英雄伝説 空の軌跡異聞録~異界に舞い降りた不死鳥   作:聖剣抜刃

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第2話B 「魔獣の襲撃」

あの雨の日より3週間ほどが経過した。あの後で大急ぎで駆けつけた医者の治療が行われ、何とか青年は一命を取り留めた。カシウスとその妻、レナと愛娘エステルの懸命の看護もあり、青年は既に立って歩く事が出来るまでに回復していた。経過を見に来た医者も大層驚いていて、青年に対し「何があったかは知らないここまでの大怪我を負って息を吹き返した奴は聞いた事が無い」「少しでも油断したら即あの世に行っていた」「少しは自分を大事にする事を考えた方がいい」と驚き混じりに説教もした。青年は寡黙な表情でそれを黙って聞いており、医者の往診が終わるとカシウス夫妻とエステルに丁重に感謝の意を伝えた。

 

そしてカシウスが運んできたあの箱は、あの時の軽さが噓の様に重量が増し、剛力を誇るカシウスですら部屋から動かせなくなっていた。あの時に感じた圧倒的な威圧感も、噓のように消え去り、本当に只の箱になってしまったかのようであった。

レナとエステルは家事を終えた後に日用品や食料の買出しの為に近くの町まで出かけカシウスも自宅に戻ったばかりで手持ち無沙汰であった。少しあの若いのの様子を見るかと青年のいる部屋に入ると青年は体を起こし、外の景色を眩しそうに見ていた。具合は良さそうだ。

 

「まあ色々とあったが・・・・よくここまで回復したもんだ。何処か痛む所は無いか?」

 

「ああ・・・・問題は無い。しかし、本当に助かった。あんた達が見付けてくれなければ、俺はあの場所で確実に死んでいただろう・・・・。そうなれば・・・」

 

「いやいや、俺がした事なんでお前さんを運んだ事位だ。家内と娘がお前さんを看病してくれたんだ。」

 

「そうだな・・・・。二人が戻ったら是非もう一度礼を言いたい。感謝してもし切れないほどだ。」

 

「それより今後お前さん、一体どうするつもりだ?この国に来てまだ右も左も分からないだろう?何か当てはあるのか?」

 

「そうだな・・・・。俺はこの世界の事を何も知らない。俺の知っている世界とは、何もかもが違っている。」

 

「?どう言う事だ?」

 

青年の話しを聞き咎めたカシウスが怪訝な顔をする。その様子を察してか青年は話し難そうにポツリポツリと語り始めた。青年のいた世界では遊撃士と言う職業も無く、王国は限られた国でしか存続しておらず帝国などは当の昔に戦争で滅び去った事。他にも交通や貨幣、文化、文明の面で自身の知る世界とはかけ離れており、通じるものと言えば言葉くらいだと言う事。そしてカシウスが最も驚いた事は、青年はこの世界の唯一信仰されている主神「エイドス」を知らない事だった。

 

「女神エイドスを知らない!?」

 

「ああ・・・。聞いた事も無い。俺の知っている神と言えば・・・・」

 

その刹那、二人の脳裏に伝わるものがあった。殺気。それも一つではない。尋常ならざる殺気がこの家の周りを取り囲んでいた。即座にカシウスが愛用の棍を携え周囲の気を探る構えを取った。数は5つ・・・・。どれも人間のものとは思えない。おそらくは魔獣が紛れ込んだか。しかし・・・・野生の魔獣にしてはやたらと組織だった動きをする。誰かに躾けられたか?

