バチバチバチバチ……。
凍てつく岩肌の隙間から覗く夜空に向かって、焚き火の炎が伸びている。そこから舞う火の粉は、星空を彩り幻想的な様相を醸し出しては、俺たちの心を和ませる。
今の時間となっては、時折、そよ風が吹く音が聞こえるだけ。先程までの猛吹雪が嘘のように、しーんと静まり返っていた。
燃え盛る焚き火を見つめながら、時々、枝を投げ入れては、それに応えるかのように、パチンッ! と炙られた木が割れる音が聞こえてくる。呆然と見つめながら、俺はあることを想い耽っていた。
(お母さん、か……)
ケイン達が言っていたその言葉。夢でも見ていたのであろう、魘されていた際のその言葉は、今でも不思議と脳裏に焼き付いていた。
「単なる夢、なんだよな……」
全く夢の出来事は覚えていない。だけど、奇妙なことに、心の奥底で引っかかっていた。
「ま、考えても仕方ないか……」
不毛としか思えないだけに、頭を掻いた。――とそこで、隣にバターがやってきたのを目にする。
「ん? どうしたんだ?」
すると、バターは
「小狼が……」
と後方で寝ているであろう彼の方を見た。俺もまたそちらの方へと向くと、当の小狼は寝袋に入ったまま起きていた。
「どうした? 眠れないのか?」
気になって尋ねてみる。が、彼は無言で何も言わず。伏し目がちとなっていた。仕方ないので、彼の代弁者であるバターに訊いてみる。
「何かあったのか?」
「うんうん、特に。ただ、小狼曰く、寝れないんだとにゃ。心配で」
「心配、心配ね……。気持ちは分らなくはないよ」
消息を絶った姉――小凜とその仲間達。この目まぐるしく環境が変わる山々、そして、凶暴な
仕方ないなあと思った俺は、よっこらせと立ち上がり、歩み寄っては彼の隣へと寄り添う。焚き火を背景にしてこちらを向くバターを見ながら、かける言葉を探す。時折、隣でイビキを嗅ぎながら寝ているケインを尻目にして。
「……きっと大丈夫だよ、お姉さんのことは」
ようやく出た言葉は、何の根拠もないものであった。けど、励ます言葉はそれくらいしかなく。俯く彼に続けて語りかける。
「別に一人でクエストに赴いたわけないだろう?」
……コクリ
と間を置いてから、小さく頷いた。
「だろう。なら、心配ないじゃん」
まさに楽観的であった。とは言え、言葉自体がハリボテにしかならないのは目に見えていた。そう言う俺も、心の何処では、心配だったからである。
指先でサッと空を描き、チャット画面を表示。何かを言おうとしたみたいであったが、そこで躊躇ってしまったのか。指先が止まってしまった。視線を泳がせて再び俯く小狼。どこかよそよそしくする彼に俺は尋ねてみる。
「それとも、何か問題でもあるのか?」
と。すると、彼はすぐに首を左右に振るう。その様子に問題はないように思えたのだが、俺にはかしこまる理由が分らなかった。ただ一言
「じゃあ~」
とか言って勝手な解釈を挟む。しかしそれでも、対して小狼は沈黙を保ったまま。しばしの沈黙の後、さすがの俺も戸惑いを隠せなくなっていく。
――がそこで、ようやく彼の口が開いた。
「胸騒ぎが、……と、……まらないんだ」
「胸騒ぎ? ……てか、やっぱりか」
「え?」
「いやいや、なんでも。こっちのこと」
(やはり、気のせいじゃなかったんだな)
ケインとのいちゃ悶着した際、気のせいだったか。彼――小狼の声が聞こえたみたいなことがあった。でも、これでようやく確信した。やはり、ちゃんと喋れるじゃん、と。
一方、俺の心境を知らずしてキョトンとしていた小狼。そんな彼に、俺は質問するような形で話を進めた。
「――で、胸騒ぎとは?」
「え? あ、あ、……うん。胸騒ぎ。……なんか、こーう……」
言葉では表現しがたいことなのだろうか。胸を締め付けるような仕草で、体で表現して見せた。
「つまりは、嫌な予感がするってことなのか? 俺も表現の仕方は下手だけど、今回の捜索クエストには、得体の知れない何かがいると?」
「……うん」
と静かに頷いてみせた。
「なるほどね……」
(得体の知れない何かか……)
そこでふと思い出す。それもあってか、面前にアイテム画面を表示。そこで、例の痕跡アイテム――裂かれた獣骨を手元に出してみせる。
「それは?」
興味を持ったのか。小狼は俺が手元に出現させた痕跡アイテムに目がいく。
「ああ、これはな」
そう言うや、湖の畔エリアでミルクが拾ってきたことについて、経緯を若干交えてサラリと説明をしてやった。
「と言うわけなんだ」
