まさに間一髪だった。その場から飛び退った直後、食らいつかんばかりに襲い掛かってきたのである。
しかし、逃れたものの腹這いのまま滑走。自力でブレーキが掛けられなくなったのだ。
最初に手を伸ばしたJ.Oをすり抜け、小狼、レイナと掴み損ねてしまう。だが、最後にして、ようやく手を伸ばしたノブ公に掴まり、そのまま崖下への転落はま逃れた。
体勢を持ち直し、
「助かったぜ、おっさん」
しかし、
「礼は後だ、ケインくん」
その睨む視線の先、そこには天井にぶら下がったまま、獲物を捕食し損ねたギギネブラがいた。
尺取り虫のごとく何回か体をうねらせると、その巨体は降って来た。目は見えないが体温感知能力は突出している。
ケイン達を感知するや、咆哮を轟かせた。
くっ
耳を塞ぐ中、音波が衝撃波となって可視化されているのが、目に見える。
「かなりマズイんじゃないアルカ?」
「同感だ」
「言われなくても」
ノブ公、ケインが揃って口にする。
「ともかく逃げるぞ。ここでは不利だ」
「おっ先に〜」
「あ、てめぇ〜」
我先とJ.Oが先陣を切って、逃げ出す。続けて、小狼はバター、レイナはブレットを。オトモ達を肩に乗せ、ノブ公の先へと逃げていく。
「ケインくん、先に行くんだ」
「あんたは?」
ガンランスを構え、一人残ろうとするノブ公にそう問い掛けた。だが、彼はにんまりと笑みを浮かべると、こう答えた。
「殿しないで、長が名乗れるかって」
「おっさん……」
「んなボケーとすんなよ。早よ、行け!」
「あ、ああ。分かった」
促されるまま、ケインは
両側は奈落の底、その小幅は一人半くらい。
さらに、さらにだ。
表面はガチガチに凍てついており、カンジキを履いてなけりゃ、今頃はその闇の中へと飲み込まれているに違いない。
そんなことが脳裏に過るくらい、この曲がりくねった小道は危険極まりなかった。
少し広めの場所に辿り着いたケインは、カンジキの刃を突き立てるや、休みなしで逃げる一同を呼び止めた。
「ま、待てよ。お前ら‼︎」
「な、なんだにゃ!」
「ビックリした〜! 一体なんなネ?」
突然呼び止められたことに、彼らは驚いて振り向く。
「流石に置いてけぼり過ぎねぇか。いくらなんでも……」
しかし、
「副長さんなら大丈夫ですよ。こう見えて、死線を何度も潜り抜けて来た方ですし。それに――」
「開発者。そう言いたいんでしょ?」
「そうそう」
「そうそう、って……」
レイナと小凛。2人に諭されたとは言え、ケインとしては全然安心材料にはならなかった。
それに、第一、寝食を共にしたのなんて、二、三日くらいでしかないだけに、だ。
思わず難し顔になってしまう。――と、そんな時だ。
「あ、ノブ公さん」
彼に気が付いた小狼が、一声を放つ。背後から、ザクザクザクザク……、と踏み締める足音。ケインは振り返った。
「無事だったんか! おっさん」
「無事も何も、仲間を残してくたばれるかよ」
そこで、一息ついて
「それより、なんとか奴を奈落の底へと落として来た。……だが、まだ、襲って来るかもしれない。案外、しぶといはずだからな」
仲間たちの間を縫っていき、先頭に立って目先の光景を睨む。なぜか地図は取り出していないのが不思議はあったが、その疑問は、次の言葉でかき消されることになった。
「どの道、この先は一本道でしかない。それに、この先は広間に行き着く。そこまで粘れば」
「一応訊くが、確認したのか? おっさん」
すると、すかさず
「当たり前よ!」
「いつの間に」
その自信満々な表情に、流石のケインも少し意外性を感じた。
その後、ギギネブラの再襲来を警戒しつつ、螺旋状の小道を降って行く。だが、先程とは違い、両側は奈落の底ではなく壁面。落下の心配はなかった。
けど、かと言って、油断は出来ない。急ぐに越したことはない。
そうした中、気が緩んだのか。ケインは、
うわっ!
