(一体何が起きたんだろうか?)
目を開けているのか、あるいは閉じているのか。その境界線が曖昧なくらい真っ暗だ。ただ、意識を全身に巡らせれば、手足の感覚はきちんとあった。
けれど、こうなる前、一体何があったのか記憶が霞んでいてよく覚えていない。
最後に覚えているのは、ティガレックスに追い回された記憶のみ。その記憶では、石柱群を全力で駆ける俺と彼女――セツナがいて。石柱群を抜けた先の吊り橋で……
(そうだ、思い出した)
そこで襲われて、崩落した吊り橋からクレパスへと落下したことを思い出したのである。となると、ここは……
「あの世かな……」
一人でぼやく。すると
「何言ってんの。ここは天国でも地獄でもないわ」
「あ、セツナ……」
上半身に力を込め、起き上がる。未だに暗闇の中、どこにいるのか分からない彼女の声が聞こえて来る。
「ようやくお目覚めね。クレパスに落下して気絶していただけよ。今、灯りつけるね」
カチッと何かが擦れ、その直後、松明が燃え出した。橙色の灯に照らされて、セツナの顔が現れる。揺らぐ炎を中心に周囲の景色が朧げながら見え始めた。
「見渡す限り全く状況が見えないな。どんくらい落下したんだろう?」
積雪の小山を掬うセツナは、暗闇の天井を見上げて目測する。
「多分、相当だと思う。外の光が筋になって見えるくらいだから」
「そんなにか?」
そう言う俺もまた、天井を見上げた。
漆黒の暗闇の天井。その先には、確かに光の筋が鉛筆で描いたかの様に走っていた。
「通りでかもな」
光も届かない深淵の底に、今いる事に気付かされた。
「でも、あたし達、運が良かったかもね。この柔らかい積雪がなかったら、今頃、二人揃っお陀仏だったかも知れないし」
それを言われ足元に視線を向ければ、今更ながらに積雪がクッションのように柔らかいことに気付かされる。
「確かに。それは一理あるな」
松明を片手にタッチ画面を表示させるセツナは、自分のステータスを確認。そこで何を確認したのだろうか、急に青ざめた。
そのことに
「あたしったら、こんなに……」
「ん? どうしたんだ?」
しかし、セツナは
「うんうん、何でも。ただの独り言」
それだけを残し、早速、回復アイテムを使った。そして、気を取り直すや
「さて、これからどうしようか? ねぇ、多分、載ってないと思うけど、生態マップはどんな感じなの?」
問いかけて来る。手元が薄暗く見えづらいが、言われた通りマップを表示させてみた。
「こんな感じかな。松明をかざしてくれると見えやすいかも」
「なら……」
歩み寄っては、松明をかざして見た。朧げでしか見えなかったマップが鮮明に見えて来た。
しかし、肝心な地形の詳細が分かったところで、現在地は崩落現場から動かず。それどころか、マップ自体、クレパス内部の地形構造に切り替わっていなかったのだ。
「やっぱりな……」
想定通りだけに、生態マップが機能してないことに少しだけ落胆する。
「あ〜あ、ダメね。ともかく、仕方ないから適当に進もっか」
「だな。他に方法がないしな」
「そうそう。……あたしとしては、こっちが良いと」
そう言うなり、直感的な判断で物を示す。
「なら、俺はこっちかな。なにぶん生態マップあるからな」
「そっち?」
「ああ、そうだけど」
確証はなかったが、この生態マップに刻まれたクレパスを辿るに、距離はあるにせよ山脈へと続いているように見える。
山脈があると言うことは、クレパス内から地上に出られそうな斜面があるはず。そう睨んでのことだった。
しかし、そのことを知らないセツナは、不満を口にする。
「え〜、なんでよ。そっちは道が続いてないように見えるじゃん」
そう述べるセツナの視線の先、俺が向かおうとする方向には、岩棚が途切れては底なしの闇が続いていた。
「た、確かに……」
言われてから気がつく。だが――
「ちょっと松明、貸してみ」
そう言うなり、徐に彼女に近寄る。
「ちょ、ちょっと……」
戸惑うセツナを他所に松明を拝借した俺は、底なしの闇が続く方向に灯りを灯す。
一見して何もない闇が奥へと続く光景。しかし、灯りを上へと翳せば岩棚が見えた。どこまで続いているかは定かではないが、ワイヤーガンを使って辿り着けそうな気がする。
