モンスターハンターアルカディア   作:ぷにぷに狸

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5章:託された想い・11話

 全身に力を入れて僅かに立ち上がると、崖の上を見上げる。

 

「助かったよ。でも、どうしてここに?」

 

 ユウトが彼女の身を案じて、ログハウスで待っている筈じゃなかったのだろうか。助かったことはいいとしても、その一方で、その疑問が湧いてくる。

 一方、対するはサユリ。ただでさえ病が進行し、より病弱な体となってしまった彼女のこと。崖下にいるとは言え、遠目からでもややフラついているのが見て取れた。恐らくここに辿り着くのに、余程、無理したに違いない。だが、サユリは自分の体よりも、ケイン達のことで心配で堪らなかったらしい。肩呼吸しながら、本音を明かす。

 

「凄く心配だったの! どうしても、はぁ……、はぁ……。無事かどうかこの目で確かめたくて。はぁ……、はぁ……、はぁ……、だから、だからなの!」

 

 (なんだそりゃ。よく分からない理屈じゃないか)

 

 曖昧な理由に、ケインはサユリの身を案じてか。彼女の言動に苛立ちを募らせた。だが、その不満はさておき、とりあえず冷静に言葉を返す。

 

「だったら、メッセージ見ればよかったじゃん。何も自ら危険を冒してまで来なくたって」

 

 もっともな言い分だったと思う。一方で、サユリはやや遅ればせながら落ち着かせると、その理由を打ち明けてくれた。

 

「噂を聞いたの」

「噂? なんの?」

「よくない噂。ミルクちゃんと一緒に、憩いのカフェテリアに立ち寄った時に」

 

 ――とそこで、サユリの後方から、聞き覚えのある声が聞こえてきた。

 

「それは初耳だにゃ。是非とも、詳しく教えてもらいたいにゃ」

「え??  ミルクちゃん??」

 

 声に気付いて振り返ったサユリは、まさかミルクがここまで追いかけて来るなんて、とか言った感じで、そこで驚きの表情を浮かべた。

 

「ミルク?」

 

 存在に気付いてか、ケインも呟く。予想だにしなかった事態に動揺を見せるサユリをよそに、ミルクは不満を口にした。

 

「何を思ったかは知らないけど、無理して自分だけ危険な橋を渡るのはズルいにゃ。それに、……それにそれに。このこと、ユウトが知れたら……」

「分かってる! 分かってるよ、自分でもこの事がどういうことかを」

「だったら……」

 

 ケインに続けて、ミルクの指摘。それでも、サユリの気持ちは揺らがなかった。

 

「でも! それでも?? 心配だったの、あの噂を聞いてから。そう……、あの噂。それは――、あ! ケインさん後ろ??」

「えっ!」

 

 直後、

 

「うわー!」

 

 と驚き尻餅。まさに間一髪だった。いつの間にか目眩から立ち直っていたイーオスが、背後から忍び寄っては襲いかかろうとしていたのである。

 すかさず抜剣し、身構える。がそこで、彼を助けようとサユリが無茶な行動を。

 

「な、何をするにゃ! 危ないにゃ」

「え!」

 

 思わず振り向く。するとそこには、なんと自力で崖を降りようとしていた彼女がいた。

 

「なんてこった。サユリちゃん!」

 

 頭を抱える。一方、サユリは真剣そのもので、必死に降り切ろうとしていた。足元を注意しながら、自分を鼓舞するかのように。

 

「行かなくちゃ。私も、力に……」

 

 だが、皮肉なことに足を踏み外し、あっ、と声が漏れた。

 

「っ!」

 

 本能的に駆け出すケイン。そして――

 

 ドサッ!

 

 尻餅を付いてしまったものの、見事にお姫様抱っこみたく落下した彼女をキャッチした。

 

「いつつつつ……。ふぅ?、でも、間に合って良かったぜ」

「ごめんなさい」

 

 すっかりションボリしてしまう。しかし、ケインはそのことなんてどうでもいいかのように気遣った。

 

「大丈夫か?」

「うん。……でも、ケインさんは?」

「なんのこれくらい、大丈夫さ。それよりも……」

 

 サユリを下ろして振り向く。すでに囲まれている状況に、ケインはチラッとサユリを見て不安に思う。

 

 (果たして、サユリを守り切れるだろうか)

 

 その一点に尽きていた。しかし、サユリは彼の思惑を裏切るかのように抜剣する。

 

「私も戦います」

「え! だってお前……」

 

 驚きのあまり、彼女の方へ視線だけ向ける。対してサユリは、続けて強い眼差しをイーオスに向けながら、自分の覚悟を語る。

 

「分かってます、十分に。もう体がもたないことくらい。けど、それ以上に2人の力になりたいの。最後くらい」

「サユリ……」

 

 意志の強さを目の当たりにして、ケインは彼女が今までの。それも、ちっぽけな存在ではなくなっていたことに、何処、感心してしまう。

 鼻で笑い、その事を悟ってかポツリと一言発する。

 

「成長したな……」

「え! なんて?」

「いや、なんでもないさ。それよりも、あまり無理するなよ」

「うん、勿論」

 

