モンスターハンターアルカディア   作:ぷにぷに狸

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1章:猛る白き獣・2話

 流れる風に乗って、雲の間を縫っていく。雲の隙間から見える大地には、緑の絨毯が広がっており、河川がその森の中を縫うようにして流れていた。

 遠方にはフラヒヤ山脈。目指すべき場所は霞掛かっていてはっきりとはしないが、標高が高い故に雪山となっていた。

 

「ポッケ村まで、あと40分くらいか……」

 

 画面を見ながら、到着までの時間を呟く。

 

 そう、ポッケ村……。

 

 俺たちが次に向かう、フラヒヤ山脈山中にある長閑で小さな村であった。次第に寒冷地特有の肌寒さを感じてくる中、両手に白い吐息をするケインがいた。

 

「なんだか急に寒なってきたな」

 

 その点については、同情する。実際、俺自身も少なからず余裕があるとは言え、寒くなってきているから。

 

「同感だな。直に風に当たっているのも辛いだろうから、しゃがんで凌いだ方が良さげだな」

「そうだな。……うん、そうしてもらうよ。景色見れないのは、残念だけどな」

 

 そう言うなり、潔くしゃがみ込んだ。しかし、風除けのためにしゃがみ込んだとは言え、寒さはあまり変わらなそう。

 

「お〜。さめぇ〜な……」

 

 身震いしてきた体を、優しく抱きしめた。

 

「にしても、お前の方はどうなんだ?」

「俺か? 俺は大丈夫かな、今のところは。それでも、多少は堪えるけどな」

「へぇ〜、寒さに強いんだな。意外だせ」

「いや……。別に、そんな……」

 

 寒さに強いんだな。とか言うけど、恐らく彼が思っているほど、強い方でもない気がしていた。ただ、単に個人差でしかないと思うから……。

 そうした中、ミルクとジャムが、揃って自身のステータス画面を見つめているのを見かける。オトモが自身のステータスを確認とか、滅多にしないだけに、ふと気になった俺は気軽に話しかけてみる。

 

「珍しいな。気になるのでもあったのか?」

 

 すると、ミルクは画面をこちらに見せながら意外な表情を見せた。

 

「実は、ボクも意外性を感じて見入っていたところだにゃ」

「何を?」

 

 すると、今度はジャムが振り向いて、ミルクの後に続く感じで話を繋げる。

 

「耐寒力だにゃ、ユウトさん」

「耐寒力?」

 

 (寒さに抵抗力でも付いたのだろうか?)

 

 勝手な想像の範疇だけに、首を傾げてしまう。ところが、その推測が的中したのだろう。

 

「そうだにゃ。つまるところ、全然とまではいかないけど、肌寒さを感じないのだにゃ」

 

 すると、身震いしながらしゃがみ込んでいたケインが、皮肉まじりに褒めた。

 

「全く、それは有り難いじゃないか。羨ましい限りだよ。……へ、へへ、へ、……ヘクション‼︎ うう……寒っ」

 

 歯を、カチカチカチカチ……、と音を立てて震えるケインに、俺もまた寒さに堪えてきたことから、その場でしゃがみ込み要約する。

 

「要するにだ。鍛錬の甲斐があった。って、言いたい訳だな」

「そう言うことだにゃ、悔しいけど」

「よかったじゃないか。……け、結果、オーライやな」

「ところでさ……。こちらに見せているその画面、なんて書いてあるんだ? 小さくてよく見えないんだが」

 

 話題を変えるように、疑問をぶつける俺。こちらに向ける画面は、オトモ専用だけに、説明文などがまるで、幾筋ものヘナヘナの線でしか見えなかった。

 

「ああ、これかにゃ。これは、発動中のスキルとその概要だにゃ」

 

 簡潔に話すミルク。そこでケインも同じく思ったのだろう。

 

「へぇ〜。で、スキルって何が発動しているんだ?」

 

 と疑問を投げかける。続けてミルクは、詳細とやらを話す。

 

「ネコの耐寒力、だってにゃ、スキルは。えーと、概要は……」

 

 ――とそこで、バトンタッチ。代わりにジャムが、こちらに歩みながら説明する。

 