岩棚を睨むように目視する中、横から彼女の手が伸びて来た。
「もう、返してよ!」
「あ、ちょっと」
「もう、いいでしょ。そっちは何も無いんだしさ」
そう言うなり、一人で思うがままに歩き出そうとする。このことに、慌てて呼び掛ける。
「ま、待てよ。あるんだって、行ける道が」
そこで立ち止まって、こちらに顔を向け
「あるって、どう言うことなの?」
「見たんだよ、岩棚があることを」
「岩棚が? ……でも、それって何処に繋がっているのか分からないじゃ無い。それに、生態マップ、機能してないんでしょ?」
「ま、ま〜、そうだけどさ」
確かにその通り。
「だったら――」
だがしかし、その反論する前に
「じゃ、じゃ〜、逆に聞くけど、お前の言う通り、そっちだと言う確証はあるのかよ?」
「そ、それは……」
とか言って言葉に詰まる。その表情から読み取るに、自信がないようにも見受けられた。
「やっぱり確証ないじゃん。だったら――」
「じゃ、じゃ〜、こうしましょう。ジャンケン、そうジャンケンで決めるのよ」
「は? ジャンケン? 何でそんなことを」
流石にこればかりは、首を傾げざるを得ない。しかし――
「い、いいじゃない。お互い確証ないんだからさ」
「だけどよ。だ、だからって、ジャンケンなんて……」
「ほらっ、しのごも言わず」
「ったく、なんだよ」
もはや強制的であった。渋々、言われた通り、拳を突き出す。ジャンケンなんてな〜、と不満に思うのには、訳があって。一つはありきたりだと言うこと。そして、これは重要なことなのだが、後出しジャンケンができることであった。
後出しジャンケンなんて、やられたら高確率で負けるのは目に見える。だから、嫌だったのだ。だが、セツナがそう言い張るんだ。ここは言われた通りやるしかないよな〜、と半ば諦めた。
で
「じゃあ、行くよ。ジャン、ケン、……やっぱ、やめよ」
「え? なんで?」
途中で中断したことに、意表を突かれた見たく戸惑った。すると、セツナは俺の表情を見て看過できなかったらしい。
「だって、ユウト、やる気なさそうだったし」
「今更かよ! 仕方ないじゃん。だって、どうしてもジャンケンで決めたいんだろう?」
「それはそうだけどさ……」
もはや彼女のやる気はどこ吹く風の如く。その様子を見る感じ、ジャンケン以外で決めるしかないように思えた。
ため息を漏らした俺は、ここで一つ、提案してみる。
「じゃあ、こうしよう。コイントス、コイントスでどちらの意見を尊重するか決めようぜ」
「コイントス? 硬貨でも持ってるの?」
「いや、直接は。ただ選択ゲームの項目にあるから、それなら公正な意思決定はできるはずと思ってな」
そこで、う〜ん、と両腕を軽く組み暫し考え込む。考え込んで、
「分かった。なら、そうしようか」
「じゃあ――」
「ただし、インチキはなしね。インチキだけは」
人差し指を立てるセツナは、釘を指すかのように詰めよった。とは言え、トーク機能に備えられているコイントスなんで、システム上の確率でしかない。故にインチキもへったクリもなかったが。
「はいはい」
とりあえず適当に頷いておく。ささっと手早く画面操作した後、セツナにどっちがいいかを訊いた。
「で、どっち選ぶんだ? 表にするか裏にするかで」
「じゃ〜、あたしは裏で」
「じゃあ、俺は裏な」
そこで口を酸っぱく
「もう一回言うけど、インチキはなしだからね」
「分かったって。しつこいな、もう〜」
流石にイラっときた。インチキも何もないんだけどな〜、とか思いつつ
「じゃ、行くよ」
そう合図するや、
ピーン……
指先で真上へと弾いた。宙で無造作に回転して、そして、そのまま落下して――手の甲に乗せる按配でキャッチする。
結果は既に手の内。恐る恐る開いてみせた。すると、
「表だな」
確率は五分五分、俺の意見に優先権が回った。
「じゃあ、結果がわかったことだし――」
とそこで
「インチキよ!」
「え?」
「インチキに決まってるわ。そんなの」
「おいおい、何を根拠にそんな」
「だって、重ねる瞬間、タイミング見計らったように見えたもん!」
「なっ、は?」
(何を言ってるんだ、こいつは。タイミングを見計らった? そんな事、できる訳が)
