惰性で左右に揺れる吊り橋の果て、対岸から第一声が放たれた。
「見たか、ケイン?? 俺が渡ったところで、問題なかっただろうがー??」
揺れに必死に堪えようとしているノブ公を他所に、J.Oは自慢げな態度を見せびらかした。
「問題なかった、て、こっちはこれから渡らないと行けないのに、一体、どうするんだよ? こんなにしてさ?」
そう漏らすケインは、J.Oが突っ走った吊り橋を見て、ただただため息を漏らした。
それもそのはず。彼が強引に渡った吊り橋は、所かしこに支える鎖がちぎれては、橋板が割れまくり。まさにボロボロ状態と言わんばかりに、まともに通れるかどうかの瀬戸際に陥っていた。
それは、下手すると、渡っている最中に崩落。そんなリスクをさらに高めることにも直結していた。
「ったく?、無茶な事をしやがって」
「大丈夫ですぅ?? 副長さ?ん!」
「ああ、なんとかな。危うく落ちそうになったけど」
「にしても、
すると、勝手ながら決めつけるケインに向かって、真顔で指摘。
「それは、分からないですわよ?。ケインさん」
「レイナさん」
「人は見かけでは分かりませんからね。それに、まだ、素顔を見たわけではありませんから」
と人差し指を立てながら、にこやかに否定した。対して、キョトンとするケインは、ここで反論。
「え? だってさっき、J.Oちゃん、って……」
「え?と、それは――」
答えに詰まったのだろうか。上の空で、甘い唇に人差し指を近付けた。
するとそこで、割り込む様に小凛が、指を指しながら言う。
「あ、なんとか辿り着けたみたいアルネ。おっさん」
え?
思わず、レイナと揃って、そちらを向く。
一方、対岸には、手を振っているノブ公。対面するJ.O、二人の姿がいた。
けれど、この後、渡るにしてもどうしたものか? ケインはミルク達、オトモの方へ向きながら難しい表情を見せた。
一方、それを察したかどうか分からないが、ブレッドはメガネのブリッジに猫手を宛てがう。
「思うに、このようになってしまったからには、自力で渡るにはなかなか難しいものがあるにゃ。レイナさん達、お願いしてもいいかにゃ?」
「別に私はいいですけど……」
そして、小凛の方へと向き、対して彼女は
「私も問題ないアル。小狼は?」
「僕も同じく」
「ノープロブレムだな、俺も」
それぞれOKサインを出す。しかし、他方でミルク達3匹は、反応が違ったみたいだ。
「バター達もそうしようにゃ。きっとその方が安全だしにゃ」
提案するブレットに、
「ボクは遠慮するにゃ。それに、元々、一応ネコだし。なんとかなると思うにゃ」
「み、ミルク……」
続けて、ジャムもバターも、
「頼るまでもにゃいかと」
「同じく」
口々に自信を見せた。
「で、でも?」
とそこで
「ま?、良いじゃないの。3匹とも問題ないと公言してる訳だし」
「そ、そうなのかにゃ? で、でも。あの惨状ですにゃ。いくらなんでも」
「いくらなんでも?」
「……」
それ以上は、答えようがないのか。そう押し黙ってしまった。代わりに、バターが言う。
「元々、運動音痴なんだから、ここは無理しなくても良いんじゃないかにゃ」
「っ! し、失敬な。別に、こんな橋を渡るくらい……」
バターの挑発に、ブレットは弱みを見せまいと強気に出た。だけど、それに反し、皮肉にもその瞳には、自信がない様に写っていた。
そこをレイナは見逃さなかった。
「別に無理しなくてもいいのよ、ブレット君。それに、何より危険なことには変わらないですし」
「しかし、だにゃ……」
そこで、悩めるブレットはオトモ達の顔触れを見渡し、そして、何かを悟ったらしい。怒りを鎮め、軽くため息を。
「分かったにゃ」
続けて
「レイナさん。ここは一つ、……お願いしてもいいですかにゃ?」
「はい、私でよければ」