「耐寒力レベル4。寒冷地にある程度、適応できるスキルだとにゃ。ちなみに、ある程度の割合は、40%と書いてあるにゃ」

「40%? なーんか中途半端な数値だな。じゃあ、残りの60%は?」

 

 すると、今度はミルクが補足しだす。と言っても――

 

「んー。多分、補う〝何か“がある感じじゃないかにゃ? それ以上は分からないにゃ」

「そっか……」

 

 無理もないかもしれない。俺としても、こんな仕様、今まで見たことなかったからだ。仕方ないと思い、それ以上、詮索はしないでおいた。

 

「まー、ともかくだ。残りの分は、何かしらあると言うことだよな。0%じゃないだけ、マシだったってとこだな」

 

 うんうんと頷き、ケインとしては、これはこれで充分、納得したようであった。

 

「まー、そんなとこだにゃ」

 

 そう言うなり画面を閉じ、ジャムもまた、ミルクに続けて画面を閉じた。

 

「ところでにゃ。それはそうと、ユウト」

「ん?」

「あと、どのくらいだにゃ? ポッケ村までは」

「そうだな……。えーと、残り、35分といったところか」

 

 確認してから答える俺。先ほどは40分だったが、このことから意外なほど時間が経っているようにも見えた。けれど、この残り時間は、多分にして――

 

「つっても、あくまで目安でしかないと思うけどな」

「目安?」

 

 とケイン。

 

「ああ、目安。実際には、数分しか経っていないのに、残り時間を見たら数十分経っていた。的な感じに、な」

「なんだそりゃ」

 

 訳が分らないといったような表情を見せる。無理もない。恐らくであるが、この残り時間は、そういう類いのものだと思う。実際、残り時間40分だったときから、今に至るまで2分前後しか経っていない感じであったから。

 

「結局のところ、当てにはならないということを言いたいのかにゃ?」

「そんなところだな」

 

 ジャムの指摘に、そうだ、と答えてやった。一方、小さな台の上によじ登ったミルクは、気球からの眺めを一望するや

 

「どの道、そうなると、まだまだ着かなさそうだにゃ」

 

 と、到着するまでの間、景色を堪能することにしたようだ。

 

 そして……。

 

 しばしの沈黙があと、同じく景色を堪能していた俺は、先ほどから気になっていたことを持ち出してみた。

 

「なあ、前から思ったんだけどさ」

「あん?」

「朝、寝ていた俺が魘されていたとかなんとか言っていたじゃん」

「魘されていた? ……ああ、あれか。お母さん、おかあ――」

「――とストープ!」

 

 あまり言われるのが恥ずかしかった俺は、そこで制止をかける。続けて、

 

「そう、そこ。そこなんだけど、それ以外に、他、なんか言っていたか?」

 

 すると、ケインは思い出す仕草を見せた。

 

「んー、いや、特に……」

 

 心当たりがないようでもあった。そうしたなか、ミルクがその時の俺の様子を鮮明に覚えていたらしく。

 

「思い出してみたのだけどにゃ。なんか、苦しいような表情を見せていたにゃ」

「苦しい?」

「そうだにゃ。なんか、藁を掴むような仕草みたいな」

 

 そこでケインもまた、思い出したらしく

 

「そう、それ。叫んでいる以外に、何かを掴もうと必死みたいな感じだったぜ。まあ、そのこともあってか、心配になって声をかけたんだけどさ」

「なるほどね」

 

 内容はどうであれ。全く覚えていない以上、これ以上、質問しても意味ないような感じになってきた。

 

「でも、なんでなんだ? ユウト。ただの悪夢か何かで魘されていただけでしかないように見えるけど」

「いや~、なんかさ。妙に気になってしまって、な」

「は~」

 

 拍子抜けしてしまうケイン。俺としては、特にこれと言った理由があるわけじゃなかった。

けど……

 

「でも、アレなんだよね。なんか、こー、もどかしく思ってさ。何で魘されていたのか、全く覚えていないだけに」

「ふーん、なるほどね。苛立ちみたいな感じだな。ある意味、それは」

 