 改めてイーオスの群れと向き合った二人は、生き残り続けユウト合流を果たすべく、決死の覚悟で立ち向かった。

 

 

 

 

 解毒剤と応急薬を使い、今まで食らっていたダメージを回復させた後、ケインは左翼へ、サユリは右翼へ。イーオスの群れを分断させるべく、各々は対処に当たっていた。

 白熱する戦いが続く中、後方から既に空気的な存在と化していたミルクの声が。それも気合い入ったような声が、再び存在感を醸し出すかのように、突然、聞こえてくる。

 

「ボクも、……か、加勢するにゃ!」

 

 戦いに夢中の最中、流れにつられて

 

「よし! 任せた。次はお前に――、って、え??  み、ミルク??  てか、お前も降りてこようとするのかよ」

 

 ハッとなって我に返り振り向いたケインは、そこでサユリと同じく崖下まで降りて来ようと頑張っていた彼女に、ツッコミを入れた。

 ところが、頑張って下まで降りようとしているのだが、なにせ体が小さいが故にまともに足場に足を引っ掛けることができず。降りようとするよりか、寧ろ崖にへばりついたまま身動きが取れない感じであった。

 すっかり肩をすくめ、呆れてしまうケイン。イーオス達の注意が逸れた瞬間を狙って崖下までやってくる。

 

「おいおい、そんなに無茶して降りようとするから」

 

 サユリと同じくお姫様抱っこみたく両手を伸ばす。いつでも飛び降りてもいいぞ。そう言わんばかりの体勢を取る。取るのだが、しかし、ミルクの思惑は違ったようだ。

 

「それは違うにゃ」

「え? 違うってどう言う……」

 

 そこで、サユリの声が

 

「ケインさん??  後ろ!」

「え!」

 

 咄嗟に振り返った。直後、ギラついた牙と鋭爪が同時に襲いかかろうとしていた。

 目を見開き

 

「うわ! この――!」

 

 ビシッ!

 

 噛みつかれる寸前、反射的に足が出てしまう。しかも繰り出された蹴りは、噛みつくイーオスの顎にモロに直撃。不幸中の幸なのだろうか。その一撃の前に、イーオスは意表を突かれて後方へとのけ反ってしまう。

 

 (間一髪だったぜ)

 

 冷や汗掻いたケインであったが、その直後、タイミングを見計らっていたかのような声がした。

 

「今だにゃ!」

「え!」

 

 向き直ってそこでケインは、予想だにしなかった光景を目の当たりに。その光景とは、崖にへばりついていたミルクが、なんと! まさにダイブしている瞬間であった。

 

「え??  えええ――??」

 

 ただただ驚くしなかった。そして、ダイブした先は、なんと! 先程、蹴りを喰らい怯んでいたイーオス。だがしかし、成功するかに見えたダイブは、

 

「あっ」

 

 直後、

 

「ふぎゃ!」

 

 ギリギリステップで交わされたことに、無常にも呆気なく失敗に。結果、顔面から地面に激突する羽目になり、すっかりぺっちゃんこにひしゃげてしまった。その様子を受け、半ば白けてしまったケインは、心中、

 

 (何やってんだ? こいつは)

 

 と呆れ返った。顔中土だらけのミルクは、すくっと立ち上がると、付いた土をほろき残念そうな表情を見せた。

 

「やっぱり、簡単にはユウトみたいにはいかないみたいだにゃ?」

「そりゃ?お前。あいつと比較するのには、ちと無理があると思うぜ。……てか、狙っていたんかよ、乗り技を」

 

 喋りながら、ケインはミルクが挑戦していたことを遅巻きながら気付く。

 

 そう、乗り技……。

 

 一時的に怯ませたモンスターの背に乗り、刃を何度も突き立てダウンを取る狩技の一種。前にユウトから聞いた話によると、ハンターだけでなくオトモもできるらしい。

 しかし、ユウトは前に成功したことを話してくれたが、その難易度はかなりの物らしい。何せ飛び乗るだけでも一苦労な上、乗った後も暴れ出す中、振り落とされないようしがみつき、ダウンを取るまで刃を突き立てる必要があるからだ。

 ケインは思う。ハンターですらキツい狩技なのに、ましてやオトモがそれをすると言うのは、ある意味、無謀ではないのかと。

 

「悪いかにゃ?」

 

 ツッコまれたことに、ミルクは意固地になって逆に詰め寄ってきた。

 

「いや、悪いと言うか……」

 

 何故か返す言葉に詰まってしまう。それでも、自分が思っていたことを口に出そうと懸命になるが、その中で唐突に

 

「ケインさん!」

 

 と再び呼ばれ思考停止に。振り向きざまに

 

「おう、次はどうした?」

 

 と返事。何気なく振り向いたはずが、そこでサユリがイーオス3頭に囲まれてピンチになっていた光景を目の当たりに。ケインは慌てて

 

「サユリちゃん??」

 

 と叫ぶと同時に駆け出す。ミルクを置き去りにして。一方、ミルクも置いてけぼりを食らったかのように、

 

「あ、待ってにゃ?」

 

 しかし、そこで立ちはだかるはイーオス。足止めを余儀なくされた。3頭に迫られ対処に苦戦を余儀なくされていたサユリの元へ、ケインが抜剣するやその一頭に奇襲を仕掛ける。

 

 ギャー??

