モンスターハンターアルカディア   作:ぷにぷに狸

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2章:彷徨う狩人達・9話

 壁を挟んで奴の動向に耳を澄ます。

 勘付かれたら一貫の終わり。その瀬戸際は、天敵を前にして身を隠す獲物ようにさえ思えた。

 マップ上に記された現在地。その進行方向の先には、避難場所である設営地が。だけど、その手前には身を隠しようもない雪原が広がっていた。

 

 (なんとかして撒かなければ)

 

 そんな焦燥感だけが、じわりじわりと滲み出てくる。しかし、未だに正体は掴めない。だが、俺には手に取る様に分かっていた。

 

 そう……

 

 壁の向こうには、

 

 〝ティガレックス″

 

 がいることを。

 緊迫した空気が、精神を摩耗していく。

 

「大丈夫か?」

 

 後に続くセツナを気遣う。

 

「なんとか。でも、正直キツイ」

「だろうな」

 

 理想を言って仕舞えば、穏便に去ってくれること。それが唯一の救いだ。だけど、そうはならないだろう。

 崩落した吊り橋。獲物を逃したことに諦めるだろう。なんて楽観視していたが、現実は違っていたからだ。

 

 〝狙った獲物は逃さない″

 

 このしつこさからは、執念が感じられた。

 そんな脅威を相手にして、音を立てず、奴の歩調にタイミングを合わせる感じで踏み出していく。

 そんな中、クレパス際を歩いていただけに、歩幅が極端に細くなる箇所を通過しざるを得なく。

 さらに言わせれば、その細道を邪魔するかの様に、氷塊が通せん坊していたのであった。

 

「ユウト、あれ……」

「ああ、分かる」

 

 常識的に考えれば、通過不可能だ。かと言って、氷壁の内側に行けば、ティガレックスに見つかりかねない現状だった。

 

 (何か打つ手は……)

 

 ポッケの中を弄るかの様に、アイテム一覧を一瞥していく。すると、後ろにいたセツナから、思わぬ一言が飛び出した。

 

「アイゼンは?」

「え? アイゼン?」

 

 思わず振り向く。続けて彼女は、具体案を語る。

 

「うん、アイゼン。それで崖伝いに氷塊をやり過ごせるかな〜とね」

「バカ言え! んな、危なかしいことできるわけ――」

「ない? そう言いたいんでしょ?」

「っ! そ、それは……」

 

 言葉に詰まった俺は、ふとクレパス側を覗く。どこまで深いのか見当がつかない奈落の底。それが生者を呑み込まんばかりに、横長に口が裂けていた。

 

 ゴクリッ!

 

 恐怖からか、生唾を飲み込む音が響き渡る。一度は助かったが、2度目は……。

 落下したら即死(キャンプ送り)は避けられないだけに、頭では彼女の意図することは理解できたが、気持ち的にそのアイデアを受け入れられなかった。

 そして、セツナの考えていること。それは彼女が述べた通り、ピッケルとアイゼンを使って壁伝いに這い、氷塊を越えること。

 無謀にも程があるだけに、かと言って、それ以外に自分としては思いつかなかった。

 そんなこんなで黙してしまう俺。痺れを切らしたセツナは、小声で詰め寄る。

 

「で、どうするのよ? それとも、他にいい案でもあるの?」

「そ、それは……。く、くっそ〜。やるしかないか」

「え? やるしかって?」

「お前が言った案だよ。他に打つ手がないからな」

 

 もはやヤケ糞みたいなものであった。

 ティガレックスと鉢合わせになるリスクを取るか、あるいは、セツナの案で滑落するリスクを選ぶかで。

 どの選択もリスクを取るなら、せめて喰われるよりかはマシ。そう判断したのである。

 

「じゃあ――」

「あーと! その前にだ。確認したいんだが、そのアイゼンとやらもアレなのか? 団からの支給品か何かで」

 

 浮かれた気分で言葉を紡ごうとしたセツナを制止して、肝心のアイゼンの出処を尋ねてみた。場合によっては、使えない代物かも知れないことも視野にあったからだ。

 万が一、〝錆びた〜″的なアイゼンなら、他に手段ないとは言えお断りだからだ。多分、ないとは思うけど。

 一方、そんな心境を知らずして、首を振り素っ気なく答える。

 

「違うよ。山小屋にあった物だよ」

「山小屋? 目指す先の設営地のか?」

「違う違う、そことはまた別の。んー、多分、物置小屋みたいなとこかな。結構、古物が置いてあったけど」

 

