ポッケラテを一杯啜りながら、黄昏色に染まりつつあるフラヒヤ山脈を拝める。山脈の最奥にある本山は、霞み掛かっていてよく見えなかったが、見るからにそんなに天候は悪い気がしていなかった。
窓辺から見る景色は、いつだってカデットの胸中に秘める想いを蘇らせてくる。辛い辛い過去。それは忘れたくても忘れられないものであった。
窓辺から望む風景から視線を逸らすと、静かにテーブル上にカップを置く。黒褐色の波紋。そして、波紋から見えてくる自分の表情。無愛想な表情に、ゆっくりと瞳を閉じる。
「情けないですね」
その一言が、全てを物語っているようなものであった。
「また、耽っていたようじゃのう」
「あ、ご主人様」
杖を付きながら日陰から現れたのは、ポッケ村の長。オムラ村長であった。
「あまり思い詰めるとよくないぞよ」
そう言いながら、彼女の真向かいへと歩み寄っては、よっこらせ、そう言わんばかりに自分の背丈よりも一回り座高がある椅子へと腰掛けた。樫の木で仕立てられた椅子が、ギシギシときしむ音を奏でる。
「ほっといてください。この問題は私だけのものですから」
「そうかのう……」
気持ちを察してくるオムラ村長の眼差し。それが内面を見透かされているようで、痛く辛かった。しかしこの想いの訳、村長も分かっていた。事情を知っているか知らないかでだいぶ違うだけに、それだけが救いであった。
ぼんやりとカップを見つめるカデットに、オムラ村長は慰めるように語りかける。
「……あの若者は、きっと大丈夫だと思うぞよ」
やや間を置いて
「なぜ、そう思うのです?」
すると
「なぜ? なぜ、かの〜」
そう呟くように答え、にこやかな笑みを浮かべて景色を眺めた。眺めながら、自分自身の気持ちを確かめるようにしてゆっくりと口を開く。
「特にこれと言った根拠はないかのぅ」
「なら、直感、ですか?」
そこで二の腕を組み、ん〜、と考える。しかし、そこから出した答えは、呆気ないものであった。
「そう言ってしまえば、そうなるかのぅ」
その返答に、なぜか肩を落としていた自分がいた。きっと何処でオムラ村長の答えに期待していたのかもしれない。頭では特に期待したつもりではなかったが、心ではである。
「なら、変な勘を働かさないでくださいよ。こっちは特に……」
そこからの言葉が出てこなかった。まるでそれは、蓋されているようにさえ感じられた。
「特に?」
訊き返すオムラ村長。
「べ、別になんでもないです」
気持ちをはぐらかした結果となってしまったが、その点については触れられたくはなかった。だからだろう。自分の気持ちを無視するかのように、窓辺から見える広大な景色へと意識をシフトさせた。
その様子にため息を漏らす長は、見かねたのか言葉を紡ぐ。
「確かに勘でそう思ったのかも知れない。じゃが、わしは思うんじゃ。あの若者達。特にユウトと名乗るあのハンターには、特別な何かを感じるじゃぞい」
「特別な感じ?」
「うむ、そうじゃて」
一拍置いた後、
「何というか……。言葉にはしづらいが、オーラを感じるんじゃ。……それに、あの者の眼差し。何かを背負っている。そんな感じもするのじゃ」
それを訊き
(何を言い出すかと思えば)
カデットにしてみれば、いくらご主人様としてオムラ村長を意識しているとは言え、その言葉。いくらなんでも妄言にしか聞こえなかった。それがあってか、ただの戯れ言のような認識でその場を取り繕うようにして答える。
「へぇ~、そうなんですね」
別に気にはとめなかった。だが、オムラ村長は違った。彼はそんな彼女に問いかける。
「へぇ~、とは。そう言うカデットこそ、彼らに感じるモノが少なからずあったのではないのか?」
「と言うと?」
「ほら、自身の装備を貸してあげた時とか」
(装備を、貸した時?)
