小降りから大振りへと移り変わっていく。それに伴って、徐々に視界も悪くなっていた。
いくら生態マップがあるからとは言え、この悪天候の中を進むには厳しいものがあった。
その中で
(早く見つけなければ)
そう焦りが、時間と共に増していく。
目指すべき場所は、設営地。あるいは、それに代わるような場所。
振り返って思えば……
ケインと喧嘩別れした小狼。バターを連れて
しかし、その道中である。突如、山側から雪塊が発生。そのまま逃げ切れずに巻き込まれ。そしてそのまま、バターと共に崖から転落。その流れで間一髪、崖から突き出た木枝に引っかかり、二人して命からがら助かった。
それから、雪崩が収まった後、懸命によじ登り元来た道へと戻ろうとした。
ところがそこで、足を滑り、一時的に木枝のクッションに助けられたが、それも甲斐性もなくさらに転落。気が付いたら、崖下のどこかにいて。今はただ、バターと二人で彷徨い今に至っていたのだ。
そんなわけで、本来の道からだいぶ逸れてしまった小狼とバターは、次なる設営地を目指すべく、一番最初に本道へ戻ることを優先して歩いていた。
しかし、しかしだ。そうは言っても……
「小狼、このままだと埒が明かないにゃ」
今の現状に不満を抱く。すると、親密関係だったこと。二人っきりで合ったことも相まって、自らの口でしゃべり出した。
「うん……、確かに。でも、地図上では、このまま進むしかないみたいなんだよ。今から崖をよじ登るにしても――」
と雪が舞う視界の中、崖の上を見上げて
「この高さだし……」
とどこか諦めた感じで答えるに留めた。同じくバターも見上げて
「た、確かに。ここを登り切るのは現実的じゃないよにゃ」
「うん、だから……」
現状を互いに認識したことに、二人して溜息を漏らした。
「ともかく、進もうバター。今はそれしかないから」
「そ、そうだにゃ」
そう励まし合うと、先の見えない道を歩んでいく。
生態地図が示す地形は、新たな展望を見せた。……いや、見せたと言うのは、語弊に近いかもしれない。と言うのも、本道の行き着く先を確認しながら進んでいた中、なんとか今の陸路と交わる部分を見つけたからである。
つまりは、元きた道に戻れる。そんな筋道が見えたのだ。
「もう少しだよ、バター。もう少しで元来た道に……」
視界は当てにならなくなっていく中、相棒に希望を持たせる。
そして……
遂に元来た道に戻れた2人は、そこで一息を吐く。最後が登りだっただけに、スタミナゲージの最大ゲージを1、2割弱減らしていた。
手元に携帯食料を。それから、食しては回復させる。バターは辺りを見渡す中、小狼は生態マップから読み取れる進路の先に、休める場所があるかないかを探す。
しかし、その期待は皆無に等しいようだ。この先、ずっと続く。そのような登山道だけに困ってしまう。
「小狼……」
不安に駆られたバターが、声を掛ける。
「分かっている。分かっているけど……」
なかなか結論が出ない。そんな小狼。バターはある提案をしてみる。
「一度引き返してみたらどうかにゃ?」
っ!
その言葉を聞いて、小狼は表情を変える。心境を体現するかのように、その拳に力が籠る。
「なんで、あんな奴なんかのとこに……」
それは、忘れかけていた怒りを思い出したかのような語調。
「小狼……」
「無理だね、それは」
続けて
「バターも訊いていたよね? あいつが言ってはいけないことを。僕が一番気にしていることを、それも2回も」
そう、それは
〝コミュ症″
と言う
それには、自覚はあった。そしてそれは、親しい仲、ましてや赤の他人ですら言われたくない痛点でもあったのだ。
その言葉で心にグサリと刺されていただけに、その刺した相手であるケインとは、二度と顔を見たくなかったのである。
いくら自分が小凛に会いたがり、彼らを巻き込ませた挙句、ケインにとって大切な親友を失わせてしまった罪悪感があるとは言え。
続けて小狼は、拒否する。
「だから、嫌なんだ。アイツのところに戻るのだけは」
「けど、現実問題、引き返す以外に道はないにゃ。引き返せば、少なからず最寄りの設営地に辿り着ける可能性だって――」
「バターはどっちなの?」
「どっちって?」
「だから。アイツと僕と、どっちなのかと」
「そ、それは……」
答えに詰まる。イライラしていただけに、すぐに痺れを切らし、
「もう、いいよ! 僕一人でも……」
「小狼……」
意固地になった小狼は、もはや相棒の声に聞く耳なし。バターを置いて歩き出してしまう。
一方、バターはそんな小狼を見て彼のために思ったのだろう。意を決したように声を荒げた。
「じゃあいいにゃ! そこまで言うならこっちにも考えがあるにゃ!」
ピクリッ!