「ふ、古物⁉︎ だと」

 

 その言葉を訊いた俺は、過敏に反応した。

 

「そうだけど」

「ちょ、ちょっと待った。てことは、そのアイゼンとやらは……」

 

 この時、嫌な予感がしていた。彼女から発せられる一連の言葉だけに、まさか〜、と感じたからだ。

 

 そう……

 

 俺の脳裏にあったのは、まさしく

 

 〝錆びたアイゼン″

 

 だったからだ。

 だけど、それはすぐに杞憂だと分かった。と言うのも――

 

「は? バカじゃないの?」

 

 から始まり

 

「あたしが、そんな古臭いアイゼンなんか持ち出すわけないでしょ」

 

 と捲し立てたのである。

 

「じゃあ」

「大丈夫よ。ちゃんとしたアイゼンだから。その証拠に、ほら」

 

 そう意義込むや、その例のアイゼンとやらをアイテムビューして見せる。3D投影されたホログラム。表示されたアイゼンは、彼女の言った通り、キチンとした品。アイテム名も、列記とした〝携帯用アイゼン″と書かれていた。

 

「確かに……」

 

 理解しただけに、これ以上、口を挟む余地はなかった。

 

「じゃあ、決まりね」

 

 そう述べるや、俺の分まで渡して来た。

 

 他に手段がなかったとは言え、氷塊を越えるためだけに崖伝いに這っていくのは、正直、生きた心地がなかった。

 塀のような氷塊の向こうにいるであろうティガレックス。奴の攻撃力が異常でなければ、対峙しながらでもギリギリ逃げ切れる自信はあったはずなのだ。

 

 それなのに、それなのにだ。

 

 あんなドス級のギアノスを。さらには、万全ではなかったかもしれないドドブランコを容易く仕留めるとは、常軌を逸している以外、何者でもなかった。

 だからなのだろう。

 今、こうして見つからないようやり過ごしていたわけである。

 両手に握ったピッケルを交互に打ちつけては、アイゼンの刃を氷壁にめり込ませ横へと這って行く。その中で、あの障害物となっている氷塊を超えて行き――。

 極寒のそよ風が、頬を撫でる。

 

(後もう少し、後もう少しで……)

 

 他人のことを構う余裕などない中、その焦りが全てであった。

 頭上には氷塊が、その存在を誇示するかのように鎮座。ゆっくりとだが、確実に超えて行き――

 ――とそこで、

 

 ズリッ!

 

「きゃ‼︎」

「セツナ!」

 

 後に続くセツナの悲鳴に驚いて、思わず向く。

 

「大丈夫か?」

「気遣いどうも。かなり危なかったけどね」

 

 何事もなかったかのように、不思議と平然と返す。しかしその足元では、アイゼンの刃先で壁面を咬ました状態で片足に。縦筋に擦った跡が壁面を刻んでいただけに、明らかに足を滑らした事が窺えた。

 本当の意味で、転落しかけたと言えよう。危機一髪だったと見た。

 

「かなりも何も、ほんと、気を付けろよな。落下したら、即死なんだからさ」

「はいはい。そう言うなら、ユウトも――」

 

 ――とその直後、

 

 ドコ――ン‼︎

 

 ドキッ!

 

 ズリッ!

 

「あっ」

「っ! セツナ――‼︎」

 

 ガシッ!

 

 ぶら〜ん……。

 

 その瞬間から宙吊りになる。

 まさに間一髪だった。轟音と共に吹き飛ぶ頭上の氷塊を前にして、俺たちは揃って心臓が飛び出んばかりに吃驚仰天。

 特にセツナなんかは、驚きのあまり踏み外し、あわよくば、間一髪、俺が彼女の腕を掴まなければ、そのままお陀仏になっていたからだ。

 

「あ、ありがとう……」

 

 死を目の当たりに青ざめた彼女が、ぶら下りながら礼を述べる。

 

「礼は後、ともかく引き揚げるぞ」

「うん……」

 

 そこは素直に頷く。

 彼女を持ち上げるに当たり、システムの仕様なのか。対人救済措置において体重補正が掛かっているのか。それほど力を入れずとも引き揚げれそう。

 このまま引き揚げて、体勢が立て直せるかに見えた。――が、

 

「どうしたの?」

「しー、静かに!」

 

 引き揚げず、じっと耳を傾ける。すると、崖上から

 

 ドス、ドス、ドス、ドス、……

 

 氷塊を吹き飛ばしたと思いしき元凶の足音が、ゆっくりとした足取りで近付いてきたのである。

 息を潜める俺たち。頭上から姿を現すであろう正体に、ゴクリッと唾を飲み込む。

 例え正体が分かったとしても、見つかればお終い。事なきを得ることを願い――

 

 そして――

 

 ひょっこり!