と了承。その場でしゃがみ込んだ彼女の肩の上へと、ブレットはよじ登った。
ボロボロの一直線を意に介さず、ミルク、バター、ジャムは、軽快に渡って行く。
その後を、大きく間隔を空けながら、ブレット&レイナ、小凛、小狼、ケインが続けて慎重に渡って行く。
ギシギシ、と軋む音を奏でては、氷片が、パラパラパラ……、と幾らばかりか落ち、ケイン達は頼りない鎖伝いに踏み出して行く。
そんな緊張感からなのだろう。いつ、割れてもおかしくない橋板に神経を尖らしていた。
その中で、レイナは足を止めた。
「どうしたアルネ?」
「な、なんだ?」
「?」
急に足を止めたことに、後ろの3人は各々反応を見せる。
「いや?ね、感心しちゃって」
「え?」
「だから、ほらね。オトモ達はまだしも、J.Oさんなんか意に介すまでもなく突っ走れたから、凄いな?と」
「それって、ただ単に無鉄砲なんじゃないアルカ? 命知らずの」
「あら、そうかしら? 少なくとも、私は違う気がするけど」
「で、でも、流石にいくらなんでも――」
とそこで
「おーい?? 取り込み中悪いけど、そんなところでだべられても――」
「あ、そうでしたわね。私ったら……。さぁ、急ぎましょぅ」
ケインの一声。我に返ったレイナは、再び歩き出し、また、小凛も続けて歩き出した。
ブレットを除いてオトモ達が渡り切った後、やや遅れて小凛も対岸にたどり着いた。
橋の真ん中を越えた先は、そこまで橋板は朽ちているわけではない模様。先程までとは違い、軋む様な音はあまりしなかった。
残りは小狼とケイン。特にケインとしては、こんな危なっかしい吊り橋を、一刻も早く渡り切りたい。
そればかりが脳内を占めていき、それが対岸に近づけば近づくほど、焦りとなってますます滲み出てきていた。
そうした最中、突如として吊り橋が大きく傾いた。それはもう、いきなり45度に。
「な?? ……くっ」
「――っ! 小狼??」
「小僧ー?? ケイーン??」
咄嗟に鎖に掴まり、小狼も危うく落ちかけ。小凛とJ.Oの心配の声が、ほぼ同時に訊こえてきた。
「な、何が?」
なんとか鎖をよじ登り、すぐさま足場を確保、来た道を振り返った。
すると、なんてこどだろうか。吊り橋の両杭の内の一本、抜けていたのだ。
いや……。
実際には、抜けていると言うよりか、根本を残して裂けてしまっている。その表現が適切。そう言わんばかりの有様になっていたのである。
直感的にだが、主な原因はアレ(暴走したJ.Oによる強行突破)しかないと思った。だが、この窮地、そんなことなんて、もはやどうでもよかった。
それよりも
「だ、大丈夫か? 小狼」
「う、うん。な、なんとか……」
同じく鎖に掴まる小狼を見て、ひとまず安堵する。
(とは言え、どうしたものか……)
ふと谷底を見れば、濃霧の川があり。底がハッキリしないだけに、恐怖心を掻き立てられる。
このまま鎖伝いに、対岸まで渡って行きたいところであるが……。
現状、未だに刺さっている片側の杭。もし、裂けた杭と同状態なら、それがいつ裂けるが分からない以上、下手に移動することはできなかった。
「ケイン……」
情けない声が、風に乗って微かに訊こえてくる。
(考えろ! 考えるんだ……)
恐怖でパニックになるのを必死に抑えて、思考を巡らす。そうした中、対岸から
「もう、見てられない。今、助けに行くアル!」
これ以上、看過できなかった小凛が、前のめりになった。だが、すかさず――
「来ちゃダメだー?? シャオネー!」
「っ!」
「小狼……」
珍しく声を張り上げ牽制する彼に、ケインは意外性を垣間見た。彼自身も現状を分かっていたのだろう。その威勢には、姉を思っての必死さが、ひしひしと伝わってきた。
「どうする? どするにゃ」
「な、何かいい手を」