トンチンカンな例え話。それを聞かされたような、変な錯覚を覚えた。それもあってか、カデットは反論してみせる。
「貸した時って……、アレはご主人様が村の風評被害に困っていたから」
そう言いながら、特別ユウト達の為ではないことを再確認する。しかしオムラ村長は、違った視点を見出していたらしい。
「本当にそれだけ? それだけかのぅ?」
内面を覗くかのように、問うて来た。
「そうですよ。あんなに困っていたじゃないですか?」
「確かにな。お前さんの言う通りじゃな」
否定するかと思えば、呆気なく肯定的に答えて来た。カデットは輪をかけるように、オムラ村長の言い分は違うことを否定してみせる。
「なら、ご主人様の勘違いですよ。別にあの方々のため、なんて微塵も感じてませんから」
ところがオムラ村長にも、思い当たる点があるらしい。実際、カデットの諸事情に関することを知っているだけに、別な側面から指摘して見せる。
「そうなのかい? なら、逆に聞くが、普段から自装備に関して執着があるのは何故かのう? それほどの思い入れがあるのなら、簡単には他人に貸し出すなんてことはしないと思うがのぅ」
「っ! そ、それは……」
村長の核心を突かれたかのような指摘に、思わず言葉を詰まらせてしまう。図星からなのか、視線を左右交互に動かして動揺してしまう。だが、オムラ村長はそんなカデットに対して、あえてそれ以上は問い詰めなかった。
その代わり、これだけはポツリと言い残しておいた。
「まぁ、いいじゃろう。けど、後先、後悔しないようにな」
そうして席からガタッと鳴らして降り立つと、用事でも思い出したのか、その場から立ち去ってしまった。見送り、そして、一人残されたカデットは、再び視線をカップへと向ける。
「後悔、なんてない。……はず」
自分に言い聞かせて、オムラ村長の言葉を否定してみせた。けれど、それでも脳裏には、村長の言葉が残滓となって残る。ラテを飲み干したカデットは、徐に立ち上がると、収納ボックスへと歩み寄った。
画面操作を経た後、残された装備の数々に目を通す。表示された防具類の品々。シリーズごとに分けられているだけでなく、各シリーズに、頭、胴、腕、腰、脚の5種類全てが揃い、かつ、その全てがほぼ最大強化されている点を見れば、装備に拘りなんかない。そう言ったことなんて否定しきれない自分がいた。
一喜一憂している訳ではないが、その防具を少しだけ眺めていたカデットは、武器類に切り替え。そこでライトボウガンを手にして見せる。ヘビーボウガンと違い、比較的に軽量に作られたボウガンではあるものの、軽量なりにもしっかりとした重量感が両腕から直に伝わってくる。
イャンクックの頭部からなる砲口。それはまさに、イャンクックの怒りの火炎ブレスが吹き出んばかりの風格があった。
名は、クックアンガー。
序盤から制作できるライトボウガンの中では、比較的火力が高い方に位置づけられていた。それ以外にも数種類ものライトボウガンはあったが、カデットにとってこのボウガンは、比較的使用頻度が多く、それ故に愛用している品でもあった。
けれどその反面、堪えがたい
だけど、こうして売却できずに未だに所持している。そんな割り切れない自分がいるだけに、カデットは情けなくて仕方なかった。
それは、未練が、クックアンガーに込められた愛情という名の未練が、手放せない大きな障壁となっていたから……。
ふいに思い返せば、しつこいくらい脳裏に過ぎる辛い過去が彼女を苦しめる。押し寄せる罪悪感、喪失感、そして、無念、等々……。これらを一括りにすれば、結論から言って、奴との因縁、その一言に尽きていた。
白き獅子――ドドブランコを越える脅威。その脅威が全てを狂わしたことには間違いないからだ。しかしどうしようもない現実がある。そのことだけに、深くため息を漏らしては、肩をすくめた。