 

 鼻先だけが姿を見せるや、何かを嗅ぐ仕草。そのまま、得る物がなかったのだろう。そのまま引っ込めるや、

 

 ドスッ、ドスッ、ドスッ、……

 

 事なきを得た模様、足音が遠のいて行った。

 

 ふ〜

 

 堪らず溜め込んだ息を吐き出し、間を置かずして、セツナを引き揚げるに至った。

 

 その正体は、予想通りティガレックスだった。

 鼻先の色彩だけでの判断であったが、間違いないと確信したからだ。だが、奴から逃げ切るには、もう一踏ん張りが必要だった。

 それは、眼前に広がる雪原地帯。遠方には、針葉樹林が生い茂り、その先にあるであろう設営地まで、逃げ切る必要性があったからだ。

 予め生態マップで確認済みとは言え、踏み出せば身を隠す場所が少なく。さらに言ってしまえば、こちらと向こう側を隔てる氷壁が途切れているだけに、見つかるリスクがかなり高かった。

 けれど、生態マップと違う点があった。それは、大々的に見れば雪原地帯であることには間違いないが、何というか……。

 

 〝氷柱″

 

 そう、氷柱があっちこっちに点在していたのだ。高さが大小様々。それも極めて細いものから大の大人が4人分、すっぽり入るくらい太いものまで。

 しかし、氷柱間の間隔が走らないといけないほど空いている。それだけに、見つかるリスクが高いのだ。

 

 (どうする……。どうやって、最初の氷柱に辿り着く)

 

 思考を巡らす。と言っても、相手の出方が見えない以上、一か八かしかない気もする。

 出方と言うのは、ティガレックスが向いている方向のこと。こちら側を向いていた場合、即発見されてしまう。そう言ったリスクであった。

 

「参ったな〜。セツナ、他にいい手は――。ん? 何してんだ?」

 

 首を傾げる眼前、彼女は雪面に手を翳していた。そっと撫でる仕草に、一塊の雪を手にしては、粉雪が舞う。

 

「あ、ユウト」

「あ、ユウト。じゃないよ。こんな時に何してんだよ?」

「あ、これ? これは、雪の状態を見ているのよ」

「状態?」

「そ、状態。……ん〜、この場合は、かなりフワフワしている感じかしらね。しかも、表層全体にまで及んでいることから、場合によっては崩れそうな気も……」

 

 などなど独り言を続けて行く。そんなセツナに俺は、彼女の意図する事が読めなかった。

 

「フカフカ? 崩れる? ま、とにかく、んな事いいから、どうやってあの氷柱まで見つからずに辿り着けれるかを一緒に考えてくれよ」

 

 そう不満を口にしながら、ある一つの氷柱に指を指す。しかし、

 

「だからやっているじゃない。こうして、現状の地形を利用できないかとね」

「現状の地形って……。それとこれとでは、関係ないだろう!」

 

 すると、徐に立ち上がるや、塀のような氷壁上に目線を当てた。

 

「……いや、そうでもないかもよ」

 

 そう言うや、よっ、と一言発すると共に壁上に向かって徐にジャンプした。

 

「おいおい、何してんだよ! 見つかったら――」

「しー、静かに。そんな大声出したら見つかるでしょ」

 

 威圧に負けて口を閉ざす。飛び上がり壁上を観察するセツナは一体何を探ろうと言うのだろうか。

 奇怪な行動に理解ができない俺は、セツナのことをそっちのけで思考の殻に閉じ籠った。

 ――のだが、やや遅れて、様子観察を終えたセツナは、飛び降りた。

 そして――

 

「やっぱりね」

 

 と意味深なセリフを残す。一方、その言葉は聞き捨てならず、俺は問う。

 

「え? やっぱりねって、どう言う……」

 

 するとセツナは、一言。

 

「視界」

「視界?」

 

 流石に顔を顰める。

 

 (その一言では、分からんよ)

 

 一瞬、そう思った。が、しかし――

 

