モンスターハンターアルカディア   作:ぷにぷに狸

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1章:猛る白き獣・5話

 

 夕刻――。

 

 3羽のカラスが、橙色に染まったわた雲の空を飛んでいく。遠方には立ち並ぶ摩天楼。そして、行き交う自動車が、定められた空路に沿って走っていた。

 この時代、地上を走る自動車と空路に沿って宙に走る自動車が、半々なあんばいで縦横無尽に走る世の中。それだけに、地上と空中とで、複雑な交通網が混じり合っていた。

 そんな日常の光景。それをぼんやりと眺めながら、波恵はため息を吐いた。

 

「ですからして、新たに発見された石板から、エジプト文明における太陽神ラーは、ある種のドラゴンではないかと学者の間では囁かれています。とは言え、物理学専門ではない私ですが、最近では、物理の世界で多元宇宙論(マルチユニバース)とこの歴史的な発見は、どうも関連性があるのではないのかと話題になっているんですね。ですからして――」

 

 等々。

 結局のところ、ダラダラと語る木村先生の持論。授業中にも関わらず、不思議と興味が持てなかった。いつもなら、歴史に興味がある事柄なのにだ。

 窓の外をぼんやりと眺める波恵に、木村先生は心配になって声を掛ける。

 

狩巧(かうま)さん? 狩巧さん」

 

 しかし、全く耳に入らなかった。そんな中、いつの間にか来ていたのだろう。肩に触れる感触を感じて、我に戻る。

 

「あ、先生……」

「あ、先生、じゃないですよ。本当に大丈夫ですか? 朝からずっとその調子だけに」

「別に、……大丈夫です、私は」

「また、その言葉。朝から見ているけど、全然、大丈夫そうには見えないですよ」

「そうですか……」

 

 面倒臭いだけに、言い訳する気にもなれなかった。その心情を察するかのように、木村先生は指摘する。

 

「やはり、心配なのね。お兄さんが」

「っ!」

 

 図星だけに、無言のつもりでも、ピクリと体が反応してしまう。

 

「全く〜。心配なのは分かりますが、だからと言っていつまでも――」

 

 そこで、カッと熱くなった波恵は、木村先生を睨みつけ

 

「先生には関係ないじゃないですか! 私の心情、勝手に読まないで下さい」

 

 と反抗。さらには

 

「それに、私と兄は、どうせ血の繋がりなんかありませんし」

 

 と余計なことまで、つい言ってしまう。瞬間、言い切った側から、しまった! と思ってしまうが、時すでに遅し。後悔の念が出てきてしまう。

 だけど、事実だった。自分と兄の友斗は、血の繋がりなんかないのは。なせならお兄ちゃんは――

 

「もう、そんなこと言わないの。例え血の繋がりなんかなくても家族なんだし。それに――」

 

 そこで

 

 キーン、コーン、カーン、コー……。

 

 木村先生の言葉を遮るように、授業終了のチャイムが。聞く耳なんか持ちたくなかった波恵は、その合図を皮切りに席を立つと

 

「もうお終いですね。この後、兄の検査結果聞きにいくので、この辺で失礼します」

 

 そう言った側から肩下げバックを手に、波恵は先生のことなど尻目に素通り。一方、木村先生はそんな彼女を呼び止めるつもりで、声を掛ける。

 

「あ、ちょっと狩巧さん。話はまだ終わったわけでは――」

 

 しかし、それ以上は無用。波恵は周りの目なんか気にせず、教室から立ち去った。

 

 夕日の光が差し込む玄関先に来ると、後ろから自分を呼ぶ声が聞こえて来る。

 

「波恵さん、待ってー!」

 

 慌てて呼び止めようとする声。声の主は見なくても分かった。遠山美咲。数少ない親友の一人だった。

 自分の下駄箱を探しつつ、その声に答える。

 

「どうしたの? 美咲ちゃん」

 

 すると、彼女は息をやや荒げ、焦ったように逆に問いかける。

 

「どうしたの? じゃないよ、波恵さん。先生も心配してだけど、最近、変だよ。大丈夫?」

 

 僅かばかり疲れた表情をしていたが、美咲ちゃんの眼差しは自分を心配してか、真剣そのものだった。

 だけど、波恵は友人をそれ以上、心配させまいと愛想笑い。

 

