モンスターハンターアルカディア   作:ぷにぷに狸

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1章:猛る白き獣・1話

 古びた小さな木戸を開けると、そこは俺好みに作付けした農場が一面に広がっていた。

 至る所には、背丈を超える作物が青々と生い茂っており、まるで森のような作物が点在している。種種雑多な作物は、陽光を浴びては生き生きしており、その様はクエストから帰還してきた俺たちの心を癒す。

 

 (やはり、ここは居心地がいいな)

 

 自分で築き上げてきた農場であるだけに、心がリフレッシュされる感慨を抱く。伸び伸びと羽を広げて、めーいっぱい深呼吸した後、ある場所へと向かう。

 

「にしてもユウト。だいぶ作り込んでいるな、この農場」

「当然だ。デコ配置が自由なだけに、やり込み要素がごまんとあるからな。まさに、〝栽培の醍醐味″って奴さ」

 

 自信作だけに自慢そうに話す俺の口元は、自然と綻んでいた。

 

「へぇ〜、なるほどねぇ。俺とは全然段違いだな」

「全然? そんなに作り込んでいるのか? 俺以上に」

 

 内心、意外性を感じて少し驚く。しかし、彼の返答は違っていた。何処慌てる感じで、訂正する。

 

「違う、違う。その逆だよ、ぎゃーく。今度、機会あったら来てみれば分かると思うけど、ほんと、素っ気無いからさ。なんつったって、拡張レベル、どれもこれも1とか2くらいしかないから」

「そうなんかよ。な〜んだ……」

 

 何処期待していただけに、落胆してしまった。

 

「な〜んだって、なんだよ!」

「いや〜なに。てっきり、その逆かと思っていたからさ」

「逆って……。お前と一緒にしないでくれ――」

 

 そこで注意が逸れた。皆まで訊かず、訓練所で鍛錬して頑張っていたミルクを見るや、手を挙げて呼びかけた。

 

「おーい!」

「っておい! 俺の話を最後まで――」

 

 そこから先は無頓着。そそくさと早歩きで、彼女の方へと向かった。一方、タイミング的に出遅れたケインは、はぁ〜、と肩を落として溜息をつくや、

 

「ったく……」

 

 渋々、話を中断するに至った。そんなケインをよそに向かう先――訓練所には、二匹のオトモと彼らを教える教官アイルーがいた。

 訓練所といえども、簡素な作りを施したその場所には、種目別に訓練スペースがいくつも設けられており、その三匹は掘立て温泉にて訓練している真最中であった。

 柵で囲われた中にある温泉。一見して、訓練と言うよりか、その湯船にて寛いでいる印象が見て取れた。

 ――が、よくよく見ると、教官アイルーの教育の下、何やらその二匹はガクガクブルブルと酷く震え上がり寒がっているように見えた。

 

 (大丈夫かよ?)

 

 心配になる俺。そんな最中、教官アイルーがこちらに気付くなり、片手を挙げて、一旦、訓練中止を命ずる。

 やーやーって、声を掛けた後、オトモ達を心配しつつも、教官アイルーに歩み寄って訓練成果とかその辺りの案配を尋ねてみる。

 

「ご苦労さん。ところであいつらの訓練状況、どんな感じなんだ?」

 

 すると、教官アイルーは規律を正して、真剣そのものでハキハキと応える。

 

「完璧ではないが、ある程度は寒冷地にも適応できるようになった感じですにゃ」

「そっか……」

 

 (どうやら順調みたいだな。なんだか、めちゃくちゃ寒がっているみたいに見えるけど)

 

 教官アイルーの言葉を受け、鍛錬が順調にいっていることに安心する。

 しかしその反面、寒がっている様子から、なんだか複雑な心境にもなる。

 そんな思いを抱えながら視線を移し、二匹のオトモのうちの一匹――ミルクの元へと歩み寄った。

 

 (順調か……、順調ねぇ〜)

 

