その中で湖畔に寄り添うは、まるでマンモスのような体躯をした草食種――ポポが数頭。親に寄り添う子を連れて、のんびりとしていた。その様たるや、長閑な光景であり、これから困難に直面するであろう俺たちの心を和ませる。
生態マップを開き、オムラ村長とカデットの言葉を思い返す。地図上から分かるように、山頂へのルートは2通り。洞窟を伝って向かうルート。もう一つは、険しい絶壁を伝って山頂へと向かうルートの2通りだ。
前者はリスクは低い。代わりに、迷子に陥る可能性は十分ある。
それに、……それにだ。
内部が入り組んでいるだけに、山頂までどれくらいの日数を要するか、分ったもんではなかった。だがしかし、例え入り組んでいようと、危険なモンスターと遭遇リスクを考えた時を思えば、現実的なことなのかもしれない。
一方、後者は山頂までの道のりが直通だけに、至って近道。それに、例のモンスター――ドドブランコの痕跡も見つかる可能性も十分ある。だが、その反面、途中で越えなければならない絶壁やら、天候に左右され、あわよくば猛吹雪に晒されると言った危険性も。さらに、途中で出くわすであろう危険なモンスターとの遭遇する可能性も十分あった。
正直言って、前者を選択して現実路線を辿りたいものだが……。
「で、どうするんだ?」
地図とにらめっこして立ち止まったままの俺に、ケインは一声かける。
「どうするもなにも……」
そこで視線を巡らせ、ふと小狼と目が合う。一方、彼は俺と目線が合ったことに、照れくさいのか目をそらしてしまった。彼の身の安全を考える上で、俺が出した答えは明白であった。
「洞窟ルートを行こう。山頂までどのくらいの日数を要するか分らないが」
しかしそこで、小狼は連れのバターの耳元に何かを囁き、バターはそれを受けて反論する。
「それは反対だとにゃ」
「小狼……」
と一言の俺。一方、ケインは同意見だったらしく
「え? だ、だって……」
と疑問を投げかける。そのことに、バターは小狼の代わりに訳を代弁する。
「危険は承知だとにゃ。それに肝心なのは、いかに早くお姉さんを見つけることだとにゃ」
「そ、それって。分っているのか? どういうことなのか」
再度問いかけるケイン。けど、小狼の心を射抜くような眼差しは揺らいでおらず。その表情たるや、決意ともとれるし、ある種の覚悟をしているとも言えた。その瞬間、俺は悟る。多分、説得は無理だろうなあ、と。
このことに、は~、と自然とため息が零れた。
「分った、分かったよ。絶対にと言うなら」
「え? 分ったって?」
「彼の意見を尊重しよう」
「えっ、ええ? だ、だってさ。いくら何でも絶壁ルートは危ないぞ? 今、確認してみたけど」
と言いながら、俺たちに生態マップを見せて、そのリスクとやらを証明してみせた。一方、俺は小狼の覚悟を受け止めたものの、
「確かにな。……で、小狼。お前の覚悟は分かった。だがな、これだけは言っとく。この決断が例え死ぬ結果を招いて後悔しても遅いからな」
と注意喚起の意味合いを含め、釘を刺しておく。しかし、そのことに対して、間髪入れず彼は頷いた。余程、お姉さんが心配なのだろう。しみじみとだが伝わってきた。
「さて……。方針は大体固まったが、ケインはどうするんだ? ここで引き返す手もあるけど」
それに対して、彼は首を振り拒否。
「じょ、冗談じゃないよ!」
そして、