 

 モロに背面を斬られ、盛大な血を吹き出した。構わず畳み掛けるようにして追い討ちを仕掛けていく。

 一方、対するは3頭のイーオス。連携してサユリを餌食にしようとする算段であったが、ケインの邪魔が入ったため作戦変更。ダメージを受けている仲間を助けるべく、もう一頭が彼の方へと向き直った。

 しかし、立て続けに連続攻撃を繰り広げていたこともあり、攻撃を受け続けていたイーオスは、断末魔を上げ斬り跳び。そのまま勢いに乗っていたケインは、もう一頭を巻き込みませようと刀身の向きを返し

 

「うりゃー!」

 

 気合いを発するや狩技〝鬼人斬り″の一つ、回転斬りをお見舞い。半円の如き紅き一閃がイーオスを薙ぎ払い、激しい効果音を伴って断末魔を挙げることなく絶命させる。

 

 カチャッ

 

 ことを終え太刀をしまい、残りの一頭の動向を伺う。

 

「凄いです、さっきの技」

 

 技の迫力の前に驚いて、サユリは感嘆する。また、ケインも自慢するかのように答えた。

 

「鬼人斬り、って言うんだぜ。技の名前」

 

 一方、2頭ともやられたイーオスは、流石にその危機感から離れた位置にいるもう一頭のイーオスに向け呼び掛ける。

 すると、周囲に響き渡るような合図を受けたイーオスは、向きを変えてこちらに向かってきた。さらに周囲からも、合図を受けたかのように複数の鳴き声が響き渡って。

 このことにより、見るからに残り2頭しかいないようにも見えていた戦況は一変。2頭しかいないだろうと言った読みは外れることとなる。と言うのも、近隣の背丈が高い茂みから、1つ、2つ、3つ、……いや、6つ、7つと、多数のイーオスが姿を現したのである。

 

「げげ、なんてこった」

 

 切り抜けられそうに思えていたケインは、この状況にさらに危機感を募らせる。サユリとミルクがいるからとて、危機的状況は変わらないじゃないか。と言うか、寧ろ危険度が増した!? 全滅も必至じゃないか。

 そう絶望しかけてしまうほどに。――とその矢先、一陣の強風がケイン達を取り巻く。

 

「な、なんだ? 一体」

「ケインさん……」

 

 唖然とする中、強風は土埃を立て強く、さらに強くなっていく。しまいには、何か羽ばたくような音までして――

 

「逃げろ――!!」

 

 どこからともなく誰かが叫ぶような声が、ケイン達の耳に入った。

 

「? 誰だ、今の?」

 

 サユリと顔を見合わせる。しかし、サユリ自身、身に覚えがない様子。一方、強風の気配に一時的に攻撃の手を止めていたイーオスと対峙していたミルクもまた、自分ではないことを仕草で表現する。ところが、間を置かずして再び叫ぶ声が。

 

「逃げろ!! 早く逃げるんだ!!」

「「え?」」

 

 さすがのケイン達も、声のした方向に気付く。

 

「ユウト?」

「ユウトさん?」

 

 その方向。そこにはすごい焦っているような。まさに鬼気迫るような形相をしたユウトが、こちらに向かって走って来たのではないか。群れのイーオス達をガン無視で走ってくる彼の様子に、さしものケインもこれはただ事ではないような予感がした。

 息を切らしながら走ってきたユウトは、ケイン達に警告を促す。

 

「何やってんだ!! 早く逃げろ!」

「逃げろつったって」

「ユウト……」

 

 ケインもミルクも、状況があまり読めない感じであった。だが、次の瞬間、彼の言いたいことがすぐに伝わる事態に直面することとに。

 上空からなんと! 巨大な怪鳥が。それも禍々しい赤紫がかったかのような怪鳥が舞い降りてきたのである。

 強風に煽られて動けない最中、

 

「な、なんだこりゃー!」

「くぅ! 間に合わなかったか」

「間に合わなかったって? こいつのことか?」

「ああ、そうだ。こいつのことだよ」

「え? じゃ、なんなんだこいつは」

「こいつはゲリョス。それもただのゲリョスじゃない。ゲリョス亜種だ! 俺たちが手を出して勝てるような相手じゃない。だから逃げろって言ったんだ!! さっきから」

「亜種って!? 上位クエストだけしか出ないはずじゃ……」

「ああ、そうだ。その通りだ。だから危険なんだこいつは」

「マジかよー!!」

「と、ともかく。詳しい話は後、風圧収まったら全力で逃げるぞ!」

「言われなくってもそうするよ。そんなやべぇーの相手してたら、堪ったもんじゃないからな~」

「「うん」」

 

 了解を得るまでもなく、サユリもミルクも頷いた。タイミングを見計らって、逃げようとする。その中で、不意にサユリの方を向く。

 

