モンスターハンターアルカディア   作:ぷにぷに狸

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1章:猛る白き獣・6話

 何回も見ているから慣れているとは言え、窓越しから見える風景は異様な光景でしかなかった。真っ白い壁に真っ白いシーツ。そして、横たわる真っ白い入院着を来た患者達。

 皆一様に言えることは、頭にあの死神のヘルメットことVRSが被さっていることだった。さらに言えば、ベッド脇にある卓上テーブルにて、多種多様ではあるがPCが備わっていること。当然ではあるが、PCはVRSとセットでコードに繋がっていた。

 ここは入院病棟にある共同部屋。それも他の共同部屋とは違い、その広さが半端なかった。例えるなら体育館。そう、体育館のような広大な部屋であった。

 思うに、前世代で引き起こされたかの国から端を発したパンデミックを経験して以降、新たに設けられた、いわば特殊災害用の共同部屋、て、ところだろう。

 かの国とは、つまるところ中国。パンデミック後、その責任を全世界から取らされた上、政権を揺るがすほどの借金を負債。さらには温暖化による大雨で山峡ダムの決壊による大災害。そして、それに伴う致命的な経済への大打撃がダブルパンチとなって政権が弱体化。しかもそこに付け入れるかのようにして現れた民主党の台頭により、今現在、国内が混迷を極めているという話である。

 ――でも、まあ、そんな他国の事情なんてものは、今となっては関係ない。と言うよりか、そこまで頭を回す余裕なんてものは、波恵には全くなかった。

 鏡に映る自分の姿。視線の先には一人の患者。全身の至る所に電極が張られており、さらには点滴までされており……。

 彼女の兄――友斗は、今もなお意識を幽閉されたまま眠り続けていた。そんな光景に、

 

「お兄ちゃん……」

 

 不安からか、思わずそう呟いてしまう。一方、ふと視線を変えればお母さんの姿が、反射して見える。お母さんもまた、不安からか二の腕を組んでいるとは言え、そわそわしていて落ち着かない様子であった。

 兄を見守る親子二人。そこへ、アナウンスが流れる。

 

「244番の方、どうぞ」

「お母さん」

「呼ばれたわね」

 

 前もって予約していたことから、そんなには待たなかった。しかし、逆にそのことが、心中、穏やかではなく。二人に異様な緊張感を与えてしまう。

 ――だが、行かなければ。行かなければ、先へ進めない。そのこともあってか、お母さんは波恵の手を取り

 

「さ、行きましょう」

 

 優しく手招きした。

 

 本日の担当医は主治医の伊藤先生だった。診察室に入って早々、手提げパックをカゴに入れるお母さん。波恵は3つある丸椅子のうち後方に座り、お母さんはそのまま前のイスに座った。

 パソコン画面とタブレット、両方見比べながらの作業。一段落したのだろうか、伊藤先生はこちらを向いた。

 

「こんばんは。でー、検査の結果なんですけどね」

 

 いきなりの切り出し。不意をつかれた親子は、揃って、ゴクリッ。緊張からか思わず唾を飲んだ。とは言え、前回の検査では、異常なしだった。そのことを踏まえると、きっと大丈夫なはず。二人はそう信じて身構えた。

 伊藤先生は交互に二人を目配りすると、淡々と報告する。

 

「前回同様、異常は見当たりませんでした」

 

 瞬間――

 

「「は〜」」

 

 安心したことから、パンパンに膨らんだ風船が萎むように、二人の緊張が一気に解けた。余程、テンパっていたのだろう。波恵だけでなくお母さんまで、肩に込められた力は抜け去った。

 

「なんだか、凄く安心しました」

 

 とお母さん。その手は胸に当てられていた。一方、波恵も同様、胸に手は当てなかったものの、心底安心した。

 

「余程、緊張していたんですね。その様子だと」

 

 二人の態度を見てか、伊藤先生は苦笑した。

 

「当然ですよ! 現状は変わらないとは言え、友斗に何かあったらと思うと……」

 

 その気持ちは、波恵もそうであった。何せ長期入院の上、その間、ずっと飲まず食わずの寝たきり。いくらリハビリ機器を駆使した医療用機器などで筋力低下を防止。体力維持は辛うじて保たれているとは言え、やはりそれでも兄に何があったらと思うと、居ても立っても居られなかったのだ。

 ましてや、その元凶たるVRSに呪縛されているとなると、尚更であるだけに。伊藤先生は母の気持ちを察してか、共感の意味を込めて答える。

 