「た、大丈夫だよ、私は。ヘイキヘイキ」

 

 挙句には、手をひらひらさせ、大丈夫アピールをしてしまう。

 

「ほんとうに?」

「うん」

 

 しかし、相当心配していたのだろう。こちらが、答えても信用できず。心を見透かすように確かめて来る。

 

「ほんとうに、本当に?」

「だ、大丈夫だって。もう、心配し過ぎだよ」

 

 流石にと言ったところだろう。半ば焦って答えてしまった。けれど、波恵の答えが変わらなかったことから僅かに安心したのだろう。

 その表情を見るからに半信半疑ではあったが、それ以上は問い詰めなかった。

 

「なら、いいけど……。でも、もし、不安だったら、ちゃんと話してよね。波恵さんてば、無理に痩せ我慢するところあるから」

「あはは、ありがとう」

 

 思わずと言ったところか、苦笑いを浮かべてしまった。でも、波恵自身、彼女がそこまで心配してくれる理由。きちんと理解していた。

 だからなのだろう。木村先生とは違い、問い詰められても、別にうるさい、とか、しつこい。なんてこれっぽっちも思わなかった。

 何せ咲恵ちゃんもまた、自分と同じ目に合っているから。血の繋がりの有無の違いはあるにせよ。咲恵ちゃんもまた、あの悪魔のような。はたまた、死神のようなゲーム――MHA・Oに、弟の和樹君を人質に囚われているからだ。

 

 (本当は自分も辛いはずなのに……)

 

 波恵は、そんな咲恵ちゃん自身の苦悩を顧みず、他者である自分を労ってくれる寛大さが、とても優しく思えていたのである。

 それ故になのかもしれない。

 

「でも、咲恵ちゃんもね」

 

 そう言うなり、お返しとばかりに、こつんっ、と人差し指で軽く額を突いた。

 

「え?」

 

 流石に戸惑う咲恵ちゃん。波恵は、さらっと流すようにして訳を話した?

 

「無理しちゃダメだからね。和樹君のことで、ね」

 

 と。

 

「波恵さん……」

 

 同じ境遇だけに、咲恵ちゃんの瞳は、波恵の優しさを受けてか潤ったように見えた。

 一方、波恵はそんな彼女を見ずして靴を履くと、踵を軽く整えた後、手を振って彼女の方へ。

 

「じゃあね、咲恵ちゃん」

 

 別れの挨拶を告げ、そして、玄関先で夕日を背にして待っていた母の元へと向かった。ゆったりとした足取りで歩み寄る。

 

「おかえり〜」

「ただいま〜。待った?」

「うんうん、今さっき来たところ」

 

 校門先にて、駐車してある自家用車(Airワゴン)へ向かって歩きながら、母・狩巧志穂は、笑みを浮かべて返した。

 足並み揃えて歩く中、気になってか、波恵はふと後ろを振り向いた。下校時刻と言うこともあったが、そこまで時間は経っていないこともあり、下校生徒はまばらな様子であった。

 そのなかで、先程、話していた咲恵ちゃんもまた、他の友人と言葉を交わしつつ帰ろうとする姿が垣間見えた。

 向き直った波恵は、そこで彼女が言っていた言葉を思い返す。

 

 (痩せ我慢、か……)

 

 我が身を顧みれば、確かにそんな気もしなくはなかった。と言うのも

 

 そう、あの日……。

 

 公開祭があった日以降、全くと言っていい程、目が覚めず、会話すらできていない。それどころか、いつ死んでもおかしくない状況の兄に、精神的に疲弊している感じがあったからだ。

 けど、それもこれも最初だけだった気がする。今でも兄に何かあったらと思うと、不安で堪らないのは変わらない。だけど、あの時に比べれば、それが当たり前のように常態化しちゃって。

 いわゆる、慣れ、的な感じで精神的に鈍感になってしまったような感じで今に至っていたからだ。

 

 けど……、だけど……。

 

 それがいつしか先生だけでなく咲恵ちゃんにも、心配されるようになって来たことを鑑みれば、無意識のうちに態度に現れ始めてきたのかもしれない。

 

 そう……。

 