ズルッ
いくらカンジキを履いているとは言え、滑ったケインはスライダーの如く滑走してしまう。
「ケイン!」
「ケインさん」
二人の声が後方から聞こえる。ザザザザザー、と滑り台で滑りゆく中、
くっ
必死に踵の刃を突き立てるや、ブレーキを。しかし、表面が硬い。故にかかりにくい中、
(ま、マズイ。これは――)
瞬く間に青ざめた。そして、
クルクルクル〜
と螺旋を描いた先、あわや崖に転落――かに見えたが、そこに待っていたのは、分厚い
〝氷壁″
その瞬間
ドンッ
と勢いよくぶつかるや、最悪の事態は運よくま逃れた。
つつつつ……
顔面に激突しただけに、苦悶の表情を浮かべる。頭を振って雪を払い除け、先を見渡した。
(にしても……)
縁のような細道が繋がっており、先が左回りにくねっている。ここからでも確認できる。
左側は崖、通路の右側にも何処へ繋がっているのか分からない道があり。
そして天井には、ギラつくツララ地帯が獲物を待ち構えんばかりに、牙を剥き出しにしていた。
まさにデンジャラスゾーン。ツララが降ってきては、ひとたまりもないのは、火を見るより明らかである。
「お、いたいた」
「無事だったアルカ」
「ったく、ビビらせやがって」
ノブ公、小凛、J.Oを先頭に、団員達が続々と降りてきた。
最後に現れたのはレイナ。安堵の表情を見せた彼女は、先を見通した。
「運良かったなケイン。てっきり、お陀仏になったかと思ったよ」
「おいおい、勝手に殺すなよ。この通り、無事だったんだからさ」
「それにしても……」
「なんだね、おっさん?」
先を見、難しい顔をするノブ公に、ケインは不思議そうに尋ねた。彼は一言
「ツララ地帯だ」
と。
「見れば分かるよ、んなこと」
まさに、言われなくとも、だ。
「だからさ。だから、いっそう、慎重に進みざるを得ない。それにギギネブラの件もあるしな」
ようするに、ギギネブラが再来する前に切り抜ける。そんなことだろうとは思った。
ケインは立ち上がった。天井を見て、いつでも落下しても大丈夫そうなところに目を通す。
一方、自分と考えが同じだったらしく
「壁沿いに進もう。その方が、被弾リスク、避けられそうだしな」
そう言うなり、先に歩き出した。
そして……
天井を見ながら、ノブ公に続けて横一列に歩き出し――
ゴクリッ
まるで針山のようなツララ群を見て、唾を飲み込んだ。当たればひとたまりもない。かと言って、ギギネブラの再来する恐れもある。
慎重、かつ、迅速に。ケイン達は進んでいった。――とここで、別れ道に出くわす。
「おっさん、道、分かるんだよな〜? 別れ道だぜ、別れ道」
鼻っから分かってはいたことだが、言い出さずにはいられなかった。
けれど、ノブ公は冷静。
「知っているさ。でも、変わらない。別れ道とは言え、合流地点は同じだからな」
「じゃあ、こっちを進もうぜ。折角、ツララがないんだしさ」
ところが、ノブ公の表情は険しかった。何か理由でもあるんだろうか? 不思議そうに黙していると
「いや、このまま進もう」
なんと! このまま。このまま危険地帯を進み続けることを、言い出したのである。当然、反論。
「なんでだよ! 右の方がどう見ても安全だろう?」
しかし、
「いや、こっちだな」
そして、そのまま歩き始めたのである。この判断。いくら長とは言え、流石のケインも納得がいくはずもない。
「じゃあ、俺はこっちに行くよ。いくら副長の立場とは言え、賛成できないから。それに、まだ、入団するとは言ってないしね」
「お、おい! ケイン」
とJ.O。
「ケインさん……」
レイナまでもが、ヤケ糞に見えた自分の姿に、心配の目で見つめてくる。
思わず躊躇したくはなったが、命に代えられるものなどない。歩き出した。
「副長さん……」
レイナが引き留めるようノブ公に語り掛けた。――とその時だった!