「まぁ、気持ちは分かります。医者の立場ばである私でも、こればかりはどうしようもない事だけに居た堪れないですからね」

 

 そして、再びタブレットに目を落とすと、何回かスライドさせた後、そのまま私情を挟まずして話題を変えるかのように手に持った。

 

「さて、ところでなんですが……」

 

 と断りを入れ後、何かを言いかけたその時、はなっから分かってはいたが、波恵はダメ元で聞いてみた。

 

「先生!」

 

 と止めの一言を入れた後、二人が彼女に向く中、波恵は問う。

 

「や、やっぱり無理なんですか?」

 

 と。そのことに、伊藤先生は

 

「無理、とは?」

 

 と疑問符。波恵は具体的に、かつ、簡易的に話す。

 

「外すこと。……頭に被されたVRSを」

「波恵!」

「分かっている! 分かっているよ。……でも、聞いてみたいの。だめ元でも」

「波恵……」

 

 それはまさに、本心とも言えるものであった。このまま、ただ検査結果を聞いて、〝はい、終わり″なんて、波恵にとっては心残りでしかなかったから。

 娘の訴えに、トーンダウンするお母さん。伊藤先生は波恵の心情を察してか、改めて解説する。

 

「分かりました」

「先生」

「いいんです。娘さん、ここでキチンと折り合い付けたいみたいなので」

「すみません、本当に……」

「そんな、謝らないで下さい。ただ、理解してもらえれば、私としては十分なので」

 

 すると、手にしていたタブレットに指先を触れるや、再び何回かスライドさせあるページへ。

 

「前にも説明しましたが……」

 

 と、前置きをした後、手元のタブレットを見せてくれた。パッと見た感じ、羅列された文章とVRSの構造に関する図説が記載されていた。

 

「この資料から得た情報以外、VRSについては分からないことだらけなんです。なにせ、こればかりは専門外なものでして」

「拝見してもいいですか?」

 

 とお母さん。

 

「構いませんよ」

 

 と伊藤先生は、遠慮なく渡してくれた。一方、波恵も気になってか、覗き込むようにして見た。見た感じ、専門用語ばかりでサッパリ分からない印象ではあったが、図説から判断して、この資料はVRSと脳との情報のやり取りを記したもののように見えなくもないというか……。

 ともかく、曖昧でハッキリしなかった。

 

「ただ、言っておきますが、この資料はAE社から提示されたものなので、一般の方が理解するのはなかなか難しいと思いますよ」

 

 そう言われたが、お母さんは暫し資料と睨めっこに徹していたようで、それに対する返答はしなかった。だが、やがて分からないことだらけで眉間に皺を寄せ理解に苦しんでいくや、肩をすくめて諦めた様子。

 

「……そのようですね」

 

 そう言って返却しようとした。だがそこで、資料の半分くらいしか見ていなかった波恵は、そこでストップをかける。

 

「あ、待って!」

 

 と。思わず手を伸ばす娘に、お母さんは

 

「えっ? まだ、見るの?」

 

 そう投げかけ、波恵はそれに頷く。このことに戸惑ったお母さんは、一旦、伊藤先生を見た。

 そして、頷く先生からの了承。それを得たお母さんは、少し呆れ気味ではあったがタブレットを渡してくれた。

 

「少しだけよ」

 

 との一言を残して。一方、改めて手元で資料を眺める波恵。けれど、どれもこれも一般向けでないだけに専門用語がごまんと溢れ返っており、正直、やっぱりというか……。ハッキリ言ってわけわかめだった。

 ただそれでも、現地点で改めて図説を見る限りでは、脳と機器における情報伝達の仕組みについては、なんとなくではあるが、理解はできたかもしれない。あくまでも多分、だが……。

 そんな中、気になる単語を目に。思わず呟いた。

 

「ん、ソウルライト? 幽体離脱?」

 

 まさに興味深い2つのキーワードでもあった。だがしかし、そこで誰かの手が介入。

 

「あっ」

 

 呆気なくと言ったところか。波恵が見ていたタブレットはお母さんの手によって奪われ、そのまま伊藤先生へと渡ってしまった。

 

「すみません。長らく……」

「もう! お母さん!」

 

 大切なオモチャを取られたかの如く、波恵は不機嫌にもブスッと頬を膨らませた。

 

「ダメよ、波恵。先生、困っているじゃない」

「はははは……」

 

