モンスターハンターアルカディア   作:ぷにぷに狸

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3章:燃える夜空へ・9話

 最後の設営地――第一フラヒヤ山荘を後にした。もはや、今日一日だけをもってして、麓の村まで下山するのみ。

 しかし、今は夜明け前。小屋から拝借した松明を頼りに、危ない橋を渡るが如く、狭き崖上を歩く。

 一歩踏み間違えれば、奈落の底。皆一様に神経を使っているのか、口を開くものは誰も居ない。

 2人一組で持たされた松明。ノブ公はレイナと、小凛は小狼と、J.Oはケイン。そして、彼らに付随する形でオトモ達が付いてくる。

 安全第一に考えているとは言え、

 

 (流石にキツいな〜、これは)

 

 精神的にクタクタになりつつあった。その様な調子の中で、いきなり人流が止まった。耳を澄ませば、ノブ公の声が聞こえてくる。

 

「足元に気を付けろよ。際どい曲がり角があるから」

 

 とのこと。

 

 (際どい曲がり角? ……なんか嫌な予感が)

 

 またロクでもないような気がしてならない。それはそう、フロストエッジ踏破の最中で経験したものだからだ。

 一歩一歩、また、一歩。徐々に流れが動き出す。そして、その問題箇所は、前列のJ.Oが灯を灯したことで明らかとなった。

 いわば、

 

 〝道がない″

 

 しかもだ。J.Oより前列を歩いていた者達ですら、そこにいなかったのである。

 これには流石に目を疑った。……いや、疑いざるを得なかった。

 まさに今、そこを行こうとしているJ.Oに彼らの所在を尋ねる。

 

「な〜、あいつらは?」

 

 すると、彼は顔だけこちらを向けて

 

「ああ? 何言ってるんだ? いるぜ、そこに」

「え? いるってどこに? ……って、ちょっと!」

 

 氷壁に刺さった杭を掴むなり、体重をかけてJ.Oは、反転。姿を消した。

 眉間に皺を寄せ、訝しむケイン。

 

「おーい、何してんだよ。早よ来いよ」

「来いよって……」

「死角で見えないだけだ。道があるから大丈夫だって」

「道があるって、言われても……」

 

 まさに半信半疑だった。しかし、行く道は一つしかない。今更戻る気にもなれないだけに、彼の言葉を信じて杭を掴み――グッと体重をかけて、90度ほど反転。その足場とやらを発見し、勢いに乗せてその足場へと乗り移った。

 

 ふぅ〜

 

 皆の同じ場所に行けたことに安堵する。

 

「ほら、問題ないだろう?」

「た、確かに……」

 

 言葉は出なかったが、それ以上に安心感を得られた。

 それぞれの肩に乗っていたオトモ達が飛び降り、ノブ公は道の先を照らし、小さくつぶやいた。

 

「この分だと、あと何回かありそうだなぁ」

 

 と。

 一方、ノブ公のその様子に気が付いたケインは、彼が照らす方角を遠望。中距離で仄かに照らされた絶壁が、映し出されているのが見えた。

 ――が、先程と同様、一見して道が途切れている様に見えた。

 危ない綱渡りをあと2、3回、しないと行けないだろうか。気が思いやられそうだ。

 

「さて、先はまだ長いんだ。ひとまず先を急ごう」

 

 気を取り直し、再び歩き出す。

 

 暁の空、フラヒヤ山脈の山々が橙色の反射光となって彩られる。ようやく危険地帯は去ったのだろうか。比較的に道幅が広く、なだらかな傾斜が続いていた。

 すっかりと言うべきか。雲海は消えており、雲なきありのままの景色が広がっていて、皆が黙々と下山をする中、ケインは一人、そこで立ち止まった。

 まさに色彩絵を彷彿せんばかりの光景に、張り詰めていた緊張が解けていく。

 

「ん? どうしたケイン?」

 