ノブ公に抑えられつつも、感情に先走る小凛。そして、あれこれと方法を考えては、アタフタするオトモ達。両腕を組んで思索に耽るJ.O。
対岸では、各々が必死に現状打破に向け、躍起になっていた。
(このままでは、ジリ貧も……)
ともかく、なんとかして向こう岸に行かなければならない。チラチラと杭の状態を警戒しつつ、輪をかけて慎重に鎖を伝って動き始めた。
ガシャリガシャリ、と鎖が擦れる音を奏でては、一歩一歩、前進して行く。一方、小狼は、威勢を張ったものの、怖さのあまりか、そこから動けないでいた。
「大丈夫か?」
ようやく彼の近くまで来る。
「だ、大丈夫……」
しかし、言葉とは裏腹。正直な全身は、本能のまま強張っていた。
「無理するなって。それに俺も怖いんだ」
自覚はしている。なにせ、鎖を握っている拳からは、酷いくらい震えが止まらないからだ。
「よ、よくここまで……」
「んな訳ないだろう。必死だよ、俺も。だから、一緒にこの難局を越えよう」
「う、うん……」
「なんとか、前へ踏み出せそうか? 俺が支えてやるから」
隣に寄り添ったケインは、彼の
「あ、ありがとう」
「礼を言うのは後でいい。ほら、行けそうか?」
「な、なんとか……」
ケインの協力もあって、なんとか鎖伝いに動き始めた。
一歩、一歩、また、一歩……。
踏み出すと共に、ケインも歩調を合わせて前へ前へと歩んでいく。
「もう少し、もう少しだにゃ」
「頑張れにゃー!」
お供の声援が、僅かに勇気を与えてくれる。
「あと少し……」
ようやく対岸まで辿り着けそう。伸ばせば手が届く。そこまで来た。
――とその時、後方から抜ける様な音が。同時に、片側の支えを失った吊り橋は、そのまま急降下し出す。
バランスを崩した小狼は、一言。
あっ!
その瞬間を見た小凛とJ.Oは、揃って
「っ! 小狼――??」「小僧ぉー?? ケイ――ン??」
叫び声が木霊する中、振り子を描く様に勢いよく橋は崩れ、
バンッ!
崖に叩きつけられる。さらに、その反動をモロに受けた小狼は、投げ出され落下。
「うわ――??」
だが、
くっ
ガシッ??
まさに間一髪、落下する彼の腕を、ケインは掴んだ。瞬間、小柄とは言え、グッと掴んだ左腕に小狼の体重がのしかかる。
「あ、ありがとう、ケインさん」
「お、重い……。だが、ギリギリセーフやな」
しかし、とは言ったものの、鎖を掴んだ右手はズルズルと滑っていき、このままではそちらの手も滑るのは時間の問題。このまま、二人とも自滅するのは火を見るよりか明らかだった。
「ケインさん、腕!」
「分かってる。分かっているって、そんなこと。それより今、なんとか引き上げるからな」
宙ぶらりんの小狼を引き上げようと、大きく息を吸い込み気合いを充填。
「せーのー??」
ヴぁああああ――??
だが、気合いを放つや虚しく
ズルッ!
くっ、
掴んだ手が滑り、肝心の力が空振りになった。
(くっ、こんな時にスベスベしやがってからに……)
まさに、絶対絶命。引き上げるところか、力を入れる度、滑りまくる始末。手に負えなくなっていた。
歯を食いしばるケインに、現状を悟った小狼が諦めの声を漏らす。
「もう、いいよ。ケインさん」
「え?」
「だから、もういいって。このままじゃあ、二人とも助からないからさ」
「な、何言っているんだよ。こんな時に」
「だから、さ。ね、分かるでしょ? いくらなんでも――」
とそこで、ケインは堰を切ったように檄を飛ばした。
「ば、バカやろうー?? ふざけんな! 絶対、絶対に死なせる訳ないだろうが! こんなところで」
「ケインさん……」
「お前がくたばっちまったら、折角の約束、台無しになっちまうだろうがー」
「じゃあ……」
それに答えるまでもなく、鎖を握った右拳に。小狼を握った左腕に、限界を越えんばかりの力を込め
ぬぉおおおお――??