肌感覚でノブ公の雰囲気が変わったのを、横目にする。
「気配」
そして、ガシャリッ、と金属音を奏でては、ガンランスを構えた。ただならぬ緊張感が走る。団員達も雰囲気を感じたのか、それぞれの武器を構え出した。
「な、なんだよ。みんながして……」
彼らの動向に、戸惑いを隠せない。……てか、ここで構えるのか? 普通。第一、天井にはぎらつくツララがびっしりと生えているのにだ。
嫌な予感がし、思わず後退りをしてしまう。
「走れるか?」
「ええ」
この時ばかりは、さすがのレイナも表情が真剣そのものだった。
「ひとまず切り抜けましょう。さ、みんな」
その一声に、団員達はカンジキで地を踏み鳴らして、そそくさと走り出した。最後にJ.Oは
「わりぃ〜な、おっさん」
それだけを告げた。
「さ、ケインくんも……」
だがしかし、状況が読めないでいたケインは戸惑いを隠せない。
「ケインくんも。って、何がどうなっているんだよ? 第一、天井にはツララが――」
次の瞬間であった。甲高いモンスターの鳴き声がしたかと思いきや、
なんと!
奈落の底から、あのギギネブラがぬあっと飛び出して来たのだ。
ばふ〜ん、と空気が抜けたような音を立てて着地。ケイン・ノブ公と先に行ったJ.O達の間に立ちはだかる。
「ち、まずいな〜」
天井のツララを気にしてか、苦虫を噛んだかのような口調を漏らした。
「ケイン、ここは俺が引き受ける。そっちはその迂回路を使って先に行け!」
「し、しかし――」
「いいから、早く!」
その直後だった。
ギャォオオオー‼︎
くっ
空気を振るわさんばかりの咆哮を、またもや轟かしたのである。
耳を塞ぎ立ち往生してしまうケイン、ノブ公の両名。だが、直後の危機に勘付いたのは、ケインだった。
「おっさん‼︎ 上!」
「っ!」
天井を見たノブ公。間髪入れず、大小様々、沢山のツララが音波に反応してかひび割れをきたし。彼に向かって落下してきたのである。
反射的に、盾を構えては雨除けに。
ガツンッ、ガツンッ、ガツーン‼︎
幾重にも盾にぶち当たっては、ツララが砕けまくった。だが、その悪影響は出てしまった。
ちらっとギギネブラの後方を見たノブ公は、舌打ちを。
「阻まれたか」
毒ついた。
「ここでは、2人掛はキツイ。先に行け!」
「あ、ああ」
さすがのケインも状況を察したのか、迂回路を走った。
長くくねった、そして、徐々に下っていく細道。走り続ける中、後方から戦闘音が鳴り響く。
そして……
(ここまで来れば)
ノブ公のおっさんの安否を気にしてか、そこで立ち止まった。
改めて思えば、2度助けられている。貸しが2つできたわけだが、かと言って、ギギネブラを相手に立ち向かっていけるかと言えば、今の実力からしてそうでもない。
ようはヤキモキしつつも、自信がなかったのである。
(戻ろうか。……いや、ここは一旦……)
戦闘音がいつの間にか収まっているだけに、右往左往してしまう。
――とそんな時である。来た道の遠くから足音が。それも、走って来る足音が聞こえてきたのだ。
(もしや、うまく巻いてきたんじゃ)
そんな安心感を抱かざるを得ない。が、しかし、その思い込みは、直後に現れたノブ公の慌てぶりを前に、一瞬にして消し飛んでしまった。
「なに、そこで棒立ちしてるんだ‼︎ 早く、逃げっぞ!」
「え? 逃げるって? 巻いてきたんじゃ――」
いきなり手を掴まえられ、グイッと。
「ちょ、ちょっと」
引っ張られるまま、ノブ公につられて走り出す。
(そこまでヤバいのか?)
なんて疑問を抱いたが、そこで恐怖の気配を感じて、背筋が凍りついた。
〝何か迫って来る″
後ろを振り向く余裕なんて、途端になくなってしまった。間違いない。ギギネブラが追いかけてきたのだと。
その予感が的中してきたのだろう。地を這う不気味な足音が迫ってきた。
迂回しながら坂道を下っていく。まだか、まだ着かないのか? 一向に先が見えない螺旋に、焦りが出て来て――
「危ない‼︎」
ドンッ!
「うわっ。なんだよ、いきなり」
背中を強烈にタックルされ、文句を。直後――
べちゃっ、じゅ〜……
ひっ
先程までいた立ち位置。その地点にて、禍々しい紫色の汚物が着弾したのである。
まさに間一髪だった。ノブ公も反対に飛びすさり、ケインとの間に着弾した汚物は、まさに猛毒の痰だったのだ。
肝を冷やしたケインに、副長は言い放つ。
「ケイン、お前の太刀じゃ話にならない。とにかく先に行け!」
「わ、分かった。おっさんも気を付けろよ」
「ったり前だ!」
その言葉を最後に訊き、ケインは先を急いだ。走って、走って、走りまくり。
そして――
ようやく下り坂の迂回路を抜けた。抜けて見た広大な光景に、唖然とした。いや、唖然としざるを得なかった。それが正しいくらいに。
ここは洞窟の中なのか?