 歩きながら心の中で、何度も反芻する。一方、ミルクはと言うと、ようやくこちらに気付いたのか。あるいは、気付いていたが見る余裕がなかったのか。

 いずれにせよ、ようやくこちらを向いた。そして、何を言おう。案の定、訓練内容がデタラメだったと言わんばかりに捲し立て、愚痴りまくってきた。

 

「訊いて。訊いてにゃ、ユウト。あの糞教官、ボク達の命なんてどうでもいいかのように、この水風呂に突き落としたんだにゃ」

「突き落としたって……」

 

 表現の仕方が乱暴だなぁと感じた。苦笑をする俺をよそに、ミルクはその水風呂とやらを指す。

 一見して湯気が立っていないことから、やはりなぁ、と改めて水風呂だと認識する。

 ――だが、その一方で、いくら水風呂とは言え、流石にそこまで冷たくはないだろう、とは思った、常識的に。

 しかし、そうやってたかを括っていると、先に湯加減の方を直に感じたケインが叫ぶではないか。

 

「冷た! 冷た過ぎるぞ、ユウト。この水風呂」

「え?」

 

 彼の異常な反応から、流石に首をかしげた俺もまた、気になって直に水面を優しく触れてみる。

 すると、掌からひんやりとした感触が、伝わってくるではないか。

 

「冷たいな、これ。てか、冷た過ぎるぞ! 一体、何度――」

「1°ですにゃ」

 

 横から割って入ってきた教官アイルーが、ハッキリと、それも自信たっぷりに申し上げてきた。いくら死なないNPCとは言え、それはあまりにも耳を疑う言葉だけに

 

「え? い、1°って……」

 

 思わずといった感じに、やや表情を痙攣らせてしまう。疑いの目を送る俺に、教官アイルーはその重要性を説く。

 

「1°。そう……、どれもこれも寒冷地に適応する為ですにゃ。訊いている限りでは、寒冷地では、四六時中、氷点下を下回っているとのこと。体を慣らす意味合いを込めて、この極寒風呂で鍛錬して貰っているにゃ」

「た、確かに。次行く場所は、寒いところだと言うのは分かるけど、だからって、何も極寒風呂? だったかな。わざわざそんな訓練しなくとも……」

 

 つまるところ、やり過ぎ感が半端なく思うのだ。しかし、教官アイルーとしては、極寒風呂での鍛錬は必要不可欠だと考えているんだろう。そのイカツイ顔の傷が、真剣な表情が、自らの理論を一点の曇りなきまでに、信じて疑わない感じに見えた。

 そうした中、ケインの心配そうな声が聞こえてくる。

 

「おーい。大丈夫かよ、ジャム?」

 

 彼が呼び掛けるは、ミルクと共に鍛錬に励んでいたジャムと呼ばれたオトモ。

 そのジャムはと言うと、最初こそ身震いして体を抱きしめてはいたが、そのうち全身を凍てつかせたかのように

 

 ガチガチガチ……。

 

 と音を立て固まってしまったのである。それ故に、立ったまま動かなくなったジャムは、ケインが手を差し伸べた直後、そのままバランスを崩して

 

 コロン! コロ、コロ、コロ、……。

 

 とか言って、そのまま倒れてしまった。パートナーの心配に、ケインは呼び掛ける。

 

「お、おい‼︎ ジャム、し、しっかりしろよ!」

 

 その様子に、流石の信念強き教官アイルーは、頭を掻きながら反省を述べた。

 

「あー、ちとやり過ぎちゃったかにゃ?」

「やり過ぎだにゃ!」

 

 ボガッ!