珍しく語調を強めるバターに、小狼の足が止まる。続けてバターは、捲し立てるようなセリフを並べた。
「引き返すにゃ。休みたい場所を求めて」
そう吐き捨てるや、バターは小狼に背を向けた。足音は聞こえていないが、次第に遠ざかっていくのを感じざるを得なかった。
バターの行動に葛藤し始める小狼は、生態マップを開く。人差し指と親指を使い拡大しスワイプ。次なる設営地の場所、或いは、前の設営地の場所までの距離。両者を見比べ吟味する。
悩む、悩む、非常に悩む。戻れば間違いなくアイツがいる。だけど、このまま進んでも見通しが立たない。まさに苦渋の決断だけに奥歯を噛み締めた。
「分かった、分かったよ!」
そして、振り向いては、立ち止まっていたバターに向かって
「但し条件がある」
「条件?」
バターもまた、振り向く。対面し合う中で
「そう、条件。もし、アイツがいたら、絶対に引き返すからね」
「小狼……」
「勘違いしないでよ。別に本気で戻りたいとは思ってないから」
「うん」
渋々だったとは言え、小狼はバターの意見を受け入れた。
「これじゃあ、行き止まりにゃ」
バターの最初の一言は、目の前の現実を意味していた。道を塞がんばかりの雪崩の後、大小様々な雪塊が所狭しと障害物のように立ちはだかり、向こう側へはとてもじゃないが渡れそうになかったからだ。
目の前の難題に頭を掻いた小狼は、何処か抜け道がないかを探す。――とそこで、ある箇所に目がいった。
「バター、あそこ」
指を示す。その先、そこには、板状の氷塊が一塊の氷塊に斜めで重なるようして、僅かな隙間ができていた。歩み寄る2人は、中を覗く。
出入り口ら辺は、外の光が氷壁に反射して、僅かな明かるさを滲ませる。方や奥を見れば見るほど薄暗く、何処まで続いているのか、見当がつかなかった。
もしかすると、行き止まりかもしれない。或いは、不安定なトンネル状だけに、通過中に崩落するかも。そんなことが脳裏に過ぎる。
「どうするにゃ?」
様子を伺う小狼にバターは尋ねる。
「……とりあえず、行こうか」
それだけを言って、中に入りかけた。――と、次の瞬間、天井に亀裂が。パリッと小さな亀裂音に気が付いたバターは叫ぶ。
「危ないにゃ!」
「え⁉︎ うわっ!」
バリバリバリバリ……
間一髪、脱出した手前、天井が勢いよく崩壊。あわや巻き込まれそうになった。肝を冷やした小狼。あとに残るは、雪煙。塞がれてしまった唯一の道を前に尻餅をついていた。
「ありがとう、バター」
するりと立ち上がる。
「これじゃあ、向こう側には……」
流石のバターも落胆しざるを得なかった。道を塞がれた今、残された道は、このまま遥か彼方にあるであろう設営地を目指すのみ。小狼は踵を返して来た道を振り返る。
「先を急ごう」
「そうだにゃ」
これにはバターも賛同し得なかった。とそこで、バターは何か気になるのでも見つけたのか。縁の方へと歩み寄った。
「バター?」
小狼もまた、興味を惹かれたかのように後に続く。一見して単なる縁のようにも見えるが、バターは何処違和感を抱いたのだろう。縁の一部に猫手を充てがった。
「この箇所、まるで崩れたような痕跡に見えるにゃ。それに崩れてからそれほど経ってないと言うか……」
「崩れた? でも、それって、ごく自然なことじゃないかな」
しかし、バターは
「そうだろうか。この箇所、思った以上に足場がしっかりしているにゃ。その証拠に、人の体重が掛からない限り崩れそうにもないくらい硬い氷層でできているし」
「え?」
さらに歩み寄る。そして、しゃがんでは雪面の感触に触れてみた。
(確かに……)
触って見て思ったが、バターの言った通り、地盤が硬かった。だけど、煮え切らない。どうしても、煮え切らないのだ。半信半疑を抱えて
「う〜ん……」
そして、崩落現場の方へと目線移行。見比べて思うが、崩落した際にできた痕跡。そう見えても仕方なかった。
「でもさ、そんなことどうでも良くない。それにだんだん天気が悪くなって来ているし、早く次なる設営地を目指さないと」
「確かに。それもそうだにゃ」
2人して立ち上がると、謎の痕跡は後回しに。さっさと歩き始めた。のだが――
ん?