そのような印象を伺わせる。大樹のような巨大な氷柱が、天井全体を支えている光景に、思わず息を呑んだ。
「おーい‼︎」
遠くから聞き覚えのある声が聞こえて来る。視線をそちらに向ければ、数人の人だかりが見えた。
「あいつら……」
真っ先に走った。
雪面を踏みしめ、彼らのところに赴き――
「来たか」
J.Oが一声。続けて、ジャムが
「無事で何よりだにゃ」
と気遣ってくれた。
「ところで副長さんは?」
彼がいないことに違和感を抱いたレイナが、不安を口にする。
「おっさんなら一緒さ。ただ、ギギネブラに足止めを食らって、それで」
「てことは、無事だったんですね、よかった〜。あのツララの崩壊で、私はてっきり……」
「まぁ、んなところだ。……それより、ここは? やけに広すぎるが……」
「それが、何だがにゃ」
ミルクが最初に言い出し、それからブレットが解説に入った。
「思うに、ここは洞窟の中心部かと」
「中心部?」
「そうだにゃ。憶測に過ぎないが、あの氷柱が物語っているはずだにゃ」
そう示す先、そこにはケインも見た巨大な氷柱があった。氷柱を中心に添えて洞窟全体を見渡し、改めてブレットの憶測に納得したような気がした。
「なるほどね」
そして、ブレットはこうも付け足してきた。
「更にだにゃ。もう一つ付け加えるなら、モンスターの住処と見たにゃ」
「モンスターの住処? ……っ! まさか⁉︎」
そこで、小凛が
「違うネ、その想像と。ブレットが言いたいのは、あれネ」
くい、くい
親指を立てては、そちらの方を示した。その先を見れば、藁が楕円状に敷かれており、丁度いい寝床が設けられてあった。
大きさから察するに、先の想像――ギギネブラの寝床とは、これまた違うことを裏付けていた。
ホッとしたような。あんな化け物じゃなかっただけに、少し胸を撫で下ろした。
「その様子だと、どうやら安心したようネ?」
「当然だろう。あんな奴の寝床とか、冗談じゃないからな」
「でも、なんのモンスターの寝床でしょうかね〜。少し気になるかも」
何と言うか。この場に限って相変わらず、レイナはのほほ〜んと疑問符を投げかけた。
「ま、ともかく。どの道、動けないのは確かだ。ひとまず、寛ごうぜ」
ドカッ
暇を感じたのか、J.Oはその場に腰を据えてしまった。ジャム、ミルクも腰を据えてノブ公が来るまで待つようだ。
他方、レイナ、小凛、小狼、ブレットは、ノブ公が果たして難を乗り切って来るのか、少し気にやむ様子だった。
「大丈夫だろう、あのおっさんのことだし」
気にも留めないJ.Oが、軽い口調で楽観視した。同じく、あのギギネブラと一戦を繰り広げていたノブ公を垣間見ていたケインも、正直、あまり心配してはいなかった。
彼が来るまでの間、天に聳える氷柱に歩み寄った。手でソッと氷面を触り、ひんやりとした感触を確かめる。
氷面に透けて見えるものが、その正体を視界に捉え。それは、まさしく岩。氷柱の正体は、岩柱がガチガチに氷結した物であることを窺わせた。
しかし、なんだろうか。亀裂が所々入り込んでおり、どこか脆そうな雰囲気を醸し出していた。
「大丈夫かよ、これ……」
ふと、そのようなことを口にした。――とその時だった!
ドコ――ン‼︎
来た道の方向から爆音が。ほぼ同時刻として、ボワンッ、と大量の粉雪が出入り口から溢れ出す。
(何事?)