 

 フギャー‼︎

 

 素早いミルクのツッコミ。ボーンピックでどつかれた教官アイルーは、そのまま

 

 クルクルクルクル……

 

 と目を回した後、その場で伸びてしまった。ピヨピヨピヨ……、と頭上にひよこのサークルを描きながら気絶している教官アイルーを他所に、ミルクに尋ねてみる。

 

「ところで〜なんだが、一体、どんくらい浸かっていたんだ? ここに」

「ざっと2時間くらいだにゃ。……へ、へ、ヘクッション! た、多分にゃ」

「げげ、2時間も」

 

 横から訊いていたケインが、驚きの声を上げる。

 

 (どうりで、ジャムなんか凍結するわけだわな。寒すぎて)

 

 度が過ぎる訓練に、ミルクが怒るのも無理がないよなあと共感した。

 ――とその時、突然、訊き覚えのある声が。

 

「で、で、でも……。お、お、お陰で。か、か、寒冷地でも。て、て、適応できる自信が、す、少しだけ付いたにゃ」

「「え?」」

 

 思わずと言った感じに、俺達は揃って凍てついたままのジャムを見る。

 一見して、未だに凍結状態のジャム。しかし、間を置かずして、ガタガタガタ……、と震えると、

 

 バキンッ!

 

 氷が砕け散るような音を立てて、氷片を巻き散らながら凍結状態を破った。

 

「ふぅ〜う。酷く寒かったにゃ」

「大丈夫かにゃ? ジャム」

 

 ミルクが心配して声を掛ける。対して、ジャムはと言うと、かる〜くストレッチをした後、

 

「なんとかにゃ。でも、鍛錬自体が酷だったとは言え、さっきも言ったが、何処となく適応できそうだにゃ、おかげで」

 

 と決して鍛錬は無駄ではなかったことを告げた。だけど……、その反面と言うか。

 

「けど、どの道、二度としたくないにゃいな」

 

 ポツリ、本音を吐露したに至る。

 

「でも、ご苦労だったな、二匹とも。一旦、ログハウスに戻ろうか? 出発は明日でもいいしな」

「だにゃ」

 

 ジャムもまた、頷いた。こうして、気絶したままの教官アイルーを放置したまま、俺たちはログハウスへと戻ることになった。

 

 

 

 

 先程の農場からログハウスまでは、徒歩で、丁度20分くらいってところか。やはりドンドルマ郊外と言うこともあり、そのくらいかかってもおかしくはないとは前々から感じていた。

 この頃、栽培関係で何度も農場へ行ったり来たりしていたこともあり、流石に慣れてきたとは言え、全く苦ではないと言えば、それは嘘になるかもしれない。

 

 なぜか……。

 

 そりゃあそうだ。普段なら気分転換がてら赴くくらいなら、別に大したことはない。

 けれど、難度の高いクエストから帰還した後、そのヘトヘトとなった体で農場へと様子見がてら行くのは、流石に精神的に辛いものがあるからだ。

 

 〝大地を泳ぐ魚″

 

 今回のそのクエストにおいては、そこまで疲れることはなかった。

 しかし、前回のゲリョス討伐クエストでは、流石にマジで疲れたと言えよう。クエストの種類にもよるが、一般的に大変な部類に入るであろう、討伐クエストだったからな。

 ちなみに、ゲリョス討伐においては、前回、狩友(サユリ)を葬ったあのゲリョス亜種ではなく。どちらかと言うと、原種のゲリョス。いわば、ただのゲリョスの方だった。

 ――とまあ、そんなこんなで、ドンドルマに戻って来たわけだが、ただ単にクエストを進めて市街地と隣接する農場をいじいじと開拓するだけなら、このままミナガルデに残っていても良かったのだ。と言うのも、ミナガルデの方が、ログハウスから農場まで近く。徒歩で5分もかからないからである。

 だけど、実際にはこうしてドンドルマに帰ってきたわけだ。理由はそれなりにある。と言っても、一つくらいしかないのだが……。

 しかし、その唯一の理由こそ、俺たちにとっては最も大切なものであった。

 

 〝そばに居て供養してやりたい″

 

 ドンドルマには共同墓地があり、そこにはサユリの……。いや、サユリだけではない。彼女との関係性はどうであれ、サユリの仲間だった者達も一緒に眠っているから。

 

 だから……、だからなのだろう。

 