と。それに対して、小狼は弱気ながらでも
「ちょっと、……見ても、いいかな?」
「ああ、構わないが」
そう言うや、彼の眼下に見せる。興味津々にまじまじと眺め、そして――
「やっぱり、……的中しそう」
そう述べるに留めた。
「的中って……」
そうぼやく俺にとっては、その嫌な予感というものがよく分らなかった。けど、村長達の話を聞いていたこともあり、今回のクエストは一筋縄ではいかない。なんとなくであるが、そう予感はしていた。
「先程から話を聞いていたけど。でも、考えても仕方ないことじゃないかにゃ? 小狼」
俺と小狼。二人の会話を今まで聞いていたバターが、そこで会話に割り込む。
「バター……」
と小狼。よちよち歩み寄ってきたオトモは、そこで腰を据える。
「団長達が言っていたように、確かに雪山のフィールドは危険がいっぱいだにゃ。だけど、それを承知の上で彼らは挑んだのにゃ。だから、きっとそこまで心配することはないないと思うにゃ」
「だけど。……バター、クエストには、犠牲者が多く出ているんだよ」
「確かににゃ……」
そこは考えものなのだろう。二の腕を組み、目をつむっては想い耽る。しかしその一方で、俺は
「まぁ、どの道、考えても仕方ないよ。ともかく寝ようぜ。それに、明日は早いんだしさ」
そう言いながら話を切り上げ、そこで寝具アイテムを表示しては寝袋を選択。その場に敷いて、さっさと潜り込んだ。
「……うん、そうだね」
先行きが心配ではあったものの、頷いた小狼もまた、長まった。多分、頭では分かっていたのだと思う。一方、バターもバター。焚き火の前に寄り添って長まると、
「まぁ、今は寝ることが大事だにゃ。先に寝るにゃ、お休み〜」
そう言い残して、先に寝てしまった。俺は小狼が寝ることを確認してから寝ることに。後ろで燃える焚き火からは、幾度となくバチバチと枝が割れる音が奏でられ続けていた。その間、思っていたことを訊いてみる。
「なぁ、小狼。先程から別件で思っていたんだけど」
そこで、寝袋の中でうずくまっていた彼は、顔をこちらに向ける。その様子に、続けて話す。
「本当はコミュ症、じゃないんだろう?」
すると、彼の表情がピクリと反応。どうやら図星らしい。そこを見逃さなかった俺は指摘する。
「やはりな。多分だと思うけど、本当は喋るのが苦手。だから、自分の意見はチャット越しに話していた。そんな感じなんだろう?」
少しだけ間を置いて
「……なんで、そこを」
「別に理由なんかないさ。強いて言えば、雰囲気からかな。そんな気がしたから」
「……そう。そうなんだ」
「で、でも勘違いするなよ。俺はアイツが言っていた通り、今まで偏見染みたみたいにコミュ症としては見てないからな」
なんだか自分で言うのもアレだが、言い訳っぽいような気がした。しかし、小狼としては違っていたのか
「ありがと。……そう思ってくれるだけでも嬉しいよ」
そう言うや、少しだけ笑みを。それから夜空を見上げては、ようやく本心を語り出す。
「……ボクね。本当はユウトが言った通り、直接、喋るのが苦手なんだ。現実世界では内気な性格から友達できないし。だったらと言ってお姉ちゃんに誘われてこの世界へと足を踏み入れたけど、結局は……」
「そうか……」
自分を変えたかったようだ。そんな感じがした。
「で、他の人となじめないまま、デスゲームに巻き込まれちゃって。本当、情けないよね」
横顔から見ても分るが、彼の表情にはその不甲斐なさが滲み出ていた。フォローするつもりではないが、何というか……。自分自身にも当てはまるような節があるような気がした。それもあって
「それを言うなら、俺だってそうだ」
「え?」
意外だったのだろう。彼はこちらを見る。
「俺だって、元々、他人と関わるのが苦手な方なんだぜ。何というか、その~、他人と関わること自体、抵抗感があるというか」
ぶっちゃけた話、人付き合いが苦手。そういうことが言いたかったのである。
「なんか、意外。そんな風には見えないけど。特にケインとの間柄とか」
「ああ、あいつは例外さ。ケインの場合、何というか、本心を語り合えるくらいの仲だから。いわゆる大親友的な立ち位置だけに」
「ふ~ん」
「ふ~ん、て」
「うんうん、特に。……でも、そうでなくても、僕と話す時なんか。それも、赤の他人であるはずの僕なんかと話すときなんか、そこまで抵抗あるようには見えなかったよ」
「確かに。そう言われて見れば……」
