忙しなく動くワイパーの音だけが聞こえる。後部座席で寝転がる波恵は、一枚の書面を見つめながら何処となく興味なさげにしていた。
手にしている書面には、大々的に゛理想郷の被害者の会″と書かれていた。
〝理想郷の被害者〞
それは、あの忌々しいデスゲームに巻き込まれた者達のことを指し、そしてその会とは、そうした被害者の家族同士が集まっては、親睦を深めるといったようなもの。要するに、そのまんまの意味であった。
けれど、そのタイトルから読み取れる印象は、波恵の心には全く響かない。寧ろ、傷の舐め合いみたいな交流会としか捉えることしかできず、どこか不愉快だった。
なぜだろうか。自分も同じ目に遭っているはずなのにだ。
「あ〜あ……」
くだらなく思っては背伸びをし、一枚の書面を手放す。
「ねぇ、本当に行くの? その会に」
両手を頭に添えて、何気なく言ったその言葉。雨粒で濡れたフロントガラスに映る自分の姿をみながら、
「その方がいいかなと。だって〜、二人で悩んでてもしょうがないじゃない。同じ境遇の人達と接すれば」
「ま〜、分からなくもないけどさ」
言いたいことは分かる。確かに同じ境遇の人達と接すれば、辛い気持ちは少しは晴れる気がすることを。
「けど? 何?」
今度はお母さんが返す番。その疑問に、波恵は本当のところ複雑な心境だった。
「……だ、だって。だってさ、結局のところ、ソレ、私が希望した訳じゃないじゃん。お母さんが勝手に――」
「あら。じゃあ、やっぱり行かなくてもいいの? 折角、申し込んだのに」
「そ、それは……」
言葉に詰まり伏し目がちになってしまう。その心の写し様は、まさに葛藤であった。
その会に出席しようにも、心傷の舐め合いにしかならない気がして不愉快になるだけ。かと言って、行かなければ、それはそれで後悔しかないような。そんな予感がしていたからである。
まさにどっちつかずの心境。判断がつかなかった。そんな中、答えを導くかのようにお母さんは、口を開く。
「参加してみればいいじゃない、そんなに悩むんだったら。それに波恵と同年代の子もいるって話よ」
「同年代の?」
その
「詳しくは分からないけどね。ただ、お母さんが知っている限りだと、一人で参加しているみたいよ。それに、同年代の子がいるってことは、なんだか心強いと思うじゃない。少なくともお母さんはそう思うな。特に……」
その後も、お母さんの話は永遠と続いた。途中から無駄話も咲かせたみたいに、時折、クスリッと笑みを見せたりもしていたが。
だけど、波恵にとってはその後の話題なんてどうだって良かった。
「一人で参加、か〜」
雨に濡れる窓。ドア窓に寄りかかっては、窓辺に映る自分の姿を見つめてゴチり、その子に思い馳せた。
何処となく元気がなく、透かした目つきをしている自分の姿。それが今の心境の現れようなのかも知れない。
「誰なんだろ? その子」
そのことを思うに、試しに参加するのも悪くないような。夢中になるお母さんの一人話に興味がなかった波恵は、勝手に一人でそんな風に思っていた。
「と言う訳なのよ。だから波恵も……、波恵?」
「え? あ、う、うん。ゴメン、聞いてなかった」
「もしかして、考え事?」
唐突に振られて慌てて受け答え。母さんの視線が、ルームミラー越しに何故か伝わって来る。
けれど、別にそれがどうってことはなかった。だから、落ち着きを払った後、一言だけ述べるに留めた。
「ちょ、ちょっとね……」
「そう……。でも、悪い気はしないから、やっぱりこのまま向かうね、波恵。いいでしょう?」
「え? あ、うん。そうだね」
それくらいだった。それくらいしか、葛藤する思いを抱えた今の自分に出せる答えでしかなかった。
往来する車でごった返す
スピードを緩めゲート前まで来ると、ETC搭載だったためなのか、ほぼ素通り的な感じでゲートは自動開放。再びその車はとある場所へと向かって加速していく。
摩天楼を貫いて走る車は、どこへ向かおう新たに建設された高層ビル――ネオ・六本木ヒルズだった。
温暖化が進んだこのご時世、地上は水没しているため、駐車場は10階から。ビルを貫かんばかりにトンネルが設けられ、その中の一画にて駐車場が整備されていた。