霧で覆われし来た道。霧の中に人影の姿が見えたのを目で捉えた。人影はこちらに向かって歩いて来ているように見える。
「小狼……」
不安を口にするバター。
(誰だろう……。っ! ま、まさかアイツじゃあ)
嫌な予感が脳裏を過ぎる。この状況下でケインと遭遇。それだけは、勘弁して欲しかったが――
「お姉ちゃん!」
「小狼⁉︎」
意外な人物だったことに驚く小狼。そう、人影の正体は、小狼自身が会いたがっていた小凛だったのだ。
場は劣悪な空気に包まれていた。小狼を中心に、ケインとの関係、小凛との関係がギクシャクしていたのである。
ケインとの関係は、言うまでもなく。小凛との関係では、心配する彼女の気持ちを無視して雪山に踏み入れたことに絡んでいた。そのことだけに、3つ巴の対立軸構造となり互いに目を合わせようとはしない。
他方、外野のレイナにJ.O、それにバターは、劣悪な空気に不快感を滲ませ、どうしたものだかと互いに顔を見合わせていた。
「どうするよ?」
「困ったものねぇ~」
3人にかける言葉が見つからない。その中で、ケインから先陣を切った。
「ったく、皮肉なもんだ。なんでこいつなんかと」
すると、小狼もまた、それもぼそぼそと小声で
「それを言うなら、こっちもだよ。なんで、なんでこいつアイツなんかと……」
そして小凜は、火花散る二人に割って入るかのように
「さっきも言ったけど、なんで待っていてくなかったでアルカ! 小狼! どれだけ心配したのか――」
そこで対抗心を燃やして。それも周りを眼中に捕らえることなく
「だから、言ったじゃないか! 僕も心配だったんだよ。散々、連絡したのに、音沙汰がないから」
「だからそれは――」
と今度はケインが、堪らず不快感を露にして
「おい! てめぇ~」
そして、続けざまに
「やっぱり、ハッキリとものを言えるじゃねぇかよ。なんで、俺たちとは別にして、チャット機能なんかを使うんだ。えー?」
その表情には、眉間に皺が寄っていた。3つ巴の戦況に口出せないでいた外野のレイナとJ.O、そして、ブレット、バターは、このままでは巻き込まれかねないと不安に駆られて後ずさり。3人との距離感を出してしまう。だが、ケインが言い放った言葉に油を注ぐかのように、小狼はチャット機能を。――と次の瞬間、バッと彼の手をケインは掴む。それも鷲掴みと言わんばかりの強引さで。
「だから、それを辞めろってんだよ! 見ていて腹が立つ」
けど、小狼も小狼。強引に鷲掴みにされた腕を抜くべく、思いっきり腕を振っては気合いで振りほどいた。そっぽを向いて、そのまま無言を貫かんとする。
二人の視線が彼に行く。だが、しばし間を置いて先に根気負けしたのは、小凜の方だった。彼女はためきを一つすると、ケインと向き合った。
「ごめんなさいアルネ、ケインさん。この子、頑固なところがあるし、身内以外、人見知りが激しい上に喋るのが苦手で……」
とそこで
「ねぇちゃんは、ねぇちゃんは分らないんだ!! 僕の気持ちなんて!」
語気を荒げる。それも、心の内をさらけ出すようにして。そしてその心境たるは、姉に自分の想いがきちんと伝わっていない事への苛立ちが滲んでいた。
「小狼……」
と気遣うブレット。だが――
「いいよ、もう! そこまで理解できないんだったら、僕一人でも帰って、潔く待っているから」
「「小狼」」
「小狼くん」
同時に呼び止めるバターとブレットに、やや遅れて呼び止めるレイナ。一方、小凜は自分の気持ちとの葛藤により、口を閉ざしたまま。他方、ケインはこいつの顔さえ見なければ、どうでも良かったらしく他人事のような態度を示す。
その中で、小狼は一人、連れのバター達の制止を振り切り、本当に吹雪の中へ。無謀とは分っていたとしても下山してポッケ村を目指すことにした。