思うにきっと、彼女――サユリとの出会いが、俺自身を少なからず変えたのかもしれない。それも他者との関わりに抵抗感を抱いてしまう自分に対してだ。
思うに多分、彼女と出会わなかったら、小狼の依頼、引き受けなかった。そんな気がしていた。だけど、そのことは伏せておくことに。
「でも、きっと俺たち、似た者同士だったからじゃないかな?」
「似た者同士?」
「そう、似た者同士。〝類は友を呼ぶ〞。日本語でそう言うことわざがあるからさ」
性格的な相性。そのことを持ち出すに留めた。
「こ・と・わ・ざ? ことわざ、ね~」
ギルドカードを未だに交換していないからハッキリとはしないけど。小狼は多分、名前の二アンスからして中国人(間違っている可能性も捨てきれないが)。それゆえ、日本語のことわざに普段から馴染みがないこともあって、いまいち腑に落ちそうになかったようだ。
「まあ、いいさ。そんな感じに思ってくれれば」
そして俺もまた、氷の岩で覆われた天蓋の隙間から覗く夜空を眺めた。明日は早い。生態マップ上では、ここから先は設営地と呼べる場所は洞窟以外なかった。そのことがあり、ここから一気に山頂まで上り詰めるしかなく……。
今まで以上に大変になるであろう明日に控え、深い眠りについた。
設営地から1時間ほど。景色を見渡せば、暁の空が俺たちを出迎える。眼下には雲海がどこまでも広がり、まるで天国の様相を醸し出す。
マフマフフードの毛先が既に凍てついている。そのことから、既に氷点下を下回っているのは、一目瞭然だった。今思えば、いかに防寒装備が重要なのが、改めて認識できる。
「あまり端に寄るなよ」
「わーてるって。……うっひょー! 絶景だな、こりゃ」
今にも崖際に寄り添うな立ち位置で、景色を眺めるケインが感動の言葉をつく。昨日、雪庇から滑落しそうだったこともあり、昨日の今日であるだけに、本当に危なっかしくて見ていられない。
そうした中、ふと視線を変えれば、バターと共に小狼までもが(あくまで仮想世界における)大自然の絶景に酔いしれていた。
しかし、そっちはケインと違って崖際ではなく、無難な立ち位置に。それも見ていても安心できるような立ち位置にいただけに、無駄に気を遣わなくてよかった。
「雲海なんて初めてだにゃ」
バターが感想を言葉にする。小狼もまた、その言葉を受けてか、うん、と小さく頷いた。なんだか和むような光景。けど、山頂まで距離もまだまだあるだけに、時間も時間。あまり無駄にはできなかった。
「さて……」
まるで肌身離さずと言ったところか。手元にて、生態マップを表示させる。
「ん~と。ここからだと、洞窟ルートを通る必要があるのか~」
そう呟く俺の眼下、マップの地形上では、うねうねと曲がりくねりながら中腹沿いに連なる登山ルートと入り組んだ洞窟ルート。交互に、それも洞窟を出たり入ったりしながら、最難関のフロストエッジへと至る道が記されていた。
確認して思うに、フロストエッジのことは後でもいいような。最悪、途中で断念するかもしれないが、その辺は後回しでも良いように思えた。目先の課題として、洞窟エリア。構造上、入り組んでいる辺り、ふとした切っ掛けで迷子にならないようにしなといけない。そう判断した。
「お前ら! そろそろ行くぞ」
「あいよ」
「わかったにゃ」
ケインとジャムが答え、小狼はバターと共に向き合い頷いた後、俺の元へと来た。
「ちなみにだがにゃ」
「ん?」
「ユウト殿の見立てでは、この先、どんな感じなのかにゃ?」
傍らにいたミルクが質問する。
「見立てというか……。まあ、フロストエッジまでは、洞窟内で迷子にならないように注意するだけかな。今のところは」
「なるほどにゃ~」
「でも、地図上では、3時間くらいは外回りと内回りの洞窟ルート。交互に登っていく感じになると思う」
「な、なに!? 3時間?」
途中で話を小耳に挟んだケインが、気怠そうな表情を見せる。きっと、3時間という言葉を受けてか、めんどくさいような予感を抱いたのだろう。しかし俺は、一回咳払いをした後、そこをはぐらかす。
「まあ、なんでもないよ。とにかくこの先、まだまだ長い。そう言うことさ。ほら、行くぞ」
ケインの返答を待たずして、俺は歩を進めた。
「あっ、ちょ、ちょっと待ってよ」
つられて思わず慌てるケインは、俺たちの後に続いた。
曲がりくねった外回りのルートは、遂に薄暗い洞窟へと至る。洞窟内は冷え冷えとしており、壁面全体が凍てつく氷でできていた。まさに、一言で言えば
〝氷の洞窟〞