「サユリちゃん!」

 

 風圧に煽られ、這いつくばったまま動けないでいたサユリがそこにいた。

 

「ケインさん……」

 

 動けない中でも、なんとか体勢を保とうとするので精一杯な様子だ。ところがこのことにより、今まで怪鳥(ゲリョス亜種)の影で見えなかったサユリの存在に気付いたのだろう。

 

「サユリ? ……っ! まさかサユリがそこにいるのか?」

「ユウトさん……」

 

 バツが悪いのか、ユウトの指摘に途方に暮れていた。一方、そんな彼女にユウトは、なぜサユリがここにいるのか。その疑問を抱えながらも、憤りを露わにする。

 

「なんてことだ。ログハウスで待っているんじゃなかったのか? サユリ」

「ご、ごめんなさい」

 

 猛省する。しかし、ユウト自身、彼女の反省する姿勢なんか見向きもせず、八つ当たりするかのようにミルクを睨み付けこう言い放った。

 

「っ! ミルク!! お前彼女を――」

 

 しかし、サユリはミルクを庇うように弁解する。

 

「違うの! 違う、ミルクは関係ないの」

「関係ないって……。くぅ! ひとまず話は後だ。逃げるぞ」

 

 風圧が収まりかけた頃合いを見計らって、ユウトは俺に着いてこい! そう言わんばかりに指示を出す。合図を受けて、ケインはユウトの後を追おうとするが、そこでチラリとサユリの方へと顔を向ける。

 いつの間にかであろうか。腰が引けて動けそうにないサユリに、ケインは先に行ってしまいそうなユウトを呼び止める。

 

「待ってくれ! ユウト。サユリちゃんが」

「サユリが、どうしたって?」

 

 そこで振り向いて、ハッとなった彼もまた気付いたのだろう。慌てて駆け出す。同じくケインとミルクもサユリの元へと急ぐが、そこでユウトに止められる。

 

「来るな! ケイン。先に逃げてろ」

「え、だって――」

 

 とそこで降りきったゲリョス亜種が、周囲を一瞥するやこちらの存在に気付いたのだろう。羽を羽ばたかせ

 

 クェエエエエ――!!

 

 と一鳴き。間髪入れず、火打ち石を擦り叩くかのように火花を散らして嘴を叩く仕草を見せ始めた。奇怪な行動にケインは、そこで立ち止まってしまい

 

「な、なんだ?」

 

 唖然としてしまう。しかし、ユウトの叫び声ががその空気を切り裂く。

 

「閃光だ! 閃光を放つ合図だ! 目を瞑って後ろ向けケイン!」

 

 しかし時すでに遅し。何度か擦り叩かれた嘴は、カット大きく開くや、次の瞬間――

 

 ピカ――??

 

「な――!!」

 

 閃光玉を放ったかのような目映い光の奔流が、嘴上にあるトサカを中心に解き放たれたのだ。凄まじい閃光の光に、周囲は一瞬で真っ白に。目をやられたケインは、その視界を奪われ目眩を起こしてしまった。

 

「目が、目が……」

 

 何も見えない。全く見えないのだ。目を瞑っていても、視界は真っ白なままで、何も見えないのだ。呻くケイン。唯一、周囲の情報を察知できるのは、耳から入ってくる音のみ。完全に身動きがとれなくなっていた。

 

「ゆ、ユウト……」

 

 困り果てる彼に、ユウトは助言する。

 

「そこを動くな。今からサユリを連れてそっちに行くから」

「わ、分った」

 

 しかし、音だけでしか認識できなかったものの、ゲリョス亜種が再び鳴き声を発するや、イーオス達も負けじと小高い音を立てて抗戦している辺り、すでに周りは戦闘状態であったことくらいは認識できた。

 激しい肉弾戦が繰り広げているような音がしている中、時折、何かを吐き付けたかのような汚らしい音。その音共にジューと何かが溶けるような禍々しい不気味な音まで聞こえてくる辺り、彼の心は死の恐怖でいっぱいになっていく。

 聞く度に全身鳥肌が立つ中、唐突に手を掴まれ、ひぃっ、と声を漏らした。

 

「大丈夫か? ケイン」

「その声は、ユウト?」

 

 恐る恐る目を開けていく。ぼやけていた視界が回復していく中、そこにはユウトとサユリの姿がいた。二人とも真顔だったことから察するに、どうやら彼らはあの酷い閃光を真逃れたらしい。

 

「動けそうか?」

「ああ、なんとか」

「だったら、今のうちに引き返すぞ。(ゲリョス亜種)がイーオス達と戯れている間にな」

 

 ユウトはサユリを連れて、ケインはミルクを連れてその場から逃げる。逃げる最中、イーオス達の敵意は既にゲリョス亜種の方に向けられていたのだろう。すれ違いざま襲って来る気配はなかった。

 あともう少し。あともう少しで、エリア外へと続く森林帯に入れる。

 スタミナケージをフルマックススピードで減らさんばかり、全力疾走しまくった。ところがその矢先――

 

「あっ!」

 

 サユリの声が。ユウトの走るスピードについて来れなかった彼女が、石に躓いてバランスを崩してしまったのである。咄嗟に体を支えるユウト。

 

「すまない。逃げることに夢中になっていた」

 

 それに対してサユリは、平気そうに取り繕う。

 

「うんうん平気。さあ、行こう」

「ああ」

 

 そして、再び走り出した。だが、その時である。後方から

 

 クェエエエ――??