 後ろを気にしてか、J.Oが呼び掛ける。けれど、それには答えなかった。代わりに、

 

「いや、なんでも」

 

 その一言だけ添えた。別に立ち止まった理由なんて、どうでもよかったのだ。見納めの景色に別れを告げるかの様に、再び歩き出す。

 

 それからさらに、暫く歩いて数十分――

 

 ようやくと言うか、なんと言うか……。

 一時的な休息するには十分な場所へと辿り着いた。だが、そこには、ギアノスが数頭、我が物顔で(たむろ)していた。

 それゆえに、討伐しないと休める状況ではない。とは言え、そこまで苦労する訳でもなかった。

 奇襲をかけ2、3頭狩ったら、危機感を覚えたギアノスはそそくさと退散してしまった。

 

「ふえ〜、ようやく一息つけるぜ」

 

 腰掛けには丁度いい氷塊を見つけたケインは、早速と言わんばかりに、ドカッと腰を据えた。

 

「ケイン、ずるいにゃ」

 

 一人分しか座れない氷塊に、ミルクは愚痴を漏らす。

 

「へ、早い者勝ちだぜ」

 

 ぶぅ〜

 

 自慢げに言うケインに、機嫌を損ねたミルクは頬を膨らませた。

 

「ミルクちゃん、こっちに」

「うん」

 

 レイナの手招きに、ミルクは彼女の隣に腰を据えることにした。各々がそれぞれ羽根を伸ばす。

 

「あいつ、今頃どうしてんだろ……?」

 

 滑落でキャンプ送りになったかもしれない。そんなネガティブ思考を考えない様にしていたケインは、生きていること前提でポツリとボヤいた。

 

「ケインくん、隣に来てもいいかな?」

「おっさん……」

 

 隣に来たノブ公は、了承を得ずしてその場でしゃがみ込むや、胡座をかいた。

 

「随分と気にしているようだね〜」

「ま、ま〜。そりゃ〜」

「……親友くんのことだね。彼なら多分、心配ないさ」

「心配ないって。だって、実際にあったのなんて……」

「ないさ。1回あるかないか」

「じゃあ、なんでそんなことを言えるんだよ。それに、そっちだって」

「セツナなら、何度でも言うが大丈夫さ。それに、今更ながらだが、メールが来たんだ」

「メール?」

「ああ、メール。昨夜に気付いてな」

「で、なんと?」

「一通だけだが、自分は無事だってさ。それに、ユウトも一緒だってな」

「一緒って⁉︎」

 

 その瞬間、期待が込み上げる。しかし、半信半疑。

 

「見るか?」

 

 コクリッ、と小さく頷いた。

 目で追えないくらい手早い操作で画面を表示させるなり、反転してみせた。メールにはこう記載されていた。

 

『パパ、あたしは無事だよ。今、ユウトといるから』

 

 時刻までは確認出来ない模様。でも、少なくとも、ユウトが滑落した二日前以降に送られて来たことには間違いないようだ。

 100%でないにしろ、まさにそれに近い値で杞憂に終わった。肩の荷が降りた気がして、心から安堵した。

 

「だろう?」

「た、確かに」

「と言う訳なんだよな」

 

 そう言い残して、画面を閉じた。しかし、ケインとしては、また、別な問題が出てきた。出てきて――

 

「だ、だけどよ。肝心な居場所がハッキリしてないぞ。それにその一通のみじゃあ――」

「んー、そうだな。それは確かにある」

「だったら――」

「あるが、しかし、他に打つ手が今ないのも事実だ」

 

 そこまで言われて、流石のケインも同意しざるを得なかった。現実問題として、頭では手掛かりがないことは、百も承知だからで。

 まさに、歯痒い。歯痒くて仕方なかった。無事なのに、見つけ出す手段がないことに、だ。

 

「そう肩を落とすなって。帰ったら何かしら情報を得られる筈だから」

 

 そう言って、ケインの方に手を当てた。――とそこへ、レイナが意味深なことを呟く。

 

「煙? 一体、何かしら」

 

 え?