そんなイメージで間違いなかった。とは言え、洞窟全体、奥に行けばいくほど暗くなっていく訳ではなかった。氷の洞窟だけに外からの陽光が壁面に反射しているせいか、案外、そこまで暗くなるわけではなく……。
つまりは、ちょっと薄暗くなった感じ。そんな案配であった。だからなのだろう、視界はさほど悪くはなかった。
「ヌルヌルしていて思った以上に冷たいにゃ」
滑らかで冷んやりする壁面に、猫手で触れてみたミルクが感想を述べる。すると、ジャムまでもが壁面を見つめて口にする。
「見た感じ、ザラザラしているわけではなさそうだにゃ。なんか、こーう、やや溶けた氷のような感じで、艶があると言うか……」
すると、ケインもまた同調したのか、
「そう言われてみれば。なんて言うか、何かが舐めたような感じに見えるな」
(舐めたような?)
気になる言葉を聴いてか。今までただの壁面だけに興味を抱かなかった俺までもが、彼らの方へと振り向く。歩み寄っては、例の壁面を実際に見て確認。しかし――
「んー。特に変わった感じには見えないけどな」
そう回答。けど、言われてみれば、確かにその箇所だけは滑らかそうには見える。それも、よくよく見れば、自然にできた感じにしては不自然な様相に仕上がっていた。なんというか、その~、その箇所だけに丸みを帯びような感じに。
一見して、何も表示されているわけでない。しかし、そっと手を触れてみる。すると、唐突に
ピコンッ!
!アイコンが表示されるではないか。この事に、何かある。それだけに
「ん? これは」
呟いた後、表示されたアイコンの正体に迫る。すると、何という事だろうか。メッセージには、なんと! モンスターの痕跡だと言うことを突き付けてきた。
(痕跡にしては珍しいような)
そんな感じを抱かずにはいられなかった。と言うのも、痕跡と言う割には、パッと見た印象からして、滑らかな壁面以外、至って普通の氷の壁面にしか見えないからだ。
そういうこともあり、俺は恐る恐る痕跡を確認しようと表示画面へと指を伸ばす。――とそこで、
「なんかあったのか? ユウト。画面なんか見つめて」
いつの間にか、画面と睨めっこしている時間が長引いてしまったのだろう。自分だけしか内容を確認できていないだけに、内容を知らないケインが、俺のそんな様子を気にしてか尋ねて来る。
「あ、いや。特になんでも。ただ、痕跡を発見した、って事だけかな」
「痕跡? もしかして、この滑らかな壁面のことでか?」
「そうそう。で、痕跡名なんだけど……」
そう言って視線を戻し、今度こそ痕跡の正体を確認する。すると、表示されたメッセージには、こう書かれてあった。
『滑らかな吸着痕』
と、なんだかハッキリとしないような表現で。
「吸着痕?」
やや眉間に皺を寄せて呟く俺は、その壁面をもう一度確認してみる。すると、壁面には楕円状かつ内側に向かって、細かなギザギザ痕が刻まれているではないか。
見る限り、多分、歯形痕。そのように見えなくもないそれは、ある意味、吸着痕と言えるのかもしれない。
そうした中、ジャムが辺りを見回しながら気になることを口にする。
「そう言えば、さっきからランゴスタが何匹が飛び回っているにゃ」
「え? あ、本当だ」
ジャムにつられて、ケインが今更ながらに気が付き、俺もまた、画面を表示させたまま、言われるがままに辺りを見渡しては、同じく気が付いた。
「やけに多いですにゃ」
バターが言い、小狼もまた、頷く。そうした中、洞窟の奥から小さき虫の断末魔が聞こえてきた。悲鳴に導かれるようにそちらに視線を移すと、そこにはランゴスタの死骸。そして、その死骸の傍らにて、得体の知れないモノが張り付いていた。
「何だあれ?」
ケインが首を傾げ、誘われるようにして歩み寄っていく。
「あ、ケイン」
ジャムが呼び止める。一方、俺もまた、気になり、静かに歩み寄ってみた。ランゴスタの死骸に張り付いていたソレは、そばに行くにつれ白くてブヨブヨした幼体のように。それはもう、一種のヒルのように見えてきた。
大きな口で張り付いていたソレは、一旦、死骸から離れこちらを向くや、突然、慌てたようにウネウネと蠢き逃げ出してしまう。
そのことに
「あ、ちょっと」
動きが緩慢とはいえ、自分たちの存在がバレたことにケインは慌てて追いかける。
「お、おおい! ケイン」
「ちっと、見てくる!」
「……ったくもー!」
誠に勝手ながら、気になり出したら止まらず。ケインはそう言付けするや、走って洞窟奥地へと行ってしまった。大して俺も、やむを得ずといった感じに。彼を迷子に併せるわけにはいかないとして、頭を掻きむしっては追いかけた。