 いつでもすぐに供養できることを考えれば、ドンドルマに戻ってきて良かったと思えたのだ。

 まぁ、日々変化していく栽培状況をいちいち確認しに行くのは、場合によっては大変なんだけどな。

 

 …………

 

 ……

 

 ログハウスに着いた俺たちは、玄関前まで来るや扉前のロックアイコンに手をかざした。半透明な白表示からグリーンへと表示されるや、

 

 〝入室しますか?/はい・いいえ″

 

 のメッセージが表示されたので、躊躇わず〝はい″を選択。ログハウスへと入った。

 そして、入室して早々羽を伸ばすかのように背伸びをし、早速と言わんばかりにありったけの思いを口にした。

 

「うーん、自室(マイハウス)程じゃないけど、やっぱりここが落ち着くぜ」

 

 そう言うなり、ドカッ! と近間にあった簡易式ソファーにもたれ掛かった。

 共有ルームとは言え、いきなり寛ぎ過ぎだろう。とか一瞬思ったが、まぁ、クエスト攻略に貢献してくれたケインのこと。そこは大目に見ておいた。

 

「さてと……」

 

 自分も彼と同じように寛ぎたかったが、それよりも酷な鍛錬でひもじい思いをし、寒がっているであろうオトモ達を気遣うことに。掛けてあった毛皮の毛布を手に取った。

 

「ほらよ。これでも包まってろ」

「ありがとにゃ。って⁉︎」

 

 バサッ!

 

 投げるように渡した毛布が、二匹のオトモに覆いかぶさる。等身大以上も面積がある毛布に手こずるものの、もがいた末、二匹はありがたく包まった。

 

「えーと、確かこの辺だったな」

 

 薪割り暖炉へと近寄った俺は、小さく宙に表示されたストーブアイコンを見つけ、ログハウス入室時と同様、そっとアイコンに触れた。

 暖炉の中には炭化した木材がいくつもあったが、まだ、点火できる材料はあったみたい。未だに炭化しきっていない木材を中心に、小さく可愛らしい火が灯った。

 けれど、使える木材の量からして、そこまで長時間使える感じではなく。直ぐにまた薪割りを調達しに行く羽目になりそうであった。

 

 それから、暫くして……。

 

 仄かな色合いを放つ暖炉を中心に、冷えていた共有ルームはすっかり暖かくなっていた。

 ケインと同じくソファーにもたれ掛かり、いつの間にかウトウトしていた俺は、その眠たそーな目を擦り開ける。

 そして、

 

 ふわぁ〜……。

 

 開口一番、あくびが出てしまった。どうやら俺も、疲れていたのかもな。そう自然と自覚するに至る。

 眠気から覚めず、その虚ろな瞳で、後ろで寝そべっているケインを見た。時折掻くイビキがやや煩く感じたが、それ以上に寝相が悪い様子。曲げていた片足が、まさに俺の頭部を蹴飛ばさんと狙っていた。

 まさに、奇跡としかいいようがないのかもしれない。今まで蹴飛ばされなかったのは。

 しかし、意外な程、ドキリッ、とはしなかった。代わりに煩わしく思い、四つん這いになってソファーを中心に別位置に付いた。

 ケインの頭の隣下に横たわり、再び眠気に身をまかす。薄れゆく意識の中、ふと寝ているミルクとジャムを見やる。

 

 (会って間もないのに仲良いな〜、あいつら)

 

 微笑ましい光景。

 

(俺もそんな風な時、あったようななかったような……)

 

 見ていて、なんとなくそんな郷愁を抱かずにはいられなかた。

 しかし、そのような感慨を抱いたのを最後に、俺の意識は深い眠りの中へと吸い込まれていった……。

 

 

 

 

 暴風雨の中、救命ボートに乗っていた僕は、隣にて、頭から血を流し、全身怪我を負っていた女性に対し、(すが)るようにして泣き叫んでいた。

 

「お母さん‼︎ お母さん!! お母さんってば!!」

 

