか?」

 

 すると彼は

 

「なんか端っこのところに、秒単位で一時食事スキル終了までとかなんとかあるから」

「一時食事スキル? 秒単位? ……っ! もしかして」

 

 俺が勘付くのと表示されていたカウントがゼロになるのが同時であった。直後、眼前に何かメッセージみたいなのが表示されたみたいなのだろう。ケインが復唱して読み上げる。

 

「一時食事スキル効果、終了。だってさ」

 

 遅れて

 

「ふんっ、なるほどね」

「ん!? なるほどね、ってどう言う……」

 

 一人勝手に納得する俺に、ずるいぞ一人だけと言わんばかりに彼が問いただしてくる。そんな彼に、俺は自分の食事スキルに関しての知識と推測を交えて考察する。

 

「つまりはアレだよ。さっきも言ったけど、ネコ飯のスキルは、大概、クエスト終了まで効果は続くと言ったよな」

「まあ、確かにそれっぽいことは」

「だろう。で、今回の一時食事スキルとやらは、これは憶測だけども、その一般的な食事スキルとはこれまたひと味違うみたいなんだな。おそらく」

「うーん、つまりは別にして考えろと」

「まあ、そういうこと。要するにだ。効果が持続する一般的な食事スキルとは違って、名前の通り、一時的にしか効果が続かないスキル、といったとこだな。それに多分だと思うけど、もうそこまで寒くなくなっているんじゃないか。先ほど飲んだホットドリンクの効果とやらが、ジワリと効いてきている感じにさ」

 

 指摘され、胸元に手を当ててみる。すると、どうやら今になって気付いたらしい。

 

「お! そう言えば、さっきまでの寒さが嘘のように」

「だろう。まあ、そんなとこだと思うんだな。多分だけど」

「いや、多分でもなさそうかもだぜ。実際に、あのメッセを見てから、なんだか体全体がポカポカしてきたからな」

「まあ、どのみち、よかったじゃん。ひもじい思いしなくて」

「だな」

 

 こうして、ケインの些細な悩みは自然と消えるに至った。

 

「さてと……」

 

 改めて視線を戻すと、眼下に広がる湿地帯に目を落とす。そして、足下を見るや、勾配がきついことも確認。多分、……いや、恐らくといったところか。

 

「この斜面を降りるに、もうここにはどうやら戻れそうにもないかもな」

 

 と呟いた。というのも、目算で傾斜が45から60°と言ったところ。降りる面では滑るなり転んで落ちるなりして簡単かもしれないが。逆に登るとなると、斜面が滑りやすくなっている関係上、無理だと言えた。

 隣に来たケインが、そろそろと崖下を見下ろす。

 

「うへぇ〜、怖っ。……なぁ、まさかと思うけど、ここを降りるんじゃないだろうな? いくらなんでも……」

 

 彼の問いを聴きつつ、同じく崖下を見下ろしていた俺は、生態マップで示したルートの通り応える。

 

「確認した感じ、そのまさかだな」

「えっ、マジかよ」

 

 言うや否や、顔を痙攣らせ青ざめた。俺はそんなことお構いなしに、崖下に降りる足場みたいなものを模索する。そして、ある程度、足場を確保した後、ゆっくりと降り始める。

 

「って、おいおい、ホントに降りる気か。 ……じょ、冗談じゃないぞ、こんなとこ降りるなんて。もし、滑ったら――――」

 

 すっかり弱腰となってしまうケイン。そんな彼を見る余裕がなかった俺は、見向きもせず考えを述べる。ズズズズー、とゆっくりと滑りながら。

 

「じゃあ、逆に聴くけど。他に下に降りるルートがあったとして、わざわざ遠回りしてまで降りるつもりか?」

 

 俺からの質問。今度はケインが苦虫を噛むかのように、返答に戸惑いを見せた。

 

「いや〜、それは……」

 

 やはりケイン自身、頭では分かっていたのだろう。返答が曖昧ではっきりしなかった。俺はそのことを、ズバリ、指摘する。

 

「だろう? それにサユリが俺たちの帰りを待っているんだ。時間を割いてまで遠回りするわけには行かないだろう?」

「うーん……」

 

 降りる際の恐怖と、効率的にクエスト攻略を推し量る上での崖下を下ると言う選択肢を取るのか、と言った板挟みで凄く葛藤しているのだろう。唸り声をあげるとこを聴く限り、凄く伝わって来た。

 

 だが、悩み抜いた末、彼の下した決断はこうだった。

 

「えーい‼︎  こうなったら!」

「え! な、何する気だケイン?」

 

 彼の意外な言動。俺はまさかと思った。案の定、その推測は現実のものとなった。崖までやや距離を取った後、ケインは崖端まで一直線。駆け出すや――

 

「こうだよ‼︎  ヤケクソだー‼︎」

「ば、バカ‼︎  それだけは」

 

 まさに俺が言うのと、ケインが崖からジャンプしようとするのがほぼ同時だった。その光景に呆気に取られる俺。しかし、次の瞬間、崖端より、いざジャンプしようとした矢先、思いがけないアクシデントがケインを襲った。

 

 ズルッ!