まあ、当然であるが、トンネルはネオ・六本木ヒルズを貫いて隣接する他のビルへと通じている。
橙色の蛍光に照らされた車は、ゆったりと徐行しながら空きスペースを探して回る。回っては、やがて非常ゲートから若干遠い場所にて、落ち着いたようだ。
「さ、着いたわよ」
「うん」
お母さんと波恵、親子が揃って
ピピッと鳴らしてマイカーを施錠、揃って二人は非常ゲートへと向かう。その中で、波恵は駐車場に止めてある種々雑多な自動車を眺めては、憶測でものを言う。
「この様子だと、みんなあの会に参加する感じなのかな~?」
「それはどうかしらね。なにせ、このビル自体、結構な数の会社が参入しているみたいだから」
「最近完成したばかりなんだっけ?」
「ん~と、確か、半年ほど前だったかしらね。旧六本木ヒルズが老朽化と温暖化の影響で玄関先が水没して、それで新たにこのビルが建設されたような格好だから」
「詳しいんだね」
「ほら、前に派遣で働いていたから。それにニュースでも取り沙汰されてたしね」
「意外」
派遣の職に就いていたとは。お母さんの知らない過去を、この時、初めて知ることになった。
非常ゲートを潜った先は、脇に非常階段とエレベーターが2枠と言った簡素なエレベーターホールになっていた。無機質な壁面は薄汚れており、触れれば冷んやりとした感触を抱かずにはいられない。直に触る気はないけど。
フロアガイドを確認すると、確かに20階は商工会議所になっていた。さらに掌でそっとかざすや本日のイベント内容が表示。改めて今回参加する交流会があることを告げて来る。
トレンチコートのポケットからスマホを取り出しては、時刻を確認。
「どうやら間に合ったようね」
とお母さん。
「何時だったけ?」
「19時からね。今、18時30分だから……」
「余裕じゃん。てか、時間余りすぎだし」
「まぁね。でも、早いに越したことないから」
「確かに、それはそうだけど……」
波恵としては、もう少しだけ車内で寝転がりたい気分であった。
階下からエレベーターがやって来る。フロアを示すランプが6、7、8と順番通りに光、やがては10階に。目の前のエレベーターが開いた。
何気なく乗ったものの、広さは然程でもなかった。目指すべき20階を押し扉が閉まろうとして、そこで外から声が掛かった。
「あ、ちょっと待って〜」
駆け込み乗車の容量で、閉まりかけのエレベーターに手を差し込もうとしてきた。操作盤前にいた波恵は、やや慌てて開閉ボタンを押した。
危うく手が挟まりそうになった声の主は、
「あ、ありがとうございます」
扉が開くと同時に礼を述べた。中に入って来たのは、自分と同じく親子の様。ただ、自分よりやや小柄な子の方は恥ずかしいのか、フードで顔を隠していたが。
かなり慌てていたのか、その女性は息を荒げていた。その様子に、お母さんは心配になって声を掛ける。
「すみませんが、大丈夫ですか? なんか酷く慌てていたようで」
すると女性は、
「え、ええ。そうなんです。この子を連れて出勤時間に間に合わせなくちゃいけなかったので」
「そ、そうなんですね」
お母さんは、彼女の苦労に苦笑した様であった。一方、波恵は素顔を隠す子の方が、やや気になっていた。思うに恥ずかしがり屋なのだろうか。そんな印象が見て取れる。
「ちなみになんですけど、もしかしてあなた方も、今回の会に出席する口だったりします?」
「いえ、私は。でも、この子だけは参加するつもりで。だけど、どうも人見知りがあるらしく。申し込んだはいいけど、結局、この有様です」
「そうなんですか〜。私なんか……」
とそんな風に切り出しては、二人の母親は話題を咲かせていく。その間、静音を響かせて上昇するエレベーターは、各階フロアを刻みつけるかの様に一つずつ数字を刻んでいく。
最初しか訊いていなかったが、そのフードで素顔を隠す子こそお母さんが言っていた一人で参加しようとしている例の同年代の子なのではと推測した。
何気なく横目で見る波恵は、フードの子の素顔が気になって仕方がない。とその時、相手もまたチラッとこちらを見。片顔だけ覗かせ、こちらの存在に気付く。
っ!
