モンスターハンターアルカディア   作:ぷにぷに狸

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3章:燃える夜空へ・4話

 

 〝目の前に巨大な氷山がある″

 

 それだけでは抽象的かも知れないが、とにかく先端が切り立った、まるで刃物のような。それも剥ぎ取りナイフのような大きな氷山があった。

 

 (これが……)

 

 その圧巻を前に、威厳とも、同時に畏怖の念とも言えるような何とも言えない感覚に駆られたケインは、心の中でそう呟いて見せた。

 

「ほら、ケイン。これを渡すから、必ず装着しろよ」

「これは?」

 

 徐にノブ公が手渡せれたアイテム。早速、入手リストを確認してみた。

 

「アイゼン? なんかの装備品か?」

 

 登山に関しては素人同然であったケインは、言われるがまま装備してみた。瞬間、ザクリッ、と何かが雪面に刺さる感触を抱く。

 気になり靴底を見るや、鋭利な刃物を幾重にも突出させ、まるで鉤爪のような様相をした装備が嵌められていた。

 

「なんか、妙に違和感があるな。コレ」

「ある意味、命綱だからな」

 

 先にアイゼンを嵌めたJ.Oが、違和感に慣れているかのように気さくに答えてきた。

 

「へ〜」

 

 何度も足踏みしては、ザクリと雪面に刺さる感触に居心地良さを感じた。ただ、実際に歩いてみると、なにかと引っ掛かりそうな感覚を抱き、歩きにくい気もした。

 

「じゃ、行こうか。早速」

 

 ノブ公が号令を発する。だが、そこで――

 

「ちょ、ちょ、ちょっと待った‼︎」

「ん?」

 

 全員の視線がノブ公を起点に、ケインに集まる。動揺するケインは、眼前の氷山に指を指して

 

「ま、ま、まさかだけど。アレを登って行くわけじゃないよな?」

「そうだけど。てか、それ以外に道はないしな」

「じょ、冗談じゃないよ。あんなの登れる訳が……」

 

 しかし、フロストエッジは経験済みと言わんばかりに、ノブ公は意外と冷静だった。

 

「ま〜、実際には登ると言うよりか、迂回して行く感じだけどな」

「迂回?」

「ああ、迂回さ。面に沿ってな。ここからじゃ、見えないけど、キチンとルートはあるぜ」

 

 しかし、ケインとしては、半信半疑だった。刃の部分に沿って登って行くことはなかったことには安心したが、それとは別に、あんなツルツルの平面に、果たしてルートなんぞ。と言った風に。

 

「じゃ、じゃ〜訊くけど。ちなみに、もし、その方法で迂回して行くにしろ、問題の氷山はあの一枚だけなんだよな?」

 

 すると、彼の口からは、手元の地図? を見ながらであるが、想像以上の悪夢が告げてきた。

 

「いや、実際には、ここからでは見えないが、裏側に2枚ほど氷山が重なっている構造だな。だけど、あまり深く考えるな。俺が出来るだけ安全ルートを導き出してやるからさ」

「あ、安全ルートって……」

 

 (とても目の前の光景を見て、安全ルートがあるなんて信じ切れないんですけど……)

 

 内心穏やかじゃなかった。そんな中、横槍を入れるように、レイナがにこやかな笑みを投げかけてきた。

 

「あら、ケインちゃん。もしかして、怖いの? なら、私が率先して手解きして、あ・げ・る♪」

「あ・げ・る、って……」

 

 流石のケインも、レイナの親切口調には、気色ばんでしまった。だが、ふいに小狼の目線を感じると、くっ、と奥歯を噛み締め自分の弱みを見せてたまるか。

 そんな敵意を感じて、痩せ我慢みたく拒んだ。

 

「いいよ別に、そんな手解きなんて。余計なお世話だ」

「あら、いいの〜」

 

 指を加えた。対するケインは、敵対関係である小狼には、これ以上、弱いところは見せられないとノブ公の前に先立ち。

 

「ともかく、行こうぜ。そ、その……、フロストエッジとかやらに」

 

 意義込むケイン。その両足は、ガクガク小刻みに震えていた。

 

 

 ズルッ!