 何度揺すっても、お母さんと呼ばれた女性は反応が乏しい様子。しかし、僕は構わずゆすり続ける。それも、まるで最後の希望にすがるかのように。

 そうしたなか、ふと不安になり周囲を見渡した僕は、先ほどまでいた洋上施設を遠望する。吹き荒れる雨風に晒され視界が悪い中、やや霞がかった中で、その洋上施設は存在をなんとか維持していた。

 しかし、救命ボードはその反対側に流されていたこともあり、次第にその影が薄くなりつつあった。だが、それでいい。それでいいのである。

 なぜなら、その洋上施設から逃げてきたわけであるからだ。理由は分らない。分らないが、僕の父は僕と母さんをその施設から逃してくれたことだけは、はっきりと理解できていた。とは言え、このままどこに向かうかも定かではない。

 だからなのだろう。僕はそのことで不安でいっぱいであった。改めて母さんへと向き直ると、再度呼びかけてみる。

 

「お母さん!! お母さんってば!! ねぇ、起きてよ、お母さん!!」

 

 ――とその時であった。

 

 ざぶーん!!

 

「うわっ!」

 

 高潮が救命ボードを直撃。バランスを崩しそうになり、危うく海に投げ出されそうになった。

 

「くっ」

 

 慌てて歯を食いしばりバランスを立て直すと、なんとかその場を持ちこたえる。その後、何度か高潮に襲われたが、ガッシリとボードの縁に捕まっていたことあって、それ以上は危険な目に遭わずに済んだ。

 

 ふぅ~。

 

 ようやく高潮を乗り越えたことに、とりあえず安堵する。一方、その衝撃が幸を指したのだろうか。今まで意識が曖昧であったお母さんは、

 

「う、うう……」

 

 と軽く呻くなり、ゆっくりとその目を開いた。そのことに気付いた僕は、嬉しさで心が躍り、再度呼びかける。

 

「やと気が付いたんだね、お母さん」

「わ、私は……」

 

 そして、こちらを向くと

 

「ああ、友斗……。よかった、よかった、無事で」

 

 息子の僕が無事だったことに、お母さんもまた、安堵した様子であった。しかし、けがの具合が酷かったのだろう。時折、激痛で表情が引きつる。

 

「僕は大丈夫だよ。それよりも、お母さんが」

「お母さんは……、大丈夫、だから。それよりも友斗――」

 

 皆まで話を聞かなかった。怪我の度合いが酷かったことから心配でならなかった僕は、救命ボートに備え付けてある救急箱へと歩み寄ろうとした。

 

「ちょっと待っていて。今すぐ手当てするから」

 

 しかしそこで、腕を捕まえられ、え? となり意表を突かれた僕は振り向く。

 

「いいの。……いいのよ、友斗。……ありがとう、心配して……くれて」

「お母さん……」

 

 今にも力尽きそうな弱々しい声。必死で訴えかけるその様は、僕の手を止めてしまう。一拍置き、暴風雨で吹き荒れる空を見上げて語りかける。

 

「一つお願いがあるの、友斗。お母さんね、お母さんは……」

 

 そこで暴風が一段と増しては、かすれた声を遮った。何を言っているのか、まるで分らないこともあって聞き返す。

 

「なに? なんて言っているの? 聞こえないよ。ねぇ、お母さんったら、ねぇ!」

 

 ――その時である。抗いようもない突風が、救命ボートを直撃。激しくボートが揺さぶられ

 

「うわぁー!!」

 

 ざぶーん!

 

 荒れ狂う海に投げ出されてしまった。

 

「お母さん! ごぼっ、ごふぅ、ごほ! お母ぁ、……」

 

 両手をばたつかせて、溺れまいとして抗う。しかし、大量に海水を飲んでは、まともに呼吸できず。しかも、海水を吸った着衣がまるで鉛を着ているかのように重くのしかかり、そのまま抵抗虚しく海中へと引きずり込まれてしまった。

 沈みゆく中、深遠なる闇が僕の全身を包み込み、瞬く間に意識を奪っていき――とそこで、どこからともなく声が、徐々に聞こえてきて――。

 それはまるで、聞き覚えのあるような。はたまた懐かしいような声でもあった。

 朧げで今にも消えそうな声は、次第にはっきりとしていき――

 

 ……ユウト……

 

 …………

 

 ユウト……

 

 ユウト……

 

 おきてにゃ。

 

 ユウト……

 

 おいっ、起きろって

 

 ユウト!!