 何せ心が摩耗しきってしまったばかりに、体が危険信号を飛ばすかのように反応しているからだと思ったから。

 いわゆる、防衛本能、てやつかも知れない。波恵は、そう解釈することにした。――と、ふと、そんなことを考えながら歩いていた波恵だが、そのことが返ってお母さんに誤解を招いてしまったのだろう。

 

「どうしたの?」

 

 心配からか、顔を覗かせてきた。波恵は、うんうん、と首を振るや

 

「なんでもない」

 

 それだけを告げて誤魔化すかのように早歩き。助手席のドアの前に立った。

 

「早く行こう、お母さん」

「そうね」

 

 そう言うなり、ガチャ! 車のキーを使って遠隔操作でドアロックを解除。焦らす波恵は、早速と言わんばかりに、乗り込んだ。

 

 エンジンがかかった。だけど、元からEV車だけに、立ち上げたパソコンのような静けさを醸し出していた。

 ふわりっ、と宙に浮く感じがして、それからタイヤが格納される音がして。波恵とお母さんの二人が乗ったAirワゴンは、摩天楼の彼方へと飛び立つ。

 向かう先は、兄が入院している病院――東京都立中央病院。そこへ向かうべく、車が行き交うメイン空路へと直行する。

 そして、合流を経た後、暫くはそのまま車の流れに沿って走る感じ。メイン空路は渋滞ではなかったにせよ、次のインターへ向かうまでの間、会話のない退屈な時間が二人を包み込む。

 肘で顎を支え、その退屈さだけに窓から外の景色を拝む。その最中、林のように密集した摩天楼は、夕方から夜にかけてのこの曖昧な時間に合わせて、ポツポツと灯を灯していた。それは、夜景へと成り代わる過渡期でもあったかのように。

 次第に夜の帳が下りて来る頃、都会のネオンが爛々と輝き始め、幻想的な風景を醸し出す。だが、今の時間帯では、はっきりとは見えないだろう。煌びやかな摩天楼の下界は、その過渡期の夜景とは相反するように、今現在、世界が直面している危機を彷彿させていた。

 それはまさに

 

 ――水没都市――

 

 言葉が悪いが、その言葉通りの意味合いだった。

 

 そう……。

 

 地区にもよるが、波恵の住んでいる東京は、まさに対岸からやや内陸にかけて、水没していたのである。

 文字通りに水没、その言葉のままに、だ。ちなみに原因は一つしかない。

 

 地球温暖化。

 

 深刻なまでに進んだ温暖化とそれに伴う海面上昇によって、東京都は。……いや、それ以外の県もだが、まさに水没の危機に瀕していたのである。

 それ故に、前世代では人気スポットだったお台場なんて、その半分程が水没。他の地区も、場所にもよるが、だいだい同じような状況だった。

 だけど、人は不思議だと、波恵は思っていた。と言うのも、そんな状況下になっても、慣れれば別に大したことはない。みんながみんな、と言う訳ではないが、大体の人達は、そんな狭くなってしまった東京都を気にもせずに住み続けているからだ。

 まさに、自分の心の状態と似ているのだろう。   

 

「同じだな、私と……」

 

 そう皮肉を口にした。思わずと言った感じに、夜景に向かって呟くようにして。さらに車窓に反射して映る情けない自分の姿が、滑稽に見えて来る。

 そんな中、内蔵されたカーナビから、ニュースキャスターの溌溂とした声が流れてきた。いつもの天気予報は終わったのだろうか。区切りの文言を告げてきた。

 

「以上で全国の天気予報をお送りしました。続きまして、海洋研究所オーシャン・ハイム所長の兼任もなさっている、アース広報部長キスティスさんからのお知らせコーナーと参ります。……キスティスさん、こんばんは」

「こんばんは」

「では、早速ですが、近年、注目を浴びているアースの近況をお聞かせください」

 

 その後、彼女によるアースとやらの機関についての近況が、解説混じりで話が始まった。

 波恵としては、興味がない訳ではなかったが、やはりと言うべきか。とても聞く気にはなれなかった。

 その中で、自然とため息が出る。すると、そのことを察してなのか、お母さんが一言。

 

「きっと大丈夫だよ」

「え?」

「お兄ちゃんのこと。何があったら、病院から電話がかかってくるし、それに今までだってそうだったじゃん」

 

 何を言い出すかと思えば、根拠も何もないお母さんからの言葉。波恵は訳がわからず、理由を聞く。

 