今度は、ケインが納得したようであった。

 

「そうそう、そんな感じ。……でも、まあ、いいさ。どうせ、ただの悪夢でしかないと思うし」

 

 覚えていない程度でしかない、どうでもいいような悪夢。だったら、そんなものに、心を裂く必要なんてないよな。

 そう判断した俺は、それ以上、ケイン達に話す必要性を感じなくなった。

 

 けど、なんだろうか……。

 

 心の片隅では、何か、大切なことを忘れているような。そんな蟠りみたいなものが少なからずあった。

 

 

 

 

 ポッケ村――。

 

 雪化粧を施したフラヒヤ山脈の山中にある、長閑で小さな村では、一年中、寒冷地特有の肌寒い気候に晒されていた。気温にして、平均、15°といったところ。場合によっては、氷点下を下回ることも度々あり、それ故に、雪が降っては溶けずに残り。積もりに積もっては、やや厚みのある雪がかやぶき屋根を覆っていた。

 しかし、その雪の重みで潰れることはない。システム上、そういう仕様なのかもしれないが、それよりも屋根の構造からして、ある程度積もっては、地面に落ちるようになっていた。

 気球を降りて船着き場を後にした俺たちは、その流れからして、まず宿屋(ゲストハウス)探しから始めることとなった。

 耐寒力の着いたオトモ2匹はともかくとして、寒さに抵抗力がないに等しい俺とケインは、この状況に我慢できるはずもなく。一刻も早くといった感じに急ぎ足で、暖かい場所であるそこを探すこととなった。

 

「宿屋……、宿屋……。どこなんだ~」

 

 ブルブルと全身震えながら、俺とケインは、一軒一軒回っていく。そうしたなか、ふと気になる群衆を見かける。

 

 (なんだろうか……)

 

 酷く寒い感じではあったが、何かを叫んでいる群衆の様子の前では、思わず興味をそそられるものがあった。宿屋を探すケインを放っておいで、歩み寄ってみる。すると――

 

「あれは……、プレイヤーの集団か?」

 

 一人一人観察していると、頭上にはプレイヤー特有のアイコンが示されているのが垣間見えた。さらに距離を縮めてみると、誰かを囲っているようにも見えるではないか。興味津々のまま、俺自身も群衆に加わろうとする。

 ――がそこで、ケインの呼び声が

 

「おーい!! なんかここだけ、派手な館っぽいの。あったぞ、ユウト!」

 

 っ!?

 

 ハッとなって我に返った俺は、彼の方へと向いた。

 

「何! あったってー!」

「それにしても、大きな館ですにゃ~。まさに村一番、的な感じだにゃ」

 

 

 同じく見つけたのだろう。俺がケインに聞き返す間、ジャムが感想を口にしていたのを垣間見る。

 

「ああ、こっち来いよ。他の家よりもよく目立っていて分りやすいぞ」

 

 (どーれ……)

 

 言われるがまま、興味津々な彼の元へと向かう。すると、大きくて立派な。それも2階建ての作りを施し、一回ごとにかやぶき屋根が取り付けられた、まるで豪勢な館がそこにあったではないか。

 見るからに、本当に村一番の豪邸。そう例えてもおかしくない景観であった。

 

「なるほどね~。た、確かに……」

 

 頷けるのも無理なかった。

 

「だろう」

「ああ」

 

 そして、ある場所へと向かうや、吊り下げられた木札を手に取って見せる。

 

「……しかもだ。その証拠にほら、ここにきちんと書いてあるしな」

 

 そう言いながら、ケイン達にも分りやすいように見せた。

 

「ゲストハウス? この豪邸が? まさか」

 

 そう言うなり、見上げて意外な表情を見せた。そんな彼に、俺は続けて

 

「まさかもなんも。書いてあるしね、ゲストハウスって、ここに。……ゲストハウス、分るだろう? 初めてミナガルデ来た時とかに、一時しのぎで一緒に泊まったことあるからさ」