向こう側もこちらの視線が気になったのかも知れない。思わず視線を逸らしてしまう。が、生憎、そこで20階フロアに到着。軽快な音と共にエレベーターの扉が開放。
「では、これで」
その子のお母さんがフードの子を連れて先に出てしまった。
「じゃ、お母さん達も行こうか?」
「あ、うん」
波恵もお母さんにつられてエレベーターから出た。目的の集会室へ向かう中、波恵の中では、フードの子は誰なんだろう……。そう言ったことが脳裏を駆け巡っていた。
コスモプラザ・第一集会室――。
入室して早々、複数人で話を盛り上げていた参加者達は、一斉に波恵とお母さんの方へと向く。一度に多く浴びせられる視線に、お母さんは動揺。たじたじしながら、なんとか挨拶をした。
「こ、こんばんわ〜。は、初めまして」
しかし、こちらが挨拶をするや、向こう側もこちらの存在に興味が失せたのか、再び自分達のグループ内で雑談を始めてしまう。
正直、何か返して欲しかったが、あまりにも無反応さ。さらに大勢の初対面者を前に、どうして良いのやらお母さんは戸惑ってしまう。
一方、戸惑うお母さんとは別に、波恵は参加者達を一瞥する。ざっと見た感じ15人程度。子連れの親が2、3名いるとは言え、その他大勢は親ばかりであった。印象を見る限り、自分には馴染めなさそう。そんな予感がしていた。
そんな中、
「ようこそ、いらして下さいました。
「長谷部さん、ですか〜」
「はい〜」
ぺこぺこ取り繕う様に前に立つは、見るからに50代。かなりの中年太りで皿のような
そして、そのおじさんを纏うオーラと言うのが、酷い煙草臭さ。ベビースモーカーなのか、鼻につくだけに、波恵は早く目の前から消えて欲しい。第一印象、そんな嫌悪感を抱いてしまった。
「とりあえず、指定した席はあちらですので。時間が来るまでゆっくりして下さいな」
「わ、分かりました。行こう、波恵」
「うん……」
長谷部と一旦別れるや、鼻を摘んではそそくさと指定された席へと向かった。ぷっは〜、とようやく息を吐く。新鮮な空気を吸っては、
「あー、臭いきつかった」
と垂れた。
「確かにキツかったわね。ここだけの秘密だけど」
と言うお母さんも、同じ気持ちだった。お互いタバコ嫌いなだけに親近感が湧いた。
時間が来た。先程までの喧騒が嘘のように鎮まり、バラバラだった集団は、各々指定された席へと着席する。
波恵達も前の席に座り、誰が登壇するのか見守る。この光景、まるで授業でも受けるかのような錯覚を覚えた。
しかし、周りを見回すと、波恵達の周辺席は誰もいなく。何故かその辺りだけ、窪みを形作るかのように空席となっていた。
不思議に思う二人。そうした中、登壇から職員が現れ、登壇に向かっては、マイクを弄り出した。
「あ、あ、あ〜。テステステス……」
声を乗せてマイク調整し始めた。スマホを取り出すお母さん。それを見た波恵は尋ねる。
「今何時?」
「あと5分かな」
「そっか〜」
それだけだった。ただ、周りを見渡す彼女は、この不可解な空席に訝しく思う。まるで、そう……、この後に来るであろう人物を避けているかのような感じに見受けられたからだ。
そんな中、一人の母親がよそよそしく歩み寄ってきた。
「失礼。もしかしてなんですが、あなた方、この会に参加するの初めてだったりします?」
「え? なんでです?」
お互い親同士だけに、波恵より先に、
「いや〜、気にならないなら構わないのですが、登壇する方が先程、相対した長谷部さんなので。あ、ちなみに、私は――」
とそこで、もう一人の男性がその彼女に呼び掛けてきた。
「おいおい、いくらなんでも悪い噂を吹き込むのは」
「いや〜ね、あなた。そんなつもりじゃあ」
すると、代わりにその男性がお母さんの前に立った。
「すみません、妻が……」
「いや、特に私達は」
妻と呼ぶあたり、その男性は彼女の夫だろう。その連れ合いは、ぺこぺこと謝り
「さ、席に着こう」
「もう〜、仕方ないわね。じゃ、自己紹介は後で。それでは」