「なんで、そう言い切れるのさ? 理由でもあるの?」

 

 するとお母さんからは、少し考える仕草を見せていたが、ほぼ間をおかずして返事が返って来て。その返事とは、案の定、理論性もなく、自分が感じたままを告げるようなものだった。

 

「女の勘じゃないけど、母の勘。ってとこかな」

 

 まさに、ふざけた様な突拍子もない言葉。それだけに、聞いて呆れた波恵はツッコミを入れる。

 

「なんなの、それ。ふざけているの? お母さん」

 

 すると、今まで取り繕う様に笑みを見せていたが、今度は真面目な表情をして答える。

 

「ふざけてないわ。お母さんだって、不安だもの。正直なところ」

「だったら!」

 

 とそこで、食ってかかる波恵。しかし、お母さんはまともに相手をせずして、冷静に答えた。

 

「よく考えてみなさい、波恵。こればかりは、どう悩んでも解決できないことなのよ。ただ、唯一、私達にできることは、現状、祈るくらいしかないし」

「でも、それでも! いつ死んでもおかしくないんだよ。ニュースでも度々やっているけど、相次いで犠牲者でているし。それに――」

 

 言いながらだけど、波恵としては、今になって心が張り裂けそうなくらい膨らんできていた。きっとそれは、誤魔化していた苦悩が、ここに来て露呈し始めてきたのだと思う。

 そのことだけに、瞳の奥が、競り上がる感情によって熱くて堪らなくなっていた。つられて今にも涙が溢れてきそうにもなる程に。

 一方、そんな娘に、運転しながらお母さんは、波恵の言葉を遮り慰めるように言う。

 

「分かっている。分かっているから、波恵が言いたいのは。だから、いいのよ、我慢しなくて。辛いのは何もあなただけじゃないんだから」

「だ、だけど……」

 

 まさに最後の砦であった。その一線を超えたら、自分はもう――。だがしかし、その最後の砦とやらは、お母さんの優しい言葉の前には、呆気なく崩れ去ることに。

 

「もう。いいの、我慢しなくて。……辛かったでしょ、今までよく頑張ってきたわね」

 

 なんの変哲もない言葉。だが、その変哲もない言葉が、波恵の摩耗しきった心に響いて。その瞬間――

 

「っ!」

 

 その言葉の前に、波恵はもう我慢出来なくなっていた。止めどなく溢れ出る涙。意志ではどうしようもできないその涙に、もはや抗う術はなく……。

 強いては、その姿を見せまいとして、車窓へ向いては、腕で顔を埋める羽目に。それ以上の言葉は、黙すこと以外、嗚咽のみとなった。

 その心中たるや、自分には見守っている以外、何もできないこと。その悔しさ、そして、デスゲームだけに、いつ死に飲まれ亡くなるから分からないその恐怖が、凄く……、凄く……、とても凄く、堪らなかったのだ。

 それ故に、その堪らなさが涙となって溢れてきた瞬間でもあった。肩をひくつかせて泣きじゃくる娘に、お母さんは優しく肩に手を添えた。

 一方、そんな娘に同情してか、自身もまた、心が摩耗しきっていることだけに、その表情には、一筋の涙が流れていた。

 

 

 

 

 到着する頃には、すっかり暗くなっていた。パーキングの標識と誘導灯に導かれ、ビルをぐるりと取り囲む突き出た駐車場へと入る。

 駐車ビルの隣には、何層にも連なる連絡橋を挟んで病院が。兄・友斗が入院している病院――東京都立中央病院があった。

 車から降りた二人は、そのままエレベーターホールへと向かう。なんでも、この屋上からは、直接、病院への連絡橋はあることはあるのだが、どうも工事中らしい。

 電子広告板にて、お断りとして表示されてあった。まぁ、工事中なら仕方ないとは思う。とは言え、一回エレベーターに乗って、階下の連絡橋のあるフロアまで行って、なーんて、遠回りは、あまりしたくはなかったが……。

 と言う事情により、エレベーターに乗った二人は、フロア表示を確認した後、連絡橋がある20階を目指すべくボタンを押した。

 一瞬、ふわっと体が浮く感じはしたが、直ぐに収まると、車内にいた時と同様、無言の空気が二人を包み込んだ。

 しかし、今度はそこまでは長くはなかった。未だに不安はあったが、一度泣いたことでスッキリ。心の整理が少しだけできたことにより、その気持ちからか、やや照れがちであるが先に口を開くことができた。