 

 と足を滑らせ、対して俺は、その光景に呆気に取られ

 

「え?」

 

 対してケインは、

 

「う、うわ‼︎」

 

 と驚き、案の定、

 

 ドコドコドコドコドコドコ……!!

 

 泥だらけになりながら、崖下へと転がり落ちる羽目になった。

 

「だ、大丈夫かよ?」

 

 暫し動けないでいたが、やがてヨロヨロと四つん這いになると泥を吐き出し、苦悶の表現を浮かべて返事する。

 

「な、なんとか……」

 

 とりあえず無事だったことに安堵した。しかし、安心したのも束の間、突如、足元が崩れ始める。

 

「っ! うわー! 俺もかー‼︎」

「え⁉︎」

 

 け俺もまた急斜面を泥だらけになりながら転がる羽目になり、そして――

 

「うげっ!」

 

 不運なことにケインを下敷きにしてしまった。

 

 

 

 

「つつつ……」

 

 ようやく目を覚ました俺は、辺りを見渡す。額に手を当て、うる覚えな記憶を辿る。

 

「確か……俺は……」

 

 思い出そうとする中、そこでケツしたから呻き声から聴こえてくる。それに気付いた俺は、そこでハッとなって我に返り思い出し、慌てて退ける。

 

「あっ、すまん。大丈夫か? ケイン」

 

 謝る傍ら、すっかりぺちゃんこになっていた彼は、ブツクサと文句をぶち撒ける。

 

「わりぃ……わりぃ……、じゃないよ。……ったく、お前まで滑り落ちてくるなんて」

「だから、謝っているじゃん。すまなかったと」

「謝って済めば、体力削られずに済んだよ。っほら!」

 

 ぺしゃんこのまま、彼は自分の悲惨さをアピールするかのように体力ゲージを見せて来た。見た感じ、赤いゲージが体力の残量を示す緑ゲージの先端にちょこっと出ていたところを見ると、些細なことだが、僅かばかりダメージを負ったことを物語っていた。

 ため息を漏らした俺は、アイテムリストを表示。お詫びの印にある物を彼に渡そうとする。

 

「なら、お詫びの印だ。薬草、いるか?」

 

 しかし、ケインは受け取りを拒んだ。

 

「いいよ、もう。次からは気を付けろよな」

「へいへい」

 

 彼がそれだけで許してくれたことに、薬草使うかどうかの件はひとまず保留となった。周辺を見回したケインが、一言呟く。

 

「……にしてもだ。実際に湿地帯に降りてみると、こうもはっきりと見えるとはな。瘴気とやらがよ。」

「まあ、無理もないさ。なにせ、あーんな高いところから眺めていたんだからな」

「あんな高いところね……」

 

 俺と同じく、崖上を見上げる。

 

「さて……」

 

 気を取り直した後、軽く遠方を見渡し、そして、湿地帯の状況をくまなく観察するべく双眼鏡を持ち出した。双眼鏡越しから、ぐるーり、と見渡す中、そこである物を発見。気になって目がとまってしまう。

 頭にクエスチョンマークを浮かばせ、双眼鏡を下ろした後、よくよく確認するべく、直接、その場所へと向かう。

 

 すると、そこには――

 

「これは、モンスターの死骸? ……ん? っ! うわっ!!」

 

 足下から薄紫の靄が立ち込めたことに気付いてか、俺は思わずその場から飛び退いた。

 

「あ、ぶねぇ~。こいつは毒霧じゃないか。危うく触れるとこだったぜ」

 

 冷や汗を浮かべる。

 

「にしても……」

 

 気を取り直し、俺はその死骸へと再び目を向ける。毒溜まりの上にある鳥竜種の死骸。猛毒の溶解液で表皮はすっかり溶け落ち、骨格が丸見え。しかも頭部は見事に骸骨と化していた。

 見るからにグロテスクなその死骸は、パッと見た感じ、なんだか何者かによって猛毒を浴びせられたかのような様相で、気持ち悪さを物語っていた。

 思わず吐き気が込み上げてきそうになる中、我慢してその死骸を観察していくと、溶解液で体全体はバラバラになりつつあるが、どうもこの死骸はランポスの類らしい。その証拠にほら、ランポス類特有の鉤爪や尾が生えているのが窺える。

 だがしかし、それ以上のことは、残念ながらよく分からなかった。そうした中、後方から、ケインの期待に満ちた声が聞こえてくる。

 