「まあ、確かに。そう、連呼しなくても分るけどさ」

「だからだよ。さ、ともかく――」

「でもでもよ、ユウト。あの時は、こんな豪勢な感じじゃなかったぜ。寧ろ逆に、もっと質素な感じだったぞ。」

「まあ、確かに。あの時はそうだったかもしれないけど……」

「だからさ、だからだよ。もしかすると、今回だけに、一泊だけでも高額になるんじゃないのか?」

「ん~、言われてみれば……」

 

 冷静になって考えると、こんな豪邸チックな館。ミナガルデ以上に値段が張るような気さえもした。ゆえに、躊躇したくなるような気さえ、一瞬だけだが起きてしまい――。だがしかし、そこは頭を切り替えてこう提案してみる。

 

「でも、ずっとここに泊まっているってわけではないだろう? 一時凌だけなら、そんなに、重荷にならないはずだがな」

「ん~、そう言われると……」

 

 反論を言われ、さすがに考え込んでしまう。

 

「ともかくだ。今、こうしている間にもすごく寒いんだ。金額どうこう考えるよりも、まずは、登録、先に済まそうぜ」

 

 言い切るなり、率先してゲストハウス入り口へと向かった。続けてミルクも後に続き、未だに考え込んでいるケインを、相棒のジャムが引っ張る。

 

「行こうにゃ、ケイン」

「……そ、そうだな。それに、……うう、寒っ」

 

 これ以上考え込んでも埒が明かない上に、この寒さに堪えていたのだろう。彼もまた、ジャムに続けてゲストハウス入り口へと向かって歩き出した。

 

 そして……。

 

 カランカランカラン……。

 

「いらっしゃいませ〜。ようこそ、ポッケ荘へ」

 

 軽快な鐘の音と共に、受付にいるホテルマンの丁寧な挨拶が聞こえて来る。

 

「ふぃ〜。あったまるぜ」

 

 暖炉か何かで暖められた、暖かみのある優しい熱気を肌で感じて、ケインが感想を口にした。同時に俺もまた、今までの寒さが嘘のように消えて、心地よさに包まれるのを直に感じ、心が自然と和んだ。

 辺りを見渡し、外観とは裏腹に内装がこじんまりとしていることに意外性を感じる。前方へ視線を戻し、受付まで歩く。

 

「おはようございます。御用はなんでしょうか?」

 

 カウンター内側にいるホテルマンが、尋ねてくる。一見して、カウンター周辺を見回す限り、どうも一人で番している様子。他は出払っているのだろうか。なんて思いつつ、一言、用件を言う。

 

「えーと、登録しようかと思って」

 

 そう、登録。ひとまず落ち着くまでの間、ゲストハウスで過ごそうと考えていた。

 

「と言いますと、宿泊プランですかね?」

「まぁ、そんなとこだな」

「了解です、かしこまりました。では、こちらのメニューからお選び下さいませ」

 

 そう言うなり、掌を上にかざすや、宿泊プランとやらが一覧となって表示された。どれもこれも、特典付きパックとやらが付いているらしい。その一覧とやらは、こんな感じだった。

 

Sプラン(高級プラン):

宿泊(オトモ宿泊可)+入浴可+3食付きパック

 

Aプラン:

宿泊(オトモ宿泊可)+入浴可+3食付きパック

 

Bプラン:

宿泊(オトモ宿泊可)のみ+3食付きパック

 

Cプラン:

宿泊のみ+3食付きパック

 

Dプラン:

宿泊のみ+朝食付きパック

 

 ちなみに、値段はDプランが一番安く、Sプランが一番高い、と言ったような仕様のようだ。

 しかし、どう言う事情なのか分からないが、一番安いはずのDプランで、一泊・50万zもかかると言う、まさにぼったくり的な値段になっていた。流石に苦笑いを隠せない。

 一方、そんなアホみたいな値段に、対してケインは驚きを隠さず

 

「げげ、ぼったくりやん」

 

 場所を弁えずして、俺が思っていたことをそのまま口走ってしまう。

 

「ちょ、ちょっと、ケイン……」

 

 いくら相手がNPCとは言え、言っていいことと悪いことあるだろう。そう思い、慌てて訂正しようと懸命になる。

 場が殺伐とする中、ホテルマンは悪びれたように謝罪する。

 