「勝手にBCへ戻るにしても、あんな密林地帯、一人でぶらつくなんて無理な話だぜ」
「もしかして、ビビっているのか? まぁ、先程は運良くモンスターには遭遇しなかったけど、全く出ないとは限らないからな」
「だからだよ! 本当はそっちのルートは行きたくないけど、この際、自棄だ。俺だってついて行くよ。それに、……それにそのことも念頭に装備を揃えてきたんだしな」
「ま、それもそうだな」
一部始終、ケインの身支度を隣で垣間見ていたことから、その点に関しては俺は証人。抜かりはないと断言できると思っていた。
「じゃあ、決まりだな。で、小狼、お前はどうなんだ? 覚悟を示したんだ。準備には抜かりはないんだろうな?」
そのことに、小狼は間髪入れずまたもや頷く。そして、俺たちに歩みよって来ては、証明するかのように装備画面を見せて来た。
確認するに、肝心な項目がずらりと表示されていた。パッと見た印象から、かなりの携帯品を持ち合わせているように見える。
それもそのはずで、冬登山に欠かせないホットドリンクから携帯食品の数々は勿論。ワイヤーガンに、アイゼン。ピッケルにゴーグルと様々な携帯品が収納されていた。
ある意味、その様たるや、俺とケインよりも断然年下のはず。なのに、それとは裏腹にしっかり者の印象が見て取れた。
「なるほどね~」
万全な装備を目の当たりして、彼の覚悟を改めて認識する。けど、そこでバターが補足を付け加える。
「ちなみに、小狼はボクと一緒に準備した感じだにゃ。と言っても、ボクの担当は再確認するだけだったがにゃ」
と。
「ま、いずれにせよ。(装備を)見た感じから、説得力はある程度ある事は分った」
「おいおい、てことは?」
「まあ、そういうことだな」
「ま、マジかよ。……は~、ったくもー」
俺の決断にその気がなかったであろうケインは、肩を落としてため息を漏らした。そんな彼に寄り添うは、相棒のジャム。
「まぁまぁ」
と軽く労った。
「と言っても、このまま休まずに進むのも無謀だな。ひとまず休憩しようか?」
「……そうだな」
気を取り直したような返事。小狼たちもそれには賛成だった。――そうして俺たちは、この湖水エリアで一息付くことにした。
取り分け、一息付くにしろ各々は自由行動していた。俺は予め得たドドブランコの目撃情報から、そこら辺に手掛かりとなり得るものがないか散策。ケインは呆然とジャムと共に湖水を眺めて、小狼は……、そこまでは把握してないが、多分、適当にしているだろう、的な感じであった。
「何か見つかったかにゃ?」
「ん? あ〜、ミルクか。……全然だな、やっぱり」
「そうかにゃ〜」
「そっちはどうなんだ? 何か目ぼしいものとか見つかったか?」
「全然。それよりも、他のことしていたにゃ」
「そっか……」
(だよな〜)
内心、少しは期待していたが、実際にそう言われると落胆してしまう。けどそこで、
「でも、全くなにもないわけではなかったにゃ」
「え?」
ミルクの意外な言葉に、少し驚く。そんな俺をよそに、携帯ポーチの中に手を突っ込み、そして、ある物を取り出した。
ピカピカと光るそれは、何かのアイテムのようにも見える。案の定、眼前にメッセージが表示され、受け取るかどうかの選択を迫られた。けれど、このような状況下で迷うことはなかった。〝受け取る〞を選択し、早速、何のアイテムなのかを確認する。
(裂かれた獣骨?)