カシウスは棍を構え飛び出そうとし、青年に向き合って

 

「若いの、ここでじっとしていろ。お前さんは本来なら絶対安静なんだ。なに、直ぐに片が付く。」

 

軽く微笑むと直ぐに飛び出して行った。

 

「・・・・・・・」

 

カシウスの忠告に頷きつつも、青年はもう一つのものの存在を感知していた。気配は上手く隠し通しているがその身から溢れる暗い「小宇宙」に似た「気」は隠し様が無い。まさか聖闘士クラスが紛れ込んでいるとは考えられないが、場合によってはカシウスが攻撃される事も考えられる。

青年は自身の体を素早くチェックした。小宇宙を燃やす事は出来るが最大奥義はまだ放てない。しかし『あの技』を放ってしまったらここら一帯が吹っ飛んでしまう。使えるとしたら通常の闘法のみ。そしてあの『気』。あの『気』は聖闘士クラスではない。青銅聖闘士にも満たない。ならば援護位は出来るか・・・・

青年はゆっくりと立ち上がり、扉に向かって歩み始めた。

 

 

「せいぃっ!!」

カシウスの棍が魔獣を打ち据える。姿形はこの辺りにいる中型の魔獣だがやたらと硬い。確かにこいつらの皮膚は硬いがそれにしてもこの硬さは異常だ。まるで装甲を打っているかのような硬さだ。しかも足を潰しても回復魔法まで仕込まれたか暫くすると立ち上がって突っ込んで来る。そしてやたらと組織だったコンビネーション。タフで、しかもコンビネーションを駆使し執拗に攻めて来る。如何に剣聖と言えどこのまま不利が続けば余計なダメージを食らう可能性が高くなる。

 

「こいつら・・・誰に仕込まれた?いや・・・・最初から『そうするように』造られたか!!」

 

棍で打ち、続く奴らの突進を受け流しつつも少し躓いてカシウスが体の向きを崩した。その機を逃さず魔獣の一頭がフルスピードで突っ込んで来た。体を崩したカシウスは舌打ちしつつも一撃を耐えようと踏ん張った。しかし一瞬後何故か魔獣の方が吹っ飛んでいた。

そこには、あの青年がいた。つい先ほどまでの弱った顔ではない。その眼は一点を見据え、全身から強烈な闘志を燃やしその場に立っていた。カシウスは驚愕していた。つい3週間前まで死人同然だったあの男が今しがた魔獣を拳一つで吹き飛ばした事に。そしてあの闘志。あの闘志だけでも既にA級遊撃士に匹敵している。

 

しかしカシウスは青年が本調子で無い事も瞬時に見抜き、青年に向けて怒鳴った。

 

「おい若いの!お前は絶対安静と言ったろう!!早く戻れッ!傷口が開けば今度こそ本当に死ぬぞ!!!」

 

「カシウス・・・・あんた達に助けてもらってばかりで寝ている訳にも行かない。助太刀させてもらう。」

 

「馬鹿野郎!!これ位は俺一人でどうとでもなる!!早く戻れ!!」

 

「いや・・・・、もう一つ隠れている奴がいる。」

 

「もう一つ・・・!?」

 

「そこだ!!!」

 

青年が無造作に拳を振るうとそこから何が影のような物が飛び出した。カシウスはまたしても驚愕する事になった。一つ目は自分ですら気付かせずに進入していた奴をこの青年が見抜いた事。そしてもう一つはその拳の速さ。破裂音が後から聞こえたと言う事はこの青年の拳速は音速を超えている・・・・!?

しかしそれは完全には当たらずもう一つの奴をかすめたに過ぎなかった。

 

(チッ・・・・まだ完全ではないか・・・。)

 

そこに降り立ったのはやはり魔獣。5頭・・・・カシウスが3頭を倒しで残り2頭だが、どうやらそれを纏め上げていた奴の様だった。その様子をカシウスと青年が睨み付ける。カシウスは一気に素早く駆け寄ると回復魔法を掛けた。

 

「これで少しは良くなってる筈だ。早く家に戻っていろ。」

 

「いや・・・・、あの纏め役はどうやら俺に用があるらしい・・・。俺が逃げればこの家も奴に破壊されてしまう。レナさんやエステルが戻るまでに俺達で片付けなければ危ない。」

 

カシウスは青年に怒鳴り付けようとしたが青年の断固たる決意と覚悟を読み取り、やれやれと溜息をついた。

 

「ならば仕方ない・・・・。俺とお前でまず残り2頭を片付ける。その後で迅速にあの纏め役を倒す。・・・付いて来れるな?」

 

「もちろんだ。」

 