皆の視線がそちらへと向いた。しばし間を置いて、中から人影が。その正体は、ノブ公のおっさんだった。
「副長さん!」
「おっさん!」
「無事だったのネ」
それぞれが、彼の無事に声を上げた。一方、ノブ公は頭を掻きながら、こちらに向かって歩いてきた。
「いや〜、参ったよ。場所が場所だけに、だいぶ手こずったわ」
「手こずったって? ギギネブラは?」
「わざと崩落させて、生き埋めにさせたさ。多分、当分、足止めにはなるだろうさ」
要するに、時間稼ぎでしかないわけだ。時間が経てば、また、襲って来るわけであり。
つまるところ、一休みにはまだ程遠いことを告げられたようなもの。肩を落として、落胆の色を浮かべた。
「なんだよ、討伐したんじゃないのかよ」
腰を据えていたJ.Oが、期待外れに文句を垂れこべた。ノブ公は皮肉を込めて
「悪かったな、始末し損ねて」
それから、周囲の景色を一望して、ん〜、と一考した。
「どうしたんネ? 神妙な顔をして」
「……いや〜、なんて言うかな。予め(地図で)確認はしていたが、まさかこれ程とはと思ってな」
「これ程とは?」
「大空洞だよ、ここの大空洞。山体全体を支える場所だけあって、神聖味があるから。ついな」
「え? 山体を支える? これが……」
(てことは、やはり……)
その言葉の意味、そして、天を支える大黒柱と見紛う氷柱。ケインはどことなく、腑に落ちたような気さえした。
「ともかく先を急ごう。いつギギネブラが現れるか分からないからな」
「あ〜あ。せっかくの休憩も、もう終いかよ」
「ドンマイね」
渋々、のらりくらり、J.Oは立ち上がった。
ともかく出口を目指す中、一同はノブ公を先頭に歩き出し、かと思いきや、
「ん、どうしたネ?」
出発間際、小凛は小狼の様子に気が付いて声をかけた。声を聞いた、ケインも振り返る。
「なんか、気配を感じて。ケインとノブ公さんが来た道から」
「気配? ……っ!」
そこで、ケインと小凛、それに小狼の3人の視線の先にて、ついに奴――ギギネブラの姿が現れたのである。
「ギギネブラ⁉︎ おっさん!」
「あん? ……っ! ちっ、もう来ちまいやがったか」
彼の発言にて、レイナも含め、オトモ達もギギネブラの存在に気付いた。
一方、ギギネブラは類稀な熱探知によりこちらに気付いたのか。ひと吠えし、物凄い勢いで迫って来た。
「ともかく俺が足止めする。だから――」
「んなの、カッコつけるなよ。おっさん」
「J.O?」
「荷が重すぎますよ。私も加勢しますわ」
「ちょ、ちょうどいいじゃないか。特別に、ひ、広いわけだし」
ケインとしても、これはこれで威勢を張ってみせた。迎え撃つ一同の意志。
「お前ら……。ふんっ、たくっ、いい気になりやがって」
ケイン達の意思を受け入れたノブ公は、ここでギギネブラを迎え撃つことに――
――とそこである。ミルクを除いて、一同の視線がギギネブラに向く中、彼女だけ後ろの気配に。
「ノブ公さん、後ろにも」
「な、なんだよ。これからって時――、っ! ち、ウルクスス、こんな時に」
「ウルクススだと? っ! 挟み撃ちかかい」
ノブ公に続いて、J.Oもこれに気付いた。
まさに、ギギネブラとウルクススのサイドアタック。逃げなければ激戦はま逃れない事態に。ノブ公は一言。
「そっちの処理は任せた」
「そっちの処理って? どう言う――」
「ケイン、前だにゃ!」
え?
向き直った。直後――
「のわっ!」
飛びかかるギギネブラを前にし、反射的に飛びのいた。
「あっぶね〜」
そして、太刀を抜く。
「ボク達で気を引かないと、ノブ公とJ.Oの方に」
「わ、分かっているよ。んなこと」
ミルクの指摘に、思わずイラっとしてしまう。
「ケインさん、落ち着いて」
「お、落ち着いてるよ。あ、いや、落ち着いてます。マジで」
「へぇ〜、両足が震えた状態でね〜」
「う、うるせぇー! これは武者震いだよ」
口ではなんとも誤魔化せてはいたが、ギギネブラの奇怪な姿には、正直、戦慄感を抱きざるを得なかった。おまけに寒気までもしてくる。
気休めにホットドリンクを飲み、身震いする全身に温かみを染み渡らせつつ落ち着かせた。
ザクッ、ザクッ、ザクッ、……
その場で何回か跳ねては、足音を奏で
よし!