 

 ひぃ〜‼︎

 

 パラパラバラパラパラ……

 

 足が滑っては氷片が崩れ落ち、それと同時に、第一声、ケインの悲鳴が木霊となって山脈に響き渡る。

 

「こ、こんなの訊いてないよ〜」

「致し方ないとは言え、足場が悪いからな」

「そ、そんな〜」

 

 鎖で繋がれた道なき道。足場は非常に悪く、縁だけに小幅はつま先くらいしかない。そこを、ケイン達は鎖に掴まりながら、なんとか進んでいた。

 その中で、足場の一部が崩れ、危うく滑落するところだったのである。

 まさに、装着していたアイゼンが幸をさしたと言ったどころだろう。体勢を持ち直したケインは、ふと視線を下に向け唾を飲む。

 

「運が良かったな、ケイン。だが、分かる通り油断は大敵だからな」

「い、言われなくても」

 

 珍しくJ.Oに励まされたはずなのに、恐怖が勝ってか、励まされた気にはなれなかった。

 しかも、唯一、必死に掴んでいる命綱――鎖。それすらも、いつ千切れるか分からないだけに、早くこの場を乗り切りたい。そんな焦りで頭がいっぱいだ。死と隣り合わせの中、再び歩き出す。

 暫く進む中、時折吹いてくる山風が、死神の囁きのように訊こえてきてやまない。

 その度に、脳裏に浮かぶ

 

 〝死″

 

 それを必死に振り払っていく。そうした中――

 

「副長……」

 

 レイナの声。その声と共に流れが止まる。

 

「な、なんだ⁉︎ 今度は?」

 

 動揺が走る。耳を澄ますと、ノブ公とレイナのやり取りが、風に乗って訊こえてきた。

 

「上の足場は此処よりも断然マシだがな」

「でも〜」

「ああ、分かる。飛び越えないと無理だな」

 

 (飛び越える?)

 

 そのキーワードに、嫌な予感が走る。

 

「正直、この体勢からでは……」

「まぁ、無理もないさ。なんなら、俺から先に飛び越えるから、あとはそちらから飛び越えてくれれば手助けは出来ると思う。だがな……」

「ん? ボク達にゃ?」

「そ、君たちには、ちと自力では困難そうだから、どうしたものかとね」

 

 言葉の先がオトモにも向けられた。そのことに訊かずにはいられなかったケインは、異議を申し立てる。

 

「な、な〜ノブ公さんだっけ? なんかさっきから飛び越えるとかどうとか言っているけど、まさか道が途絶えている訳じゃないよな? こんな状況で」

 

 すると、

 

「ご明察だよ。ケイン君」

 

 と即答。続けて、

 

「極端な話、道は途切れているんだな〜。これが」

 

 と素っ気なく返した。ますます嫌な予感が掻き立たされるケインは、すぐさま反論に転じた。

 

「え? な、何ぃ〜。じょ、冗談じゃないよ。ここまで連れてきておいて」

 

 ――とそこで

 

「おい! そんなに興奮するな! まずは落ち着けって」

 

 しかし、J.Oの制止も虚しく

 

「お、お、落ち着いてられかっよ」

 

 そしてそのまま、引き返そうとした。が、振り向きざま、目の前に誰もいないだけに、景色が開けており、そこで身の毛がよだつ恐怖が。

 

 ひぃ!