 

 その言葉を受け、ケインだけでなく、皆が彼女の見ている方角を見た。遠くの山脈にて、中腹から筋状の白煙が立ち上っているのが見える。

 

 (火事? ま、まさかな〜)

 

 眉間に皺を寄せ、訝しむ。

 

「副長さん」

「ああ、今、確認してるとこだ」

 

 そう返答するノブ公は、すでに双眼鏡を翳して遠望していた。見守る中、彼はその正体を口にする。

 

「小屋、小屋があるな」

「小屋⁉︎ じゃ、じゃあ〜」

「どうやら想像通りかもしれないぞ。――ん? アレは……、ティガ、レックス? ……あっ」

 

 何を目撃したのか。ノブ公は覗いたまま、呆然としてしまった。

 

「ティガレックスがどうしたって? ちょっと貸してくれ」

「お、おい! 自分のくらい……。ったくよ〜」

 

 強引に取り上げられたことへの不快感。そんなノブ公を尻目に、早速、覗き見た。

 視界に収まる箇所には、倒壊した家屋。それと先程ティガレックスと言っていた大型モンスターがいた。

 肝心な人の姿が見当たらないようだが、やや間を置いた後、ティガレックスが気を逸らしている間、二人の姿を目撃。

 そのまま、逃げるように滑って行く姿を目の当たりにした。直感的に感じた。二人のうちの一人は間違いない。

 

「ユウト……」

 

 友の姿に嬉しく思う。が、そこで――

 

「あっ、ちょっと」

「没収だ。自分のがあるだろう?」

 

 有無を言わせずして、取り上げた双眼鏡を再び覗き見した。だけど、覗き直したものの、その間に逃げ出したであろう二人の姿を発見できなかったらしい。

 覗き見るのをやめて、双眼鏡をしまった。で、代わりにケインに尋ねる。

 

「ケイン、何かが見えたか?」

「あ、いや〜。ユウトが……」

「……なるほどな」

 

 何かを納得したようだ。そして、

 

「なるほどって? ちょ、ちょっと!」

 

 その疑問を尻目に立ち上がると、皆に号令。

 

「さ〜、休憩は終わりだ。下山開始するぞ」

 

 その中で、タイミングを逃したことに

 

「何なんだよ、一体……」

 

 ノブ公の勝手な解釈に、戸惑いを見せた。

 

 

 

 

 轟々と奏でる大瀑布が、眼下に広がっている。高さにして50m。およそ20階立て分の建造物はあった。

 けど、立ちはだかる障壁は、その箇所だけではない。大瀑布の先、川の先を見て行くと、さらに大滝があるように見える。

 つまり、滝を挟んで段差が幾重にも連なっているように見えるのだ。

 

「ひえ〜、どうやって下るにゃ? この滝」

 

 崖下を覗くようにして、ジャムが慄く。同じく、崖から少し距離を置くようにして、隣にいるブレッドが思考を巡らした。

 ブリッジに猫手を、鼻メガネを直して答える。

 

「状況から察するに、これは降りれないと言うことだにゃ」

「そんなの見れば分かるにゃ!」

 

 当然のことを言うブレットに、ツッコミを入れるジャム。しかし、すかさず――

 

「だが、しかし」

 

 と否定口調。続けて、

 

「活路は、必ずあるはずにゃ」

 

 希望を滲ませる。――とそこで、その話に合わせるようにして、横からケインが現状を。

 

「活路って……。どう見たって、無さそうだぞ。周りは藪だしよ」

 

 と言うケインは、その氷結した藪が、下まで続いていないのを確認していた。

 けれど、ブレットは、何を思ったのか

 

「そこだにゃ! その藪がヒントにゃ」

 

 まさに頓珍漢ぶりを見出し、そのまま藪の方へと勢いよく入り込んだ。

 

「おおお、おい! いくらなんでも」

 

 制止する暇もなかっただけに、その予期せぬ行動に戸惑ってしまう。他方、ノブ公達も、その行動を呆然と見守るだけしかできなかった。

 中には、あっ、と一人発するだけ。それだけであった。

 

 しばらくして……

 

 ガサガサガサ……

 

 奥から藪が揺れ動く。そして、出てきたのは、なんと!