「私には、もう資格はない。そして、あの人達との合わせる顔も……」
それだけ呟くと、クックアンガーを収納。
「どうせ、生きて帰って来ないでしょう。あいつがいる限り。……私、馬鹿ですね。そんな事情を知っているはずなのに、他人に防具を貸してしまうなんて」
そう暗い表情で独白するや、カデットもまた次なる用事を済ますべく、床の間を後にした。
それから程なくして……。
次なる用事。と言っても、普段とは変わらない。カデットが赴いた先は、ポッケ村に設営されたギルド支部。いくら第一線を退いたとは言え、オムラ村長の従者である以上、クエスト状況やら村全体の運営やらで管理しないといけなかった。
それもあってか、一般クエストの類とは別に、彼女専用と言っても過言ではない特別なクエストがあり……。ギルド支部を管轄するギルドマスターの老人を見かけると、そちらへと歩み寄って行った。
老人は切長い耳が特徴の小柄な竜人族であり、その小柄ゆえにかカウンター上を椅子代わりに。パイプタバコでポカポカと煙を立てて寛いでいる最中であった。
「マスター」
気軽に声をかけてみた。しかし、ギルドマスターの老人は、耳が遠いのか。こちらに気が付いていない様子。ぼんやりと暇を弄ばしていた。種種雑多な喧噪が飛び交うギルド。聞こえないのも無理もないのかもしれないと察して、彼との距離を一段と縮ませ、あえて耳元で声をかけた。
「マスター!」
すると、流石に気が付いたのだろう。マスターは驚きの表情を見せた。
「おお、カデットか。こんな黄昏時に訪れるとは、珍しいのう?」
「まあ、日中は色々とありましたから」
「色々と、ねぇ~」
彼女の行動に珍しさを感じていたが、縁が深い間柄からか、どうせいつものことだろうと思ってか詳細は聞かず。早速、本題へと話題を切り替えた。
「……まあ、いいじゃろう。それで今回は何用かのう?」
「えー、村の経営状況の確認をしたく」
「経営状況、状況、ねぇ~。一応確認しても良いが、いつもと変わらんよ。財政の右肩下がりは、のう」
そう言うなり、マスターはどこからともなく資料の束を手元に出した。何重にも折り重なり、それでいて重厚な羊皮紙の束は、まるでレンガのよう。老人の身からしたら、体に応えんばかりの重厚感があった。
膝の上に載せて、パラパラパラ……、とページをめくり、指先で宙を描く。すると、〝ピコーン〞とメッセージアイコンが目の前に表示。自然な流れで、カデットは資料の内容を確認した。表示された資料集には、整然と記載された報告内容の文書が、経営状況を湿すグラフが、項目ごとに分かれて記載されていた。
右往左往視線を動かして内容を一瞥すると、マスターの言ったとおりの現状に、思わずため息が漏れそうになった。
(やはり、風評被害をなんとかしないとダメか……)
結論からして、その一点に尽きていた。
「言ったとおりじゃったろう?」
「ええ、変わらないです。確かに」
「なら、確認するまでもあるまいて」
「確かに。ですが、私はご主人様の従者。分っていたとしても、確認することが仕事ですから」
「まあ、好きにするとええじゃろう。――で、話は変わるが、村長の方はどんな様子じゃったかのう? 立場上、ここを離れるわけにはいかないだけに」
「変わらないですね、いつもと。ただ、気苦労がやや減った感じはありますね」
「と言うと、少しだけ元気が出た感じかのう? 激務と村民からのクレーム対応に追われて、最近では少し窶れ気味という噂があったらしいが」
「助っ人が現れたんです。頼れるかどうかは分りませんが」
「助っ人?」
「はい、何も遭難した身内を探しに行くとかで」
「遭難? ……っ! まさか、雪山にか?」
