英雄伝説 空の軌跡異聞録~異界に舞い降りた不死鳥   作:聖剣抜刃

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第2話A 「青年と箱」

その青年は雨の音と、己に降り注ぐ雫の冷たさに晒されていた。体のあちこちは傷付き、血の跡と汗が体に張り付いたまま死んだ様に倒れていた。傍目からは死体としか移らないであろうその青年の傍らには青銅の大形の箱が放置されていた。その箱には何やら鳥の様なレリーフが施されていたがその大きな箱もまた青年と同じ様に傷付いていた。

 

雨は激しく降り続け、どれ位の時間が経っただろうか。そこに剣を携えた軍服姿の一人の男が通り掛かった。その体躯は非常に力強く、かつ穏やかな包容力に満ち溢れており精悍な面立ちは歴戦の勇者と称される者でも敵わない絶対的な何かを持っている様にも思えた。男は倒れ伏している青年を見咎めるや否や駆け寄り声を掛けた。

 

「おい!どうした!しっかりしろ!!」

 

男は青年の体を抱き上げ少し揺さぶり、大声で呼び掛けるが、全く反応がない。男の脳裏に最悪の予想が走った時、微かに青年の体が動いた。ほんの微かではあったが。青年は草木を揺らす事もできないほどに弱々しく呼吸をしていた。男はそれを見るや自身の持ち物の中にあった薬を取り出す。薬の封を切り、青年の口に宛がうとそれをゆっくりと流し込んだ。半分そこらは口から零れ落ちるが何とか残りは飲み下した様だった。しばらくは何の反応も見せなかったが、暫くすると青年の体に血色が戻り、やがて青年はゆっくりと目を開けた。

 

「・・・・何とか気が付いた様だな。・・・俺の顔が分かるか?」

 

青年は焦点の定まらぬ目で何とか男の顔を見やり、途切れ途切れに言葉を返した。

 

「・・・済・・・ま・・・・ない・・・・。面倒・・・・を掛・・・け・・・・・・」

 

「無理をして喋ろうとするな。ハッキリ言って何時死んでもおかしくない状態だ。最初に見た時は本当に死んでるのかと思ったぞ・・・。」

 

「・・・・・・・・・」

 

「近くに俺の家がある。大した家じゃないが休む事は出来る。そこまで運んで行こう。」

 

「・・・・・・ク・・・クロ・・・・ス」

 

「何?クロス?・・・・・あのデカイ金属の箱か?あれもお前さんの持ち物か?」

 

青年は力無く頷く。男は一瞬捨ててしまえと言いそうになったが思えば妙な感じがする事に気が付いた。

 

(この威圧感・・・・まさか人が入っているなんて事は無かろうが、中から強烈な鼓動を感じる・・・・。まるでこの若いのを護ろうとするかの様だ。)

 

「分かった。一度お前さんを運んでからすぐに取って戻って来る。それで構わないか?」

 

「ああ・・・・・すま・・・ない・・・」

 

言い終わるか終わらぬかの内に青年は再び意識を失った。だが今度は深い眠りに落ちただけの様であった。その様子を確認した男は軽々と青年の体を担ぎ上げ素早く自身の家に運び込んだ。そしてテラスの脇に在る椅子に横たえ、家の中で家事をしていた妻と娘を素早く呼び付けた。男の妻と娘は一瞬嬉しそうな顔をしたが男が脇に抱えている傷付いた青年の様子を見て表情を強張らせた。しかし男が事情を話し頼むと直ぐに応急処置の準備に入った。男は妻と娘に暖かい感じで例を言うと青年の忘れ物を回収する為に素早く元の場所に戻った。その金属の大きな箱を確認すると男はそれを抱え上げようとした。しかしその刹那、

 

「何っ!!」

 

その箱に手を触れた瞬間、男の両手は弾かれた。あまりの衝撃に両手を見るが火傷したり怪我をした様子は無い。何かの仕掛けかとも思うが見てくれは只の金属の大きな箱。仕掛けなど見えよう筈も無い。もう一度箱に近付いた瞬間、今度は男の脳裏に別の声が響いた。

『貴様・・・何者か?何故我に触れようとする?』

 

「な・・・・!誰か近くにいるのか?」

 

見回し、素早く気配を巡らせるが人の子一人見当たらない。同じ事を数度行ったが何の気配も感じない。男は緊迫した眼差しで目の前の大箱を見据えた。まさか・・・こんな金属の箱から声がするだと?