何事もなかったかのように、過ぎ去った。だけど、先程の会話から出た人物――長谷部が登壇することを知った波恵だけは違った。
この席の周辺だけが空席になっていること。そこから読み取れる壇を避けるかのような構図。波恵は察することができただけに、臨席するお母さんの裾を引っ張る。
「ね〜、ね〜。やっぱり後ろの席行かない」
「え? なんで?」
「だって、お母さんも気付いていたじゃない。あの長谷部さんだよ、タバコ臭さ全開の」
それを言われ、ん〜、とか言いながら悩ましそうにするお母さん。罪悪感でも抱いたのか、その表情は複雑。しかし――
「行かないなら、私だけでも行くね」
そう言うなり、徐に席を立った。その事に、渋々と言った感じなのだろう。周りを気にしながら、
「仕方ないわね。それなら……」
そう言うや、お母さんも立ち上がった。
そして……。
後方の席へと席替えした後、そのタイミングを合わせたかのように、あの長谷部が登壇。参加者全員を一瞥するや、何処となくショックを受けたのか、ため息を一つ。その後は、学校の授業ではないので、参加者の出席状況確認のため点呼を。いくつかのグループに分かれて、主旨の交流会とやらが始まった。
交流会では、長谷部さんは気の合う他の職員とだべって。波恵は、ただ聞いていたり聞かれたことを受け答えするのみ。お母さんは、先程、話しかけてきた夫婦とお話することに夢中になっていた。
その中で
(なんでだろう……)
目新しいことがないことが原因なのかは定かではない。けど、なんかこーう、憂鬱な気持ちが蟠りとして残ってしまった。
折角の交流会なのに、馴染めない自分がいる。
飛び交う会話が、いつの間にか雑音でしか聞こえてきそうにさえ、錯覚を覚えるのだ。
愛想笑いでその場を取り繕っては、波恵は周囲を見渡す。それから、何故かあの子いないことに今更ながら気が付いた。
あの子とは、エレベーターで知り合ったフードの子のこと。母親は参加しないがその子だけは、参加するようなことを聞いたからだ。
その事だけに、次第に気になって来た波恵。
「私、ちょっと席を外すね」
そう言うや、席を立つ。
「何処行くの?」
お母さんの一声。それにつられて、グループの面々の視線が波恵に集中する。
一瞬、脚光を浴びたかのように狼狽そうになったが、
「ちょっと、ね。お手洗いに」
「そう……、分かったわ」
それだけ答えるや、視線を逸らした。皆の視線から外れた波恵は、一人、第一集会室を後にした。別にお手洗いに行き訳ではない。
少しだけ。ほんの少しだけ、例の子を探すついで、外の空気を吸いたかったからである。
廊下に出ると、一変して静寂に包まれた。ベンチとセットになっている自販機。さらにその向こうには、お手洗いが見える。
「やっぱり。ここが一番、落ち着くな」
先程とは打って違い、この静けさが波恵の心を和ませる。歩み寄っては、自販機の前に立つ。
いろんな種類の飲み物が陳列されていたが、何処となく廊下は冷えているだけに温かい飲み物が無性に欲しくなった。
注水音と動作音を奏でつつ、カウントが0のタイミングで取り出し口が開く。会社のロゴマーク入りのカップを手にし、火傷をしないよう気をつけながらベンチへと腰をかけた。
一口だけココアを啜り、口の中を濃厚クリーミーの味わいで隅々まで満たしていく。コクがあると言うべきか、なかなか美味しい。
一口啜る度に体が温まっていく。それが心を和ませ、ホッと一息ついた。振り返って見れば、無理して彼処に居なくてもいいんだと思える。それに、自分が希望して参加した訳ではないことも。
余韻に浸るようにボーとし、巡る様々な気持ちから一旦距離を。今は何も考えないようにした。
もう一口、さらにもう一口。それが体の中心から全身にかけ、仄かな優しい温かみが包み込んでいく感覚を抱く。
「あ、ここにいたのじゃな」
突然、お手洗いの方面から声が聞こえてきた。
「え?」
驚いて思わず波恵は、そちらを向く。どう見ても初対面な相手。顔見知りかのように話しかけてきた謎の少女の姿に、波恵は訝しむ。