「そ、視界。ティガレックスの視界がどの程度なのかを探っていたのよ」

「探っていたって……。気配を察知されたら、どうするんだよ?」

 

 (先程だって、察知されそうになり危うかったってのに)

 

 危機感を滲ませる俺は、氷塊を吹き飛ばして覗いてきたティガレックスのことを脳裏に蘇らせる。

 

「ま〜、言いたいのは分かるわ。でも、一瞬だけど間近で観察して見て分かったのよ」

「何が?」

「あのティガレックス、耳の辺りに引っ掻き傷が付いていた事をね」

「引っ掻き傷?」

 

 (何を言い出すかと思えば)

 

「てか、よく間近で観察しようと思うな。どう言った心境の変化なんだよ? あんなに死ぬほどビビっていたくせにさ」

「そりゃあ怖かったわよ。したくなかったけど、仕方ないじゃん」

「じゃあ、するなよ。んな、怖かったら」

 

 言っていることとやっていることが矛盾しているだけに、何がしたいんだが理解に苦しむ。けど、文句を並べても仕方ない。

 

「で、話を戻すと、引っ掻き傷だって? それがどうしたって」

 

 すると、え? と一言発した後、コホンッ! と咳払い。

 

「で、その引っ掻き傷なんだけど、多分、ドドブランコと争った際についた傷跡だと思うんだけど、やや部位破壊されていたのよ」

「部位破壊? じゃ〜」

「想像通りかもしれないけど、あのティガレックス、聴覚に異常きたして気配を察知しにくくなっているんじゃないかってね。出ないと、こう話している間でも襲われかねないから」

「……確かに」

 

 腑に落ちるだけに、振り返って見る。ティガレックスと言えば、普通、聴覚に長けていると聞く。

 つまり、近くで小声でもなんでも音を立てれば、即襲われてもおかしくないのだ。だが、氷塊を越える間際の一件を除いて、小声とは言え、こうして会話していても襲ってくる気配はない。

 そのことを鑑みれば、彼女の推測には一理あるような気がするのだ。

 

「ちなみに、部位破壊は両耳だったのか?」

「そこまでは知らないよ。ただ、間違いなく言えるのは、片方の耳はダメになっているかもってこと」

「片方だけか……。まあいいや」

「まあいいやって、こっちは危険を承知で確認したんだよ。その一言だけで――」

「違う、違う。確認なんだよ、ただの確認。片方だけしか確認していないみたいだけど、なんとなく分かったのさ」

「分かったって? どう言う――」

「あーと、そこまで。拉致垢ないから、ともかく先を急ぐぞ」

「何よ、もー」

 

 途中で遮られたことに不平を漏らした。一方、彼女の質問を遮った俺は、早速、作戦を考え始めた。

 ちなみに、セツナから訊いて一つだけ核心めいたことと言うのは、部位破壊された側の聴覚器官は、麻痺しているのは間違いないと言うこと。

 多分だと思うが、部位破壊された側がこちら側に向いている際は、ほぼ気配を察知できないのではないのだろうか。そう言った結論である。

 ただ、それでも危惧する点はあった。だから俺は、作戦を立てるに当たり――

 

「あと、最後に一つ。部位破壊されていた側を見た際、顔の向きはどっちだったんだ?」

「な、何よ、いきなり。あたしの質問を遮ったくせに」

「いいから」

「んーもう! 左だよ、左。雪原方向とは逆向きよ」

「ありがとう。これでなんとかなりそうだ」

 

 その言葉を訊いて、雪原地帯を切り抜けられる算段がついた。

 

「たく〜、なんなのよ。勝手に自己解釈しちゃって。あとで考えていた事、教えなさいよね」

「はいはい、分かった、分かった。ともかくだ、雪原地帯、早速、切り抜けるぞ」

 

 そう意義込む俺は、セツナに隠密作戦の説明を始めた。

 

 

 

 

「なんであたしが見張りなのよ」

「いいから、いいから。ただ雪原方向へ向うとしたら、合図を出して身を潜めてくれればいいだけだからさ。そしたら、今度は俺が合図出すから、その通りに俺のとこに走ってくれればいいさ」

「こんな危険な真似、一回だけなんだよね?」

「ああ、約束する。3度も危険な目には合わせないさ」

「ならいいけど。その代わり、これは貸しだからね。下山できたら、何かしらの形で奢ってよね?」

「分かった分かった。入団条件は飲めないけど約束だ。さて……」

 