 この親子のやり取りに、伊藤先生は思わず苦笑してしまった。

 

「まぁ、難しいことでも熱中する時はするんですね。大した娘さんです」

「いえ、そんな……」

 

 流石のお母さんもこれには面を食らってしまったのか、返答に困ってしまったようだ。そんな中、

 

「まぁ、こればかりはお世辞ではないので」

 

 と前置きした後、

 

「どちらかと言うと、私自身、あまりお世辞は言わないタチなので」

 

 と断りを入れた。複雑な心境の様相を醸し出すお母さんを他所に、伊藤先生は資料で知り得た情報をもとに要約を始めようとする。

 

「さて……。資料の事とか娘さん知りたがっているみたいなので、この辺りで私が知った限りのことを話しましょうか?」

「え⁉︎ いいんですか? 先生」

 

 予想外の展開に、波恵は目を輝かせた。一方、我に返ったお母さんは、遠慮がちに断りの文言を入れる。

 

「波恵! そこは遠慮すべきよ。……先生、そこまでしなくてもいいんですよ。ただでさえ、日頃から多忙な身であるでしょうし」

 

 しかし伊藤先生は、

 

「いいんです、いいんです。構いませんよ。それに、この後、画面越しから、ただただ患者のモニタリングを続けていくだけなので」

「そ、そうですか……」

 

 その言葉に、何処安心した模様だった。だが、そこで間を置かずして釘を指す。

 

「ただし。モニタリングでコードブルーがあった際は、その時は席を外しますが、それでもいいならですが」

 

 と。けど、波恵にとっては、それでもありがたいことであった。

 

 〝家族が被害を受けている″

 

 その状況下において、少しでもいい。役に立てそうな情報が欲しかったからだ。それゆえ、波恵はこれに対しては、即答してみせる。

 

「全然問題ないです。お願いします、先生」

「……分りました」

 

 彼女の真剣そのものの眼差しを受けてか、伊藤先生もそれに答えた。

 

 

 

 

 資料から読み取った限り、全部が全部知ったわけではないようだ。しかし、それでも伊藤先生の説明は分かりやすかった。

 脳とVRSの接続。そこには、特殊な方法が用いられていると言う話。ソウルライトと呼ばれた、いわば〝脳細胞に内在する魂″が関係していて、機器に接続した際、そのソウルライトが一時的に肉体を離れ幽体離脱。そのまま仮想世界へとダイブしているらしいのである。また、ソウルライトに関しては、近年、発見されたばかりであるとのこと。

 全部が全部解明されたわけではなく、しかし、だからと言って、実用化できる段階には来ていると言う話である。

 ソウルライトについては、その正体についてもサラリと解説してくれた。ただ、これに関しては、伊藤先生自身も説明には自信がないのか。その正体が、脳細胞に内在する不可視なエネルギーを構成する光子みたいなもの、と言うくらいしか話してくれなかった。当然、その点に関しては、波恵だけでなく、お母さんもちんぷんかんぷんだったようだ。

 

「と、ここまでが、資料に記載された前半部分。あとの後半は、ソウルライトに関連した死亡例と言った感じですね」

 

 知り得た知識を元に、最大限情報提供を続ける大変さが醸し出されているのか。長々とした解説だっただけに、伊藤先生自身、若干、疲れた様子だった。

 

「う〜ん、そこまで来ると、話について行くのが……」

 

 と言うお母さんは、複雑な表情をして首を傾げた。多分に突拍子な内容だけに、途中から話について来られなかったみたいである。けど、その一方で、波恵はなんとなくだが、理解できたような気がした。ソウルライトの正体に関すること以外は。

 だからなのだろう。自分が知りたかったこととの関係性を考え、そして、結論づけるかのように述べる。

 

「なんだか、分ってきた気がする。と言うことは、仮想世界での死に伴うソウルライトの損失は――」

「想像している通りだね」

「そんな……」

 

 伊藤先生の言いたいこと。波恵にとっては分ってはいたが、一番考えたくもないことであった。ととのつまり、何が言いたいかというと、心の本質であり、命の本質でもある魂=ソウルライトの消滅は、すなわち死を意味していたからだ。

 そこまでして分ったこと。ただ、彼自身、何か思うことでもあるのか。両腕を組んで、椅子の背もたれ体重を預けた。

 そして――

 