 

 ギィギ⁉︎

 

 じゃなくて、当然、ブレット。それも、顔にそのギィギが吸い付いた状態で出てきたのだ。

 

「なにやってんだ?」

 

 間抜けな光景に、つい白けてしまった。

 

「うぷっ、うぷぷぷ、ぷ、……」

「えい!」

 

 くぃいっ

 

 ピックを持ち出したミルクが、叩いて引き剥がす。

 

「助かったにゃ〜」

「ったく〜」

 

 両腰に猫手を当てがい、仕方ないにゃ〜、そんな印象を態度で示した。

 一方、引き剥がされたギィギは、一体、何が起こったのか分からないみたい。頭の口をキョロキョロと動かした。

 

「で、どうなんネ?」

 

 気になった小凛が訊く。すると、

 

 ぶるぶるぶるぶる……

 

 全身を震わせ気を取り直したブレットが、それに応えた。

 

「それがなんだがにゃ」

 

 と前置きした後、

 

「確かに、道はあったにゃ」

「あったって。どう見ても茂みの向こうは壁になっているんだぞ」

 

 それにはJ.Oも同意見らしく、頷くに留めた。

 

「でも、あるんだにゃ。来てみれば分かるにゃただ、裏側への抜け道が大変なだけで」

「抜け道ね〜」

 

 やはり、半信半疑ではあった。そこへ、ギィギの様子を見守っていたノブ公が、口を挟む。

 

「物は試しかもな」

「副長さん……」

「そもそも、こいつ(ギィギ)を見て思っていたんだ。いくらチビ助とは言え、こんな茂みには入らないだろうってな」

 

 そして、立ち上がりこちらを向くと

 

「どの道、ここを下らないと行けないんだ。分かるよな?」

「分かるよな、って言われてもな〜」

 

 ケインとしては、会って間もないだけに、やや疑問符ではあった。

 けれど、他のメンバーは疑わない模様。

 

「おっさんがそう言うならネ〜」

「右に同じく」

 

 小凛とJ.Oら、それぞれ口にした。懐疑的ではあったが、仕方ない。ケインも頭を掻きながら従うことにした。

 

 その後……

 

 氷結の藪をかき分けて、その先には行き止まり。しかし、ブレット曰く、しゃがんでみては四つん這いになってようやく通れる抜け道があった。

 抜け道を通るにあたり、ガタイの大きいJ.Oは一苦労。途中、引っかかってしまったが、仲間の手助けで通り抜けることができた。

 裏側へ辿り着いた一行は、その先にて、下へと続く段差があることに気付いた。

 ところが、一段一段取ってみても、所かしこに足場が脆い。踏み間違えれば崩れてしまう恐れがあり、その段差のすぐ隣は、まさに切りだった崖が迫っていた。

 そして、ついでにもう一言付け加えれば、あのギギネブラの蠢く卵塊が点在していたのである。

 それらを見たケインは、段差を前にして

 

「まさかな〜」

 

 嫌な予感を口にした。

 

「げ、落ちたらお終いって訳か」

 

 崖下を覗くJ.Oが、一言だけぼやく。

 

「あんまり端に行くなよ。ただでさえ脆いんだから」

「にしても、段差が急でアルネ。しかも、先がカーブしてるし」

「つまり――」

 

 とバター。

 

「滑ったら」

「キャンプ送りってか」

 

 バターに続けて、ジャム、ケインの順に連呼した。

 

「けっ、めんどくさい足場だな」

「ともかく。ここは慎重に――、っておい!」

「ともかく俺は、先に――」

 

 ズルッ!