 

「……ありがと。……先程は」

 

 すると、お母さんからも、そのことを察したのだろう。意外性を含ませて謝意を述べてきた。

 

「うんうん。それを言うなら、お母さんからも礼を言わせて。……ありがと、波恵」

「そ、そんな……、礼を言われるほどじゃあ……」

 

 流石にこれには動揺を隠せない。だがしかし、そんな娘に対し、お母さんは――

 

「うんうん、これは本当よ。本当にあなたのお陰で、お母さんもまた、自分の心と向き合えたから」

 

 そう言われ、本心なのだろうが、波恵としては、正直、こそばゆい感じになった。お母さんもお母さんで、苦しいのだろう。同じ家族だけに、十分、分っていた。

 このことで改めて思う。自分だけじゃないのだと……。きっと、うちらだけの問題ではないのだ。他の家族だって……。

そう考えると、少しは心強くなれた気がした。

 

 だけど……。

 

 〝20階に到着しました〞

 

 アナウンスだけに着いたのだろうか。エレベーターが開き、蛍光灯に照らされた長い渡り廊下が自分たちを迎えた。無機質な渡り廊下が左右に広がっている中、目の前にはガイドマップがあり、左右どちらから行っても連絡橋へ辿り着けることを示していた。

 あの言葉以来、押し黙ってしまった波恵。お母さんは手引きするかのように、語りかける。

 

「行こうか」

「うん……」

 

 触れば冷やっとするような壁だけに囲まれ、二人は連絡橋へ向かって歩き出す。そうしたなか、嫌な悪寒が背筋を伝う。この先、待っているだろう病院では、悲しみの声で溢れかえっているに違いない。そんな予感がしてならなかった。

その不安からなのか、自分の心と向き合うようにして話し始める。

 

「あのね、お母さん」

「ん? なーに?」

「私、自分が何もできてあげないことと、この先、どうなるか分らないことで、今まで不安だったの」

 

 そう言って、心の底で思っていること。ここに来て、ようやく口にする。すると、すでに自分のことを知っていたのか。お母さんは易しく包むようにして、一言添えた。

 

「やはりね~」

 

 と。そのことに、まるで見抜いていたような口ぶりだけに、娘は疑問に思ってか傾げる。

 

「やはり?」

 

 するとお母さんは、その理由を抽象的に告げた。

 

「うん、やはり。そんな気がしていたからね」

 

 と。一方、抽象的すぎるとは言え、その言葉を受けた波恵は観念したような気持ちになってしまったのか。今までのこと、まるで心の内をさらけ出すようにして、打ち明け始めた。

 

「やっぱり、態度で出ちゃっていたんだな。……はぁ、やっぱり、隠しきれなかったな」

「隠す?」

 

 今度はお母さんが、娘の意図を理解できずして傾げた。波恵は続けて話す。

 

「うん、隠す。周りに心配かけたくなかったから」

 

 と。そして――

 

「だって、みんなだって今回の事件で心痛めているし、そこに私なんかが不安を口にすれば、もっと周りだって……」

 

 しかし、お母さんの返答は違った。

 

「それは違うと思うよ」

「え?」

 

 連絡橋を渡ろうとしていた波恵の足が止まる。振り向く彼女に、お母さんは自分が思っていることを述べた。

 

「だって、そんな事をしたって、結局、自分が辛くなる一方だよ」

「だけど……」

「だけど、……なに?」

 

 問いかけに対して、言葉が詰まる。けれど、自分の考えを一度整理した後、口を開いた。

 

「だって……。だって、周りがただでさえ不安なのに、そこに不安要素を入れちゃったら、逆に火に油を注ぐようなものじゃない。言い方悪いけど」

「火に、油を注ぐ、ね……」

 

 波恵の言葉に指を口元に当て、少しは考える仕草を見せる。けど、代替案でもあったのか、間を置いた後、否定的な娘の意見によいアイデアを持ち出す。

 