メッセージにはそのように表示されてあった。裂かれた。それはどう言う意味なのだろうか。色々と考察してみる。そんな中、アイテム表示したまま黙ったままの俺を心配してか、ミルクが声をかけてくる。
「どうかしたのかにゃ? 考え事なんかして」
「……あ、いや、特にな」
適当な返事に、ミルクは不思議そうな表情をしながら鼻で頷いた。とは言え、俺としては、何かの手掛かりのようにも思えていた。例のドドブランコの件においても然りである。
ただ、一つだけ疑問が。それは、自分が知っている限り、ドドブランコにはその骨まで引き裂くような鋭利な爪や牙なんてあったのだろうか、と言ったことである。
確かに、一見してドドブランコには鋭利な牙があるのは否めないし、場合によっては捕食する際にはそれを用いるかもしれない。だが、〝獣骨を裂く″と言ったような扱い方は果たしてするのだろうか。それに、表示された〝裂かれた骨″は、意外にも骨太のようにも見える。となると……
「まさかな……」
不確かな予感だけが脳裏をよぎり、その中で周辺でのんびりしているポポを見ては、思いを馳せる。
思うに。……思うにだ。
多分、骨の持ち主は、ポポには間違いないだろう。もしもの場合を考えれば、長居は無用かもしれない。と言うのも、ドドブランコ以外にも、やばくて凶暴なモンスターがいるのではないか。
そう勘繰ってもおかしくはなかったからだ。だけど、その結論に至るには、あまりにも情報不足。故に――
「考えても仕方ないか……」
そう呟いては、気持ちを切り替えた。その代わりこう答えておく。
「ともかく、これは重要な手掛かりとして貰っとくよ」
と。
「そうなのかにゃ?」
「ああ……。あとで、何かのヒントになるかもしれないしな。……さてと」
そこで辺りを見渡す。声を張り上げて呼ぶ。
「ケインに小狼! そろそろ行くぞー!」
溌溂とした声に、先に反応したのは小狼とバター。互いに頷き合い、戻って来る。一方、ケインはと言うと……。何やらぶつぶつと呟いているような気配が。
「俺は聞いていない。俺は聞いていない。俺は聞いていない。……」
「ケイン……」
ジャムが寄り添う。その様に呆れてしまった俺は、仕方なしに歩み寄る。
「ほらっ! 行くぞ、ケイン」
「う、うわー‼︎ い、いきなり背後から大声出すなよ。心臓が止まるかと思ったよ」
派手に驚いたケインは、ただ呼び掛けに来た俺に、第一声、文句をぶつけて来た。
「別に驚かすつもりじゃ〜」
「脅かすも何も、俺はそう感じたんだよ!」
「は〜」
張り合う気がないだけに、気怠さがあった。
「と、ともかく。お、俺は……」
「俺は?」
「お、俺は、俺はなー!」
そこでジャムが
「もう、覚悟を決めるにゃ」
「だけどよ〜」
だがそこで、有無を言わせない感じで心意を問う。
「それとも、自分だけ帰りたいのかにゃ?」
その言葉を受け、視線を左右に。激しく決断を決めあぐね、そして――
「だー‼︎ わ、分かったよ、分かったって。俺も行けばいいんだろう、行けば」
「いや〜、別に無理にとは……」
だけど、一回意固地になったケインの決断は変わらず。
「だって、そうじゃないかよ! この雰囲気。だったら、不満のふ文字も言わず、とっとと行くぞ」
そう言うや、勝手にケインは先に歩き出す。一方、残された俺とミルクは、以心伝心で、仕方ないか、と軽く肩を上げて頷き合った。
思うに。俺としては、ケインの奴、ただ単に一人だけ帰るのが怖いだけ。そんな風にしか見えなかった。
どこまでも続く登山道は、次第に凍てつくような寒さを伴うようにして、端々に積雪が見られるようになってきた。まだまだ、フラヒヤ本山までには距離がある。なのに、この様子だと本山を登るようになってくる頃には、想像も付かないくらいに降り積もっていること間違いない。そんな気がしてならなかった。
そんな中、今のところ別に険しい感じが見られない登山道だけに、先ほどまで行くのを拒んでいたケインは、すっかり余裕が出てきたのだろうか。歩き方からすっかり自信が付いているようにも見られた。が、特に楽しいようなことはしておらず。画面を眺めては、何やら呟いている様子であった。
「へぇ~。やっぱり、あの子。ドイツ人だったんだな」
(ドイツ人?)