 

 小さな悲鳴を上げては、目力を入れ必死に鎖にしがみついた。

 

「ほら、言わんこっちゃない」

「う、うるせぇ〜」

 

 だが、それ以上は返す言葉が出なかった。

 

「副長、どうします?」

「ん〜……」

 

 方やノブ公とレイナの方では、先頭に立つノブ公が、何やら見上げては云々唸っている。他方、オトモ達もその様子が気になるらしい。

 

「とりあえず、先に登って様子を見てくる。合図はその後と言うことで」

「分かりました。……てな訳で、皆さん訊いたかどうか分かりませんが、副長、梯子の上の様子見てくるまで、待機だそうで〜す」

 

 余裕綽々なレイナの伝令。J.Oを除いて団員達は、直ぐに済むだろうと察していたこともあってか、意外と素直に了承した。

 

「こんな体勢でか! じょ、冗談じゃないよ」

「ったく、早くしろよな」

 

 ケインに続けてJ.Oまでもが、不満を露わにする。けれど、手早く登り切ったのだろうか。意外と早く、レイナからの伝令が。

 

「OKだそうです。皆さん、足場が途中で崩れているので気を付けて下さいね〜」

 

 その後、その言葉を皮切りに、列に流れが生まれた。

 

 そして――

 

 J.Oの前列にいるであろうミルク達の声が、訊こえてきた。背丈が高い彼だけあって前が良く見えないが――

 

「ミルク? それにジャムも」

「コイツらはとてもじゃないが、ここを飛べないからな。ほんじゃま、お前ら、良く掴まっていろよ」

 

 そう言うなり、2匹のオトモを両肩に乗せたまま、思いっきり梯子のある対岸へと跳躍した。

 ズシッ、と鈍い音を立てて着地。ようやく見えたのは、梯子のある対岸は、ギリギリだが2人ほど立てられるほどの広さがある足場であることを確認できた。

 梯子を二、三段登ったところで、ケインの方へと向く。

 

「次はお前だ! ケイン」

「お前だ、って言われてもな……」

 

 言うのは簡単。だが、こっちの身にもなってくれよ。そう言いたいのだ。

 ここから対岸までは、1m半から2m弱。その間は縁が崩れている訳であり、もしも、跳躍力が足らなかったらと思うと、ゾッとしてしまうのだ。

 必死に鎖に掴まり躊躇してしまうケインに、J.Oはわざとなのか。

 

「来ないなら置いてくぞー」

 

 と急かしてくる。

 

「置いてくぞー、て。あの豚頭、舐めやがって……」

 

 J.Oに対する怨嗟。いざと言う時に臆病になってしまう自分への怒り。目力を立て

 

 (ダメダメダメダメ、ダメだ‼︎ ここでビビってはダメだ……)

 

 そうやって鼓舞しまくる。そして、ようやく意を決して、カッと目を見開いては

 

 (こうなったら、ヤケクソ‼︎)

 

 刹那――

 

「うわ――‼︎」

 

 バッ!

 

 奇声を放つや、思いっきり踏み出した。

 

 ダンッ

 

 と着地。すぐさま梯子に手を片足を掛けた。――とその直後、

 

 うわっ!

 

 ガラガラガラガラ……

 

 突然、足場が崩落。バランスを崩し掛け、またもや危うく転落しそうになった。先程同様、心臓をバクつかせて青ざめる。

 

「危なかったな〜。大丈夫か?」

「もう、二度とごめんだ! こんなの」

 

 吐き捨てるようなセリフを残して、差し出された手を掴んでは鎖の梯子を登った。

 

 ところが――

 

 梯子の上は、これまた酷いものだった。

 

「な、なんだよ、これ! ここもかよ」

 

 アイゼンの歯を噛ませては平然と立っている皆の衆。その足元は、それはもう、ガッチガチな。ガチガチ、かつ、ツルッツルの氷面だった。

 鎖を縛る両側の杭を掴んでは、そんな氷結の足場に踏み出すのを躊躇ってしまう。

 

 〝一難去ってまた一難“

 

 そんな諺が当てはまるかのようなものに、ケインの緊張感は収まるところを見せない。

 

「な〜に、アイゼン履いているだろう? そんな極端に滑ることはないさ」

 