※
「いいのかよ? 本当に」
入団し立てとは言え、流石のJ.Oも言わずには居られなかった。
「小凛さん……」
「シャオネー……」
レイナとブレットが案ずる目線を投げかけてくる。しかし――
「知らないアルヨ。勝手に出て行ったのは、……向こうなんだから」
だが、キッパリと言った割には、語調の何処で迷いが見え隠れしていた。
「ケイン……」
バターの気遣い。しかし、そっぽを向いたまま、ケインは鼻で返事するや、知らぬ存ぜぬを決め込む。
その心情たるや、親友を死なせた切っ掛けを作った奴のこと。ましてや出会って間もない上に狩友じゃないだけに、飛び出して行った小狼の安否なんてどうだってよかったのだ。
「困ったわね〜」
のほほんとしながら、まるで他人事のように心配するレイナは、頬に掌を充てがった。その中で、J.Oは痺れを切らす。
「だー‼︎ やってられないぜ」
「J.O?」
バターを中心に皆の視線が彼に向く。
「なんで入団仕立てで、こんな不仲に付き合わなきゃいけないんだ」
「ま、まさか⁉︎」
とブレット。吹雪の中へと出ようとする彼に、嫌な予感を抱く。しかし――
「ちげぇよ、そんなんじゃない。連れ戻すんだよ、あのガキをな」
それだけを言い残すや、外に出てしまう。途端、全身を抱きしめて身震い。
「おー、寒っ!」
ホットドリンクを飲み干すや、勝手に小狼を連れ戻しに行ってしまった。暫しの沈黙が場を包み、そして、今さっき思い出したかのように、ケインが口を開く。
「勝手に出ていきやがったが、あの豚頭、そう言えば、地図、持っているよな?」
やや間を置いて
「あ、そう言えば」
「確かに〜。持ってませんでしたね」
ブレットに続けてレイナも同考だったようだ。で、ここに来て小凛が、誰が持っているのか明かす。
「持っているのは、今のところ副団長アルヨ」
「てことは……、つまりはですね〜」
とブレット。現状を解説せんばかりにメガネのブリッジに猫手を当てがいい、推論モードへ移行。
「彼が遭難する確率は――」
最後まで言わずもなが、レイナは本腰を上げて
「私が連れ戻しに、行こうかな〜」
そう言うなり、推論中のブレットを無視してJ.Oを追いかけ吹雪の中へと行ってしまった。続けて小凛も、小狼の為ではないとしていながらも、脇目振らずに行ってしまうレイナの様子に渋面を作り
「ったくも〜!」
付き合うことにした。
「〜てな訳で、ここは一つ……。あれ? みんなは?」
自論に耽っていたブレットは、ケインとバター以外、居なくなっていることに今更ながらに気が付いた。
「2人は行っちゃったにゃ。J.Oを追いかけて」
「え? て事は――」
「想像通りにゃ」
ありゃ
片眼鏡。自分が置いてけぼりにされた。そう解釈したのだろう。脇目も振らず
「ま、待ってにゃ〜‼︎」
慌てて行ってしまった。
後に残るは、ケインとバター。静けさが2人を包む中、そっぽを向いたままのケインは尋ねる。
「気になるのか?」
「……うん、だってみんな、1人のために探しに行ったからにゃ」
「行けば?」
「え?」
「行けばってこと、アイツらを追いかけて。止やしないぜ」
「ケイン……」
「勘違いするなよ。J.Oはともかくとして、
その心境には、ここから動けば憎き小狼の為に動いた。そう嫌悪感を抱かずにはいられなかったからである。だけど、再びそっぽを向いていたとは言え、何かと気になる。
そう、気になるのだ。さっきから投げかけて来る目線とやらを。堪らずそちらを向いたケインが、問いかける。
「な、なんだよ。まだ、何かあるってのか?」
すると、やや間を置いて、意を決した見たく