気になるようなキーワードを小耳に挟んだことから、思わず彼の呟きに対して反応してしまう。
「何のことなんだ? ケイン。ドイツ人って?」
それに対して彼は、
「あ、いや~。あの子だよ、あの子。カデットのことさ」
「あ~、彼女ね。あのメイドの」
「そうそう。名前の最後に、コーデリッヒ、とか言っていたから、もしかして、なーんて思ってね」
「確かにな……」
コーデリッヒ……。
本名かどうかは別として、なんとかリッヒとか言う言葉のニャンスから、ドイツ人。そんなイメージには、なんとなく腑に落ちる気がした。そのこともあって横からチラ見。ケインが表示させている画面は、カデトからもらったギルドカード、そのもの。それだけに、案の定、そのギルドカードには、出身国として、〝ドイツ〞と明記されていた。
「でも、なんだかな〜」
「どうしたんだ? 急に呆れたような顔をして」
「いや、なんと言うか。これは勝手ながらの自己解釈でしかないんだけど、本名、晒すのはどうなのかな〜、とね。いや、本当のことは分からないけどな」
そう述べる俺の意図した事とは、アバターが現実世界のままの姿だとしても、本名くらい匿名にした方がいいのではないか。そう言う解釈なのである。
そのことに、ケインも、う〜ん、と考える仕草を見せて、確かに〜、とか呟き共感を示す。けど、やはり彼も彼なりに考えがあるのか、持論を述べる。
「でも、俺も思うんだよな。ユウトは生粋の日本人だけど、俺はさ、どちらかというと外国人じゃん。生まれはアメリカだけど。だからさ……」
「価値基準が違うと?」
「まあね。結構、そういう本名名乗ることあると思うぜ、一般的にだけど」
「ふ~ん……」
これには頷くしかなかった。SNSとかでは、確かに本名みたいな感じで名乗っている海外ユーザーとかもちらほら見かけているからである。確かにケイン曰く
〝価値基準の違い〞
なのかもしれない。
「でも、全員が全員、そうじゃないけどな。ただ単に一般論の話であって」
「それはそうだよ。……てか、一般論って、難しい言葉、知っているんだな」
どうでもいいことのはずなのに、そのことに関しては、なんだか自然と関心してしまった。――そうした中、何か袖を引っ張られるような間食を抱く。なんだろうか? 思わず振り向いた。
「どうした? 小狼」
すると、彼は手早くメッセを表示。
『気配を感じる。気をつけて、ユウトさん』
と。
「気配?」
同時にケインもまた、俺の様子に気が付いたのか、尋ねる。
「何かしたか? ユウト」
「いや~、小狼がな。……――っ!」
そこで俺自身も、小狼と同じく気配を感じる。このことに気が付いていないケインは、またもや問いかける。
「小狼が、どうし――」
すかさず
「しっ! 静かに」
黙るよう制止をかける。一方、ケインは緊迫感を醸し出すようなこの言葉の前に、思わず口を閉ざしてしまう。周囲から感じられる気配。これは、恐らく
――殺気――
そう捕らえて間違いなかった。未だに姿を現さない敵対者。瞬く間に張り詰めていく空気に、ミルクだけでなく、ジャムやバターまでもが身構える。俺は耳元で囁く。
「どうやら、俺たちは言葉が過ぎたようだ」
「言葉が過ぎたって?」
「分らないのか? すでに囲まれているんだよ、俺たちは」
「囲まれているって。え?」
状況が読めていないのか、周囲をキョロキョロと見渡す。そんな彼をよそに、俺は新たに新調した片手剣――ポイズンタバルジンを抜刀し、毒々しい刃をギラつかせて身構えた。
どこからともなく放たれる殺気。それは複数であり、多方面からと見た。察するに、相手はドスクラスではないかもしれない。一体一体は恐らくそこまで大したことではないかも。だが、複数だけに袋叩きにされる可能性を考えたら、脅威になること間違いなかった。
「ともかく、ここは道中で狭い。向こうの拓けた場所まで走るぞ」
「え? あ、ああ、ちょ、ちょっと」
「了解だにゃ」
俺の合図を皮切りに、ケインや小狼、それにミルク達も一斉に走り出した。いくら何でも狭い場所では戦えない。相手が雑魚モンスターかもしれないが、それでも俺たちは全速力で地を駆ける。
――がそこで、拓けた場所を目前にして、一頭の小型牙獣種が。それも白き牙獣種が、俺たちの進行方向を妨害せんと立ちはだかったではないか。
ちっ
舌打ちした俺は、その一頭をめがけて疾風の如く戦陣を切る。白き牙獣種は四足歩行であり、まるでマンドリルと酷似。こちらに気付くや獅子のような赤き顔を見せ、威嚇し出す。だが、間髪入れず。俺はそいつ――ブランコの顔面をめがけて、ポイズンタバルジンの刃を振り下ろした。
しかし――
くぅ!