「よしっ!!」

 

瞬時に二人は駆け出した。魔獣もさせじとそれを阻む。カシウスが棍で2頭を打ち据えると青年は何と生身の拳で2頭を打ち倒した。腹を貫通された2頭は力無くくずおれる。そして纏め役の大型魔獣の前に二人は立った。大型魔獣の方は青年を凝視していたがカシウスの闘気の前に身動きが取れなくなっていた。そこに青年の強烈な拳が叩き込まれ思わず膝を付く。青年に向き直った魔獣が薙ぎ払おうとするがカシウスが絶妙なタイミングでカウンターを打ち込む。

 

見る見るうちに魔獣は傷だらけになり、最早立っているのがやっとと言う所まで追い詰めた。そこに立ち塞がる2人の屈強な男達。その眼から発せられる強烈な殺気の前に魔獣は逃げを選択するしかなかった。捨て台詞代わりのつもりか唸り声を上げると全速力で逃げ去って行った。

 

「やれやれ・・・・やたらでかかった割には大した事が無かったな。」

 

「ああ・・・・。しかしやたらと・・・・」

 

カシウスは既に骸と化した5頭の魔獣を見遣って答える。

 

「この組織だった戦い方・・・。纏め役の大型魔獣・・・。お前さんも野生の獣がこんな戦い方をする事が無いのは知っているだろう?」

 

青年は頷き言葉を返す。

 

「俺もそれなりに獣に出くわす方だったが、こんな戦い方をする獣は聞いた事が無い」

 

「また、面倒な事が起こりそうだな・・・・。」

 

「面倒な事・・・?ムッ!!」

 

「どうした若いの・・・・あっ」

 

二人はまたしても魔獣かと後ろを振り向くと・・・・・そこには柔和な笑顔を浮かべたレナ・ブライトと若干引き攣った笑顔を浮かべるエステル・ブライトの姿があった。しかし彼らは何故か恐れを感じていた。特にカシウスは顔面蒼白で今にも逃げ帰らんばかりだった。青年も逃げると言う事はまず在り得ない性格の持ち主であったがレナの笑顔を見て恐怖の念が揺り起こされた様だった

レナは笑顔のままで優しく問いかける。・・・額に青筋を浮かべたままで。

 

「カシウスさん・・・・一体何をやってるの?それに・・・貴方もまだまだ、安静では、なかったのかしら?」

 

「いや・・レナ・・・・これには訳があってだね・・・・。ほら、魔獣がこんなに襲って来て、彼が手伝ってくれたんだ。」

 

「そ・・そうだ。俺が勝手に出ただけの事で、カシウスには落ち度は・・・」

 

しかしレナは納得するどころか柔和且つ迫力のある笑顔で

 

「絶対、安静、そう、言われたの、忘  れ  た  の ? 」と問い掛けてきた。

 

その笑顔には何故か暗い影がぴたりと張り付いて、しかも声にはやたらとドスが効いていた。青年はそのえも言われぬ迫力に押し黙るしかなかった。結局すごすごと家に入った瞬間屈強な男二人が正座させられ柔和な女性一人に散々説教された。事情を説明しようとすると凄まじい怒鳴り声で瞬時に黙らされた。

 

「貴方・・・・一人で出来なかったの?」

 

「・・・・・・・・すみません。」

 

「そこの若い人も・・・・」

 

「申し訳無い。」

 

「お父さんもお兄ちゃんもママの言う事聞かないとダメ!わかった!?」

 

「済まん、エステル・・・・。」

 

「済まなかった・・・・。」

 

兎にも角にも魔獣は撃退され、カシウスと青年は女性と子供からの説教を受けつつも暖かく素晴らしい食事を取り、そして各々に湯浴みを終えて静かに床に着いた。

 




えー・・・一輝が結構マイルドな性格になっています。それにレナさんは個人的に美人で柔和ですが怒ると非常に『怖い』キャラだと勝手に決め付けちゃってますw 個人的には一輝はもうそろそろ自分自身を許してやっても良いんじゃないかと思ってますのでこんな性格付けです。

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