 

 とゲリョスの一際高い鳴き声が聞こえ、ケインは背中に悪寒が走るのを感じた。時を同じくして、ユウトも感じたのだろう。同時に振り向いた。

 ――とその時

 

「来る!」

「うわ――??」

 

 鬼気迫る猛スピードで、まさにゲリョス亜種がこちらに向かって滑空してきたではないか。風を切る物凄い音を立てて、ギリギリケイン達の頭上を通過して来る。

 風に煽られ、サユリは悲鳴を上げ、ユウトは身構え、ケインは尻餅。さらにミルクは、その強風に堪え兼ねて、

 

 ふぎゃー??

 

 悲鳴を上げて吹き飛ばされてしまった。そのまま自分達が逃げる先に着地したことに、ユウトは舌打ち。

 

「厄介だな?。どうやら簡単には逃さないみたいだ」

 

 抜剣して身構えた。このことにより、背後にはイーオス達の群れが、逃げる前方にはゲリョス亜種がそれぞれ立ちはだかった状態に。ケイン達は挟撃にあった格好で、まさに窮地に立たされてしまった。

 慌てふためくケインは、ユウトに対策を迫る。

 

「どうすりゃいいんだ、これ? 挟み撃ちにされっちまったよ」

「どうするも何も――」

 

 言ったそばから

 

 クェエエエ――??

 

 ちっ

 

 一瞬のよそ見を狙ってか。ゲリョス亜種はユウトに向け、毒液を吐き付けてきた。盾を構えたまま、反射的にその場から飛び退る。直後――

 

 ベチャッ! ジュ?

 

 紫煙が湯立つように、その場にあった雑草どもが一瞬で溶けてしまった。驚異的な溶解度に蒼ざめたケインは、一言二言発する。

 

「げげ、ヤバ!」

 

 まともに食らっていたら……。そんな恐怖を本能的に抱く。

 

「ちっ、防ぎきれなかったか」

 

 舌打ちするユウト。彼の頭上には、毒状態を示すアイコンが表示されていた。

 

「ユウト」

「ああ、分かっている」

 

 ゲリョス亜種との距離を取った後、速やかに解毒剤を使った。

 

「ともかく、挟まれた状態ではこの場はもたない」

「じゃあ、どうするんだよ!」

 

 ゲリョス亜種の動向に注視しながら、ユウトはある作戦を提唱する。

 

「同士討ちを狙うんだ」

「同士討ち?」

 

 そこで、どっち付かずで構えたまま身動きが取れないでいたサユリも、余裕がない中、耳を傾ける。

 

「何か名案が?」

「ああ、ある。それはイーオス達とゲリョス亜種をぶつける事だ。元々、イーオス達の天敵は恐らくゲリョス亜種。その証拠があれだからな」

「あれ?」

 

 首を傾げるケイン。そこでユウトはある場所を示す。示した方向、イーオス数頭が手前でこちら側を威嚇していたが、その後ろ。一頭の死骸と化したイーオスが横たわっていた。しかもよくよく見ると、毒煙を上げて半ば溶けかけていたのである。

 

「げ、死体??」

 

 サユリも気付いてか、ゲリョス亜種を警戒しつつもその死骸(グロテスク)に口を手で押さえた。

 

「で、どうするんだよ?」

 

 改めて問いただすケインに、ユウトが導き出した作戦とは。

 

「そうだな?。それはあそこに向かって、……逃げることだ!」

 

 そこで、ユウトはサユリの手を掴むと、突然、全速力で死骸のあるイーオス達の方へと走り出した。

 

「え??  あ、ちょ、ちょっと」

 

 完全に出遅れたケインは、慌てふためきながらユウトの後を。そして、ミルクもまた、ケインに続けて走り出した。

 一方、ゲリョス亜種は目先の獲物が突然奇怪な行動を取ったことから、じわじわと追い詰めるつもりだったのを辞めて、全速力で追撃を仕掛けてきた。

 怪鳥音を轟かせ、そして、濃厚な毒液を撒き散らしながら、ユウト達に追い迫る。しかもそのスピードたるや、金冠サイズの巨大ドスファンゴに襲われているようなもの。瞬く間にその距離を縮めていく中、逃げきれないと判断したユウトは、サユリの手を掴んだまままケインとミルクに向かって叫ぶ。 

 

「真横へ飛べ?? お前ら!」

 

 言われるがまま、二人して

 

「うわわわ――??」

「ぎにゃ――??」

 

 奇声を上げるや、ゲリョス亜種の軌道から逸れるべく思いっきりダイブ。その場から飛び去った。一方、ユウトはと言うと、サユリを抱き寄せ、彼女を庇ったまま盾を構えつつ、その場から飛び去る。瞬間――