セツナの言葉に戸惑う。そんなことを知らずして、続けて話す。
「自分がやった事じゃない。分かっているんだからね、手の内を」
「要するに、イカサマ、したと。俺が」
すると、うんうんと首を縦に振り、きっぱりと断言する。システム上、コイントスの結果なんて自分で決めれるものじゃないんだけどな〜。そう思うが、それでは納得しないだろう。
「なら、試してみるか? そんなに疑うなら」
提案してみる。
「そ、そうね。なら」
渋面になりながらであったが、セツナもまた、モード選択からコイントスを選んだ。そして、俺がやったのと同じ動作で、指先でコインを弾く。
ピーン……
軽快な効果音を伴い、そして、同様の動作で垂直に投げたコインを手にする。してみて、黙り込んでしまった。
「どうだ? イカサマの余地なんかないだろう。投げてからキャッチするまで、システムがその動作をやらせただけで」
「……確かに」
そして、軽く息を吐くと何かを諦めたような表情になった。
「悔しいけど、ユウトの言う通りね」
「なら――」
「でも、条件があるわ」
「条件?」
そこで人差し指を立て
「そ、条件。何、簡単なことよ。ユウト自身が選んだ道だから、途中で泣き言を言わないこと。分かった?」
「は? んなこと、するわけないじゃん」
「なら、いいけど」
迷子になり、泣きつくガキじゃあるまいし。当然のことのように、そう言い返した。
けれど……、けれどだ。
生態マップが機能していない以上、俺の判断が絶対に正しいと自信持って言える状況じゃなかったのは、言うまでもなかった。
僅かな箇所に狙いを定める。そして――
バシュ――
空気を切り裂くように銃口から飛び出したワイヤーは、遠方の岩棚へと突き刺さる。
グイッと引っ張っては、抜けないように確かめて……。
これで何回目だろうか。こうやって繰り返しては、セツナを抱いて舞い上がって来た。当然、気恥ずかしいものであった。彼女を抱えて飛び上がるわけだから、引っ付くのは当たり前。お互い恥ずかしい思いをして、特にセツナからは、
〝引っ付かないでよ″
とか言って抵抗されたり、めちゃくちゃ大変だった。だけど、今ではお互い慣れてきたこともあり、そこまで照れ合うまでには行かず。
自然と彼女からの抵抗も無くなっていた。――のだが、よくよくその表情を見ると、どうも違う。変な気を与えてしまったらしく、最後の岩棚に飛び移って以降、黙り込んだセツナの顔はリンゴみたいに真っ赤になっていた。
今いる岩棚は奥まで続いていることから、これ以上、ワイヤーガンは必要ないらしく。ようやく一息付ける筈だったのだが、なんだろう。なんとも言えない場の雰囲気が、落ち着かせない感じを醸し出す。
「あ、あのさ〜」
ようやく絞り出した言葉が、それだった。
「なに?」
「いや〜、なんて言うか。その……」
無駄に緊張してしまってか、言葉に詰まる。だが、
「ここに居ても仕方ないから、先を急ごうかな〜て」
「……」
何も返ってこない。それがまた、気まずさを増長させる。
「あの〜、セツナ?」
「ねぇ、ユウト!」
「お、おう! な、なんだ?」
ドキッとして驚いた。いきなり振ってきただけに。
「あたし、考えたんだけど。この際だから、入団考えない? 話したいこと、山積みあるから」
(何を言うかと思えば……)
一回咳払い。気を取り直し、
「そ、そのことかよ。あの時も言ったけど、俺はサラサラ……」
「やはり、返答はNO?」
「え?」
顔を覗き見る彼女の瞳は、何を根拠にしているのか期待に満ちていた。……いや、この場合は、切望していると捉えた方が的確か。
ともかく、俺の良心に訴えかけんばかりだった。
「ま、ま〜。そ、そうだけど……」
チラチラとその顔を見る度、断りずらさが滲んでくる。
「じゃあ、ケインが入るって言ったら?」
「うっ、そ、それは……」
痛いとこ付いてくるな〜、とは思った。
「それでも、ダメ?」
「ダメって言うか……。てか、卑怯だぞ。ケインを出汁に使うなんて」
「だって、しょうがないじゃない。ユウトがどうしても、って言いたそうなんだから。それに、入団したらしたらでメリットあるんだよ。一応」
「一応、って……」
想像に越したことはない。猟団のメリットなんか……。けど、敢えてそれを口にするつもりはなく。