カデットの申し開きに、ギルドマスターは驚きを隠せないのか。身を乗り出して聞き返す。その一方、カデット自身はどうでもいい気持ちだったのか、至って冷静であった。
「はい。ですが、無謀でしょうね。雪山にはドドブランコ達が居座っている上、天候も常時不安定ですし。いつ、悪天候に見舞われるかと考えると」
「……そうか」
それだけを言い残すや、まるで期待外れでも引いたかのように肩をすくめた。
「でも、向かってくれる者達がいたんじゃな。訊く限り、村長にとってそれだけが救いだったのかもしれないな」
わずかな希望を抱いたのか、ギルドマスターはやや笑みを浮かべたようだ。けれど、カデットはその希望を打ち砕かんばかりに、一言漏らした。
「幻想」
「え?」
「いや、ただの幻想ですよ。ご主人様の抱いた期待とやらは」
一筋の希望を打ち砕かんばかりの悪態。雪山でのトラウマを持ち合わせているカデットにとっては、その希望染みたマスターの発言は訊きたくもなかったのだ。面を食らってしまったかのように押し黙ってしまう老人をよそに、カデットは受け取った資料集を再度確認すると、画面を閉じた。
「もう十分です。お返しします、マスター」
「そ、そうかのぅ」
そう言うなりさっさと返却。喧噪な雰囲気が心苦しく感じてきたこともあり、踵を返した。周りからの視線が痛いほど自分に向けられている現状に、一刻も早く出たい。そんな衝動に駆られ、早歩き。出口へと向かおうとした。
――とそこで、周辺の目を気にして周りを警戒していたことが仇となってしまったのだろう。人目に付きにくそうな薄暗い隅にいる顔見知りと目が合ってしまう。最初は無視でもしようとでも思い、わざとらしく気が付かないフリでもしていたが……。
「無視は良くないよ、カデットちゃん」
っ!
その一言に、思わずムカッときてしまった。周辺の目を気にしつつも歩み寄っては、無視しきれなかった顔見知りを相手に小声で注意する。
「だからちゃん付けは辞めてくださいよ、ドーラさん。恥ずかしいです」
しかし、当のドーラはそんなことお構いなし。自前の傲岸不遜な態度からこう切り返す。
「恥ずかしい? 何言ってんの。周りの目がどうでアレ、関係ないっしょ」
「で、ですが……」
器量のでかさが天と地ほどもある。大柄な態度を取るドーラに、周辺の目線が気になり遠慮がちなカデット。その様は、虎と鼠、そのもののように見えた。
「師匠。彼女、嫌がっているじゃない」
「ライラ……」
「カデットさんでしたっけ?」
そう述べるは、ドーラと真向かいの席に座る小柄な少女。表情がフードに隠れて見えづらくなっていたが、フードの影から覗く視線は、きちんとこちらを見つめていた。
「そうですけど。あなたは?」
「私、師匠の娘、ライラです」
自己紹介するなり、フードを脱いで素性を見せた。ドーラとは違い、見るからにその端正な顔立ちはふくよか。第一印象からして、どこか穏やかさが滲み出ていた。……出ていたのだが、その無愛想な表情が可愛さを台無しにしているような。そんな気さえしていた。
思わず見とれてしまうカデット。しかし――
「てことは……」
すると、大胆にもドーラが
「あははははは……!! そう言うこと。あたしの娘だよ、ライラは」
娘!? とその一言。そこでカデットは確信した。つまりこの二人は、親子だと言うことを。けれど――
「でも、師匠って……」
親子なのに師匠と呼ぶ娘・ライラ。ドーラとの面識は前からあったが、ライラとの面識は恐らくこれが初。そのこともあってか、不思議と疑問が沸いて出てきたのだ。このことに、ドーラは師弟関係について簡潔に説明する。
「修行の身、だからね」
「修行?」
「そ、修行。カデットちゃんも分るでしょう? あたしが武具屋の店主を請け負っているのを」