 

 はっ! バサリッ!

 

 深い闇の中、ハッとなって我に返った俺は、そこで驚いて起き上がった。

 

「やっと起きたみたいだな」

「ケイン……。お、俺は一体……」

 

 やや戸惑う俺。そうした中、相棒の心配そうな表情が目に映る。

 

「なんか、ずっと魘されていたぜ」

「魘されていた?」

「ああ。おかあさーん、てな」

「お母さん?」

 

 全然、記憶にはなかった。いや、それ以前に、そんな恥ずかしいこと、叫ぶはずがないとも思った。

 

「まさか〜」

 

 信じられなかった俺はそう返す。しかし、ケイン達はそれを否定して、事実のみを伝える。

 

「いや、マジで言っていたぜ。母さん、母さん、ってな。まるで甘えるお子ちゃまのようにな」

「ボクも聞いたにゃ。ユウトにしては、珍しく」

「ま、マジかよ……」

 

 二人が言うからには、間違いなく言っていた証拠。お母さん、お母さん、とか。まるで、泣き喚くガキかよ。

 自分が自分で情けなく思うし、めちゃくちゃ恥ずかしかった。

 

「ともかくにゃ。もう、朝だにゃ。そろそろ行かないかなにゃ?」

「え? あ、ああ。そうだな」

 

 すっかり忘れていた、今日が出発する日だと言うことを。目を擦った俺は、よっこらせと寝起きで重たくなっていた体を起こした。

 必要なものを揃えて、準備していく。その中でケインとミルクが言っていたことを、振り返ってみる。

 

 (お母さん、お母さん。か……)

 

 全然覚えていないだけに、らしくないセリフを吐いたものだよな。

 しかし、ふと掌を見てみると、若干、汗ばんでいたことに、正直、驚く。

 何気なくグー、パー、グー、パー、を繰り返した後、まじまじと掌を見つめて、胸の内を確かめる。

 すると、なんだろうか。覚えはなかったが、しかし、不思議なことに、どこか温もりみたいな物を感じていた。

 ――とそんな中、いつの間にか惚けていたのだろうか。

 

「どうしたのにゃ?」

 

 不思議そうに掌を見つめる俺を気にしてか、ミルクが訊いてきた。

 

「いや、なんでも……」

 

 誤魔化すように、その手をゴシゴシとズボンに擦り付け引っ込めた。疑問符を浮かばすミルクだったが、その事はどうでもよく。

 そこで周囲を見渡し、ジャムがいないことに改めて気付いた。

 

「それよりも、ジャムが見当たらないが……?」

 

 すると、代わりにと言った感じで、ケインが答えた。

 

「あいつなら教官アイルーのとこだぜ。なにやら、礼をしたいとか」

「律儀な奴だな……」

 

 自分たちが酷い目合わされたはずなのに、その礼を言うとかな。

 

「まぁ、あいつはあいつなりに筋を通したいだけなんだろうけどな」

「へぇ〜」

 

 言いながら、ミルクの方へと意地悪っぽくジト目で視線を送った。

 

「ぼ、ぼ、ボクはいいんだにゃ。あの糞教官なんかのために頭を下げるとか、したくないにゃ」

 

 (素直じゃないな〜)

 

 アイルーだけを取っても、人間同様、色んな価値観持っているんだなあ、NPCだけに。改めてそう思った。

 そうした中、タイミングはややずれたが、言っているそばからジャムが帰ってきたみたい。

 

「ただいまにゃ〜」

 

 ハツラツとした声が聞こえてきた。

 