タ、タ、タ、タ、……
地を踏みしめた際の足音が壁面に反響して、洞窟全体がかすかに響き渡る。ケインの後を追いかけ、角を曲がった先にて、一番最初に驚きの声を上げたのはケインだった。
「なんじゃこりゃ――!!」
そう言う彼に追いついた俺も、目を見張るような光景が広がっていたのを目の当たりにする。と言うのも、大広間にして壁面のところかしこに、気持ち悪い上に大小様々な繭が幾つも点在。さらには、地面にて、まるで、蠢く卵胞の塊のような形状の物体までもが、これまた、同じく数ヶ所に点在してあったのだ。
「ギギネブラの巣だ……」
モンハンの知識が豊富なだけに、的確な言葉が口から出る。そんな中、遅れてきた小狼たち。バターは驚きのあまり声を失った。
「なんだか気持ち悪いな、この場所」
「まぁ、無理もないさ。巣だからな」
「巣?」
「ああ、モンスターのな。でも、今のところ、生みの親はいなさそうだな……」
そう言うや、辺りを見渡す。気配がない感じ、今は留守にしていると思われる。
「とりあえず、気持ち悪いから先を急ぎたいにゃ」
「ああ、そうだな」
ミルクの気持ちを察して、俺もまた同意した。立ち去る間際、振り向きながら
「ほら。行くぞ、ケイン。――って、何してんだ?」
「いや〜、何というかな〜」
そう言いながら、足元にいたまるで芋虫のようなブヨブヨの幼体――ギィギを指先で突っついて悪戯していた。当のギィギはビクつきながら、すっかり縮こまっていたが……。
「見た目もそうだが、ぷにぷにとした感触堪らずにな」
「は〜。まぁ、分からんでもないが」
ギィギに悪戯心を抱く気持ちも分からなくはない。と言うのも、このチビモンスターは、巷ではキモ可愛いモンスターランキングの上位に当たるからである。
まぁ、周りにはギギネブラも居ないみたいだし、少しだけだが彼に付き合うことにした。
けど、ケイン本人は気付いていないだろうか。彼の背中には、もう一匹のギィギが張り付いていた。さらに付け加えれば、体力ゲージが超微量ながら削られていることを知らずに。
「にしても可愛いな。どれ〜」
そう述べるや、縮こまったままのギィギの首根っこを掴むや持ち上げ、掌に持ち上げて見せる。そして、しばし余韻に浸っていたが、そこで
「やっぱり気に入ったぜ。なぁ、ユウト」
と、そう言いながらこちらを向き
「このチビ助け、持って帰れないかな? このままここに置き去りにするにしろ、かなり名残惜しくてな」
「え? も、持ち帰るって」
何を言い出すかと思えば、それかよ。確かに可愛いことには、理解できる。ただ、持ち帰るとは、まさかペットとして飼うつもりなのだろうか。そう勘ぐりざるを得なかった。
「ペット、ペットとして飼うんだよ。それしかないだろ?」
(やはりか……)
想像した通りだった。だが、ギィギが成長したら何になるのか。そして、やがては手が付けられなくなること。そもそもそれ以前に、村へと持ち込む事なんでできないことを知っていた俺は、一応断りを入れておく。
「それはやめとけって」
しかし、ケインは首を傾げ
「え? なんでだ?」
と。流石に返答に困った俺は、
「なんでって言われてもな〜」
と述べた後、
「そもそも飼うにしろ、どうやって育てるつもりなんだ? それに話は逸れるが、背中に張り付いているぞ。お前の好きな
それを言われて、えっ⁉︎ と発した後、背中に手を充てがった。瞬間、ぷに、とした感触が彼に伝わったのだろうか。
「あっ! いつの間に」
ようやくその違和感に気が付いた。対処に困り慌てるケインを見ながら
「よかったじゃないか。好きなのが、自らくっつきに来てくれて。ちなみに、足元にも付いているからな。ソレが」
悪戯半分に皮肉って見せた。対するケインは、流石に好かれすぎたことにようやく自覚したのだろう。
「んなこと、言っている場合かよ。いくらなんでもこれは――って、おわっ!」
慌てる中、向き直した直後、先程まで掌に乗せていたギィギが反撃とばかりに飛びついてきたのだ。顔全体に張り付かれ視界が完全に塞がれてしまう中、必死に何かを訴え引き剥がそうとする。
「ん、んー、……は、はなれ〜、……ろ。……い、……くらな……」
もはや何を言っているのか、さっぱりだった。その間、彼の体力ケージは確実に減って来てはいたが、そんなことよりも側から見て滑稽でしかなく。引き剥がそうと必死になるケインは、遂に足元を滑らせバランスを崩し
「ぶわぁ!」
ツルンッ!