「まあ、分りますけど。……っ! まさか、受け継がせるのですか?」
いずれにせよ、この親子はシステムと言う名の理に従ったNPCには変わりはない。けど、不思議とそう勘繰ってしまってもおかしくはなかった。全否定はしなかったが、ドーラはその胸中を明かす。
「将来的にはね。でも、あたしとしては、この村を出て見識を広めてもらいたい。まずはそこからなんだけどね」
すろとライラは、師匠というか母親というか。ドーラの願いに反論で返す。
「見識なんて……。私には不要です、そんなもの」
まるでくだらない物を吐き出すような、トゲのある言葉。しかし、ドーラにとっては、いつものこと。半ば笑いながら宥めに掛かる。
「またまた、ライラったら」
「師匠、……いや、お母さんは本気にしていないみたいだけど、私、本気だよ。この
自信たっぷりに言い切ってみせる。端から見れば、馬鹿馬鹿しい。そんな風にカデットは見て取れていた。いわゆる自信過剰ってやつだろうと。ライラの性格から呆れてしまったカデットは、これ以上、この親子に付き合ってられない。そして、場の雰囲気もカデットにとっては息苦しい以外、何者でもない。そのこともあり、静かに立ち去ろうとした。
――とそこで、ドーラが言葉で遮る。
「ちょっと待ちな、カデットちゃん」
しかし、カデットは
「いいえ、結構です。それにこの場の雰囲気、苦手なので」
そこで強引にも立ち去ろうとする。そのことにドーラはため息を吐いて、ライラの方へと顔を向けると、珍しくも毅然とした表情を見せた。
「ライラ、あなた破門ね」
「え?」
思いがけない言葉。流石のカデットも、そこで気を取られて立ち止まってしまう。向き直って、親子二人を見て……。そして、破門を言い渡されたライラを見た。当の娘は、先ほどの言葉を受けてショックを隠せないのか、表情が凍り付いていたが。
けど、そんな娘をよそに、ドーラは立ち上がると、カデットの隣へと歩み寄った。女性にしては男には負けじと、白のタンクトップが弾けんばかりの筋骨隆々とした逞しいがたいが迫る。対して小柄の方であったカデットはと言うと、その威圧に押されるかのように、やや萎縮気味になりそうであったが……。
「場所を変えよっか、カデットちゃん」
「えっ!? ええ?」
友好的にも肩に手を添えられてしまったカデットは、そこで言葉に詰まってしまった。動揺を隠せないだけにドキマギして、視線を泳がしてしまう。そんな中、ふいにライラの方へと目線が行き――
「あ、あのう……、彼女は?」
だが、ドーラはにこやかに
「いいのいいの。あれくらいが丁度いいんだから」
と、まさに娘の気持ちを蔑ろにした発言を残すのみ。破門された側なんか知らぬわ。そう言った気持ちが伝わってきそうな様子で、ライラに関しては取り合わず。カデットはドーラの意図とすることが読めないまま、彼女につられてやむを得ず酒場を後にした。
連れてこられた場所。そこは、ポッケ村近郊にある小高い丘であった。丘と言っても、村を出てから徒歩で10分もしない場所。眼下にはポッケ村の全域が眺め、遠くには、あの雪化粧をしたフラヒヤ山脈が一望できると言った、絶景スポットであった。
落下防止の観点から腰の高さまである柵が、一本の木を中心に半円状に設けられていた。木は針葉樹林と言ったところ。その刺々しい葉状を覆い被さんばかりに、所々積雪が乗っかっていた。
ドーラの大きな背中にインパクトを感じながら、彼女に連れられてきたカデットは、久々に来た場所だけあって爽快な気持ちにさせられていた。
なんというか。従者としてのしがらみ、そして、辛い過去。それらを脇に置いてもいいくらいな。そのような感慨を抱かずにはいられなかったのだ。一本の針葉樹林の前まで来ると、ドーラはそこで立ち止まった。そしてそのまま、ため息を吐くや話を切り出す。