気合いを入れ直した。振り向くギギネブラに、その向こうでは、ノブ公とJ.Oがウルクススを相手に、既に戦いを始めていた。
ユウトから教わったことを思い出す。正面から切り込めば、反撃を受けかねない。正面を避けて斜めから、それも極端な話、真横に近いところへと切り込めば、反撃に合うリスクは低く抑えられるんだと。
ケインはギギネブラを中心として、回り込むようにして走った。
その間、ギギネブラはこちらの動向を探ろうと、首をうねらせる。が、
「させないネ!」
等間隔、かつ、的確に、小凛のヘビーボウガンが炸裂する。続けて、小狼も弓の雨を浴びせかけた。
しかし、相手は大型
ようやく、側面へと回り込んだケインは、
うりゃー‼︎
翼爪目掛けて、大上段に斬り込んだ。――で、そのまま、連撃を叩き込み、練気ケージを上げまくる。――のだが、
「ケイン‼︎」
ノブ公の叫び声が。
え?
向いた。――直後、
なっ!
視界いっぱい、なんと! ウルクススが突っ込んできたのである。
攻撃中で交わし切れない。そのまま――
うぶっ!
直撃を受けて吹き飛ばされてしまった。何回か転がり、地に伏せる。
「く、ううう……」
体力ケージが、4割程削られているのを目にする。
「大丈夫ですか? ケインさん」
狩猟笛を構えたまま気遣う。
「な、なんとか。かなり、痛手でしたけど」
「今、回復させますからね」
そう言うなり、優しき癒しの音色を奏で始めた。笛穴から緑風の音波が、2、3種類の音符が、ふわふわと漂いムードを作り上げていく。
瞬間、効果音と共に回復エフェクトがオーラとなって全身を取り巻き、体力ケージは一気に3割型、回復した。
「助かったぜ」
その場から急いで距離を。二頭のモンスターを視界に収めた。ギギネブラにウルクスス、両者をノブ公とJ.O、そして、ケイン達が挟み込むように包囲した。
けれど、このままでは――
「くっそ〜、危なっかしくて、手が……」
「ケイン、無理するな」
「おっさんの言う通りだぜ、ケイン」
そうアドバイスをするノブ公とJ.Oは、ここは間合いを上げつつ様子見に徹していた。
「ここは、うちらで任せるネ」
遠隔攻撃が取り柄の姉弟が、2匹のモンスターを相手に、砲撃やら矢の嵐やらを浴びせまくっていた。
立て続けに浴びせる弾丸。時には、拡散弾を当てては二頭を巻き込む。だが、その二頭もただただ、黙ってやられっぱなしではなかった。
選手交代。そう言わんばかり、ウルクススはいきなり猛滑走して、小凛と小狼達の方へ。方やギギネブラは、ノブ公を抑えんばかりに這いずり出す。
「狙いは俺ってかぁ?」
「おっさん!」
「こんなもの、造作も――」
盾を身構えた。だが、ギギネブラの次なる行動に、意表を突かれる羽目に。その直前、追撃しに行ったケインは、後ろから斬りつけにかかったのだが――
バフンッ!
「なっ!」
「のわっ!」
2人とも、その場で飛び去る直前に放たれた毒霧の餌食となった。禍々しい紫煙が2人を包んではすぐに止むが、後に残るは、毒状態だ。
すぐさま、画面を開き解毒剤をチョイス。そのまま飲み干すノブ公。
「ケイン、解毒剤はあるよな?」
その問いに
「んなもの――」
しかし、表示したリストを一瞥するが、
「あ、あれ? 解毒剤が」
てっきりあるものと思われていたアイテム――解毒剤。それが見事になかったのである。
「ないのか?」
「み、みたい」
「ったくよ〜」
「すまない、おっさん」
手渡しにと、ノブ公はケインの元へと歩む。――がそこへ、
「そっちに行ったアル‼︎」
え?