 気遣うつもりで述べた、ノブ公の言葉。半信半疑なケインは、顔を顰めた。顔色を伺うように恐る恐る氷面に踏み出し、そして、刃が氷面を抉るかのような感触を伴ってガッチリと刺さった。

 

「ほら、大丈夫だろう?」

「……」

 

 なんとも言えない。だが、小狼と目が合ってしまったケインは、けっ、と一言。強がりを見せた。

 

「へ、こ、こんなの大したことないな」

 

 けど、その両足は未だに震えていた。

 

 その後……

 

 ケイン達一行は、第一のフロストエッジを迂回して回った。やはりと言うべきか、ノブ公が言っていた通り、刃のような氷山の裏側には、もう一枚の鋭利な氷山が姿を見せていた。

 そして、更にである。更にその刃の裏側にも、もう一枚、フロストエッジが陰から顔を覗かせていた。

 迂回する氷結の稜線の先は、そのまま第二のフロストエッジへと直接続いており、道幅はそこまで狭くはなかった。とは言え、アイゼンを履いてなければ、まともに歩くことはおろか、滑って滑落しかねないリスクは充分にあったが……。

 ともかく、道の先は第二のフロストエッジまで続いており、そのまま迂回するルートを辿るように見える。

 そして、さっきまでと同じ目には、今のところ合わなさそうなだけに、足元を注意しながらでも、ケインはその点、一安心していた。

 

「どうした、ケイン?」

 

 そこで、ふと立ち止まっていたケインに、J.Oは気が付いて声を掛けた。

 

「いや、なんて言うかな……」

 

 その表情には、感慨深いものが滲み出ていたであろう。目の前の景色に堪能していた。

 それはここまで来るまでの間、その余韻に浸る余裕がなかっただけにだ。

 けれど、それも一時的。

 

「余韻に浸るのも良いが、とりあえず先を急ごうな。それに、最後のフロストエッジを越えれば、それ以上の景色も見られると思うぜ」

「え? それはどう言う……」

 

 振り向いてみれば、手元に地図が一瞬見え。閉じられたかと思えば、フロストエッジの方を見て

 

「それはお楽しみさ」

 

 その言葉だけを残した。

 

「楽しみ、楽しみ、ね〜」

 

 そこで、ノブ公の意図を呼んだレイナが、そう呟くと、ふふふ、と含みを持たせて笑みを見せるに留めた。

 

 (二人揃ってなんだよ〜)

 

 今以上のものがあると言うのだろうか。ケインは気になって仕方なかった。

 

 第二フロストエッジは、最初のフロストエッジほど難所と言う訳ではなかった。

 ただ、そこから見える最後のフロストエッジの迫力ある山体。そして、何より第二フロストエッジと最後のフロストエッジを繋ぐ山間において、雲が滝打つかのように流れる様は、絶景と言わんばかりの光景が広がっていた。

 

「こ、これは……」

 

 登山経験皆無なだけに、ケインは呆気に取られる始末。そこへ――

 

「感動するのも良いが、足元、気を付けろよ」

「あっ、う、うん……」

 

 J.Oの声に、ハッとして我に返る。

 

「もう少しだよ、ケイン君。俺が見せたいのは」

「お、おっさん……」

 

 その言葉を受け、意外だったらしく。軽く一回鼻で笑っては

 

「合って間もないのに、随分、気安く呼んでくれるんだね」

「そ、それは……」

 

 つい癖的に言ってしまった呼び捨てに言い返され、戸惑いを隠せない。

 一方、対するノブ公は、それには敢えて答えず、にんまりと笑みを見せては、前を向いて再び歩き出した。

 

 (やっちまったかな……)

 

 性格が災いしたような気がして、バツが悪くなってしまった。

 それから程なくして、ケイン達一行は第二フロストエッジと最後のフロストエッジの境目まで来た。

 目の前には、山風により流れる雲が。さらに、最初こそ遠くだったためあまり訊こえなかったが、今では、ゴ――‼︎ と暴風音が響き渡ってくる。

 けれど、通過するくらいなら問題ないみたい。この場所は地が氷結している訳ではなかったので、今まで以上に安全路。寧ろ、通過間際に吹き付ける風が、心地よいくらいだ。

 全身の肌で山風を浴びて、自ずとリフレッシュしていく。

 