「あなたは?」
するとその少女は、胸に手を当て
「初めまして……、でもないか。蓮香は草薙蓮香と言う者じゃ」
独特の言い回しで自己紹介をしてくる。
「草薙、蓮香?」
当然ながら、波恵はその子のことは分からず。言われたことを復唱するのみ。
一方、彼女は口元に指を添え、何処か子供じみた仕草をするや、今さっき思い付いたかのように言葉を返す。
「そうじゃ、蓮香じゃ。お主とはエレベーターで初対面じゃったのう。あの時は挨拶し損ねてしまったが」
そこで波恵は、彼女から出た〝エレベーター″と言うキーワードを元に思い出した。思い出しては、そっか〜、この子が、と自然な流れで合点がいく。
「あっ、あの人見知りのフードの子」
ガクシッ
その言葉に拍子抜け。苦笑しながら
「人見知りじゃないが、まぁ、そんなとこじゃ」
そう言い切っては、気を取り直した。
「へ〜」
この時、波恵は意外だなあと思った。まさに、人は見かけによらぬものだと。
「で、本題だけど、私になんのようなの? 何もない訳じゃないよね?」
蓮香の真意を確かめるべく、真剣な眼差しを向ける。
「そうじゃな〜。単刀直入に言うと、同志。同志を募っているのじゃ」
「同志?」
突拍子もない言葉に、流石の波恵も怪訝になる。そんな波恵に、真面目な顔付きになる蓮香は内訳を簡潔に話す。
「そ、同志。それも人のために、自分の命を賭けられるくらいの覚悟がある同志をね」
「命を、賭けられるって……」
その言葉から読み取れる重みに、さしもの波恵は狼狽えてしまう。だが――
「ぐ、具体的には?」
すると
「その質問の前に、お主から今の気持ちを訊かせて欲しいのじゃ」
「わ、私の……」
「そ、お主の気持ちをな。あの交流会から抜けてきたのだから、それなりにあるはずじゃと思うが。ただ単に、見当違いだったらこの場で謝るけど」
「わ、私は……」
そこまで言われてしまった波恵は、初対面だと言うのに不思議と考えさせられてしまった。ただでさえ、相手は友達でもなんでもない赤の他人、なのにだ。
なんだろう〜。自分よりも小柄なはずのこの少女は、外見こそ幼さは残るが、芯がしっかりとしているようにさえ感じ取れるのだ。
この子の言っていること。そして、それらを投げかけてく来る眼差しは、紛れもなく嘘をついているようには見えなかった。
しかし、信用するに値するには、現地点で直感的なもの以外判断材料が乏しすぎる。そのことにより、迷える本心をサラリと語る程度ならいいだろうと判断した。
「……力になりたい。お兄ちゃんの」
視線を泳がしてようやく絞り出した言葉が、それだけだった。
「で?」
「でっ? って、だから私は……」
「だからその後じゃ。それを訊きたいのじゃ」
「そ、それは……」
その後は複雑な心持ちだった。このまま見守るだけじゃ無力でしかならず、それが嫌な自分。かと言って、どうすれば良いのか分からないと言った暗中模索している自分がいるのだ。
戸惑う波恵。顔を覗くようにして見つめていた蓮香は、ポッケからメモ帳を取り出す。
「その様子だと、迷っているみたいじゃのう。事の詳細と蓮香のアドレス伝えておくから、決意が固まり次第、連絡な。はい、これ」
そう言うなり、一枚のメモ切れを渡された。受け取ってみれば、QRコードと彼女のアドレスが記載されていた。
そして、補足するかのように人差し指を立てる。
「そうそう、一つだけ伝えておくのじゃ。そこに書かれているQRコード。そこには、蓮香が立ち上げた極秘サイトがある訳じゃが、簡単には閲覧できない代わりにコードだけが書かれているのじゃ。もし、自分の気持ちが固まり次第、そのコードを蓮香に伝えてくれれば、内容次第で案内するからそのつもりで」
「わ、分かった。だけど……、私は――、ってあれ? 蓮香さん?」
手渡されたメモに見入っていた波恵は、視線を蓮香に向け直したところ、いつの間にかその彼女が居なくなっていたのだ。
(どこへ行ったんだろうか?)