声の下方を見た。ウルクススの突進、それが迫る。
「2度も喰らうか!」
雪面を蹴っては、その場を飛びのいては交わした。しかし、ウルクススの滑走ダイブはそれだけで終わらない。追撃せんばかりに、そこで折り返し。再び突っ込もうとしていた。
「おいおいおいおいおいー! またかよ」
立ち止まるなかれ。猛然と軌道から逃れるべくして、走り出す。軌道から逸れたタイミングで、
シュ――ゥ‼︎
ウルクススが突進し、そのまま粉雪を舞わせて過ぎ去った。
ふぅ〜
難を逃れたことに一息つく。けど、安心はできない。じわりじわり、毒が命を削っているからだ。
なんとか自力で毒状態を凌ぐしかない。めぼしい回復系がないか再びアイテムリストを探り出す。
「これでなんとか――」
回復薬。現段階で貴重なことは分かってはいるが、ここはやむなし。早速、使おうとした。
――と思いきや、何かの回復エフェクトが、ケイン自身を取り巻いた。
え?
戸惑う。そして、奇跡と思わんばかりに、なんと、解毒されたのだ。
(この効果は――)
「レイナさん?」
彼女の方へと向く。レイナは、ふふふ、と笑みを浮かべていた。
「あ、ありがとうございます」
彼女からの褒美に、気が楽になったような気がした。だけどそこへ、小狼の声が
「ケイン! ギギネブラが」
はっ!
言わずもなが。今まで気にも止めていなかったギギネブラの方へと向いた。ギギネブラが自分に迫ってきたのを認識したケインは、
ななななな――⁉︎
慌ててそいつを中心に半円状に回り込むようにして、走り出した。それも、半ば逃げるようにして。
「ったく、きみが悪いんだよ〜」
せめて頭部の方だけは見たくはない。ギィギならまだしも、ギギネブラくらいの成体となると、その印象の捉え方がまるっきし全然違うのだ。
だけど、逃げているばかりにはいかない。回り込んだ矢先、右翼目掛けて抜刀。すかさず斬り込んだ。
他方、その間、小凛と小狼の声が聞こえてくる。
「小狼、そいつは任せたネ」
「分かった、シャオネー」
そして、ケインが必死に斬撃を浴びせる中、垣間見たのは無数の矢。頭部付近に命中するなり、時折、ビリビリ、と電撃が唸ったのだ。
練気ケージが溜まったところで、
「喰らえー‼︎」
溜めに溜まりまくった気を解放せんばかりに、鬼刃斬りを放った。
赤き閃光が無数の軌道を描いて、幾重にも鮮血が周囲に噴出。幾重にも猛攻の末、堪らずギギネブラは怯んだ。
そこから、畳み掛けるように最後の薙ぎ払いをかまして、特大のクリティカルを見舞い。切り抜けた瞬間、ガチャッ、と納刀し、完全に、かつ、見事に鬼刃斬りが決まった瞬間でもあった。
その証拠になのかどうかは分からない。全身に黄色のオーラが纏っていた。
初めて見る現象に、体の芯から漲る力。
「これは……」
そこへ、
「危ない!」
え?
咄嗟に振り向く。視界いっぱいに、なんとギギネブラの大口が迫って来て――
っ!
避けられない事態に、捕食される――‼︎
そう覚悟した。その次の瞬間、
ビクリッ!
動きが止んだ。思わず腰を抜かすその眼前、なんとギギネブラは稲妻を全身に通わせて、痺れだしたのだ。
「なんとか間に合ったよ」
その言葉に、直感した。
「サンキュー、助かったよ〜」
小狼の浴びせ続けていた猛攻は、その為にあったのだ。
「これで行けるぞー!」
相手は身動きが取れそうにない。まさに、滅多斬りにする絶好の大チャンスだった。
「うおおおー‼︎」
有り余る力を糧にして、小狼と共に畳み掛けに掛かった。
「ボクも加勢するにゃ」
「私も」
そこへ、今まで出番が少なかったミルク達も加勢に、ようやく乗り出した。
戦況は一気に攻勢へと転じていく。このまま行けば――。そんな余裕までもで始めた。
しかし、その矢先であった。突如、
「しまった――‼︎」
ノブ公の叫び声。次の瞬間、
ドスンッ
「え! な、何?」
只事ではない衝突音が、修羅場に向き合う一同の視線が音のした方へと集まった。
その方向には、あの大黒柱の氷柱に激突したウルクススが。そして、その強烈な体当たりをされた柱には、
なんと!
可視化された無数のひび割れが、全体に行き渡り始めていたのだ。
その光景を見ていた一同が察する嫌な予感。この洞窟全体、……強いては山体全体が、まさに崩壊しようとしていたことを。
それも、危機感を抱いて他ならない事態に。