「例えば、どんな?」
「そうね〜、攻略に関する情報共有ができるとか。ソロには貰えない備品だったりとか。てか、博識のユウトなら分かるでしょ? そのくらい」
「そのくらいって、知っているには知っているよ」
「なら、何で言わせるのさ?」
「出方」
「出方?」
復唱するセツナの眉間に、皺が寄る。
「そう、出方。何で答えるか、聞き手に回ったのさ」
「何よ、それ? あたしを試したの?」
「そりゃあ、試したさ。確かに、ソロにはないものがあることは認めるよ。だけどな――」
――とそこで、機嫌を損ねたらしい。語気を強めた。
「じゃあ、いいよ!」
「え?」
「面接ごっこじゃあるまいし。そんなに入りたくないなら」
そして
「その代わり、これだけは約束してよね。小狼をお姉さんに会わせることだけは」
「ああ、勿論だよ」
「じゃあ、決まりね」
その部分に関しては、自分の中でも妥協できるラインだと感じている。だから、約束くらいは守るつもりだった。
「さて、と……」
当然の反応だけに、彼女の口からため息が漏れたのが垣間見れた。岩棚上の先を、松明の明かりで照らす。
「ともかく、状況は状況。先を行こう?」
「言われなくても」
いつまで居ても仕方ない。俺たちは灯りを頼りに歩き出す。
人一人がようやく通れるくらい狭き割れ目。そこを抜けた先は、天井の岩棚から差し込む陽光に照らされた、一面の原っぱだった。
差し込む光は、まるでカーテンのよう。原っぱの中程に立つ一本木を中心にかかり、幻想的な風景を醸し出す。
「うわ〜、綺麗」
「幻想的だな」
この場所だけ特別なのだろうか。クレパスの底とは思えない風景だけでなく、外とは違い積雪が見当たらなく、優しいそよ風が吹いていた。
頬を柔らかく撫でていくそよ風は、陽光も相まって春風のように暖かみがある。とは言え、ここはどの辺りに属するのだろうか? 確認のため、生態マップを表示される。
未だに落下地点から動かない現在地。進んだ方向へ向けて表示された地形をずらしていく。
けれど
「秘境かな〜。地図には載ってないみたいだ」
「秘境?」
「ああ。未踏の地、と例えれば分かりやすいか。地図には載らない隠しエリアみたいなものだよ」
「へ〜。でも、そんなことより、なんだかこの場所にいると和みそうかも。ユウトもあの木の麓まで行ってみようよ?」
「ああ、そうだな」
(木の麓か〜)
ついでに日向ぼっこも悪くない気がする。先程まで修羅場を潜ってきただけに、心に平穏を与えたくなった。
一足先に下っていくセツナ、その後をゆったりとした足取りで追いかける。
緩やかな斜面は、まるで小丘を下るかのようなもの。思わず走りたくなるが、その道は濡れてたりしているので、滑りそうであった。
遠くでは大したことないように見えたが、近くに来れば思わず見上げてしまう大木。その外見は、クリスマスツリー宜しく、針葉樹林と言った感じだった。
「どうもここは、コイツらの隠れ里みたいだな」
行き交う数匹のアイルーやメラルー達を一瞥し、場所の特徴を掴む。
「そうみたいだよ。それに、ほら……」
セツナが示した場所。そこには、猫の石像と雑多なガラクタが山積みになっていた。
「確かに」
その言葉と共に、憶測は確信へと変わった。
「ね、ユウト」
「ん?」
「ちょっとだけ、休んで行かない?」
「休む? ここで?」
「うん。だって、設営地からここまで、ずっと休みなしだったから。だから」
「まぁな」
明後日の方向、景色を一望しながら空返事を返す。振り返ってみれば、吊り橋での崩落からの気絶を除いて、今に至るまで休みなしだったのも頷けるのだ。
空を見上げて天候状況に不安感を抱くが、少しくらいなら大丈夫そうな。そんな気がした。とは言え、自分自身、そんなに疲労感みたいなのは感じではいなかったが。
「じゃあ、手当たり次第、寝床探して休むとするか。な〜セツ、ナ?」
振り向きざま、そこで見た彼女に思わず違和感を抱く。いや、抱きざるを得なかった。と言うのも、その容姿は、さっきまでのセツナとは違い、どちらかと言うと大人伸びたような姿。栗毛のロングヘアーが波打つ白衣姿のセツナらしき女性が、凛としてそこに立っていたのである。
(いつの間に、そんなに成長したんだ?)