 

「きゃー!」

 

 サユリの悲鳴が上がった。すぐさまケインは立ち上がり、ユウトの方を見る。すると、ゲリョス亜種が通った軌道上の節々には、あの禍々しい瘴気漂う毒溜まりが点在。その向こうでは、立ち昇る紫煙の隙間からユウトとサユリの姿が確認できた。

 見るからに二人とも無事だったことに、ひとまず安堵する。

 

「おーい、ケイン! 無事か?」

「こっちはなんとか。間一髪だったけどな」

 

 ケインの安否が確かめられたことに、ひとまず安心したのだろう。ゲリョス亜種の行く先を見据える。

 猛毒の湯気が漂う中、ゲリョス亜種は猪突猛進さながら、イーオス数頭目掛けていくのが垣間見れた。

 そして――

 

 ギャー??  ギャー??  グェッ??

 

 ある者は吹き飛ばされ。ある者は吐き出された猛毒を浴び、また、ある者は下敷きに、と立ちはだかるイーオス達は次々とゲリョス亜種の餌食となっていった。

 まさにユウトの読み通り。ゲリョス亜種とイーオス達との同士討ちの光景が、そこで繰り広げられていたのである。

 

「さ、今のうちに」

 

 ケインとミルクは頷く。目指すはエリア外。ケインは一目散に駆け出そうとした。

 しかしその矢先――

 

「どうしたサユリ?」

 

 彼女の異変に気付いたユウトの声が耳に入ってきた。声に気付いて立ち止まるケイン。ミルクと共にユウトの方を見る。するとそこには、両足を硬らせたサユリが、地に座り込んでいた。

 

「なんだろう? 体が思うように……」

 

 体調に異変を感じていたサユリの眼前。そこには、何かしらメッセージが表示されていた。そのこともあってか、ユウトの嫌な予感を知らせる呟きが風に乗って聞こえて来る。

 

「まさか……」

「おいおいまさかって……。っ! まさかかよ! こんな時に」

 

 ケインも勘付いたのだろう。既に体は限界に達していた。それなのに、無理して参加した上、ここまで全速力で追いかけてきたことに、もはやサユリの体は限界を超えて悲鳴を上げていたのである。

 しかし、ここで死ぬわけにはいかない。サユリの強い信念が言葉となって奮い立たせる。

 

「でも、大丈夫。このくらいならなんとか……」

 

 しかし、無理して立ち上がろうとした矢先、下半身の力が意志とは関係なく抜けてしまい

 

 ガクリッ

 

 あっ

 

 一言発した後、膝を地に付けてしまった。その様子に、とても自力では立ってられないと感じたユウトは、

 

「あんまし無理するな。ただでさえシンクロ率が安定していないんだからさ」

「う、うん。ごめん、そうだね」

 

 悪びれる彼女に、御ぶられるよう優しく提言する。

 

「じゃあ、お言葉に甘えて」

 

 ユウトの言葉を受けてか、サユリは彼の背に負ぶさろうとした。だがそこで、遠くからゲリョス亜種の鳴き声が。俺たち3人と一匹は、不意にそっちの方へと見てしまう。

 一方、ゲリョス亜種はと言うと、どう言う成り行きでそうなったかは分らないが、すでに数頭のイーオス達に囲まれていた。連携戦が幸を指したこともあり、一見してどうやら追い詰めたみたいであった。

 わめき散らすかのように互いに合図を交わし合うイーオス達。ゲリョス亜種は、周囲のイーオス達の動向を窺っているみたいに見えた。事実、戸惑っているように周囲をちらほらと警戒している仕草を見せている。だが、事態は次の瞬間一変することに。

 俺たちが呆然と成り行きを見守る中、イーオス達の連携戦が次の段階へと移行するかのように各々が二三歩前へ出た瞬間、突如としてゲリョス亜種が強靱な尻尾を活かして体全体を半円状にグルリと捻り。伸縮自在の尻尾を鞭のようにしならせ、一度に3,4頭をもイーオスを薙ぎ払ったのである。その一撃たるや、一瞬の断末魔を上げるや、数メートル吹き飛びそのまま絶命するほどであった。

 

「なっ! 何つう一撃だよ」

 

 ケインが唖然とする中、再びゲリョス亜種は2度目の回転尻尾攻撃をお見舞い。残りの数頭を一瞬で葬り去ったのである。その様を垣間見たケインは、このゲリョス亜種の一撃を受けたら命がないと悟り青ざめた。

 一方、ユウトも同じく感じたのだろう。

 

「とっとと逃げるぞ!」

 

 ケインとミルクに全速力で逃げるよう促し、ユウト自身、サユリを負んぶしようとした。だがしかし、事態はさらに悪い方向へ。邪魔者を消し去ったゲリョス亜種は、なんとケイン達の方へと目を付けたのである。

 瞬間――

 

 (やばい!!)