 そして……。

 

 山間を抜けた後、とうとう最後のフロストエッジに入った一行。先頭を歩くノブ公は、いきなり早足で目的の場所辺りに着くと、こちらを振り向いた。

 巨大な氷山――フロストエッジの縁側に立つ彼の様。両腰に拳を当てた彼の姿は、威風堂々、勇ましい印象を抱かせる。

 

「ひとまず、一旦、この辺りで休もう。それと、ケイン君。俺が見せたかったのがここにある。まずはここに来たまえ。それからだ」

「来たまえって……」

 

 その自信ありそげな言葉に訝しむケイン。訝しみつつ、ゆっくりとした足取りで前列の団員達の間を縫った。

 ノブ公の側に立ち。それからケインは、彼が言いたいことを一目見て瞬時に理解した。

 

「どうだ? この景色は」

 

 もはや返す言葉すら出てこない。海のように広がる雲の絨毯に、その絨毯から点在するように顔を出す山々。

 そんな呆気に取られる光景は、まさしく一言で言い表すなら

 

 〝雲海″

 

 現実世界(リアル)ではないにしろ、その様な光景は、ケインの心を魅了の虜にするには充分であった。

 

「すげぇ〜……」

「な、凄いだろう。特にお前たちには、揃って見せたかったのさ」

「お前たち?」

 

 そのキーワードに引き連れられ、ケインはノブ公を見。そこで、彼の隣には、いつの間にかであろうか。憎き相手――小狼がいたのを目にする。

 敵対心が湧き立ち、

 

「て、てめぇ〜」

 

 と言いかけ、そこでケインは、その少年の眼に宿る何かを感じたのか。その込み上げてきた憎悪が、その瞬間、急速に萎んでいく感覚に襲われてしまった。

 まさに意気消沈。自分でも不思議ではあるが、そんな感じであった。

 そんな中、後からぞろぞろと団員達が歩み寄ってくる。

 

「どうだ? なかなかの絶景だろう?」

「ん〜、感慨深いね」

「素敵だにゃ、この景色は」

 

 ノブ公の言葉に、J.Oとミルクが口々に感想を。他の者たちも、各々な形で魅入った。

 そうした中、

 

「さてと……」

 

 みんなが景色に夢中になっている間、ノブ公は一人、雲海を見渡しつつ、ケイン側()の方へと向いた。一方、彼の仕草に気付いてから、小狼とケインも揃ってそちらへと向く。

 遠方に山脈が連なるのが見え、そして、今いるフロストエッジにおいて、天井が反り返り、半円のアーチを思わせる様な氷壁。曲がりくねるその中を潜っていく先には、開けたスペース。ノブ公曰く、休憩スペースとやらが見え隠れしていた。

 さらに、そのスペースはこことは違い、見た感じ、地面が積雪で覆われており、氷結してないようにさえ見える。

 そのこともあってか、

 

「な〜、お前ら。やっぱりここじゃぁなんだから、ひとまずあそこまで行こう。小休を挟むのは、それからがいい」

 

 と軽く指を指して呼び掛け、一同は示した方へと向いた。

 

 場所を代えても、見える景色は大して変わらなかった。いや、それ以上に、寛ぎながら景色を堪能できるだけあって、すっかりと心が和んでしまっていた。

 

 〝いつまでもここにいたい″

 

 そんな風に思わされてしまい、自身の抱える憎しみや悲しみ、怒りと言うものは、小さなものでしかないことを悟らされてしまう。

 

「……悪かったよ」

「え?」

「悪かったって、当たり散らしてしまってな」

 