「んー。ただ、これだけ分っておきながらも、どう言ういきさつで死に至るかは、まだハッキリとは分らないんだよね。でも……、それでも、なぜそのような現象が起きるのかはさておき、医学的に言えることは、細胞自身が自害する作用を持つアポトーシス効果が、治療の甲斐もなく、脳幹を中心に脳全体に悪影響を及ぼしてやがて死に至る、と言うことだけかと。今のところ分っている死因と言えば」

 

 それだけを言い残し、先生は肩をすくめた。一方、その解説を聞いてか、波恵自身の心にも、治療の甲斐もなく、と言うキーワードだけが、絶望という暗い影を落とす結果とになった。

 そんな中、訳が分らず話を聞いていなかったであろうお母さんが、性懲りもなく懇願してくる。

 

「で、助かる方法はあるんですよね、息子は?」

「お母さん! さっきから話していたと思うけど」

 

 しかし、

 

「先生!」

「うう、それは、ですから……」

 

 前の態度とは一変。必死に問い詰めるお母さんに、さすがの伊藤先生もこれには困ってしまう。そうした中、タイミングを計ったかのように、モニタリング画面にて、異常信号を知らせるランプが点滅。同時に、ピコン、ピコン、と軽快な機械音が鳴った。

 

「ちょ、ちょっと。ま、待ってくれ。今さっき――」

 

 そう言って慌ててお母さんを制止させる。三人して見つめるその画面。そこにはコードブルーが表示されていた。

 確認すると伊藤先生は、そこで立ち上がる。

 

「すみませんが、面談はこれにて……。もう、行かなければなりませんので」

「そ、そんな〜。話はまだ――」

「お母さん!」

「う、ううう……」

 

 娘に強く言われ、それ以上の言葉を阻止されてしまった。両方の拳を強く握り締め、悔しさを堪える母。その様子を横目で見ていた先生は、後ろめたさから躊躇ってしまう。

 けど、そこで先生を呼ぶナースが

 

「先生! 早くお願いします」

「ああ、そうだな」

 

 我に返るや、現れたナースと共に、波恵達のことを無視するかのように立ち去ろうとした。だが、退室間際、伊藤先生はチラリとこちらを見るや、付き添いのナースに頼む。

 

「高木さん、お願いあるんだが……」

 

 そう言うなり、寄り添っては彼女の耳元で何かを囁く。波恵とお母さん、二人が見守る中、高木と呼ばれたナースは、伝言を承ったのか

 

「分りました」

 

 とだけ答えた。

 

「じゃ、後はよろしく」

 

 そう言い残すや、早々に伊藤先生は立ち去ってしまった。

 

「あ~あ」

 

 お母さんの落胆の声が聞こえてくる。そんな中、高木さんはこちらを向き、彼が座っていた椅子へと座った。

 

「先生から伝言を承りましたので、よければ私で。あと、その後でいいんですが、見てもらいたい画像があるので、それもいいですか?」

「見てもらい画像?」

 

 思わず解いた感じに、波恵は首を傾げてしまった。

 

「そうです。まあ、画像と言ってもレントゲン画像のことですけどね。あ、あと、勘違いなさらないよう言っておきますが、だからといって異常が出たわけではないので」

 

 言いながらではあったが、その辺り、やや慌てて弁解した。ともかく波恵達の方は、この後、夕飯の時間とかもあったが、それ以上に兄のことが心配だったこともあり、その時間を割いてでも聴けるうちは聞こうと思った。

 

「分りました」

 

 とお母さんは答えた。続けて、伊藤先生から聞きそびれてしまった事を話す。

 

「で、話を戻すんですが、息子は大丈夫なんですよね?」

「そうですね……。無事、と言えば無事です、今のところは。ですが、VRSを装着している以上、予断を許さない状況には変わらないです」

 

 すると、お母さんは

 

「なら、手段を問わず、取り外す事ってできるんですか? こーう、電源を切るとか、バッテリーがあればバッテリーを抜いてしまうとか……」

 

 確かに。そのことを聞いてか、波恵は同意見とばかりにその方法ならと期待を寄せてしまう。VRSのことは詳しくは分からないが、元から電源を絶ってしまえば、どうにかなるような気がするのだ。だが、返ってきた高木さんの言葉は、波恵とお母さんの希望をぶち壊す絶望そのものだった。

 

「残念ですが……」

 

 と述べた後、

 

「その方法は使えません」

 

 と理由なき答えを言う。当然、それだけでは納得できなかったお母さんは、強く問い詰める。

 

「なぜに?」

 