辺りを見回しても彼女の姿はなく、手元に残されたメモ書きとこのモヤモヤした気持ち。それだけが残った。
キョロキョロ見回する波恵の耳に、後ろから開閉音が聞こえてくる。振り向いては声をかけた。
「あっ、お母さん」
「まだ、そこにいたのね。お手洗いはいいの?」
「あ、う、うん……。大丈夫」
「そ……」
いつまでも戻って来なかったことなのか、お母さんは心配そうな表情をしていた。
「ん? それは?」
「それ?」
視線を辿り、手にした紙のことだと察する。
「あ、いや、これは〜」
なんと言うか。蓮香さんから貰ったメモ書きなのだが、彼女からの用件がイマイチ分からずじまい。だから、
「うんうん、なんでもない。ただの紙切れ。それよりも、さっきまでここにいた女の子を見なかった?」
すると、お母さんは、ハテ? と首を傾げた。
「見なかったけど。それがどうしたの?」
「うんうん、なんでも……」
首を横に振っては、何の用事もないことを示した。でも、参加者名簿みれば分かるかも。そう思って
「ね、あとで参加者名簿見せてくれないかな?」
「え、ええ。いいけど」
何故だろとは思ったみたいだが、それでも了承を得るに至った。
その後、残り僅かとなった交流会の最中でも、先程、廊下で知り合った草薙蓮香のことが頭から離れなかった。
(彼女は一体何者なのだろう?)
そんな疑問が脳内を駆け回っていたのだ。
それに、手渡されたメモ書き。そこには、名前こそ書かれていなかったが、確かに例のQRコードと彼女のアドレスが記載されてあった。
試しにスマホでQRコードを読み込んで見れば、そこには彼女が言ったように暗号キーとは名ばかりの文字列が表示されるのみ。他に何もなさそうなだけに、どうも極秘サイトへは直接アクセスできなさそうな仕様であった。
「今の気持ち、か〜」
蓮香と名乗る謎の少女の言われたことを、何回も思い巡らしては、反芻する。だが、いくら自分の気持ちと向き合うにしろ、その前に立ちはだかる葛藤という壁がある限り、心の整理は容易ではなかった。
そんなこんなで時が経ち……帰りの車の中、後部座席で再び寝転がる波恵は、お母さんから貰った参加者名簿を手にして見る。
パッと見た感じパンフレットの様な名簿。それだけでなく、前回の会員広報までもが綴ららに書かれていた。
パラパラパラ〜と適当に捲っては、リストアップされたページが目に入る。
「参加者、案外、そこまで多くないのか」
ざっと見た感じ、欠席者を含めて15人程度であった。さらに名前も個人情報の絡みか、フルネームではなく苗字だけとなっていた。
まぁ、中には同じ苗字の参加者もいたが、そこは臨機応変って言ったところである。さらにその際、一人で参加している同年代の子も、全くの別人だがいることも分かった。
しかし、波恵は目を通して探す、あの子を。
「草薙、草薙、草薙……、ってあれ?」
気のせいかなぁとは半分に、正直言って目を疑った。いや、疑いざるを得なかった。
(いやいやいや……)
字が細かいだけに、一から順に草薙の苗字を探してみる。だがしかし、
「あれ? やっぱりない」
他の会の参加者なのだろうか。前後のページを捲っては確かめる。特にコスモプラザで開催されている交流会の辺りを念入りに。
けれど、案の定と言ったところか、本日の交流会は一つのみ。しかも、自分達が参加したその交流会には、全くと言っていいほど名簿に記載されてなかったのである。草薙蓮香を示す
〝草薙″
と言う苗字が。
参加者名簿に載っていなかったあの子、本当は誰なのだろう。訳が分からなくなった。