「ごめんね、カデットちゃん。ライラの我が儘を訊かされてしまって」
「い、いいえ。そんな……」
突然の謝意。想定外のことに、カデットは慌てて遠慮がちに取り繕った。
「でも、あーでもしないと、ダメだったから」
ライラとは面識は先ほどので一回切りだっただけに、事情は分らない。そのことにより、カデットにとってはドーラの話に耳を傾けるしかなかった。
大木を見上げるような感じに顔を上げて、ドーラは娘の事について語り出す。それはまさに、積年の想いが込められているかのように……。
「あたし達の会話を聞いていたと思うけど、あの子、自信過剰のところがあるの。悪い言い方をすれば、自信過剰な考え方が故に何事にも傲慢になって来ていると言うか」
(傲慢、か〜)
それはカデットから見ていても、ハッキリと分かるような気がしていた。だから、彼女が言いたそうなことも、その一言だけに少なからず分る気さえした。
先ほどの傲岸不遜な態度とは一変して、どことなく弱さが滲み出ているその様は、どこか虚しさを覚えずにはいられない。
「まあ、確かに……」
その思いに共感してか、その一言だけを述べるに留める。訊いているか訊いていないかは分らなかったが、ドーラは再び心中を吐露し始める。
「でね、母親として。……いや、師匠としては、そのままの性格では、店を継がせるわけにはいかない。そう判断したって訳」
「だから……」
「まあ、他にも理由があるけど、一番、それが大きいからね」
「なるほどね……」
「でも、ちゃんと訳は話すつもり。このままだと本人、納得いかないだろうしさ。ただし、条件付きだけども」
「条件?」
「そ、条件。平たくで言えば、もっと多くの世界を見てくること。それだけなんだけどね」
「ようするに、自分の願いを押しつけたいがため。そう言うことね」
「ちょ、ちょっと。押しつけるとか、そう言うことを言っているわけじゃ……。何というか、諺にあるじゃないか。〝可愛い子には旅をさせろ″とか」
それを聞き、白けて
「あー、日本古来の諺に関しては、悪いけどそんなに詳しくないので」
「そ、そうなのかい?」
「日本文化に関しては、多少馴染みあるけど、私、これでもドイツ人なんで。でも、まあ、どちらでもいいわ。どの道、私にはその話は無関係でしょうし」
「ま、それはそうだけど……」
変な解釈をされて慌ててしまったドーラであったが、ここに来て開き直ってしまった。しかしだからといって、別にこの親子の問題に関して言えば、カデットにとっては訊かされたところでどうだって良かった。
「で、私をここに連れてきたのは、それだけではないでしょう?」
「あ、うん。そう、そうなんだよ。実は折り入って相談があってね」
「相談? 私に?」
「だってカデットちゃん、村長の使い役でしょ?」
「確かにそうだけど……」
「そこをね」
この時、不思議と珍しいなぁとは思った。いつものドーラなら、そんなことは今までなかったから。しかし、このご時世。無理はないか〜、そんなふうにも思えた。
(きっと風評被害の絡みだろう)
そんな風に想像しながら、ため息交じりに尋ねてみる。
「っで、相談というのは?」
すると、ドーラは手元に小さな巻物を出現させこちらを向くと、その巻物を分りやすいように、パラパラパラ……、と垂れ下がるようにめくり見せてきた。
「実は、この件に関して何だよね。相談というのは」
そう言って見せてくる物。一見して、整然と横文字で描かれた象形文字のよう。しかし、中にはヘナヘナ文字まで描かれており、ハッキリ言ってなんで書いてあるか分からなかった。
けど、それを補う形でチェックマークが表示。それに触れるや、意味不明な文字列がみるみるうちに読めるように変換されていった。