 

「のわっ」

 

 ノブ公の制止を訊かずして踏み出したJ.Oが、あわや崩れた足場に掬われそうに。尻餅で転げ落ちる氷片を見つめながら、

 

「あっぶね〜」

 

 肝を冷やした。

 

「大丈夫ですか〜?」

「あ、ああ。なんとか……」

「気をつけろよ。ただでさえ脆い作りのようだし」

「脆いつっても、パッと見でひび割れ以外、容易く崩れなさそうに見えるけど……」

 

 確かに。外見だけじゃあ、なんとなく判断に困るものがある。しかし、先程のトラブルからして、油断ならないことは確か。まさに、あの世への

 

 〝トラップ階段″

 

 だ。

 

「じゃあ、どうするんネ?」

 

 困り果てた小凛が、弟の手を繋ぎノブ公に詰め寄る。ノブ公は考える仕草を見せた。

 

「う〜ん……」

 

 そう言いながら。一方、ケインは、暫くの間、暇を弄ぶことに。蠢く卵塊の方へと歩み寄った。

 モゾモゾする卵塊を前にして、周辺を見渡し気配を探る。

 

「どうも、いないみたいだな」

 

 逆にいたら大変な目に遭っている訳だし、ここは一つ、幸運だったのかもしれない。しゃがみ込んでは、ツンツンと悪戯半分に指先で小突いて見せる。

 

「なんか、ぷよぷよしているな。……ん? あ、出てきた」

 

 卵塊の後ろ。そこから、生まれたてギィギが現れたのである。頭を左右に動かして、こちらを認識。無邪気にうにうにしながら、近寄ってきた。

 ――が、

 

「ひょいっと。ば〜か、簡単に噛まれるかよ」

 

 飛びかかる寸前、動きが止まったタイミングで尻尾を掴んだケインは、そのまま持ち上げてしまったのである。

 ぶらんぶらんと吊し上げられたギィギは、必死に逃れようとして体を捻じ曲げたりする。

 手に吸い付こうとしてできない。そんな光景を見ながら、にんまりと笑みを浮かべた。

 

「なんとも可愛い奴だな〜、こいつ」

 

 もう片方の手で、ツンツンと突っついてみせた。他方、ノブ公はと言うと――

 

「どうなんアルネ?」

 

 結論が出ないでいた彼に、小凛がさらに迫っていた。ようやく口を開いたノブ公は、小さく呟く。

 

「やはり、慎重にならざるを得ないか……」

 

 そして、

 

「できるだけ壁伝いに降りよう。そんでもって、ひび割れ箇所を避けてな」

「そ、それって……」

 

 と訝しむ小凛。弟は

 

「つまり、慎重に下ろう、てことじゃあ……」

 

 と続けて指摘した。

 

「ま〜、それに尽きるな。てことで、ここは率先して俺から行こう」

 

 そう述べるや、壁伝いにガニ股歩きで慎重に下り始めた。まさに見るからに、間抜けな格好でもあった。

 そんな中、人の話を聞いていなかったケインは、未だにギィギと戯れていた。

 その様子に気が付いた小狼は、皆が降り始める中、声を掛ける。

 

「ケインも行こう。……ケイン?」

「ん? あっ、そ、そうだな」

 

 ようやく気が付いた。気が付いて、その横一列に下り始める一同を見て、苦笑を浮かべた。

 ところが、その瞬間であった。少しの間、気を取られギィギから目を逸らしていたことが仇になったのだろう。視線を戻したそこで

 

 っ!