 

 無意識のうちに死の恐怖感を抱いた。鬼気迫る形相をするユウトは、そこで

 

「ケイン!! サユリを負んぶしてとっととこの場から逃げるんだ! 早く!!」

「え、ええ。ユウトはどうするんだよ!」

「俺はこいつを足止めする。だから――」

「んな無茶な。そんなことしたら、おめぇー」

「全滅するよりかはマシだろう」

「だ、だけどよ……」

「この状況に四の五も言うな。頼むから早く――」

 

 しかし、皆まで言う前に、恐怖の怪鳥音が俺たちの会話をぶった切る。今度こそ真の獲物を逃がさない。死に物狂いなのか、そうでないのかは分らない。だが、その猛毒を吐き散らかし荒れ狂う突進は、まさに俺たちに向けられた死のメッセージであった。

 すかさずユウトは立ち上がる。

 

「彼女を連れて早く行けー!!」

「あ、ああ。分った」

 

 言われるがまま、ケインは点在する瘴気に注意しながらサユリの元へと急ぐ。 

 

 

 

 

 

 

 

 

 猛烈な勢いで迫るゲリョス亜種に、地を蹴って駆け出す。吐き散らかす毒液。その範囲はまばらで、食らえば、恐らく助かる見込みは皆無に等しいだろう。だが、その中でも斜めから斬り込んでいく隙間があった。

 そこは本当にギリギリで、一歩間違えれば突進に巻き込まれかねない軌道。そして、唯一、毒液が飛び散らない場所でもあった。

 

 そう……。

 

 奴に接近できる箇所と言うのは、まさしく吐き散らかされる毒液の範囲内であって、飛んでこない箇所。ゲリョス亜種に急接近することであった。

 盾をかざしながら、俺はその際どい隙間を狙っていく。そして、すれ違い様、俺は刃を一閃させようとした。が、しかし――

 

 ガキ――ン??

 

 くっ!

 

 硬質な岩に思いっきり刃物でも当てたかのような金属音を響かせ、足の付け根を狙った俺は、呆気なく弾かれてしまった。反動でバランスを崩し、硬直を余儀なくされてしまう。そのまま為す術なく手堅い反撃を覚悟して――とその時、奴の荒れ狂ったかのような突進が、そこでピタリッと急制動。次の瞬間、羽ばたいて後方へと舞うと言った予期せぬ行動を取った。

 さらに着地後、間髪入れず狙いを定めて毒吐きモーション。反射的にその場から飛び退り、またもや同じ技を繰り出そうとしてくるゲリョス亜種に、一瞬、これはチャンスと捉えた俺は、緩やかな半円を描く形で斜め右から急襲。今度は狙いを定めて、部位が一段と柔らかい尻尾へと刃を振り下ろそうとした。

 だが、それは奴の罠であった。

 

「なっ!?」

 

 まさに意表を突かれた。そう捉えてもおかしくなかったのだ。と言うのも、斬り込みざま、突如として180度体をひねらせ、伸縮自在かつ強靱な尻尾を振り回してきたのである。あのイーオス達を一撃で薙ぎ払うほど威力のあるテイルアタックを。

 咄嗟に盾をかざすが、その一撃は凄まじく。例えるならまさに、生身の人間が走ってきたダンプにはねられる感じのやばーい一撃であった。

 

「ぐほっ!!」

 

 衝撃を受け止めきれず、思いっきり吹き飛ばされた。

 

「ユウトー!!」「ユウトさーん!!」

 

 ほぼ同時に、二人の叫び声が響き渡る。しかしその直後、

 

 バーン!!

 

「がはっ!!」

 

 茂みの中にあった大木に、背中を思いっきし叩きつけられてしまった。肺の空気を強制排出させられてしまうほどの威力。意識が一瞬、飛びかけてしまう。ぼやけた視界の中、眼前に表示された体力ケージ。それがもの凄い勢いで底を付こうとしていた。だが、不幸中の幸いか。9割半減らされた後、命の灯火はかろうじて吹き飛ばされなかった。

 ギリギリで命拾いしたことに安堵のため息を漏らす俺。しかし、事態はさらに悪い方向へと進んでいた。なんと! 動けそうもない俺に対して、追い打ちをかけんばかりにゲリョス亜種が連続ついばみ攻撃で接近してきたのである。

 

 (やばい! やばすぎる。なんとかして逃げなければ)

 

 焦燥感が先走り、なんとか体を動かして逃げようともがく。だが、眼前に表示された状態異常が、それを無情にも阻止していた。ケインの時もそうであったが、まさか俺までノックダウン状態になってしまうとは。

 視界をずらせば、ケインとミルクが叫んでいる。どういうわけか近寄れないでいたが。一方、サユリはどこへ行ったんだ? 姿なき彼女に、俺は心中、多分、ケインがすでに安全地帯へと彼女を運んだに違いない。そう感じていた。だが、そんな配慮をしても一番余裕がなく窮地に陥っているのは、なんと言っても俺自身。徐々に接近してくるゲリョス亜種に、ノックダウン状態に抗おうとしてもがきまくる。

 しかし、それすらどうしようもなくなっていき、そこで遂には、奴の毒吐きモーションが。死を覚悟した俺は、手をかざして自分を庇い――

 

「う、う、うわ――!!」

「ユウトー!!」

 

 ケインの叫びが木霊し、そして――

 

 ベチャリッ!!