猛る気合いを放つや、無理矢理引き上げて行く。
(もう、二度と友を失ってたまるか!)
そんな熱き想いを胸に抱いて。そして――
「小狼!」
「っ!」
鎖に手が届く位置。すっかり呆けていた彼は、ケインの声で我に返るや、すかさず鎖を握って足場を確保した。
「あ、ありがとうケインさん……」
「はあ、はあ、どうも。……はあ、はあ、あと、ケインさんじゃなくて、ケインで結構だぜ」
「ありがとう、ケイン」
ふんっ
鼻で返事しては、軽く笑みを見せた。他方、対岸にいた小凛達は、間一髪、助かったことに腰を抜かす思いで、ひとまず安心したようであった。
その後、無事に崩壊した吊り橋を渡り切ったケインと小狼は、小休を一旦挟んだ後、ノブ公達と共に下山を再開。その際、振り向いたケインは、悲喜こもごもがあったフロストエッジを拝み、その場を去った。
「以上で、報告会は終わり。解散!」
緊迫した会議室が、その第一声によって掻き消された。
ガタガタガタ……
椅子の擦れる音が、室内に広がる。皆の表情は険しい。それもそのはず、何もこれと言って良い報告がなかったからだ。
しかし、そんな佐々木龍でも、この難事件を前にしては手も足も出ないでいた。
そう、難事件……。
それは意識するまでもない。あの忌々しい(MHA・Oの)デスゲーム事件のことを指していた。
先程、佐々木龍自身も報告をした。そして、その報告もまた、事件解決の手掛かりとなるような内容ではなかった。
(一体、なぜ
そればかりが、頭から離れられない始末である。
外部干渉された痕跡なし、プログラミングエラーの形跡もなし。かと言って、最新の手口も、世界最強のセキュリティを前にしてその痕跡も皆無。
まさに、内部から。それも、ゲームマスター自身がまるで自我を持ってしまったかのような錯覚を抱いてしまうのだ。
は?
落胆からか、ふと、ため息が漏れた。
「さて、帰るか……」
閑散とした室内に取り残された佐々木龍は、そこで重い腰を上げた。そして、不意に予感を抱いた。いつもながら、何か得体の知れない予感を抱いた際は、決まってコレであった。
ポッケから取り出したるは、なんと!
〝キシリトール缶″
それも、多種類のフルーツがミックスされた、フルーツキシリトール缶だった。
何気なく絵柄を見つめては、
シャカ、シャカ、シャカ、シャカ、……
何回か振って、掌に一粒のキシリトールを吐き出す。そして、赤粒のキシリトールを口にしては、味を確かめた。
「イチゴ味……」
〝キシリトール占い″と言うべきか。この味を持ってして、佐々木龍は得体の知れない予感を占った。
「出会い、の予感と来たか」
これから起こるであろう予感を胸に、缶をしまい、にさげ鞄を肩にかけた。
廊下に出ると、二人の男女が話し込んでいるのを見かけた。
こちらを向いている一人は、60代半ばではあるものの、黒コートに眼鏡をかけては紳士的な風貌を称え。もう一人は、こちらに背を向けてはいるが、見るからに女性であった。
そして、パッと見た印象で思う。
(警視庁の人間だろうか? しかも、こんなところで何を?)
と。
しかし、そんな疑問はさて置き。どのみち、自分とは関係ないだろう。そう捉え、気にも止めず、そのまま帰ろうと二人に背を向けた。
けれど、何歩か歩いたところで、いきなり後ろから呼び止められた。
「ちょっと失礼、そこのあなた」
え?