「やっぱり。行かないのかにゃ? 一緒に」
しかし、
「ったりめぇ~、行くわけないだろう。俺が、なんで?」
「なんでって、それは……」
勇気出して言った一言。それにケインは、あっさりと撥ねのけた。自分のことで手一杯だけに、付き合う義理なんて持ち合わせる気はない。口籠もりしてしまうバターに、あえて冷淡に突き放す。
「そんなに行きたきゃ、アイツらと一緒に行けばいいじゃないか。俺は止めないからな」
それ以上は取り合うつもりもなく。そのような態度を見せられたバターは、ガクリと肩を落として
「ケイン……」
うなだれ、諦めたかのようにしょんぼりとすると、バターもまた居心地が悪くなってきたのだろう。彼もまた、重い足取りで雪舞う中へと歩み出した。
遂にたった一人となってしまうケイン。降雪音以外、本当の意味での静寂な空気を味わい、たった一人になったことで、自分を見つめ直す切っ掛けとなったのだろう。
そう……
頑なに拒絶する自分自身を、見つめる意味合いで。
手元に表示されたままの生態マップ。それを見ながら、みんなが待っている臨時設営地まで戻る。戻るのだが、何分、視界が悪い。
やはり思うことだが、フラヒヤ山脈の天候の移り変わりは激しく、嫌と言うほど思い知らされる。視界全体にちらつく粉雪。そこに向かっては、荒げる息を吐いては吸って、そして、吐いては吸ってと、幾度もなく繰り返す。
スタミナケージを見れば、ホットドリンクを定期的に使っていたとは言え、全体のおよそ7割方、減少していたのが窺える。
ノブ公は立ち止まった。そして、何よしようアイテムリストから携帯食料を取り出し、一口。僅かながらのケージの回復を試みた。
黄淡色のオーラを伴う回復エフェクトを一時的に纏った彼は、前方の雪景色を見渡して愚痴を漏らす。
「無駄足だったとは言え、参ったな~」
それは、一連の出来事による不平とも言うべき発言だった。と言うのも、今までの彼の行動は、消息を絶った娘を探すことに他ならないからである。
ちなみに、娘とは篠崎刹那こと、アバター名、セツナであり、
そして、単純ながら経緯を話せばこうなるのだ。
ポッケ村の風評被害の原因調査。そのために踏み入れたフラヒヤ山脈において、気象に関する情報は予め入手していた。それなのに、それなのにだ。天候悪化に突然見舞われ、そのまま吹雪に晒され。挙句には、気が付いたら後ろに付いていた筈のセツナが、いつの間にか姿を消していた訳である。
当然、視界が相当悪かったとは言え、消息を絶った娘の後列には、レイナやJ.O、それに小凛。その取り巻きであるブレットもいた。しかも、ブレットはセツナの隣を歩く立ち位置にいた訳である。
だけど、消息を絶った瞬間と言うのは誰も見ていなかった。ただ一つ、気になることを除いて、全くと言っていい程、見ていなかったのである。
先に異常に気付いて声を上げたのは、ブレット。「セツナは?」と言った一言で、ノブ公を含めて皆が気が付いた格好であり、その直前には、その気になることとも言える数十秒間ほどの猛吹雪。それに伴うホワイトアウトがあったのだ。
人の叫び声すら掻き消してしまう程の暴風。その間に、セツナの身に何か起きたであろう。ノブ公はそう推測しており、その脳裏には
〝滑落″
の二文字が過ぎっていた。
けれど、結果はどうだ。
吹雪だっただけに団員達を安全な場所に退避させ、その場所に敢えて戻って来たが、結局は何も手掛かりは残されてはいなかったのである。
要するに、
〝徒労に終わった″
そんな無力感を抱きながらの、現在進行形における帰途だったのだ。
まぁ、結果はなんとなく予想は付いてはいたが……。
――とそんな中、奇跡的にも吹雪が止んだ。
お!