先に反応が早かったのは、ブランコの方。切りつける直前、素早いサイドステップをして、軽やかに交わしてしまったではないか。だが、攻撃の手は止まらない。交わされたそばから、片足を軸に反転して、追撃を仕掛ける。
直後――
プシュー!
今度は見事に命中したのだろうか。毒の付与効果は付けられなかったが、僅かにブランコの前足へと刃を切りつけることに成功した。その一撃に怯むブランコに、今がチャンスと見た俺は、さらなる攻撃を繰り出そうと連撃を見舞いしようとする。だがそこで、後方から声が、
「ユウト!」
「ユウト殿」
「っ!」
ケインとバターの助けを乞う声。思わず反応して振り返る。すると、いつの間にだろうか、彼らの周りには、4体ほどのブランコが取り囲んでいた。まさに格好の餌食となったようなもの。刃を収めて、先ほどまで相対していたブランコを無視、急いで助けに向かう。
そして、奇襲を仕掛けるか如く、ケイン達と相対するブランコ達の一頭を背後から狙う。
「てやー‼︎」
ズバッ‼︎ フシュー!
思いっきり斬りつけたのか、毒の付与効果を伴って盛大な血飛沫が舞った。堪らず怯むブランコ。しかし、お構いなしに連撃の猛攻を浴びせ血祭りにさせていく。
その様に呆気に取られるケインだっだが、
「ケイン!」
「はっ!」
俺が叫んだことで我に返る。そして、背負った
「多勢に無勢か……。小狼! お前も当然、加勢するつもりだよな? ――って、おい! いきなりどこ行くんだよ!」
そして、彼の予期せぬ行動に動揺したケインは、そこでよからぬ勘が働き、疑いの目を向ける。
「ま、まさか! こんな土壇場で一人だけ逃げるつもりか? って、うわっ!」
視線を外していたことが故に、ブランコの奇襲を受けてしまう。飛びつかれ一撃を受けてしまったケインは、そこで尻餅。しかし、彼の実力を今まで評価してきた俺は、彼なら大丈夫だと信じて、俺は俺で飛すさり間合いを開けていたブランコ一頭を相手に、猛襲を駆け切り込む。だが――
くぅ!
奥歯を噛みしめ、一撃を空振りされたことに再び身構える。身構えて思うが、こう言った類いは、機敏すぎて凄くやりづらかった。しかし、交わされっぱなしで終わる俺ではなかった。相手の誘いを誘発すべく、その場に留まる。直後、バターの声が
「ユウトさん! 伏せて!!」
っ!
反射的に頭を下げ、そしてその次の瞬間、ヒュンッ! と風切り音。直後――
ドス! フシュー!!
グァーア……!!