 

「お前さんの持ち主に頼まれた。あの若いのがお前さんを指差してお前さんが必要なんだとな。」

 

『・・・・貴様は何者か?聖闘士(セイント)ではあるまい。』

 

「セイント・・・・?何だそれは?兎に角お前さんを」

 

『答えよ!!!!』

 

圧迫感と共に響いた声に男は一瞬体が強張った。男は数々の激戦を戦い抜き、軍の事実上のトップにまで登り詰め、剣の道の最高到達点である「理」を極め「剣聖」の領域にまで至っていた。その男の体を強張らせるほどの威圧、圧迫感。面倒臭そうに答えては今度は否応無く戦闘に発展しこちらがダメージを追いかねない。あの青年の容態は今すぐ、次の瞬間にでも医者に診せなくてはならない。ここで無駄な時間を喰う余裕は無かった。男は腹を決め、真摯な眼差しで箱に向き合い、こう答えた

「俺の名はカシウス・ブライト。リベール王国軍准将だ。お前さんの持ち主がここで倒れていたので緊急保護した。今は俺の自宅にいる。お前さんの持ち主をどうこうする気は全く無い。しかしあのザマだ。今すぐに医者に診せて緊急治療を行う必要がある。死ぬか生きるかの瀬戸際だ。」

 

『・・・・・・・・・・・・』

 

「加えて、あの若いのがお前さんを必要としていた。お前さんをあの若いのが寝ている所にまで運んで行く。異存は無いか?」

 

『・・・・・奴の小宇宙(コスモ)が消えかかっている。状況は理解した。先の行為を詫びさせてもらおう。直ぐに頼む。』

 

「話を分かって貰えて有難い。直ぐに運ばせてもらうぞ。」

 

カシウスは素早く箱を抱え上げた。一瞬あまりの軽さに驚いたが気に留めている暇は一切無い。素早く駆け出し、再び自宅に戻った。しかし道を駆けながらカシウス脳裏に消えずに残った言葉があった。(セイント・・・・コスモだと・・・?あの若いのとこのデカイ割りに軽過ぎる箱・・・・。一体何だと言うのだ・・・?)

 

数分も掛からずに男は自宅に辿り着くと箱を家の中に運び込み、妻と娘の姿を探した。妻は横の部屋でてきぱきと応急処置を行っていた。娘も母の傍らでせっせと手伝いをしつつ青年の様子を心配そうに見ていた。一通りの処置を終えた妻が心配そうに夫であるカシウスの傍に近付いて来た。娘もその後に続き、父親の足にゆっくりとしがみ付く。

「あなた・・・・。」「お父さん・・・。」

 

「すまん、レナ。エステル。戻ったばかりだと言うのにいきなり手伝わせてしまった。」

 

「お父さんいったいどうしたの?あの若い人、あんなに大怪我して・・・・。」

 

「あなた・・・何か大きな事件でも?」

 

「いや、王国内で今の所大きな事件は起こっていない。俺が帝国から戻って何かあったら直ぐに話が伝わる筈だからな。」

 

「直ぐにお医者様を呼んだわ。でもあと1時間は掛かるって・・・・。」

 

「そうか・・・・しかしあの若いの、大分血色が良くなってるな。とりあえずの危機は脱したか。お前のお陰だ。レナ、エステル」

 

「えへへ・・・。」

 

照れ臭そうに笑うエステルを横に、レナはあの金属の箱を見やる。釣られてエステルもその箱に視線を移した。

 

「私の事はいいわ・・・・。それにしてもあなた・・・・あの大きな箱は?」

 

「あれはあの若いのの傍に落ちていた。多分奴の持ち物だろう・・・・。しかし・・・」

 

「?どうしたのお父さん?」

 

「いや・・・兎に角奴の回復を祈ろう。俺も出来るだけの事はする。」

 

「そうですね・・・・・。」

 

心配そうに青年を見やる3人。外の雨は一段と激しさを増し、時折に雷鳴が混じり少なくとも数日は降り続きそうな気配だ。カシウスは青年の無事を祈りつつも、あの金属の箱と青年に何か関わりがある事は確かだと思い至っていた。そしてそれが何か大きな事件のとば口である様な感じも捨て切れずにいた。

 




えーと、結構好き勝手に改変してます。まずエステルの母親レナは百日戦役で死んでません。他のキャラもちょっと変なタイミングで出て来るかも知れませんが、温かく見守って頂ければと思います

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