意表を突かれたかのように、思わず振り向く。
「そ、そこのあなた」
やや声が掠れてはいたが、声の主である先程の紳士が近付いてきた。
「失礼ですけど、佐々木龍さんですよね? ICPO・サイバーテロ対策課刑事の」
「そ、そうですけど……」
「私、こう言うものなんです」
そう言うや、コート内側のポケットから皮財布を。そこから、一枚の名刺が取り出された。そのまま片手で手渡され、その紙切れにはこう記載されていたのを確認する。
〝警視庁特命係
と。
「警視庁特命係?」
「ええ、そうです」
とそこで、先程の女性が隣に出ると、その受け答えを繋ぎ足すように補足してきた。
「そして、私が同部署の片桐日向です」
そう言うや、軽く会釈するに留めた。
「なるほどですね?。……で、それで、お二人は私に何か用でも? てか、なぜ、私のことをご存知なのです? ICPO所属メンバーは、通常、非公開のはずですが……」
すると、人差し指を立てた冠木堅は、
「ああ……、それはですね。予め、あなたの身辺調査も含めて――」
――とそこで、慌てた片桐日向が、
「ちょちょちょちょっと!」
とか何とか言って、彼の口元に手をかざして言葉を遮った。続けて、こちらを誤魔化すように弁解する。
「あーと、そこは気にしないで下さいね」
「え?」
流石にキョトンとする。しかし、その傍ら、片桐日向は冠木堅の袖をクイクイと引っ張った。掌を翳して
「ちょっと失礼」
そして、二人だけの密談が始まった。とは言っても、耳を澄ませば、嫌でも訊こえてしまうが……。
棒立ちしてしまう手前、
「ダメではないですか、先輩。いくら詮索癖があるとは言え、初対面の方を相手に、いきなりあんな事を言っては」
「ま?、いいじゃないか。別にこれと言って悪用するわけではあるまいし……」
「ダメです。下手するも何も、プライバシーの侵害ではないですか? 相手の素性を知りたいがために、ICPOのリストデータに無断でアクセスするなんて」
(無断でアクセス?)
そこで、聞き捨てならない
「無断とは失礼な。私はこれでも、キチンと先方から許可を得たんですよ。今度会う方の情報を知りたいと」
「で、ですが……」
そこで、なんとか割り込むタイミングを見つけ
「あ、あの……、無断でアクセスって、どう言う……」
すると、ハッとなった片桐日向は、慌ててこちらを向いた。
「な、ななななんでもないです。これは別件のことなので」
「別件?」
果たして、どうなのかやら。先程の会話から察するに、とてもそのようには訊こえなかったが。
一方、冠木堅は、ゆったりとこちらへ振り向くと
「これは失敬。えーと、ですね。こちらからの用件、用件でしたよね」
とか言って、あたかも先程の意味深な会話なんかなかったかのように振る舞った。このことにより、真意は定かでは無く。しかし、かと言って、これ以上は詮索しづらく。
「あ、あの……」
と言葉を詰まらせる始末。結局、このことにより、敢えて目を瞑りざるを得なくなってしまった。
続けて冠木堅は、言葉を詰まらせるこちらのことなんか気には留めず。早速、本題に入った。
「実は、オタクもご存知かも知れませんが、デスゲームの件で伺いたくですね」
「で、デスゲームの? は、はい、それなら何でも。先程、報告会もしていたので」
と仕方なく、頭を切り替えた。切り替えて、
(もしかして、何か進展でもあるのでは?)
そんな無根拠を前にして、何故か期待してしまう。
「それはよかったです。なら、こちらからも情報提供できそうですね。安心しました。……んーと、立ち話もアレですから、ひとまず場所を変えましょうか?」
その後、彼の提案で、とある喫茶店へと足を運んだ。
目黒区の一画、そこに例の喫茶店とやらがあった。店名は、〝ギルドカフェ″。大通りから逸れた路地裏にて、静かに開店していた。
チリン、チリン、チリン、……
「いらっしゃいませ?」
鈴りんが鳴り、店員が出迎える。前に立つ冠木堅は、ここで待つよう告げると、カウンターへと向かった。その間、佐々木龍は、店内の雰囲気に心を馳せる。
「もしかして、初めてですか?」
「ま、まぁ?。あまり、こう言った喫茶店に来ることはないので」
「そうですか」
「オタクは、ここには?」
「ん?、あれこれ何回か。先輩と仕事外で雑談する時とかで」
「なるほどね?。……ん?」
(VRルーム? この店、もしかして、ネカフェなのか?)