 

 俺の命運もここで尽きてしまった。――かに見えた。だが、当たるべきその毒塊は、浴びることはなく、不思議に思って恐る恐る目を開け、そこで俺の目が驚愕に見開かれることとなった。

 

「さ、サユリ? ど、どうして……」

 

 するとサユリは、力なき声で。それも喉から絞り出すような感じで答える。

 

「死なせたく、……なかった、から」

 

 (死なせたくなかった? 何言っているんだよ)

 

 自然に溢れ出てきた憤りと悲しみが、心の中をごちゃ混ぜにしていく。二つの思いが入り交じった形で声に出る。

 

「ば、バカヤロウ! それはこっちの台詞だよ。なんてことを……」

「へへへ。ご、ごめん」

 

 苦し紛れの照れ笑い。一方、そんな彼女を致命傷に陥れたことに、ケインは眉間にシワを寄せ、とうとうぶち切れる。

 

「おのれぇ?! この、チキン野郎が――!!」

 

 ジャキンッ!

 

 太刀を抜き放ち、無謀にも背後から奇声を上げて立ち向かう。

 

「うぁあああ――??」

「は、早まるな! ケイン!!」

 

 直後、グルリッと踵を返したかと思うや、ゲリョス亜種は、今度は突っ込んできたケインを標的にしたのだろう。彼の目の前で啄み攻撃を繰り出してきやがった。ハッとなって我に返るものの、時すでに遅し。猪突猛進の如き無策な急襲であったことから、そこで立ち止まることができずモロに直撃。

 

「ぐはっ!」

 

 〝こんがり肉を啄まれました?

 

 のメッセージと共に吹き飛ばされてしまった。

 

「ケイン!」

 

 心配そうに叫ぶミルク。ケインの体力ケージも7割方減らされてしまった。だが、地を転げ回った彼は立ち上がる。もはや自分の命なんてどうでもいいかのように。土だらけの口元を手で拭い

 

「何のこれしき」

 

 再び、太刀を手に取って

 

「うりゃー!! サユリちゃんの仇ぃ!!」

 

 再び立ち向かった。

 

「バカヤロウ!! お前まで――」

 

 慌てて制止を掛ける俺。このままでは、彼が危ない。そう危機感を抱いたその時、

 

 バサッ! バサッ! バサッ! ……

 

「くっ」

 

 羽をばたかせ、それ以上近寄りがたい風圧を発生。我を忘れていたケインも、流石にこれでは接近できなくなる。だが、彼は強引にも前進するかのように、腕をかざしつつその歩を進ませる。

 

「なんの、これくらい……」

 

 しかし、その努力も空く。羽ばたきながらゲリョス亜種は宙へと舞い上がった。その間、俺はギリギリ動けるようになったことで、アイテム画面を表示。ペイントボールを選択した後、握った掌の中にボールを出現。今にも飛び去ろうとしているゲリョス亜種に向け、力の限り投げ付けた。ボールは風圧の抵抗を受けずして半放物線を描き、見事にゲリョスに着弾。

 

 (これでようやく……)

 

 悔しさを噛み締めて、俺は胸を撫で下ろした。ところがその一方では、未だに負けじと風圧に抗うケインがいた。また、ケインに触発されてか、彼と同様、ミルクも頑張っていた。だが、強い向かい風の前に、地にへばりついているだけで精一杯な様子であった。

 そんなこんなで苦戦を強いられていたケインは、そこで片手でもって画面を表示。何かを取り出したかと思いきや、

 

「くっそー! ここで逃してたまるかよ。こうなったら……」

 

 と振りかぶる仕草を見せた。しかしそこで、再び俺は制止を掛ける。今度は一段と語気を強めて、彼に聞こえるように。

 

「ケインっ??  もう、よせ!」

「えっ? だ、だってよ。このままでは……」

 

 声に気付いてか、流石のケインも振りかぶる間際のまま、こちらに振り向いた。

 

「いいんだ。いいんだよ、もう。お前が何をするつもりか想像に越したことはないが。それでもどの道、現段階でまともにやり合えるような相手じゃないんだからさ」

「で、でもよ……」

「もう、いいんだ。んな奴、ほっとけ」

 

 諭されてしまう言葉。飛び去ろうとするゲリョス亜種と放っておけと語りかける俺。交互に視線を行ったり来たりする仕草をした後、ケインは奥歯を噛み締めて最後に

 

「く、くっそー??」

 

 悔し紛れに地を拳で殴った。幾度となく羽ばたき舞い上がった後、ことを終えたことに何処へと飛び去っていくゲリョス亜種。全てが過ぎ去った後、あとに残るはこのフィールド(クルプティオス湿地帯)に訪れた時みたいに毒々しい光景がまざまざと広がっているのみ。まさに一連の事件は、(ゲリョス亜種)の仕業。そう断言しても不思議ではなかった。

 その後、俺たちは環境汚染したこのエリアを後にし、猛毒に冒されてしまったサユリを助けるべくBCを目指した。唯一の希望にすがるようにして。

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