 

 となって、掴んだままのギィギに逆襲を受けた。顔面にかぶりつかれてしまったケイン。途端、パニックに陥り

 

「……、♯&▲×○……」

 

 慌てて尻尾を引っ張り、気合いで引き剥がそうとする。がしかし、なかなか剥がれず。

 そんなケインに、小狼は

 

「ちょっと待って。今、剥がすから」

 

 手を差し伸べた。ところが、ところがである。引き剥がすことに夢中になり、地団駄を踏んでいたケインは、そこで足を滑らしたのだ。

 

「け、ケイン!」

 

 その瞬間、驚いたギィギは顔からジャンプ。一方、ケインはスライダーの如く滑って行き――。

 彼の手を掴み損ねるノブ公を過ぎ去って、

 

「ななななな――」

「ケイン‼︎」

「ケインさん!」

 

 それぞれ、悲鳴を発した。そして――

 

 くっ

 

 ザザザザザ――‼︎ ……ふぅ〜

 

 物の見事。死への滑走は、踵をブレーキ代わりにして、なんとか食い止めた。

 カーブから転落する間際だっただけに、崖下へと氷片が、

 

 パラパラパラ……

 

 幾重にも落ちていった。

 

「あ、ぶねぇ〜」

 

 まさに恐怖の瞬間だっただけに、度肝を抜かされた。

 その後、足場を確保したケインは、ノブ公達が下りてくるのを待った。待って――

 

「無事で何よりだ、ケインくん」

「ったく、肝を冷やすことをしやがって」

「よかったにゃ。本当に本当に」

 

 それぞれ一言ずつ言葉を添えては、安心したようだ。

 

「とは言え……」

 

 そう述べるノブ公は、先を見て気を改めた。ケインを含め、その先には洞窟が。氷結の坂道と化した氷の洞窟が、目の前にあったから……。

 

 洞窟内を氷点下の冷風が駆け巡る。

 氷の斜面に何本もの氷柱。それが、下り坂に沿って点在している。

 まともに歩いて行けそうにない床を前に、柱から柱へ。渡り歩くように滑りながら緩やかな斜面を下る。とは言え、一気呵成に滑り降りて行けそうな気もする。

 

 しかし、しかしだ。

 

 それはあまりにも危険な賭けでもあった。と言うのも、洞窟内とは言え、左右、底無しの奈落が地を這うかのように口を開けていたからである。

 深淵なる闇をのぞかせる奈落は、まるで獲物を待ち構えているかのような不気味さ。

 一度滑落すれば、間違いなく――

 

 〝(キャンプ送り)

 

 それが容易に想像できたからだ。

 

「ここからは、険しそうだな……」

 

 転換点と言うべき場所に辿り着いたのか、ノブ公は先を睨んだ。一方、彼の左右後ろにいるケイン達もまた、今まで通り滑って降りれなさそうなことを予感してか、一段と気を引き締めた。

 その中で、

 

 (先が見えない。おっさんが立ち止まるなんて……)

 

 氷柱から覗かせるケインは、彼の様子から嫌な予感を抱かざるを得なかった。

 

「気になるか?」

 

 対岸の氷柱に身を預けているJ.Oが、気に留めてきた。

 

「ま〜、そうだな。気にはなる」

「ふんっ、無理もないな。左右の奈落が徐々に迫って来ているからな。お前も分かるだろう?」

 

 言われて、当たりを見回したケインは、今更ながらに一言。

 

「確かに」

 

 状況把握できたことを告げた。とそこで、ノブ公が声を上げ

 

「な〜、お前たちに告げたいことがある」

 

 と前置き。そして、ケイン達の視線が集まる中、続けて、この先はかなり際どく危険極まりない箇所であること。それに伴い、流石にアイゼンの使用も余儀なくされることを語り出した。

 その間、聞く耳を傾けていたケインではあるが、

 

 ん?