なんと! いつの間にか、背後から間合いを詰め、襲いかかってこようとしていたブランコがおり、そのブランコに矢が命中したのである。悲鳴を上げてのけぞる天敵に、俺は肝を冷やした。
「サンキュー、小狼」
ホッとして胸を撫で下ろし、礼を述べる。一方、遠くからでは視認しずらかったが、その小狼の手にしていた物は、なんと弓だった。思うにケインが勘繰って言い放ったように、逃げた、のではなく、群れの渦中だけでに弓を構えるのは危険と判断してのことだろうと察した。
「援護攻撃、頼むぜ」
そう言葉を添えて、対する彼は
『任せて』
とメッセで答えた。
「くっそー、切りがねぇ……」
すばしっこい相手だけに、苦戦を強いられるケインが不満を口にする。
「ケイン、無駄に攻めようとするな。相手の裏をかけ、相手の」
「相手のだと?」
「そうだ」
そう言いながら、俺は襲いかかってきたブランコを交わしては、空振りした奴の胴体に一閃を浴びせ、そのまま
「相手の攻撃を誘え! さすれば隙が見えてくるはずだ!」
「誘えって? ――うわっ!」
またもや、背後からの奇襲。彼の体力が、微量にせよ削られてしまう。そのことに、カー、となってしまったのか、ケインは。
「このぉー!」
と反撃に打て出ようとした。追撃を仕掛ける俺の手が止まり、思わず彼の方へと目線が。だがそこで、ジャムが制止をかける。
「落ち着くんだにゃ、ケイン! ユウト殿が言っていたことを」
っ!
そこで動きが止まる。一方俺は、その様子の変化に注視しそうになったが、そこで対峙していたブランコが反撃に打って出てきたことで、気がそれてしまう。だが、そこまでであった。コンボを叩き込む際に付与していた毒の効果がかなり効いていたのであろうか。飛びかかろうとした矢先、断末魔。そこで無常にも力尽きてしまった。
ふぅ~
(これでやっと一頭か……)
残り4頭と言ったところ。ケイン達の方へと加勢に向かう。……向かうのだが、そこでブランコと相対するケインの空気が変わってたことに、思わず俺は足を止めてしまう。そして、不動明王の如き動かない彼に油断したのか、やみくもにブランコが襲いかかって来。
次の瞬間――
「てりゃあああああ――!!」
ズバッ!
すれ違いざまに放たれた一閃の煌めきが、両者を結びつけた。数秒を経た後、突如としてブランコ側が血を吹き出したことに決着が。対するケインの眼前には、
〝居合一閃〞
の狩技名が。いつの間にか、習得していたらしいその新たな技が、鮮明に表示されていた。崩れ落ちたブランコを尻目に、一息つくなり自慢げな笑みを浮かべて歩み寄ってくる。
「どうだ? ユウト。俺の新たな技。お前が言っていたヒントとやら、半分は理解してやったぜ」
「り、理解した。……って言えるのかな~?」
なんとも曖昧な結論とも言えた。と言うのも、俺が言いたいのは、
〝攻撃後の空振った隙を突け!〞
なのだが、ケインのしたことは、攻撃後の隙というよりかは、すれ違いざま。そう表現した方が適切なような気がしていた。ただ、新たな技をいつの間にか体得していたことには、正直言って、驚いたが。
「ま、ともかく。見事だったよ、さっきの技は」
しかし、ケインは俺の反応がいまいち満足でなかったのだろう。訝しい表情になった。
「どうも。ってか、なーんかその返答だと、微妙な要素が見え隠れしているような気が……」
だが、その話の続きも、ミルクとバターからの応援要請に中断することに。
「二人とも早く来るんだにゃ! 小狼が……」
「小狼?」
揃って彼の方へと視線を向ける。すると、小柄な少年ハンター一人を相手に、なんと3匹が取り囲んでいるではないか。
ちっ、
舌打ちをした俺は、駆け出す。ケインもケインで助太刀に向かう。一方、追い詰められていた小狼は崖っぷちに立たされており、バターとミルクが、揃って彼を必死に守っていた。
一歩とは行かずとも、3、4歩下がれば、崖から転落してしまう状況。駆けつけるにも限界があり間に合うかどうか。そこで俺は、走りながら小石を掴んでは3頭のうちの一頭を目掛けて投げ付けた。全ては一瞬の気を引くために。
勢いある小石は緩やかな放物線を描き――、そして、運良く一頭に命中する。
っ!