天候の移り目に、やや驚きの声をそう上げる。ほぼ同時に、視界も開けて来る。
ふと空を見上げれば、曇天の隙間から徐々に光の筋が差し込んでくるのが見え、それは雪化粧の山肌を照らす。
まだ、距離はあるが、視界が鮮明になったことで、団員達の待つ洞穴。その洞穴がある山腹が、やや霞んでいるとは言え拝めた。晴れたことに気分が明るくなる。
けど、ノブ公は決して油断はするつもりはなく。これも一過性に過ぎない。それが分かっているだけに、今がチャンスとばかりに急いで対岸の山を目指して山を下る方針には変わりなかった。
だけど、だけどである。
数十分、いや早くても数分程度なら大した事はないだろう。そんな思惑も然り。頭では、天候が後転する前に急がないといけないことは分かっていたのだが、徒労感で気持ちが沈んでいただけに、ここは一つ、気を取り直したかった。
そのこともあり、景色を拝みながらアイテムリストを、さらにそこから貴重品リストを表示させると、愛用のブツを手元に出現させた。
ドンドルマ製の木製パイプ煙草。スモーカーでもあったノブ公は、現実世界では娘に揶揄され禁煙習慣を徹底していたが、この世界においては、好きなだけ吸える。
そのことだけに、遠慮する理由などどこにもなかった。
パイプ煙草を口に咥え、先端から、ぽわん〜、と輪っか状の煙を燻らせる。ホッとできるひと時を満喫して、思考を手放し景色を眺めて余韻に浸る。
呆然とする中、もう一口だけ吸い、そして、気を取り直すと
「よしっ」
気を入れ直しパイプ煙草をしまった。
氷面が幾重にも割れ、歪な模様を描く小な湖水。それから、その周辺に群がる、まるでマンモスのような体躯と双牙を持ち合わせたモンスター――ポポ。自由気ままなポポが群がるその光景は、長閑で平和そうな風景を醸し出す。
周りは寒冷地特有の針葉樹が右半円を描くように生い茂り、湖水の向こうには、またとない麓の光景が拝める格好。思わず腰を据えたくもなってしまう。
ちなみに、その麓にはフラヒヤ山脈最大の湖――ガルド湖が、山々に囲まれるようにして顔を覗かせていた。
脇に目が行きたくなる感じがしてならない。が、天候が後転する前に団員達の元へと急がないと行けないのが前提。ここは我慢をして、突っ切ると決め込む。
道中、その可愛さだけに子どもポポに目が行ってしまう。近くに寄り添う大きいポポが居ることから、この2頭は親子だとなんとなく察することができた。
彼らの本質は害を加えなければ。あるいは、害を加えたとしても、ほとんど攻撃性に転じることはなく、おとなしい草食獣。それだけに我慢一徹。敢えて眼中に入れずして、そのまま通り過ぎようとした。
ところが、
ん?
ノブ公の視界に、微妙ながら違和感を抱いた。目を付けたのは、子どもポポの方。遠くからは気にもとめなかったが、近くを横切ろうとした際、その分厚い体毛の中で妙な動きをしたのを捉えたのである。
当の子どもポポは、親ポポに寄り添い食事中。気にもとめないようにも見える。けれど、流石に気になったノブ公は、そのままの流れで歩み寄った。
分厚い体毛をサッとめくり、そこに居たのは――
「こ、小僧!?」
「あ、ノブ公さん?」
そう軽く驚いて返事を返すは、体育座りでしゃがみ込んだままの同胞――小狼だった。
「ったく、驚いたぜ。一体、なんでここに?」
すると、小狼は暗い表情になり、一言。
「飛び出して来た」
と。
「飛び出してきた、って、え? どこに? てか、セツナに頼まれて、ポッケ荘で待っている手筈だったんじゃないのか?」
「……うん、そうなんだけどね」
その様子からは、訳ありそうな意図が滲み出ていた。団長じゃないにしても、副団長だけに同胞の面倒を見る立場には変わりはない。
それに、娘を持つ父親でもあるだけに、他人であるとは言え、まだまだ年端もいかない子どもであることには変わらず。そのこともあり、内情を察しずにはいられなかった。
「訳ありって面だな。どうも……」
ふと立ち上がったノブ公は、そこで溜息を吐く。
(こいつは困った。どうしたものか……)
天候が悪化する前に説得しなければならない局面だけに、頭を掻かずには居られなかった。そんな中、気休め程度に周辺を見渡したノブ公は、そこで、こちらへと向かってくる2匹のアイルーがいることに気が付く。
(野生のアイルーたちだろうか? にしては、何か妙な……)
半信半疑で様子を見守っていた彼であるが、その2匹がノブ公の前まで来ると、息を切らしてこう言ってきた。
「は~、は~。よかったにゃ。ようやくハンターさんに出会えたにゃ」
「ん? その物言いだと、君たちは、もしかして――」
「あ、自己紹介が遅れたにゃ。ボクらはオトモアイルーだにゃ」
「オトモ?」
すると、首を傾げるノブ公をよそに、声に身覚えがあった小狼は、彼らが気になったのか。その分厚い体毛から顔をひょっこりと出し、第一声――
「ジャムに、ミルク!?」
驚きの声を上げ、オトモ達も揃って
「小狼!?」
吃驚したのであった。