 

 この時ばかりは妙な気配を感じずにはいられなかった。

 

「どうしたにゃ? 当たりを見回して」

 

 ノブ公の解説が入る中、再び周辺をキョロキョロ見渡すケインに違和感を抱いたジャムが、声を掛ける。

 それに対して、ケインは見回しながらポツリ。

 

「見られている気がするんよね」

「見られている? 誰に」

 

 ジャムは首を傾げた。

 

「分からない。でも、気配は感じるんよな」

 

 その正体は分からない。でも、確かにそうなのだ。いわば、第六感的なものが働いていたのだ。

 一方、解説をしていたノブ公であるが、そこでケインの様子に気が付いて

 

「ん、どうした? ケイン」

 

 皆の視線が、ケインの方へと移る。そのことを気付いていないケインは、周辺を窺いながら曖昧に応えた。

 

「なんて言うか……。見られているんよ、誰かが俺たちを」

「見られている?」

 

 ケインの意味深な返答に疑問を呈したノブ公は、周辺を見渡し始めた。他方、副長の様子に一同も警戒して見回し始めたのである。

 けれど、

 

「何もないネ。気のせいなんじゃ」

「僕も同じく。きっと気のせいだよ」

 

 姉弟揃って、ケインの言う気配とやらを、早速、否定した。同じく、J.O、ブレット。それに、ミルクも同意見であった。

 だけど、ノブ公やレイナ。熟練クラスの二人はすぐには否定しなかった。

 暫し、周辺をより警戒して目を見張っていた。場合によっては、アイゼンを装備して二手に分かれて奈落の縁へと歩み寄り、わざわざ底を覗く入念さも欠かさなかったくらいに。

 しかし、どの道、結論は変わらなかった。

 

「やっぱり、気のせいみたいですね。副長さん、どう思います?」

 

 黙したまま、ついには首を傾げ

 

「そのようだな」

 

 と返答。続けて

 

「ケインくん、皆も同じ意見だ。きっと気のせいだよ」

 

 諭した。

 結局、その気配の正体が分からない以上、仕方ない。気のせいと言う形で自分に言い聞かせることにした。

 

「ケインくんも聞いていなかったと思うから、もう一度説明するよ。ここから先は、かなり危険だ。アイゼンの装備、忘れずにな」

 

 その言葉を受けて、今度こそ聞く姿勢になっていたケインは、何者かの視線を感じてはいたがそこは頭の隅にでも置いておき、彼の説明に頷いた。

 そして、カンジキを装備して順番が。傾斜も45度未満とは言え、一回、滑り出したら後先がない坂道を目の当たりに、唾を飲み込んだ。

 それから、前方の氷柱に身を預ける団員達を見て、近い順から下るべく一歩。踵の刃を氷面に刺した。

 グサリッと鈍く重い感触が、伝わって来る。だが、次の一歩、また、次の一歩。と踏み出していくにつれ、危険な橋を渡る中、少しずつ安心感を抱き始めていた。

 まず、目指すべき柱はジャムがいる場所。ジャム自身も、こっちに向かって手を振っていた。

 その中で

 

 (これなら……)

 

 安全に下れることに、安心感から自信へと心が移り変わっていく。

 ところが――

 

 ピチャリッ

 

 ん?

 

 額に雫が。なんだろうかと、その額に手を当て見てみた。すると、なんだろうか。粘液性のある雫。

 いや、これは――

 

 〝涎″

 

 そう、間違いなくモンスターの涎だった。そして、眼前を見れば、ジャムやミルク。それにJ.O達団員が、上へと指を刺して、無言で何かを伝えているではないか。

 それはまさに、危険を意味する合図を送るかのように。恐る恐る、真上を見上げて――

 

 っ!

 

 青ざめ目を見開いた。いや、見開きざるを得なかった。と言うのも、気配は感じていたが、もはやそこまで再接近されていたとは想定外であり。

 そこには、なんと!

 

 〝ギギネブラ″

 

 毒怪竜の異名を持った飛竜種が、垂れ下がった首を伸ばしつつ頭部の口を大きく空けて、今にも襲い掛かろうとしていたのだ。

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