 それは無理して言っているわけではなかった。寧ろ自然に発せられた言葉。それだけに、自分でも不思議な一言だった。

 顔を見てるわけではないが、さっきの反応からきっと驚いているだろう。しかし、そんなことはどうでもよかった。

 流れる雲海をぼんやりと眺めながら、独り言の様に心中を吐露し始めた。

 

「ほんとは頭では分かっていたんだ。お前のせいでユウトを死なせてしまった訳ではないことを。でも、……でもな、ここが許せなかったんだ。ここが」

 

 そう言いながら、握り拳を当てたのは、胸。心臓を示すそこは、まさしく心のことを意味していた。

 

「だからさ。本当に――、っ!」

 

 小狼の方へと向いたケインは、そこで彼の人差し指が自分の口元を遮るかの様に突き出されたのを見た。

 さらに首を横に振り、そして、チャット機能を表示する。のだが、そこで指先が躊躇った。

 ゆっくりと目を閉じて、落ち着かせる仕草を見せるや、チャット機能を閉じ、自らの言葉で語りかけてきた。

 

「ぼ、僕こそ。ごめん、……ケインさん」

 

 その言葉に意外性を感じたのか、ケインの瞳は大きく見開かれた。

 

「しゃ、小狼……」

 

 珍しいとは、まさにこの事だろう。今まで面と向かって話す時なんて、ほぼなかったからだ。それも、ケインとのやり取りにおいては。

 一方、かなり緊張しているのか。小狼の口元は小刻みに震えていた。

 

「自分で分かっていたんだ、人見知りだってことを。ただ、それが認めたくなくて、そこを指摘されるのが怖くて。でも、畑違いとは言え、ケインさんも親友失っているだけに、辛いし、それが自分のせいかもしれない。そんな罪悪感もあった。だから――」

「いいよ」

「え?」

「だから、もう、いいって。それ以上、語らなくても。ようするに、お互い様、だろう」

「ケインさん……」

 

 そこで、軽く鼻で笑うと、ケインは小狼の両肩に手を置いた。置いては、笑みを浮かべ励ます。

 

「な〜に、しょげてんだよ」

「だって、親友を失うきっかけになったのは、僕の――」

 

 今度は逆だった。人差し指を立てては、ケインが小狼の言葉を遮る。

 

「もう、その話はよせ。それに、俺もふと思ったんだ。もしかして、生きているんじゃないかって。実際、くたばったところ見てない訳だし」

 

 (我ながら、前向きに物事を考えられるんだなぁ)

 

 自分で喋ったことに、不思議と驚いていた。一方、途方に暮れる小狼は、一言。

 

「ケインさん……」

「ケイン、でいいよ。ケインで。その代わり――」

 

 と腕を差し出しては、

 

「無事に麓まで辿り着けたら、一緒に探すの手伝ってくれよ。約束だから」

「……うん!」

 

 その瞬間、ほんの僅かだけど、お互いに絆が結ばれた様な気がした。

 

 

 

 

 目の前に吊り橋があった。それも氷結した鎖で繋がれた吊り橋で、濃霧の川が流れる渓谷を繋ぐ一本橋でもあった。

 しかし、ガチガチに凍てついた鎖は、柔軟性を失っている様にも見えて、渡っている最中、何が起きるか分からないのが実情である。

 けれど、これだけは言えた。フロストエッジから抜け出す道標であることを。

 

 ガシャガシャガシャ……

 

 J.Oが素手で鎖を揺らして、悪戯半分に強度とやらを確かめた。

 

「なんか、脆そうな感じもしなくはないな……」

「おいおい、縁起でもないことを言うなよ」

「だってよ……」

 

 するとそこで

 

「いや、彼の言っていることは、私も同意見に近い考えだよ、ケイン君」

「お、おっさんもかい!」

「ん〜、正式に入団しているわけではないが、おっさんと言われるのは、ちっとな〜」

 

 すると、小凛がズバッと。

 

「見た感じ、オッサンアルネ。前々から思っていたけど」

「うぐっ! 小凛まで……」

 