不可解な現象とその美貌を前にして、思わず呆気に取られてしまう。たが、その直後である。
うっ
突然走った頭痛に呻くや、またもや脳内に、あのザザザザザ……、とか言うノイズが、明滅する視界と共に襲って来た。
顔を顰め奥歯を噛み締めながら堪え、しかし――
え?
首を傾げるその目の前。気がついたら、白衣姿の彼女はそこにはなく。いつものセツナがそこにいた。
まさに、垣間見た一瞬の出来事。
(何だったんだ? さっきのは。まさか、幻覚か?)
昨日の設営地にて、セツナから自分に関する特定の名前が聞き取れない件も然り。小学生の頃の記憶が霞がかっていて思い出せないのは前からだから仕方ないとは言え、この繰り返すノイズみたいなのはなんなんだ?
不可解な現象に、苛立ちを募らせる。だが、その反面、先程垣間見た大人姿のセツナらしき人物には、どこか既視感。それと同時に、不思議と懐かしさと言えるべきものが感じられた。
記憶にはない筈なのに……。
「どうしたの? ユウト。頭なんか抑えて」
異変に気が付いたセツナが、心配そうに顔色を伺って来る。
「あ、いや。な、何でもないんだ。ちょっと、目眩がしてな」
焦った俺は、思わず誤魔化してしまう。
「そ。でも、まぁ、無理もないかもね。全然休みなしで、ここまで来たんだから。この際、一時凌ぎで羽を伸ばそう?」
「それもそうだな」
改めて思うが、彼女の提案には、賛同に思えた。
(余程疲れたんだ、きっと……)
現実世界の肉体自体は疲れなくとも、脳……。この場合は、精神か。ともかく、そっちの方に疲労が溜まっているんかもな。
そう思えば、謎のノイズ現象などなども理解できるような。そんな気がした。
にゃ〜、にゃ〜
大木を背にし、行き交うアイルー達を呆然と眺める。
彼らは何かをする訳でもないが、その自由気ままな仕草には心が和む気さえする。
それは、入団の有無に関して蟠りがあった俺とセツナの心を癒すかのようにさえ感じられる。
「こうして見ると、可愛いね」
「可愛い、可愛い……か」
モンスターの観察なんて、いつ以来だろうか。サユリが生きていた時なんか、素材採取ツアーがてら、暇潰しがてらモンスター観察なんてしていたような。
彼女亡き後、自然とそうした楽しみ。なくなってしまっていたことに、今更ながら気がつく。
「可愛いくないの?」
「いや、そんなことないさ。ただ、思い出していたんだ」
「思い出す?」
「ああ、サユリとの日々をな」
「サユリ……、どこかで知り合ったような」
そう言えば、とかなんとか。彼女は記憶の糸を手繰り寄せる仕草をする。
けれど、無理もないかもしれない。
「あまり面識ないから、無理して思い出さなくてもいいけどな」
しかし、
「そんなことは。でも、これだけは言えるかも。ユウトの狩友でしょ、確か」
「100%正解。でも、だった、と言うのが、正確な返答だな」
「だった? じゃあ、今は一緒じゃないの? てか、前にも、ソレ、訊こうとしていたような」
「まぁ、訳、まだ話していないからな」
「訊いても、いい?」
チラリと向け、そしてまた、目の前の景色へと視線を戻す。
〝興味津々″
そんな言葉が、垣間見たセツナの表情から読み取れた。何処から話すべきか。だけど――
「ああ、別に。だが、また今度な。思い出話に耽ると、話長くなるから」
「残念。でも、ソレもそうね」
「だろう。それに今は、小休憩でしかないからさ」
「じゃあ、約束。落ち着いた時にでも」
「いいぜ」
その言葉と共に、指切りをした。
そして――
休憩を済まし、先程のエリアを後にした俺たちは、来た道を振り返る。
名残惜しい場所が風景画となって印象に残り、機会さえあれば、また、来てみたい。そんな感慨にさせられる。
静かに瞳を閉じては、向き直り。氷壁に挟まれた薄暗い細道を睨んでは、気を取り直す。
(クレパスの出口は、きっとこの先に)
そう信じては、再び歩き始めた。
生態マップで確認した通り、勾配は次第にキツくなっていく。イメージ的には、ちょうど山を登っているような感覚だ。