ドテンッ‼︎
盛大に尻餅を突いてしまうと言う。
「なにやってんだよ〜」
まさに一部始終見ていた俺は、小狼達共々、呆れるしかなかった。一方、尻餅を突いたことに驚いたギィギは、慌てて彼から離れて一目散に逃げていき、背中に張り付いていたギィギは、上半身のみの体重によりペシャンコ。その場で情けなく息絶えてしまった。
(やれやれ……)
情けない一人芝を演じているかのような光景に、心底ため息が出る。――とそこで、ふいに視線が彼の頭上に。そこで、得体の知れない灰褐色のモノが垂れ下がっているのを目の当たりにする。まさに不気味な光景。思わずまじまじと眺めて――
「っ!」
(ギギネブラ!?)
得体の知れないモノの正体が、ギィギの親――毒怪竜・ギギネブラだと気が付く。そして、奴が狙っていたのは、まさにケインの方であったと言うことも。その瞬間、気が付かない彼に天敵の脅威が迫る。
一方、ミルク立ちも気が付いたのだろう。表情に緊張感が走り、身構えた。俺はケインが頭上の天敵の存在に気が付いて動揺を来さないよう促してみせる。
「やれやれ、とんだ災難だったぜ。まさか、こ~も……ん? どうした、ユウト? それにお前達まで?」
頭上を見ないよう手振り身振りを交え
「ケイン。いいから、ゆっくりとこっちに来るんだ」
「えっ、なんかあるのか?」
「いいから。俺の指示を聞け」
「聞けって。それはどう言う理屈から命令しているんだよ。別に何かあったわけじゃないだろう?」
俺の意図を知らずして戸惑うケイン。一方、俺の傍ら、ジャムが頭上に何かいることを知らしめるジェスチャーでもしでかしたのだろう。
「ん? 上に何かいるって? ……っ!」
途端、ケインの表情が凍り付いた。刹那、あっちゃ~、と思った。ケインは頭上のギギネブラの開かれた大口を。ギザギザで鋭く、残忍な歯並びをした大口を前にして凝視。ようやく出た声が、あ、と言う一声しか発することのみで、その様は金縛りにでもあったかのような様子であった。
一方、対するギギネブラ。今がチャンスとばかり首が縮こまり、捕食しようと身構えた。瞬間、俺の脳裏に危険信号が。
「逃げろ!! ケイン!!」
「う、うわ――!!」
俺の怒号に我を取り戻したケインが、堰を切ったかのようにその場から地を蹴った。直後、
バクンッ!!
彼がいた場所に、大口が襲いかかり噛みつく。そして、空振りしたことに、こちらをギロリと睨み付け。泡を食ってこちらに向かって逃げてくるケインをよそに、頭上に張り付いていたギギネブラが
ドスンッ!!
落下。重低音を響かせた。
「ユウト! ユウト! ユウト!」
「分っている」
逃げ込んできたケインを庇い、俺はポイズンタバルジンを抜刀。小狼たちもそれぞれ武器を手にして身構え、それを見たギギネブラは、
ギャオオオオ――!!
けたたましい咆哮を洞窟全体に響かせ。その瞬間、場は生死を分かつ狩り場と化した。