 すると、にこやかにレイナは、ノブ公の肩にそっと手を置き

 

「ま〜、ま〜。いいじゃないですか? 副長さん。それだけ、頼りにされているんだし」

「れ、レイナさんまでも……」

 

 周りから言われることに、歯痒い表情をした。けど、気を取り直し、この場は副長らしく仕切った。

 

「と、ともかく、ここを渡らないことには変わりはない。だが、気をつけて行けよ。……そうだな〜、まず、手始めに俺から行こうか」

 

 だが、

 

「……」

 

 の反応。

 

「な、何だよ。みんながして」

 

 すると、レイナが率先して、皆の気持ちを代弁してきた。

 

「だって、ね〜」

 

 続けて

 

「まぁ、毒味は隊長から、と言うし」

 

 とJ.O。

 

「な、なんなんだ。その諺もどきは。それに、心配じゃないのかよ?」

 

 ――とそこで、すかさずレイナがフォロー。不安になりそうなノブ公にそっと寄り添い、魅力を持ってして囁いた。

 

「それは〜、心配してますよ。たっぷりと」

「た、たっぷりと、って……」

 

 二人の馴れ合いを見て、小凛は思わず白け顔。他の皆の冷めた目線がノブ公に集中し、歪な雰囲気を醸し出す。

 ただ、ケインだけ。ケインだけは、レイナのその艶かしいその態度・改めて見る美貌に、ゴクリッ、と唾を飲み込み、

 

 (う、羨ましいぜ。ったくよ〜)

 

 とかなんとか、性欲を激らせてしまった。

 掬えばサラサラの撓んだ髪を滑らかせるレイナに、戸惑いを隠せないノブ公の構図。戸惑った末に、

 

「わ、分かった、分かったよ。とりあえずレイナさん、離れてくれないか?」

「分かったわ。でも、言い出したからにはお願いね」

「はいはい。……ったくも〜、どいつもこいつも……」

 

 そして、振り向き様に一同を一瞥するや、早速、吊り橋へと踏み出した。

 ――とその時、

 

 バキンッ‼︎

 

 どわ〜わ⁉︎

 

 突如として、橋板が割れたのであった。そのことに危うく転落し掛けたノブ公。それを見て、J.Oは吐き捨てる様に呟いた。

 

「ちっ、やっぱ腐ってやがったんか」

 

 と。続けて

 

「ゆ、油断大敵アルネ」

「危険だにゃ、危険」

 

 などなど、他の者も口々に事の重大さに不安感を抱いた。

 

「我ながら、……情けない」

 

 自分で言っておきながら、自身の不甲斐なさを呪う。宙ぶらりんの片足を引き抜いた後、気を引き締めて挑む。

 一方、ノブ公が試し渡りをしている間、ケインは合間の時間を割いて訊いてみたいことがあった。

 

「な〜」

「ん? なんだ?」

「いや、なんて言うかな……」

 

 それは、言葉ではなかなか表現し難いものがあった。と言うのも、普段、思ったことをすぐ口にしてしまう性格ではあるが、今回はどう言うことか口が籠り、結果、しどろもどろになってしまうのだ。

 そう言う訳であり、遠回し的に――

 

「大丈夫かなぁ、と思ってな」

 

 と水臭い感じに言ってしまう。対してJ.Oはと言うと、その意図が気になったのか

 

「何が? だ」

 

 とこちらに向く。

 ケインとしては、不安である反面、こんな事、言っていいのか葛藤してしまう。

 だからだろう。なんとか当たり障りのない様、さらに遠回しに訊いてみた。

 

「いや、崩れないかな〜、と心配でな」

 

 すると、J.Oは

 

「なんだ、その事かよ。大丈夫に決まっているだろう。第一、おっさんが渡って行けてる訳だし」

 

 しかし、ケインは

 

「いや、その事を聞いている訳じゃないんだな」

「じゃあ、なんだって言うんだよ?」

 