「誠に申し訳ございません。ここ最近、村全体で風評被害が出ておりまして、その影響で食材の確保が難しく……」

「風評被害?」

 

 あくまでゲームの中なのに、そんな設定じみた事でもあると言うのか……。

 あまりにも現実世界に似せて作られた世界観だけに、これはこれで驚いてしまう。そんな俺をよそに、ホテルマンは話を続ける。

 

「ええ、風評被害。実はですね――」

 

 ――と、その時だった。奥の部屋から、何やら騒がしい声が。それもアイルーの声が聞こえて来た。

 

「待って! 待つんだにゃ! 今、急いだどころでどうす事もできないにゃ」

「そうですにゃ。ここは冷静に」

「……」

 

 誰を説得しているのであろうか。相手の声は聞こえて来ない。さらに

 

「絶対ダメだにゃ。小凛(シャオリン)が待っていてと約束したではないかにゃ。――小狼(シャオラン)‼︎」

 

 直後であった。奥の部屋から、一匹のアイルーが。……いや、一匹だけではない。二匹、三匹とアイルーやメラルーが誰かを(多分、聞いた感じ、説得相手は小狼だと思うが)押し留めようと、姿を見せたのである。

 

 ずるずるずる……。

 

 力負けで押されていくアイルー達。そのうちの一匹が

 

「小狼……」

 

 と、再度、最後通告するかのように、懸命に呼び止めようとする。だがしかし、それは無理な模様。やがて、説得相手――小狼が姿を見せる。

 

 そして――。

 

「うわ!」「ぎにゃー!」「ふにゃー!」

 

 鬱陶しく思った小狼が、遂に強引にアイルー達を振り払い、まとめて蹴散らしたのである。

 

「しゃ、小狼……」

 

 呻くアイルー。そんな光景に見かけたのだろう。遂に、俺とケインを相手に接待していたホテルマンが動き出す。

 

「申し訳ございません。少々、お待ちを」

 

 と一言断った後、今にも出て行こうとする小狼の方へと歩み寄っていく。

 

「なんか、時間かかりそうだな」

 

 とケイン。

 

「かもな」

 

 と俺。ミルクもジャムも、この状況に長丁場となりそうに感じたのだろう。床に腰を据えた。暇そうに小狼とホテルマンの方を見守る中、二人の会話が聞こえてくる。

 

「お待ち下さい、小狼様。小凛様達から約束されたではないですか? 今回の調査では、今まで以上に危険が伴うと」

 

 すると小狼は、言葉にならない声。

 

「ああ……。う、うう……。あ……」

 

 を発して、自分の意思を伝えようとする。何かを言いたそうにする彼の印象に、ケインが呟くように疑問を抱く。

 

「ん? あいつ、喋れないのかな? なーんか言いたそうにしているけど」

「さあ……」

 

 どうだろうかね〜、とだけニャアンスを含ませて返した。

 そうしたなか、ホテルマンの懸命な説得に、ようやく少しは冷静さを取り戻したのだろう。小狼の行動に落ち着きが見えた。

 そして、指先でサッと空を切るや、メッセージ画面を表示。意見を書き連ねるかと思いきや、次の瞬間、手元が霞んで見え――

 

 え⁉︎

 

 目を丸くする俺達の眼前。一瞬にして、メッセージが表示されたのである。その光景たるや、いつメッセージを打ったのか分からないくらいに。

 

 いや……。

 

 もっとはっきり言えば、

 

 〝文字を打つ気配が、全く感じられなかった“

 

 そう表現しても、おかしくないくらいだったのである。

 あまりにも現実離れした光景を見て信じられないと言った表情をしつつ、ぽかーん、と開いた口が閉まらなくなってしまった俺とケイン。表示されたメッセージを見て、ホテルマンは先の光景に動じず、再度、食ってかかる。

 そうしたなか、ようやく我に返ったケインが言う。まるで、共感を得るように。

 

「先の、見たか? ユウト」

「あ、ああ……。俺も、見た」

「だよな」

 

 そして、また、先の光景が再び。

 

「あ! まただ」

 

 再び手元が霞んで、一瞬にして文字が文となりて表示されたのである。一度なら、なんかのバグか何かかもしれない。そう感じえたのかもしれない。

 

 しかし、しかしだ。

 

 それが二度もあった。いや、二人の会話から、何度も何度も、その光景が繰り広げられるのである。

 

 (一体、どうなってるんだ?)