 狙いを定める。向かう先は、出来るだけここからの距離が近く、一回り太い氷柱。手でそっと撫で、雪面状態も確認する。

 

 (やはり、セツナの言った通り、柔らかい)

 

 柔軟な雪面だけに、足音はそこまで立たない事を確信する。向き直ると、雪面と同化せんばかりの白き隠れ蓑の装衣を被っている彼女が、目に映った。

 

「こっちは準備いいよ」

「了解。じゃあ、手筈通りな」

「うん」

 

 頷くと、早速、二人分の高さのある氷壁を、ゆっくりと登り始めた。壁上に上がりそのままうつ伏せ。身を潜めて動向を伺い始める。

 対して俺は、めぼしい氷柱を見つけ彼女からの合図を待つ。一回飛び出せば、見つかるか見つからないか。その二択しかない。それだけに、緊張感が湧き立つ。

 

 暫く待って……

 

 遂に合図が、GO! サインがなされた。地を蹴って粉雪が舞い、全力で走る。走って、走って、そして――

 スライディングからの滑り込み。見つかるまでに、なんとか柱の影に隠れ切った。

 

 ふ〜。

 

 胸を撫で下ろす。一方、無事に辿り着けたことを確認したセツナは、伏せたままその場から退いた。次はセツナの番。今度は俺が合図を送る役目だ。

 物陰からうろつくティガレックスの動向を伺う。ずっとこちらを見ていることから、もしかして察知された。嫌な予感がした。

 けれど、どうも違うらしい。再び反対方向へと向いた。

 

 (今のうちだ)

 

 この機を逃さなかった。セツナにこっちに来るよう合図を送る。全速力で駆けるセツナ。隠れ蓑の装衣が風で波打ち、こちらに向かって必死に走って来る表情が、目に映る。

 ダイブして、遂に物陰に。まさに間一髪。直後、ティガレックスはこちらを向いた。

 

「おつかれ。頑張ったな」

 

 四つん這いになって荒い息を吐く彼女に、俺は手を差し伸べた。

 

「は〜、は〜、……どうも」

 

 礼を述べ、そして、手を取った。

 

「大丈夫か?」

「大丈夫よ、このくらい。焦ったけど」

「無理もないな。だが、安心するのはまだ早いぜ」

 

 言いながら目指すべき針葉樹林へと向く。緩やかな下り坂に点在する氷柱。その先にある針葉樹林を見据えて、目指すべき次なる氷柱を探す。

 後方にて、うろつくティガレックスの視界に自分達が映っては一貫の終わり。その前提で視線を走らせ、再びある氷柱に目を付ける。

 

「で、次はどこを目指すの? どの道、簡単には針葉樹林へは辿り着けないでしょうけど」

「アレだ。あの氷塊みたいな氷柱を目指す」

「アレって……」

 

 指を指す先、そこには屈まないと、〝頭隠して尻隠さず″。そんな(ことわざ)があるみたいに、二人がギリギリ隠れるくらい幅が狭い氷柱があった。

 だけど、その問題のある氷柱であるが、その近くには、針葉樹林付近まで伸びた氷壁が続いていた。

 

「恐らく、あそこに辿り着けさえできれば、ほぼほぼ逃げ切れるはずだと思う」

「なるほどね〜」

 

 連なる先を確認したセツナが、腑に落ちたらしく頷いた。

 

「だけど、下った先だよ。上目線からバレなくない?」

「いや、多分、大丈夫だと思う。頭上にだけ注意さえすれば、ギリギリ死角に入れるはずだから」

「なら、いいけど。で、どっちが先に行くの? また、ユウトから?」

「逆でもいいぜ」

「……やっぱり、やめとく」

 

 自信がないらしく、素直に譲ってくれた。

 

「じゃあ、決まりだな。同じやり方でな」

「うん、信じるね」

 

 そして俺は、返事を受けて次なる場所へと見定めた。距離にして50m弱と言ったところか。全速力で走り込めば、問題ないと思った。

 

「セツナ……」

 

 合図を待つ俺。やや間を置いて、再びGOサインが出された。疾走と共に粉雪が舞い上がり、向かうべき場所へと走り込む。

 

 走って、走って。やがて……。

 

 回り込むようにスライディングして、物陰へと辿り着いた。

 

 (これでもう……)

 