「お、噂をすれば」

 

 (別に噂、とまでは行かない気もするけど……)

 

 そんなことを思っていると、角からヨチヨチとジャムが歩いてきた。

 

「ユウトさん、起きてたのにゃ」

「まぁな。それよりも、教官アイルーに礼を言いに行ったって? 律儀だよな〜、お前ってやつは」

「内容はどうであれ、自分なりのケジメだにゃ。二度と会いたくないけど」

 

 皮肉を口にする最後の部分は、本音で間違いないとすぐに分かった。

 

「さて……。戻って来たことだし、早速、行こうぜ」

「だな。――と言いたいところだが、その前にちーとだけ寄りたいところがあるが、いいかな?」

「いいけど……」

「ありがとな」

 

 トーンがやや下がったかのような返事から、あまり乗る気出なかったみたい。しかし、きっと納得してくれるはず。なんとなくだが、そう確信していた。

 暖炉の火はすっかり消え、後に残るは、情けないような、しかし、どこか柔らかみのあるような白煙だけどなっていた。

 けれど、そのことにじっくりと観察していたのはジャムのみ。教官アイルーへの礼を言いに行くついでに身支度を終わらせていた彼は、俺たちが準備できるまで待っていてくれていたのである。

 身支度を終えて

 

「わりぃ〜な、待たせて」

「私は別にいいんだにゃ。待つのは別に嫌いじゃないから」

「そっか……」

 

 こちらに気を使ってくれてるだけに、ありがたく思う。

 

「さーて、俺は準備OKかな。ケインの方はどうだ?」

 

 すると、ミルクと揃って親指を立てた。

 

「こっちもOKだ」

「だにゃ。同じく」

 

 二人からのゴーサイン。それを確認するや、こうして場の全員、出発の準備が整った。

 ログハウスを後にした俺らは、俺の要望によりある場所へと向かった。と言っても、船着場からはそんなに離れておらず。ある場所と言っても、船着場へは徒歩で、5分もかからない。

 

 だから、……なのだろう。

 

 この前にも来た場所であるだけに、ケイン達はどこへ向かうのか直ぐに分かったようだ。

 登り坂、船着場へ向かう左ルート。やや下り坂、共同墓地へと向かう右ルート。そして、それ以外へと通じるルート。分岐の立て札を過ぎて、共同墓地へ向かう中、ケインは俺の意図を察したようだ。

 

「サユリちゃんのとこか……」

「そうそう、そう言うこと。旅立つ前に、挨拶がてらお参りしに行こうと思ってさ」

 

 そう述べる俺の胸中には、恐らくこの旅立ちは、当面の間、この場所(ドンドルマ)へは暫く帰って来られないだろう。そう言った理由なき予感がしていた。

 

「そう言うことなら、全然OKさ。てか、同じ狩友として、俺もしてきたいぜ」

「ボクもにゃ」

 

 二人揃って歓迎してくれたようであった。一方、サユリとの面識が皆無だったジャムは、3人の会話から読めることとして、余程、大切な仲間だったのだろう、くらいにしか察することしかできない模様。そのこともあって、ただただ黙って同行するくらいしかできなかった。

 石畳の坂を下っていく中、道半ばにして墓土でできた道へとなった。それに伴い、茂みの向こう。眼下にて、一本の木を中心として整然と並べられた、共同墓地が見えてきた。

 足を滑らせないように気を付けつつ下り切ると、墓地の合間を縫い、ある一つの墓の前へとやって来る。

 一見して、墓と言うよりか、石碑にも見える石板には、キャンプ送りで犠牲になった者達が、複数人、刻まれてあった。当然、その中には、サユリの名前も刻まれており、猟団〝肉球カフェ″のメンバーと共に眠っていた。

 墓の前に来るなり、俺たちは互いに頷き合った後、合掌。

 

 (じゃ、行って来るな)

 

 心の中で報告だけを述べ、暫しの黙祷が永遠と思えるほど長く続いた。

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