「おーい、ユウトー!! こっちにハチの巣あるぞ。来てみろよー!」

 

 呼ばれて、思わず振り向く。するとそこには、ケインが今にも腐敗した木の枝にぶら下がっているハチの巣を取ろうと手を伸ばしているところだった。

 

 (何やっているんだ、こんな時に……)

 

 心中呆れて物が言えなかった。が、ふいに足下を見やると、そこには、なんと! 泡立つ濃厚紫の沼が。それも、猛毒の沼が一歩前にあるではないか。それを確認するや、俺はもの凄く慌てて彼を呼び止める。

 

「てぇー出すな!! ケイン!!」

「え!」

 

 思わず大声で呼び止められて、そこで固まってしまうケイン。俺が、足下、足下、見ろよ、とジェスチャーして合図を送るのを見るや、彼は視線を足下へ。すると、途端に慌てて――

 

「うわ!」

 

 吃驚仰天!! もの凄い勢いで仰け反り、その場で腰が抜けてしまう。さらにそのまま後ずさり、毒沼から距離を取った。このことにより、九死に一生を得たケインであるが、慌てて駆け寄った俺を見た。そんな自分を見る彼をよそに、俺はケインの無事を確かめる。

 

「危うくどっぷりと浸かるとこだったな。大丈夫か? ケイン」

「ああ、なんとか。ほんと、助かったよ、ユウト。サンキューな」

「礼には及ばない。毒でくたばったら、色々と困るからな。あとこれ、解毒剤。とりあえず飲んでおけ」

「え? なんでだ? 間一髪だったとは言え、浸かってはいなかったぞ」

 

 事情が分らず首を傾げる。そんな彼に、俺は彼の頭上に表示された毒アイコンを指で示した。それを見、状況を理解したケインは、目を見開いて驚く。

 

「げげ、いつの間に」

「恐らく一定時間、瘴気に触れたんだろう」

 

 本当に危なかった。心の中でそう思ったくらいに。もし、瘴気以上に毒性が強い沼に浸かろうものなら……。想像するだけでゾッとした。

 

「でも、どのみちさ、言われなかったら、俺の命はなかったよ。だからさ、ありがとな」

 

 グビッと解毒剤を飲み干したケインは、改めて礼を述べた。そして、改まって話を持ちかける。

 

「ところでよ、ユウト」

「ん?」

「収穫はどうだったんだ?」

「ああ、それな」

 

 そこで俺は、先ほどランポスの死骸のことについて、大まかに説明した。

 

「なるほどね」

 

 顎に拳を当て、俺の説明に理解を示す。そして、何か思うところがあるのか、考察し始める。

 

「思うにさ、ユウト。俺はおまえみたいに(モンハンの)生態に関しては、疎い方だけどよ。訊いた限りでは、死骸に浴びせられていた溶解液。そして、先っき浸かりそうになった毒沼。この二つだけをとっても、共通点があるような気がしてならないんだよな。」

 

 この考察に 

 

 (へぇ〜。考察なんて、ケインにしては珍しいな)

 

 などと珍しいことを述べんとする彼に、思わず意外性を見出してしまう。しかし、そのことは敢えて口にはせず、さりげなく返すのみに留めた。

 

「と言うと?」

「んー、なんというか……。的を外れているかもしれないけど、直感的に考えてこの二つは。……いや、この2点に限らず、この辺一帯が所々瘴気で汚染されているのは、同じモンスターによる仕業じゃないのかなあって」

 

「へぇ〜、お前にしては鋭いな」

「え! てことは……」

「実は俺も、そう思っていた。何せ、死骸を溶かしていた毒と目の前の毒。どちらもの毒も、粘性があって、とても地下から湧き出たような水溶性の毒とは明らかに違う感じがしたからさ」

 

 この推理は、恐らく間違いでないだろう。どことなく自信があった。だがしかし、これで100%、瘴気拡大の原因がそうだとはまだ言えなかった。それに、もしモンスターの仕業だとして、一体、どんなモンスターの仕業なのか、まだ謎があった。とは言え、知識をフル活用して思いつくモンスターは、何体かはいたが……。

 

「てことは……」

 

 とそこで、自論に確証を得たと感じ、結論を見出そうとする。だが、ケインの結論を遮るかのように俺は否定した。

 

「だけど、まだ結論には至らないのは確かだ。だから、先を急ごうぜ」

 

 促す俺に、何か言いたそうな表情を見せるケイン。けれど、考えを改めたのか

 

「んー。確かに100%、そうだ、ではないからな。……そうだな、行くか。確か、例の目的地はこの先だろう?」

 

 同意して問いかけた。

 

「ああ」

 

 率直に答える俺に、彼もまた

 

「なら、行こうぜ。早速」

 

 俺に付き添って、例の目的地――クルプティオス・西湖水エリアへと足を運ぶ。

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