ほぼ同時だった。命中したブランコ、そして、小狼の視線が俺とケインに向けられる。だが、他は気付いていない様子。しかし、
(一頭だけでも)
「タ――!!」
怒濤の勢いで叫ぶは、ケイン。真っ先に上段の構えから、こちらに気が付いた一頭に斬りかかる。だがしかし――
ブンッ!
卓越した身体能力から来る華麗なサイドステップから、渾身の一太刀は虚しく空を切った。
「くっそー!!」
と悔し声を上げる。だが、ケインの攻撃は、幸いにも俺に
バシュー!!
がぅ~!!
思いっきり顔面を斬られたことに、盛大な血飛沫のエフェクトが周囲をまき散らす。一方、他のブランコ2頭のうちの一頭。仲間が攻撃されたことに気が付くや、こちらに振り向く。そこへ、ジャムが踊りで、地面から持ち上げるは、なんと! 大タル爆弾。
「これでも食らえにゃ――!!」
我が身を省みず、爆弾を抱えたまま突っ込んだ。直後――
ボォ――ン!!!
大爆発。火柱を立てて周囲に衝撃波を放った。当然、もう一頭もただでは済まず。巻き添えを食らって、その場で力尽きた。全ては巧くいったかにも見えた。――のだが、その衝撃波は、最悪なことに崖っぷちに追いやられていた小狼をも巻き込んでしまったらしい。
「うわ――!!」
「「小狼!!」」
バターとミルクが同時に叫び、当の小狼は崖から放り出されてしまった。同時に――
「しまった!!」
ダンッ!
反射的に俺は助けに行き、そのままダイブ。宙に投げ出された彼の手を間一髪で掴む。危うく崖下への落下を阻止した俺の右手には、小狼の左手が強く握りしめられ、宙ぶらりん。その状態の中、彼に呼び掛ける。
「大丈夫か?」
その呼び掛けに、彼はコクリと頷く。その証拠にダメージソースは発生していないことから、あの爆風から奇跡的に無傷で済んことに心底ホッとする。
「ほらっ、引き上げるぞ。捕まれー!」
片方だけで小狼を支えていたが、俺の呼びかけに彼も応えるかのように左手をガシリッ! 力の限り引っ張り上げた。その間、何粒かの小石が、パラパラパラ……、と奈落の底に消えていった。
ゆっくりとだが、懸命に引き揚げ――、そして、這い上がっては
ふぅ〜
無事に窮地を救ったことに、俺と小狼は揃って安堵した。しかし、その束の間、爆発を引き起こした首謀者――ジャムがヨロヨロ〜、とやって来、その煤だらけの顔で笑みを見せるは
「無事で、……何よりだった、にゃ」
そう言い残して、その場で力尽きて崩れた。
「お前が言うなよな。ったくぅ~、無茶した挙句、他人を巻き込みやがってからに……」
パートナーのケインが不満をぶち撒けた。――のだが、その表情はジャムの気持ちを察してかどうかは知らないが、半ば呆れているようにも見て取れた。
気絶したジャムを背負い、俺は小狼を気遣う。
「まだまだ先はあるが、行けそうか?」
その問いかけ。答えは明白だった。小狼の意志は変わらず、俺は彼の意志を尊重して、天候が変わる前に第一キレットの設営地を目指すべく歩きはじめた。
そして、その中で思う。この近辺に現れたブランコの存在。それは、何かしら要因があって山奥から降りてきた群れのリーダー――ドドブランコが、近辺をのさばっている。そう嫌な予感がしてならなかった。