ゴツゴツとした氷塊に足を掬われないよう、より一層、注意して登っていく。
目先には岩の間から空が顔を覗かせ、もうすぐクレパスの出口に辿り着くことを知らせる。その中で、一際大きい岩塊を登り切っては一息つく。
「もう少しだね」
とセツナ。額を腕で拭う。
「右に同じくな」
隙間から覗く空を見上げては、まだ、天候が悪化してないだけに胸を撫で下ろす。
けれど、油断はならない。カデットが言った忠告。そして、自ら経験したことを踏まえても、急がない理由がなかった。
「先を急ごう」
「休憩はいいのか?」
急がないといけないことには変わりないが、足場の悪いキツい斜面を登って来ただけに、気を遣って尋ねた。
だけど
「別にいらない。それ以上に、……は〜、は〜、天候が悪化する中を進む方が、は〜、……最悪、だから」
そう言い張るものの、その息切れを見る感じ痩せ我慢していることは一目瞭然であった。
しかし
「気丈だな、お前は。そこまで言うなら、途中で根を上げるなよ」
「当然、でしょう? ……足手まといになってたまるもんですか」
(やれやれ……)
強情に言い張るセツナに、諦めみたいなものを抱かされた。
「それよりも、そっちはどうなのよ? 休憩前に目眩がしたとか言っていたからさ」
「あ〜、その件については、心配してくれてどうも」
「なら、いいけど」
逆に気を遣わされるとは。俺もまた、面目ないものだなあと不甲斐なさを感じさせられた。
お互い心配ないことを確かめて、それでセツナは来た道を振り返る。方や俺もまた、その様子につられて後ろを向いた。
眼下には薄暗い奥行きがどこまでも続き、引き返す者を寄せ付けない岩塊が幾重にも重なっては道を阻んでいた。その様は一目で分かる。もはや後戻りは、出来ないことを。
「ともかくお互い無理せずだね」
「だな」
向かう先に覗く空を眺めながら、軽く答えた。
幾重にも連なる氷塊や岩塊を超えていき、そして――
クレパスから抜け出すまで、後もう少し。最後は高さがあったことから、ワイヤーガンを発射。セツナを抱えて、ゆっくりと巻き上げられていく。
最後の岩棚に辿り着いたら、あとは2m差もある段差。身長差で負けているセツナを肩車で先に上がらせ、それから思いっきりジャンプしては、自力でよじ登ろうと懸命に力を込める。
その際、親切ながらセツナから手を差し伸べて来てくれたので、ありがたく手を。彼女の力を借りて、無事に二人ともクレパスからの脱出に成功した。
「助かったよ。サンキューな」
「別に、礼を言われる筋合いは……」
「んな、照れるなって」
すると、図星だったらしく。
「バカ! あたしが照れる訳――」
その直後である。何処からともなく気配が。それも、かなりの
「しー‼︎」
その一言を交え、暗黙のうちに静かにするよう伝える。当然、戸惑ったセツナは状況が読めず。
「え? なになに……」
「いいから、静かに」
「あ、うん……」
言われるがまま、仕方なく口を閉ざした。そんな彼女に、小声で話す。
「近くに気配を感じるんだ。だから――」
「気配? ……まさか⁉︎」
「それは分からない。だから――、っ!」
ドスッ、ドスッ、ドスッ、……。
しっかりとした重厚なる足音。間違いない、塀のようなこの氷塊を挟んで向こう側に奴がいる。
実際にこの目で見なければ、正体は掴めない。が、この足音から伝わるに、何故かほぼ100%確信があった。信じたくはなかったが、しかしだ。
一方、セツナも氷塊に向かって親指を立てる俺の仕草に察したのだろう。その表情は引き攣っていた。それもそのはず
「ま、まさか、ね〜」
まるで信じられない、そう言わんばかりだ。
「こっちも信じたくないよ、できればな。と、ともかくだ」
そう言いながら手早く操作。生態マップを眼前に表示するや、現在地と次なる設営地を確認。
「まだ見つかっていないことが不幸中の幸いだ。目指すぞ、次なる場所へ」
「う、うん」
息を潜め合う俺たちは、その言葉を皮切りに、見えない脅威を相手に歩き出す。それも、神経をすり減らすような思いで。