読めれるようになったことは、ある意味、喜ばしいかった。だが、そこに記載されているのは、何かの依頼リストらしく……。
「製作依頼達成リスト?」
そう呟くことになったリストと言うのは、主に鍛冶屋をも営む武具屋が受け持つ業務請負書類、そのものだった。つまるところ、そんなものを見せられたところで私にどうしろと言うのだ? そう言いたくなった。だけど、その思いを押し留める形で、ドーラが詳細を語り出す。
「そ、いわゆる業務請負書ってやつね。ちなみにこの場合、依頼達成状況を示す書類にあたるね」
「言われなくても、それくらい。……で、その書類がどうしたって? てか、この複数の×印は一体?」
そこで目に留まった×印は、各項目、ほぼ全ての欄の最後尾に付けられてあった。×印が示す意味。あまり良いイメージが持てるわけでもなく。心の何処で、まさかな〜、と勘繰ってしまう。
「御察しの通りだよ」
その言葉を受け、思っていた言葉が口に
「まさか……」
すると、白状するかのように
「そのまさかさ。依頼された装備品とやら、できなくて困っているんさ」
と口を割ってきた。当然、そのような事柄を言われても……、とは思う。
「で、私にどうしろと?」
「休業申請書を発行してもらいかな。この際だから」
「休業申請? まぁ、その話を聞けば分からなくもないけど。でも、なんで私なんです? ご主人様に直接――」
「できないんだよね」
「え?」
思わず顔を顰め、訝しむ。なんで? そう言いたくなったが、そこでドーラが訳を一言。
「NPCだけに制約が、ね」
そして、さらにこんなことを。
「それに、制約上でなくとも、もう、お年でしょう? オムラ村長。正直、あまり無理させたくなくてね」
それを言われて
「う~ん、無理も何も……」
正直、複雑な気持ちになってしまった。それはオムラ村長のことは尊敬しているし、彼もお年だと言うことも十分分っていた。だから、発行手続きと言った業務自体、村長にはこれ以上、無理させたくはなかった。
しかしその一方で、カデット自身もこの手の手続きはめんどくさいだけにやりたくない思いもあった。だから、NPCであることには変わりないオムラ村長に、業務を丸投げしたい気持ちもあったのである。そんな心が定まらない中、ドーラの真剣な表情を見つめ、そして、何かを諦めたかのように、カデットはここで一つ、ため息を漏らした。
「分りました。この手の案件、引き受けましょう」
渋々といった感じに、カデットは承諾することにした。その胸中には、ハンターを辞めてオムラ村長の従者、という新たな使命感みたいなのがあったから。
「ありがとね、カデットちゃん」
ようやく笑みを浮かばせる。だけど、カデットは違った。ドーラから休業申請書に必要な書類――制作依頼達成リストを受け取るや、ひらひらさせながら仏頂面で釘を刺しておく。
「これは貸しですからね、ドーラさん。お忘れなく」
と。
「ああ、分っているよ。この局面を乗り越えた暁には、お礼、させてもらうからね」
「当然です」
そう言い添えた後、そこはちょっぴり、威張り気味になった。そうしたなか、話を切り替えるかのようにドーラは
「にしてもだ」
そう言いながら自慢の豪腕を見せびらかし、得意げな笑みを浮かべて
「あたしがNPCじゃなけりゃ、この腕でガツンとやってやりたいもんだがね」
と自信たっぷりに豪語して見せた。その気持ちの裏。そこにはドドブランコの出現という風評被害への怒り。そして、NPCと言う立場上、討伐に出られない悔しさが滲み出ていた。カデットは思う。
(ドーラみたいな助っ人があの時いたのなら、あの時に起きた悲劇を回避できたのではないだろうか)
と、変わりようもない過去へ、思い馳せるのであった。因縁のフラヒヤ山脈を見据えながら……。