 

 流石に戸惑いを隠せない。そうした中、ケインが一言、呟いた。

 

「……神速の手捌き(ゴットフィンガー)

「え?」

「あ、いや……。あまりにも手元が速くて、さ。多分、だけど」

 

 (多分、か……)

 

「ゴットフィンガー。手元が速い、か……」

 

 そう言われれば、確かにそうかもしれない。どこか府に落ちたような、そんな気がした。

 そう納得する中、ようやく小狼とホテルマンに動きがあった様子。ホテルマンがこちらにやって来る。

 

「お待たせして申し訳ありません」

「もう、いいのかにゃ」

 

 とミルク。続けてケインが、言葉を紡ぐ。

 

「なんか、彼、酷く焦っていたみたいだけど」

 

 すると、ホテルマンは取り繕うように笑顔を見せた。

 

「いいんです。その辺は、キチンと話し合いましたので。それよりも……」

 

 そう言いながら受付へと戻り、再び先程のプラン一覧を表示させた。

 

「どうします?」

「んー、どうすると言ってもな……」

 

 気を取り直し、今一度、プランを吟味してみる。やはりと言うか。どれもこれも、見たまんま、ぼったくり価格でしかなく。

 

「どうする、ユウト?」

「それは、こっちが言いたいよ……」

 

 結局、値段が値段だけに、決めあぐねてしまう。思うに、一泊だけなら。それも一番安いDプランならまだしも、負担は少ない方。

 けれど、それがメドつくまでの間、一時凌ぎとして利用するには、やっぱりつらいものがあった。

 

 (やっぱり、やめとくかな……)

 

 結論として、他を当たるか。そう考えて返答待ちのホテルマンに断念する旨を伝えようとして、指先をキャンセルへと向かわせた。

 ――とその時、ふと気配を感じて振り向く。

 

「ん? どうした?」

 

 ケインが奥の部屋の方を見ていることに、おれも気になってか視線を向ける。同時に、ホテルマンも、俺たちの見ている方へと顔を向けた。俺たちが見ている方、そこには、先程の小狼がそこにいてこちらを見ていた。

 

「なんだ? あいつ? こっちを見つめて」

 

 同じく首を傾げる。一方、ホテルマンは、やれやれ、そう言わんばかりにため息混じりに肩を落とすや、その少年へと歩み寄って行った。

 ――が、その直後であった。

 

 え?

 

 驚く俺の傍ら、小狼はホテルマンを振り払って俺たちの方へと向かってきたのである。

 

「え? ええ、ちょ、ちょっと……」

 

 突然のことに戸惑う。そして、そんな俺たちを無視して抱きつき

 

「お、お……がい。た、た……。けて……」

 

 必死にすがり付いてきたのである。必死の形相と対応に戸惑う状況に、振り払うことなんてできず。

 しかし、なんとか落ち着かせようとして、少年の両肩に手を添える。

 

「と、とにかく落ち着けよ。一体全体、なんなんだよ、お前は」

 

 すると、流石に顔見知りじゃない赤の他人だけあって冷静になったのか。焦りをやや滲ませながら、形だけでも落ち着いたようであった。

 そんな傍ら、俺に代わって横からミルクが尋ねる。

 

「先程から慌ただしかったようだが、一体、何があったのにゃ?」

「……」

 

 今度は何を思ったのか、押し黙ってしまう。その様子に

 

 (なんなんだ? こいつ。慌ててホテルマンと悶着あると思えば、俺たちに縋り付くや否やだんまりだし)

 

 全く訳の分からない奴だな……。なんて、面倒な印象として捉えてしまう。そんななか、ホテルマンが小狼に代わって代弁する。

 