 一方で、波恵もお母さんと同じ気持ちに。その真意のほど詳しく聞きたいものであった。高木さんは、軽くため息を吐いた後、トントントン、と何回かクリックする動作を経て語る。

 

「先ほども伊藤先生から説明あったと思いますが、患者さんはVRS装着の間、一時的とは言え、幽体離脱している状態なんです。それに、ソウルライトのことは窺いましたよね?」

「え、ええ。まぁ、少しは」

「……うん」

 

 視線を交互に動かし二人の表情を窺ったあと、高木さんは続けて話す。それも、〝なぜ、いけないのか?〞、と言った核心部分に触れるような形で。

 

「想像すれば分ると思いますが、ソウルライトの破損を招くような行為は、患者さんを死の淵に追いやる結果を招くことになるのです。なので、安易にVRSを外すなんて事は私たちにはできないのです。と言っても、私だけでなく伊藤先生も。……いや、恐らく私たち医療スタッフ全員に言えることかもしれませんが、こればかりはド素人なので。VRSに関しては全くと言っていいほどに」

 

 そして、ある資料が掲載されたタブレットを、波恵とお母さんに見せてくれる。

 

「これは……」

 

 続けてお母さんの後を追う形で、波恵も資料へと視線を落とす。資料は図式的な事柄が記載されていた。思うに、先ほど伊藤先生が見せてくれた資料とは打って違い、専門用語は多少なりとも記載されてあったが、パッと見た感じからとても分りやすいものであった。

 

「これは、私たち素人にも分りやすいように、AE社から提示された資料です。見れば分ると思いますが、大雑把に言って二つ描かれていますよね? 装着時における脳とVRSの情報交換の構図と、そして、その注意書きが」

「え、ええ……」

 

 理解してしまったのか、言葉に詰まるお母さん。波恵もこのナースが何が言いたいのか、その返答を聞かずしてもう分ったようなものであった。と言うのも、高木さんがそれ以上の解説を述べるまでもなく、資料に描かれた図式から読み取れてしまったからである。

 言葉に詰まる二人の先には、図式があって。その図式には、脳がVRSに接続されている最中、一時的ながらソウルライトが肉体を離れて、仮想世界の情報とリンクしている様がことごとく描かれているからだ。

 さらには、その状態における注意書きまでもが分りやすく図式形式で。それも、誰でも理解できるほど簡単に書かれていたのである。

 結論から言ってしまえば、

 

 〝幽体離脱中の脱着は、ソウルライトの破損を100%招く〞

 

 そういうことであり、例え破損するまで行かなくとも、ソウルライトの不安定さを招き、いずれは破損。すなわち、治療の施しようがなく死を招く意味を克明に記されていた。伊藤先生から提示された情報を信じるならば。

 一方、そのことを知ってしまった二人を知ってか知らずか、高木さんは続きを話す。

 

「ですので――」

「あー。もう、いいです。もう、十分分りましたので」

「いいんですか? まだ、私からの詳細な説明はしてませんが」

 

 しかし、

 

「もういいです。高木さん」

 

 お母さんに続けて、波恵までもが声に出した。正直言って、それ以上の説明は、もはや苦痛の延長でしかなかったからだ。

 悪魔の装置――VRSから助け出す希望の芽が完全に潰えてしまった今、もはや二人の脳裏には、〝絶望〞の二文字しかなく。親子揃って一刻も早く違う話題に移りたくなっていた。

 

「そ、そうですか……」

 

 肩をすくめるナース。そこへお母さんが、彼女が言っていた例の画像のことを持ち出し、話題をそっちの方へと滑り込ませる。

 

「それよりも、看護さん。そう言えば、そちらから話があるとか言ってましたよね? 確か……、レントゲン画像がどうとか」

「え、ええ……。まぁ」

 

 思わずと言った感じなのだろう。高木さんは少し戸惑ったような表情を見せた。けど、それは一瞬のこと。彼女は再びタブレットに視線を落として、何回かスライドさせて見せた。

 

「これなんですけどね」

 

 と前置きし、そして、提示されたるは、その例のレントゲン画像だった。パッと見た感じ、背中を映し出したようなものだが……。

 

「この画像が何か問題でも?」

 

 とお母さん。一方、今回が初めて見るレントゲン画像に、波恵はまじまじと眺めていたが、そこで、不審な影を見つけ、ん? と首を傾げた。でも、その抱いた不審感も、気のせいだろうかと言った気の迷いもあり、半々であった。