カウンターを横目に、とあるゲームコーナーを目にした。だが、入り口側にて、
〝現在、営業中止″
の掛け札が施されており、やっていないことを知らしめていた。それもそのはず、カーテンで仕切ってはいるが、中は物静かな様子を称えている。
そんな佐々木龍に、片桐日向は説明する。
「ここ、今は単なる喫茶店しかやっていませんが、前はネカフェをやっていたんですよね」
「やめた要因は、やはり……」
「はい、ご存知の通りかと。あの
「ふ?ん」
とここで、手続きが終わったのか、冠木堅は振り返った。
「更新で手こずりましたが、お待たせしました」
「では、行きましょうか?」
うん、と頷き、それから二人に手招きされ奥へと入った。
窓際、向かい合う4人テーブル。周りは木製版の囲いで仕切られた、いわば個室もどき。そんな席で、彼らは向かい合っていた。
当然、重要な話をこれからする訳であり、外から中が見えないよう入り口と窓際のカーテンは閉めていた。
やや薄暗いことから店内独特の雰囲気が際立ち、それを満喫していた中、シャー、と入り口カーテンが開いては、ウェイトレスが現れ
「4人前、お持ち致しました」
先程注文したコーヒーが出された。出された手前、淹れ立てのコーヒーの薫りを嗅いでは、それから一口啜る。
その中で、テーブル上で指同士を重ねるように組んでいた冠木堅は、落ち着き払って先に話題を切り出した。
「え?、どこから言い出すべきか。まずは信頼関係の構築と言う前提で、我々から情報提供しましょうか?」
(その方が助かるかも)
ふと思った事で、手にしていたカップを置く。
「そうですね、先に提供して頂けると」
「分かりました」
そして、懐からスマホを取り出すと、何回かタップやらスライドを交互に繰り出し。それを経た後、
「佐々木さんもご存知かも知れませんが、一応、確認の意味を込めて。……この事件のことは知っていますか? AE支社の」
質問を投げかけ、その画面を見せるようにテーブル上に置いた。見出しには、大々的に火災事件のことが記載され、ついでに、その時の映像が掲載されている。
それを見ながら、
「もちろん知ってますよ。あの社員寮での火災事件ですよね?」
「そうです」
「ですが、一応言っときますけど、あの事件と今回のデスゲーム事件との因果関係なんて……。そもそも、その火災事件の方は、一社員の焼身自殺として結論が出ている訳だし、関連性がない気もしますが」
と冠木堅の意図を察してか、そこは両事件とは全くの別物だとして否定的に答えた。
しかし、相手側の見方は少し違っていたようだ。今度は隣席の片桐日向が、それについて持論を展開する。
「ええ、仰る通り。話が早くて助かります。……確かに、今回のデスゲーム事件と火災事件との因果関係は、当初、ないと考えていました。ですが、時間が経つにつれ、先輩と同様、妙に違和感を抱き始めたんですよね」
「違和感? と言うと」
とやや首を傾げる。すると、今度は彼女の隣の冠木堅が、事の具体性を語る。
「ようは、タイミングです。火災事件があった日と被るんですよ、デスゲーム事件当日と」
(被る? だと……)
ん?。
そこで、試しに振り返ってみた。確かデスゲーム事件があった日は、ゲームが正式リリースされた日――去年の7月だったような気が。そして、火災事件が起きた日も、同じく……。
けれど、それ以上は記憶が曖昧だった。そのことを踏まえて、念のためにスマホを持ち出した。
手帳代わりにも使っているメモアプリを開いては、時系列を遡っていき――
「確かに。そう言われて確認しましたが、デスゲーム事件が起きた当時、7月1日。そして、同日で火災事件が起きたことは間違いないようですね」
と記憶の補完を担った。
「でしょ?」
と冠木堅。
「で、ですが、いくらなんでも考え過ぎでは――」
だが、他にもあるのだろうか。
「考え過ぎ。考え過ぎ、ね?。普通、そう捉えなくもないですがね」
続けて、片桐日向が
「私どもが第一に違和感を覚えたのは、実はそれだけで抱いたわけではないんです」
「ん? それは、どう言う――」