 針葉樹林へと至る塀のような氷壁を目視し、ティガレックスから逃げ切れそうな確信を抱いた。

 これで最後。次は2回目セツナの番だけに俺は、物陰からティガレックスの動向を伺った。

 まるで丘の上にでもいるようなティガレックスが、反対方向へと向くチャンスを伺う。いくら距離を空けているとは言え、見つかればひとたまりもない。ここは慎重に期するのだ。

 ところが、ところがだ。そこでまた、別の気配が。それも後方の針葉樹林から。ふいにそちらを向く。その際、一瞬だけセツナが何か合図を送っていたのを垣間見るが、俺の注意は既に針葉樹林の方へと向いていた。

 木陰の奥を睨みつける。

 すると、嘶く声と共に、なんと、2頭のギアノスが姿を現したではないか。

 

 (ち、こんな時に……)

 

 舌打ちした俺は、想定外のモンスターの出現にあたふたする。

 

 (手早く片付けなければ、ティガレックスに)

 

 刃を抜き放ち、暗殺しに行く。だが、気配を察知したのは、自分だけではなかった。ギアノス2頭のうちの1頭がこちらの存在に気が付いてしまう。

 喉元に刃を滑り込ませる間際、

 

 ギャー! ギャー!

 

 甲高い怪鳥音を放つ。直後、ダメ元で切り裂いた。ギャー! と悲鳴をあげ仰反るギアノス。次の瞬間、背中に強烈な殺気が響き、そして、怒号の如き咆哮が空気を響かせた。

 

 (ヤバい!)

 

 本能が囁く。セツナの存在にも気が付くティガレックス。対して、彼女は金縛りに。俺は思いっきし叫ぶ。

 

「セツナ‼︎ 早く逃げろー‼︎」

 

 ビクンッ!

 

「ユウト……」

 

 我に返り振り向くセツナ。

 

「急げ! 早く!」

 

 必死になって呼ぶ。――とそこで、またもや異変が場を襲う。とてつもない地響きに粉雪が舞い上がり、それに伴い、

 

 ゴ、ゴ、ゴ、ゴ――‼︎

 

 音を立てて戦慄く。

 

「こ、これは、まさか!」

 

 直感が囁く。まさに今、

 

 〝雪崩″

 

 が起きようとしていることを。

 全速力で走りセツナの下へ。彼女の手を掴み、グイッと無理やり立たせて叱咤する。

 

「しっかりしろ! 走れ! 走るんだ!」

「で、でも、ティガレックスが――。って、ちょ、ちょっと……」

 

 もはや有無を言わせなかった。彼女を引っ張って、全速力で走り出す。直後、ゴゴゴー、とか音ともに雪面がスライドするような感覚が、足元から。それに伴い、粉雪が舞い上がっては、遅れて遂に雪崩が発生した。

 ティガレックスの脅威、ギアノスからの邪魔立て。それらに構っている余裕はなかった。

 先程まで動揺していたセツナも、後方から雪崩が迫ることを察して、自ら全速力で走り出す。

 目指すべきは、針葉樹林の木陰。間に合うか、間に合わないか。果たして――。

 

 た、た、た、た、た、――

 

 二手に分かれ、それぞれ木陰へ。次の瞬間、ギアノスを断末魔と共に雪崩が流れ込んできた。

 もはやめちゃくちゃ。無事を祈る俺たちが隠れる針葉樹以外、ほぼ薙ぎ倒していった。大瀑布のような轟音と大量の粉雪が俺たちを包み込む。

 

 濃霧のようだった雪煙が、徐々に晴れていく。

 視界が晴れて現状が把握できるようになる頃、辺りは分厚い雪の壁で阻まれていた。そのこともあってか、壁の向こう側にいるであろうセツナの安否が気になる。

 しかし、直ぐには声を出さない。あのティガレックスが未だに彷徨いているかもしれない。そんな懸念があった。

 

 暫くして……。

 

 結果的に先に呼び掛けてきたのは、セツナからだった。

 

「ユウトー! 無事? 無事なら返事してー!」

 

 敢えて間を置く。しかし、気配は感じられず、とりあえず一安心した俺は、やや遅れて呼び掛けに答える。

 

「なんとか無事だー! そっちは?」

 

 すると、

 

「大丈夫? ただ、分厚い雪に阻まれて、そちらには行けなさそう」

「やっぱりか」

「やっぱりって? そっちも?」

「ああ。ただ、折れた木々を足場にして使えば、なんとか雪上には行けるかも」

「分かった。じゃあ、あたしは?」

「そのまま、待機してくれると有り難い」

「OK。じゃあ、待ってるね」

「すまない。直ぐ向かうよ」

 