「集いの会、って、知っている?」

「集いの会?」

「そ、集いの会。お母さんもあまり詳しくは分らないのだけど、テレビとかネットで見た限りだと、悩める者同士が集まって、自分の苦しいことなどを打ち明け合うみたいな会なの」

 

 そう言うや、お母さんもまた、波恵の前へと歩き出し隣へ来る。一方、そのことを知らなかったこともあってか、波恵はさらに否定的な口実を付けた。

 

「それって、聞いた限り、ただ傷を舐め合っているみたいじゃない。全然、解決にはならないよ」

 

 しかし、お母さんは、連絡橋の手すりに体を預けて摩天楼の夜空を見上げるや、見えない星空に向けて呟くようにして語って見せた。

 

「確かに。旗からしてそう見えるかもね。だけど、別にそれでもいいじゃないかなあと、お母さんは思うのよね。それに、ここまで来るまでの間だって、それに近いようなことをして、心の整理ができたし」

「そ、それは……」

 

 車内での出来事を思い出してか、波恵は頬をやや赤らめ恥ずかしくなる。

 

「アレは、ち、違うもん。……そ、違う、違うのよ」

「そうかしら? でも、少なくともお母さんは違わないと思うな~」

「そ、そんな勝手に――」

 

 しかし、皆までは言わせてくれなかった。先に病院へと向かってその歩を進み始めたお母さんは、そこで娘を急かす。

 

「ほらっ、行こう? 検査結果、聞きに行くのでしょ?」

「ああ、ちょっと!」

 

 向いた矢先、勝手に話を中断して先へ進み始めたお母さんに、波恵は仕方なしに慌てて後を追いかけた。

 

 半透明なスライドドアが、静音を伴って左右にスライドして開く。中から聞こえてくるは、種々雑多な声が入り交じる喧噪した響き。

 嘆く者、怒る者、祈る者、そして、医者達の声――。いずれにせよ、一括りにまとめれば、狂気のMHA・Oに巻き込まれた被害者家族達の悲鳴で、溢れかえっていた。

 どうすることもできない現状。その現実を突きつけられし者達。その声達に飲まれそうになり、波恵の心もつられておかしくなりそうであった。

 

「お母さん……」

 

 不安からか、お母さんの袖を力強く握りしめる。

 

「大丈夫よ、きっと」

 

 そう囁くや、優しく頭に手を添えて元気づける。そして――

 

「さ、行きましょう。まずは受付に行かなくちゃ」

「う、うん……」

 

 その言葉を残して、二人は受付窓口へと向かった。

 

 本来、スタッフが行うものであるが、今回の受付窓口は。……いや、他の受付窓口もそうであるが、全ての窓口には、全てAIロボットが担当を担っていた。

 このことにより、やはりというべきなのだろうか。いくら都内で一番大きい大病院とは言え、溢れんばかりの患者の看病を見ないといけないだけに、その印象から人員不足の様相を醸し出していた。

 まあ、当然なのかもしれないが、この病院では、すでに1万人ものデスゲームに巻き込まれた患者が受け入れられている。

そのことだけに、聞いた話に寄れば、当病院の病床や職員の数が足りず、超逼迫状態に陥っていると言う話である。

 

 しかも、しかもだ。

 

 それに輪をかけて、他に行くところがなく、待機待ちの患者が大勢いるという話。つまるところ、出遅れた者は、診察してもらえないところか、病院へ立ち入ることさえ。

さらに悪く言えば、救急車を呼んでも断られてしまうと言うケースに陥ってしまう者達もいることを意味していた。

 そのことにより、現状を鑑みれば、にっちもさっちもいかなくなっていた事が火を見るより明らかであった。だが、そうしたサバイバル染みた厳しい環境下においても、波恵の家族は運がよかったと言えよう。と言うのも、デスゲームという異常事態を、たまたまニュース速報で見たお母さんが、慌てふためき、速攻でその日のうちに病院へ連絡したことから、運良く受け入れることができたのだから。とは言え、それでもまさに、間一髪といった感じではあったが……。

 ――と、そんな事などを思っていると、受付を済ましたお母さんは、診察券のアプリが入ったスマホを手提げバックへとしまい、長椅子で待っている娘の元へ。

 

「じゃ、行こうか」

 

 そう言うなり、波恵の手を優しく握り手引き。嘆きで溢れんばかりのエントランスを、二人して後にした。

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