 やや詰め寄る様に迫るJ.O。流石に遠回し的に言っても仕方ない。もう、こうなったらと思い、はっきりと述べた。

 

「……だからさ、オンボロだけに崩れないかと思ってな。あんたが渡った事で」

 

 途端、それを訊いて

 

「な⁉︎」

 

 今度はJ.Oが言葉に詰まらした。恐らく、その意図を察したのだろう。ガタイがデカイだけに、彼の体重で橋が崩れないのだろうかと言うことを。

 言ったからには、このまま開き直っては捲し立てる。

 

「だ、だってそうだろう? ただでさえガタが来ている橋なんだ。あんたが最後に渡る様な事をしないと、保たないかと――」

「て、てめぇ〜」

「え?」

 

 その瞬間、嫌な予感が脳裏をかすめた。それもそのはず、彼の両拳が強く握られ、見る見る全身戦慄きだすだけにだ。そして、、振り被ったグーが

 

「言っていい事と悪いことがあるじゃないか――‼︎」

 

 と叫ぶや

 

 バゴ――ン‼︎

 

 ぐはっ!

 

 顔面クリーンヒット。勢いが勢いだけに、J.Oの逆鱗に触れてしまったケインは吹き飛んだ。

 

「な、なになに⁉︎」

「な、なんなんアルネ?」

 

 二人の騒ぎに驚いた一同が、こちらに注目する。だが、脇目も振らないJ.Oは、吹き飛んだケインに向かって、息を荒げ語気を強めた。

 

「言っていいこと、……はぁ、はぁ、……と、悪いこと、……はぁ、あるじゃないか。この俺様の体重で橋が崩れる? ば、バカにするのも、いい加減にしろや! ましてや、このレディー――、はっ!」

 

 言ったそばから、瞬間、言葉を詰まらせた。それはまさに、タブー用語であるかの様にだ。

 それもそのはず。時すでに遅しと、ケインが聞き捨てならない用語(キーワード)に、赤くなった頬をスリスリしながら噛み付く。

 

「レディー? ……っ! ま、まさか、お前――」

「う、うるさい‼︎ お、俺は男だ! んな訳あるか!」

「だって、さっき自分でレディーとか、なんとか」

 

 しかし、

 

「黙れ‼︎ 男だと言ったら男だ! 以上でも以下でもない!」

 

 とそこで、揶揄うようにレイナが一言。

 

「J.Oちゃん」

「だ、だ、だ、黙れ‼︎ 黙れと言ったら黙れってんだ!」

 

 もはや収集がつかない気が。暴走し出した、彼? は、そのままその場から逃れるべく、未だになんとか橋を渡ろうとしているノブ公の方へ。

 

「う、うわ――‼︎」

 

 と喚き散らすや否や

 

「ちょ、ちょ、ちょ、お、おい!」

 

 ケインの制止を振り切り、そのままオンボロの吊り橋へと突っ込んだ。

 脇目も振らずに駆け、吊り橋は大きく揺れまくり、その度に橋板をバキバキと割っていく。その様たるや、まさにドスファンゴの猪突猛進が如くにだ。

 尋常じゃない揺れに、ようやく半分ほど渡り切っていたノブ公も、これには驚きを隠せない。

 

「な、な、なんだ⁉︎ 一体」

 

 そして、慌てて鎖にしがみつき、後方を振り返る。と、そこで錯乱するJ.Oを目撃。

 

「J、J.O⁉︎ た、た、タンマ! お、落ち着けー!」

 

 だが、

 

「あ――‼︎」

 

 彼の制止すら耳に入らず。その間、激しく揺れまくる吊り橋を支える鎖は、遂に耐えかね――

 

 ブチッ!

 

 ブチッ!

 

 ブチブチブチ……

 

「このままでは、吊り橋が崩壊するにゃー‼︎」

「落ち着け! J.O ――‼︎」

「J.Oちゃ〜ん!」

 

 皆が懸命に呼び止める中、無常にも、次から次へと橋を支える鎖は切断されていった。

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