と、思わず食い入ってしまう。答えを求める中、冠木堅は人差し指を立てると、こう答えた。
「要するにですね。違和感を抱いたきっかけとやらは、複数の観点を総合的に照らし合わせた事によるものなんですよね」
「複数の、観点?」
「まあ、条件、と捉えた方が分かりやすいかと」
「条件、ですか?」
「はい、条件です。まず、第一に、先程話した通り、両事件が同じタイミングであること。第二に、亡くなられた方がAE支社の社員。それも、問題のゲーム開発に携わった人物――神宮寺幽奈さんである事。第三に。これはまだ、お話していなかったのですが、発見時にVR機器を。それも、なぜか彼女が装着していたことが挙げられるんですよね」
「VR機器を、ですか……」
「まぁ、実際には、ヘッドギア、と言えばいいんでしょうかね。……日向君、例のアレを」
「ちょっと待っていて下さいね。今すぐ見せますので」
取り出したスマホの画面に、何回かタップをした後、卓上のスマホと並べるように置いた。
「損傷がひどいですが、これがそうです。現場の焼け跡から、遺留品として回収しました」
そう言うなり、分かりやすく写メを反転してみせた。確認するに当たり、見るからに火災の影響によるものか、強い衝撃と熱により、原型が僅かにくずれており、融解している箇所も所々見られた。
だけど、佐々木龍には、そんな状態でも見覚えがあった。
「これは……」
と一言。その脳裏には、娘が装着していたVRSのヘッドギアと酷似していたからである。
まぁ、ヘッドギアと言うよりか、ヘルメットに近い感じではあるが……。
「何か、ご存知なのですね?」
「あ、ああ?。見覚えがあってな。娘が装着していたのと似ていたもので」
「なるほどですね」
「ただ、本当に同機種かどうかまでは……」
「ま?、無理もないです。これだけ損傷が激しいと、その辺りで不確かなものになってしまいますから」
続いて、冠木堅が話題を引き戻すように
「ま、そう言うことなんですよ。で、佐々木さんも、ここでこれらの事柄を加味して推論して欲しいんですよね。最初に言った2つの条件を除いても、3つ目の条件で疑問を抱いたかどうかを。だって、不可解ではありません? 焼身自殺を図るのに、わざわざヘッドギアを被る必要とかあります?」
「あります? って言われても……」
(不可解、不可解、ね?)
口では戸惑ってはいたが、心の中ではそう反芻していた。でも、まぁ、それはさておき、どの道、佐々木龍は別のことに興味を抱き始めていた。
「んー、私から言えることは、唯一、その現物を実際に見てみないと何とも言えない。と言うことですかね」
「で、では――」
と期待を滲ませていたが、そこは否定しといた。
「あ、いや、別に誤解しないでください。特にこの件に関して、不可解に思った、とかそう言う意味ではありません。ただ……」
「ただ?」
「少しだけ。少しだけ、興味を抱いたんです。そのヘッドギアとやらに。これでも、そっち系は専門分野なので」
「そ、そうですか?。ま、そもそも分野が違いますよね。私どもは、その辺り、独自に洗って行こうと思います。……あっ! そうそう」
とここで、それはもう、今、思い出したかのような感じに、人差し指を立てた。そして、もう片方の手でコーヒーを一口啜っては、続けてこう話す。
「最後に、気になっていたことがありました。折角なので、これだけは伝えておきますね。何かの参考になれば幸いですが」
とここで、忠告でもするのか、隣席の片桐日向が彼の耳元で囁く。内容は聞こえなかったが
「別に構わないさ。どの道、協力関係になって行くのだから」
「そ、そうですか。先輩がそれでいいのなら」
「で? 話と言うのは?」
「あ、そうそう。その件というのはですね、実は消防と病院関係者の証言からでして――」
それはまさに、後々、心の奥底で残滓となって残る言葉であった。それくらい、印象に残るものであって。神宮寺幽奈が、最期に遺した言葉――
〝晃、絶対に守ってあげるからね″
それが。それだけが、心の奥底に残ったのだ。