 そう言い残した俺は、早速、立ち上がった。背にしていた木と向き合うと、中程からぼきりと折れていて雪崩の凄まじさが垣間見れた。

 

「よっ」

 

 アイゼンを収納した後、一際太い枝に掴まり、それを頼りによじ登る。よじ登っては、俺た幹を頼りに取り囲む壁上へと辿り着いた。

 辺りを見渡し

 

「うっひ〜」

 

 と口元を歪ませる。一言で表せば、先程までの針葉樹林とは違い、枝葉が所々雪面から飛び出しては、大半の樹木は折れ曲がり雪に埋もれていた。

 いくつかの木々の根本辺りは窪みにはなってはいたが、それも大小様々で、その大半は雪に埋もれていた。要するに、俺とセツナが身を潜めた木陰は、数少ない窪みの中に含まれ奇跡的に助かった形だったのだ。

 

「これじゃ〜、設営地は……。おっと、そうだった」

 

 見渡す景色とその先にあるであろう設営地に、いつの間にか思い馳せていた俺は、肝心なことを思い出す。

 

「確か、こっちだったような……。あ、あそこだな」

 

 一際大きい窪みを発見する。中を覗きながら、安否確認をする。

 

「大丈夫か?」

「な、なんとかね」

「今、助け出すからな」

 

 そう言い残すと、周りに何か掴まれそうな枝がないかを探してみる。出来れば長い方があればベスト。あの2m半も深さがある窪みからの脱出には、丈夫で長い枝が最適と考えていたからだ。

 ところが……

 

「参ったな〜」

 

 呟きながら頭を掻く。手頃な物が意外とないのだ。

 

「手を貸すから、ジャンプして掴まえられるか?」

 

 腹這いになり、窪みの中へと手を差し出す。けれど、彼女は現状の壁の高さを前に消極的だった。

 

「む、無理よ〜。いくらなんでも高過ぎる」

 

 しかし

 

「アイゼンだ。アイゼンを使うんだよ」

「アイゼンって……」

 

 そこで目を落とし、未だに履いているアイゼンを見つめた。アイゼンの刃が(かじ)るように雪面に食い込んでいるのを目にする。

 言いたいことを察したのか、こちらを向いた。

 

「つまり、こう言うこと? アイゼンを使って壁をよじ登る的な」

「よじ登るまではいかないかもしれないけど、二段ジャンプする感じだな」

「二段ジャンプ?」

 

 その言葉を口にするや、壁に歩み寄っては手でそっと感触を確かめる。

 氷壁とは違いカチカチっとしたかなりの硬さではなかったが、まずまずの硬さに口元が少しだけ緩んだような気がした。

 

「行けそうか?」

 

 問いかける。

 

「ん〜、行けなくもないけど、可もなく不可もなくってとこね」

「なんだよ、それ? どう言う意味――」

「つまり、試してみるってこと! 行くよー!」

 

 言いながら後退りしたセツナは、勢いよくダンッと地を蹴った。アイゼンの刃を分厚い雪の壁に食い込ませて土台に。言われた通り二段ジャンプして見せる。

 突発的な行動に思わず面を食らった俺は、慌てて片手を差し伸べた。

 勢いよく伸ばされた手を、ガシッと捕まえ、そして――

 

「ナイスキャッチ」

「引き揚げるぞ」

「うん」

「うおおお――‼︎」

 

 力任せに窪みの底から引き揚げた。それはもう、大魚を釣り上げるかのように。

 

 

 ふぅ〜

 

 息を吐いた俺は腰を据え、セツナと共に一息付いた。

 

「サンキュー、ユウト」

「どういたしまして」

 

 軽口を叩き合う。そして、ふと雪崩が発生した方向を見つめては、既にティガレックスの気配がなくなっていることを実感する。

 先程の雪崩に獲物が巻き込まれたのを目にして、今度こそ諦めたのだろう。ようやく脅威が去ったことに、気が抜け。大の字になって雪面に寝転がった。

 空を眺めれば、既に曇天。チラチラと雪が降り始めていた。

 

「早いとこ先を急がないとな……」

 

 目指すべき設営地は、直ぐそこのはず。呟いた俺は、何気なく空に手をかざした。

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