「この際、私めが説明しましょう。小狼様は、対人コミュニケーションが苦手な方であり、喋ることがまともにできない以上、チャットを使って会話することしかできない方。で、先程から慌てていらしたのは、ここしばらくの間、原因調査に向かっていた姉・小凛の帰りがなく、さらに進捗状況の知らせもないことから、さらに心配性も合間あって、今までいてもたってもいられなかったのです」

「へぇ〜、なるほどね。いわゆるコミュ症ってヤツね」

 

 なんだか長ったらしい説明から、言い方はともかくとして、なんとなく事情を察したケインが頷いた。

 ところが、ところがだ。彼の言い方が悪かったのだろう。小狼の表情が険しくなったかと思いきや、怒涛の勢いでケインに食らいついてきた。

 アーマーを鷲掴みするや、凄まじい形相で睨みつけてくる。

 

「お、おい! いきなり、な、なんなんだよ一体。俺、何か悪いことでも言ったか?」

 

 戸惑いを隠せないケインは、俺たちを見やる。ミルクもジャムも、さ〜、と知らぬ存ぜぬ。そのなかで、俺だけがなんとなくだが分かっていた気がしていた。

 けれど、なんだかはっきりと指摘する気にはなれなかった。

 

「J.Oの時もそうだったけど、思ったこと口走り過ぎだよな、お前ってヤツは」

「え? お、思ったこと? 俺が」

 

 自覚がないだけに、さらに困った表情を浮かばせる。さらに、そこに相まって、怒りを露わにする小狼。なんとかその場凌ぎに、中身はどうであれ謝りに出る。

 

「わ、悪かった、悪かったよ。だからさ、そんな怖い顔するなって」

 

 しかし、小狼は口で思ったことを表現するのが苦手なのか。あ〜、とか、ゔ〜、とか表現できず。

 結局のところ、なし崩し的に俺がケインの性格とやらを、彼に事情説明する羽目になった。拉致が開かないだけに

 

 (なんで見ず知らない赤の他人のこいつに、俺が説明しないといけないんだよ)

 

 不平不満を心の中で並べることに。

 

「だから、そう言う訳なんだ。だから、大目に見てやってくれないか」

 

 下手に出て、ケインの代わりに中身のある謝罪をすることになった。一方、小狼はと言うと、流石に俺からの説得もあってか、少しは落ち着きを取り戻したらしい。彼を解放してやった。

 

「ふぅ〜。助かったぜ、ユウト」

「お前が悪いんだからな。勝手に人をコミュ症呼ばりにしたお前が」

「わ、悪かったよ」

「どうだか……」

 

 最後はジト目で返してやった。そうした中、ジャムが話を戻すかのように切り出す。

 

「ところで先の話、私たちに用があるみたいだが、何の用かにゃ。えーと、名前は……小狼だったかにゃ」

 

 すると、すっかり冷静さを取り戻した小狼は、そこで一歩下がるやメッセージ画面を表示。一瞬の手捌きの後、要件とやらが文章になって表示される。

 何度見ても思うが、文字打つの、メチャクチャ速くて脱帽するしかない。そんな文章には、こう書かれてあった。

 

『何も返事をよこさない姉さん達の安否が心配だから、僕も連れて行って。お願い』

 

 そのメッセージを見るや、先程、ホテルマンが言っていたことに合致。なるほどねぇ〜、とか口にしつつ思い出すように

 

「確か、彼のお姉さん達は原因調査に向かったとか」

 

 すると、ホテルマンは

 

「ええ、そうなんです。そして、その調査と言うのが、今回の村全体の風評被害と関係ありまして。行者の目撃情報によると、人が滅多に立ち入ることはないとされる雪山奥地にしか生息しないはずの白き獅子を、見たとか、ないとか……」

「白き獅子?」

 

 首を傾げるケイン。呼び名は違えど、その言葉のニャアンスから覚えがあった俺は、ここで結論付ける。

 

「恐らくアイツだな。間違いない」

 

 その脳裏には、白き獅子(いや、雪獅子と言うべきか)ことドドブランコのイメージがあった。そして、同時に、お姉さん達が小狼を危険な目に合わせたくない。その気持ちにも頷けるような気がした。

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