 しかし、その読みは的中したのだろう。

 

「見ての通り、これは友斗君の背中を映し出したレントゲン画像です。この画像から見てわかると思いますが」

 

 と述べた後、指先で奇妙な影をなぞり

 

「こうなって、こう……、と、何か奇妙な影が映っているんですよね」

 

 と指摘した。そして――

 

「なんて言うか、その〜」

「龍のような」

「そ、そうです。ハッキリとはしませんが、その龍の影が見つかって……」

 

 波恵の指摘から、曖昧ながらでも高木さんは言う。波恵自身も、そのことには半々な気持ちではあったが、高木さんの言いたいことが自分の意見と合っていたことを知り、気のせいではないと確信したような気がした。

 

「龍、の影?」

 

 一方で、お母さんは理解できなかったのか、首を傾げる。だが、手渡されたタブレットを手にして、マジマジとガン見。

 すると――

 

「確かに。言われてみれば、そう見えない気もしなくもないと言うか……」

 

 眉間に皺を寄せて、曖昧な感想を口にした。再びタブレットを手に取ると、高木さんは言う。

 

「ま、そう言うことなんです。で、実際、念のために肉眼で確認してみたんですけど、その痕跡は見られず。かと言って、MRIで撮影してもどう言う訳か……」

「見られないと?」

「え、ええ……。で、でも、それだけなんです。それ以外には特に異常はないので。……ただ、親御さんにそのことを伝えようかと思いましてね、一応」

「そ、そうだったんですね。……分かりました」

 

 まさにそれだけだった。それだけに、波恵もそうかも知れないが、お母さん自身も、内心、動揺していたのかも知れない。

 血の繋がりはないとしながらも、家族と言うことには変わりはない。だから、不可解な影の発見に関しては、とても心配していた。

 

「あの〜。よければ質問を受け付けますが、どうします? 一応、伊藤先生との打ち合わせの中で知った範囲内に限りますが、お応えしますよ」

 

 彼女からの提言。しかし、いくら真摯に提言されたとは言え、二人はどう返していいか迷っていた。

 その主たるは、不可解な影の発見の知らせ。影の形は、まるで何かの龍の形をしているとのこと。それを指摘され、実際に見てもそんな気もしていただけに、ショックが大きかった。

 勇気を出してやっと出た言葉は、素朴な質問であった。

 

「あの〜、いつ頃なんですか? その影が確認できたのは」

 

 すると、高木さんは、ん〜、と呟きながら上の空で記憶の糸を手繰り、朧げながら答えた。

 

「確か、今回の一件で、初めて検査した時なので……」

 

 ――とそこで、お母さんが横から

 

「え? てことは?」

 

 それに切り返すように

 

「はい、今回の検査で初めてですね。影の存在は」

 

 と詳細は抜きにして答える。このことにより、波恵は思った。

 

 (先天的なものじゃない? てことは、このVRSの影響のせい?)

 

 なのかなあと、憶測でものを考えて。しかし、

 

「でも、今のところは異常ないですし、先生もおっしゃっていましたが、このまま経過観察でいいと思います」

「そ、そうですか……。分かりました」

 

 一方、波恵も、素人だけに高木さんの見解を受け入れるしかなかった。

 

 (憶測。……そう、憶測だけに、考えても仕方ないか……)

 

 と割り切って。

 

「波恵、行こうか?」

「うん……。そうだね」

 

 そう答えるや、二人は席を立った。

 

「もう、いいのですか?」

 

 と呼び止める高木さん。けれど、

 

「え、ええ〜。これ以上は大丈夫です、こちらとしては。ただ……、強いて言えばもう一つあって。帰る前に友斗の顔、近くに行って様子を見ても大丈夫ですか?」

「構いませんよ」

「ありがとうございます。……波恵」

「うん、そうだね」

 

 その言葉を受けて、手招きされ

 

「では、案内しますね」

 

 その言葉を最後に、二人は高木さんに案内され、未だに眠り続ける友斗の元へと向かった。

 そんな中、波恵の胸中には、少なからずシコリが残った。前に兄から聞いた話ことだが、兄・友斗は、自分は何処、他人と違うことに不安を抱いたことを口にしていたから。

 そのことから、今回知らされた影の存在は、そのことを示唆するのではないか。そんな気がしてならなかったのだ。

 それ故に、

 

「大丈夫、だよね……」

 

 ポツリと小さく、自分に言い聞かせるようにして呟いた。自信は持てなかっだけど。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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